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Rainy Ruin Rein

●雨と廃墟と少年と
 頬を伝った雨粒は冷たく、肌の熱を奪い取っていく。
 既に住む人の居なくなった廃墟の中、少年はひび割れた天井から降り注ぐ雨をその身に受けていた。散らばる瓦礫に雨曝しの家具、それらは色を失くした過去の面影を映しているように視え、彼は頭を振る。
「――僕は……。ねぇ、僕は一体……何になってしまったのかな」
 震える声で呟きを落としても、その言葉に答えてくれる者は誰もいない。
 少年は自らの腕を掲げて瓦礫の隙間から覗く雨空に視線を移す。見上げた空模様と共に瞳に映ったのは、化け物のように異形化した己の身体。自分に起こったこの変化が何なのか、それすらわからない。
 けれど――この手と、この力で。少年は母を殺めた。
 躾と云う名を借りた折檻や度を過ぎた束縛。自由など何処にもない空虚の日々。ただ、其処から逃げ出したかっただけだった。しかし少年が解き放った感情は悪意の力となり、この醜い腕と鋭い爪は母の身体を滅茶苦茶に引き裂いたのだ。

 罪を犯した意識から人目を避けて彷徨っていた最中、街外れにぽつんと建っている廃屋敷を見つけられたのは彼にとって好都合だった。身を隠し、独りきりになるにはこの廃屋は絶好の場所に違いない。
「このままずっと、此処に居るくらいだったら……許されるよ、ね」
 朽ちててゆくこの場所のように、自分の身体も果ててしまえば良いと彼は思う。
 静謐に満ちた廃墟の中。少年はひとときの安らぎを得たように感じ、ゆるやかに瞼を閉じた。

 しかし――すべてに見放された少年は、その『運命』にすら抗うことは出来ない。

●拒絶と拘束
 曇天だった空模様はいつしか崩れはじめ、大粒の雨が降り始めた。
 外では未だ雨が降っているのかな、と小さく独り言ちた『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は集まったリベリスタに向き直ると、視得た事件を淡々と語り出す。
「数日後、その廃墟は取り壊されることが決まっていた。そして其処に潜んでいた『彼』は訪れた工事関係者を殺めてしまうの」
 少し先の未来で新たな殺人を犯すのは、中学生ほどの小柄な少年。
 異形化した巨大な右腕を持つ彼は、革醒してもフェイトを得られなかった存在――ノーフェイスだ。たったひとりの家族である母から虐待を受けていたらしき少年は、既にその母を異形の力で殺めてしまっている。
 ただ、不幸な境遇だったのだとしか言い表せない。
 誰にも愛されていなかった少年は運命にすら愛されなかった。言葉にすれば、それだけのこと。
「彼のフェーズは2。今は隠れて怯えているだけでも、いつか手遅れになる」
 否、既に手遅れなのだろう。
 それでも、少年に僅かでもヒトらしい心が残っているうちに。更なる罪でその手を汚させないように――『彼』の生を終わらせて欲しい。それが自分達に出来る唯一のことだと少女は語った。
 そして少女は件の廃墟までの道程や荒れた内部の情報を告げ終わると、ぽつりと呟きを落とす。
「……雨、止むといいのにね」
 降り続く雨は血の色を消してくれるけれど、彼の罪までは洗い流してくれない。
 だからこそ、貴方達の力が必要。瞳で語ったイヴはゆるりとリベリスタ達を見渡すと、現場に向かうその背を静かに見送った。



■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2011年09月20日(火)01:59
こんにちは、犬塚ひなこと申します。
運命に愛されなかった少年の最後の刻を皆様にお預け致します。
どう接し、彼をどのように扱うかは皆様次第。掛ける言葉や心によって、彼の末路は如何様にも変わります。

●ノーフェイス
雨の少年
 名前は不明。右腕が巨大化し、異形のものに変貌しています。
 自身が得た力が何かすら判らず、全てのものに恐怖を覚え、自分以外の人間を見ると排除しようとする傾向にあるようです。(果てたいと願っていても、誰かに殺されそうになれば全力で抵抗します)
 異形化した腕を使った近接攻撃はそれなりに強力。
 我武者羅に戦い、攻撃には『麻痺』や『ノックB』効果が付く事があります。

 戦いは勿論のこと、何か少年への言葉や心情があれば是非どうぞ。
 出来得る限り、リプレイに織り込ませて頂きます。

●戦場など
 街外れにある廃屋敷内のとある一室が戦場。
 リプレイは皆様が廃墟に辿り着いた所から始まります。
 部屋には戦いに十分な広さがありますが、出入りできる扉はひとつだけ。
 少年は気配に敏感になっているので、扉の前に立った時点でリベリスタの存在を感じ取ります。よほど上手くやらない限り、奇襲は難しくなっていますのでご注意を。
 当日は雨が降っており、壊れた天井からは雨粒が滴っています。瓦礫なども散らばっているので、足場には若干の注意が必要です。

 リベリスタ側が敗走、もしくは完全敗北した場合は少年は何処かへ逃げ去ります。
(ただ、戦闘を途中で放棄してまで逃げ出す事はありません)

 それでは、どうぞ宜しくお願い致します。

参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
デュランダル
雪白 桐(BNE000185)
プロアデプト
氷雨・那雪(BNE000463)
ソードミラージュ
紅涙・りりす(BNE001018)
スターサジタリー
桐月院・七海(BNE001250)
ソードミラージュ
ルア・ホワイト(BNE001372)
クロスイージス
レナーテ・イーゲル・廻間(BNE001523)
★MVP
ナイトクリーク
クローチェ・インヴェルノ(BNE002570)
スターサジタリー
雑賀 龍治(BNE002797)


 果てた墟に、雨音が響く。
 雨雫が滴り落ちた音は、廃墟を進む者達の足音と相俟って不思議な音色を奏でていた。
「こんな日の雨は、天が泣いているとでも表現するんでしょうか?」
 崩れた天井から僅かに覗く天涯を見上げ、雪白 桐(BNE000185)は緩やかに瞳を細めた。彼らが前にしているのは、例の少年が身を潜めている部屋の扉。おそらく、既に向こうも此方の気配に気付いているのだろう。『人間失格』紅涙・りりす(BNE001018)は扉に手を掛け、ひといきに部屋へと踏み込んだ。
「……あなた達は、誰?」
 刹那、怯えた瞳がリベリスタ達を捉える。
 瞬間的に桐が身構えるが、震える腕を押さえた少年――ノーフェイスである彼が奇襲を仕掛けて来ることはなかった。ただ、知らぬ相手である此方を淀みきった双眸で見つめるだけ。
 暫し視線が交差する間。決めていた突入の陣形を崩さぬよう、影の力を纏った『罪人狩り』クローチェ・インヴェルノ(BNE002570)達が仲間の後に続いて部屋へと足を踏み入れた。キィ、と扉の閉まった音が部屋の中に響き、『錆びた銃』雑賀 龍治(BNE002797)は、少年から投げ掛けられた問いに答える。
「強いて言うならば、お前の存在を屠りに来た者だ」
 リベリスタ、とは名乗らなかった。喩えその単語を紡いだとしても少年には判るまい。
 龍治自身、現状を取り繕う言葉を投げ掛ける心算はなかった。今の自分達に出来るのはただ、ここで全てを終わらせてやる事だけ。ゆえに慈悲も容赦も無く、リベリスタ達は静かに其々の得物を構えた。
「出来る事ならこんな事はしたくないけれど……あなたが更なる過ちを犯す前に、止める」
 護りの守護を身に纏わせ、『通りすがりの女子大生』レナーテ・イーゲル・廻間(BNE001523)は告げる。
 其処で少年も、リベリスタ達が母殺しの罪を知っていると気付いたのだろう。絶望に染まった表情を引き攣らせ、少年もまた右腕を構えてレナーテ達を見据えた。それが戦いの合図となり、仲間達は僅かに視線を交わして頷き合う。
 ――殺さなければ、殺される。
 そう感じたであろう少年は恐怖の最中、全力防御の構えを取るりりすへと右腕を振り下ろした。一撃は相当なものであり、様子見を兼ねていたりりすの表情が僅かに曇った。手を抜いて勝てる相手などではない事実を、本能が感じ取っている。
 己と同じ、異形の右腕。半獣である『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)は、彼の出で立ちに共感を覚えていた。
「少年、君の考えを完璧には理解できないが気持ちは解るつもりだ」
 自分も家族には忌み嫌われていたから。七海は静かに自分の過去と境遇を語ると、弓を握る掌に力を籠めて神経を研ぎ澄ましてゆく。『微睡みの眠り姫』氷雨・那雪(BNE000463)も、自分の眼鏡を指先で上げ、集中を重ねて己の領域を高めた。
「……犠牲者を出すわけにはいかない。目的を、忘れるな」
 微かに呟かれた那雪の言葉は、自分に言い聞かせるためのもの。いつかはこんな時が来るとは思っていた。けれど、いざノーフェイスを目の前にすると苦しさで動悸が止まらない。
 戦いが次第に激化してゆく中、『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)は過去を思い返していた。殺意の篭った少年の瞳が昔の出来事と重なっている気がして、その記憶が奥底で呼び覚まされる。身体の芯から震えが止まらないような感覚が身を支配するが、ルアは決して少年から目を逸らすまいと決めた。
「恐くないよ……大丈夫」
 少年へと言葉が掛けられるが、それは雨音に掻き消された。それでも、と自分なりの決意を密かに固め、前へと駆けたルアは掌の中の短剣をしかと握り締めた。
 降り続く雨が未だ止む気配は無い。
 冷たい雫が肌を打つ中、リベリスタ達は其々に渦巻く想いを抱き、戦いに身を投じてゆく。


「だって仕方なかったんだ! 母さんが僕を……僕は、僕は――!」
 半ば錯乱した少年は、我武者羅に自らの腕を振るい上げた。重い一撃は前衛として果敢に立ち向かう桐の身体を抉らんとする。
 不幸な境遇の少年は一歩を踏み出したのか、それとも踏み外したのか。もし、もっと前に踏み出していたならば、何かが変わっていたのだろうか。そんな思いが桐の頭に過ぎるが、全てもしもの仮定でしかない。目の前の現実ごと、振るわれた一撃受け止めた桐は、お返しとばかりにメガクラッシュを放った。
 同時にりりすも幻惑の力を武器に纏わせ、鋭い一撃を打ち据える。
「怖いかね? 自分が、そして他人が」
 掛けた言葉は己に向けているようなもの。
 どんなに余裕ぶったところで、何時も自分は不安を抱えている。何時も、何時でも、何時だって逃げて生きてきたのだと、りりすは己を評価する。――そう、目の前の少年のように。
 意味の無い言葉を叫びながら、雨と共に攻撃を受ける標的。ライフル越しにその姿を見据えた龍治は、狙いを定めて魔力の弾を解き放つ。
 彼がレインコートのフード合間から見渡した“戦場”は実に滑稽にも映る。
 一対多、それも大人達が子供を甚振るかのような、そんな光景。心が痛まぬわけではないが、これもリベリスタの使命。
 レナーテも同様に現状を察したのだろう。頭を振りながらも、己のやるべき事をしかと見据えた彼女は、全身に力を漲らせた。
「……自由が欲しければ戦いなさい。それが今のあなたの境遇」
 闘う事を促すような言葉を掛け、撃ち放った一撃が少年の身体を揺らがせる。見る間に赤黒い血液が散るが、それすら雨がすぐさま洗い流してゆく。赤に淀んだ床を踏み締め、転倒しまいと足場を踏み締めた敵は、未だ絶望の殺意を此方に向けていた。
「嫌だ、殺されたくなんて、ない。……僕はただ、静かに果てたいんだ」
「死にたいが、自分で死ぬ気は無く、他人に殺されるのも嫌、か」
 ヒトとしての存在から離れていっても、その感情は実に人間らしい。
 少年が呟いた言葉を聞き、龍治は思いを言葉にする。運命は皮肉で、時に容赦がない。その上に誰からも愛されなかった少年は哀れとしか言いようがなかった。
 もし運命に愛されなかったら、私も同じ末路を辿っていたのかもしれない。クローチェは胸を衝く思いを振り払い、愚者の聖釘を掲げて前を見据えた。彼女の放つ破滅の黒は連なる瓦礫を飛び越え、敵である少年の頭を貫く。
 ――全ては任務の為。
 非情だとしても、誰も攻撃の手を休める事はしなかった。
 しかし、ただ独り、ルアだけは決して少年を傷付ける行為を行っていない。腕を振り上げる敵の前へと歩み寄り、ふわりと微笑む少女。防御用短剣を持ってはいても、彼女がそれを使う気配は全く無かった。
「自分を見失わないで。ちゃんと貴方は、ここに存在しているわ」
 ゆるく巻かれた髪も、既に雨に濡れてへたりこんでいる。それでもルアの姿が可憐に映るのは、その優しい心が現れているからなのだろうか。――だが、抱き締めるように両手を広げた少女の身は異形の腕によって振り払われる。声にならぬ悲鳴が上がり、ルアは部屋の後方に容赦なく吹き飛ばされた。
「攻撃を行わず……何、を……。大丈夫か?」
 咄嗟に那雪が、大量の血を流す彼女を受け止めて支える。
 荒く息を吐いたルアは力尽きそうになる意識を何とか保ち、運命を引き寄せることで立ち上がる。無茶よ、と気遣う那雪の言葉に首を振り、ルアは再び少年の元へと駆け出した。きっと彼女は何度も同じように歩み寄り、優しい言葉を掛けようと奮闘するのだろう。
 本当は誰もがそうしたかった。誰しも、少年を自ら傷付けたいなど思っていない。
 けれど――此処で戦いを放棄したならば、それは此方の劣勢にも繋がる。
「駄目、です。自分達が出来るのは、ただ手加減をしないことだけなのです」
 七海は、少年がすぐにでも運命を掴んでくれないかと祈りながら、魔弾で敵の身を射抜く。
 純粋な優しさで全てが片付くほど、この世界は甘くも優しくも無い。
 だからこそ、非情になるべき時も必要だ。己の思いを押し殺し、ゆるく唇を噛み締めた那雪は気糸を少年へと放ち、罠を展開させた。
「少し、大人しくしていて貰おう」
 その一撃は見事に敵の身を絡め取り、其処に幾許かの隙が生まれる。
 辛くても苦しくても覚悟を決めたのだ。少年にこれ以上の罪を重ねさせないこと。それが、彼女達が願うただひとつの思いだった。


 動きの止まった少年へと狙いを定め、クローチェは淡々と言の葉を紡ぐ。
「伴う苦痛は犯した罪に因るものよ。貴方を救う術は唯ひとつ……」
 ――人の心のまま、その生を終わらせる事。
 軽やかなステップと共に繰り出される斬撃は動けぬ少年の身を裂き、小柄な身体に大きな傷を刻んでゆく。始終、無表情を貫いていたクローチェだが、その心の奥には言い表せぬ感情が淀んでいた。
 仲間と攻撃の機を合わせ、りりすが幻影剣を使って攻撃を重ねる。
 其処に加わった桐とりりすの視線がふと交差し、ふたりは激しい戦いの中で小さな笑みを交わした。それは厳しい戦いの中に入り混じる緊張を和らげるための小さな遣り取りにもなり、りりす達は更なる一撃を叩き込まんとして果敢に立ち向かっていく。
「けれど、虐待していた母を殺した事を悔いるなんて優しいですね、怨んでもおかしくないですのに。でも、もう少し早く動いていたらなにか変っていたかもですよ?」
 巨大剣を振るった桐が不意に零した言葉は、少年の過去を思っての事。ただ、その言葉選びが悪かった。事実を形容しただけの物言いも、不安定な心にはかなりの衝撃を与えるのだ。
 その瞬間、己を縛る力に抗う少年が目を見開き、掛かっていた麻痺を振り解いた。
「踏み出すって何をだよ!? 結局、僕は……虐げられる存在でしかないんじゃないか!」
 悲痛に満ちた叫びと同時、少年の表情に影が落ちる。
 リベリスタ達の掛けた言葉の端々には、僅かに少年を気遣う心が垣間見えた。だが、その彼らは物理的に自分を痛めて付けて来る。もう、彼に信じられるものは何もなかった。
 駆けたルアは手を伸ばし、溢れ出る涙すら抑えずに少年へと叫んだ。
「待って、違うの! 私はあなたを傷付けたくない。あなたは――!」
 未だ人間でしょう、と。
 紡ぎ掛けた言葉の最中、異形の腕がルアの腹を思いきり殴り付けた。
 かは、と少女の口元からおびただしい血が溢れ、緑の髪が赤に染まる。無抵抗で、それでいて慈愛を差し伸べても、ルアの言葉は少年に届くことはなかった。せめて、彼が世界においてどのような状態に在るのか。それを説く事が出来れば、少年はこの少女だけは拒絶しなかったかもしれない。
 びくん、と痙攣するルアは未だ力尽きては居なかったが、その身体は麻痺に侵されている。
 これ以上は拙い、とレナーテが咄嗟に掌をかざす。
 仲間の麻痺を払うべく邪気を退ける光を解き放った彼女は、はっとして顔を上げた。その視線の先では、ルアを殺したと思い込んだ少年が狂った笑いを響かせはじめていたのだ。
「あははっ、あはははは! 全部、母さんの時と同じだ。優しい言葉を吐いてもどうせ殴るんでしょ? ……あんた達も全員殺さなきゃ。そうしなければ僕が殺されるんだからさぁ!」
「……本当は、ちゃんと助けてあげられたら良かった」
 レナーテは唇を噛み締めると、「ごめんね」と免罪符のように謝罪を口にした。けれど、こうなってしまった以上は下手な容赦など要らない。強く掌を握り締めた彼女は、空虚に嗤い続ける少年をしかと瞳に映した。
 雨は強く、強く、振り続ける。
 不安定な心の狭間に居た少年、その狂乱は見ていられぬほど。
 龍治は足元を踏み締め、無茶苦茶に暴れ始めた少年に照準を定める。ヒトがケモノに変わる瞬間。自分達は今、その場面に直面している。先程まで人間らしい心を持ち、葛藤を抱いていた彼は理性すら捨て去ってしまった。心を研ぎ澄ませて冷静を保った龍治は、先程まで少年だったモノへと銃弾を撃ち込んでいく。
 魔力の弾に身を抉られ、少年は荒く息を吐く。
「キミが人の心を失う様を、見たい訳ではなかったのに」
 那雪は敵の腕を狙い打つべく集中し、ひといきに力を解き放った。怯えていた少年を見るのも辛かったが、変わってしまった彼を見るのは更に胸が締め付けられる。
 束縛されていた少年。其処に込められていたのは行き過ぎた愛情なのか、それとも憎悪なのか。もう、その心すら窺い知ることは出来ない。
 彼に共感できたはずだった。
 そして、解ってやりたいと思っていたはずだった。
 だが、七海は緩く首を振る。人であることを止めた相手に捧げる事が出来るのは、ただ静謐な死への道筋のみ。下ろした前髪の奥に沈んだ瞳の奥、意志と共に放った七海の矢は異形の腕を何度も射抜いた。
 そして少年は次々と重ねられるリベリスタ達の攻撃に体勢を崩し、よろめきながら瓦礫に手を付く。その頬を伝う雨粒は、まるで彼の流す涙のようにも見えた。


「あーあ、僕みたいに人ですら無くなっちゃった?」
 表面上は軽く、しかし心の奥底では複雑な思いを抱き、りりすは幾度目かの攻撃を放つ。
 一度は仲間の体力を削られはしたが、言うなればこの状況は最初から多勢に無勢だ。既に虫の息の少年を倒すのも、後は時間の問題となっていた。
「いやだ、違う! 僕が望んだのは、こんな死に方じゃないよォ……!」
 うわ言のように呟き、此方に助けを求めるように視線を向けた少年を見遣り、龍治は溜息を吐く。
「慰めなら他の者に求めるといい」
 ただ、此処には任務を遂げるべく訪れたのだから。優しい言葉を持ち合わせていない龍治は、自分は彼を更に傷付ける事しか出来ないと感じていた。撃ち放った弾丸は少年に最期を与えるべく――衝撃で飛び散る血と肉片が色褪せた廃墟を赤に彩っていく。
 七海も亦、己の手の中で生み出した魔弾を懸命に撃ち出した。
 少年の心を受け止めるには距離が足りず、結局はその名前を問う事すら出来なかった。彼と七海の心の距離は近いようでいて、離れ過ぎていたのだろう。其処にはきっと、運命を引き寄せられず、得られなかったという壁が立ち塞がっている。
 息も絶え絶えに喘ぐ少年を見据え、那雪はそっと瞳を細めた。己の放つ攻撃が彼の最期になると確信し、深い想いを込めて彼女は手向けの言葉を口にする。
「キミの事は忘れない、絶対に。……だから、もう休め。永久の楽園で」
 空気を裂く気糸が銀の煌めきを映し、瞬時に少年の右腕を捉えた。斬撃は鋭利な一撃となり、異形の腕を小柄なその身体から切り離した。

 ごとり、と重い音が響き、腕を失った少年の身が真赤に染まる。
 もう痛みすら感じぬ領域まで来ていたのか、血が溢れ出て止まらぬ傷口を抑え、少年はぼんやりと虚空を見上げた。
「僕、は……要らない子、だったの? ねぇ、母さ――」
 最期の最後。少年は母を呼び、均衡を崩して膝を床に付く。
 そんな中、残る力を振り絞ったルアが立ち上がる。最後だからこそ、彼に温もりを。他の誰からも貰えなかったのなら、雨で冷たくなった少年の身体を自分が暖めてあげたいと思った。
「貴方に降り注ぐ雫は、冷たい雨じゃなくて……」
 しかし、その手は最後まで届かなかった。朦朧とした意識下では少年の掌を掴む事が出来ず、ルアは転倒してしまった。
 だが、少年が完全に倒れる瞬間――歩み寄ったクローチェが、代わりにその身体を抱き留めた。
「……何故だか分からないけど、こうしたいって思ったから。……ごめん、ね」
 死に逝くならば一時でも安寧を、と願いを込めて。彼女は、既に物言わぬ亡骸となった彼の身体を強く抱いた。そして冷たい雨とは違う熱い雫が、クローチェの頬を伝い落ちてゆく。
 何からも愛されず、果てた彼には救いすら無かったのか。
 せめて弔いはしかと行おうと心に決め、レナーテはボロボロになった少年の身体にそっと触れた。この死は彼にとっての救済になったのだろうか。彼を最期へと導いた今、そう思うのは自己満足でしかないのかもしれない。
「“世界の為”なんて免罪符で、私達のした事も人殺しですけどね」
 桐の落とした呟きが、雨音に交じって消える。
 誰もそれを否定はせず、その後に言葉を紡ごうとはしなかった。残ったのは雫が奏でる虚ろな音色と、其々の悲痛な心の痛み。そして――ひとりの少年の、哀れな亡骸だけ。

 見上げた空は未だ昏いまま。
 廃墟に降り続く雨は、いつまでも止みそうになかった。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 雨の廃墟で朽ちた少年のおはなしは、これで終わりです。
 皆様の行動や心情、実際の行動を折り見て、このような結果となりました。最期まで自分は独りだと思って彼は逝きましたが、本当は皆様から向けられていた想いも確かに其処にあったのです。
 けれど、彼は結局最後までそれに気付くことが出来なかった。悲しくも、そんな末路でした。

 ご参加頂き、どうもありがとうございました。