●酒の格言 『酒から何とすみやかに友情が踊り出ることか!』 ――J・ゲイ ●ブリーフィングルーム 「大人ってのはな、クールなものさ」 『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)はブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に向けて開口一番、そう言った。 怪訝そうなリベリスタ達に対して伸暁は、わからないのかと言わんばかりに肩を竦めて言葉を続ける。 「クールさを支えるのは酸いも甘いも噛み分けた、積み重ねた人生ってやつだ。そしてそういった大人に与えられる特権の一つが、コレさ」 そう言って伸暁は何かを手に持ったようなジェスチャーを、口元で動かした。 それはグラスに入った液体を口に流し込むような動きだった。 「過去に現役を引退したリベリスタが一般の仕事についてるんだけどさ。 その中の一人が引退後にクラシックバーを開いてるのさ。 その人が日々命を懸けて戦っている現役リベリスタに英気を養って欲しいって言ってね」 つまり、要約すると飲みの誘いとなるらしい。 三高平市内にあるクラシックバー。そこで希望者に対して酒類を振舞う。そういった趣旨の誘いのようだ。 「命の遣り取りの心の疲れは並の薬では治せない。だが酒好きにとってはアルコールがなによりの特攻薬になる。そういうことさ」 酒呑みとはそういう人種である。 一杯の酒類が何よりも心を癒し、優しい気持ちを取り戻させるのだ。 リベリスタ達にもそういった人種はいるだろう。今回の誘いはそういった人々の為の好意なのだ。 「というわけでお言葉に甘えてお前ら行ってきな。 ただ未成年には酒は出さないからな、気をつけろよ? 俺? ああ、俺は……余り強い酒が飲めないんだ」 そう言って伸暁が再度肩を竦めた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:都 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年09月27日(火)21:50 |
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■メイン参加者 0人■ |
●Under preparation その人物は昔、エリューションと戦っていた。 多数の敵を打ち倒し、味方を守った。そして自らの身を省みなかった。 やがてある時に気づく。自らの命運がもう長くは持たないということに。 崩界を防ぐ為に身を惜しむことは世界を捨てることかもしれない。男には決断を提示されていた。 ――男は戦場を去った。 命運を残し、日常へと帰ることに決めたのだ。 やがて三高平に一軒のバーが開店する。 それがこの店が建つまでの物語である。 ●OPEN 「「「乾杯!」」」 司馬 鷲祐(BNE000288)が、新田・快(BNE000439)が、その他多数の面々がグラスを重ね、開幕の音頭を取った。 結構な面積に、やや薄暗く照明が灯された店内。 落ち着いた調度品に囲まれ、ジャズやクラシックがかかるクラシックバー。 普段は比較的静かに酒類を嗜まれるこの場に、今日は多数の人間が集まっていた。 この店のマスターである男からの厚意。元リベリスタであるという彼は、現役のリベリスタ達の為に一日店舗を解放してくれると申し出てきたのだ。 その結果、現在店内にはリベリスタしか存在しない。 尤も、普段から元リベリスタと知るものはやってくる、知る人ぞ知る店なのだが。 ともあれ、乾杯の合図と共に店内の各所で同じく音頭が取られる。こうして一晩の宴席は始まることとなった。 (気づけば二十歳過ぎ、お酒の呑める歳になってしまいました) ――ですが、一緒に呑む年上の知り合いがあんまりいないんですよね。 そのようなことを考えながらも、席と席の間をボトルやグラスを運んでいるのはレイ・マクガイア(BNE001078)。 マスターは別に構わないと言ったのだが、個人的に手持ち無沙汰なのだろう彼女の申し出を強く断ることは無かった。結果がこの、黒のフォーマルに身を包んだ彼女である。 次々と入るオーダーをテーブルに運んでいく。そのテーブルでもまた、それぞれのドラマが展開されている。 静かに呑む者は多数いる。 店の流儀に合わせたか、それともそういった呑み方をしにやってきたのか。 源 カイ(BNE000446)は色々と様子を見るように、グラスを揺らしては考え込む。 「……ふむ、直ぐ呑むよりも氷が少し溶けた所を頂くほうが良いかんじなのです」 二十になって間もない彼は、ロックのウイスキーを自分の好みの濃度にし、呑んでいる。 ウイスキーは氷の溶け具合で味わいが変わる。アルコールを弱めたり、風味を強めたり。様々な影響がある。 野菜スティックを齧り、また恐る恐る呑む。回るアルコールは幸せな感情を引き出す。 例えば思い人の事などを。誰に聞かれるわけでもないけれど。 ダグラス・スタンフォード(BNE002520)は店内に流れる曲に耳を傾けつつ、アイリッシュウイスキーを口にする。 やや口当たりの良い、その酒を味わいつつ、彼は店内に感覚を広げる。 シェイカーの輝き。グラスの音。それらの調和を曲と共に楽しみ、またグラスを傾ける。 「マスター、リクエストはいいかい? 切ないバラードが好きなんだ」 変更された曲を耳から受け取り、舌は琥珀の液体を受け取る。 五感を使い、彼はこの一時を楽しみ続ける。 浅倉 貴志(BNE002656)もまた、静かにグラスを傾ける。 次なる戦いに備え、英気を養う意味で。 国産のウィスキーをハイボールにし、黙々と彼は飲む。 周りの全ての音を肴として。 音と共に酔いを楽しむ者達は、その環境こそが最高のマリアージュを生むのだ。 鳶屋 晶(BNE002990)はマスターから薦められた、一杯のアルコールを呑んでいた。 スタンダードにして王道。ジンをトニックウォーターで割っただけのものであるが、それ故に味わい深い。口当たりはジンをベースにしたものにしては良く、シンプル故に店の味が良く分かるものの一つである。 普段はビールを好んで呑む彼女ではあるが、クラシックバーという雰囲気に呑まれたのか普段とは違うものを頼んだのだ。 それもまた勉強。新しいお酒を知るのも悪くないかもね、と彼女は嘯く。 慣れない酒故に、ボロを出さぬように気を配りつつ。 ジョン・ドー(BNE002836)は祈るように呑む。 薦められたシングルモルトを呑みながら、彼は様々なものに感謝をする。 この宴を催してくれた、リベリスタとしての先輩に。 過去の戦いで亡くなったり、引退した人々へ。 祈りは彼の決意を固め、精神を崇高なものへと高めて行く。 明日からの戦いの為に。そして毎日を生きるために。今こうして呑むことの出来る幸運を噛み締めて。 一方、アシュリー・アディ(BNE002834)は戸惑っていた。 普段は発泡酒等の大衆酒を呑む彼女にとって、このような形式の店では何を頼んでいいかわからないのだ。 何かないものかと記憶の糸を辿った彼女の意識に引っかかったのは、一杯の飲み物だった。 やがて彼女の前に現れたのは、一見するとコーヒーであった。 それはアイリッシュ・コーヒー。コーヒーにウイスキーを混ぜた、コーヒーカクテルである。 自他共に認めるカフェイン中毒である彼女にとって、今この場で最も親しんだ酒と言っても過言ではないだろう。 アシュリーはグラスを煽り、溜息を付く。そして満足げに懐から煙草を取り出し口に咥え……思い立ったかのように戻した。 せっかくバーに来たのだ。ならばここは煙草には控えてもらって純粋に酒を楽しむとしよう。 ちょっとした気まぐれ。だがささやかな変化は、心に対しささやかな満足感を生むものなのだ。 一方煙草と酒は切っても切れない存在とも言える。 呑めば、吸う。酒呑みと煙草呑みを併発しているものは非常に多いのだ。 隅のほうのスペース。周りから距離を取り、煙で迷惑をかけないようにささやかな心配りをしつつ煙草を燻らせるのはヴィンセント・T・ウィンチェスター(BNE002546)であった。 ウイスキーを呑み、煙草を吸う。合間にチェイサーの水を飲む。ゆっくりと行われるその流れは、彼の心を満たしていく。 一方、ジントニックを煽りながら煙草を取り出すのは劉・星龍(BNE002481)。彼もまた、場を外れ煙草と共に酒を楽しもうと思う人物だ。 取り出された煙草に、ヴィンセントがさりげなくライターを差し出し火をつけた。それに対し、星龍は軽く会釈し厚意を受ける。 二人の咥えたシガレットより紫煙が上がる。 これは煙草飲みにのみ許された聖域。悦楽と平穏の時なのだ。 「――でもさ、やっぱり憧れるわけよ」 関 狄龍(BNE002760)が上機嫌でマスターへと語りかける。 自らを若造、チンピラという彼は上等といえる酒を呑んだ覚えは余り無く、格調高く感じる店にも立ち寄ったことは無い。 だが、格好付けたがる男というものは格調高いバーに憧れることもままあるのである。 マスターに注がれた、やや香りの強いウイスキーを呑みながら彼が捲くし立てるのは祖父の思い出。 幼少の記憶ながら、美味そうに祖父が舐めていた老酒の記憶。呑み方も思い出せないその酒の記憶は、何故か彼の脳裏にしっかりと焼きついている。 場に呑まれないようにか、それともすでに呑まれたが故か。狄龍はマスターへとひたすら語りかけ、マスターは丁寧に彼の言葉に受け答えをする。 狄龍の目に郷愁の影があるのは、祖父の思い出のせいか。 ――もしくはこの初老のマスターに祖父の面影を見ているのか。 一人、独特の空気を漂わせる者もいる。 ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)。彼の手に収まっているものは透明な液体。 彼の故国、ロシアの近く。ロシアと北欧に挟まれた場所、ウクライナで生まれたウォッカである。 それは照明を照り返し、ともすれば黄金に輝いているようにも見える。 ジャーキーを齧り、ウォッカを流し込む。乾燥肉の旨みと臭み、そして体中が一気に加熱されるような、火の如き感覚が胃から全身へと回る。 彼にとっては繰り返されてきたこの呑み方。極寒の地の流儀。 黙々と呑む彼だが、やがて一本の酒を取り出す。 それはひやおろしと呼ばれる生酒の類。酒屋の息子である快が持ち込んだ、本来この店にあるはずのない一本である。 封を切り、小さなグラスへ注ぐ。 口へと運び、そっと飲み干す。 「日本の酒は繊細な味わいだ。それもまた、良いな」 満足げに再び瓶へと手を伸ばす。 彼の一時は、まだ終わらない。 日本酒を好む層というものは存在する。 クラシックバーだからといって日本酒がないわけではない。場所にもよるが、置いている場所は決して少なくはないのだ。 その日本酒を開けている者達がいる。 仁科 孝平(BNE000933)は酒を味わう。普段は頭の巡りを落とさぬよう節制している彼ではあるが、このような場で呑まない理由はない。 たまには良いと、香りを感じる。口に含み、舌先で測るように味わい、飲み下す。熱量が胃に広がり、さらなる一口へと彼を誘う。 騒がしいのは好きだが、そこに混ざるのは苦手だからな。と葉沼 雪継(BNE001744)は嘯く。 彼もまた飲みなれた日本酒から呑む。やがては他の酒にも手を出すつもりだが、どうにも習性というものはなかなか抜けないようで、馴染んだものは進んで呑んでしまうものである。 同じ卓には雪継の店の常連でもある神狩・陣兵衛(BNE002153)が付き、同じく日本酒を傾ける。 彼女の場合は馴染む日本酒を好み、他の酒が合わぬという。 酒は好みが大きく出る。特定の酒しか受け付けない者もいるし、好みもある。だが、そういうものである。酒は嗜好品なのだ。 傷を癒す特効薬は酒である、とはまさに酒呑みの理屈。今ここに生きていることを喜び、戦地へ向かう仲間の為に乾杯を捧げよう。 ちらほらと言葉を交わししつつ酒は進む。この一時が皆の明日を作るのだ。 ソウル・ゴッド・ローゼス(BNE000220)には酒に拘りなどはない。 好みの酒が手に入りやすい、いい時代になったと彼は言う。されど、彼自身が選り好みするわけではない。 彼が煽るは土地の酒。地酒を呑み、濃い味わいの肴を食べて、酒で流す。 周りで飲み交わす若者達。少々騒がしいが、彼らがこれからの未来を作ると彼は信じる。 ならば悪いことではない。この喧騒が先の活力となるのならば。 ――そこに一杯のグラスが差し出される。 注がれたウイスキーは香りを引き立てる一杯のフレーバー。 葉巻の芳香を際立たせるそれを彼の元に送ったのは向こうに座る、イセリア・イシュター(BNE002683)。 ただの気まぐれさと嘯き、視線を送る彼女はグラスに満たされた緑のカクテル、グリーンアラスカをぐいっと飲み干す。薬草のようなフレーバーが鼻を抜け、独特の爽快感を彼女へと与える。 その様を眺めてソウルはニヤリ、と笑い。 ――ガキがナマやってんじゃねえよ。 グラスの中身を胃に流し込んだ。 「私は教師なのよ? 授業らってちゃんとしてるのよ?」 「ああはいはい、そうね。ちゃんと仕事してるわね」 こちらでは、手にしたグラスを片手にソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)が絡んでいる。そのグラスに入っているのは絡んでいる相手、エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)の手にしたグラスに満ちているものと同じ、エレオノーラの故郷のロシア産のウォッカである。 酒に酔っているのか、雰囲気に酔っているのか。はたまた酔ったふりをしているのかはわからないが、その酒の度数は並のものではない。 寒冷地故に暖を取る為の酒であるウォッカではあるが、それはそれで味わいがある。だが、酒豪でもなければそれを並の酒のように飲み続けることは出来ない。エレオノーラは当然のように呑んでいるが、それも元来の素養と日頃の慣れのせいであろう。 「それぁのにみんな、授業してるところ見たことないとか働けとか……ちょっと聞いてぅのー?」 盛大な絡み酒だった。隣に座る如月・達哉(BNE001662)もその様子に少々呆れ気味である。 エレオノーラは適度にあしらいながら、グラスをさらに傾ける。故国の味は、それなりに複雑な過去を持つ彼女にとって色々なことを思い出させる。 暖を取る為の酒から、味わう為の酒、酔うための酒へ。環境の違いでここまで酒の意味合いは変わってくるのか、等と考えつつ。 「仕事帰りのお酒なんて苦いものと思い込んでいたけれど」 一呼吸置くように、さらに一口。 「――そうでもないのかしらね」 そっと微笑んだ。 一方、達哉のほうもゆっくりとグラスを傾ける。 脳裏に浮かぶは、遠い地にいる親しい人達。 過去になってしまった婚約者、家族、友人。ファミリー達。 感傷は酒を滑らかにし、手は進む。やがて一本のボトルに手が伸びた。 メモリアルボトル。決まった年数に仕込まれ、保管される年代をはっきりと表すもの。 一九九九年。達哉にとって特別な年。人生の変わった、重大な年度。 「……随分と経ったものだ」 呟きグラスを傾ける。熟成されたワインのちょっとした甘み、そして渋み。それらが口の中に広がる。 この味が、彼の転機の味だとすれば。なんとも苦々しく、皮肉にも芳醇な味なのだろうか。 過去への追憶を肴に、呑む者は決して少なくはない。ましてや特殊な過去を持つものが多いリベリスタには特に多いのではないだろうか。 エレオノーラや達哉以外にも、この宴席にも幾人かそういう者はいる。 普段から彼女は、村上 真琴(BNE002654)は自らの過去を振り返らない。 フィクサードへの憎しみ。家族の事。そして最近の戦いの事等。彼女には沢山の振り返らない過去がある。 しかしせめて、酒を摂取した時ぐらいは。一時だけでもその過去を思い出してもいいかもしれない。 『ハレ』と『ケ』。それは巫女である彼女の宗派である神道の概念。それを使い分けることで、日々の生活にメリハリをつけ、それが心身を守ることとなる。 チーズを齧り、欧州はドイツの白ワインで流し込む。発酵乳独特の匂いと味わいが口に広がり、それを洗練された甘い味わいが、チーズを過去の追憶と共に胃へと運んでいく。 体の疲れは睡眠が癒す。そして呑める者にとって、アルコールの淡い酩酊が心を癒す。これもまた、彼女の言う『ハレ』と『ケ』の使い分けと言えるのだろうか。 追憶にも幸せな記憶の追憶というものもある。 鬼蔭 虎鐵(BNE000034)が追憶する記憶は、自らが積み重ねてきた幸福の形。 「久々にゆっくり呑めるでござるな……」 家で飲む場合、彼には共に住む家族がいる。彼にとってその環境で呑むというのは、どこか気が引けるのだろうか。気兼ねなく呑める環境に心持ちリラックスしているようにも見える。 手にしたグラスにはラスティ・ネイル。スコッチをベースにやや甘みを持つように配合されたその一杯は、それなりの強さと共に身体へと活力を与えてくれる。 「いやいや、家呑みとは中々違うでござるな」 思わず軽口が出る。その最中にも浮かぶは子育て、思い人の記憶。 幸福は家庭にあり。見つめなおす一杯もまた、ここにある。 ランディ・益母(BNE001403)もまた、過去に思いを寄せる者である。 過去の記憶があまりないという彼にとって、現在新しく増えていく記憶はまた濃密で、重いものであった。 戦いの記憶、思い出したわずかな過去の記憶。 (短い期間に色んな事があったもんだ) 心の中、一人呟き。軽く表面が焼かれた黒パンにラードをバターナイフで掬い、塗りつける。 パンの持つ熱がラードを溶かし、表面に油の光沢を生む。 そっと口に運び、咀嚼。バーボンのボトルを手元のグラスに注ぐ。氷がぴきりと音を立て、ボトルから注がれるバーボンがとくりとくりと心地よい音を立てた。 注がれた琥珀の液体をさらに胃へと注ぎ込む。強いアルコールによる熱が胃に広がり、溜息と共に熱い吐息が吐き出される。 その工程は彼にとっての儀式のような時間であった。 「失礼致しますわ。いつもお世話になっております」 そこに近寄る者もいる。声を掛けた主、大御堂 彩花(BNE000609)はランディのバイクガレージとは仕事上の付き合いがある。また、彼女の傍らにいるは同じく重工の関係者、エナーシア・ガトリング(BNE000422)。 「ああ、お互い様にな」 ざっくばらんとした返事ではあるが、ランディにはよくある反応であろう。 彩花はそういった様子を油断なく見ている。彼の様子だけには限らないが、企業の代表である以上はいつかこういった席に臨むこともあるだろう。そのための予習といった様子で席につく。 手にしたものはグレープジュース。未成年である彼女にとってやはりこの場は後学の為の場所なのだろう。 共に席につくエナーシアは瓶ビール。国産ではないそれにはアクセントとしてライムが刺さっており、清涼感を増している。 店に入った時は退路や遮蔽などを確認する、挙動不審気味だった彼女ではあるが今はそのようなことはない。リラックスする為の場である、そういった場所であることにようやく馴染んだのだろうか。 「少々聞きたいのだけど。お勧めのお酒ってあるのかしら? 呑み方とか、拘りとか」 エナーシアが問いかける。あまり様々な酒類に触れることのない彼女にとって、分からない事も多いらしく、この機会に聞いてみようと思ったのだろう。 「酒についてならば自分もそれなりには説明出来る。女性の好みに合うかは分からんが」 その会話に割り入ってきたのは酒呑 雷慈慟(BNE002371)だった。 近くの席で一人、テキーラに塩、ライム等と硬派な呑み方をしつつ煙草を燻らせていた彼だが、酒に関する知識はある。 「そうね、貴方でも構わないわ。教えてくれるのならね」 突然の闖入者ではあるが、エナーシアは笑みを返して素直に教授を受けることとした。 元よりバーという環境は見知らぬ他人同士が会話することも多い場所である。ならば同じリベリスタ同士ならば、話さぬ道理もない。 尤も雷慈慟は内心ガッツポーズをしているようだが。出来れば女性と同席していたいと思っていた彼にとってこれは渡りに船と言えたのだろう。 ――側でその様子を見ている彩花には冷ややかな目で見られてはいるが。ばれてますよ、雷慈慟さん。 さて、他にも未成年でこの場に訪れている者もいたりする。 興味本位、大人の付き合い方というのを見てみたい。そのような思いで訪れた少女はエリス・トワイニング(BNE002382)。彼女は周りの大人達の様子を物珍しそうに観察している。 手にしたものはバージンマリー。レモンを添えただけのトマトジュースではあるが、雰囲気に混ざるには悪くない。 ちびりちびりと口にする味は果たして後に成人の世界に至る道の一歩となるか。 一方、こちらはこなれた風にカウンターに居座る未成年。 「ねえマスター。シャーリーテンプルを頂けないかしら? ……そう、私それが好きなの」 イーゼリット・イシュター(BNE001996)は大人びた雰囲気を漂わせつつマスターへとノンアルコールのカクテルを要求する。 しかしその様はどこか背伸びしたかのように見える。実際、この場に居るには似つかわしくない年齢だけに背伸びと言われても仕方ないだろう。見る人が見れば微笑ましく感じるかもしれない。 そしてオーダーされたカクテルとは別に、一杯の別のカクテルが差し出される。 ――あちらのお客様からです。 映画やドラマなどでよく見かける、気障の典型的行動。バーテンダーの伝える先に視線を移した彼女は、そこに見慣れた人物を見た。 威風溢れる人物。その風格は人界の王か獣王か。 降魔 刃紅郎(BNE002093)。ペールエールを煽る彼が、同じ神秘探求同盟の盟友である彼女へとグラスを送ったのは気まぐれか。 「ありがとう、王様。今宵は中々に良い気分だわ」 「そのような酔ったような事を子供が言うものではないな」 グラスを手に、猫の如く音も立てずに歩み寄るイーゼリットへ刃紅郎が憮然と言う。 「あら、大丈夫よ。どれもアルコールなんて入ってないもの。ね、王様?」 「空気に酔うのは構わんが、実際に酔うのはまだまだ先にするべきだな」 冗談めかした遣り取り。グラスを送るはただの気まぐれ。されど小さな淑女は優雅に遊ぶ。 その様を見て、いつか呑める時になったらビアガーデンにでも連れて行ってやろう。ドイツ生まれの彼女にとってビールは恐らく相応しいものだ。と、思う刃紅郎であった。 さて、ドイツ。リベリスタには不思議とドイツ人が散見される。 ディートリッヒ・ファーレンハイト(BNE002610)もドイツ人だ。飲むのはドイツビール。故郷の味を愛する彼は、親しみのある環境を満喫している。 ソーセージにジャガイモ。オーブンで炊くように焼かれたジャガイモの上にラクレットチーズを削ぎ落とし、溶けるチーズと絡めて食べる。 ビールとそれらの組み合わせは古来より欧州ドイツにて愛されてきた組み合わせ。そして周りには戦友達。戦う男である彼にとって、これは何よりの休息といえるだろう。 さて、こちらにもドイツに纏わる二人がいた。 「中々悪くないバーだと思うが、どうだ? 気に入ったか?」 「そうね……落ち着いた雰囲気で良いと思うわ」 ゲルト・フォン・ハルトマン(BNE001883)とレナーテ・イーゲル・廻間(BNE001523)である。 カウンターの端、周りの喧騒から一歩引いた場所で二人は肩を並べていた。 バーの経験は余りなく慣れていないレナーテを、ゲルトがまたエスコートすると約束していたのだ。 事前に目星をつけていたゲルトだが、タイミングがいいのか悪いのか。知った顔が多くいる時期になってしまったのである。 尤も貸切である日で、問題なく入れたという点に関しては幸運なのだろう。 お互いの手には麦芽のみで作られたモルトウイスキー。風味の強いその琥珀の液体は、ゲルトがレナーテへと薦めたものだ。 以前はおとなしめの洗練された香りのものを薦めた経験から、今回はさらに一歩踏み込んだアルコールとなったようだ。 「こういう時、何か気の利いたことが言えれば良いのだがな」 口を開くことに不器用である彼は、やや所在なさげにグラスを揺らす。その度に氷がからりからりと、涼やかで硬質な音を立てた。 「無理して気の利いたことをいう必要はないんじゃないかな。余り達者すぎるのも、それはそれで、ね」 やや普段より騒がしくはあるが、それでも店の空気が壊れるわけではない。穏やかで静謐な、世間とは違う時間が流れる空間。ならばゆったりと言葉を交わすだけで十分である。 「雰囲気だけでも楽しめるものだがな」 やや語調が自嘲気味だったのは、自らの言い訳まがいな言葉に対する皮肉か。それに対しレナーテは、十分に楽しいわ、と答える。 それぞれの時間はそれぞれの物。ならばコミュニケーションもそれぞれのものでいい。 「また機会があったらお返ししたいところね」 喫茶店でも案内しましょうか。次は彼女のテリトリーとなるのだろう。 赤いカクテル。 蘭・羽音(BNE001477)がマスターに要望したのはそんな酒だった。 彼女にとって赤は特別な色である。 透き通った赤を持つルビーは彼女の誕生石であり、携行するアーティファクトにも赤い宝石が使われている。 そして彼女の思い人の髪は赤く、瞳も赤い。 彼女にとってとかく赤とは重要なカラーリングとなっているのだ。 そんな彼女に差し出されたのは一杯の淡い赤色のカクテルだった。 薄桃と赤の間のような不思議な色。仄かに香る薔薇の香り。喉に送った後、口の中に広がる清涼感。 赤く、呑みやすい。彼女の要望に応えたそれは、イヴ・ビアッチェと言った。 誕生日を迎えて間もない羽音。このような空間にはちょっとした憧れもあった。 (いつか、こういう所で。彼と一緒にお酒、呑んでみたいなー……) 少女は夢を見る。まだまだ遠い未来。幸せな光景を。 (良い雰囲気のお店だね。今後個人的にも来たい所かな) 八文字・スケキヨ(BNE001515)は思い、琥珀の液体を少々口に運ぶ。 彼に薦められたものは、どこか焦げ臭い香りのする一杯。 泥炭の香りがついたそれは、アイラ島で生まれたアイラウイスキー。 独特のクセがあるそれは、人を選ぶがツボにはまればクセになる。呑める口である彼に対して少々冒険をさせる意味もあってその一杯は薦められたのだろう。 ――それにしても、この数ヶ月はこれまでの人生よりずっと濃い数ヶ月だったな。 煙る匂いを口中から吐き出し、彼は追憶する。 想い人が出来るなど、今までの自分では想像も出来なかった。 ウソツキで心を晒すことが苦手な彼にとって、それは得難いものであった。 (あの子が二十歳を過ぎたら、一緒に呑みに行きたいなぁ) 等と思いつつ、回りを見渡す。実際この場にもいくばくかはいるのだ。二人の時間を楽しみに、ここへと来た者が。 「あたし、こういうトコ来るの初めて!」 はしゃいだ様子で恋人の手をアナスタシア・カシミィル(BNE000102)は取っていた。 「はしゃぐのはいいが、悪酔いするなよ?」 エスコートする鷲祐はその様子に心配が隠せない様子だ。 アナスタシアの手元にあるのは決して強くは無いカクテル。優しく甘い味わいはゆっくりと彼女を酩酊へと誘っていく。 一方それなりに強い自負のある鷲祐はジンをベースとした強めのカクテル。 「……ねぇ、鷲祐」 アナスタシアがぽつりと呟く。その声音は慈しむように、そっと紡がれる。 「いつも一緒にいてくれてありがとうねぃ、あたしとっても幸せ。いつまでも大スキだからねぃ」 それは彼女の心からの感謝。お互いに思いを重ね、ここまでやってきたことへの。 この日の為に着込んだ緋色のジャケットも、黒のプリーツスカートも。最愛の相手からプレゼントされた、とても大事な宝物。 「……急にどうした、アナスタシア。もう酔ったのか?」 急な彼女の言葉に、鷲祐は怪訝そうに問いかける。その問いに対し、アナスタシアは目の前でばたばたと手を振り、自分の健常を主張した。 「コレ、こないだのお礼! 似合うと思うんだけど……どうかな?」 彼女が手提げから取り出し差し出した包み。その中には一つのサングラス。度の入ったそれは、彼の為に用意された物。その人の為に合わせられたものである。 「ありがとうな。――どうだ?」 すぐに身につけた鷲祐。薄暗い店内ではサングラスは少々見難いが、そのようなことは些細な事だろう。 これは今だけ使うものではなく、先の先まで使うものなのだから。 その姿にアナスタシアは満足げな笑みを浮かべた。 ――やがて鷲祐はマスターに一杯のカクテルを頼む。 オレンジが多めに入り、アナスタシアの髪のように鮮やかな色合いをしたミモザ。彼女の為に呑ませたかった一杯。 と、同時に鷲祐の前にも一杯のグラスが置かれた。 ウォッカをベースとした淡い青をしたカクテル、M30-レイン。それぞれのイメージカラーである二種のカクテルをお互いにそっと手に取り―― 二人の間にガラスが触れ合う音がした。 「さおりんは相変わらず色んな女の人に声かけまくってるのです」 一方こちらでは悠木 そあら(BNE000020)がどりんとした顔でどりどりと文句を吐いていた。 「ロリコンだしもう三十三なんだからいい加減落ち着けばいいのに、本当にしょうがない人なのです」 三つ子の魂百まで、という言葉がある。 要は一生人の本質は変わらないという意味なのだが、そあらが追いかけている時村 沙織はまさにこの言葉を体現した人物としか言いようが無い気がする。 だが決して諦めない。それが悠木 そあら(21)である。 「はいはいしょうがない人ねー」 そんなそあらを宥めすかしながらも、色々と聞き出そうとしているのはニニギア・ドオレ(BNE001291)。そもそも彼女がさおりんとの事を聞いたのがこのどりどりとした状況のきっかけなのである。 そあらの前にあるグラスに満たされているのは苺のシャンパンカクテルである。お洒落で苺。彼女が頼まないわけが無い、優雅な一品だ。 一方ニニギアの前にあるショートカクテルはモッキンバードと呼ばれるもの。テキーラをベースにしている為やや強めではあるが、ミントとライムによる清涼感が強い。 その透き通る緑はニニギアのアクセサリーに照り返し、独特の美しさを醸し出していた。 沙織に関わる愚痴は続く。愛しさ余って憎さ百倍ひっくり返って愛二百倍。のろけと不満が行ったりきたりするそあらの言葉にうんうんと頷き、宥め、相槌を打つ。 が、途中である事実に直面する。 「あれ、ニニさんとさおりんって二つしか違わないのですか」 ニニギア・ドオレ(31)。文句なしの大人の女性である。 「ニニさんって歳の割りには、なんていうか……」 「そあらちゃん、何か言ったかしら?」 びろーん。 そあらが伸びる。ほっぺたが良く伸びる。 「あああぁぁぁ」 ――悲哀に満ちた絶叫が店内に響いた。 「この度はお招きありがとうございます」 カウンターには二人の人物。乾杯の音頭を率先してとっていた新田・快その人。今は喧騒から離脱しここにいる。 そしてもう一人、高原 恵梨香(BNE000234)。未成年ではあるが社会勉強ということで、新田に誘われこの席へとやってきたのだ。 「気にしなくていいよ。こういう所では肩の力を抜いて飲み物と会話を楽しめばいいんだよ」 そう言った快はマスターに一杯の飲み物を頼む。 じきに来たそれはサマーディライトと言うノンアルコールカクテル。サマーデライトとも呼ばれるその赤みのある飲み物は、ライムをベースとした甘みのあるドリンクだ。 その一杯は恵梨香に。一方、快はドライ・マティーニを頼み、そっとグラスを重ねて乾杯した。 しばし二人の間にはぎこちなさのある遣り取りが行われた。 恵梨香は人の多い場所、会話といったものがあまり得意ではない。だが、しばし快と言葉を交わし、飲み物を口にしている間に落ち着きを取り戻していく。 整然とした雰囲気や落ち着いた音楽。クラシックバーという場所の空気そのものは彼女とは相性が悪くは無かったのだ。 「砂蛇との戦いの時、二階に残ってくれて嬉しかった」 突然、ぼそりと快が呟いた。 過去に二人は共闘をしている。その時の出来事が、快にとって澱として残っていた部分があったのだろう。それが口を突いて出た。 嬉しかったが、そんな事を彼女にさせてしまった自分が許せなかったのだ。 「許してくれとは言わないけれど、どうしても一言それを謝りたかった」 「その必要はありません」 快の謝罪の言葉。それを恵梨香はそっけなく切り捨てた。 恵梨香にとってあれは任務。許すも許さないもなく、あの覚悟は必要だった。少なくとも彼女はそう思っている。 「優しさは美徳ですが、アタシに限らずこれからも戦死者が出ることはあるでしょう」 それを引きずらず戦い続けてほしいと、少女は守護神と呼ばれる男に言う。 だが、その言葉は男にとって受け入れられるものではない。 「『任務の為なら死んでもいい』なんて、もう言わないでくれ」 俺が、悲しくなるからと。快にとって守るべきものに少女も入っているのだから。 グラスに残った酒を一気に煽り、卓上にそっと戻す。 「……悪い、少し酔ってるみたいだ」 冷静さを取り戻したのか、再び謝罪の言葉を呟く。恵梨香はそれには答えず、そっとその背に手を伸ばし、支えた。 酔いが彼を椅子から落とさないように。 ――彼の苦悩が、彼自身を押し潰さないように。 「酒って本当に色んな種類があるな」 アウラール・オーバル(BNE001406)はマスターに語りかける。彼は興味深々にずっと店の棚に飾られた多数のボトルを眺めていた。 色も様々。形も様々。酒の色もまた様々。酒のボトルは時として芸術性と商業性を持って、奇抜なデザインを生む。そしてそれがまた、愛好家を楽しませる。 名前も多彩だ。覚えることが困難ではあるが、それほどに多数の酒が存在するという事実である。名前の数だけ酒があるのだ。 「名前と言えば、聞いたことあるかな?」 アウラールは言う。最初の人間が最初に与えられた仕事は『物に名前をつけること』だったと。 そしてその仕事は現在も続いている。続いた数だけ名前が生まれ、物が生まれる。だからその仕事は終わらせてはいけない、と。 マスターはその言葉にそっと頷く。彼も博識なバーテンダーである。聞いたことはあるだろうし、彼なりに思う事もあるのだろう。 「そういえばマスター、この店はなんて名前?」 その問いかけに寡黙なマスターは、そっと口を開く。 薄暗いバーの中に歌声が響く。 店内に響くレトロな曲に合わせ、セッツァー・D・ハリーハウゼン(BNE002276)の重厚なバリトンが響く。 オペラ出身である彼の歌声は不思議とこの場に融和し、酒気に満ちつつも静謐な空気は一種独特な調和を生む。 誰かはそっと耳を傾け、誰かは聞き惚れ。誰かは何事もないかのように酒を傾ける。 それらはすべてバーの空気。それぞれの人物に、それぞれの呑み方がある。 ●CLOSED ――男はリベリスタとしての限界を迎えた。 市井に戻り、穏やかな生活を送るに当たって彼は一つの決意をした。 現役を引退しても、崩界を防ぐ為に戦う後輩の為に何かしらの援助をしようと。 経済的支援も戦力的支援もさしたる影響はない。ならばと彼は決意した。 リベリスタ達の心を支えようと。 今日の疲れを癒し、明日の活力を与えようと。 少しでも多くの運命に、彼らが愛されるように手伝いをしようと。 ――その店の名前は『Fate』と言う。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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