● 風が舞う。 暴風、突風、旋風に疾風。様々な種類の風を纏って駆ける『ソレ』の姿は、ある意味を持って悪魔の如き狂気の体現。 『ソレ』は、駆ける度に周囲の存在を薄く薄く切り刻んでいた。鎌鼬とも飯綱とも呼ばれる真空の刃は全て全てを傷に塗れさせながらも、唯々前へ前へ走り続ける。 時刻は深夜。 人の知らざる神秘の具現が夜道を走る様を、寝静まった人々は気付くこともなく。ただ過ぎらせていった。 ● 「……というわけで、依頼です」 何時もと変わらず、ブリフィングームで依頼内容の解説にはいるのは『運命オペレータ』天原・和泉(nBNE000018)。 その様子は何時もと変わりなく――と言いたいところだが、何故だかその表情が困っているように歪んでいたり、微妙に赤らんでいるように見えるのは気のせいだろうか。 「今回の依頼は……ええと、あるエリューション・エレメントの討伐依頼です」 「具体的な情報は?」 即座に挙手して問い返すリベリスタ。 が、それに対しても和泉は言葉に詰まってしまう。 ――確実に、おかしい。彼等はそれを確信させていた。 「先ず……その形状ですが。敵は風を元に革醒したエリューションで、その元の特性からも解るとおり、スピードと衝撃波等を介して皆さんを翻弄します。どちらかと言えば、戦闘が長引きそうなタイプと言えますね。 と言っても、このエリューションのフェーズは1です。余程の不運か事故でもない限り、多少時間を掛ければ皆さんが討伐することは難しくないと思います」 「……にしては、変な顔してるよな」 ぼそりと言ったリベリスタの一言が急所をついたのか、うっと押し黙った和泉は若干、沈黙する。 そのまま、およそ十数秒。止む無しと覚悟を決めたらしき和泉は、一度深呼吸をして再び全員に向き直った。 「このエリューションの『戦闘に関わる』能力は、先ほどに話したもので以上となります。 ……なるんですが、何と言いますか。このエリューションは戦闘スキル以外にも、ちょっと珍しい非戦スキルを一つ、所有してまして」 「どんなタイプだ?」 「カマイタチです。複数対象に向けてランダムで放たれるものですが、これ自体に攻撃力はありません。その上切れる対象はあくまでも、無機物限定なんです。 なん、ですが……その、逆に無機物だけを切ると言うことは、戦闘する皆さんの衣服などが破れてしまうと言うこともありまして」 「……」 うん。たしかにこれは言いづらい。 顔を朱に染めつつ、しどろもどろで必死に解説を続ける和泉の姿が、何やら哀れみを誘ってくれる。 「因みに、このカマイタチの能力はアーティファクト等、エリューション属性を得たものに対しては一瞬しか効果を示しません。切れても直ぐに修復されてしまうんです。 ただ、例え一瞬でも、切れてしまうと言うことは見えてしまうと言うこともあるので、人によっては気をつけた方が良いのではないかと、思われますが……」 解ったからもう無理しないでくれ。 半ば涙目になりつつある可哀想なフォーチュナを宥めつつ、リベリスタ達は優しい笑顔でブリーフィングルームを退出していく。 と、その背中にかけられる、和泉の最後の声。 「き、気をつけてくださいね、皆さん! その、色々な意味で! あと異性の肌を見るために出来るだけ戦闘を長引かせようと考えたりとか、そう言うことは絶対に考えてはいけませんよ!?」 さらっと余計なこと言ってくださりませんでしたか。貴方。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年09月28日(水)22:04 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 深夜。ほど近くに見られる家々の灯りも既に消え去った頃。 静寂に満たされるはずの空間は、何故かゴウゴウという風音に侵されていた。 「しかしまぁ、何だってンなニッチなエリューションが出来たモンだか」 愛用の彫刻刀を片手でクルクルと回しつつ、何処か楽しそうな口調で呟くのは『呪印彫刻士』志賀倉 はぜり(BNE002609)。 眼前に在る風のエリューション・エレメント。非殺傷のカマイタチを放つ事で、リベリスタらの衣服が切り裂かれるであろうと言う説明は、参加した面々(主に女性陣)の一部を気鬱に淀ませる程度には脅威的な存在であった。 「無機物……服だけを切り裂くカマイタチ!! なんてすばらs……厄介な相手なんだ。 カメラの準備良し。瞬間記憶能力も冴えてるぜ……!!」 具体的に言うと、こんな事呟いてる邪な輩に弱みを露呈するかも知れないという危惧とかが理由で。 喧々と叫ぶ『正義のジャーナリスト(自称)』リスキー・ブラウン(BNE000746)の声には、何というか万感の意志が込められている。そのどれもが特定のベクトルにだけ集中しているのはまあ、こういう舞台にはお約束と言うことで。 当然、周囲の仲間達もその言葉を聞きはするが……それに明確な不信という態度を表すほど、彼等の絆は脆くはない。 「……そうだね、リスキーさんを倒すんじゃなくてエリューションを倒さないとね」 『まだ本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)がナチュラルに武器を構える方向を間違っていても。 (ただでさえ着物の下が水着姿だって言うのに、ソレまで切られるとかあり得ないわ……!) 華奢なラインを見せまいと鬼気を迸らせる『雇われ遊撃少女』宮代・久嶺(BNE002940)が後方に時折殺気を飛ばしていても。 「変なことしたら、撃つよ?」 年相応に純真な笑顔の山川 夏海(BNE002852)が男性陣に銃口をちらつかせていたとしても。 彼等の絆は脆くない。脆くないんだって。 (わしじゃし、誰も見ておらんのじゃろうが、やっぱりわしとて女の子じゃし……恥ずかしいのじゃ) 見られても大丈夫なように、予め身体に墨を塗っておいた『不誉れの弓』那須野・与市(BNE002759)までもが、頬を朱に染めつつリスキーを密かに警戒する辺り、彼の信頼性も相当なものである。主に悪い方向の。 「みんなー、赤いコーン持って来たで。これ公園の入り口置いといたらええんやね? あ。ほら、見て見てードリルみたいやろ?」 女性陣と正義(笑)のジャーナリストの間で火花が飛び散る中、カラーコーンを腕に嵌めてきゃっきゃとはしゃぐ『小さな大宇宙』月星・太陽・ころな(BNE000029)の姿が何故だか妙に眩しい。 本依頼筆頭の良心じゃないだろうか。彼。 「風のE・エレメントか……私から家族を奪ったやつに似ている。 ……だが、まぁ、気負うまい」 対し、明確に目標を定めるアイリ・クレンス(BNE003000)の思考はかっきりと戦闘にスイッチ済み。 「ん。カマイタチか? 確かに見られて困るものではあるが……客受けは必要であろう? 男性が対象になるよりは、華があって良い」 齢十五にして達観した意見をさらっと語るアイリさん。色々と男前(女性です)。 貞操の危機こそ無いにしろ色々際どい相手に対しても、向かうリベリスタ達はある意味何時も通りなのでした。 「と、とにかく、さっさと倒しちゃえばいいのよ。 みんなで協力すれば余裕なはずよ、がんばるわよ!」 収拾つかなくなってきた一同を諫めるように声を荒げた久嶺が翼を展開するのを合図として、漸く戦闘準備を終えたリベリスタに、エリューションの方も見つけた獲物に向かって突撃を始める。 「うむ! おにーさんは後ろからお嬢さん達の活躍を見守ってる。だから安心して戦闘を進めてくれ(キリッ」 女性陣の皆さん。武器向ける方向間違ってます。 ● 「む……!」 接近したアイリに対して即座に風を叩きつけるエリューション。 若干アレな能力が注目されがちのために敵のステータスに目がいかないかも知れないが、件のエリューションの敏捷性は彼等の想像を大きく上回っていた。 他の能力の低さを正しくカバーしきれるだけの命中、回避精度の高さは、リベリスタ達に攻撃を当てることを容易とせず、そして自らの攻撃を避けることも良しとしない。 と、言っても。元の威力が低い上に、はぜりの守護結界が唯でさえ低いダメージを更に軽減するため、ほぼ回復能力が無いと言えるこのパーティでも長期の戦闘は可能であると言えよう。 ――って、暢気に言ってられない理由もリベリスタ達にはありまして。 「いやぁー! ちょ、見てんじゃないわよ!?」 開幕早々良い声で鳴いてくれたのは久嶺。 元の攻撃能力は対象を別個に発動するらしいカマイタチは、初っ端から『偶然』彼女に集中し、お気に入りの着物諸共、その下にあった水着までもを千々に切り裂いていく。 闇夜に覗く白い肌。みるみる紅潮する顔。自分の羽と両手を使って局所を隠す姿が、寧ろ一層危うさを匂わせる。 それを逃すまじと一瞬の早業でカメラを構えるリスキー。 「早速のシャッターチャンス……! ビバ、ポロ」 「おっと、悪いね」 すぱーん! シャッターを切る寸前にはぜりが投げたスローイングダガーが、これまた偶然リスキーの頭部にさっくりと突き刺さった。 あくまで『誤射』と言い張る彼女ではあるものの、多分意図的って言ってもみんなに許されると思うのは気のせいであろうか。 「~っ! こ、の……っ!」 アーティファクトである水着こそ修復したものの、お気に入りの着物を散々にされた上、自身の珠の肌まで晒された久嶺は怒り心頭。 「絶対に許さないわよ……このエリューション!」 涙目でライフルを構える少女の言葉を、果たしてエリューションは聞いているのかいないのか。 「……っあ」 次いでその魔刃が向けられたのは、小梢。 正確には彼女の周囲にある電信柱などだが、そうしたモノへの被害も極力避けたいリベリスタとしては、コレを庇わない理由がなかった。 「――しかたないけど、出来るだけ受けていくしかないかな。 ――しかたないけど、出来るだけ受けていくしかないかな」 はい、大事なことなので二回言いました。 何か言い訳じみている気がしなくもない台詞は兎も角、自慢のダブルポニーテールをなびかせることで防御範囲を広げた小梢の衣服を、カマイタチが次々に切り裂いていく。 「うわっ、お姉さん今なんか見えたで? ……あ。う、ううん嘘。ボクなんも見てへん!」 効果が一瞬で済むが為に、色んな意味でヤバい状況こそどうにか防がれるものの、それとて見えるには見える。 豊満な胸や張りのある瑞々しい肌。しどろもどろのころなが必死に弁解しつつも、手と手の間からちらちらと小梢の方を見てしまうのは仕方ないと言えば仕方ない。 「は、早く倒してしまうのじゃ……!」 味方のアレな状況に狼狽しながらも矢を放つ与一も然り。 「……隙ありっ」 それを避けるに生じた微細なラグを的確に狙い穿つ夏海も然り。 「なっ!?」 「……!!」 返す刀とばかりに飛んだ、衝撃波とカマイタチ。 元より動きの鈍い与一に、吹き飛ばされたことで体勢を取れなかった夏海が、それぞれ未成熟と成熟、相反するプロポーションを晒してしまう。 「だ、大丈夫じゃ。まだ墨も滲んでないし……って、やっぱり無理なのじゃ!」 「……ねぇ、何してルノ?」 両手で身体を抱きしめて縮こまる与一と、リアクションよりも先に既にリスキーに向けてフィンガーバレットの銃口を向ける夏海。 其処のジャーナリスト。舌打ちしない。 「にしても、何なのあの子ら。うちより若いのに超おっぱいじゃん。眼福眼福。 ……え、ほら。うち女だし。同性だし。ノーカンノーカン。さーさ、脇見してないでとっととぶっ倒すよ!」 一瞬納得してしまいそうな暴論を誰かに言いつつ、はぜりの集中を重ねた式符が鳥のカタチを取って風のエリューションに突き立った。 彼女の攻撃が上手く急所らしき箇所を捉えたという理由は有れども、僅か数発しか受けていないエリューションはしかし、最早戦闘前の規模から半分以下の面積にしか風を届かせていられない。 当たれば脆い。予測しておいたことではあるが、その呆気なさに他の面々も僅かに戸惑ってしまう。 「こ、この勢いで一気に畳みかけるわよ! 他のみんなも、早く攻撃しなさい!」 ……まあ、かと言って。 それが何度も続かないからこそ、このエリューションに全員が手こずっているのだが。 「……って、だから何で私ばっかり狙うのよー!?」 いたく可愛らしいリアクションを取る久嶺ちゃんを、エリューションもお気に入りのようで。 ● 戦闘開始からはそれほど時間が経っていないものの、既に状況は佳境に達していた。 実際の所、攻撃が幾ばくのダメージにも満たない以上、ある程度の集中を重ねて攻撃、と言うパターンをくり返せばみるみるその規模を減少させていくエリューションに、元から勝ち目はなかったのである。 ――ああ、それと。 (これ以上被害を重ねられてたまるか……!!) 一部女性陣の静かな怒りが、攻撃に乗ったり乗らなかったりしたのも原因だと思う。 くり返されるカマイタチの攻撃に対し、衣服そのものがアーティファクトである人は兎も角、そうでない人は着ていた服を見事に切り裂かれてかなりの面積の柔肌を晒している上、それを後方から撮影している輩が居るせいで、彼女らの羞恥心がマッハなのは言うまでもない。 因みにリスキーがこの段階で最早倒れかけなのはエリューションの仕業ではないことを付記しておく。 いや、彼も攻撃と支援を効率よく担当していたのだが、『その他諸々』の行動がアレなだけで。 「遠慮なく来るがよい」 肌をさらして守れる日常があるならば、それはそれで構うまい。淡々とした口調でカマイタチを受けるアイリ。最近の十代って凄いんですね。 「……はっ動き止まっとった」 度重なる女性陣の被害を目の当たりにし、顔を真っ赤にしながら硬直していたころなも、我を取り戻してエリューションを睨み直す。 「ぐぬぬ、これがボクの初陣なんや。もうやぶれかぶれやボクは服やぶれたかて毛もこもこやしはずかしないし。ちょっとぐらい痛いん我慢して特攻や」 四つ足を使って敵に飛び込み、だだっ子パンチの要領で炎の一撃を叩き込むころな。 攻撃は多少、エリューションの身体を掠めたのみではあるが……その瞬間強風が緩んだ隙を、リベリスタ達は見逃さなかった。 「止めたで! あとみんなでやっつけて……」 「解った」 「まあ、ひたすら叩いていくしかないからね」 言い切るより先、ころな同様接敵している夏海と小梢が言って、それぞれの得物を構える。 (殴って、撃って、斬って、一片たりとも残してやらないんだから) きり、と武器を握り直す夏海の表情に浮かぶのは、エリューションに対する憎悪のみ(多分)。 強風の核。一際風が吹き荒れると思しき場所に接近した彼女が振るう渾身の拳打は、動きを緩めたエリューションを的確に穿ち抜き、 「あたれ~あたれ~」 おまじないのように呟きながら振り抜いた剣閃が、衝撃を受けたエリューションを更に両断した。 それと同時に、静止する大気。 エリューションの消失。それを理解したリベリスタ達は、色々な意味での安堵に一息を吐き、 ――次の瞬間、それが甘かったことを思い知らされる。 「……!?」 驚愕は、恐らく全員のもの。 死に際に吹き荒れた突風が彼等の前に塵を撒き散らせ、その視界を一瞬、ゼロにする。 そうして、後。 即座に取り戻された視界を確認するべく、皆が目を開いた先には。 「………………」 先の突風に紛れて飛ばされたらしきカマイタチで、ほぼ全員の服が切り裂かれた姿。 勿論世間様的に見えちゃマズイ所は、服の切れ端とか神秘パワーで見えないから良い子も安心☆(はぜり談) ――なんて、そうあっさりと事が片付くはずもなく。 暫くの間、戦場には叫声やシャッター音が響き渡るのであった。 ● 「だ、大丈夫じゃ! えっとあれじゃ、その……わしより立派じゃったぞ!」 「あ、貴方の貧相な体と比べられてもフォローになってないわよ……!?」 戦闘が終了して数分が経った頃。 その心に多大なダメージを負って凹んでいた久嶺は、与一の必死の説得によって徐々に回復しつつあった。何だかんだで結構息が合っている二人である。 「だ、だからボク、なんも見てへん言うたやーん!」 一方。此方は他の女性陣にお仕置きされているころな。 実際の所はデコピンや軽いゲンコツ程度のものだが、それ以上にちょっぴり軽蔑するような視線がこの年頃の少年には何より辛いお仕置きである。 「まあ、何だかんだでうちは愉しかったけどね。可愛いモンも見れたし」 にひひ、と若干意地悪な笑みを浮かべて周囲を見回すはぜりに、夏海辺りが若干ジト目で彼女を睨んでいた。 「……何にせよ。もう此処にいる理由もあるまい」 苦笑混じりのアイリが声を掛ければ、他の面々も頷き、アークの移送班が待つ地点に向かって歩いていく。 「風より生まれた怪物は、風へと消えよ。これにて閉幕だ」 『何か』を片手で弄ぶアイリが最後に呟く。 そうして後に残ったものは――持っているカメラを根こそぎ奪われた上、何故か頭部に執拗な打撃痕を残して道路に倒れ伏すリスキー一人だけだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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