● クルクルと踊る。踊っている。 人の居ない廃墟の劇場。何も動かない世界にて。動くはずもないスポットライトがソレを照らす。 ソレは、強いて言うならば、道化師だった。 ただし、たった一枚の紙で出来た。 顔の部分は真白の紙。目元、口元や鼻で在ろう部分には朱が塗られており、胴体は様々な原色を塗った派手な成り立ち、下半身はこれまた、様々な色でのまだら模様が施されている。 クラウン。芸と芸の間を埋めるおどけ者。例えその形を擬えた紙一枚であろうと、ソレがこの劇場にいると言うこと。 理由など、きっと聞くまでもない。ソレは待っているのだ。次の舞台の開幕を。 自らが役目を終える、その時を。 ● 「対象はエリューション。フェーズは2です。その発生原因が何なのかは解りませんが、このまま放置しておくことは私たちには出来ません」 討伐してください。そう語るのは、『運命オペレータ』天原・和泉(nBNE000018)。 いつぞやの『花』に纏わる事件以降、臨んだリベリスタ達の言葉もあって幾らか落ち着きを取り戻した彼女の瞳に迷いはない。 映像を見せ、資料を片手に解説するフォーチュナに対し、リベリスタらも是非もないとばかりに力強く頷いた。 「対象のステータスについては、それほど高くはありません。寧ろ低いと言って良いと思います、が……その分、一つ一つの能力がとにかく高い性能の上、多彩な傾向にあります。……そして、その発動条件も」 「条件?」 訝しげに問うリベリスタ、それに頷くフォーチュナ。 「停滞、膠着、未来の見えた現在――。そのような『留まった状態』に対して、このエリューションは特に能力を積極的に発動させる傾向にあります。 当然、それに抗する対象の主たる能力は、変異や転移、反転と言ったものが殆ど。それに唯一外れる能力は――一定時間経過後の、『次幕』が開かれる際の能力だけです」 『幕間』に位置するエリューションが退場し、本命が現れる。 ソレが何を意味するかは、リベリスタには聞くまでもないこと。 「難しい敵ではあります。けれど同時に、私は皆さんがこの依頼を解決してくれると信じています」 すっと頭を下げる和泉。鈴のように透き通った声は、彼女に視線を向けるリベリスタらにしっかりと届いた。 「御武運を、お祈りしています」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年10月12日(水)22:40 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 踊る踊る、踊り踊って踊り続ける。 他に能はないのかと言われかねぬほどの延々とした演舞。繰々と緩慢な動きを続けるは彼らの敵、名をハリボテクラウンと名付けられた不可解な崩界者。 「道化のエリューションですか。戦場もちょうどサーカスの舞台ような戦場ですね」 淡々とした口調でそれを見やるは『デモンスリンガー』劉・星龍(BNE002481)。 紫煙の香りを漂わせる黒服の彼が瞳をすがめた先にいるソレに対し、映す感情とは何であろうか。 既に救済者たちは彼のエリューションと相対すべく、戦場に立っていた。向かう数は八つ。傍目にみれば暴力的とすら思える数の差。 しかし、それとて勝敗の率は及ぶか及ばざるかの拮抗を往く。 『Dr.Faker』オーウェン・ロザイク(BNE000638)の皮肉げな笑みに浮かぶ、僅かな感情――緊迫感にも似たそれが証明であることは誰にも解ることであろう。 異能を介してまで集中力を高めた瞳は眼前に在る道化を見据えて離さず、その在り様を底の底までさらけ出そうという意志は正しく分析者としての姿をまざまざと見せつけている。 「ふむ、『道化』が『本命』登場まで場繋ぎするというのでしょうか? よろしい、『本命』とやらが登場する暇を与えず、『道化』には退場していただきましょう」 「止まると強制的に動かされるというなら……こちらから動いてやるだけ。 幕など……開かせない。……私が焼き尽くす」 『無何有』ジョン・ドー(BNE002836)と『消えない火』鳳 朱子(BNE000136)の言葉は、意志は、守護の一恃だ。 場つなぎの道化がやがて呼ぶという『本命』――幕開けの時を決して訪れはさせぬと言う彼女の声は静かな炎を纏うかのよう。 ドーの言葉も、彼女の想いとは違う形で居ながら、目指すところは同じである。慇懃丁寧な執事服の男が幻想纏いを構えるその姿は、まるで映画か小説のワンシーンにも似た、浮世離れする一図に思える。 「うむ。我儘でめんどい敵じゃが、メンバーを引きずって帰るのはもっとしんどいんでとっとと治させてもらうがのう」 強い意志と力がある。それを行使せんという想いがある。 だからこそ、それを守るための、癒すための力が彼らの傍にあるのは道理であろう。 メアリ・ラングストン(BNE000075)。他を癒すがための力を振るう事に喜びを抱く彼女の表情は、嘆息に混じり笑みが口の端に浮かんでいた。 「厄介な能力を持ってはいますが……僕は前衛としてその力を活かすのみです」 浅倉 貴志(BNE002656)が呟いた言葉が、静かに彼自身へと浸透する。 自らを礎とするべく立つ彼の姿は、それ故に堅固で在り、侵さざる強さをその身にはらんでいる。 端を切るは何者か。未だ踊る紙細工は既に彼らに気づき、それでも舞踏を止めはしない。 ――開幕の合図を鳴らせ。剣戟、銃声、声一つすらそれらに中る。 声なき声を呼びかけるエリューションに、ならば応えんと得物を『呼ぶ』リベリスタ。 「……厄介ごとは、未然に防がないといけませんよね」 平静を感じさせる……それで居ながら、僅かに覗いた片眼に強固な決意を見せた『悪夢<不幸な現実>』稲野辺 雪(BNE002906)の言葉がクリアに響き、リベリスタらはそれを胸中で肯定した。 時は来たり、準備は整う。 幕間が、始まる。 ● 最初手に動いたのは貴志。怜悧な眼光を以て道化に相対せんとする彼が手甲を構え、万変たる水の流れをその身に写す。 「――」 応えはない。応えはない。 道化がくるんと手を振った。振った手に応じて地面から現れたのは、道化同様紙細工の曲馬。 一体、また一体と出でる曲馬。質がどれほど劣っていようと、範囲攻撃に脆い、老朽化したこの戦場では一度に滅ぼすことも出来ず、手数を消費されることは想像するまでもない。 予想よりも些か多い配下の数に舌を打ちながら、朱子はその一体を炎と紅刃で叩き飛ばす。 基礎能力が低いと判じられた敵ではあるものの、それに応じた能力の多彩さはエリューションの不利を埋め立てている。 射線上で暴れ回る二体の馬の垣を縫う小鳥遊・茉莉(BNE002647)が放つ四光の魔弾がそれを捉えるも、確実な命中と呼ぶには些か足りぬ精度に、紙細工は僅か痛んだ程度にしかならず。 (纏めて焼き尽くせれば多少は楽なんですが……) 戦場となる建物の耐久性がそれを許さない。 歯がみする彼女を小馬鹿にするかのように、道化は見せつけるかのような踊りを曲馬とともに舞っていた。 それを砕くべく、雪が、星龍が、それぞれ道化と曲馬を攻め立てるが、分散した対象に戦力が集中していない以上、その体勢を揺るがすには未だ足りない。 対し、エリューションの能力はそれなりの功を奏している。 「――――――っ!!」 何の予備動作一つもない。 突然、光が爆ぜ、音が爆ぜ、衝撃が爆ぜ、彼らが爆ぜる。 音と光の炸裂。接近した者達に襲いかかる幾重もの呪縛と痛みに、パーティの足並みが僅かに乱れた。 「未だ、倒れるには早いじゃろう?」 笑うメアリの唄が彼らを癒すにしても、状態異常を克服できない分、彼らの動きを調えきることはできない。 が、 「さて、脇役は退いて貰おうか」 それを見たオーウェンの行動は迅速である。 一発程度ならと覚悟を決めた思考の奔流を、不可視の圧力に変えて流し込む。吹き飛ばされたそれらは千々となって分散し、リベリスタらに新たな機を与えた。 「長々と同じモノばかりを見るのも飽きが来ますね……!」 神気閃光。意志を光に変えたドーの範囲攻撃を受け、曲馬達が消滅する。 みしみしと鳴る建物の音が、彼らの焦りに拍車をかけてくる。 超直感などで常に建物の耐久性を予測すると言っても、そうした事に専じた能力でもない以上、彼らがそれを完全に見極められることは難しく、だからこそ範囲攻撃はそうおいそれと打つモノではない。 それが「本当に必要なとき」を予め決めていなかった彼らの失点は少なくなかった。 だが、しかし。 「撃たせは、しない……!」 それを含めても、個々の行動は鮮やかなものである。 変化を基点とする能力を阻止するために、常に流動する動きを以て後方への攻撃を阻もうとする朱子。 道化の能力発動を牽制、或いは拘束し続け、仲間への攻撃チャンスを出そうとするオーウェンとドー。 発動した能力に対する対処を講じて動く貴志の行動は見事に功を奏し、残る星龍達の集中攻撃は確かに敵を削り、放たれた攻撃もメアリが即座に治療する。 じりじりとした展開ではありながらも、戦況は確実にリベリスタの側へと傾いているのだ。 ――だが、リベリスタらの表情に一切の理由はない。 その理由は、 「時間が、かかりすぎる……!」 雪の言葉が、如実に表している。 彼らの焦燥を気にもとめず、道化は笑い、笑う。 幕間は、確実に終息へ向かっていた。 ● 些かの甘さがあった、と言えば彼らは否定しないであろうか。 「く……っ!」 交戦は未だ続いている。 幾度目かの攻撃、一時的に象られた武器を受ける彼女の身は痛んでいた。 否。彼女ばかりではない。後方にいる星龍や茉莉ら、状況に応じて前衛、後衛を切り替える雪も、皆々が傷ついている。 敵の能力は強力とは言わない。代わりに、予想以上に厄介である。 範囲、複数に対する状態異常、前後衛のシャッフルによる攻勢の乱れ、曲馬による盾の作成、そして魅了能力による戦場の攪乱。 敵は正しく『場繋ぎ』を主とするエリューションであった。能力の行使を妨害、或いはカバーする者が居てこそある程度の拮抗を保てているが、それとて確実に防ぎきることはやはり難しい。 「全く、趣味の悪い化粧をされよって……!」 後方に立つメアリが傷ついた仲間達を治療しつつも、道化の化粧によって魅了されたドーの重弩矢が自身を貫く感触に苦悶を漏らす。 自身を治そうとするも、そうは状況が許さない。 とりわけ体力に秀でていない茉莉や雪は既に運命すら消費している。現状でこれほど態勢を掻き回されている以上、一人が倒れることはかなりの痛手となることをメアリは理解していた。 敗北は近しい。しかし、それと同じくらいに勝利も近しい。 リベリスタらに出来ることは、唯、敵を攻め続けるだけであった。 「これ以上、好き勝手はさせませんよ……!」 貴志の業炎が、紙の道化を叩いた。 じりじりと焼き焦げるその姿は、もはや戦闘開始時の姿以上に醜く、ひしゃげ、破れている。 それでも倒れない。倒せない。 「ったくよぅ……!最後まで足掻いて見せるぜ!!」 「早々と倒して勝利の美酒でも飲みたいところですが……」 白の無頼が、黒の銃士がそれぞれ異能の弾丸を撃ち放つ。 (あと少しで……!) 傷んだ敵の姿に勝機を抱く朱子が、更なる剣戟を響かせる。 受けた道化の腕がはじけ飛んだ。道化はそれにバランスを崩したかのように、ふらふらと精彩の欠いた踊りを続ける。 しかし、それを喜ぶ暇もなく、戦場には幾つもの武器が浮遊していて。 「……!」 最後の魔術を織りなそうとしていた茉莉が、絶息した。 傾いだ体を受け止める者は居ない。彼女の想いに応えるべくは、唯の優しさではなく、勝利という一つの事実のみであると誰もが理解していたから。 「……いい加減、その不出来な踊りも見飽きた」 端を発したのは、オーウェンの一言。 その言葉に、誰もが小さく頷いた。 曲馬は散り、施された化粧も何時しか剥げ落ち、もはや道化はその身を以て一芸を成すのみ。 皆が、疾った。 死の爆弾が噴煙を起こし、散弾に紛れた飯綱がその身を次々と穿ち、断つ。 そうして振り下ろされる朱子の気剣を避けようとしたエリューションに、しかし、ドーの気糸が、オーウェンの体技がそれを許さない。 上段からの振り下ろし、両断すべく成された一撃は的確にそれを切り裂く。 それに吹き飛ばされた道化が、ゆらりとふらつき、地に倒れ伏す。 ――幕間が、幕間のままで閉じる。 それを確信した彼らが自身らの勝利を理解したのは、紙細工の道化が塵となって消え去った、少し後のこと。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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