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アイよりも尚、蒼く

●とある喜劇の終わり
 ――
 ――――
 ――――――
 ――――――――
 ――――――いたのですか
 ――――。満足出来たかの?
 ――ええ。
 ……
 ――ここが。この場所が、悲劇の終わる場所。
 ――――
 ――――――りませんでした。けれど希望は、繋がった。
 ――――是非も無し。
 ――が、心残りが、無いでも無いのです。
 ……ほう?
 ――い、出来ませんか。
 ――――まあ、良かろう。
 ――人の良い事です。
 ……この身は既に、人に無い故の。
 ――ですね。それでは、お任せ致します。
 ――――。
 ――か?
 ……これも、観客としての役割かの。
 お礼と言う事で。
 ――とんだ脚本家も、居た物だね。
 
 ……――――――――――――――――――――――――

『――私は上手に、愛せたでしょうか』

●現実時間-2015/XX/XX-
 ――これは、夢だ。
 現実には決して何の影響も及ぼさない。そうでなくてはならない。
 夜、身体を横たえた事を覚えている。一日に起きた出来事を憶えている。
 友の顔を、家族の顔を、恋人の顔を、仲間の顔を、覚えている。
 自分が“アークのリベリスタ”である事を憶えている。
 最後の記憶は境界線を超えて落ちていく意識。

 目が醒めた時、其処には……

●喪われなかった場所
 レオンハルト・キルヒナー(BNE005129)が瞼を開くと、そこは古びた教会の前だった。
 視線を巡らせれば、御厨・夏栖斗(BNE000004)、楠神 風斗(BNE001434)、
 アリステア・ショーゼット(BNE000313)、新田・快(BNE000439)と言った面々が、
 まるで狐に摘ままれた様な顔でお互いの顔を確かめている。
「……おかしいですね」
 ぽつりと、少し離れた場所に立っていたシィン・アーパーウィル(BNE004479)が呟いた。
 一度記憶の全てを失った事のある彼女であればその違和感は何時かの再現である。
 “自分達がどうしてここに居るのか全く分からない”
「あまり不用意に動かない方が良いのではないかと、まおは思……!?」
 荒苦那・まお(BNE003202)が不安げに眉を寄せるのと、
 教会の扉が軋んで開くのはほぼ同時だった。その先は、ただ只管の暗闇。
 けれど暗視の異能を持つまお。
 続いて翔 小雷(BNE004728)とアリステアがはっきりと息を呑む。
「――っ! な、」
「……――――う、そ」 
 暗闇の向こうに佇んでいたのは青い髪の娘。
 いつでもシスター服を纏い、ことさらにお姉さんぶって、どこででも傷付いて。
 誰かの為に戦い続けた、蒼い、福音の銃撃手。

「! 動いちゃ駄目だっ!!」
 誰が足を踏み出すよりも早く、夏栖斗が声を上げた。
 罠だ。理由は分からないけれど、罠に嵌められたに違いない。
 だって、彼女は、自分の目の前で――
「……なんで。……いや、でも」
 疑心。期待。複雑以外の何物でもない煩悶を抱いて。
 けれど、風斗が一歩踏み出す。立ち止まっていられない。言えなかった事が、あるのだ。
(いや……有り得ない。現実を見据えろ、願望に逃げるな)
 快が頭を振ると、それらに視線を巡らせていた娘が静かに踵を返す。
「……待ってっ!」
「駄目だ! 絶対罠だって!」
 慌てた様にアリステアが追い駆ける。
 それを止めようとした夏栖斗の手を、シィンが淡く引く。
「何で!」
「自分も追います。失敗なら取り返せますが、後悔は取り戻せませんから」
 その言葉に、風斗と小雷が頷き、アリステアが潜った教会の扉へ向かって駆ける。

 おろおろと互いを見つめていたまおが、苦虫を噛み殺した様な快に視線で問う。
「行くしか、無いみたいだね」
「皆がバラバラになるのが最悪だと、まおも思います」
 2人が教会の扉へ歩いていくのを制止しようとして、
 手を伸ばした夏栖斗が途中で拳を握る。
「僕は、助けられなかったんだ……」
 もしも。まさか。万が一。そんな奇跡が起きても良いのではないか。
 願望は幾らも思い浮かぶ。その全てを、幻想だと切り捨てる。
 だから、彼はこんな。甘いだけの夢を、信じる事が出来ない。
「もしも罠なら、皆が危ない」
 そんな理由付けを態々拵えて、揺らぐ心を抱きながら一歩踏み出す。
 それら全てを観測し、レオンハルトは心の底から呆れ果てた。
 何だこの茶番は。己の夢にしても滑稽過ぎる。世に異教徒の芽は絶えない。
 あの様な、高が女一人の生死に揺らいでいる場合では無かろうに。
(……或いは、この余計な夢もあの愚かな女の泣き言の欠片か)

 であれば一切合財叩き壊すだけだ。全ては、主の御心のままに。
 喪われなかった場所はその主の望みのままに、音も無く解れ始める。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:弓月 蒼  
■難易度:EASY ■ リクエストシナリオ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2015年03月29日(日)21:41
 114度目まして、シリアス&ダーク系STを目指してます弓月 蒼です。
 リクエストありがとうございます。夢の中なら何でも出来る?以下詳細。

●作戦成功条件
 全員が夢世界から脱出する

●特殊ルール:Mirage Labyrinth
 このシナリオは夢の中で展開される。
 外部との連絡はとれず、万華鏡によるサポートは得られない。

●夢世界
 各リベリスタが見ている夢であり、”原則”それを自覚する事は出来ない。
 相互に繋がっており、各人の行動が各夢世界に反映される。
 戦闘不能になること。世界が崩壊すること。
 蒼い修道女を殺すこと。出口を見つける事のいずれかで脱出出来る。
 教会内以外の地形は存在しない。
 戦闘不能になった場合フェイトを2点消費する事で目覚めをキャンセル出来る。
 夢世界での戦闘不能は現実に於ける戦闘不能と同じ扱いとなる。
 ただし、重傷にはならない。

●蒼い修道女
 シスター服を身に纏った蒼い髪の修道女。正体は不明。
 教会内の各個人の前に姿を現します。会話可能。
 各個人の主観上2名以上は認識出来ず、
 誰かがこれを殺害しようとした場合、その人の夢は醒める。

●各人の状況
 教会内では各自自由行動が可能。
 但し他のメンバーが観測している蒼い修道女と、
 自身が見ている蒼い修道女は同一の物ではなく、
 他のメンバーが観測している個体に干渉する事も出来ない。
 
 唯一、『レオンハルト・キルヒナー(BNE005129)』のみ、
 彼以外全員の「蒼い修道女へかけた言葉」を認識出来、
 この世界が夢であると理解しており、かつこれを破壊する事が出来る。
 夢世界の崩壊速度はレオンハルトの抱く、
 "この夢と仲間達の言動に対する拒絶”の強さによって変動する。
 
●教会内地形
 虹色のもやで囲まれた古い教会。
 地形は玄関前、礼拝堂、懺悔室、中庭、食堂、調理場、浴室、私室の8箇所。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ナイトバロン覇界闘士
御厨・夏栖斗(BNE000004)
フライダークホーリーメイガス
アリステア・ショーゼット(BNE000313)
サイバーアダムクロスイージス
新田・快(BNE000439)
ハイジーニアスデュランダル
★MVP
楠神 風斗(BNE001434)
ハーフムーンナイトクリーク
荒苦那・まお(BNE003202)
ハイフュリエミステラン
シィン・アーパーウィル(BNE004479)
ハーフムーン覇界闘士
翔 小雷(BNE004728)
ハイジーニアスデュランダル
レオンハルト・キルヒナー(BNE005129)

●もう、取り返しはつかなくて
「くだらん。直ちに破壊する」
 自分には、この空間に対する絶対的な影響力がある。
 それだけ分かっていれば十分だ。
『暴君』レオンハルト・キルヒナー(BNE005129)の断定に躊躇はない。
 だが、そこへまるで反響するように声が届く。
 それがアークへ来てより幾度か会話した青年の物がと気付き、
 レオンハルトは漸く破壊の意思をほんの少しだけ押し留めた。
(……なるほど。仔羊には悼む時間も必要か)
 その声が、誰に掛けられている物であるかは解せども。
 遺志に、何ら共感出来る所はなく。
 嘆きに、価値を見い出す事もなく。
 レオンハルトはただ、腕を組んだまま目を瞑る。

 わかってる。
 実は生きていた、なんて都合のいい話はない。
 死者が蘇るなんてことも、ない。
 『不滅の剣』楠神 風斗(BNE001434)が駆ける。
 追っていた人影は見失って久しい。それでも、確かめずにいられない。
 扉を開く。2人が入れば一杯の狭い懺悔室。蒼い髪の修道女が座っていた。
 視線が合う。合って、対峙して。思い知る。
 何て馬鹿だったんだ。
 もし、もしも。彼女が敵で、これが罠だったなら。
 絶対に死んでいた。抵抗することすら、きっと出来なかった。
 何が“危険と判断すれば戦う”――――だ。
「、。――ッ」
 今にも制御が出来なくなりそうな感情を押し殺し、数度深く息を吸う。
 泣くな。泣くな。ここで泣けば、本当に止まれなくなる。
「……こ、れは独り言だ」
 唇が震えるのを無理矢理抑える。視線が合わせられない。
 ああ、いっそ糾弾してくれ。
 罵って、否定して、傷付けて、この甘えた心根を殺してくれ。
 俺は貴女に、何もしてやれなかった。

 ――私室。
 狭い部屋だった。衣装箪笥、ベッド、姿見一枚。
 それらを除くともう何も残らない位。ベッドには桃色と蒼彩が腰掛けている。
 背中合わせ。正対でないからこその歪んだ鏡像。
 まるで似ていないのに、だからこそ、近しい。
 『桃源郷』シィン・アーパーウィル(BNE004479)にとって数少ない、特別な相手。
 水面の様に問いかける事でしか他人を測る事が出来ないシィンに、
 呆れるほど、いっそ可笑しいほどに、真摯に応えを返した蒼い修道女。
 例えそこに真実など無くとも。
「貴女は迷いながらも、答えを示していきました。
 故に、きっと終わりにも納得いく答えがあったと、信じますよ」
 希望的観測に過ぎる。と、思わないではない。
 少なくとも、シィンの中に根付く理性的な判断はそれを肯定する。
 けれど同時にこうも思う。彼女ならばきっと。
 自ら選んだ死であるならば後悔はするまい。自分が、そうである様に。
「ですが一つだけ、問わせて下さい」
 いつかの問い掛け。その続き。最期の手向けと、そして、餞に。
「貴女は"その時、何を持っていた?" "その時、何を捨てた?" "その時、何を拾った?"」
 背を向けあった問い掛けに、蒼い修道女が小さく、囁くように呟いた。
 
●もう一度、逢いたくて
 ――中庭。そこに佇んでいたのは蒼い髪の修道女。
 背を向けたまま、顔は見えないけれど。それは――
(確かに、見たの)
 息を呑む。まさか。と言う気持ちと、目の前の像が反発し合う。
「……おねぇ、ちゃん……?」
 声に、振り返る。シスター服を纏った女。
 目を見開いた『静謐な祈り』アリステア・ショーゼット(BNE000313)の前で、
 女が、困った様に微笑んだ。
「――――あ」
 視界が滲む。喉が詰まる。言いたい事が有ったのだ。
 伝えたい言葉が、有ったのだ。なのに、何も出てこない。
 息が出来ない程苦しくて、胸元を手で抑えながら声を絞り出す。
「あの時……」
 最後の瞬間。後悔した。泣き喚いた。取り戻せないあの時彼女は何を想ったろう。
 けれど、問いに女は頭を振る。2人の距離が一歩近付く。
 それで、アリステアは分かってしまった。
 これは、現実なんだ。
 紛れもない位、現実なんだ。
 けれどだからこそ。本心から感謝する事が出来た。
(この世界に神様がいるとしたら――私達にもう少しだけ、時間を下さい)

「カズト、マオ、みんな何処にいる?」
 『善悪の彼岸』翔 小雷(BNE004728)が教会の廊下を歩いていく。
 仲間達は散り散りになり、けれど周囲は見慣れた光景。
 当たり前だ。小雷はこの廊下を何度も、何度も歩いた。
(……もし、リリが生きていたなら)
 足を止める。食堂の裏側。炊事場とテーブルが並んだ小部屋。
 ――調理場。彼女は、良く料理を作って待っていてくれた。
「……。」
 そこに、蒼い髪の修道女が居る。
 仕上がったばかりのから揚げを摘まむか摘ままないか悩む様に眉を寄せて。
 全く何をやっているのか、と自然に胸を突いて沸いた感情に。
 その懐かしさに、奥歯を強く、強く、折れん程に噛み締める。
 さよならを告げて、彼女は消えた。傍に居られるだけで、幸せだったのに。
「……リリ」
 思いがけず、声が毀れる。それに気付いて、修道女が視線を返す。
 から揚げが山と盛られた大皿を寄せる仕草に、呼気を溢す事も出来ない。
 どうしようもなく哀しかった。
 伝えたかった事は、何一つ声にならない。
 言葉に出来ないほど、それは小雷にとって当たりの光景で。
「1つ、貰っても良いか」
 差し出された料理は、あの聖夜と寸分変わらない味がした。
 
 ――礼拝堂。周囲を警戒しながら歩いてきた、
 『もっそもそそ』荒苦那・まお(BNE003202)の眼前で蒼い修道女が足を止めた。
「……あの」
 これは、夢だろうか。だとしたら、誰の夢だろう。
 まおには分からない。何も分からない。けれどこれは悪夢でない事は、分かる。
 参拝席。横並びのベンチの一つに腰掛けた女のとなり。
 並んで座る。見上げ、問いかける。不思議と、彼女が誰なのか分かってしまった。
「あの……リリ様って呼んでもいいですか」
 理解ではない。直感にも近い。けれど、それ以外の言葉が浮かばない。
 死んだと、そう聞いた時。ぽっかりと空いた胸の隙間。
 もう二度と逢えないと思っていたから。その隙間がじわりと傷む。
 まおをじっと見つめる女は、まおが良く知る人と同じ顔で。同じ空気で。
「少しだけ、お話してもいいでしょうか」
 まるで絡まり合った糸が解れる様に。
 まおは秘めておくしかなかった言葉を捜す
「まおは……」
 隣り合って言葉を交わせるチャンスなんて、きっとこれが最後なのだろうから。
 だったら――せめて。
 お別れには足りないだけの、あとほんの少しの奇跡を。 

●もう少し傍に、居たくて
 これが奇跡なのか、罠なのか、それとも、誰かの夢なのか。
 そんなことは重要じゃなくて。
 けれど、これは多分。得られる筈のなかった最期の時間だ。
「時間があるならさ……少し、飲まないか」
 ――食堂。
 教会に神の血が無い筈もなく、ワインセラーからロゼを一本見繕う。
 少し考え込んだ蒼い修道女は、彼がグラスに注ぐ際の真剣さを見て取ったか。
 提案を受け入れた様にグラスを指先でそっと摘まむ。
 チン、とグラスが重なり澄んだ音を響き合わせると、
 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)は呟く様に言葉を溢す。
「情けない話だけどさ……あの時は、俺も死にかけてた」
 過去、幾度も死線を潜った快でも、正真正銘の絶体絶命と言う事態は多く無い。
 だが――“あの時は違った”
「だから、君の最期は、うっすらとしか覚えていなくて……」
 ほんの少し歯車がズレていたなら、あの時命を落としていたのは自分だった。
 そして恐らく。犠牲はそれだけで終わりはしなかったろう。
「月並みなんだけどさ。結局、最期に君に言いたい言葉があるとしたら」
 一息入れる様に、シャンパンを呷り唇を湿らす。
 伝えなければいけない。それが、この結末を導いた、俺の義務だ。
「――ありがとう」
 けれどその続きを声に出したら。全てが終わってしまう気がして。
 代わりにもう一つだけ。言っておきたい事が有ったのを思いだした。

「駄目か……」
 幻想纏いが使えない。これまでにも幾度か経験している。
 結界系の神秘や、通信を阻害する破界器。どちらだとしても、現状は最悪だ。
「とにかく、この空間から脱出する方法を探さないと」
『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)は、必死に冷静さを保つ。
 自覚している。動揺が消えてくれない。
 蒼い修道女。あの姿を見て、罠かもしれないのに期待している自分が居る。
(……僕は、本当に馬鹿だ)
 大扉を開け放つと、祭壇に祈る女が佇んで居た。
「……ねえ」
 綺麗だ、と思う。ただ静謐で、ただ真っ直ぐで。
 ただ、優しい光だけがステンドグラスから注いでいた。
「君は、リリだろ?」
 声に振り返る。顔を合わせた瞬間奔流の様に渦巻いていた感情が決壊した。
 我慢するなんて無理だった。罠だったとしたら。それがなんだと言うのだろう。
 “例えそれでも”もう一度逢いたかったのだから。
「――――っ!」
 疲れていた。護れなくて、毀れていって、糾弾されて、苦しんで。
 背負いすぎて、失くしすぎて、諦めすぎて、それでも。それでもと抗い続けて。
「……お前ばっかじゃねぇのっ!!?」
 叫ぶことしか出来ない。それが今の夏栖斗の全てだった。もうそれだけしか、無い。
 涙すら出ない何ておかしいと、分かってるのに出ないのだ。
 もう軋みたくない。傷付きたくない。休ませて欲しい。

(だって、僕は)
「すぐにお姉さんぶって! 無茶して! 一緒にアイス食いに行く約束だって破って!!」
 こんな事がいいたかった訳じゃない。
 こんな風になりたかった訳じゃない。
 でも、無くし過ぎて。壊し過ぎて。もう、どうしたら良いのか分からなくて。
「皆そうだ! わかったような顔して遠くにいってしまって!
 ふざけんな! ふっざけんなよっ!! 死んだら、全部終わりなんだよっ!!」
 生きていて、欲しかったと。
 吐きだした言葉が自分自身を寸刻みに痛め付けて、夏栖斗が膝から崩折れる。
「……ごめん。助けたかった」
 まるで土下座でもする様に、地に落ちた手を握り締める。
「助けられなかった」
 その髪に、手が落ちる。
 あやすように、慰めるように。感じる体温は、確かに良く知る修道女の物で。
 今更になって、床に雫がぽつぽつと落ちる。
「君がいなきゃ、皆死んでた」
 声を引き絞って、掠れた声が毀れていく。
 伝えたかったことは、言葉にしてみれば単純で。
 本当に、本当に、単純で。
「……助けてくれて、ありがとう」

●もう祈りさえ聞こえない
「今まで何度も一緒に戦ったよね。庇って貰ったり、背中合わせだったり
 戦う事は嫌いだけれど、でも。一緒にいられると安心したの」
 アリステアが、思い出を紡ぐ。
「まおがまおの家族の為に戦った時に、リリ様はまおと世界の事を
 考えながら、苦しみながら、戦ってくれました。まおは、うれしかった」
 まおが、記憶を手繰る。
「もしもリリが声を掛けてくれなかったら……これでもな、感謝しているんだ」
 小雷が、悔しさを噛み殺し頭を垂れる。
 それは後悔であり、慙愧であり、離別であり、数多の痛み。そして悼みの言葉。
(くだらん。戦い(いのり)、死して魂は主に導かれ天に登る。それが必然。
 神罰の執行者にとって、これに勝る幸福など無いというのに……)
 別れの為に貴重な奇跡を浪費するなど、まるで理解出来ない。

「お庭、綺麗だね。木は毎年新しい葉をつけて、花は枯れてもまた咲いて。
 吹く風も空も……時間は流れて行く」
 ほうっと息を吐く。まだ寒さが混じり、けれど春はもうそこまでやって来ている。
「私の時間はまだ動いてるけれど……それはいつか止まって、また巡る。
 お姉ちゃんの時間も、きっと。だから、だから、ね……」
 寄り添っていた、身体を離す。見上げて、涙が毀れるままに。
「また会えるよね」
 いつか、光になる。彼女が、そうであった様に。
 いつか、また巡り合う。私達が、そうであった様に。
「いつか絶対に……」
 振り返って見た笑顔は綺麗で。本当に、本当に、綺麗で。
「また逢おうね」

「憧れて、お友達になれて、まおはとてもうれしかった」
 隣に座りながら、ぽつぽつと溢す。
 時折つっかえながら、必死に声を引っ張り出す。
「……もっとお話したかった。もっと一緒に居たかった。お手伝いしたかったっ!」
 競り上がって来る感情を、持て余して。けれどこれが最期なら。
 全部、全部、受け取って欲しいとただ願う。
「もっと、生きていて、ほしかった」
 限界だった。堰をきった様な大声でまおは泣いた。
 わあわあと泣いた。寂しくて、哀しくて、わけも分からない程に。
「さようなら、リリ様」
 頭を撫でる手が、微笑みが優しくて。子供らしく声を上げて、まおは泣いた。

「最近お前によく似た女の子が後輩に入ってきたんだ」
 から揚げを摘まみ、語り掛ける。蒼い修道女は楽しげにその声に耳を傾ける。
「まるで生き写しみたいで……この俺が、先輩だ何てな」
 こんな日々がこれからも続くと信じていた。
 突然途切れた現実を受け入れ切れなくて。足踏みし続けていた様に感じる。
「……そろそろ、行くか」
 けれど小雷は席を立ち背を向ける。声は、まだどうにか震えず済みそうだ。
「礼を言いたい。ありがとう」
 視線を上向ける。受け入れた筈だ。踏み出せる、筈だ。
「そしてすまない……お前を守ることができなくて」
 背後で修道女が微笑んだのが気配で分かった。なら、振り返る訳にはいかない。
 止まれ、涙。彼女との出会いが、幸いであった事を示す為に。

「――全く、参りますねぇ」
 彼女の答えを吟味し、シィンは小さく嘆息し、そして仄淡く笑った。
 リリは全てを持っていた。求めていた物を、本当は、全て。
 そしてそれらが零れ落ちそうになった時。彼女は躊躇なく選ぶ事が出来た。
 今の先を捨てて、その瞬間を。何より大切だと思う自分の気持ちを、掬い上げる事を。
 彼女は微笑んでそれを選んだのだ。この上何が言えるだろう。
「今を以って、鏡は割れん。自分と貴女は、永遠に別たれた」
 背中合わせの位置取りを、対面へと変えて。手を重ねて真っ直ぐに見つめる。
「ελωι ελωι λιμα σαβαχθανει」
 彼女はきっと、神に身を委ねる事を厭いはしないだろうから。
 物語の後書きは、余韻を残してこそと。背を向けて一歩を歩みだす。
 最後の言葉は紡がずとも。きっと、伝わると信じて。
“さようなら だいすきだったともだち”

「――貴女と二度と会えないと理解した時、胸にぽっかりと穴が開いた気がした」
 風斗の懺悔は静かに続く。
「貴女の笑顔が見たかった。笑顔にしてあげたかった。それが始まりだった……けど」
 結局、何も出来なかった。何も、あげられなかった。
「でも、結局泣かせてしまって」
 そのまま。彼女はどうしようもない場所へ行ってしまった。
「また笑ってほしかった」
 それだけだった。
「けど、怖かった! 俺の存在自体が貴女を傷つけるんじゃないかって!」
 そんな事すら、振り切れなかった。
「距離を置くべきかとも……けど、離れたく無くて」
 ああ、そうだ。最悪だったのは、全て自分だ。
 楠神風斗こそが、彼女が泣き続ける原因だ。
 それをのうのうと、今更謝ろうだなんて。
「ごめん、リリさん、ごめん……俺は……貴女にとって疫病神だ……!?」
 ぱん、と掌が鳴った。

 頬を張った力は弱く、痛みも無い。重ねられた視線は真っ直ぐで。
 思わず視線を外そうとした風斗の顔を、両の手で固定する。
「え、な……」
 黙って見つめる瞳は風斗を責める様で。
“私が、そんな事を言って欲しがってるって思うんですか?”
 伝わって来た意思に、戸惑う様に眼差しが揺れる。
“謝れば楽になる。私は、それでも良いと思ってました”
 顔を顰める。その様に、泣きたい位に心が軋む。
“でも駄目です。許してあげません”
 そう言って、笑うものだから。いつもの様に、微笑むものだから。
“ずっと考えて、ずっとずっと、お爺ちゃんになるまで考えて。
 いつか何で許されなかったか、答えを聞かせて下さい”
 頬から手を離した蒼い修道女に手を伸ばす。

“私は、上手に愛せたでしょうか”
 快が、瞳を閉じて応じる。
「少し不器用だったかもしれないね。でも、伝わった」

“ありがとう。泣いてくれて”
 例え夢でも。幻でも。嘘でも良いから。

“ありがとう。寄り添ってくれて”
 最後に見たのは、光る扉の幻像。
 
“私は、幸せでした”
 そうして、蒼い夢はほつりと消える。

●遺され、続くもの
 情などと言う夾雑物で、刃を鈍らせるなど愚の骨頂だ。
 だと言うのに。伝わって来るこの感情は何だろう。
(貴様は、こんな物の為に神を棄てたと言うのか)
 人の喜び。人と繋がる幸せ。人に惜しまれる事が、価値であるとでも。
「……堕落以外の、何物でもない」
 ならば何故、自分は最後まであの夢を壊せなかったのか。
 目覚めと共に、レオンハルトが一人呟く。
 ああ、そうだ。一体誰の悪趣味か。
 最後まで行き着いた夢は今も彼の内で強く、強く、脈打っている。
 記憶と共に、感情までもが流れ込む。慈悲を。祝福を。
 戦い(いのり)の為でなく、救い(いのり)の為の力を。
 忌々しげに瞳を細め、けれど。
 蒼き修道女の魂は今こそ、本当の意味で引き継がれた。

 ――愛してくれた全ての人達へ、いつか、また逢う日まで。

■シナリオ結果■
大成功
■あとがき■
参加者の皆様、お待たせ致しました。
イージーシナリオ『アイよりも尚、蒼く』を、お届け致します。
この様な結末に到りましたが、如何でしたでしょうか。

任務は無事成功。
条件は『出口を見つける事』による脱出。
出口の出現条件は『蒼い修道女に背を向ける事』でした。
MVPは、修道女の側から課題を出させた、楠神風斗さんへ。

リクエストありがとうございました。
またの機会が有りましたら、宜しく御願い致します。