●それはまるで夢のような お母さんごめんなさい。 お父さんごめんなさい。 塾にいきたくないなんて駄々こねてごめんなさい。 宿題しなくてごめんなさい。 もう間に合いませんごめんなさい。 塾のテストのこと嘘ついてごめんなさい。 悪い点とったんですごめんなさい。 ごめんなさいごめんなさい。 これからはもっといい子になります。 だから助けて、くるしいよ、誰か! 「にゃあん」 ●可愛い顔して凶悪なやつ 「『真綿で首を絞めるように』とか、言うよね。じわじわやるの」 その『やる』はつまり――との空気に頷き、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)がテーブルの下に手をやった。 「そんな危険なアザーバイドを退治してほしいの」 感情の読み取りづらい顔、珍しく眉を潜めて取り出したるはもこもこふかふかの茶トラ猫のぬいぐるみだ。 絶妙な表情が彼女の持ち歩く兎と系統を同じくしている以外は作りもとてもよく、思わず触れてみたくなるような可愛らしさを備えている。 けれど彼女がわざわざこれを持込み、リベリスタ達に見せたということは依頼に関係があるのだろうか。 「『こういう猫ちゃんを保護する依頼』ですか?」 「まさか。『こういう猫ちゃんを倒す依頼』だよ」 「えっ」 「もうでてきたD・ホールがどこかわからないし、能力もかなり危険だから倒すほかないの」 一気に注目の的となったぬいぐるみの耳をむにむに伸ばしながらイヴは続ける。 「その猫、仮に『雲猫』とするけどね……雲猫は人間を食べる。可愛い外見で警戒心をなくして」 「それは確かに危険ですね」 「しかも食べ方がかなりエグい。言ったでしょう、『じわじわやる』んだって」 「え、生きながらとか?」 「同じくらい辛いかも。――召喚したもこもこな物体たちで対象を圧死させるのよ」 想像してみて欲しい。 貴方は気分がブルーな中、捨てられた(ようにみえる)子猫を見つけて思わず連れて帰る。 最初は単純に可愛らしいから、思わず夢中になって構ってしまうはずだ―― その間に、部屋の中になんだかふわもこな物体達が増えている事にも気づかずに。 我にかえった頃にはもう遅く、出入口はとうに塞がれ身動きもろくに取れない状態だ。 しかも焦る間にもふわもこは制限なく増え続け、じわじわ、じわじわと…… 「ももももういいですやめてくださいー!」 「そして圧死してぐにゃぐにゃになった獲物をずるんって食べる」 「ぎゃー!」 なんという凶悪さであろうか。説明を受けてからというもののイヴが手にするぬいぐるみに対する視線は温度を変えている。 「加えて狡猾な事に、……さっきも軽く口にしたけど……この猫『死にたい』って感情を敏感に察知してね。そういう人の前にしか現れない。だからある日突然誰かが『消息を絶って』も前兆や理由があるから不自然に思われにくい」 「うわあ」 「更に更に、運の悪いことに丁度皆が向かう頃一人の女の子が雲猫に捕まってるの。体勢自体は逆だけど」 耳をいじるのに飽きたのか、肩やら胸のあたりをふかふかしながら語るイヴ。 「場所は小学校の体育館。もうかなりぎっしり詰まってて危ないけど、一度ドアを開けてしまえばとりあえず女の子が圧死することだけはなくなるからそれだけは急いでやって」 「そうしたらふわもこの中から猫を探しだして倒せばいいんですね。対象の強さは?」 「全然強くない。ただ、一定距離近づくと、悩殺ポーズとかか弱い子猫の表情で操ろうと試みてくる」 「どこまで性悪! 目を背ければ――」 「無駄。脳内にイメージ投射もできる」 「ひぎぃ」 無茶苦茶であるがそれが別世界の住人アザーバイド。 「あふれかえってるふわもこ達は様々な動物の形をしている。でも中身も生命もない、それこそ只の綿とか、ぬいぐるみのようなもの。手で掴んで投げれば無抵抗でどっか飛んでいって消える。 ひたすら柔らかいから衝撃を吸収しちゃって切ったりするのは難しいけど……まあ、できなくはないかな。でも、女の子も猫も体育館のどこにいるかわからないから、場所が解ったり確実に姿を捉えるまでは手作業のほうがいいかも。あまり大技を放つのもお勧めしない」 つまり、今回の依頼要約。 ふわもこ動物たちの海に突入し波をかき分けちぎっては投げ埋もれた対象を探しだし猫を倒して女の子保護! 「……頑張ってきます……」 「うん、頑張ってね」 軽く頭を下げるイヴに見送られ、一様に喜べない複雑な心境を抱えながら立ち上がるリベリスタ達。 背には、ぬいぐるみを口元に寄せ、両手を広げさせて放たれるかの少女の裏声―― 「『イッテラッシャイ!』」 暑さも和らぎ始めた、曇り空晴れきらぬ夕方頃のことであった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:忠臣 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年09月09日(金)22:32 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●ふわふわもこもこ 気を巡らせること僅かに一拍、『不機嫌な振り子時計』柚木 キリエ(BNE002649) は顔を上げる。 涙混じりに呼ぶ声が聞こえた気がしたのだ。 実際に声が聞こえたわけではない。けれど思わず錯覚するほどに強く伝わってくる、怯えと焦燥だった。 夏休みの早朝、ラジオ体操の時間も過ぎ、人々が朝食を摂りに自宅へ戻っている頃――小学校の片隅の体育館には部外者が六名ほど。 依頼を受けやってきたアークのリベリスタ達である。 万華鏡によりもたらされた事前情報によれば扉を開けるまで事は一刻を争う。 しかし例えそうでなくとも別世界の住人を、しかも人を食うような性質のものを、なんの知識も力もない一般人と一緒にしておく時間は短い方が良いに決まっていた。 だから、リベリスタ達は各々でできる事を、状況開始時点から初めていたのである。 鍵のしまっている頑丈な扉を無視し、二階の窓を壊して侵入するのもその『できる事』の一つだ。 「わお、本当にふわもこしてるわ」 純白の羽をはためかせ、一番に乗り込んだ『Krylʹya angela』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203) が、感慨深げに呟きながらこぼれ落ちてきた動物(モドキ)をつまんで背後に放り投げる。 それらは既にほぼ満杯に近い状態にまで詰まっていた上、新たに生まれる圧力の方が大きかったらしく、窓一つ壊した程度では余り大きなロスにはならないようだった。 事態は何も変わらないようにみえたし、窓の外へと押され出ていくふわもこの数も少ない。 だがこの状態を解消するための連携体制は既に整えられ、『更に後に続く』のだ。 共に二階から侵入した『のんびりや』イスタルテ・セイジ(BNE002937)と『優しき白』雛月 雪菜(BNE002865)の三人がかりで最低限のスペースを確保するようにふわもこの中を掘り進めていけば、他のリベリスタ達が向こう側で待つ扉が顔をだすまであっという間だった。 (「助けに来ましたよ! ……もう少しだけ我慢してください……!」) 間の抜けた顔をしたロップイヤーの一団を上方にいるイスタルテに渡しながら、雪菜は救うべき少女に心で語りかける。 (「……! 誰!? どこにいるの……!?」) 返事が帰ってきて、彼女は安堵した。弱々しいが生きているし、その思考はまだ正常の枠内だ。まだ十分間にあう。 必死に『助けて』を繰り返す少女に、雪菜はその都度勇気づける為の思念を飛ばした。 「――開いた!」 そうしてふわもこやその圧と格闘すること更に数十秒、エレオノーラが解錠に成功する。 「じゃあ引っ張るよー! せーのぉ!」 それをきいた『墓守』アンデッタ・ヴェールダンス(BNE000309) が突っ込みかけていたバールのようなものを一度しまって扉に手をかける。 彼女もまた少女と雲猫のいる位置を探りださんとしていたが、手に傷をつけたアンデッタと『もう少しで食える』少女との間では少女のほうを選んだらしく特に反応はみられず、また自身の良い耳をすませど体育館の外からでは『中にいる』ことくらいしか把握できなかったようだった。 けれどそれは『外から』の話――中に入ればその精度は格段に高まるはず。 扉同士の僅かな隙間から、エレオノーラ達が割った窓から、『リベリスタ以外の2つの鼓動と苦しげな呼吸音を確かに捉えていた』アンデッタは半ば確信していた。 だからふわもこが外へと土砂が如く崩れ出す波に軽く押し流されかけつつも、彼女はなんとか踏ん張って真っ先に扉から内部を覗いた。 天井近くまであったふわもこの一部が外部に流れでたことで窓の高さにまで降りていたが、それなりの広さがあるので数は気が遠くなりそうな程に多いままだ。 けれど耳をすませば、先程捉えた生命の音がまた聞こえてくる。 確信通り、よりはっきりと。 「キリエさん、彩さんの位置は解りましたか?」 「大体だけどね。奥だ、ステージの辺りかな。『アンデッタ、合ってるよ』」 こちらと検討をつけた方角に、側で言葉を交わしていたキリエも頷いて保証を重ねる。 ならば。 「掘りますよーっ」 『魔犬』ロコ・ロロ・モンテリアル(BNE002950)の声に一同が頷く。 これでひとまず生命の危機は回避された。 だがここからが勝負どころでもあるのだった。 ●あざといねこ 「誰かいないのですかー。いたら手を上げて欲しいですー」 真っ先にやる気を出したロコが真っ先に飽きたのか、一気に燃やしてしまいたいです、と口をとがらせた。 次から次へとちぎっては投げられ宙に舞ったふわもこ達は、脇にのけられればそれから余り時間を置かずに忽然と消え確実にその量を減らしていく。。 そして生命活動音という誤摩化しようのない情報を元に正確に方角を定められていた為、リベリスタ達の移動距離は確実に最短だった。 しかし中心に向かえば向かうほどに圧縮率が高まり、何かをひき抜けば四方八方でどこかの動物壁が思い切り崩れる状態だ。 取り除いたと思えば新たに生み出されたふわもこに押し返されてくる塊を、退路を確保しながら進むのは当初に比べて作業手が倍に増えても容易な事ではなくなっていた。 それでいて最大の障害はふわもこの海ではない。 『そもそもの元凶』、行く手を塞ぐ物理的な壁も生み出している『奥に潜むもの』だ。 ――誰よりも前にたって接近していたから、最初に『それ』を受ける事になったのはアンデッタだった。 「にゃぁん」 少女の声は聞こえないのに、甘ったるい鳴き声が心音二つに被さった。 「なぉん」 脳裏にイヤにはっきりと浮かぶ、喉をゴロゴロとならしながらころりと転がり腹を見せるその姿。 なんだかキラキラとしたオーラや点描や花弁が周囲に舞っている気もする――これが今回敵対するアザーバイド、『雲猫』の武器であり防具、『可愛らしさ』。 今まさに脳裏に投げかけられるそのイメージこそ猫が放った惑わしの術に相違ない、が―― 「全部幻覚だー!」 すぱーんと手元の巨大アルパカを放り上げアンデッタが叫ぶ。彼女には呪いの類は一切効かないのだ。 浮かぶ映像すら全力で無視しながら掘り進めれば、積み上がったぬいぐるみの山がかなりの勢いで崩れ落ちる。 そして柔らかすぎるほどに柔らかなそれらがいくら転がろうと音と呼べるものは殆ど発生せず、だからこそ抜群の聴力を備えた耳は聞き逃さなかった。 「チッ……」 「え!? 舌打ち!?」 見た目は可愛らしい癖に心底質の悪いアザーバイドであった。 雲猫の魅了や混乱は即座に他の人ベリスタたちに向けられた。 この状況下で武器を抜いていなかったのが幸いしてか早い段階での同士討ちは避けられたが、代わりに行われたのは周囲のふわもこにたいする無差別もふもふだったからリベリスタ達の作業ペースを鈍らせたという点では確かに成功したのかもしれない――触れずにおいたはずの場所のものも引っ張り出して崩してはもふもふに埋もれ幸せそうな顔をするという行為も多発したからだ。 けれどリベリスタ達はそれで諦めるような心の持ち主ではなかった。 誰がもふもふしたものに心奪われようとそうでない面子はただひたすらに作業を続けるだけだ。 我にかえれば反動の様に無言で作業に戻る様子は実にシュールだったが、ともかく。 そんなひたむきな努力が実るのも遠いことではなかった。 「あ、あ……助かっ え?」 最後のふわもこの壁が崩れて漸く顔を出せた少女本人は、助けにきたのが彼女の知らない人たちである事を知って若干身をこわばらせた。 それでも助けは助けである。それを理解して漸く安堵で泣き出す少女にキリエが優しく声をかける。 「このヌイグルミは君がやったの?」 違う、と返る涙声。今度は本当に耳に届く。 少女の腕の中に目を向ければ、討伐対象と直接視線が合った。 事前情報と脳内に投射されたイメージ通りの愛くるしい姿。 しかし今や『近づいてきてほしくなくて』、『少女が抜け出すのも阻止したくて』、ただひたすらふわもこを召喚し続ける猫の目からは何もイメージは飛んでこない。 「そう……なら、君は家にお帰り。お母さんが心配するよ。ここは片付けておくから」 雲猫から視線を外さず、普段通りの表面下に緊張を走らせながらキリエは続ける。 「家……」 けれどその単語に、助かりたいの一心で向けられていた目が急に現実に引き戻されたかのように地に落ちて彷徨った。 今更迷うのは、子供らしい価値観の所為だろうか。 緩みかけていた腕が、縋るものを求めるように猫を抱きしめ、リベリスタ側の緊張が表面化する。 「嘘をついてもごめんなさいと言って次で頑張ればいいんです。お母さんやお父さんは、テストの点数より彩ちゃんが元気な事の方が大事だと思うから」 少女のの様子に少し焦ったのか、イスタルテが一歩踏み込んだ言葉を口にして空気までもが張り詰めた。 大人ならば警戒されてもおかしくなかっただろう。 だが子供であるからこそ、『なんでその事を』という動揺も『それが事実であるうしろめたさ』に塗りつぶされてどこかへ押しやられたのだろうか。 びくりと身体をゆらしたあと、少女はおずおずと目線を元に戻す。 「すぐには無理でも、少しずつを積み重ねて行けば良いんですよ」 「原因が解っているのなら、後はそれを直すだけ…そうでしょう?」 雪菜も自然にフォローに回る。 彼女の声に最初に呼びかけ続けていてくれた人だと少女も気づいたのか、腕に込めていた力が再度緩んだのが見て取れた。 「子猫ちゃんを置いて、こちらに降りてこられますか?お手伝いしますから――」 あと一押し。 猫も少女から離されたら自分の立場が危ういのが解っているのか、ことさら媚びた姿勢で言葉を鳴いて遮って自らの『獲物』の視線を誘おうとしていた。 その尋常ではない様子に彩度少女の心は揺れ始める。 「で……でも、なんか、猫怖がってる」 「そうだよ、その子も怖いんだ」 思い通りにさせるわけにはいかない。 間髪入れずに言葉を拾い、アンデッタとイスタルテが重ねた。 「子猫さんもきっと帰りたいと思っているんじゃないかな」 「その子はお母さんの所へ届けてあげるから……君は『安全な所へ』避難して?」 拒絶を返したのは当の雲猫と、雲猫の召喚したふわもこの波だけだった。 『そして、そうやって増えるふわもこを見て、少女の恐れは色濃くなる』。 まだ幼い彼女にはドアがこれだけ空いていれば平気だとは、少なくともとっさには判るまい。 そのふわもこの所為で死にかけた彼女にとって、『目に見えて増えた』だけで死の恐怖を思い出させるのには十分過ぎた。 雲猫の誤算がそこにあった。 近づいてこようとするリベリスタたちを遠ざけるにはふわもこを召喚せざるをえず、しかし怯えきってしまった少女を味方にし続けるための魅了は召喚と同時には行えない。 もし魅了したとてこの状況では盾にしようにも限度があり、 「さ、おいで」 されとて攻撃しようにも一般人の攻撃がリベリスタたちに届くはずもなく、そもそも少女を近づけさせればその時点で彼らは多少強引にでも保護しにかかるだろう。 最早どうしようもない事を、猫も悟った。 「あっ」 せめて少しでも距離を稼ごうというのかするりと腕の隙間を抜け出た猫に、少女が短く声をあげるが、もう追うこともなかった。 今までの恐怖と解放の脱力で腰が立たないのか、べそをかきながら身体を引きずる彼女をイスタルテが優しく抱き上げ外へと連れ出す。 これから行われる『本当の事』に巻き込む事も、それを知る必要も――少女には、ない。 ●なれのはて 少女が一人いなくなっただけで、がらりと場の雰囲気が変わる。 リベリスタ側もアザーバイド側も、最早嘘をつく理由がなくなったからだ。 雲猫の瞳は潤んでいるが、例えそれが感情によるものだとしても、裏にあるのは悲しみではなく口惜しさだろう。折角の獲物をよくも、とでもいいたげに睨みをきかせ小さな唸り声を上げている。 「さっきお母さんだのなんだの言ったな……あれは勿論嘘だ」 ゆらりゆれるは抑えつけられていた分激しい『とっちめてやる』の炎。 「君が行く場所はお母さんの所じゃなく……地獄だあ!」 「にゃー! フーッ!」 包帯の合間から覗く、煌々と輝く赤目を見開きアンデッタはビシィと雲猫を指さした。 基本的にこの世界の猫そのものであるアザーバイドも、体中の体毛を逆立て尻尾を煙突ブラシのようにして威嚇を返す。 端から見ていれば大層なごむ光景だったかもしれないがこれは遊びではなく本物の敵対行為。 現にアンデッタの指をなぞるようにして飛来した鴉に身体を捉えられて、上がったのは濁った鳴き声だけではなく、血飛沫だ。 駆られた怒りからもすぐに立ち直り、傷をそのままに雲猫が一声鳴く――最後の悪足掻きとなるとも知らず。 「ふわもこが! 猫が! マンチカンなんて!」 途端に標的となったエレオノーラが身を捩る。 どこを向こうが目を閉じようが目の前で、脳裏で、柔らかな動きで転がりまくる子猫のイメージをなんとか振り払おうとしているのだ。 今まで退路を中心に整備していた所為で一度も魅了の技の対象にはならなかったからその精神的な意味での破壊力も相当だったかもしれない。 叫びの節々に母国語まで飛び出してくる始末であるから、もとより今回の依頼内容に対しかなりの我慢を強いられていたのであろう事が今になって仲間たちにも伝わってきた。 その苦しみ(?)を無駄に長引かせることもないだろう。 魅了の技でできた隙を縫って、ふわもこをかきわけきったキリエが鋭い突きを放って柔らかな身体に無視のできない穴を開け、雪菜が放った光の矢が傷を広げ、 「モコモコごと焼き尽くすのですっ!」 やっと出番だと張り切った様子でロコが魔術で炎を爆発させる。 そして雲猫は勿論、巻き込まれたふわもこたちも言葉通りにあっけなく火達磨になった。 どうも衝撃にはめっぽう強いが燃えやすかったらしい。 「うわー!?」 「ああっ」 物言わぬ動物たちが悲鳴もなく焼かれて消えて行く様はまるで地獄絵図。 あまりの光景に悲鳴が上がる中、魔術の炎は実に見境なく、その範囲にある全てを燃やし尽くした。 ふわもこ達に生命がなかったのと、少女が撤収したあとだったのが幸いとしか思えない。 雲猫に惑わされた目でそれを見てしまったエレオノーラには『助けて~』『熱いよ~』『ひぃい~』等の声が聞こえるようであったとかないとか――だが聞こえたとして幻聴である。多分。 そのお陰でかは不明だが、ついていた膝を立て獲物を構える彼の瞳は正気も正気。 「これは猫じゃないアザーバイドこれは猫じゃないアザーバイド」 ぶつぶつと口にしながら幻影を纏うエレオノーラを誰もがそっと視線で見送った。 誰かを利用することでしか身を守れない雲猫に為す術はない。 追い詰められてしまえば最後、性悪アザーバイドはリベリスタたちの総攻撃、特にとどめの一撃に持ちこたえられずあっけなく散った。 名前の通り、雲猫は周囲に残っていたふわもこたちと共に雲や煙のように消えていく。 「教授に持って行ってあげたかったのに残念……」 指を唇に置きその様子を眺めるロコがポツリと零す。 もし可能であったなら彼女と彼女の師が行う研究ははかどったろうか。 すっかりがらんとする体育館は通しも良くなり、篭り気味だった熱気を早朝の風がさらっていった。 その風に髪をなびかせ、雪菜は仲間と共に帰路についた少女の事を思う。 「……きっと大丈夫、ですよね」 浮かべた微笑に、もう一度吹いた風が答えるようだった。 ●どこかで 途中で恥ずかしくなったのか少女が自分で歩くと言い始めてから、イスタルテは半歩後ろの位置にいる。 それでも『もういい』とは言い出さなかったのは、心の底に諸々に対する恐怖が未だ残っていたからだろう。 既に歩みを止めて暫くの二人の前には温かみのある一軒家が立っていた。 言うべきことは先程全て言ってしまったし、今の彼女は単純に勇気がないだけだとわかっているので、イスタルテはただ見守っている。 そんな彼女を振り返り、少女が何か言おうと口を開いてすぐに閉じた。 視線を交わらせる事更にもう暫し――漸く、納得と決心ができたのだろう。 少女は体ごと向き直って、一つ礼をした。 「もう大丈夫?」 「うん。お姉ちゃん、ありがとう。……さっきの人達も」 「うん、伝えておくね」 イスタルテはそんな彼女に笑顔を返した。 小さく手を振りあって、二人はそれぞれの道をゆく。 途中でこっそりと様子を伺ったイスタルテは、更にもう一度だけ躊躇いを挟んだあとドアをあけ、しっかりとした足取りで中へ入っていく少女の姿を見て息をつく。 『もう大丈夫』。 「さて、少し遅くなっちゃいましたが皆さんは平気でしょうか」 軽く伸びを交えながら紡がれる懸念の言葉は、既に答えを予感してかとても軽い。 きっと一人と五人は、お互いに良い報告を持ち寄るのだ。 ――お母さん、ただいま。 『確かに耳にして』、イスタルテは笑みを重ねる。 そうして歩みを早める彼女の頭上、もこもこと湧き上がる本物の雲が夏の日差しを受け眩しく輝いていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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