●blAnk 『これを使えばきっと楽しくなれる』――でもやっぱり、私には無理です。 本当に楽しいかすら想像できないほど、『楽しい』が、とても遠いものとなってしまいました。 それに、気づいてしまいました。 だから、もう、いいんです。 そんな程度の『楽しい』です。 どんなに酷い人でも、ちゃんとした『楽しい』をもって生きている誰かを踏みにじってまで手に入れるものではないと思います。 だから、ごめんなさい、さようなら。 これはここに、おいておきます。 ●Near the Center 「深海って怖いよね」 そう言いながら『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)が目を通しているのは分厚い百科事典だ。 彼女の顔は本に隠されリベリスタ達からは見難いが、その声はいつも通りの平坦なもの。だからきっとその表情もいつも通りなのだろう。 1ページ、めくって彼女は続ける。 「でも皆には今回深海に潜ってもらわなくちゃならないの。……正確には違うけど、殆ど同じ」 本の向こうから電子音がして、モニターに表れるのは――目的地の地図でも討伐対象の写真でもなく、一つの大きな宝玉の画像。 淡く落ち着いた色に輝くそれは、この世界のものに例えるならば大きな蛍石のようだった。 「皆に『深海』でどうにかしてもらう予定のアーティファクトだよ。名称は『箱庭神器』。使い手の心象風景に基づいた特殊な空間を作って、それを現実と重ねて他の人間を引きずり込む」 「特殊な空間?」 「使い主だけの、新しい階層みたいなもの」 そっけなく答えたあとで誤解を招きかねない言い回しに気づいたのか、漸く少女は事典を膝におろしてはたはたと両手を振る。 「ああ、えっとね、本当に新しい階層が現れるんじゃないわ。あくまで似てるだけ――誰かが見る夢に無理やり周囲を巻き込むのにかなり近いの。 持ち主が変わったり、アーティファクトそのものが撃破あるいは破壊されれば、前の物は綺麗サッパリ消滅する脆いものよ。 でも、『持ち主が変わらなければ』それは半永久的に残ってしまうの。今みたいに、ね」 そしてイヴは目を伏せる。 「何らかの方法で『神器』を手にいれた人がいた。けれどその人は、それを手にし、少なくとも一度は発動させながらも『何もしなかった』。 そして今、どうしてか『神器』はその心の世界を保持したままの状態で放置されてる。それだけなら害はないけど、だからといって無視できるものじゃない。 近いうちに必ず誰かが巻き込まれてしまうし、その人が強ければ強いほど、危ないかも知れないの」 すう、と挟まる深呼吸。 「『神器』には大きく分けて2つの自衛システムがある。 1つ目は、『世界』と『世界の主』を存続させるため、アーティファクト自体が強大な使い魔のようなものに変化するというもの。 主の命なしには動かないけど、主の望みは全て叶えるのが役目。 2つ目は、そうやって主を絶対化している『神器』自身が攻撃された際、『受けたダメージをそのまま、攻撃してきた対象全員に返す』というもの。 例え一般人が殴りつけた程度のものでも、そっくりそのまま返してくる。反射とは違うわ。一応、ダメージはそのまま通るし蓄積するから。」 だからこそ、『強ければ強いほど危ない』のだと言う。 「でも、主はいないんですよね?」 「そう。だから幸いにも1つ目の危惧はしなくていい。 でも今も『神器』は前の持ち主が創りだした深海の世界の底で、主の帰りをずっと待ちながら泳いでいる」 ぱたり、と。 ずっと膝の上だった事典がテーブルの上に載せられた。 そのページには遥か太古に存在したとされる、最大の魚類のイラストがフルカラーで描かれていた。 「リードシクティス。今の『神器』の姿は、これにとてもよく似ている」 その一枚絵を指さし語る少女の声が静寂に響く。 「本来の深海は普通の人間は到底たどり着けない場所。水圧と、無音と、暗闇と、未知の世界。 こちらは人間の主人を住まわす事が前提の擬似深海だから呼吸と水圧に関しては心配しなくても平気みたい。でもそれ以外については、覚悟はしておいて。 『その世界において、貴方の声は誰にも届かない』。 『なんの音も響くことはない』。 『光源たるものはほぼ皆無』。 『そこで貴方は何かを見る』。 普通の人間は死にこそしないだろうけど運が悪ければ狂ってしまうし、抗う術を持っているリベリスタやフィクサードには『だからこそ』とても危険な場所になってる。 ……これは事前に情報を伝えられる、みんなにしかできない仕事なの。 必ず、神器を撃破して――回収するか、破壊するか、してきて」 漸く説明を終えたところで、イヴはふと遠くをみやった。 「こんな世界を心に描いて生きてきた人が、どこかに、確かに居た。その真意なんか、もう誰にも解らないけど…… 何も見えなくて、聞こえなくて、攻撃すれば跳ね返ってきて、……これってある意味自分自身との戦いかもしれないよね」 その視線の真意もまた、誰にも知れず。 「みんなは暗闇に、何を見るの?」 去り際の一言がブリーフィングルームの空気に、重く、静かに沈んでいく。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:忠臣 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年09月23日(金)02:31 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●無 光のないそこが、誰かの心の中だった。 しかしそこに『誰か』はおらず、きっともう二度と戻ってこないことも、踏み込んだリベリスタたちにはわかっていた。 彼らが深海に辿り着く前にいた所――現場のビルはもう大分前からずっと無人なのだという。 そして、つい先日屋上から人が飛び降りたばかりだ。 それが事前に下調べを行った『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024) が得た情報だった。 かの人物が『箱庭神器』を起動させた人間だという確たる証拠などない。けれど違うという証拠もない。 どちらにしろ置いていかれた神器が主人に再会する可能性はゼロに近いだろうと誰もが思った。 もし最悪の推測が正しいとしたら、いよいよもってどこぞの忠犬のようだと『イエローシグナル』依代 椿(BNE000728) は目を細める。 (「そんなやし、できれば傷つけず、穏便に持ち主交代で解決したいところやけどな……」) 見やる先で仲間たちが次々と手持ちの照明を点灯させている。彼女もそれに倣いつつ、ついでに煙草にも火をつけた。 闇の中での光は、例え具体的に照らし出す範囲が狭くとも、それを認識する側からすれば大層に目を引く。その性質を上手く利用している深海生物も多いのはよく知られている事だ。 銘々が灯す明かりで照らされて、リベリスタ達の姿は無色の黒によく映えた。 数は少なくとも見知った相手が確実にいると知れるのは、常識を逸した環境では何よりの鎮静効果をもたらしたといえよう。 事を構えるには十二分。 かくて迎撃の姿勢を整えた彼らに、その時は訪れる。 (「――きたぜよ」) 交感能力を備えた『億千万の棘茨荊』烏頭森・ハガル・エーデルワイス(BNE002939)の脳裏に飛んでくるシンプルな報告。 『へたれ』坂東・仁太(BNE002354) の瞳の方が光よりも早く、遠かった。 仲間の存在を確認するために見回している最中、闇すら見通す目が遠方から近づく何かを捉えたのだ。 無音の中、連携の中継役をかってでたエーデルワイスが仁太の報告をそのまま伝え、皆が同じ方向を向く。 誰かが巻き込まれる前のこの世界で、彼ら以外に動くものなどただひとつ。 この空間を形作る、もう一人の主とも言える存在がリベリスタ達を目指して泳いでいた。 『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)が持ち込んだ、強く、遠くを照らしだす為の明かりが示すは遠く死滅したはずの古代魚の一種。 巨体を構成する色が、重量感が、まるで岩石のようだったから、何かの建造物がまるごと動いているように見えた。 (「ん、……」) 神器が最初に接触を試みたのは、一人仲間から距離をおいて機会を待っていた『臆病強靭』設楽 悠里(BNE001610) だった。 次第に視界を埋めていく巨大な影と対峙して悠里は短く浅く息を吸い、 (「ねぇ」) 橙の瞳を微かに揺らして、言葉を、始めた。 自発的に何をするでもない神器にとって、この状況は望んだ結果ではなかったはずだとの見解の結果だ。 できれば穏便に済ませたいのはその場に臨んだ全員の姿勢だった。 (「君のご主人様は帰ってこないよ」) この言葉もまた、一度エーデルワイスを介して語られようとしていた――が、神器は、明らかに思念が飛ぶ前に悠里の前で微かにみじろいだ。 リベリスタ達の読みは正しかった。『それ』は心を読む術を備えていたのだ。 (「僕の言葉が解る? もう君がここにいる必要はないんだ」) それを察し、悠里は今度はダイレクトに神器へと意識を投げる。 けれど返る言葉は、ない。 エーデルワイスにすら明確な主張と思しきものは何も残さぬまま、神器は早々に悠里の側を通りすぎていった。己の待つ主ではないと判断したのだろう。 もう一つの光源に向かう古代魚の背を、悠里は走って追った。 『神器は心を読む』事実がエーデルワイスより伝えられる。 ならばと彼女と喜平は、神器の求める主人を偽装できないかとそれぞれが心の中に暗い深淵を思い描いた。 それで神器がいずれかを認め、深海の世界を閉じる事に応じるならそれが一番手っ取り早いと感じたのだ。 しかして待てども変化はなく、特にこの為だけに記憶の底から辛い過去を引っ張り出しては激しく苦い思いに陥っていた喜平は軽く挫けて両手で顔を覆った。 ――誰かの苦悩、その意味は当人と『映しだす鏡』である神器にしか解らない。 (「それじゃあ次の作戦ですっ」) 『シトラス・ヴァンピール』日野宮 ななせ(BNE001084) が拳をにぎって気合を入れる。 幾重にも打ち込まれた椿の呪印が、神器の行動を封じたのだ。 事前に示し合わせていた通り、ななせが、他の仲間達が、一斉にその巨体にとりついていく。 (「仲間を導く光の道しるべとなって見せるですよ!」) 『勇者を目指す少女』真雁 光(BNE002532)もまた、その背にしがみつく。彼女の光源は人工の光ではなく彼女自身だ。 尾にも、喜平の投光器の一つ、ロープで繋がれたそれが絡みついた。 それは『いざとなったときに』神器を見失わないようにする手段――そうと解らぬ神器が驚くのは当然のこと。 逃れるために身を翻そうとしたのだろう、神器が身を傾けただけで生じたエネルギーに押されて辺り一帯が圧迫される。 だが例え呪印がなかろうと、巨大とも言える身体ではたったそれだけをやりきるにもおおきな力とスペース、時間が必要であったし――なにより、 (「まって、違う、落ち着いて」) (「危害を加えたいわけではない」) 懸命に呼び止める声がやまなかった。 頭にほど近い場所に身を伏せるようにして寄せる椿が硬い表面を撫で摩る。 (「うちらは、自分に伝えたいことがあって来たんよ」) 身体を傾けたままの状態で、巨大な魚の動きがまた止まった。 (「もうご主人さんは居らへん…せやから、この世界を維持し続ける必要はあらんのやよ?」) (「誇ると良い、汝を得て、汝の主は答えを得た、汝の役目は果たされたのだ」) 神器が反応を示したのをみて、リベリスタ達は各々の思いを重ね諭した。 (「君が今するべきことはご主人様を待つことじゃない」) (「新しい持ち主を見つけることなのです」) (「もし、自分さえ良ければうちがその新しい持ち主に…友達になりたいと思うんやけど…」) 悠里の、光の言葉に連ね――視線が届かぬ場所にいようと心を読まれているなら伝わると、椿は小さく笑ってみせた。 (「ねぇ、一緒に帰ろう?」) リベリスタ達の思念を受け止めきって、神器が大きく身体を揺らす。 (「解ってくれるの?」) 問いと期待に対する答えは仕草のみ。施された呪印を振りきって、巨体が改めてリベリスタ達へと向き直った。 ――しかし、地面に触れるすれすれまで身体の位置を落とす神器の意思は、和解を求める彼らとは違うところにあるように思えた。 (「倒せッちゅーんか……」) 全てを見る仁太の声なき呟きが、意識を拾う一人と一体にだけ届く。 『箱庭神器』はあくまでも主人の為の道具である。 事実がどうあれ、憶測がどうあれ、任を命ずも解すも主人のみ。 それ以外が変化をもたらす術は、ひとつしか無いのだろう。 それでもと抗い、額に埋まったアーティファクトを必死に取り外そうとする者たちがいる。 だが岩壁に顔だけだしたような形のそれを、魚としての身体を傷つける事無く取得するのは不可能だった。 とりつく仲間が次々に失敗の報告をするのを又聞きして、悠里は視線を落とす。 (「……仕方ない、か。できれば傷付けたくなかったよ」) もはやどうにもならぬ――できぬ。リベリスタ達は次々に得物を手にした。 されとて彼らの行動は決して無駄ではなかったのだ。つい先ほど逃亡を図っていた魚が、今はただ静かにそこにいるのが何よりの証明だ。 巨体と比べれば随分と小さな瞳は、どこか穏やかに、己を沈めんとする者たちを眺める。 未だ神器は無言のままだ。そもそも言葉というものを自分では持っていないのかもしれなかった。 代わりに、詫びるように巨大魚が頭を垂れる。 その中央に、淡く光を放つ宝玉があった。 ●安寧 そうして始まったのは相手の居ない根競べのようなものだった。 神器自身に意思があろうとなかろうと、『自衛反応』は発動する。いわば脊椎反射のようなもののようだ。 傷つけられれば必ず同じだけ傷つけ返す。本来の神器の力は解らないが、その反射だけでも十分に脅威となった。 けれど椿がひたすら描き直す呪印でその回数は幾分もましになっていたし、そうでなくとも神器自身も不可避の反射以外の行動は決してとらなかった。 戦況を把握し報告する仁太が半ば司令塔のような役割を果たし、エーデルワイスを介して仲間同士意志の疎通を図りあう。 それぞれが閉塞する闇に耐え、反射されてくる『己の一撃』に耐える。 必要以上に攻撃を重ねることはなく、狙えるものは本体である『箱庭神器』そのものを狙い打つ。 反射されて負った負傷や異常の類はアラストールと光が癒した。 それぞれが己の出来ることを成して少しずつ、確実に、事を進めていく。 一つ手順が進むごとに、魚の額に埋まった石には大きなひび割れがいくつも入っていった。 (「もう少し、待っていてくださいね」) 少しずつ、少しずつ。 気が遠くなるような時を重ねながら、誰よりも自らを励ますようにななせが思いを投げる。 神器は黙ってリベリスタ達の攻撃を受け続けた。 ――その世界では終わりもまた、無音である。 あ、と誰かが零した気がしてエーデルワイスが目の焦点を合わす。 『同じような報告』が一斉に飛んでくる脳内から意識を逸した先で、古代魚の額の石が砕けていた。 (「終わったんやな」) 巨体を浮遊させていた力が一気に失われ、ほとんど墜落するように地に落ちる。 慌てて飛び退いたリベリスタ達が何をするよりも先に、その身体は元から存在しなかったかのように薄れて消えた。 後には輝きを失った宝玉の欠片が無数に散らばり、それだけが、たった今ここで『彼ら』が勝利した事を告げていた。 (「ゆっくり休むといい」) アラストールが瞑目し、最後の言葉を破片に重ねた。 神器が何を思ったのか――『何かを思ったのか』は知れずじまいで、推測しかできない。 けれどきっと負の方向には向いていなかったとりベリスタたちは信じた。 「――」 暫し無言の時を経て、異変。 衝撃のようなものが走った気がして、誰もが顔を上げた。 頭を突き抜けるようにして通ったそれが音だと認識できたのは数秒後、暗闇の世界を覆う『天井』に、誰かが白で描いたように亀裂が入ってからだった。 「――」 誰かが息をつくのを『聞く』。見る間に次元の壁がひび割れ、音と、光を、隙間から降らす。 いつの間にか動きにくさはなくなっていた。 誰かの作った世界が崩壊する。 「これでもう『大丈夫』なんだね」 「そのようだ」 「帰りましょうか……あれ、喜平さん、平気ですか?」 終息を迎えても一概に晴れやかとは言えず、されとて重くもない――静かな穏やかさ漂う薄明かりに、仲間たちの声が飛び交う中で一人肩を落としている男にななせが声をかけた。 問われた喜平の目は死んでいる。返事もない。 精一杯の努力で得た暗澹は容易に晴れるものではなかったのだろう。だが黙々と落下した機材を回収しているのを見る限り、恐らくではあるが大丈夫だと思えた。 投光器を肩に担いだ彼が見上げる視線につられて、ななせも首をもたげる。 黒き次元は今や破片となり、雨のように落下しては何かにぶつかる前に、『神器』の身体と同じように、溶けるように消えていっていた。 『向こう側』から溢れてくるのはリベリスタ達の生きる世界だ。 随分と久しぶりに感じる陽射が酷く眩しくて、光は思わず呻いて目を閉じた。 瞼で遮られて、視界が闇を取り戻す。 一枚の壁越しにじわりと温かい黒は、先ほどまで皆で立ち向かっていたものにどこか似ていた。 そんな所が、誰かの心の中『だった』。 最早そこも、そこで待つものも、いない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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