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<Blood Blood>Ripper's Edge - Players and A Prayer -

●『Ripper's Edge』
「変わったわね、アナタ」
 そうですか? と返す男に、こんな目立ち方をするのはアナタの流儀じゃないと思っていたけれど、と女はしなだれかかる。
 白いスーツを着込んだ端正な青年と、血の色のルージュが鮮烈な、チャイナドレスの美女。
 紛うことなく、恋人達の甘い睦言だろう。

 ここがベルトコンベアの並ぶ工場ではなく。
 身体を拘束され、ただ恐怖に竦むばかりの子供達が居らず。
 何より、男が『Ripper's Edge』後宮・シンヤでなかったならば。

「なに、スーパースターを見習うことにしただけですよ」
 耳目を集める大舞台で血と臓物のショーを演じる、それがあの人の強さの源泉でしょうから。くつくつと喉を鳴らすシンヤ。あの人、と呼んだその時、声に熱が籠もる。
 あの人。
 そう、あの『生きた伝説』を相手取った一分間。余裕などなかった。何度死んでもおかしくなかった。生き延びることが出来るなどとは、指先ほどにも思わなかった。
 だが、挑んだ。
 伝説の端役に名を連ねる、万に一つの可能性があるのなら。それは分が悪くとも魅力的な賭けだった。
 そして、シンヤは賭けに勝った。
 殺しのテクニックには自信がある。若くとも、修羅場は何度でも潜ってきた。だが、それだけでは足りない。足りるはずがない。必要とされたのは、『偶然という必然』――。
「あの人に出会い、そして生き残ったのは『運命』です。ならせいぜい、私も見習うとしましょう」
 口調に滲む陶然とした色。それを裏打ちする、湧きあがる自信。自惚れではなかった。あの一分間は、彼の持つ実力を、限界を超えて引き出していたのだから。
「……いい男になったわよ、アナタ」
 それを感じ取っているのだろう。嫣然と微笑む女――佐野・エリカ。
「それにしても、コレはちょっと悪ふざけが過ぎるように思うけど」
 摘み上げたのは、シンヤの首にかかるネックレス。ちゃり、と音を立てる銀鎖にぶら下がるペンダントトップは、黒く燻した小さな十字架。
「ここまでしてあげるなんて、妬けちゃうわね、なんだか」
 十字架に口付け、そのまま、かり、と噛み付いてみせるエリカ。その唇は、どこまでも艶やかで紅い。
「ふふ、それはアークへのちょっとした挨拶です。嫌がらせ、とも言いますがね」
 シンヤの唇の端が吊りあがる。思い出されるのは、手負いの虎、死んでも喰らいつく鮫、そして――。
「それに――あのお嬢さん、案外本気で化けるかもしれません」

 さて、堕ちた聖女は、どんな味がするのでしょうね――。

●アークに届けられたDVD
『ごきげんよう、アークの皆さん。
 私は後宮・シンヤ。名乗らずとも、良くご存知とは思いますがね。
 我が主、偉大なるスーパースター、ジャック・ザ・リッパーのショーは楽しんでいただけましたか?
 ああ、答えは判っています。わざわざ言う必要はありません。
 そうでなければ。
 そうでなければ、新たなる『伝説』の意味がありません。
 いつだってヒーローには、程々に骨があり、最後には惨たらしく殺される敵役が必要なのですから。
 『伝説』を彩る華が必要なのです。そう、皆さんのように。

 さて。
 私と同じように、いい気分になっている者も多いようでしてね。
 コントロールが効いていない有象無象も多いですが、ともかく楽しいことになるはずです。
 そこで、せっかくですから、私も『ゲーム』を楽しむことにしました。
 ええ、『ゲーム』です。もちろん、アークの皆さんもご招待しますよ。

 後ろに転がっている子供が見えますか?
 全部で十五人。コレが、皆さんに与えられたチップです。
 皆さんには、今夜九時、この工場――ああ、地図を一緒にお送りします――の正面入り口から入場していただきます。
 同時に、このベルトコンベアを動かします。
 言い忘れていましたが、ここはリサイクル工場でしてね、コンベアの先にはプレスマシーンがあります。
 大体二分というところでしょうか、しばらく経てばチップが十秒に一個ずつ飲み込まれて、ミンチに変わっていく、という寸法です。
 機械を壊さずに、スイッチを押して止めることができれば、それでゲーム終了です。
 勝敗は簡単。十五個のうち八個以上を守りきることが出来れば皆さんの勝ち。
 八個以上のハンバーグを生産できれば、私達の勝ちというわけです。
 シンプルでイカしたルールでしょう?
 私達は十人居ますから、皆さんにも合わせていただきましょうか。
 もちろん、それ以上の人数で来たり、正面入り口以外から入ったりすれば、『ゲーム』はご破算。
 チップも、漏れなく没収です。
 もちろん、『正義の味方』たるアークの皆さんは、ルール違反などしないと信じています。
 私達も、それはお約束しましょう。『ゲーム』を楽しむには、ルールを守ることが必要ですからね。

 覚えていますよ、私に傷をつけたアークのリベリスタ。
 鮫の歯の『お嬢さん』、このナイフが欲しいというならば、矜持を見せてごらんなさい。
 ああ、それから虎のナイフ使い!
 ブンディ・ダガーなんてレアな得物は、私も初めて見ましたよ。
 いいですね。ぞくぞくしますね。
 もう一度私を殺すチャンスが欲しいでしょう、アークの殺人鬼達!
 ええ、私も楽しみですよ。
 あの時、殺し損ねたのですからね。

 どうです。
 楽しいでしょう? 楽しくてワクワクするでしょう?
 きっと、ご期待に添えると確信しています。
 ホストはこの私、後宮・シンヤ。皆さんに、最高の夜をお約束しますよ』

●『万華鏡』
「……これが、後宮・シンヤが送りつけてきた挑戦状」
 集まったリベリスタを前に、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は平坦な声色で告げた。
 日頃から殊更には感情を面に出さない彼女だったが、今日に限っては無感情に過ぎる。その意味は、口に出すまでもなく、この場の誰もが理解していた。
「野郎……」
 虎、と呼ばれた『新米倉庫管理人』ジェスター・ラスール(BNE000355)が、呻くように声を漏らした。もう一人、『人間失格』 紅涙・りりす(BNE001018)は火の点いていない煙草を銜え、表情を変えずにモニタを眺めている。
「『ゲーム』に乗るかどうかの判断において、私達は人質を取られているのと同じ。シンヤは明らかに重要な位置を占めているから、人質の命を無視してでも倒すべきって考えもあると思う。けど、アークはそれをしないって決めた」
 その理由も言うまでもない。百を救うために一を犠牲にする――その判断ができない甘さが、アークのリベリスタの強さであり、弱さであったから。
「それに、仮にこちらがルールを破ったとしても、シンヤがその程度を想定していない筈がない。だから、例え酔狂でも、『ゲーム』なんて枷を自ら嵌めてくれるというなら」
 確実に仕留め切れるとは限らない以上、信用が置けるとは言い難くとも、その枷の範疇で戦うのは妥当な判断だ。疑問の声が上がらないことを確認し、彼女は先を続ける。
「だから、みんなの任務は『ゲーム』に勝って、一人でも多くの人質を助けてくること。シンヤ達を倒せればいいけれど、今回は逃がしてもしょうがない。人質の命が優先」
 誰かが、ぎり、と歯軋りを鳴らした。逃がしてもしょうがない? 畜生。
「気持ちはわかる。だけど堪えて」
 イヴはしばし言葉を切り、一同を見回した。それぞれがそれぞれのやりかたで心を鎮めるまで、数分。もちろん、倒せればその方がいいけれど、と彼女は言い添える。
「あと、判っているのは、『万華鏡』が捉えたシンヤ達の構成の一部と、工場の見取り図くらい。それは後で纏めて渡すね。それと――」
 フォーチュナの瞳が、黙って座っていた有翼の聖女を映す。『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)、名指しでこの場に呼ばれた三人目は、視線を受けてぴくりと肩を震わせた。
「カルナにも、シンヤからメッセージが来てる。それを聞いて、どうするか決めて。ことがことだから、アークはどうしろって言わないよ」
 平静に見せかけたままのイブの声。カルナは、ぎゅっ、と組んだ手に力を込めた。
「――けど、何があっても『十人一緒に』帰ってきて。それも、皆の任務」

●十五を救うための一の犠牲
『ああ、それと。緑の髪のフライエンジェのお嬢さん。
 前にも言いましたが、私は貴女のことを買っているんです。もしかしたら、あの時喰らいついてきた、鮫や虎よりもね。
 思い切ることが出来れば、貴女はいい人殺しになれる。それはこの私が保証しましょう。
 ですから、貴女には特別にチャンスをあげます。
 貴女の首を飾る、素敵なプレゼントを用意したんですよ。

 この十字架が見えますか?
 これは中々に血生臭い由来のあるアーティファクトでしてね。
 貴女も聖職者なら知っているでしょう。中世ヨーロッパに吹き荒れた、魔女狩りの嵐を。
 その時に使われたんですよ。これを身につけて、『神様を信じています』って言わせるんです。
 始めは単なる小道具に過ぎなかったそうですが、いつの間にか力を持ってしまったんでしょうね。
 信仰に関する内容で嘘をつくと、漏れなく死に至らしめる、なんて。
 もっとも、例え発動しなくても、聖遺物すら騙せる魔女と扱われて、結局火炙りだったのでしょうが。

 それじゃあ、特別ルールの説明です。
 貴女はこの十字架を身につけて、こう言うことが出来ます。
 神様なんていません、と。
 そうしたら、チップの命は助けてあげましょう。
 これもルールですから、約束は守ります。ええ、守りますとも。
 簡単ですよ。『神様なんていません』、そう言うだけです。

 そうですね、貴女がちゃんと言えたなら、私達の根城にご招待しましょうか。
 なに、私達には『塔の魔女』が居ます。
 あの魔女なら、死体でもどうにかするでしょう。

 もちろん、貴女には選択の自由があります。
 ええ、本当にぞくぞくしますね。
 貴女がどの道を選ぶのか、心から楽しみにしています。
 く。くくく。あははははははっ!』


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:弓月可染  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2011年10月03日(月)23:11
 弓月可染です。

 何事にも選択の自由があります。
 受け入れることも。受け入れないことも。
 信じることも。信じないことも。
 もちろん、それ以外の選択でさえ。

 以下詳細。

●警告
 本シナリオではフェイト残量に拠らない即死の危険があります。

●成功条件
 下記の二つの『いずれか』を満たすこと。
 1)戦闘可能な敵フィクサードが工場内に居なくなったとき、人質十五人中八人以上が生存していること。
 2)戦闘開始前にカルナ・ラレンティーナさん(BNE000562)が単独でシンヤの前に立ち、アーティファクト『Anathema』を装着した状態で「神様はいない」と宣言すること。

●優先参加
 下記の三人は、予約していれば優先的に参加できます。
 ジェスター・ラスールさん(BNE000355)
 カルナ・ラレンティーナさん(BNE000562)
 紅涙・りりすさん(BNE001018)

●後宮・シンヤ
 あとのみや・しんや。フィクサード。二十四歳。
 ジャックの『試験』を限界を超える力を引き出すことで生き残り、結果、飛躍的に強大な力を得ました。
 吸った血を活力に換えるジャックナイフのアーティファクト『リッパーズエッジ』、そして『Anathema』を所持しています。

【攻撃詳細】(※非戦スキルは記載していません。以下同じ)
 ・クリミナルスタアのスキル
 ・リッパーズエッジ(A:物近単、追:HP回復)
 ・EX Bloody Dance

●佐野・エリカ
 フィクサード。二十六歳。
 シンヤの愛人。チャイナドレスを身に纏い、扇を手にした美女。

【攻撃詳細】
 ・マグメイガスのスキル

●如月・ユミ
 フィクサード。十七歳。
 ゴスロリドレスの少女。前二戦では後衛から拳銃を撃っていました。

【攻撃詳細】
 ・クロスイージスのスキル

●フィクサードの皆さん
 他七名。
 二人のホーリーメイガスがいることが確認されています。

●『Anathema』
 黒く燻した十字架のネックレスのアーティファクト。意味は『破門』。
 これを身につけた状態で信仰に関わることについて嘘をつくと、フェイトが大幅に減少します。
 減少量は『30 + 1d100』。つまり31~130でランダム。これはプレイングによらず機械的に判定されます。
(なお、自分の残りフェイトはプレイヤー情報であり、キャラクターには判りません)
 効果を適用した結果フェイトが残ったとしても、戦闘不能となり、フェイト使用による復帰は出来ません。

●工場について
 べルトコンベアの並ぶリサイクル工場。
 長辺百メートル程度の工場です。照明は点いています。
 プレスマシーンのスイッチの場所は確認できています。
 コンベアが縦横に設置されており、走り抜けるのは難しいでしょう。
 窓は多数。奥側に裏口とキャットウォークへの階段があります。

●子供達
 十五人。完全に拘束されており、身動き一つ出来ません。
 恐怖を煽るため、目・口・耳は塞がれていません。

●『ゲーム』
 シンヤの説明通りですが補足。
・『ゲーム』に乗る場合、シンヤ一味は直接子供を狙いませんし、全体攻撃も子供を避けて放ちます。『範』などで巻き込まれた場合は不可抗力と認識します。
・停止のスイッチが押されたら、彼らはそこで戦闘を止めようとします。戦闘続行はリベリスタ側に選択権がありますが、シンヤ側の子供への配慮がなくなることには留意してください。
・スイッチを押せるかどうかは状況次第です。初期位置は、かなり工場の中に入った状態からスタートですが、前衛がフリーになったとしても即ダッシュで押せるほど近くはありません。
・狙わない限りは、機械への流れ弾は気にしなくて構いません。

●特別ルール
 カルナさんが特別ルールに従った場合、彼らは生死を問わずカルナさんを連れて立ち去ろうとします。それを防ぐためには、連れていくことを諦めさせるだけの損害を与えることが必要になります。
 彼らも戦うならば相応に本気です。本気でなければ楽しくないからです。殺せなければ楽しくないからです。ですが、損得勘定くらいはするでしょう。

●その他
 難易度の高いシナリオですが、台詞などキャラクターらしさのわかる内容をプレイングに含めることを強くお勧めします。
 また、文字化けの可能性がある文字(半角カナ、特殊記号)は使用をご遠慮ください。使用された場合、無事に表示されたとしてもその部分を無かったものとして扱います。

 それでは、皆さんの覚悟を決めたプレイングをお待ちしています。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
スターサジタリー
不動峰 杏樹(BNE000062)
ホーリーメイガス
霧島 俊介(BNE000082)
インヤンマスター
宵咲 瑠琵(BNE000129)
インヤンマスター
四条・理央(BNE000319)
ソードミラージュ
ジェスター・ラスール(BNE000355)
ホーリーメイガス
カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)
デュランダル
新城・拓真(BNE000644)
ソードミラージュ
紅涙・りりす(BNE001018)
覇界闘士
設楽 悠里(BNE001610)
スターサジタリー
立花・英美(BNE002207)


『シスター』カルナ・ラレンティーナ(BNE000562)は両親の顔を知らない。
 どうやらイタリア人らしい、ということだけが、彼女の持つ手がかりの全て。だからラレンティーナという姓が本当に両親のものなのか、そしてカルナという名にどのような願いがこめられていたのか、それすらも彼女は知らなかった。
 もっとも、親を亡くす、それ自体は決して珍しいことではない。彼女が一風変わっていたのは、教会に引き取られ、そのままシスターの道を選んだこと。
 そして、運命に導かれ、リベリスタとして歩み始めたことだった。

 最初は単純に嬉しかった。
 単なる小娘に過ぎない自分が、人々の暮らしを、命を護ることが出来るのだ。主より賜った護るための力。O Lord, O Great One. 彼女はますます信仰を篤くし、その研鑽は更なる力を彼女に与える。
 だが、それだけのことだった。
 彼女は神ではない。彼女は万能ではない。全てを救うなどという理想はあまりに優しすぎる祈りで、そして力を持たない幻想だ。

 運命に見放された少年を殺した。
 いとけない少女から母親を奪った。
 娘を失い狂った神父に至っては、言葉の一片すら届けられなかった。

 奪った『命』は数多い。多くの場合、直接手を下したのは彼女ではなかったが――それが何の救いだろうか。
 だから戦った。戦って、殺して、そうして掌から零れ落ちていくものを、必死でかき集めるしかなかった。
 ああ。
 現実は、理不尽だ。

 だが最大の悲劇は。
 この慈愛に満ち溢れた少女が、それでも自分に出来ることを探し続けたことだろう。


 古びた工場に煌々と明かりが灯されている。
 屠殺場、という言葉を脳裏に浮かべ――四条・理央(BNE000319)は頭を振った。誰も死なせない、そのために自分達はここに立っているのだから。
 理央には後宮・シンヤとの因縁はない。だが、歴戦の彼女にとって、この場の面々は馴染みの顔ばかりだった。それだけで、助力者として命を賭ける理由には十分だ。
 命を賭ける。
 そう、危険なことは百も承知。だからこそ、安易なヒロイズムに酔っ払うことなく、彼女は精神を尖らせる。

「ようこそ、アークの皆さん」

 ゲートを潜った一行を出迎える、芝居じみた声。
 後宮・シンヤ。
 緩い笑みを浮かべたスーツの男が、手下を引き連れて最奥のコンベアの前に立っている。両脇には、チャイナドレスの女と、フリルを広げた可愛らしいドレスの少女。そして、見るからに手練と判ってしまう男達。
(……ちっ、固まりすぎか)
 内心舌を打つ『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)。戦いを前に、人の感情は高ぶる。それはフィクサードでも同じだろうが、人数や位置を性格に把握するには、あまりにもその情報はぼんやりとしすぎていた。
「いいですねぇ、その顔。遠く離れていてもよく判りますよ、早く私をぶっ殺したいってね」
 シンヤの挑発も上の空、一瞬たりとも無駄にする気はなかった。彼らの視線は、意識は、工場全体を這うように巡る。
(おかしい、フィクサードが一人足りない……?)
 それに気付いたのは『ミス・パーフェクト』立花・英美(BNE002207)だった。十人で楽しむゲーム、人数が足りないのはいかにもおかしい。彼女の千里眼ですら、その姿を捉えることは出来ないけれど。
「後宮・シンヤ! 最後の一人は何処にいるのですか? 出てきなさい!」
 凛として指弾する弓道着の少女。だがシンヤは、それもゲームですよ、と肩を竦めるばかり。

「さて、フライエンジェのお嬢さん。覚悟は決まりましたか?」

 彼はゲームを進める。いたぶるように。追い立てるように。眼鏡越しの視線が、捧げられた供物を舐め回す。

「――はい。あなたのルールに従いましょう」

 迷いなくカルナは告げた。自らの運命をチップに乗せる。実際に口に出してしまえば、案外何ともないものだ、と他人事のように思ったりもする。
「……っ」
 ぎり、と。
 いっそ淡々と告げるカルナの声に、『狡猾リコリス』霧島 俊介(BNE000082)の歯軋りが被さる。今すぐ飛び出してぶん殴ってやりたかった。そうしなかったのは、只々聖女サマの覚悟を尊重したに過ぎない。
 睨みつける視線に滲み出る、殺意。
「ですが、お願いがあります」
 言葉を継いだカルナを視線だけで促すシンヤ。初めて緊張の色を見せ、少女は儀式の条件を提示する。
「私達と、あなた方の中間で、その時を迎えさせてください」
 目測で彼我の距離は五十メートル。その申し出は、カルナがどんな形であれ『帰る』ためには必須の条件だったに違いない。奪回戦から争奪戦への転換。仮に実現していれば、天秤は大きく揺らいだだろう。
 だが。
「――スイッチを入れなさい」
 それは無慈悲なる勅令。ゴウン、と機械が唸り声を上げる。
「待って下さい! 待って――!」
 ただそれだけで、聖女の仮面は砕けた。そちらに参りますから、どうか。消え入るような囁きに屈服を感じたか、シンヤは片手を上げた。ベルトコンベアが、止まる。
「貴女は、私と対等の取引をしているつもりですか?」
 その目には二つの色。舐められたかという失望交じりの怒りと、何処までも嬲るかのような嘲り。対してあからさまに悔しげなリベリスタ達。いずれにせよ、彼の言葉は端的にこの場の力関係を示していた。

 子供を確実に救うためには、カルナという犠牲の羊を捧げるしかない。

「行くな」
『陰陽狂』宵咲 瑠琵(BNE000129)の、押し殺した低い声。実のところ、彼女は既に、カルナの行動自体は諦めていた。納得などできるわけがない。だが、示された覚悟を前にして、どうして邪魔立てなど出来るだろう。
 だがそれも、奪還の目処がついていた――あるいはついていると錯覚していた――からこそだ。今手放せば、この少女はもう戻ってこない。そんな焦りが、行くではない、と口を突いて溢れ出る。
「……ありがとうございます」
 その声で逆に落ち着いたか、カルナは前を向いて、シンヤ達の下へと歩き出した。
「ふん、頑として聞かぬか」
 それはそれで予見していた返答だったから、瑠琵はただ唇を歪めるばかり。――これだから、神とやらは嫌いなのじゃ。

「……どうか。どうか子供達には、手を出さないと誓って下さい」
「ええ、約束しましょう。それがルールですからね。私達はすぐにでも帰りますよ、貴女と一緒に」
 先立っての子供の解放など、望むべくもない。いまやリベリスタ達ははっきりと理解していた。
 全てを救うためには、まず『ホスト』たるシンヤの課したルールを受け入れなければならないのだと。
 カルナちゃんは凄いな、と『臆病強靭』設楽 悠里(BNE001610)は呟いて、それきり黙りこむ。自分が同じことを出来る気はしなかった。
 けれど、彼女は大切な仲間で、そしてまた彼も、シンヤ達には因縁があるのだ。シンヤの隣に立つクロスイージスの少女に叩き伏せられた記憶は、未だ生々しい。
(気高くて優しいカルナちゃんを、キミ達の好きにはさせない)
 時間は無駄にしない。ただただ、悠里は精神を細く研ぎ澄ます。反撃の糸口を作り出すために。

「さあ、これが貴女の運命、Anathemaです」

 黒く燻した十字架が、細い銀鎖に通されていた。受け取るべく差し出したカルナの手を、殺人鬼は押し止め、片頬を上げる。
「せっかくですから、私がつけてあげますよ」
「……っ」
 思わず力の入る肩。首の後ろに回されたシンヤの手が、かけられたAnathemaの鎖が、まるで自分の首を絞める絞首紐のように感じられる。
 怖い。
 堅い壁がひび割れて、恐怖という名の波が後から後から押し寄せる。今すぐ逃げ出したかった。けれど、それをしてはいけないと、カルナは知っていた。
 そしてそれ以上に、自分はそんなことはできない、ということも。
「舞台は整いました。オンステージですよ、お嬢さん。ですが」

 ですが、あなたはまだ選ぶことが出来ます。
 この場を生き延びること。
 綺麗さっぱり忘れて、ついでにリベリスタなんておやめなさい。
 そうすれば、貴女には日常が蘇る。
 気の置けない友人とお茶をして、好きな男と結婚して、子供も何人か生まれるかもしれない。
 そんな、幸せな生活が。
 ねぇ。
 何処の誰とも知らない子供のために、どうして貴女がそこまでする必要があるんです。

 この期に及んでシンヤが囁いたのは、壁のひび割れ一つを押し広げ、カルナの心を押し流そうとする悪意の具現。
 子供さえ見殺しにすればいい。
 その提案は、張り詰めたカルナの心を蝕むに十分なものではあったけれど。

「神様なんて――」

 震える肩。強張った頬。それでも、微笑んだ。微笑んでみせた。
 主よ。命を懸けて信仰を証す子羊の願いをお聞き届けください。
 どうか。どうか。皆様が無事に帰ることが出来るよう、ご加護を。
 手を伸ばす。指先が、シンヤの頬に触れる。

「――神様なんて、いませんでした――」

 十字架が、じわりとその闇を増した、ように見えて。
 次の瞬間、糸が切れたようにカルナは崩れ落ちる。意識が掻き消える直前、最後に彼女が目にしたのは、その身体を受け止めたシンヤがつかの間見せた、驚愕の表情だった。


 次の瞬間、リベリスタ達が動き出す。
 それはあらゆる躊躇いを廃した、無駄のない動き。カルナを取り戻すべく、それぞれがシミュレーションを繰り返した成果。
「……ふ。くく。くくく。あはははははっ!」
 だが、五十メートルの距離はあまりにも長すぎる。左手に抱えた聖女の身体を悠々と傍らのエリカに渡すと、シンヤはその前にすい、と立ちはだかった。
「そう来ると思っていました。そして、最初に飛び込んでくるのは――貴女だ、お嬢さん!」
 金属と金属が咬み合う音。耳障りなノイズを意に介さず、コンベアを乗り越えて迫った『人間失格』紅涙・りりす(BNE001018)は三本の爪で真紅のナイフを押さえ込む。
「久しぶり。ナイフ寄越せ」
「ハッ、いきなりですね。そういう貴女は、あの剣を持つのはやめたのですか?」
 刃物使いの矜持はどうしました、と唇を吊り上げるシンヤの問いを、鼻で笑って返すりりす。
「矜持? 人に誇れるモノの持ち合わせなんて無くてね」
 ぎり、と鳴る爪とナイフ。その時、眼鏡の向こうの瞳がカッと見開かれた。視線を介して叩き込まれる殺意。死に直結する眩暈。
 振り払うように絡み合った得物を解き、しかし彼女は見栄を張り続ける。
「それに、『敵』にもならない相手にはもったいないだろう?」

「右翼三人、あの女の子も含めてみんなクロスイージスだよ。他はごめん、わからない」
 そう告げながら印を結ぶ理央に頷き、『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)は蛮刀を握り締めた。彼のものよりも一回り巨大な得物を握る大男が、彼を目掛けて突っ込んでくる。いや、狙いは背後の俊介だろう。
「スキャン如き、お前らの専売特許だとは思うなよリベリスタども」
 あまりにも判り易い定石。ここを退くわけにはいかない、と一瞬にして拓真は悟る。退けば回復手が蹂躙される。それは敗北と同義なのだから。
「神秘探究同盟、第八位・正義の座――新城拓真、参る!」
 交錯する肉厚の二振り。黒衣の剣士の肩が爆ぜるように裂ける。芯を外してそれか、と大男の剛力に舌を巻く拓真。だが、彼も負けてはいない。
「カルナを、我らが『節制』を渡しはしない!」
 滾る闘気が渦を捲いて彼を包む。両手持ちにした愛剣を振り下ろせば、輝く軌跡が宙を裂くように描かれる。
「おおおおおっ!」
 斬、と振り切られた剣を血飛沫が追う。やるねぇ、と面白げな大男に、さっさと倒れてしまえ、と彼は吐き捨てた。

「神様。今日ほど貴方を殴り飛ばしたいと思った日はないよ」
 年季の入ったシスター服に身を包む、もう一人の聖職者。杏樹は理解してしまっていた。カルナが、何を思って絞首台に立ったのか。
 ――きっと、私は死ぬでしょう。
 あの少女が自分だけに漏らした未来図。ただ一言、それだけが彼女の見せた隙。けれど、杏樹にはカルナの言わなかった部分が判ってしまうのだ。
 ――そして私は信仰を得るのです。
 そこに込められた僅かな陶酔は、あまりにも救いようがなくて。
「でも今だけは、主に願います。彼女の運命に救いと光あれ。Amen」
 唇から牙を覗かせて、きっ、と前を向く。誰一人、この世界から欠けさせない。決意を秘めた彼女の視線が、戦場の塵芥に至るまでを捉えんと疾る。
 その目が、ちらりと動く影を捉えたのは、だから主の恩寵なのかもしれない。
「あそこだっ!」
 手袋に貼り付けた十字架が鈍く輝く。ほとんど確認せずに撃ち込んだボウガンの矢が、キャットウォークの手すりを粉砕し、その影へと突き立った。
「影潜みっすか……!」
『新米倉庫管理人』ジェスター・ラスール(BNE000355)が見上げて唸る。『影』から姿を現したのは、いつか彼らが殺した相手と同じように黒衣に身を包んだ、ひょろ長い聖職者風の男。
「……」
 腿に刺さった矢を抜き男が何事か呟くと、吹き出た血がぴたり止まる。それを目にし、虎は走った。重力さえ無視して壁を駆け上がり、キャットウォークへと飛び移る。
「シンヤとやり合うのも楽しみっすけど、まずはアンタっすよ」
 階段がフィクサードたちの後方にある以上、ここに登ることができるのは自分しかいない。そして回復役がいると判った以上、キャットウォークを見逃すなどという贅沢は許されないのだ。
「愚か者め……!」
 重々しく呟く男が抜き放ったのは、銃身の長い大型拳銃。迷いなく引いた引鉄。破裂音と共に、空薬莢が転がり落ちる。
「くっ……、まだまだっす!」
 それでも彼は止まらない。脇腹を抉った弾丸を無視して距離を詰める彼の左手が握るのは、彼に言わせればジャマダハル、シンヤの呼び名ではブンディ・ダガーという刺突武器。
「さあ、お返しっすよ!」
 突き入れた刃が、黒衣の肩を裂く。だが、聖職者はそれがただの傷でないことに気がついていた。刃に塗りこめられた、暗殺の毒――。
「蠍の毒は一刺しでも痛いっすよ」
 冠した銘は蠍座の星。命がけのスリルに臨むバトルマニアは、強敵を前にうっそりと笑む。

「ふん、やってもやってもきりがないのぅ」
 忌々しげに瑠琵が呻く。ドレスの少女、ユミだけならまだしも、男二人を含めた三人が交代に呪縛を祓う清浄なる光を放つのだから、始末に負えない。厄介なユミを呪縛で縛り付けてしまおう、という作戦自体が根底から覆されていた。
「なら、これはどうかぇ?」
 ばっと単衣の裾をからげて瑠琵が腕を上げれば、建物の中だというのに雨――ただし、凍りつくほどの冷たさ――が振り注ぐ。雨に濡れそぼった数人の身体が凍りつくのを確認し、彼女はにんまりと北叟笑む。
「幼き命を駒とする外道、許してはおけません」
 英美が引く弓が扇の形を描く。ぎり、と弦の鳴る音。右手を添えて番えた矢。
「父祖よどうか照覧あれ、戦場に乙女盛大に咲き乱れよ!」
 まずは一矢を左翼の暗殺者然とした青年に。その後はあえて狙いを定めず、矢も尽きよとばかりに連射する。その速射は、彼女とて試したことがないほどの本数ではあったが、この瞬間、銅鉄張りの弓と彼女の技量は機関銃をも超えていた。
「ハッピーエンドが奇跡というなら、奇跡だって起こしてみせる!」
「くっ、ははっ、ああ、そうだな、その通りだよな」
 怒りのあまり表情を消していた俊介が、英美の叫びを聞いて可笑しげに笑う。こんな時だったが、いやこんな時だからこそ、愉快でたまらなかった。
 くそったれな神サマ。聖女を救う奇跡くらい、起こしてみせろや。
 呪詛の域にすら達していた祈りが、霧が晴れるように昇華されていく。ああ、そうだ。奇跡を起こすのは、当てにならない神じゃなくて――。
「絶対、助けるから。信じて待ってろ!」
 魔道書よ、力を寄越せ。俺が奇跡を起こしてやるから、そのための力を寄越せ! 圧倒的な決意に後押しされた眩い光が俊介から放たれ、四方の邪なるものを灼く。
「ただの回復手だと思うんじゃねえぞ!」
 聖なる光の中、啖呵を切る俊介。その光を背にして、細身の影がひた走る。
「怖いよ。君たちは強い。今だって逃げ出したいと思ってる」
 真っ白に輝く悠里の手甲。両の手に刻んだ彼の誇りが勇気と激励になって、言葉とは裏腹にその足を前に進ませる。
「でも、例えどんなに無様でも、情けなくても! 僕たちは絶対に君たちを通さない!」
 凍てつく冷気がダイヤモンドダストのように彼の拳を包む。勢いをつけて飛び掛る相手は、度重なる全体攻撃に疲弊したクロスイージスの一人。
「僕達の心は、決して折れたりはしない!」
 避ける間もなく凍りついた拳が彼の顎を砕き、その意識を永久に刈り取った。

 だが、右翼で最初の一人が沈んだ頃。
 シンヤとりりすの戦いもまた、決着がつこうとしていた。


 どんな時でも諧謔は忘れまい。煙草でも銜えるか、とりりすはバックステップしながら左手をポケットに差し込み、すぐにしまった、という顔をする。
「やべ、煙草切らしてら」
 自らの運命すら使い捨ての盾にして、それでも眼前の男に未だ及ばないことを、りりすはよくわかっていた。取り乱さないのは年の功ゆえか。ポケットを探った左手が、握り潰した空箱を放り投げる。
「私の煙草をあげましょうか。マルメンですがね」
「お断りだね、帰りに買ってくことにするさ」
 言外に不敵なる意志を込め、鮫はにやりと笑った。闘志を捨てないりりすを、理央の声が背後から追う。
「もう限界だよね。一旦後ろに下がって!」
 彼女がそう呼びかけるのにも理由がある。ただでさえ一人少ない状況下、ロマンだけで倒れるなどという贅沢は許されないのだ。
「気にするなよ。命なんて安いものさ、特に僕のはね」
「この、わからずや……っ!」
 それでも見殺しになどするはずもなく、理央は左手の盾を一撫でして、柔らかい歌声を紡いだ。いや、歌と聞こえたのはリズミカルな詠唱か。
「なら、せめて……もう少し耐えるんだ」
 怒りも悲しみも、今を終わってから吐き出そう。力ずくでりりすを引き戻したい思いをぐっとこらえ、彼女は冷徹なまでに考える。今、必要なことは。
「頼んだよ、時間を稼いで」
 ウルトラCを決めるための必須条件。だがそれすらも鼻で笑い、りりすはクローを構え直す。
「覚悟なんてありはしない。信念なんざクソ喰らえ。けれど」
 短いリーチを活かしてシンヤの懐に入り、攻め立てるりりす。しつこく、小狡く喰らいつく。それが彼女の戦い方で、在り方だ。
 だが、シンヤはそのうちのいくつかを受け流しながら、真紅のナイフをりりすの首筋に突き立てた。流れ出る鮮血。流れ込む生命の力。
「……それでも譲れないモノは確かにあるのさ……。知ってるかい、ヨゴレザメは……決して獲物を逃がさない」
 気力だけで堪えて突き入れた爪が、シンヤの腕を浅く傷つける。それが限界。自らが生み出す血の海に沈むりりす。
「シンヤァァァァッ!」
 咆哮。がちがちと鳴る歯を食いしばり、悠里が迫る。秋の夜の涼しさなどどこかに吹き飛んで、彼の体を血と汗と涙が濡らしていた。
「僕は世界を守る最終防衛線、Borderlineの設楽悠里だ!」
 怖い。戦いが怖い。けれど誓いは、仲間は彼を裏切らないと知っている。だから、悠里はもう逃げたりはしない。
「僕は誰とだって、何とだって戦える!」
「元気なのは褒めてあげますが――!?」
 余裕綽々と受けて立とうとしたシンヤが、初めて焦りの色を浮かべた。スーツの裾に絡まったスパイクと爪。意識を失ったりりすが、殺人鬼の動きを留める。それは僅かな時間。力任せに振り払うまでの、僅かな時間にすぎなかったが。
「シンヤ、君を倒す!」
 しかし値千金に足る一瞬。剥き出しにした悠里の牙が、敵手の肩に喰らいつき、文字通り肉を喰いちぎった。

「酷いわよね、自分の女に他の女の世話をさせるなんて」
 ぽってりとした唇に乗せたパールのルージュ。チャイナドレスの美女、エリカは片手にカルナを抱いたまま、何事かをその唇で紡ぐ。瑠琵が呪詛の印をもって身を縛ろうとするも、果たせない。
「本当、非道い男」
 親指を唇に当て、その先を噛み千切る。滲む血が玉となって掌を零れ、赤黒い血の色が漆黒へと変わっていき――突如奔流と化してリベリスタ達へと襲い掛かる。
「うわああっ!」
 悠里だけでなく、瑠琵、理央までもが飲み込まれ、満身に呪詛を背負う。倒れそうになりながらも耐える理央。
「……ボクは」
 眼鏡はどこかに流れたが、そんなことに頓着せずに彼女は印を結ぶ。
 自分は小器用だと思っていた。それは褒め言葉か、それとも苦い自重か。訓練と実践とを繰り返して手広く習熟した彼女は、しかし同時に、突破力のある大技を扱うことができないということも正しく理解している。
 けれど。
「ボクは、ボク達は、まだ終わっちゃいない!」
 盾を掲げれば燦々と光が辺りを照らす。聖なる波動に、リベリスタ達に染み付いた黒鎖の毒が洗い流される。
 攻撃に防御に回復に、どんなことでもこなすオールラウンダー。ここに彼女がいるということ自体が、リベリスタ達にとって一つの福音だったことは間違いない。

「大体、カルナがどの道を選ぶかなんぞ承知の上じゃろうに」
 ひたすらに堅い敵の布陣を、身の汚れを祓った瑠琵が鼻で笑う。実際のところ、シンヤ達はゲームが行われると確信していた節があるのだが――何にせよ、聖女の人となりを知っていれば結果は判りきっている。
「運命の欠片などくれてやろうぞ。宵咲の名において、わらわは諦めぬ」
 もはや前衛だ後衛だと言っている状況ではなかった。コンベアの上にすっくと立ち、陰陽の秘儀を次々と繰り出す瑠琵。後方の狙撃手に狙われ、一度は昏倒まで追い込まれながらも立ち上がった彼女は、押し退きの弁となって戦線を支えていた。
「自己犠牲は自己満足に過ぎぬ。信じたのなら救われるが良い」
 手にした得物には北斗七星。精神を研ぎ澄まし最良の一手を選択しようとする彼女の視界に、キャットウォークから降下する二人の姿が映った。
「逃げるっすか? 正々堂々勝負っすよ!」
「ふん、貴様一人を釘付けたとて、何の利があろうか」
 ふわり舞い降りる影の僧侶と、それを追って壁を走るジェスター。傍目にはジェスターが追い詰めているように見えたが、実際のところは満身創痍に等しかった。支援能力を主としているとはいえ、シンヤが選抜したという事実は伊達ではない。
 だが言い方を変えれば、本来戦うべきでない後方支援役を闘争の場に引っ張り出したのだ。これあるを予期していたジェスターが、天秤に錘を加えていた。
「我知るは闇の恩寵、昏き光在れ」
 眩い光が黒衣の内より生まれ、瞬時周囲を染め上げる。五月蝿い追跡者を掃うべく放たれた邪なる神気は、ジェスターや瑠琵のみならず、殆どのリベリスタ達の肌を灼き、目を晦ませていた。
「む……」
 瑠琵は迷う。優先順位で考えれば、まず自分、そしてジェスターの治療だ。だが、目の前には追い立てられた回復手がいる。本来ならば、敵前衛と高さに守られ、手の届かなかった相手が。
「ええい、ままよ!」
 胆を決める。手の内の銃が、存在感を増す。
「神が奇跡を起こさぬのなら、わらわが奇跡を起こすまで!」
 印と符と術具とが共鳴し、呪詛の縛鎖を作り出す。四方から迫る呪縛が聖職者を捉え――縛った。
「ぬう……っ」
「観念するっす!」
 右の手には虎の爪を、左手には鋼鉄の刃を。疲労した身体から繰り出したのは何の変哲もない突きだったが、死闘の決着にはそれで十分だった。ずぶりと肉に飲み込まれる刃先。男は、声もなく沈む。
「子供をダシに女を口説く輩になんぞ――」
 そして、勝ち誇る瑠琵もまた、軽い破砕音と共に倒れた。狙撃手の前に身を曝している以上、この結末は判っていたこと。だが、勝機と危険は隣り合わせであることを承知で、彼女もまた賭けたのだ。
 そして彼女は賭けに『勝った』。ただそれだけのことだった。


「ハッハァ! いいね、やるねぇ」
 剛剣を振り回す男と対峙する拓真。容易ならざる相手であることは、最初の一合を待つまでもなく肌で感じていた。
「拓真、とか言ったな。俺は菱刈コウゾウ。『クラッシャー』コウゾウだ」
 だが、それにしても強い。冥土の土産に教えてやったんだぜ、と鬼瓦のような相好を崩す大男は、流石にシンヤほどではないようだが、他のフィクサードに比しても群を抜いている。
「……安心しろ、必ず家に帰してやる」
 ちら、と目が逸れた先には、拘束され転がされた子供達。視線が、絡まりあう。
「よそ見するなよ、坊主!」
 コウゾウの剣の平が、横殴りに拓真を打ちのめす。意識を手放しそうになる自分を叱咤し、気合で踏みとどまる『第八位』。クラッシャーの名は飾りではないな、と一人ごちる。
 正々堂々の勝負。醜悪極まりないこの舞台で、どうしてこの偉丈夫が役を演じるのかは知らないが――その剣は、決して不快なものではなかったのだ。
 だが、それもまた幻想である。
「しかしシンヤも芸がないよなぁ。ハンバーグは機械じゃなくて手捏ねだろうに」
 大剣をマッシャー代わりにジャガイモを潰す仕草。この男もまた、ジャックに魅せられた殺人鬼なのか――。
「……貴様」
 拓真の眸に映る姿が、剣士から悪鬼へと変じた。戦いの中で僅かたりとも揺らいだ自分を恥じる。ああ、ならば俺もまた鬼となろう。
「一つだけ貴様らに感謝しよう。それは、俺を殺人鬼と呼んだことだ」
 それはシンヤの言葉。アークの殺人鬼達、と呼びかけるそれは単なる皮肉でしかなかったが、拓真の精神には大きく影を落としていた。
 あぁ、そうだ、違いない。どれだけの理想を掲げても、この手は既に汚れている。
「だが、それで良い。だからこそ望むべき未来がある」
「おう、来いよご同業! 骨まで潰してやるさ」
 得物を構え、対峙する二人。大剣と蛮刀が、蛍光灯の光を反射して煌く。
「ちょっと待てよ、俺にも一枚噛ませろ拓真」
 背後からの声。囚われたカルナの分も背負いパーティーを支え続ける俊介だと、振り返らずとも判る。
「邪魔立てするなよ回復屋如きが。おとなしく待ってりゃあとでお前も潰してやる」
「ハッ、回復だけの護られホリメだと思ってんじゃねーぞ、くそったれ!」
 血を流すのは嫌い。辛いことは嫌い。楽しいことだけ見て生きていたい。だが俊介もまたリベリスタが一、癒し手として、そして盾としてこの場に立つ。
 神秘には神秘を。悪逆には制裁を。
「ごめんな、怖いよな。すぐ助けてやっからな」
 子供達に一声かけて、彼は手にした魔道書を開く。求めるものは知識ではなく力。
「命なんざ好きなだけ持ってけよ! だから、起きろよ奇跡!」
 彼の気迫は運命を捻じ曲げるには足りなかったが――戦い抜くためにはその決意だけで十分だ。噛み千切った唇から、血が流れ出る。
「お前は絶対俺が殺してやる!」
 不殺などと甘いことは言わなかった。左の掌に凝縮されたエネルギーが、鋭い矢となってコウゾウの胸板を穿つ。
「舐めるなぁッ!」
 ぶん、と反撃。今度は潰す動作ではなく立つ動作。大剣の重みが、拓真の肩に叩き込まれ、腕も千切れよとめり込んで。
「俺は正義の味方でもなく、英雄でもない――」
 まだ右腕は動く。応えろ俺の身体。この力は、誰が為に振るうべき力だ……!
「だが、望むべき未来に、貴様らは邪魔だ!」
 背を反らし、コウゾウの脇腹に得物を叩き込む。剛力の男の一瞬の油断。その隙を針の穴一つで突いた拓真の刃が、臓腑を抉り髄を砕いた。

 戦線は徐々に収斂し、カルナを抱いたエリカと、その隣に立つもう一人のホーリーメイガスを中心とした攻防に移っていた。
「どうやら、少々甘く見すぎたようですね」
 シンヤがくい、と眼鏡を直す。既に三人の配下が倒れていた。ゲームのために守りに特化した編成だとは言え、副将格のコウゾウまでもが散ったのは想定外の上の予想外。シンヤ自身ですら、左肩を自らの血に染めていた。
「そうだ、シンヤ、君の思い通りにはさせない!」
「……ですが、皆さんはまだまだ誤解していらっしゃる」
 倒れても倒れても起き上がる悠里。臆病にしてされど強靭、その名乗りをこれほどに体現する戦いぶりがあろうか。
 だが、シンヤはその奮闘すら凌駕する。

「最強たるバロックナイツを、伝説たるジャック・ザ・リッパーを、そしてこの後宮・シンヤすら!」

「――っ!」
 赤。紅。緋。赤。
 紅い嵐が吹き荒れる。最初は『リッパーズエッジ』の赤。次いで巻き込まれた悠里が、全身を刻まれて鮮血の霧を供した。
 それは剣舞のように。あるいはステップダンスのように。リズミカルな動きと目にも留まらぬナイフ捌きが、深手をおして参戦した拓真を、左翼から回り込んだジェスターを血みどろの肉に変える。
「……っ、流石っすね。その様子だと腹の傷も治ったみたいっすが」
 死の運命を切り開き、ジェスターは立ち上がる。頭に巻いたタオルはとうになくなり、頬の傷も目立たなくなるほどの切り傷で肌を埋めていた。
「ええ、三度目ですかね。お待ちしていましたよ」
「いい加減長過ぎるっすからね。楽しい殺し合いも、そろそろ終わりにするっすよ!」
 影に潜む聖職者を倒したときには、既に気力も尽きていた。だが戦意だけは揺るがない。握り込んだ得物で裂いていくだけだ。一つでも多く、一センチでも深く。
「毒ですか。面倒な」
「へへっ、何だってやるっすよ、勝つためなら――っ」
 ニッと笑った虎が、僅かに身を捩る。頬を掠める銃弾。ユミの援護をかろうじて避けたジェスターは、背後の仲間達へと叫ぶ。
「さあ、今のうちに頼むっす!」
「後宮・シンヤ、私が相手です! 不服とは言わせませんよ!」
 ぎり、と英美が引いた弓は満月にも似て美しい。番えた鏃の先は、真っ直ぐにシンヤへと向いている。前衛がほぼ壊滅した今となっては、何としてでもシンヤを仕留める、それが唯一の勝機だった。
「『父の弓』に誓って、逃がしはしません!」
「逃がす? ハハッ。逃げなければならないのは貴女がたの方でしょうに」
 憎らしく鼻で笑うシンヤを、この一矢で落としてみせる。その気概は運命よりも気高いもの。人の身で奇跡を証すには至らなくとも、今になって安い挑発には乗らない程度の胆は据わっていた。
 怒りに身を焦がす今の自分を、父ならばどう言うだろう。未だ届かぬと叱責するだろうか。それとも、仲間の為に戦う自分を認めてくれるだろうか。
 どちらでもいい、とこの緊迫した瞬間に彼女は思う。懐に感じる堅いもの。肌身離さず身につけたそれは、今もかすかな重みをもって英美を励ますのだから。
「何度でも言いましょう。彼女はあなたに相応しくない。あなたに相応しいのは外道を討つ破魔の矢のみ!」
「まあ、聖女に横恋慕はみっともないな」
 身の丈ほどもある巨大なボウガンを器用に取り回す杏樹。偶然の一致か、彼女の得物の銘は有翼の乙女のそれである。ボウガンの機構が弦を引き絞り、長大なクォーレルを解き放たんと悲鳴を上げる。
「全ての子羊と狩人に安らぎと安寧を。それが私の生きる道だ」
 浅い夕焼けの色の瞳が、すぅ、と細められる。外すわけにはいかない。そして、これで仕留めなければならない。誰ともなく、これが分水嶺だと感じ取っていた。
「届かせるよ、絶対に。二十と五人で帰るって決めたんだ」
「むっ……!」
 十重二十重にシンヤを囲む呪詛の陣。それを制御する理央の周囲に、三つ編みが宙で踊るほどの魔力が渦を巻く。縛鎖が、殺人鬼の手足を縛りつける。

「神様、頼むから一発キツイのを決めてくれ。Amen」
「私は神様を信じるカルナさんを信じます! パーフェクトな未来を迎える為に!」

 二本の矢が、風を捲き唸りをあげてシンヤへと放たれた。
 交錯する一瞬。リベリスタ達の意志を乗せ、矢は宙を駆ける。
 届け。
 届け。
 届け――!


 知らない部屋だった。
 柔らかい寝台の上に起き上がり、どうやら自分はまだ生きているらしい、とカルナは息をつく。ぼんやりとした頭で、帰りを待っている同盟の皆に連絡を入れないと、と考え――。
 知らない部屋、ということの意味を察した。
 くるまっていた白いシーツの中、衣服の乱れがないことを確認し、まずは安堵する。彼女もまた、年頃の少女に過ぎない。時間の問題かもしれない、という不安は思考の外に追いやった。

 襲い掛かってくる不安。
 仲間達はどうなったのか。
 子供たちは無事に帰れただろうか。
 そして――。

「おや、目覚めましたか」

 はっと顔を向ければ、そこに立っていたのはシンヤ。音もなく扉を閉め、彼はカルナの元へ歩み寄る。
「子供達は、皆は、どうなりましたか」
「これもルールですからね、チップの子供は殺してはいませんよ。今頃、アークの皆さんがどうにかしているでしょう。それから、貴女の仲間は――」
 そこで言葉を切り、薄い笑いを見せるシンヤ。眼鏡越しに見えるのは、鼠を嬲る猫の目。
「ふふ、仲間、というものに興味が湧いてきましたよ。腕を飛ばされても、腹を割かれても、貴女を取り戻すために彼らは命を賭けました。結果どうなったかは」
 貴女がここにいることが、何よりの回答でしょう。愚問だとばかりに、殺人鬼は肩を竦めてみせる。
「私としたことが、少々当てられてしまったようです」
 ソファに身を沈めるシンヤ。リベリスタの前で、それは無用心とも言える態度だった。だがそれは、絶対の自信を示すもの。歯向かうなら叩き潰すことが出来ると確信している証。
「貴女はやはり特別なようです。あの『破門』に選ばれた貴女を――本気で欲しくなりました」
 蒼白な顔をしたカルナを可笑しげに見やり、彼は、もう一度ゲームをしましょう、と呼びかける。
「貴女の信じる神は、七日で世界を作ったといいます。ならば私は貴女の神に成り代わりましょう」

 この七日をかけて、世界を作るか諦めるか――これもゲームとは言えませんか?

 世界を作るか諦めるか。
 その意味は問い返すまでもないことだった。七日のうちに自分を受け入れ、軍門に下れとこの男は言っている。さもなくば、七日が過ぎた後、自分を待っているものは一つしかない。
 小さく、少女の肩が震えた。Anathemaを掛けられた時のように、今度は見えない両手が自分の首に掛かっていることを、はっきりと感じたのだ。
「今日は疲れたでしょう。また、後で出直すことにしますよ」
 打ちのめされたカルナを満足げに眺めていたシンヤは、そう言い捨てると返事を待たずに立ち上がり、入ってきたときと同様、音もなく部屋を出た。
「お休みなさい、お嬢さん。貴女が私のものになる日を心待ちにしていますよ――仲間としても、女としても」
 舌なめずりと共に、そう言い残して。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 お疲れ様でした。

 戦闘それ自体は水準に達していたと思います。
 惜しむらくは、「シンヤが譲歩しなければ作戦が成立しない」ことでしょうか。
 それでも、初顔合わせの親衛隊副将格にして、シンヤが次の作戦のキーマンに擬していたコウゾウを討ち取ったのは立派な戦果です。

 MVPに相応しいプレイングもありましたが、本意ではないでしょうから、今回は出さないでおきます。
 もしも次回があるならば、リベリスタの皆さんが今回に倍する活躍を見せてくれることを確信しています。

 なお、Anathemaの出目は「51」でした。