● どんなにあたし達が世界をのろっても、こんな日は来ないと思ってた。 あたしらみたいなちっちゃな存在がどれほど願ったって世界は終わらないし、明日は必ず来る。 だから、世界なんか要らないといいつつ、彼氏はほしかったりした。 お父さん、結婚式の朝に「今までお世話になりました」なんて三つ指突いちゃったりするのが夢だった。 お母さん、「今まで育ててくれてありがとう」なんていうのが夢だった。 世界がこの先も続くなら、しょうがないから折り合いつけようかななんて思って大人になったつもりでいた。 そっか。来ちゃうのか。 世界は、やっぱりあたしに厳しい。 最悪のタイミングであたしを裏切る。 「あんた、今日出かけるんでしょ、ブライダルエステ、何時に予約取ったの。会社休んでるからって、ぐだぐだしてんじゃないわよぉ」 台所から声がしてくる。 お母さんはまじめな主婦だから、テレビ見ながら家事をしたりしない。 テレビに映っている悪魔の顔を見ていない。 「ねえ、お母さん。あたしがいなくなったら、さびしい?」 「何言ってんだか。さびしいに決まってんでしょ。だけど、いつまでもうちにいられた方が心配……」 「お母さん、あたしね。悪魔に魂売ったんだぁ」 足元に、あの日送られてきた黒猫のぬいぐるみ。 普通じゃ見えないところ、二の腕の裏側に刻まれた刻印が熱い。 「何言ってんの? なんか高いものでも買ったの?」 あたしの与太話にお母さんは振り返りもしない。 「『いつか呼ばれたら下僕になるから、清水君があたしのことを好きになりますよーに!』 理沙は山口くんでぇ、瑞穂は鈴木くん」 包丁入れから、できるだけ大きくて分厚いのを取る。 あ、包丁とぎを忘れないようにしなくちゃ。 切れなくなったら大変だ。 「へえ。じゃ、あんたが清水さんになるのは悪魔のおかげなの」 「うん。全員のお願いかなったんだぁ。でも、失敗したなあ。好きになったらじゃなくて、幸せに天寿を全うしてって契約すればよかった」 お母さんの横に立つ。 お母さんはあたしの方を見ない。 そこの大根千切りにしてなんて言う。 「あんたは昔っから抜けてるわ。これから気をつけるのよ。お母さん達が向こうのおうちに笑われんだから」 「うん。気をつける。お母さん達が悪く言われないようにする。絶対」 どんな育て方したんだ。なんて言わせないよ、絶対に。 「そうしてちょ……」 お母さんの最後の言葉は、尻切れトンボになってしまった。 「ああ、上手だなぁ、あたし。一撃必殺だ」 声一つなく、崩れ落ちたお母さんの見開いた目を閉じさせる。 「今まで育ててくれてありがとう。大好きだよ、お母さん」 後は二階のお父さんと、大輔だ。 二人とも寝ぎたないとこがそっくりだ。きっとまだ寝てる。 みんな被害者だから、きっと誰も悪く言ったりしないよ。 言った奴は、みんなあたしが殺してあげるからね。 リビングに置きっぱなしの携帯を手に取り、短縮3番に電話する。 「理沙? あたし、結子。テレビみた? そーなの。うん。こっちはまだ途中。お父さんと大輔がまだ。あんた、仕事早いね。何、スピーチしなくてすんだ、ヤッホー? ふざけないでよ、まったく。どーせなら一週間後にしてほしかったな。新婚旅行、ヨーロッパだったのに」 とんとん。 「で、聞きたいんだけど。ホワイトよりブラウンだよね? ルーの話だけど。トマト? あ、それは想定外」 ● 「殺人鬼が三人。被害者は現時点で八人。それぞれがそれぞれの家族全員皆殺し。今儀式を終えて、そのうちの一人の婚約者……明後日結婚する相手のところに向かっている」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の表情は変わらない。 「儀式?」 「そう。家族全員の肉を煮たシチューを食べて、決意表明」 「決意表明?」 「魔女になるって言う決意表明。悪魔に呼びかけられたら魔女になるという契約をした。アーティファクト『魂魄売買契約証文』。このアーティファクトにバロックナイツとの直接の関連性はない。ただ彼女達はジャックを悪魔と認識し、フィクサードとして行動を始めた。自らの意志によって」 衝動に負けたともいえる。と、イヴは付け加えた。 びくっと、イヴの肩が揺れた。 二色の目が大きく見開かれる。 「やめて……ころさないで……!!」 瞳孔が点になるほど。 しばらく誰も声を発することも出来なかった。 「情報を、修整する。犠牲者は、現時点で九人。非常に思い切りがよく、連携している。自律型のアーティファクトをそれぞれ連れている。能力増幅装置だと思っていい。鬼に金棒、魔女に黒猫」 口元をドヤ顔うさぎから取り出したハンカチで押さえ、イヴは背筋を伸ばす。 「白昼堂々魔女のサバトを許さないで。大鍋で煮られるのは彼女達の方」 ● 「皆さん、こんにちは。あたしたち、魔女です! 悪魔がテレビでやれって言ったので、契約に基づいてあたしたち頑張って皆さんを皆殺しにしちゃいます! 今の内に神様にお祈りとかしちゃってください!」 通勤途中のOLですといった風情。 足元に若い男が血まみれで転がっていなければ、この間のテレビがなければ、指差して笑われる類の三人。 だが、今、人々はおびえている。 我先にと逃げ始める。 魔女達は歓声を上げて、その背中に踊りかかった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月03日(月)22:18 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 駅前広場には、噴水と花壇。ロータリー。バスプール、抽象モニュメント。 逃げる人々の前に、瑞穂。 「ここは通行止めでぇす」 手に持っているのは、ごく普通の女持ちの傘。 横なぎに振り回された傘の柄。 逃げる人を先導していた若いサラリーマンの頭がミートソースになってあたりに飛び散る。 「みーちゃん、飛んできた」 理沙が不平をもらす。 振り回されるチェーン。 通勤パンプスでステップを踏み、新体操のロープを操る手つきで通行人を切り裂いていく。 血しぶきが無地の通勤スーツを赤いチェックに変えていくが意に介さない。 取り押さえようとした勇気ある男達の下半身だけが何体か転がっている。 「いやっ」と、理沙が手をひらめかせたとたんに爆散した上半身。 我先にと逃げるには十分な理由だ。 餌食は電車に乗ってどんどん供給されてくる。 異常に気づいて改札からホームへ戻り、逃げるための電車を待っている人々と目が合う。 結子はにっこりしながら、業火を叩き込んだ。 願いをかなえる契約と引き換えに、悪魔が現れたらその命令に従うこと。 悪魔が『たくさん殺せ』というのなら、果たさなくちゃね。 だって、とっても幸せだったから。 ありがとう。 もう大事なものはみんな一緒になれたから、世界が滅んでも構わないの。 リベリスタが現場に急行すると、辺りには血もさることながら、一抱えもある肉や骨の大きな塊が点々と落ちていた。 何人、何十人の話ではなかった。 革醒した人間の前では、一般人が紙人形にも等しくもろいものであるのだということを、リベリスタはほとんど初めて体感することになった。 彼らは一般人に手を出さないし、一般人にフィクサードが危害を加えるのを阻止するのにほとんど成功してきたのだから。 「魔女の大鍋」 イヴがブリーフィングルームで言っていた言葉が、重くリベリスタたちにのしかかっていた。 ● 「魔女になるのは結構だが、人に害を成さねばならないと言う考えは、果たしてどこから来たのやら」 『Dr.Faker』オーウェン・ロザイク(BNE000638)は芝居がかった口調で嘆息する。 「魔女にも色々あるけれど――、彼女達は悪魔と契約する典型的な黒魔女よ。ああいう可哀想な子達をのさばらせておくと、区別の付かない一般人が魔女狩りを始めるわ」 『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401) が曇天の下、日傘の影からささやいた。 「馬鹿なやつらじゃ。契約に縛られ凶行を行うなぞ魔女とは呼べぬわ。魔女とは己の意思で行動と研究を重ね、己の意思で己の為す事を決めるものよ」 『鋼鉄魔女』ゼルマ・フォン・ハルトマン(BNE002425)は憤慨している。 二つ名に「魔女」とハルトマンの家名を戴く彼女にとって、三人は唾棄すべき三下以下だ。 「こんな事、ですら、理由をつけてしまえば行えるなんて……更に、自分が何をしているのか分かっていて、やっている……救えませんね、本当に」 『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511) は表情を曇らせる。 「そうなる前に私達の手で狩った方が良さそうね」 「魔女モドキども。己の浅はかさを思い知るが良い」 「ここで倒し、凶行も彼女ら自身も、止めましょう」 頭の中に流れ込んでくる。 驚愕と絶望と恐怖と怒りと嘆きと狂喜と興奮と義務感と強迫観念と切迫感と。 現場の駅前広場に駆け込みながら、『闇狩人』四門 零二(BNE001044)は闘気を解き放つ。 (……ほんの少し、運命のボタンを掛け違えたのかもしれないね) 常ならぬ気配と手にした無骨な刃を見て、零二から離れるように人々は逃げる。 「天使様の降臨よ。救って上げるわ。早く逃げなさい」 氷璃の青銀色の翼が広げられる。 人造天使実験の産物。彼女の言うことに嘘偽りはない。 にげなくてはにげなくてはにげなくては。 (彼女らを見逃すことなどできはしないが、憐れ、だね。彼女らも、彼女らに巻き込まれた者達も) ● 凶宴に興ずる魔女より先に、その使い魔を倒すと、リベリスタは決めていた。 逃げ惑う人の波を避けるように、超然と、モニュメント、バスプールのひさし、街路樹の枝で、魔女達の働きっぷりを監視している。 グルマルキンは、悪魔から遣わされた契約書の化身。 手すりの上の赤耳の猫は、結子の黒猫。 『むしろぴよこが本体?』アウラール・オーバル(BNE001406)が潜んでいた影の中から姿を現す。 構えられたライフルから、仮初の猫に向けて銃弾が発射される。 「ぐるちゃん!?」 結子が頓狂な声を出した。 獲物の中に何か混じっている。 「結子、理沙、瑞穂! 魔女狩りだ! 異端審問者が混じってる! やらなきゃやられるぞ!」 仮初の猫が声を上げる。 アウラールがいたところに、三匹の猫から魔法の矢がそれぞれ撃ち出される。 当たったにもかかわらず、アウラールはかすり傷程度しか負っていなかった。 「俺から目を離さない事だ」 挑発し、魔女達に威嚇射撃をくわえた。 魔女がひるんだ隙に、リセリアが赤い耳の黒猫に道路の反対側から飛び掛る。 青味がかった刀身が黒猫の腹をなで斬りにする。 みぎゃあぁぁっと悲鳴を上げた猫は、口から魔力の矢をでたらめに撃ちだした。 切り裂かれた腹からは血の代わりに紙片があふれ出し、地面に落ちる。 『シトラス・ヴァンピール』日野宮 ななせ(BNE001084)が駆け寄る。 「リセリアさん、あとはお任せを。わたしも全力全開でいかせていただきます」 鉄槌を二倍にも三倍にも見せる膨れ上がった闘気が、紙片を再び腹の中に押し込めようと前足をばたつかせる黒猫に叩きつけられた。 「さよなら、結子。ボクの魔女……」 鉄槌の下で黒猫が無数の紙片にほぐれていく。 結子が、崩れかけた黒猫に向かって叫んだ。 「ぐるちゃん……っ! 仇はとってあげるね!」 牛刀を右手に、短剣のように見える包丁研ぎを左手に。 命の炎を、力に変えて。 使い魔の加護をなくした状態で、結子は笑った。 「悪いけど、殺し逃げとかさせないからね。少なくとも一人は血祭りに上げないと貸借が合わなくなっちゃうでしょ」 あたし、経理なのよね。と、結子は付け加えた。 ● 黄耳の猫に零二の影が三つ躍りかかった。 手傷を負ったバスプールのひさしに乗っていた猫が、地上に下りる。 「あたしの猫、いじめないで下さいぃ」 頬を膨らませた瑞穂が、猫を背後にかばうと体から光を発した。 世界に仇為す魔女が使おうと十字の加護の効力は変わらない。 「あたしが守ってあげるから、金ちゃんが頑張るのよ」 猫の口から。四色の魔力の奔流。 直撃を受けた零二の表情がゆがむ。 ゼルマの癒しの微風が零二の元へ。 「さて、モドキども。真正の魔女を敵に回したことを後悔しながら死ね」 「あんたは女魔法使いでしょー。第一義はこっちだってーの」 理沙がゼルマの元へ走り込んできた。 三人の魔女とその使い魔は、散開していた。 赤耳の黒猫から。 そこに集中したため、後衛の守りを固める者が不足していた。 「癒し系は先に潰すべきだよね。接近戦は得意じゃないでしょ、『鋼鉄魔女』!」 空中から踊り込む理沙のチェーンが空を裂く。 ゼルマの前に立ちはだかる現代王道系魔法少女風導師服に身を包んだ『奥様も魔女』深町・由利子(BNE000103)が、その攻撃を受けきった。 「まともに受けたのに正気なんて。格好はともかく、ほめてあげるよ。おばさん」 すばやくチェーンを引き、理沙が笑う。 「私が昔観ていたアニメやドラマでは、魔女・魔法少女は女の子の夢だった」 機械化された右腕に連結された重火器「エーデルヴァイス」は今日は花で飾られている。 サバトを阻止し「魔女・魔法少女は邪悪」という彼女達の概念を粉砕する対抗概念の具現化。 キュートなデザイン、カラーリング。全てが百合子の覚悟を表していた。 「夢を汚した贋物……私が『本物』を教えてあげる!」 「最後まで立ってた方がこれからの主流でどうよ、おばさん」 青耳の黒猫が、百合子めがけて不運と不幸の魔曲を放った。 ● 20秒という時間は、戦闘中決して短くない。 悲鳴、怒号、爆発音、おびただしい血の臭い。 それら全てを意識の外に出し、自分の中の何かを鋭く研ぎ澄ませるために必要な時間。 確実に。一撃で。費やした時間を無駄にはしない。 オーウェンは片目を瞑っていた。 状況を分析し、優先順位を組み替え、どこへでも攻撃できるように比較的中央に透明人間のごとく侵入し、すくんでしまった一般人に紛れ込み。 その瞬間、黄耳の黒猫は、炸裂脚甲で粉砕され、声もなく、紙片と化した。 ひやりと加護が抜け落ちたのを感じた瑞穂が振り返る。 ぱらぱらと風に舞い飛ぶ紙片。 踏みにじる金髪の男。 「金ちゃん……っ!?」 「欺瞞と謀略を用いるのが、俺のスタイルでな」 逃げ隠れも範疇だと、笑みを深くした。 「滅びなさい、悪魔の使いの出来損ない――」 黒衣の天使が、死に至る曲を紡ぐ。 (黒猫は好きだけれど、紛い物に興味はないのよ) 魔力の奔流は、黒い毛皮を引き裂き、紙片をばら撒かせ、色をどす黒く変えていく。 『童話のヴァンパイアプリンセス』アリス・ショコラ・ヴィクトリカ(BNE000128)の魔力の矢が、青耳の黒猫に止めをさした。 「グルマルキン破壊後は、魔女狩りね」 クラシカルな日傘の下、氷璃が薄く笑みを浮かべた。 ● 互いをけん制しあいながら、結子とリセリア、ななせが斬り結び合う。 (家族を皆殺し、正気の沙汰ではないな。人は歪むとこうも逸脱してしまうものなのか……) 『Voice of All』ネロス・アーヴァイン(BNE002611)は、結子に向かって走り込む。 (なんであれ、人に仇為すノイズならば、消去するまで) ネロスの幻影と本体が錯綜しながら、結子に切りかかり、ぱっとスーツの肩がはじけ飛んだ。 ちっと、結子が舌打ちをしたのが聞こえた。 「三人か。そんじゃ出し惜しみせずにいくわよ、ちょっと大技!」 結子は姿勢を低くして、手にした包丁と包丁研ぎを目にも留まらぬ速さで旋回させた。 「いかん、退くのじゃ……っ!!」 事前に懸念していた事態に、ゼルマは急いで詠唱に入る。 剣の旋回によって起こった風が神秘の威力を上乗せして、結子の間合いにいたネロス、リセリア、ななせに叩きつけられる。 才を持つ者が己が命を贄にしながら放った技に、ネロスは立ち上がることが出来ない。 「一つ聞きたい、人の心はもうないのか? 魔女とやら」 細いネロスの問いに、結子は何言ってるのと笑った。 「これも人の心よ。これが人の心よ。これからはこれがスタンダードになるのよ」 悪魔は大体そんなことを言ってたと思うの。 「人の心配より、自分の心配したらぁ?」 ゼルマの鼻先に、理沙が迫っていた。 「させないっていってるでしょ……っ!!」 由利子が理沙の前に立ちふさがり続ける。 「聞いてるけど、全部はかばえないよね。体は一つしかないもんね」 ステップ。振り回されるチェーンネックレス。 由利子の太ももを横なぎに割り裂き、アリスの小さな肩から反対側の腹にむけて切り裂いた。 「せっかく金ちゃんがどじっこにしてくれたし……」 瑞穂は冷静に獲物を選別した。 毒と出血が止まらない零二に向き直る。 振り降ろされる傘。 狂喜を浮かぶ瞳。三日月形につりあがった唇。 黄耳の黒猫の呪いは、零二の対神秘防壁の隙を瑞穂の前にさらけ出させた。 零二が沈む。 「うふふっ」 瑞穂が楽しそうに声を出して笑った。 リベリスタは丈夫だ。頭がミートソースにならない。 次は結子と理沙のフォローに行かなくては。 駆け出そうとする瑞穂の背に十字の光が撃ち込まれた。 腹の底から沸きあがってくる攻撃衝動。 「何するのぉ……」 振り返り、アウラールをねめつける。 「先にあんたをやっつけてやるっ!」 「鎖よ。彼の者を地に繋ぎ止めたまえ」 「……!?」 オーウェンから放たれた、幾重にも展開された呪印が瑞穂を縛る。 むくりと、零二が身を起こした。 割られた頭の傷口から血は流れていたが、運命の恩寵はまだ零二をその腕から手放すつもりはないらしい。 「そう簡単には、死ねぬ身でね」 そう言って、結子の元に急ぐ。 「だめぇ! こんなのすぐに解けるんだからぁ!」 ゼルマが召喚した福音が辺りに響く。 少なからず傷を負っていたリベリスタ達は小さく息をついた。 だが、魔女の使い魔たちが残した置き土産を未だ解除できずにいた。 ● 結子が笑っている。 つり上がった唇、ピカピカ光る目。 続けざまに吹き荒れる旋風がリベリスタの命を脅かす。 体が麻痺したリセリアとななせは、防御に徹していた。 ななせは、結子の足を止めていくことを第一に考えていた。 「この世界がそんなに嫌なら、あなたがいなくなればいい」 食いしばった歯の隙間から、ななせが言うのに、結子が笑う。 「貴女達は魔女になって、何をする心算だったの?」 氷璃の問いは、不幸をもたらす魔撃と共に。 「別に。だって、契約だし」 魔力に蝕まれる感覚に、結子は顔をゆがませながら答える。 (そんなことの為に? 狂っていたのは最初から。育て方なんて関係ない) 「それじゃあ、貴女達を魔女として認めて上げるわ」 氷璃は、そうやって魔女を始末するか心に決めた。 「みんな、お待たせ!」 アウラールから、リベリスタを蝕む障害を解きほぐす光が放たれる。 体をこわばらせていた鉛が、黒猫の呪いが、体の中から霧散していく。 反撃の時間が訪れた。 瑞穂が笑っている。 「すぐ解けるって言ったでしょお」 十字の加護は魔女に味方している。 「がんばろうね!」 瑞穂が呼んだ福音が、結子と理沙を癒す。 追撃の時間が訪れた。 ● 数を圧倒する威力。 威力を封じ込める数。 互いに相手を蝕もうとし、それぞれの守りの要が吹き飛ばす。 いつしか駅前広場には神秘にとり憑かれた十三人だけになった頃。 じりじりと魔女を包囲する網が狭まっていく。 使い魔を失った今、絶対的魔力の残量が運命の天秤を傾ける。 均衡が破れようとしていた。 「逃げるの? どこへ? あなたの居場所なんて、もうこの世界にはないんだよ?」 唇を結子の血で濡らしながら、ななせは結子の明日を否定する。 「そも悪魔との契約をそのまま受け入れてはならぬ。奴らの言い分を受け入れては全てを持って行かれることになる。悪魔と契約する時は悪魔を騙せ」 切りつけられてあふれる血で唇を濡らしながら、ゼルマが理沙の昨日を否定する。 「みんな、いったん離れなさい!」 そして、氷璃が魔女三人の上に断罪の天使として飛来する。 「貴女達のような黒魔女には火炙りこそが相応しい」 業火を。 灰も残さぬほどの業火を。 召喚された炎の舌が、三人の魔女の今を否定した。 「ごめんね、もう治してあげられないの」 わびる瑞穂の四肢を再びオーウェンの呪印が縛り上げる。 「いいよ。あたし達、結構頑張った」 応じる理沙を五体を幾人もの零二が切り刻む。 「きっと、ここで起こったことを、しばらくはみんな忘れない」 笑う結子を、リセリアの八方からの刃が浴びせられる。 「そのしばらくの間に、世界は悪魔が終らせてくれるよ」 「大事な人たちは、何も気が付かないうちに終らせてあげられた」 「もう世界なんて滅びてしまって構わない」 「地獄の中で生きていくといいわ、リベリスタ」 けたけたと地に這いながら笑う三人。 その顔を踏みつけながら、ゼルマは詰問する。 「答えよ。貴様らどこで『魂魄売買契約証文』を手に入れたのじゃ?」 「なんだったっけ?」 「雑誌の裏表紙の通販だよね」 「すぐ廃刊になったんだよ。おまじないいっぱいで面白かったのに」 「そうか」 矢継ぎ早に。 「ご苦労じゃったな」 放たれる。 「では死ね」 慈悲のような魔力の矢だった。 ● 「家族を皆殺しにして……魔女の契約?」 どうしてそんなことになったのか、リセリアにはわからない。 (『悪魔』に囁かれなかったらこうならなかったかもしれないとはいえ……救えませんね) 「貰って行くわね、コレ」 氷璃は焼けずに残った瑞穂の傘を拾い上げた。 零二は包丁と包丁研ぎ、チェーンネックレスを回収する。 (殺人に使用された物証がなければ、彼女らも何者かに襲われた『被害者』ということにできるだろう?) 魔女の狂気は誰しもが持った可能性だったと考える零二の、せめてもの情けの現れ。 「ジャックの放送が流れる前に…、この方達と知り合えてたら、こうはならなかったんでしょうか……?」 涙を流し、つぶやくアリス。 今となってはわからない。 魔女の凶行はこれにて終了。 残るは血と肉と骨のごった煮で満たされた、魔女の大鍋。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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