●うたかた人魚 透き通った壁を隔てた向こう側。 彼女は、アクアリウムの中で蒼い瞳を優しく緩め、ふわりと微笑んだ。 水に揺らぐ淡い金糸に蒼の双眸、艶めいた唇にすらりとした肢体。水の世界に生きる彼女の半身は、御伽話に出て来る人魚のソレそのものだ。 水槽の中に浮かぶ泡沫も、其処にゆらめく尾ひれも何処までも優雅で美しい。 僕が『真珠』と名付けた彼女との出逢いは突然。 突如として割れた水槽の奥、濛々と立ち込める霞の中に彼女は現れた。 驚いたが、この不思議な出来事はきっと必然でもある。だって僕は、彼女に一目で恋に落ちたのだから。 硝子越しに触れ合う掌からは、温度は感じられない。 紡ぐ言の葉も、声も識らぬ彼女とは言葉を交わすことすらも出来ないけれど――嗚呼、僕は。 真珠が微笑んでくれる、ただそれだけでしあわせなんだ。 ●御伽話には程遠く この世界に迷い込んだアザーバイドを元居た異世界に還すこと。 それが今回の仕事だと告げ、腰のうさぎを軽く撫ぜた『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、美しい人魚の姿をしたアザーバイドについて語り始める。 「彼女は今、とある人の部屋にある水槽の中に棲んでいるの」 その人物とは、高藤・友哉(たかふじ・ともや)、21歳。 彼は某大学の現役大学生であり、生粋のアクアリスト――つまりは観賞魚愛好家だ。自身が独りで暮らすマンションの部屋の一角にも壁一面の大きな水槽をあつらえていることから、その趣味は相当な域だと窺える。 そして、そんな場所に異世界から落ちてしまった人魚。 この出逢いは偶然なのか、必然なのか。運命めいたものを感じてしまうところである。 「人魚はただ其処に居るだけ。一言でいえば、今がとても幸せみたいだよ」 気性もおとなしく、心地好い生活に満足している彼女は、それ単体では何らかの事件や悲劇を起こすことはない。しかし、アザーバイドという存在そのものが、この世界の崩界を加速させてしまう。 「このまま放っておくことは出来ないから、結果的には二人を引き裂くことになる」 けれど、貴方たちなら遣り遂げてくれるよね、と問うたイヴは静かな双眸を仲間たちに向けた。 友哉、そして彼が『真珠』と呼ぶ人魚。おそらく、二人は互いに想い合っている。 見知らぬ世界で彼女が幸せそうに微笑むことが出来るのは、友哉という存在が傍に在るから。だが、その淡い恋心すらも、この世界では許されぬもの。だからこそ、どんなにそれが辛いことだとしても絶対に彼女を送り還さなければならないのだ。 人魚が通ってきたであろうバグホールは、水槽の裏に存在している。 水槽さえ壊してしまえば、あとは人魚をその穴へ押し込めば任務は完了。だが、それも一筋縄ではいかない。 「先ずは彼女の能力を破壊する必要があるよ。――その名は、絶対防御壁・アクアリウム」 真珠は自らが住まう水槽へ、自衛の手段としての特別な能力結界を張っている。 それは攻撃を仕掛けて来た者へと反撃を行う防御システムであり、彼女や水槽に何らかの危害を加えようとした瞬間に発動するようだ。無論、何もしなければ防御壁が起動する事はないのだが、水槽を壊すには何らかの衝撃を与える必要がある。 防御壁は、こちらが打ち込んだ攻撃に似た効果をそのまま反撃に扱う。 つまりは自分の放った攻撃が自分に返ってくるようなものなので、戦い辛い相手となるだろう。 「一撃目を打ち込んだら、あとは此方が全滅するか防御壁の耐久力がなくなるかまでの勝負。でも、貴方達なら勝てるくらいの実力はあるはず」 余程手を抜いたりしない限り、防御壁を破って水槽を壊すまでは辿り着けるだろう。 最大の問題は――そう、友哉の存在だ。 幸いにして、リベリスタが現場に向かうのは、彼がうっかり部屋の鍵をかけ忘れて出掛けてしまう日。部屋に侵入して戦闘に持ち込むまでは、対人魚に集中できるだろう。しかし、鍵の事を思い出した友哉が、その最中に帰ってくる可能性は非常に高い。 それゆえに、現場ではち合わせてしまった場合のことを考えるのも重要だと少女は語った。 友哉と人魚を説得するか、それとも力づくで無理矢理にでも事を進めてしまうか。その判断は向かう人の考えに任せる、とイヴは告げる。 「彼と彼女の邂逅は、元から夢のようなもの。 お互いに、永遠に一緒にいられるなんてことは思っていなかったはずだから……きっと」 もしかしたら悲しい別離を“綺麗なカタチ”で終わらせることくらいは、できるかもしれない。 すべてはリベリスタの言葉と行動、そして彼らへの気持ち次第。 そうして、仲間の背を見送ったイヴはそっと手を振ると、その瞳をわずかに伏せた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年11月23日(水)22:03 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●世界の為に 硝子の向こう側に、泡沫が浮かぶ。 その透き通った蒼の世界で『彼女』は眠っていた。まるで一枚の絵画であるかのような光景を目にして、『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)は感嘆の溜息を零す。 異なる世界の青年と少女は出逢い、ひとめで恋に落ちる。 それは、とても素敵な物語。『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)も、そんなお伽話に憧れてしまう年頃なのだが――“運命”が、ふたりの幸せを願わないとも識っていた。 意を決したリベリスタ達が静かに部屋へと踏み入ると、軋んだ床が小さな音を立てる。その気配に気付き、瞼をひらいた人魚・真珠は、部屋の主である友哉が帰ってきたのだと勘違いしたのだろう。一瞬は淡い笑みを咲かせたが、彼女の表情はすぐに驚きへと変わった。 ――……誰? そう言いたげに怯えた瞳を向けた人魚をこれ以上困惑させぬように、『ルーンジェイド』言乃葉・遠子(BNE001069)と『現役受験生』幸村・真歩路(BNE002821)が、ゆっくりと水槽の前へと歩みを寄せる。 「こんにちは、真珠さん……」 「怯えないで、貴女に危害を加える心算は無いわ。お願い、話を聞いてくれるかしら」 小さな微笑みを向けた彼女たちは、戦いよりも言葉を伝えることを選び取っていた。敵意も何もない遠子の瞳をじっと見据え、真珠は一度だけ、こくりと頷く。 未だに相手の不信感は拭い去れていないようだが、『飛常識』歪崎 行方(BNE001422)は人魚が聞く姿勢を取ったことを確認してから、単刀直入に告げた。 「さて、ボク達はアナタに元の世界に戻って貰いにきたのデス」 泡がぷかりと水面に浮かび、蒼の彩が揺らめく。わずかに眉をひそめた真珠を見遣り、『残念な』山田・珍粘(BNE002078)が更に言葉を告ぐ。 「ご存じかも知れませんが、貴女の存在は居るだけで、この世界に悪影響を及ぼします」 それが、アザーバイドと云うモノ。 此処に在るだけで、この世界を歪ませる存在だ。 彼女自身がどんなに善良でいようとも、どんなに此処が気に入っていたとしても。この世界に生きる者として、異世界の存在を赦すわけにはいかない。それが此方の主張であり、譲れぬことだ。何処まで理解してくれたのだろうか。真珠はただ此方の話に耳を傾け、張り詰めた表情を湛えていた。 「ねぇ、貴女に良く似た物語があるの。少し聞いてみない?」 その緊張を解すため、真歩路が取り出したのは人魚姫の絵本だ。そうしてはじまった朗読の声はゆるりと、それでいて何処か悲しげに、小さな部屋の中で紡がれてゆく。 ――その頃。 部屋の前で待機していた『永御前』一条・永(BNE000821)は、ふと顔を上げた。 マンションの外から聞こえはじめた慌しい足音はおそらく、鍵の掛け忘れに気付いて戻ってきた高藤・友哉のものだろう。『鋼鉄の信念』シャルローネ・アクリアノーツ・メイフィールド(BNE002710)は、永と視線を交わし合い、現れた友哉の前へと立ち塞がる。 「わ、何だよアンタら……ちょっと、急いでるから退いて」 「失礼、高藤友哉様でございますね? 真珠様に関しての事ですが」 恭しく名乗った永が真珠の名を口にした瞬間、青年の表情が驚愕に染まる。何で知ってるんだ、と呟いた彼の瞳を真っ直ぐに見据え、威風を纏ったシャルローネはゆっくりと口を開く。 「私達はアザーバイドを元の世界へ還す為にここを訪れた」 単語の意味は分からなくともなんとなくは分かるだろう、と語った彼女に続き、永もまた青年へと詳しい説明を告げてゆく。 彼女達の説明は、こちらの事情を知らぬ友哉にも解るように語られる。『世界の崩壊』を解決する方法はふたつ。ひとつは彼女を送還するか、殺害するかでこの世界から消滅させる事。もうひとつは運命の加護を得ること。ただし後者は奇跡に等しいことだ、と。 「何だよ、ソレ……」 未だ整理がつかぬ様子の彼の肩を叩き、シャルローネは警告にも似た言葉を投げ掛ける。 「軽はずみな行動は彼女をも傷つけることになる。まずは落ち着き自分の置かれた状況を把握しろ」 「……取り敢えず彼女に、真珠に会わせてくれ」 其処まで聞いた友哉は、信じられないと言った様子で頭を抱えた。そうして、彼女達は仲間と真珠の待つ部屋へと向かった。 この先に、永遠の別離が待っている。そう思うと胸が張り裂けそうにもなるが、永は決めていた。 大切なものを護る為ならば、理不尽と思われるのも百も承知。どれほど苦しい路になったとしても――自分は、このまま歩み続けると決めたのだから。 ●物語の結末は 人魚姫が選びとったのは――王子を殺すのではなく自分が海の泡と消える結末。 真歩路が物語が語り終えた時、シャルローネに連れられた友哉が水槽のある部屋へと足を踏み入れた。彼も真珠も、未だ引き裂かれる運命を納得などしていないだろう。ゆえにリベリスタ達は、彼らに真摯な言葉を投げ掛ける。 「この世界は、貴女が住んでいる水槽のように脆いんです……」 遠子は真珠の住まうアクアリウムを示すと、顔を上げる。眼鏡の奥の瞳は真剣そのもの。ルアもまた、自分と弟に纏わる体験談を語って聞かせたが、その話はどうにも二人にはピンとこなかったらしい。それでも、彼女達が本当に真珠達の事を思っていることだけは感じられる。 真珠と友哉の視線が重なり、暫し互いを見つめ合う。 このまま二人が暮らし続ければ、共に住むこの世界が崩壊する。でも、だからといってハイそうですかと離れられるものではないはず。 「……その世界に還すとかなんとかいうのは、今じゃないといけないのか?」 不意に、友哉が行方を見つめて問う。その瞳は暫しの時間を与えてくれないかと乞うているかのようだ。 しかし、行方は真紅の瞳をすっと細めるときっぱりと告げる。望む望まないにも関わらず、この世界は彼女を受け入れることが出来ないのだと。 それゆえに、二人が満足できるような時間を与えることはできない。だが、彼は別の抜け道とも思える選択を取る事も出来るのだと行方は語る。 「アナタは選ぶことが出来るデス。此方に残るか、彼女と異世界に行くかデス」 それは、真珠にとっても予想外のことだったのだろう。ちらと雷音が視線を遣ると、真珠は駄目だと云うように首を振った。おそらく、彼女の元居た場所はこちらの世界で生きる人間が命を繋いでいくには厳しい環境なのだろう。人魚から言葉が紡がれる事はないが、その表情は友哉を連れていく選択など出来ない事を示していた。 「難しいようですね。向こうで生きる術を持たない貴方が……彼女の世界へ行けますか……?」 遠子の視線を受けた友哉が言葉に詰まる中、雷音もぐっと唇を噛む。 少しの時を共にしただけなのに、二人の想いはひしひしと伝わってくる。戦いを選びとらなかったとはいえ、やさしい言葉で諭しているとはいえ、自分達のしている事は決して優しくはない。 (「……それでも、壊さなければいけないのだ」) 少女が己の中の葛藤と戦っているとき、真歩路は静かにアクアリウムへと近付いた。そっと見つめた水槽越しに、防御癖を解除して欲しいと願った真歩路の視線が、真珠と重なる。だが、真珠は首を振って悲しげに目を伏せた。 「もしや、解除は自由に出来ないのか?」 シャルローネが疑問を口にすると、真珠はこくこくと頷く。 それでも、真珠自身はリベリスタ達の想いを真摯に受け取っていた。おそらくは、彼女は既に帰る事を決意しているのだろう。 ならば、あとは青年の心だけ――。 戦う事を選び取らなかったからこそ、誰もが青年の心が決まらぬまま無理矢理に送還させることだけはしたくなかった。珍粘、もとい那由他は一歩だけ友哉の前に歩み寄ると、静かに唇を開く。 「お互いに、共に暮らす事に無理があることは分かっているのでしょう?」 彼女が突き付けたのは非情な現実。きっと今が、良くも悪くも切っ掛けだったのだ。続いてシャルローネの答えを問うような眼差しが注がれるが、青年は随分と長いあいだ黙り込んでいた。 そして、其処へ永の言葉が凛と告げられる。 「最後通告です。お選びください。別れて生きるか、共に死すか……」 「お願いです、真珠さんを苦しめる未来を選ばないで」 薙刀を手にした永の視線は厳しく、二人を見据えていた。続いたルアは武器こそ持ってはいなかったが、その瞳の奥に込めた意志だけは本物だ。 リベリスタ達は実力行使をも視野に入れていたが、幸いにも友哉は抵抗を見せる様子はなく、思い悩んだ後にゆっくりと首を縦に振り、わかったと告げた。 「……それ、壊してくれ」 たった一言、絞り出された声は震えている。 彼女が還れるのならば惜しくはない、と示されたアクアリウムを見遣り、那由他は小さく頷いた。 ●崩壊の音 水中で蹲る人魚にはもう怯えはなく、来たるべき送還のときをただ待っていた。 「いきます……。少しだけ、我慢していてくださいね……」 リベリスタ達は戦闘態勢を整え、遠子の放つ力が硝子を打ち砕かんとして煌めきを描く。 同時に跳ね返ってくる一撃は、まるで二人が今まさに抱える心の痛みにも似ている気がした。生命力を己の糧と変えた行方は、肉斬リと骨断チを握る手に力を込め、全身全霊の一閃を解き放つ。永もまた、桜の刃を切り返すと渾身の一撃を硝子へと叩き込んだ。 瞬時に二人を襲った身を裂くような衝撃は、雷音による傷癒術によってすぐさま治療が施されてゆく。その痛みごと癒しきるかのように、強くアクアリウムを見つめた雷音の掌にも想いが宿っている。 「大丈夫だ、友哉。すぐに終わらせる、真珠が痛いような事はしないのだ」 そうして、武装せずに攻撃はしないと決めた者以外の全員が、其々の思いを込めて力を尽くしていた。 早撃ちで跳ねかえる痛みを堪えながら、真歩路は思う。推測にしか過ぎないが、真珠が防御壁を張ったのは自分の為だけではなく、友哉の宝物を一緒に守りたいからだ。 きっと、そんな願いが込められているなら。 (「あたしだって、真珠さんが決めた想いを守りたい……!」) 真歩路の一撃で水槽に亀裂が走りはじめ、防御癖が次第に崩れていく様が読み取れる。 其処に踏み込んだ那由他は虚ろな双眸を緩めると、最後を与えるべく銀の刃を振り上げた。 「この人魚姫の物語も、此処で終わりです」 幽かな笑みを含んだ彼女の声と同時、蒼の泡沫がふわりと浮かび――そして、硝子の壁は粉々に砕け散った。 「真珠……ッ」 滴る水を纏い、ゆるりと顔を上げた真珠へと友哉が手を伸ばして抱き留める。 世界の為ならば水槽の裏に在るバグホールへとすぐさまアザーバイドを還すべきだが、最後のひとときを邪魔をする事は憚られ、ルアは静かに二人を見遣る。 はからずも硝子に隔たれる形となっていた彼らはおそらく、こうして触れ合うことすらあまりなかったのだろう。抱き締められた真珠はしあわせそうに微笑み、そして友哉の背中ごしにリベリスタ達を見つめた。その眼差しを受けたシャルローネはしかと視線を送り返し、彼女の無言のメッセージを受け取る。 そうして瞳を閉じた人魚と青年は、永遠にも思える一瞬を噛み締めた。 異世界の者同士が触れ合い、気持ちを分かち合い、想い合う。そんな夢物語のような現実が、此処には確かに存在する。 「……すまないが、そろそろ時間だ」 シャルローネの一言で瞼を開けた青年達は、名残惜しさを引き摺りながらもそっと身体を離す。 真珠は遠子の介添えでバグホールへと近付き、その背を友哉がじっと見守っていた。ちらちらと振り返る人魚と、縋り付きたい気持ちを抑えながら堪える青年。 二人の姿を見つめる行方は、この物語の行く末をしかと見届けるべく佇んでいる。那由他もまた、ただ無言で最後のひとときを見送っていた。 誰もが言葉少なに成り行きを見送る中、バグホールを前に振り返った人魚は満面の笑みを浮かべて唇を開く。 友哉は何かに気付いたようだが、唇を噛んで口を噤んだ。 そして、すっと吸い込まれるかのように、人魚の姿は異世界の歪みの中へと消えていった。不意にぽたりと床に落ちた水滴はすべての終わりを告げるかのように、すかさずバグホールを捉えた那由他と遠子の力によって、その道はあっという間に閉ざされた。 ●泡沫に消ゆ その最後の姿を見つめていたルアが、はっと息を飲み、零れ落ちそうになる涙を必死に堪える。 彼女が泣かなかったのだから、自分が泣くわけにはいかない。強く握った掌は涙を抑えるための力でもあったが、悲しい運命を目の当たりにした彼女の新たな決意の形でもあった。 昏い果ての渦、異世界へと続く路へと身を滑らせた人魚は、この世界から完全に存在を消した。 後に残ったのは妙な静けさと、割れたアクアリウムの残骸だけ。まるで彼女が其処に居た証すら、消え去ってしまったかのように錯覚してしまう。 「そっか、ぜんぶ夢だったんだよな……」 忘れた方が良いのかな、茫然としていた友哉がふと呟きを落とす。だが、真っ直ぐに彼を見据えた永は首を振った。 「いいえ、夢のようでも現実です。彼女が確かに此処に居た証も、此処に」 そういって永が拾い上げたのは、きらきらと七色に輝く小さな鱗の欠片。青年の手の中へと握らされたそれは、外から射し込む光を反射して不思議な色を映し出していた。 元気を出してなんてことは言えないけれど、真歩路は自分の裡に残る思いを彼へと告げる。 「そんなことを言わないで、どうか真珠さんの事を覚えていてあげて」 それは夢としてすべてを忘れる事より辛く、残酷なことかもしれない。それでも彼に覚えて欲しかったのだ。真珠が消える前、最後にたったひとつだけ遺していった言葉のことを。 ――あいしてる。 それは唇の動きをなぞるだけの、音のない言の葉だった。 しかし、確かにその言葉は彼女の想いであり、紛れもない真珠の『聲』のはずだ。 「……そう聴こえたのは、僕だけじゃなかったのか」 「もちろん、あたし達にも聴こえていたわ。しっかりと、ね」 真歩路がせいいっぱい微笑んでみせると、友哉は堰を切ったように泣き崩れた。その一言は言葉にすれば陳腐かもしれない。だが、彼にとってそれは、最後に贈られた何よりの想いのカタチだっただろう。 「思い出だけはずっと綺麗なまま、忘れてしまう必要はない」 雷音が告げた言葉は、感傷であり干渉かもしれない。けれど形があることで心が救われるのであれば、とさえ思う。 この永遠の別れは、彼にとってどのような記憶になるのか。それはリベリスタ達には知る由もないことだが、辛い思い出にだけはなって欲しくはない。そう願ったルア達は、滴る雫の音色を暫し聞いていた。 運命的に出会った二人の別離もまた、運命によって引き裂かれる。 (「ああ――運命が、少しでも彼らの味方をしてくれたらよかったのに」) 御伽話が泡沫の彼方へと消えゆく中、雷音は割れた硝子を見下ろした後、そっと瞳を伏せた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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