●情罪は如何にして懇願するのを止め被虐を愛するようになったか 熱い吐息が漏れる。程良く乱れた呼吸。汗ばんだ肌を抱きしめて、濡れた太腿に指を這わせた。 嗚呼、と。感嘆が零れていく。 気持ちいい。心地いい。軽く出した舌で唇を舐め、下弦に微笑む。 愛しいと思った。愛しいと思われてると信じていた。肉を刺す棘も、骨を潰す万力も。 愛されていると感じた。だってほら、こんなにも気持ちいい。気持ちいい。気持ちいい。 信望は確信に変わり、確信は母性に変わる。 これを、わけてあげたいと思った。 わけてあげたい。こんなにも気持いいのだから、こんなにも愛してくれたのだから。 私も愛してあげたなら、きっと喜んでくれるのでしょう。きっと悦んでくれるのでしょう。 ねえ、ほら、信じて。だから、この痛みをあなたにも。 抱いて、抱きしめて、抱き占めた。 肉を刺す棘と、骨を潰す万力とを同時に与えた。 愛を、もっと愛を。心が焼き切れて、肉体が消し飛んでも。変わらぬ愛を。 嗚呼誓います、誓いますとも。病める時も、健やかなる時も。 崩れていく、崩れていく。処刑者。鉄の処女。アイアンメイデン。串刺し女。 それは今までそうしてきたように。そうであったように。 抱きしめられるように串刺しにされ、抱きしめられるまま早贄とされた。 もう痛みを感じることもできず、与えることも出来ず、 幸せが幸せであるように、愛情が情愛に在る様に、お互い一緒に、諸共に壊れていく。 降り晒した雨に打たれ、泥が落ちる。 鐵色にも浮かぶ痣。口付けの痕だけが、彼女の異常な愛情を物語っていた。 ●かくて罪重ねる愛陶の徒は、積み重ねる愛と言う名の永遠 「また出た」 アーク本部内、ブリーフィングルーム。 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が、静謐な眼差しをモニターへ向ける。 其処に映し出されているのは何時かの写しの様な2つの像。 片やマネキン、片や玩具。 空中に浮き上がるままごと用具とぬいぐるみ、それとは別に闊歩する女の形代。 「2体のエリューションが、以前似た事例が起きた全く同じ場所で、やっぱり同時に発生してる。2回続けば偶然じゃない。多分何か原因が有ると思う」 原因。となれば調査の必要が有る。しかし前回の仕事は未達成のままである。 『貪欲』と『暴食』と名付けられたそれらが何所へ消えたかは不明ながら、 その後カレイドシステムはこの2体を感知していない。 そこに来て更に2体。至急対処し、現地での調査を進める必要が有る。 「今回の敵は、どちらも凄く面倒。どちらも自分と相手を一緒にする。 って点に特化してる。相変わらず異常にタフで、代わりにスロースターター」 しかし今度は吸収能力等は無い。放って置いても互いに喰い合ったりはしない。 ではこれ以上状況が悪化する事は無いのか――勿論、そんな事は無い。、 「この2体は、お互いがお互いを補填し合う関係。 片方は、寂しがりの玩具。もう片方は、自分以外しか愛せない人形」 2つが出会えば協力関係を結ぶ事は免れない。 其れは共依存にも等しい歪んではいても強固な絆であるらしい。 「この2体は互いが互いの欠損を埋める物である事を本能的に理解して、 互いに接近しつつある。遭遇させるのは危険。1体ずつ各個撃破しておきたい」 これに合わせ、今回も2チームが召集されている。 いつかの鏡写しの様なシチュエーション。しかし今回は明確な目的が有る。 「これらを撃破出来れば、このエリューションの連続発生の原因に 少し近付けるかもしれない。これが最後とも限らない、何か凄く嫌な感じがする」 リベリスタ達を見回し、イヴの告げる直感。 余人ならともかく万華鏡の申し子の“嫌な感じ”である。 「気をつけて。多分、ここが正念場」 呟いてはテーブルに並べた資料の片側を差し出すイヴの眼差しは何処か遠く。 第二次遭遇戦――開幕。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:yakigote | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年09月23日(金)02:33 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●原色プロスティテュート 誰にだって愛されていると思った。誰にだって愛されていると信じた。好きは好きの表返しで、嫌いは好きの裏返しだった。愛情だ、愛情でできていた。だからこそ愛そうと思った。誰も彼もこれもそれもどれもあれも何もかも。信じていた。信仰していた。侵食していた。愛は地球を救うとさえ、本気で信望していた。 夜、夜。更けようと、深まろうと。しんしん。溶けこんでいく。暗闇は畏怖で、暗黒は恐怖だ。恐ろしいという感情はいとも容易く精神を阻害する。月があろうとなかろうと。夜は不定に愛されているのだ。 「被虐を受けることが愛って何だよ」 僕にはそんなの分からない、と『高校生イケメン覇界闘士』御厨・夏栖斗(BNE000004)は感想する。分からない、分かりたくないと。誰かの言葉を借りるとすれば、愛とは心を受け取ることなのだから。痛みを受けて与えるなど、一方的なメンタルもフィジカルも何か間違えている。 「悪いけどもマネキンには流石に欲情はしないな」 相容れず愛誘う他のそれを取り込み、受け取り、飲み込まれて次のそれへと進行する堕落者。罪を重ね、罪を募らせるそれに刑罰を与え次段への闊歩を食い止めねばならない。それに、格好悪いところを見せるわけにもいくまいと、『冥滅騎』神城・涼(BNE001343)はひとりごちた。 怖い。恐怖。畏怖。淵底。暗鬼。夜闇はそれらの色濃さを増していく。最早言葉にして黒以外の何者でもない黒色をそれでも黒色に染めていく。執着に向かうほどより黒く深まるそれに、それでも掻き乱されることはない。終点に向かうほどより暗く落ちていくそれに、頭の芯は冷めていく。それでも手の先は震えているけれど、『存在しない月』ウーニャ・タランテラ(BNE000010)は冷静だ。口の端に笑みさえ浮かべて。狂気と正気の境を彷徨いながら。 「前のヤツは知らないんだが……厄介な敵だということは分かるぜ」 『咆え猛る紅き牙』結城・宗一(BNE002873)は最初の七罪について詳しくない。強力を切望し何者をも取り込もうと自己を組み替えた悪罪も、嚥下を願望し何者をも取り込もうと大口を裂かせた悪罪も。しかし、楽観することはない。純粋に純粋を持って悪意を振りまくそれらに容易を期待することなどない。 「貪欲、は止められなかった……けど」 『ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)が唇を引き締めた。食い止めようと思って、食い止められなかったあれ。欲望に欲望に欲望を重ねて欲望を犯したそれ。記憶は新しい。しかし次はあるのだろう。今もあるのだから。これは別の罪。違う大罪。止める。止めて、みせる。 『鷹の眼光』ウルザ・イース(BNE002218)は考える。 一度目は偶然であったのかもしれなかった。しかし、二度目もそうであろうと安楽できるものではない。今の結果が違えば、以前の過程も変わってくる。神秘の発生に必然があるのだとすれば、何か注目できる点があるはずだ。発生と撃滅。現象と後付け。肯定の塗りつぶししか存在しない後手の後手。できることを増やしていかなければ、勝利は見えてこないだろう。 強そうな相手だと、『小さき太陽の騎士』ヴァージニア・ガウェイン(BNE002682)は不安がる。それでも弱気になって価値はあるまいと己を鼓舞した。やれることをやるのだ。やればきっとなんとかなるのだろうと。気を強く持ち、訪れるであろう脅威を覚悟する。精神性は往々にして肉体のそれを上回るのだから。 「……ところで『かんいん』ってどーゆー意味?」 お父さんかお母さんに聴いてみよう。 「随分と迷惑なマネキンですね~」 同じになれば、上位に成り代わる、成り上がる敵意。危険は現実となり、正気は瘴気にとって代わり、狂気の凶器が世界を害するだろう。 「ここで私たちが撃破しないとっ! ですね」 『鉄壁の艶乙女』大石・きなこ(BNE001812)が気合を入れて、誰かが歩き出した。 靴音。鍔鳴り。金属音。息遣い。虫の声。何もかもが混ざり合い、何もかもが混ざり合い、黒く黒くないまぜになって溶けていく。 それは泣き出しそうな夜だった。 ●虹色オブセンス 愛は肯定される。愛故にである。それを疑わなかった。疑うような倫理を持ち合わせていなかった。疑うような道徳を持ち合わせていなかった。だって、愛なのだから。愛は肯定されるべきものなのだから。よってこの痛みも苦痛も激痛も鈍痛も愛情に他ならなかった。だって、愛されているのだから。 ふいに、耳元で囁かれた。 「あなたを、愛しているわ」 心臓が震えた。慈愛に満ちた声。愛情を惜しげもなく振る舞い、心から捧げてくれるであろう美徳の音。何者をも疑うことのない純粋な愛。マイナスの一切存在しない。極限まで振り切ったプラスの精神性。 つまるところ、この上なく気持ち悪かった。 吐き気がする。ぶつけられた情熱に目が回る。出来物ひとつない直線に辿りつき、突き抜けてしまったが故の歪曲。腫れ物ひとつなくつぶさに見蕩れ、貫いてしまったが故の曲解。 怖気に振り向いて、しかし彼女はそこにいなかった。否、そこにいた。 彼女は彼等の後ではなく、等しく等しい位置に居た。そこ。真ん中。真円の中心。それ。取り囲まれた悪童の立ち位置。 何を労することなく絶好のそこに現れた人形は、しかし絶対の自身故でも必勝の実力故でもない。だって、ここが一番愛される場所なのだから。だって、それは誰にだって愛されているものなのだから。 確信をしている。信仰している。それでも言い表すに能わず。言うなれば、染み付いている。 唇を舐めて、肉質のそれを濡らしてみせた。 そして愛情が始まるのだ。 ●極色デザイア 痛い。痛い。痛い、痛い。痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。 「セクシーなおねーさんは好きだけど、人形ごっこは趣味じゃないからな」 震脚。蹴り足による超大な一歩は大罪の背後へと夏栖斗を運ぶ。アスファルトを砕く踏み足。振り向きざまの円力を作用させた掌底が、腰椎付近を直打する。人に触れるのと同じ感覚が腕を伝い、刹那、モラルに押し倒されそうになる脳蓋を懸命に振るう。 受け身も取らず人工地を転がる悪罪。痺れた身体を懸命に起こすそれ。反撃を許さぬため、斬撃を畳み掛ける。十字に空を裂く鼬。肉を裂く不貞のそれに、彼女はしかし右腕を付き出し甘んじた。 裂けて、ずたずたになった腕。まるで人のように赤い血が流れていく。ゆったりとした動作に反抗を警戒した。口づけを受け取るわけにはいかない。 逆説、身構えた彼に彼女は視線を向けたまま、ささくれだった腕に顔を近づけた。愛おしそうに、愛おしそうに。下を伸ばして、這わせる。ゆっくりと、ゆっくりと。 夏栖斗の身が奮える。全員を舐めまわされている悪寒。舌の無でる感触。肌に残った唾液を風が冷やしていく嫌悪。不快と快楽とが混沌に失せた継続。昇ってくる、昇ってくる。何かがここに辿り着こうとしている。喉元まで上り詰めた何ともつかぬ恥辱に悲鳴が零れそうになる。背筋を通り、鎖骨を跨いで。首元に触れられた時、意識は叫ぶことだけに没頭した。 「……爆ぜろ」 轟音。気烈が弾け飛び、肉を焦がした。人体模倣に空いた穴。ぽっかりと、不自然で不可解で不気味なそれ。鷲掴み状の胸骨。捲れて剥がれた桃色。脈打ち。あろうことか姦淫はそれを、傷口は傷口のままに撫でた。指についた血が痕になって肌に残る。 身を震わせる悪寒。痛みの共感ではない。肌を撫で回される感触が続く。脚、尻、腹、背、首、顔。愛撫される、愛撫されている。奥歯を噛み締め、抗おうとして天乃は地駄を踏み、脚が思うように動かないことに気づいた。縛られている、がんじがらめにされている。呪いはいとも易く自分のそれを蝕んだ。 それでも、攻撃の手をやめるつもりはない。袖口から伸びた痺毒の暗糸。闇に乗じた極線がマネキンの身体を絡めとる。 「……動か、ないで」 肉を締め上げる。回っているであろう停止毒の苦痛にも、大罪は愛と笑っていた。 歯車を、組み替える。 涼は脳内でエンジン音がけたたましくわめき散らすのを感じていた。血流が加速し、筋繊維は脈動し、身体も精神も書き換えられていく。もっと速く、もっと速く。もっともっともっともっと。 心中で振り上げられるフラッグ。蒸せた中軸がカウントを心待ちにする。赤から青へ。止まらば進め。3・2・1。 駈け出して、同時に肉薄する。眼前の笑う女に斬撃を浴びせた。傷跡から飛び散るそれが、紅い剣をさらに赫く輝かせていく。 「流石に、お前さんには愛されてはやれんし、俺も愛してやれん!」 斬る、斬る。何度も何度も何度も何度も。振り降ろした加速度をそのままに横薙ぎの円へ。切り裂いた勢いは縦軸へと移し、袈裟懸けに大口を開かせた。 何度も何度も何度も何度も。その愛で誰かを傷つける前に。その愛で誰かを抱きしめる前に。 「こういうのは好きかい」 ウルザの声に呼応し、蜘蛛の巣が鎌首を擡げた。肌に突き刺さる一線一線が二重の毒を吐き散らす。けして動かず抗えぬよう、痺毒を。消して命を絶やし這い蹲るよう、死毒を。回って、回って、ぐるぐると。苦しいだろうに、辛いだろうに、それでも彼女は笑っている。気味悪くも、幸せそうに笑っている。自分を犯す毒に満足したのか、彼女はウルザへと視線を向ける。斜め上、空を飛んだ彼へと。 ぎゅっと、抱きしめられた。そういう風に感じた。自らの身体を抱きしめた姦淫。愛おしそうに、愛おしそうに誰かを抱きしめている。見えない誰かを。誰を。誰をなどと。決まっているじゃないか。自分以外の何がある。その意味に気づいた時、飛行者は地に落ちた。見ずとも分かる。背中から向こうに感覚がない。翼が凍りついたのだろう。 また、抱きしめられる感触。次は虜にされるやもしれぬという危機感に、無理矢理身体を奮い立たせた。反撃の死線。仲間が作り、彼女が悦んだ傷口に潜り込み、中から外へ貫き曲げる。仰け反る大罪。痛い、痛い。ああ痛いだろう。じゃあどうして笑っているんだ。畜生、畜生め。 解除。解除解除解除解除解除解除解除解除。 この戦闘に置いて、最も多忙を極めているのがヴァージニアであろう。愛情の恩返しをと、次々に不健全極まりない害悪を押し付けてくる七罪。彼女はこの中でそれらに対し最も有効的かつ唯一の手段を所持していると言える。それ故に、ヴァージニアに課せられた役割は困難極まるものであった。 予言により敵に大砲があると知れている以上、それへの対策として異常時を解呪しないわけにはいかない。しかし、魅了され、判断を失った仲間は誰構わず切りかかってくる。それらをくぐり抜け、防ぎ、時にかばいながら味方を癒していく。だが、続ければ当然魔力の底が見えてくる。味方を癒し、己を維持し、時に守りさえする。回復しきれない。そんな焦りが彼女の片隅で蟻のように群れを成していった。 電撃が斬りつけた。 大剣に乗せられた雷光。闘気を纏い、自らを犠牲にした王斬刀。全力で、本力で、精根尽き果てるまでぶちかます。反動で血管が切れた、構うな。口づけに神経が麻痺した、厭うな。痛みで敵が笑ってる、目にも入れるな。打ち込め、切りつけろ、捻り潰せ。今の極限を力に昇華しろ。この場においては愛も憎も斬り捨てて、殺戮と戦争に消化しろ。 三度目の大雷が人形の右腕を斬り飛ばした。その快感に酔いしれる様など映らない、映しはしない。 「全弾ぶち込んで終わらせる!」 踏み込み、傷を深め、それでもなお剣を振り上げる。 きなこの加護が、味方の傷を引き剥がしていく。予知されたそれが放たれる気配はまだない。怪我の大半は、リベリスタによるものだった。 混乱と、誘惑。頭の中をこねくり回され、愛情に泥酔させられた仲間の攻撃。フィジカル面での攻撃的な攻撃態度を見せない姦淫よりも、今はこちらの方が厄介だ。 味方から味方を守るための防護結界。味方から味方を癒すための回復詠唱。降り注ぐ阻害の雨は、リベリスタ達に思うような連携をとらせない。 だが、それに逃げるわけにもいかない。放棄するわけにもいかない。痺れる手を、凍りつく脚を引きずり剣戟を尖らせる仲間達へと歌を紡ぐ。来るべき衝撃に備えて。誰一人として打ち倒させぬ決意を秘めながら。祝福が天使を生やした。 大罪の顔に道化が突き立った。包帯の下から赤いものが滴り落ちる。人間で言えば、右眼球のあたりであろうか。とととん。二枚、三枚と同じものが突き刺さる。額に、眼球に、頬に。そして不吉が降りた。 幸運のシャットアウト。実力とはかけ離れ、されど一部であり、時にそれ以上に戦局を左右する生存の要。失敗を引き起こし、成功から引き離す悪意。努力の否定。理不尽な結末。突きつけられた暴利に、姦淫はその発端を探す。 ウーニャの肌が総毛立った。潰れたはずの両目と、隠れて見えないはずの両目と、目があった気がしたから。視線が逢った気がしたから。笑う、笑っている。ここに現れた数分前から、ずっとずうっと笑っている彼女。彼女。そう代名される人形。痛みと苦痛と痛楽に快感を覚え善意から何もかもを愛する彼女。胃中が逆流しそうになる悪寒の笑みが、ここにきて色濃さを増していく。 口角があがった。その程度だったと思う。しかし、それに見惚れていた。心を両手で掴まれる。それを美しいと感じる。愛されたいと願い、愛していると零れる。口から溢れかえるのは求愛で、送り届ける視線は情愛のそれだ。自然と、身も心も愛するそれに委ねそうになりながら。強く唇を噛んだ。 痛い、痛い。痛みと鉄錆の味が脳をクリアにする。口内にたまった血膿を吐き捨てた。 「私と貴女は違う。一緒にしないでよ、えっち」 四枚目のカードを投げた。気を強く持つ。さて、次は抗えうるかどうか。 夜が重くなった気がした。 空気が変わったと以外、形容もできぬであろう。嫌な音を立てて反転したように、歪に捻じ曲がり裏返ったように。淵が重くなった気がして、黒が重くのしかかった。 「来るっ!!」 誰が叫んだのだろう。自分かもしれなかった。高周波の耳鳴り。こんなにも静かだというのに、酷く喧しい。 と。 姦淫が口を開いた。小さな口。小さな口が、横に裂けて、上顎を押し上げて、喉からは巨大な球体がせり上がり、その姿を見せる。 眼球だ。顎をマフラーのようにして、頭をフードのようにした眼球。大きな大きな瞳。百万ボルトでもそのまま喰らい尽くしてしまいそうな異常人体。それが、リベリスタ達を眺め回した。 ●灰色パラノイア 好き。大好き。 刹那の一時ではあるが、意識が途切れていたかもしれない。 アスファルトに口づけた自分の顔を持ち上げ、震える腕で身体を起こす。全身傷だらけだ。誰も彼もが同じようだった。否、両極のようであったのか。身体の抉れた者と、一切無傷であるものと。そのように区分けできた。何故、などと今更思考する己を叱咤する。知れたことだ、これが奥の手なのだろう。聴いていたはずだ。覚悟もしていたはずだった。 無理矢理に背筋を張る。無傷の仲間が癒しに奔走している。見れば、最早ヒトガタとも表せぬ大罪が身体を抱いて震えていた。悦んでいるのだろう。愛情を分かち合えた快感に。 息もつかぬ間に次が来るだろう。そうなれば、最早立ち上がれはしまい。ならば、今しかなかった。 リベリスタ達が走りだす。獲物を振りあげて、拳を固めて。次が最後の一撃だと誰もが確信していた。 未だ余韻に浸る姦淫に、全身全霊の会心が押し寄せる。炎拳が、爆熱が、連斬が、死線が、大雷が。怒涛の大波は傷だらけのそれを更に貶め。等しく勝利の剣として悪意を穿ち貫いた。 倒れる。倒れ伏す。赤い霧になって夜空に流れていく。塵に消えた灰は、こうして土に帰るのだろう。 誰かが安堵の溜息をついて。それが死活の奥に掴んだ、決着の銅鑼を務めた。 「生きてる? こっちはなんとか――」 夏栖斗が端末の向こう、同時作戦に当たっていた仲間と連絡をとっている。どうやら、向こうも勝ちを収めたようだ。 「この場所に何が……?」 ウーニャが周辺の調査を始めている。同じカテゴリが発生した同じ場所。それならば、この場所に何か原因があると見て間違いはないだろう。 しかし、疲労もピークを越えていた。激戦に草臥れた心身ではこれ以上を望みようもなく、後をアークに任せて彼等は帰路につく。 七つの大罪。知らない者の少ないお伽話。そう名付けられた彼等が正しくそうあるというのであれば。残るは――― 了。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|