● それは、時空を旅する存在だった。 どこから来たのかは知らない。 いつまで歩くのかは見当もつかない。 それでも、前へ。 いつか倒れるまで前へ。 そして、そのときが近づいている。 力を失った「足」がよろめいた。 そして、落ちていく。 時空の狭間から、底辺の階層へ。 ● 「いうなれば、ガリバー。わたし達は、彼にとってはリリパットみたいなもの」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、モニターに巨大なもやを表示した。 「アザーバイド。即行お帰りいただく」 カメラが引くにつれ、状況が明らかになる。 どこかの山中。 人型のもやが山に寄りかかるようにしている。 「具合が悪いの。外傷と内臓にできもの。外傷もさることながら、死期が迫っている。非常にまずい」 え~。 「ちょっと思い切った方法をとらざるをえない」 イヴは、モニターに呼び出した映像は人体模式図だった。 「みんなには、予想全長50メートル長の巨人の手術をしてもらう」 癒すだけミッション、マラソンテイスト。 「今回は時間との勝負。複数チームで行う大規模作戦。外傷と内臓それぞれにチームを送る。こっちは外傷チーム。体中にある傷を癒して回って。ちなみに相手は巨人。ごく普通の身じろぎがとんでもないダメージにつながるから気をつけて。寝返りに巻き込まれたら、目も当てられないことになるよ」 ボタンぽち。 モニターは内部が塗りつぶされ、ぷっぷと血が噴き出すアニメーションが体のあちこちでピコピコ動いている。 「目立つ外傷は主なものが頭部。四肢。それと、同時進行で内臓チームが麻酔なしで中の腫瘍を切り取るから、多分それはもう暴れる。できれば麻痺させられればいいんだけど。クリーンヒットさせるのは難しそう。落下対策とか、味方の回復手段も考えておいて」 なんか、聞いてるだけで大事だ。 「幸い、まだかろうじて意識はあるみたいだから、うまく意思の疎通ができれば、治療に協力してくれると思う。どこが痛いとか、まだ痛いとこがあるとか教えてくれたり、動くの我慢してくれたり」 「治れば、自分の居場所はここではないと、ゲートから勝手に帰るから。後学のために眺めておくのもいいかもしれない」 とにかく、と、イヴは言う。 「アザーバイドの肉体を介することになるので内臓チームとは連絡は取れないと思われる。がんばってきてね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2011年08月30日(火)22:16 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 2人■ | |||||
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● 体内の突入する手術チーム待ちだ。 現在、苦しげに浅い呼吸を繰り返している巨人の薄く開いた口から、手術チーム突入中。 顔を引きつらせながら、唇の隙間に次々姿を消していく。 作戦に入る前に、傷の位置や規模に目星をつけておく。 今回はおのおのの回復量に見合った傷を担当し、できるだけタイムロスを減らしていく作戦だ。 同じ規模の傷が、すぐ近くになるとは限らない。 また、同じ傷に複数チームが向かっては無駄足だ。 連携と情報共有と機動力が重要になる。 それにしても。 「大きいですね~……」 『深き紫の中で微睡む桜花』二階堂 櫻子(BNE000438)は、ぽかーんと見上げている。 「で、でかぁーい……! なんでもなぎ倒していけそうなの。一体、何があってこんなにボロボロなっちゃったんだろ、痛々しいの……」 (元気になったら理由を聞いてみたいかも) 『なのなのお嬢様なの』ルーメリア・ブラン・リュミエール(BNE001611)も、声を張り上げる。 こだまが返ってきそうだ。 「わぁ、おおきい……。どこでこんな怪我を……かわいそうに。あひるたちが、急いで治してあげるから、もうちょっと耐えてね……!」 『みにくいあひるのこ』翡翠 あひる(BNE002166)は、少しだけ表情を曇らせる。 「……でけぇ。これはでけぇ。確かに潰されたら一溜まりもないな……気をつけていかないと、だ」 今回は斥候・カウント・交渉担当の縁の下の力持ち予定の結城・宗一(BNE002873)。 脳裏にチラッと怖い考えが浮かぶ。 質量は武器だ。 「あひるの翼、みんなにおすそ分けよ。サクっと、一気に治してあげるわ」 (……こういう時役に立たない自分がもどかしいが、仕方ない) 他のみんなは、回復のエキスパートが多いのだ。 「巨人の上によじ登るのは流石に危険かね。その辺は翼の加護を得た人たちに、上から見てもらうほうが良いか」 きょとん。 「結城さんも飛ぶのよ? ロープとか用意してないでしょ? 時間勝負だし」 だって。全周魔法だし。かけない理由がない。 スタイリッシュパッキン男子高校生の背中に、ぴよぴよっと生えたちいちゃな羽根。 テイスト的にどうかと思うが、この状況にぜひとも柔軟に対応してほしい。 なにしろ、ぷぎゅってなったら大変だし! 「空飛ぶのって初めてだから、ワクワクなの! ではでは、空飛ぶナイチンゲール作戦スタートなの! 今すぐ治しますから、じっとしててくださいねーなのっ」 作戦、ルーメリアによって命名。 ● (苦労してきた旅路なんだからゆっくりして欲しいけど、あまり長居されると今度はこっちの世界がピンチになるからせめて怪我だけは完治して貰って元気な状態で帰って貰わないとね) 流れる演舞が、『戦うアイドル女優』龍音寺・陽子(BNE001870)を加速させる。 付与された小さな翼と面接着ですべるように巨人の体を縦横無尽に駆け回る。 「右足大、小、小、三箇所! 左足中……と、大!」 「苦しそうだね」 喉元が不自然に動いているのは、手術チームが通り抜けている最中だからだろう。 「早く治してあげなくちゃ」 「では大きな傷を治すのはボクとあひる、そしてそあらかな」 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は、頭部の裂傷に狙いを定める。 『下策士』門真 螢衣(BNE001036)が、羽のついた天使のぬいぐるみにいくつか手印を切り、空に放った。 「式神か」 「ええ。巨人の傷がある場所を調べさせましょう。わたしは櫻子さんと依季瑠さんと一緒に連携して中規模の傷を中心に」 その矢先だった。 「きゃっ!?」 巨人が動いた。 巨大な壁のごとき腕が動き、あひるの茶色い羽根が散らされる。 そのまま、眼下の森の中に叩きつけられた。 今まで崖に寄りかかるようにしていた巨人が、身を二つに折るようにして、胸をかきむしった。 「手術」という名の戦闘が始まったのだ。 中で振るわれる衝撃が、弱りきった巨人の体力を更に蝕んでいく。 間欠泉のように血が滴り落ち、地面に赤い池を作る。 『大丈夫です、あたし達は治療しにきたのです』 『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)は巨人に強力な思念波を送り、その返答を待つ。 しかし、返事は返ってこない、心理防壁は閉ざされたまま。 巨人はリベリスタたちに心を開いていない。 「内蔵チームの皆さんも頑張っているようだ。回復チームががんばらないでどうする。まずはあの大きな傷を癒そう、なんともつらそうな傷だ」 雷音はあひるの無事を祈りつつ、巨人の頭部の傷に、大きさからすれば米粒のような符を張った。 癒える。癒えるがなんとも足りない。 重ねて、そあらの歌が周囲の細かな傷も巻き込んで癒していく。 しかし、深部にまで達した傷すべてがそれで癒される訳ではないようだった。 「ごめんなさい。あひる、大丈夫よ。いたいの、いたいの……飛んでけ……!」 ざきざきに曲がった羽。痛々しく青紫にはれ上がった手足。その上から擦り傷切り傷で満身創痍のあひるがふらふらと飛んでくる。 時間を無駄にはできないと、福音召喚の魔法陣が宙に浮かんだ。 癒しが降りてくる。 あひる自身についた傷も癒えていく。 ほっと息をついた他のリベリスタも己が作業に没頭した。 時間がない。 巨人はあまりに巨大で、見ている方に涙がにじんでくるほど傷つき果てていた。 ● 「ひ、左足、大規模、お、終わったのよ。あひるたち、次、どっちに行ったらいいの?」 大きな声を出すのが苦手なあひるが、拡声器の力を借りながら、それでも精いっぱいの大声。 「腹部表面! 浅いけど、おなか一面なの! お願い!」 陽子が、負けじと声を張り上げる。 「右足、中規模終わり! 後はどこ!?」 「そのまま右腕に上がってくれ、ひじだ!」 巨人の表情は沈痛なままだ。 身悶えし、腕をぶんぶん振り回す。 痛みをこらえる無意識の行動だろうが、術の効果範囲から核心がずれたりして、どうにも効率が悪い。 「わっ、危ないですよ~。落ち着いてください」 螢衣は、両手を顔の前で組んで防御姿勢をとる。 「手で腹押さえたぞ。腕の治療、今の内!」 中規模チームがいっせいに腕に取り付き、符を張り、詠唱し、腕を再び振り回される前に速やかに飛び退る。 危ない気配を感じ取ることに専念した陽子と宗一の指示で、空飛ぶナイチンゲール達は中を飛び回って治療に専念していた。 「おなか押さえてるって事は、いよいよ始まったのかな……」 「麻酔なしでの荒療治……。私ならそれだけでフェイトを消費してしまいそうですが。巨人がどれだけ内臓治療の痛みに耐えてくれるかですね」 自らも病弱な体質からよく吐血する『無謀な洞窟探検者』今尾 依季瑠(BNE002391)は、癒しの微風を巨人に施す。 「とにかく、自分達の回復も怠らないようにしましょう。私達が倒れてしまっては元も子もないですからね」 ● 「……数があわねえ。まだ治してないとこがある!」 地面すれすれまで降りて、治した傷と今治している傷の箇所を確認していた宗一が、大声を張り上げる。 「見えるとこは全部数えた! 残りは見えねえとこだ!」 出血は収まってきている。 血の池が広がる気配は収まっている。 どす黒く変色していた皮膚のうっ血も正常な色に戻っている。 骨折箇所も何とか修復できたのだろう。 呼吸が確実に確かなものになっている。 痛みによるショック状態から何とか脱してくれたようだ。 入れ替わり、立ち代り。 高度な精神感応能力を持ったそあらとエリス・トワイニング(BNE002382)は常時。 それ以外の者も、その耳元を通り過ぎるたびに、 「痛い所がああれば遠慮なく教えてほしい」 「今治して差し上げますね……」 と、元気付けるたびにささやいていた。 (わたしは、私の体はどうなっているのだ……) そあらとエリスの脳裏に、待ちに待っていた巨人の思考波が流れ込んできた。 『大怪我したのです。治しているのです。今、あなたのおなかの中にわたし達の仲間がはいって治療中なのです。とても痛いと思いますが、あなたの命にかかわることなので、我慢してほしいのです』 そあらが全員の通訳として、直接巨人の精神に語りかける。 腹の中に小人が入っているという事実に、巨人は目を丸くし、痛みに顔をしかめる。 『巨人さん…早く…元気になって…帰って欲しい。おなか以外で痛いところは……ない?』 何故治してくれるのか。理由がわかり、巨人は安堵の息をつく。 (この世界では、私は脅威なのだね?) 『そういうことです……』 (背中とひざの裏が痛いな……。どうやら、この世界に入るときに落下する形になったらしい) どうしてこんなひどい怪我をしているのか、皆が疑問に思っていたが、これで合点がいった。 何かと戦ったのではないかと懸念していたものにとっては、いい報せだ。 『あたし達はどこにあるのかわからない傷は治せないのです。傷口が隠れてるですから、ちょっと体を頑張って動かしてくださいです』 「暴れないでくれよ。ゆっくりな。……その方が、逆に痛みは少ないはずだ!」 宗一は、巨人の眼前まで飛び上がった。 「こっちの方に体倒してくれ。俺が誘導する。みんなは治してやってくれ。俺が巻き込まれてもみんなが治してくれるだろ。なんとでもなる……」 「「「巻き込まれるの前提にしてはだめ!」」」 「だ」とか「です」とか「よ」とか「なの」とか。 都合九種類の語尾のバリエーションつきで仲間に叱られた男子高校生は、つらそうな巨人の様子を見ながら誘導する。 小規模・中規模班が息を呑んだ。 あらわになる背中。 小さな傷にたくさんのとがった石が刺さっている。 足の見えなかった所。 大規模班の目が大きく見開かれた。 そこはごっそりとえぐれ、白い骨が長々とのぞいていた。 ● 詠唱がやまない。 やめられない。 「こういう仕事はまかしとけぇ!」 「足は背中にぴったりついてるから大丈夫。スピード勝負だよ! みんなで力を会わせた方が大きいことが出来るモンね!」 傷に埋まった石を宗一と陽子が引き抜いていく。 その端から、螢衣と櫻子が符を張り、詠唱を続ける。 雷音とあひる、そあらは、足の傷にかかりきり。 骨の上に肉が盛り上がり、割れた皮膚が修復されていく。 (すまない。腹が……焼けるようだ……。く、うう……っ) 手術チームが突入した時間から考えると、向こうも今まさに時間との戦い。 必死で技を行使しているに違いない。 こうして意思の疎通が出来る分、無効もいろいろ手段は講じているのだろうがこればかりは仕方ない。 「……みんな……!」 頭部の小さな傷を治しながら、巨人との意思疎通を試みていたエリスが叫んだ。 同じく詠唱を続けていたルーメリアが、はっとして胸につるしていたホイッスルをくわえると、ピピーッと吹き鳴らした。 「巨人が動くのー!?」 急な身もだえに起こる乱気流に小さな翼は耐えられない。 ルーメリアが慣れない飛行に目を回した。 「大丈夫かいっ!?」 それに気がついた陽子が、波打つ背中を駆け下りて、ルーメリアを地面に叩きつけられる前に受け止める。 「て、手助けありがとーなの!」 それでも、宗一、螢衣、そあらが巻き込まれた。 意図しない手の動き、背のうねり、身悶えに、ほんのわずか触れただけなのに、体が引きちぎれるような衝撃を受ける。 雷音とあひるが声を張り上げる。 二種類の福音が仲間と巨人を癒す。 間髪いれずに複数の符が、癒しの柔らかな風が後を追う。 癒しの手はやまない。 途切れさせることはない。 今この瞬間も、手術チームがこの鼓動の下で頑張っているから。 そして、運命の二分半が過ぎようとしていた。 時間通りに、命綱のウィンチが巻き上げられ始めた。 ● 『大きくあーんして下さいです。すぐ出てきますです。もぐもぐしないで下さいです』 巨人の喉の奥から、消化液だの唾液だのでぐっしょり濡れた手術チームが出てくる。 急いで急いでと身振りでせかせ、ゆっくりと地上に降ろした。 命綱から開放され、包帯チームの手を借りて地上に降りる。 わたし、生きてる?などという手術チームの子に、ルーメリアはうんうんと頷いた。 踏まれたらぺちゃんこになっちゃうと、今更ながら言うその子に、吹っ飛ばされたり巻き込まれたりしたあひるや宗一は、苦笑するしかない。 (異世界の者の腹に入るとは……。私も小人に腹を探られるという得難い経験をしました。彼等にありがとうと礼を伝えてください) 手術チームのための命綱を完全に撤去された巨人は、大きく息をついた。 送られてきた思念派に、エリスが頷いた。 「得がたい経験をしたって……ありがとうって言ってる……」 が、次に送られてきた思念波に、無表情の上にやや動揺走る。 「来た所から戻るって。この崖の上だって。立ち上がるから避けろって……。 総員退避……?」 別働班があわてて離れた場所に車のエンジンをかけに、すっ飛んでいく。 「退避! 退避だ! 離れるのだ!」 包帯チームのリベリスタたちも慌ててその後に続いた。 安全圏まで退避し、改めて巨人の様子を見る。 彼は、周囲に親切な小人がいないことを確かめると、ゆっくりと立ち上がった。 切り立った崖は、彼にとってはちょっとした段差に過ぎず、そこに足を書けると、えいやっと空中の巨大なD・ホールに飛び込んでいった。 そして、見えなくなるまでいつまでも手を振り続けていた。 「小さな命の恩人達に感謝する……だって」 エリスは、そう皆に通訳した。 「あ、あぅぅ。終わりましたね……」 櫻子は、少しだけ疲れた笑顔を見せる。 もう気力はすれすれなのだ。今倒れてもおかしくない。 「……元気でな。体調には気をつけろよ」 そういう宗一の声は、なんとなく鼻声っぽい。 「あちこちの世界回るのやめて、お家で大人しくするといいの、迷惑かけたらダメなの!」 ルーメリアは緊張の糸が切れたのか、大きな声で手を振り回す。 「もう落っこちちゃ駄目だヨー!」 陽子も明るく手を振り回した。 「しゅ、手術チームの人、こっちに来て。治してあげるわ」 あひるはそう言って、ぼろぼろの手術チームのために福音を召喚した。 「ふぅ……無事……治療はおわり……ましたね」 依季瑠はそう言った。 瞬間、口元が真っ赤に染まった。 緊張の糸が切れて、血を吐いたのだ。いつものことではある。 「大きな客人、また、相まみえるとよいな」 雷音は、笑顔で巨人を見送った。 「ブレイクゲートは忘れずにしなくてはいけないな!」 そう言って、元気に一同を振り返る。 リベリスタが両チーム合わせて二十人以上いるのだ。 かなり大きいけど、何とか閉められるだろう。 「「「え……?」」」 あいまいな微笑を浮かべる、包帯チームの残りのリベリスタ。 ゲートを閉める? なにそれおいしい? 「……君達、まさか……」 「あひるは、あひるは活性化してきたのよ。 大丈夫よ、雷音!」 「確かに僕は再び会えるといいなとちょっと思ったが、それとこれとはまた別の……」 数瞬後。 雷音が浮かべた笑顔のふっきれっぷりは、後々まで語り継がれた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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