●嘲笑う絵画 「ヤッホー! リベリスタちゃん達、エブリバデイ! 毎日が日曜日、ハッピー、ラッキー、ヨミガツジー。京ちゃんゲイムはっじまるよー! 強い強いアーク御一行様じゃ、ただ暴れてもつまんないよねぇ? だから俺様ちゃん、色々考えました。 考えて、考えて、考えて、考えて……あれ、何回考えたっけ。兎に角考えましたYO! つまり、アークちゃん達は俺様ちゃんが大嫌い。アークちゃん達は一般ピーポーの皆を守りたい。 守りたい一般ピーポーが俺様ちゃんみたいになったら、義務と嫌悪、果たしてどっちが勝つのかなーって…… ああもう! 狂ちゃん、うっさいYO! 今盛り上がってるから黙ってて! ……まぁ、説明が面倒だから細かい話は同封の資料を見てNE! 週間黄泉ヶ辻、創刊号は三百八十円! 書店にて!」 ●リジェクト 「つまり――俺様ちゃんは思う訳だよ」 「今更、考え事をするの? おかしな人ね」 「普段から何も考えてない癖に」 切り出した黄泉ヶ辻京介にナツキとフユミの二人は些か所では無く辛辣な言葉を並べていた。上下関係が緩く、最初から組織として破綻しかけている黄泉ヶ辻において珍しい『幹部』である彼女等二人は概ね京介の面倒を見る係として傍に居るのだからその辺りはお互いに慣れたものではあるのだが。 「失礼な事言うなぁ、キミタチは。殺して剥製にしちゃうよ?」 ――そう、永遠に美しく! 「やあよ、そんなの。美容に悪そうだし」 「京介のホルマリン漬けの方が学術的価値があるんじゃないの?」 取り敢えず、京介の物騒な台詞と彼の指輪――狂気劇場の合いの手に更に狂った切り返しを見せる辺り、彼女等は極めて黄泉ヶ辻らしい黄泉ヶ辻であるのは間違いない。 「それで?」 「うん?」 「何を考えたの?」 「話の腰を折っておいて!」 京介がアークに『ゲイム』を提案したのは今回が初めてではない。 だが、今回京介が仕掛けた『ゲイム』はこれまでのものとは質が異なる。あの裏野部一二三が増大していくアークに決戦を仕掛けたのと同じである。 だが、当時と今とで一番の違いを挙げるならば、『裏野部は勝つ見込みがあった』。『黄泉ヶ辻には組織的勝利の目が殆どない事』位であろうか。 国内外で声望を高め、戦力を充実したアークは政治的にも武力的にも強固な存在と化している。同様に高い組織力を誇る逆凪辺りが音頭を取ればまだ格好にもなるだろうが、それが黄泉ヶ辻では戦力の結集など見込める筈もない。同時に、その心算も無いのだが。 「何故、人は争うのだろうかという話」 京介はニヤニヤと笑いながら言った。 「何故、人は争うのかという話は、即座に何故人や論理は排除されるのかという話に繋がるっしょ。 アークは『黄泉ヶ辻京介』は何故排除しなければならないのか――」 「迷惑だから」 フユミがキッパリと言い切った。 「京介みたいなのがウロウロしてたら皆困るでしょう。 私は困らないけど、困ってる。余計な仕事ばかり増やすしね」 ナツキが合わせてそう言った。 「まぁ、俺様ちゃんの言いたいのにキミタチは含まないんだけど…… 要するに俺様ちゃんが悪役って言われるのは『違う』からなんだNE。 アークとは違う、一般社会とは違う、組織としての『黄泉ヶ辻』とも違う。 アークが俺様ちゃんを嫌うのは違うから。社会が俺様ちゃんに迷惑するのは俺様ちゃんじゃないから。黄泉ヶ辻に裏切り者や脱走者が多いのは、彼等が俺様ちゃんとは違うからだNE。ここまでは分かる? 本質は『違う』事への不寛容なんだ。悲しい事に」 「当たり前じゃない」。双子は呆れた顔をした。 「そう、違う事は当たり前だ。俺様ちゃんの頭が煮えてるのも、他ならぬ俺様ちゃん自身が誰よりも良く分かってる。俺様ちゃんは世界の日本の大迷惑で、何としても排除しなければならない存在だろう。『皆にとっては』」 「でもさー」と京介は笑った。 「『皆』が今のままならそうだけど、もし『皆』が俺様ちゃんと同じになればどうなるかなあ」 「……」 「リベリスタが、アークが、フィクサードが世間の常識が俺様ちゃんと同じになれば――近付けば。お互いに歩み寄ってラヴ&ピースって素敵じゃない?」 生まれ落ち、物心ついたその時から京介は異質だった。 仲間と呼べる黄泉ヶ辻においてさえ、その狂気の血族の中においてさえ異質。何処にも同一は無く、何処にも寄る辺は無い。京介という一個は、まるで京介という種のようだったと言える。故に彼は求めていたのかも知れない。遊び相手を、友達を、己と同種の人間を―― 「――と、いう建前で『ゲイム』を開催してみました」 「呆れた」 「そんな事の為に態々そんなに力をすり減らしたの?」 何処まで本気か知れない京介の戯言に双子は失笑した。 京介が『黒い太陽』の依頼報酬で手に入れたアーティファクトは『悪徳の栄え』と『美徳の不幸』の二つ。『悪徳』は使用者の狂気を他者へ感染させる件の『京介ウィルス』を生み出し、『美徳』はそれを中和する『箱舟ワクチン』を生み出す能力を持っている。それ等の名称は当然京介自身が命名したものだが―― 「ワクチンなんて要らないじゃない。造るのに力を消耗するなら尚更」 「ついでに犯行予告も要らないじゃない。まき散らしてしまえば良いのよ」 ――双子の『合理的』な話に京介は肩を竦めた。 「それじゃ『ゲイム』にならないでしょ!」 『ゲイム』にはルールが要る。 他人の命も、自分の命もどうでもいい京介は、今回が面白ければそれでいい。 「クイズです。果たして、俺様ちゃんは何人増えるでしょーか?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年03月21日(土)22:39 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 10人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●パンデミック・ゲイム 「正気がある人はこの場から急いで離れろ! ここは戦場になる!」 『不滅の剣』楠神 風斗(BNE001434)の叫び声が真昼のオフィス街の空気をかき混ぜた。 悲鳴と怒号の満ちる現場には新宿副都心の整然さは何処にも無い。生物が一箇所に集まり過ぎたらばどうなるか――その原則論に従ったかのような惨状は理性ある人間には俄かに信じ難い――信じたくない、まさに地獄のような光景だったと言える。 意味の無い暴力。 理由の無い殺人。 秩序への挑戦。 社会性の否定。 全てを崩壊させる――即ち、狂気の為の狂気。 (クソ……分かってはいたが……何て状況だッ!) 臍を噛み、内心で悪態を吐き出した風斗の心に焦りが募った。 黒煙を上げる事故車両も、荒らされ始めたビルも――辺りで倒れている人々も全て彼が守りたかったものだ。 守られなければならないと信じている日常に他ならない。 カキワリの風景のような――唯の舞台装置に貶められたそれ等が持つ意味と価値を、実直な剣は知っていた。 その背景にどれだけの想いと、人生が連なっているかを――他ならぬ彼は痛感している。 この邂逅は運命。 この会敵は定められたゲイム・スタート。 リベリスタの行く先には常にこの悪が居る。同時にその悪の行く手には必ずリベリスタが居た筈だ。 「誰が、担保していたんだろうねぇ」 赤いジャケットが風景の中で揺れていた。 笑っているのだ。大袈裟に肩を揺らし、わざとらしく芝居っぽく。 響き渡る調子外れの『アメイジング・グレイス』が否が応無くリベリスタ達の神経を逆撫でしている。 「ふふ、貴方と逢うのがとっても楽しみだったんだ」 「そう? じゃあ、期待に応えて――」 『疾く在りし漆黒』中山 真咲(BNE004687)の口角が持ち上がる。 「――黄泉ヶ辻の京ちゃんDEATH! 今日は、俺様ちゃんのスペシャルライヴに御来場をありがとNE!」 真咲の視界の中の男は実に気取ったポーズで一礼していた。 狂乱の渦の中心にありながら、まるで頓着していない――狂気に侵されてもいなければ、暴れ回っている訳でもない。至極理性的に言葉を述べ、時折横合いから降りかかる火の粉を楽しそうな顔をしながら振り払っている。彼が――黄泉ヶ辻京介が今回の事件の主犯である事はリベリスタ達にとっては改めて確認するまでもない位の事実であった。 「あ、邪魔」 不意に飛び掛ってきたスーツ姿の男の頭を京介の指弾が貫いた。 太陽が東から昇るのと同じように、ポストが赤いのと同じ位にこの黄泉ヶ辻京介は『悪』である。 誰が良いと決めたとか、善悪の彼岸は何処にあるかとか――哲学的に理屈を捏ね回す事は幾らでも出来るけれど。既存の社会よりの逸脱を肯定しない事がその維持に貢献するというならば――彼はどうしようもない位に『違って』いた。 「誰が保証していたというのか。『今日が昨日と同じ』だって。『明日は今日より良くなる』とか」 「誰も保証しちゃいないさ」 謡うようにからかうように言の葉を奏でる京介に応えたのは『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)だ。 「でも、『今日は昨日より良くないかも知れない』。でも明日は今日より良くなるよ」 「何それ、クイズ?」 「――いいや、『今日、お前を倒す』って言っただけ」 「へぇ? 折角融和しようと思ったのに?」 「無理やり自分に染めることを歩み寄りだなんて言わねぇ」 自身の反応も予期してからかう言葉を投げた京介に夏栖斗は実に素直に憮然としていた。 「自分が『違う』存在だってのも――お前自身が勝手に定義しているアイデンティティだろ。 ゲイムつって、いつも上から目線で厄介事起こして――いい加減うんざりなんだよ!」 剣呑な宣戦布告にも動じない京介は至極おかしそうに笑っていた。 御厨夏栖斗の刺すような敵意の視線を受ければ、大抵のフィクサードは縮み上がるものだろう。しかして、それをものともしない所か娯楽に変えてしまう京介は、だからこそ彼の宿敵足り得たのだろう。世の中に許せない悪は、許せない人間は多数居るが、正義感の強い少年にとっての一つの究極が目の前の男なのは間違いない。彼は、少年の考える唾棄すべき悪意の象徴にも等しい。 「『自分の常識は他人の非常識』。相互の完全な理解なんて、夢物語でしかない。 だからこそ、そんな自分を受け入れて下さる方を愛おしく思う事もできるのではないかしら」 『揺蕩う想い』シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)は辺りの『酷い有様』に嘆息して言った。 語って分かり合える相手ではない事は知っているが、言わずにはいられない心情も事実である。 「――自分の常識……即ち『自分しかいない』世界って、楽しい?」 シュスタイナの言に京介は「やってみないと分からないよNE」と首を傾げた。 彼が『最も危険なゲイム』を銘打った今回の一大イベントは彼が『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュとの取引で、あるアーティファクトを入手した事に端を発する。ドナスィヤン・アルフォンス・フランソワ・ド・サド――つまり、マルキ・ド・サドという人物が著した『悪徳の栄え』と呼ばれる作品の原典は、非常に冒涜的で非常に先鋭的なその内容の通りに実に厄介な魔力を秘めていた。使用者の狂気を『概念ウィルス』に変換して拡散するという単純性能は然るべき使い手に渡りさえしなければ何の問題も生じないガラクタに過ぎなかったが、悲しいかな。『悪徳の栄え』は黄泉ヶ辻京介という最悪の使い手と出会ってしまった。 「一人の狂気に染まった集団……まるでレギオンですね」 尚も何かを言い募ろうとしたシュスタイナを庇うように、静かに言った『黒犬』鴻上 聖(BNE004512)が前に出た。 その背に少女を隠すようにした彼は、美しいもの程壊れ易く――染まり易い事を知っていた。彼は同時に彼が背中の少女が、守り続けなければならない程弱い存在でも、脆い存在でもない事を理解していたが、理屈と男の矜持は全くの別物である。 (……困った人ね) 同時に、少女の建前と本音も全く別物なのだが。 極力そうでないように努めたとしても、特別な人間が特別である事には何も変わらない。 「さて、敵は受肉した『悪魔』といった所ですか?」 無論、聖とてこの現場と敵の性質は心得ている。鉄面皮の如く動かないその表情は彼の内心を微塵も反映していない。 「元悪魔祓いとしては、元凶たる『悪魔』を駆逐したいところですが……さて」 「エクソシストのお兄さん、『悪魔』ってのは滅ぼして滅びるもんじゃないのよん。今も昔も、今は特にね!」 素晴らしい直観力と不動の心を持ち合わせる聖が見据えた受肉した悪魔は、『麗しい光景』こそ嘲り笑う。 聖書の言葉さえ全く届かず、人間社会に混ざり込んだ悪魔は――或る意味で『オリジナル』を超えている。 フィクサード国内主流七派による日本の神秘世界支配の構図が崩れて随分久しい。裏野部は壊滅し、剣林は首領を喪失した。三尋木は国内を脱出し、恐山と逆凪はアークと折り合いをつける現実路線を選択しているように見える。バロックナイツを連破し、世界的な声望を高めたアークに国内で積極的に弓を引くのはもう余程の物好き位と言っていいだろう。沙織が『悪質なテロ』と断じた通り、黄泉ヶ辻は――京介は『組織としてのアークへの勝利』を望んでいないように見える。事実、自身等より武力に勝る裏野部や剣林が敗れた今となっては、閉鎖主義であり京介の個人商店の色合いが強い黄泉ヶ辻が組織的戦術で苦境を跳ね返すというビジョンが現実的でないのは確かであると言えるだろう。 しかし――アークの現状に比すれば戦力的に劣ると断言しても良い彼等黄泉ヶ辻は、それでも黄泉ヶ辻に変わりは無かったのだ。 勝てないならばどうするか。まともな人間ならばその軍門に下るか、機会を伺うだろう。敗北主義を良しとしないのであれば、一矢報いんとせめてものチャンスに賭けるだろう。だが、黄泉ヶ辻はその何れとも違った。曰く『面白ければいい』等という理由で、今まさに世界の存亡を賭けた戦いに赴かんとしたアークの足を引っ張りに出てきているのだから、性質が悪いでは片付くまい。 「真面目に仕事をしたと思ったらこんなものが君の欲しいものだったのか。 こんな茶番をせずとも誘いがあればいつでも来てやったというのに」 「キミは、ね。キミは蜂須賀だし――何より『こんなもの』より大事な動機はもうあるだろう?」 京介の言葉に『閃刃斬魔』蜂須賀 朔(BNE004313)の柳眉が僅かに歪んだ。 「……そうだな」 「そーでしょ?」 「確かに、お互い様だ。蜂須賀(もっとも)らしい理由付けなど必要ない。 私は『蜂須賀』朔で、君は黄泉ヶ辻京介だ。戦うにそれ以上の理由は不要だし、それも今日が最後だ」 「アンタが言ってることは狂いなく正しいんだろうさ」 犬歯を剥き出しにした『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)の表情は吐き捨てる言葉を裏切っている。 「人間は違うものを排他する、そしてアンタは間違いなく『違う』。 ひょっとしたらそこに差はあっても善悪を持ち出すのも違うのかもね。 おかげでこんな、胸糞悪いところで戦わなきゃならない――ある意味での証明だ」 涼子の見回した現場には京介によって放たれた『ウィルス』に染まった人間が多数居る。己の欲望を解き放ち、無軌道に暴れ回る暴徒が居た。その中には――『この現場を何とかしようと駆けつけた革醒者(リベリスタ)』も含まれていた。 京介の狂気が空気感染で爆発的に広がれば、この国の日常は致命的打撃を受けかねない。この『パンデミック・テロ』を引き起こした所で、仮に『ゲイム』を成功させた所で黄泉ヶ辻という組織の勝利は無い。逆にこの状況を引き起こした事が切っ掛けで、京介は力を幾らか失っている訳である、組織も今度こそ完全駆逐される可能性は極めて高いと言えるのだが……頓着していないのが『最悪』な理由だろう。 「楽しみの為に人を殺す。そういう意味ではボクも貴方と一緒なのかもしれないね。 でもボクはちゃんと普段は我慢してるし、相手は選んでるんだよ。つまり、ボクの方がオトナってこと!」 ――カッコカワE! 真咲の言葉に口を挟んだのは京介ではなく、彼が十指に嵌めた指輪の方だ。 かつてウィルモフ・ペリーシュの造り出した失敗作(きょうきげきじょう)は常識外れの京介の異能を支える最大の武器である。 「ま、キミを黄泉ヶ辻(コッチ)にスカウト出来なかったのは大変な失敗だと思うYO。 でもまぁ、そうじゃない――例えば夏栖斗きゅんや風斗きゅんみたいなお利口さんの――いい子ちゃんの理屈で言えば、虚しいナグサメかもNE。 でも、彼等のそのお題目こそが『違う』証明になるんじゃない?」 「――わたしみたいな、なってない奴からすればそこら中に自分がいても、ただムカつくだけだけどね」 「それもいいじゃない。気に入らなきゃ――残ったのが『本物』っしょ」 肩を竦めた京介が、涼子の言葉を受け流す。 一方で当然と言うべきか、名前を挙げられた夏栖斗や風斗が色めき立っている。 付き合いの長さはお互い様である。互いに何処を突かれれば痛いかは承知の上だ。 「――落ち着け」 「そうかい、今回はキミが居たっけ」 俄かに熱を帯びた空気を押し止めたのは目を細めた京介が見た『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)である。 「確かに、今回はお前が主役だな。けれどこの演目は――ピカレスク・ロマン。 終劇は主役の最期と相場が決まっている。知ってるか? 例えば『ドリアン・グレイの肖像』とか」 「このゲイムに代わりに朽ちる絵(りょうしん)なんて都合のイイ感じの装置はないんだよ」と京介。言葉は快の問いへの肯定だ。 「キミは面白くないからなぁ」 「そうかい。御呼びでなくて悪かったな」 京介の『面白くない』という評価に喜んでいいものか――快は判断をしかねた。 リベリスタとして毅然とした正義を確たるものとした自身は確かに懊悩する夏栖斗や風斗とは違う。 しかし、『京介を面白くしない』事が今回の任務に求められる最大解答であるとするならば自身はその楔になれる自負はある。 「夏栖斗、風斗。今回が最後だ。くれぐれも――熱くなりすぎるなよ」 「悪い」 「……すいません」 快の言葉は確認であると共に宣誓でもある。『何よりも、最後にしなければならない』。 忠告をした彼を含めたリベリスタの内の何名かは――この地獄のような戦場を少しでもマシなものに変えようと企図していた。 本格的な戦いが始まれば期せずして巻き込まれる人間は増える。現場に存在している人影の大半が革醒者ならぬ一般人ならば、流れ弾さえ容易な致命傷足り得るのは明白だからだ。しかし、彼等の必死の呼び掛けも『ウィルス』の前には小さな声に過ぎなかった。 「まーだ他人の心配するんだから、キミ達も大概だよ。うん」 「違うでしょう」 肩を竦めた京介に呆れ顔で言ったのは彼の両脇で静かにやり取りを聞いていた双子の白い方(かたわれ)である。 「大概なのは貴方も同じ」 「つまり――同じ穴の狢だわ。良かったわね、仲間が出来て」 息もピッタリに皮肉を連ねるナツキとフユミは『最終決戦』を前にお喋りを楽しむ両者共に呆れているように見えた。 「確かに――喋り過ぎたな。貴様等如きに指摘を受けるのは気に入らぬが、不本意ながら同意してやろう」 腰に手を当てる双子の両方、へらへらと笑う京介、彼の手前で俯く『蝋人形のような二人の女』をねめまわし、『暴君』レオンハルト・キルヒナー(BNE005129)は吐き捨てるかのように言って口元を歪めた。 「貴様等が居れば空気が穢れる。御託は十分だ。吐き終えたなら、疾く退場するがいい」 胸の内で蟠る強い怒りの感情にレオンハルトは違和感を禁じ得なかった。黄泉ヶ辻京介は一個の悪に過ぎないのに――どうしてか、無性に彼が『許せない』。聖女の記憶がそうさせている。止めねばならぬという強い信念が彼の全身に力を漲らせていた。 「我が身は銃弾なり……」 「じゃあ、俺様ちゃんはゲイムなり。コロッケ好きなり」 「貴様が増えたら? 増えた分も総て潰すまでだ」 首をコキコキと鳴らした京介は戦闘態勢を整えたリベリスタと双子を見て『潮時』を理解したらしい。 酷く隙だらけだった雰囲気が圧倒的な異能を誇る魔人のそれに姿を変えた。 (……誰の力が落ちてるって?) 京介はベスト・コンディションでは無い筈だ しかし、久し振りに肌で感じる彼のプレッシャーは風斗を自然に慄かせた。 「頑張るといいよ。欲しいでしょ、『ワクチン』も『原典』も」 「言われなくても頑張るさ」 『はみ出るぞ!』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)の鷹の視線が敵を刺す。 (きょーちゃんの動き、アザ&ヨリの動き、ナツ&フユの動きに加え、視界の壁となりえる暴徒たちの動き。 戦場とは、流れを見るべきもの――『道』を作る役目の俺には、必要なのは状況を見定める事だ) 強い信念に裏打ちされた竜一の戦いは相手が誰であろうと揺らぐ事は無い。 求められるは勝利。結果。今回については特に――『頑張りました』には何の意味も無い。 「気をつけろよ。『ナツキとフユミは逆』だ」 「へー」 幻想殺しをも備えた竜一の着眼と眼力は小細工を許さない。 双子の入れ替えトリックは古典だが――元々入れ替えても気付かないような顔の造りなのだから費用対効果がいい。 パーティは短い言葉に合点して狙いをそれぞれ入れ替えた。 「力を尽くすさ。何より、お前の為にもな」 嘯いた竜一に京介は満足気な顔をした。 血の気の失せたアザミが胸に抱くのは『美徳の不幸』。『悪徳の栄え』を持っているのはナツミ。『ワクチン』を持っているのはフユミだという情報がある。リベリスタ達はこの京介が一筋縄で望みを叶えてくれるとは思っていないが―― 「――もう、やるしかねぇだろ!」 アスファルトを蹴り上げた夏栖斗の言葉を否定する材料は唯の一つも存在しない。 ●最も危険なゲイムI 彼方、リベリスタに恋焦がれる京介。此方、その京介の首を取る日を待ち侘びたリベリスタ達である。そんな結論は当然過ぎる程の当然で、この『最も危険なゲイム』が互いの望みを達成するに最たる舞台である事は今更疑う余地も無かった。 果たして。 不倶戴天の敵同士であろうとも、互いの望みが一致したならば話は早い。 交戦機会は互いに多い。互いの人となりから手の内まで知っている両者の戦いは面倒な小手調べを飛ばすように始まった。 「君は黄泉ヶ辻京介――受けは大層巧いのだろうが、なればこそ先手必勝は道理」 最短距離で勝利への道を駆け抜ける事は、この場合大局を得る事にも等しい。 京介というJorkerが極度のスロースターターである事をリベリスタ達は、この朔は知っていた。 ならば彼女が為すべきと考えたのは、パーティ随一の速力を生かした速攻。 この戦いにおいて確実に倒さなくてはならない一要素――『ワクチン』を持つフユミを早晩に撃破する事だった。 「ちょっと、京介! いきなりこっちに来るなんて――貴方、舐められていない?」 「馬鹿な事を」 繰り出された円環ノ花が白いゴシック・ドレスを切り裂いた。 流麗なその美貌に流し目を乗せた朔は自身の絶技に『防御の姿勢を取れた』敵を決して軽視していない。 「京介は必ず斬るが、君達とて捨てたものではないぞ。十分欲求は刺激する」 朔は内心で「今日ばかりは欲求よりも先に立つものはあるがな」と付け足した。 それはそれとしても未だ一張羅を気にしている辺りは、フユミも『大概』な人間である。 「双子揃えば能力が上がるんだったな?」 風斗の言葉は取りも直さず二人の攻略方法を示すものになる。 「――Amen!」 戦いのベルをこれでもかと打ち鳴らしたのは神に捧ぐ一語と共にセブンス・アポカリプスを振り下ろした『暴君』である。 絶大な威力の余波が狂化し、人間性を喪失した『障害物』もろともフユミを吹き飛ばす。 「退け! 狂っていても――動物ならば、生存欲求位は残るものだろう!?」 「ざーんねん、俺様ちゃん、別に死んでもオッケーな人!」 「……狂人めッ!」 舌を打ったレオンハルトは不本意ながら合点した。確かに敵は『好き好んで戦力を減じて決戦を迎えた物好き』である。 猛烈な攻め手は、全ての障害を許さない。無論、苛烈な聖職者とてリベリスタだ。無辜の人間を進んで巻き込むを良しとはしない。だが、物事には優先順位がある。黄泉ヶ辻京介を倒し損ねる事は――その『ゲイム』を阻止失敗する事は、見渡す限りの人間を死なせる以上の被害をもたらす。それは間違いようも無い事実であった。 「こっちに来たら死ぬよ……あんなふうに」 「避難するんだ。ここから先は――守れない」 「ここから離れなさい! あんなふうになりたいの? 早く走って!」 それでも諦めないが故のリベリスタだ。淡々と涼子が言い、努めて冷静に快が告げ、殆ど懇願するようにシュスタイナが叫べば、衝撃の光景と彼等懸命の言葉に多少なりとも我を取り戻した人間が幾らかその場を逃げ出した。 (少しでも――誰か一人でも多く……っ!) 救いたい。それはシュスタイナのみならず大抵のリベリスタの願いである。 だが、『ウィルス』の猛威は大半の理性を塗り潰している。凄絶な光景に指をさして笑い始めた連中を確認すれば、結論は早い。 到底、全てを救う事は望めない―― 「さって、ボクもいくよ」 同じリベリスタであっても目的達成の為ならば、総ゆる手段を肯定する真咲も居る。 惨劇を『ゲイム』と称する京介が一般人を盾にするのだとしたらば、むしろこれを砕くのは自分の仕事だとも考えられる。 『力を合わせなくては勝てない敵』が相手ならば役割分担は大切である。過度の仲間意識を持っている心算は無かったが、それを気にするタイプ――例えば夏栖斗や風斗の刃を曇らせない事は戦いの勝率それそのものを引き上げるだろう。 「ま、ボクとしてはやっぱり『どっちでもいい』訳だし――やる事は一緒だよね!」 レオンハルトが吹き飛ばした間合いに真咲の小さな体が飛び込んだ。 可憐な真咲の容貌に不釣合いに獰猛な烈火の如き黒斧(スキュラ)がステップを踏んだ少女に追いすがる。 「何度も、何度も、斬りつけて――バラバラにしてあげる!」 澄んだ輝きをその瞳に宿らせて至上の嗜虐性を発揮する真咲の猛攻に鮮血が散った。 「京介!」と声を荒げる双子からは、その異能をここまで引き上げたアーク・リベリスタ達への驚嘆が見える。 「まだまだ乗らないとか言ってる場合じゃないわよ。付き合ってあげたんだから、働きなさい」 「情けないなあ、君達も」 「ドレスが破れるでしょうが」 短い会話からもリベリスタ達は京介ならぬ双子の異常性を理解せざるを得ない。 『二人は敵の強さと自身の危機を十分に理解しながら、まずドレスの心配をしているのだ』。 どれ程理性的に見えたとしても黄泉ヶ辻幹部ならばそんな事は驚くに値もすまいが、リベリスタ側の猛攻が敵陣の本気に火をつけたのは確かな事実である。 ――いくよ、京ちゃん! IとYOU情のツープラトン攻撃だ! 「いぇあ!」 京介の指で光を放った指輪がアザミとヨリハ――京介ともアークとも因縁深い女達の姿を宙へ舞わせた。 「よりによって友情の――」 絶句したのは誰だったか。 自身の妹とその親友。二人共、当然所属は黄泉ヶ辻――だが、京介がその死を一顧だにしていなかった事だけは確実だ。 アザミとヨリハのそれぞれが、フユミに喰らいついたレオンハルトと真咲の双方に襲い掛かる。 『狂気劇場』の能力は生命体をも含む物体の操作だが――並のそれ等とは一線を画す高い能力は素体の強さの為だろう。数合わせのように繰り糸に乗せられた一般人達を敢えて『強い手段』を取る事が出来る彼等にもぶつけたのは『一人でも多く殺させる』という目的を持ってのものかも知れない。 「何だか懐かしいでしょ? 盛り上がるでしょ? だって、最後の決戦だもの。再生ボスとか王道のお約束で……やっぱりこういうサプライズは必要かなって……そうそう!」 凄絶な舞台の演目は、まるで空気に頓着しない京介の耳障りなお喋りだった。 「ところで、良い子の皆ちゃん、それって――『本物』だと思う?」 カメラ目線の京介が器用なウィンクと共にそう問うた。 面を不自然に持ち上げたアザミの片目にはもう二度と塞がる事の無い絶望の洞が開いていた。 同じように繰り糸に突き動かされる人形のようなヨリハの顔には永遠に失われた憧憬に向けられた絶望が張り付いている。 「邪魔、だ――」 荒れ狂う大蛇の鎌首は、静謐にして苛烈なる涼子の心情を映す鏡のようだった。 彼女の武威は容赦無く間合いを薙ぎ払う。そこにどんな敵がいようとも、執念深く――追い詰めんとする。 「相当痛むでしょうけれど、ごめんなさいね――!」 結界は張った。しかし、状況上一般人には構えるのはそこまでだ。 シュスタイナの放った神々しい光が狂化してリベリスタ達に襲い掛かってきたマリオネットを含めた周囲の視界を白く灼いた。 小さく息を呑んだ彼女に傍らの聖が「大丈夫です」と短く告げた。 「聞きしに勝る悪趣味だ」 感嘆にも似た調子で聖が呟いた。 (救えるものなら全てを救いたい。狂気に侵された人々であっても、ワクチンで治るのならば…… 出来る事は限られていても、そう考える事が彼には余程楽しいらしい) 美しいものばかりを見て生きていける世界ではないけれど、やはり『シュスカさん』には見せたい相手では無い。 「言う心算なんて無いだろう? それに――俺達にとっても意味の無い事だ」 「まぁね。皆がそうじゃないとは思うけどNE」 「冗長だな。欠伸が出るから、少しは芸を磨くべきだ」 今の攻防で快はすかさずシュスタイナと聖の双方を『カバー』している。 京介の力で操作されたとしても、一般人(まめでっぽう)では快の装甲は破れない。 「あんまり生意気だと、豆腐みたいにスパスパいっちゃうZE」 「ああ、来いよ!」 頷いて大笑いし始めた京介は小さくないダメージを受けたリベリスタ達に言う。 「うんうん、キミタチはどうあれ――俺様ちゃんは燃えてきたよ。やっぱり、アークじゃないと駄目だNE!」 ――それ以外じゃ満足できないカラダ? やだもう、京ちゃんのエッチ! 「いぇあ!」 「――いい加減、黙れよッ!」 不快なお喋りに我慢が据えかねたのは先に京介が言った『そうじゃない』人間の一人だった。 前に出る動きを見せた京介を夏栖斗がすかさず迎撃した。飛び込んだ彼の蹴撃は抜群の切れ味で斜線を阻む障害物の数々を撃ち抜いている。 「何時までも――そんな事ばかりして、言いやがって……お前は!」 吠えた夏栖斗には怒りと、それに飲まれまいとする意志の双方が同居している。人間を殺す事を酷く忌避する少年に確かな殺意すら宿らせた因縁は、浅いものでも短いものでもない。彼が余興の一つのように操るヨリハさえ―― ――君は善意が有って欲しいんじゃないのかな? ソレを信じたいから悪意を集めてるんじゃないの? ――あたしは黄泉ヶ辻や。会ったんやろ? オニイサマに。あの悪意を見たら善意なんて何処にもない。 あるなら、それを見せてよ。あたしに、教えてよ。 ……夏栖斗にとっては、心を揺さぶるに十分な『意味』を持っていた。 「ガンガン来るねぇ!」 「それだけ――暴れてきたって事だろ?」 京介の視線が竜一に向いた。 リベリスタ達の作戦の第一段階は『ワクチン』を有するフユミの撃破である。 当然、集中攻撃を受けたフユミはヘルプを出し――京介は彼女の守りに『駒』を配置した訳ではあるが。 (考えるまでも無い。『道』を作るのが今日の俺の戦いだ――!) 竜一の放った対の豪打が暴君の再臨を戦場に告げた。木偶のように宙を舞うのは本来守りたかった命でもある。 だが、彼は一切の躊躇をしていない。 「今時の若い人は――正義マンはそれじゃダメでしょ!」 「俺は正義じゃない」 おどけて説教じみた京介に竜一は敢えて言い切る。 「或いは俺の行為は冷酷と呼ばれるかも知れない。肯定されないものなのかも知れない……だが、それがどうした?」 その全身に意志の力を漲らせた竜一に、狂気の侵入する隙間は無かっただろう。 「きょーちゃんは悪徳の狂気、カズトやらは美徳の狂気だとしよう。 ならば俺は、大義の狂気。大の為に小を斬る。成すべきを成す。 自分を見失う事などあってたまるか。でなきゃ――今まで切り捨ててきた小達にどんな顔が出来るんだ?」 「正義とか悪とか、寛容だなんだなんて言葉は知らない。 いつかのサラリーマン。そこに転がるだれか。数えきれないひとたち。 それと同じように、アンタの命と魂を台無しにしてやりたいだけ――それが悪いっていうのなら」 ぜんぶまとめてなぎはらってやる。 竜一にしろ、涼子にしろ――他の誰にしろ同じ事である。 彼等は最初は運命に愛されていただけの凡庸だったかも知れない。 しかし、今は違う。運命を捻じ伏せ、従える――本物の戦士達である。 「残念」と漏らした京介の声色に何処か真摯な――退屈そうな諦念が混ざっていたのは気のせいではないだろう。 『あわよくばアークのリベリスタ達こそ、己が狂気に取り込みたい』という京介の希望は、遥か遠く叶うまい! 戦いは続く。 攻防は激しい削り合いで、聖やシュスタイナは快の防御に支えられながら本職である支援への奔走を余儀なくされた。 だが、ダメージを応酬するのはお互い様である。 「何よりもまず『ワクチン』を!」 シュスタイナの言葉はリベリスタ達の最大優先目標である。 (あれだけは――手に入れないと。何があっても、これ以上の『蔓延』は許せない) リベリスタ達の猛攻は、充実する気力に支えられ、ナツキという強力なホーリーメイガスを擁する黄泉ヶ辻陣営を押し込んでいた。 強力とはいえ、唯のフィクサードに過ぎないフユミが彼等を凌ぎ切る事は不可能だった。 「おおおおおおおおおおおお――!」 全ての力と想いを一打に込め、デュランダルを赤く輝かせた風斗渾身の一撃が運命に縋り、この世にしがみ付いたフユミの命脈を二つに割った。最後の瞬間まで「ドレスが、最悪」と零した少女が赤い血溜まりに崩れ落ちた。 ナツキはといえば「デュオが出来ないじゃないの」等と溜息を吐くばかり。 「確かに、貰い受けた……!」 彼女が離した『ワクチン』の小瓶を風斗は確かに受け止めた。 肩で息をする彼は京介を睨み付ける。 「京介、俺はお前が怖い」 「ヘイ、ピッチャービビッてるよ!」 「ああ、そうさ。正直を言えばビビってる。お前になんて、関わるんじゃなかった」 風斗の言葉は肩肘を張る少年らしくも無く、何の虚勢も帯びてはいなかった。 「いつお前の気まぐれで、俺の大切なものが傷つけられ、失われるかと思うと…… 今までお前がやってきたゲイムの被害者たち、彼らの姿が俺の未来に思えて、怖くてたまらない。 俺は幸福でありたい。俺の周りも幸福であってほしい――分かるか、京介」 風斗はそう訊いたが京介に何も言わせなかった。 ――だから京介。今日、ここで、お前を殺す。 周囲からピーピーと指笛が降り注いだ。 京介の狂気が伝播したならば、彼の決意は――この舞台は最高の見世物なのだろう。 「感染者はまだたくさん残ってるし……まさか、この程度で終わっちゃうつまんないゲイムなわけないよね?」 「一二三も百虎も、最後まで舞台を投げ出さなかったぜ。主役を強請ったなら――分かるよな、『首領なら』」 にっこりと笑った真咲が、挑発めいた快が念を押す。 「そうだ。まだゲームは終わりじゃないぞ」 「へぇ?」 腹芸の出来ない少年の珍しい台詞に京介は目を細めた。 「まだ、終わってない。今度はお前が――」 風斗の言葉は挑発。 「――お前が、ワクチンを奪う番だ」 「馬鹿だなあ、キミタチは」 やれやれとポーズを取った京介は鼻で笑った。 「逃がさない、なんてステレオタイプ、悪役(こっち)の台詞でしょ。本気で勝てる心算なんだ、この――俺様ちゃんに」 何の事は無い。今日という日を唯の『ゲイム』で済ませる心算が無いのは、どちらも同じ事なのだ。 「ほんとうにばかだな、きみたちは!」 ●最も危険なゲイムII 「狂気如きで我(しめい)を忘れるな!」 レオンハルトの雷のような一喝が、遂にリベリスタ数名の狂気を打ち払った。 我を取り戻したリベリスタ達はアークの戦士では無い。京介を相手に戦いで貢献出来る事は無かったが――被害を少しでも減らそうと思うならば、彼等の存在は大きな助けになった。 「そうだ、それでいい」 呼吸を乱したレオンハルトは、熱量を増す体と魂を意志の力で抑え付け心中で祈りの言葉を紡ぎ続ける。 (情(きょうき)に流され、使命を忘れた愚かな女が居たが……武器たる者、如何なる時も刃を鈍らせてはならん) なればこそ、彼は神の代行者たるだろう。 「行けッ!」 号令と共に繰り出された猛撃が強かにヨリハを叩いた。 アザミと木偶達が間合いを舞い、京介の放つ殺意の線が荒れ狂う。 (今、あの女の友や特別に思った敵(アザミ)、愛した者が居る。 戦(いのり)の場に於いて、愛や感情は不純物だが――) レオンハルトはやや感情的になる自分を律し得ない。 「なかなかだが、少しばかり祈り足らん。もっと楽しませろ!」 我が身の昂ぶりに身を任せ、あくまで強気を崩さない彼は京介を挑発までしてみせるが…… 暖まり始めた京介を前に幾度と無く訪れた危機をパーティの機転と連携が凌ぎ続けている状況である。 特に支援に尽力したシュスタイナの魔力の大きさと、その隙を埋める聖あっての戦線維持である事は言うまでも無い。 「……ありがとう。痛い思いさせてごめんなさいね」 「ちっとも――あ、いや。今ので余計元気が出たかな」 「楽をさせてくれない相手ですからね。空元気も必要になりますよ」 シュスタイナ、快、聖のやり取りが示す通り――快の存在も大きい。 時には防御を、時には回復の援護を、時には状況の立て直しを――防衛に器用な所を見せる快は、パーティに与えたラグナロクの加護と合わせて地味ながらいぶし銀の活躍を続けていた。 一方で京介を狙う矛達は、その鋭さを彼の喉元に突き付け続けている。 「困ったら操る、ワンパだな」 「ワンパに苦労してるキミタチは尚更工夫が無いんじゃない?」 京介と応酬する夏栖斗の表情に強い疲労の影が見えた。 リベリスタ達は猛攻でフユミを沈め、『ワクチン』の奪取に成功したが――状況は難しさを増していた。 リベリスタ側の余力は急速に失われていたが、一方の京介は死んだフユミを操作する事でその戦力を立て直したのである。 スロースターターである京介は朔が言った通りその性格に反して『受け』が巧い。粘り強く戦う等、到底出来ないような顔をしている割には――彼の戦い方は真綿で首を絞めるようなものである事が多い。『本気』を出した彼は事実、その性格を肯定するような戦い方をするのだが――その脅威は別にして、状況が悪化しつつあるのは明白だった。 「『ワクチン』を回収して、それでその辺の人を正気に戻して――どうなるの?」 「――っ、く……ッ!」 猛然と反撃を始めた京介に風斗が傷付く。 「仮にそれで治療が出来ても、『ウィルス』は空気感染するんじゃん? 一度ばら撒かれた『ウィルス』が根絶すると思う? 第一、その正体って狂気なんじゃん? 誰にでも――どんな人間にも眠ってる、そんなもの。見えないものと本当に戦えるって信じてる?」 「うる、さいッ!」 「――黄泉ヶ辻京介、イタダキマス!」 怒鳴り声を上げた風斗さえブラインドにした真咲が嬉々と京介に襲い掛かった。 繰り出された殺陣空間に無数の攻防が煌く。素晴らしい技量と技量の対決は鮮やかで美しくすらあった。 笑顔のまま、他者の命を刈り取れる――真咲の本質は自他共に認める通りフィクサード寄りである。 「うーん、大したモンだね!」 感嘆した京介の二の腕が血を噴き出した。それ以上に傷付いて血を吐いた真咲は笑顔のままだ。 「やっぱり黄泉ヶ辻に来ない? もうすぐ無くなっちゃう組織だけどNE」 「魅力的な提案だけど、お断りするね」 アークに居なければ黄泉の狂介とも、こんなにも遊べないから。 「ねえ、もっと遊んでよ。貴方の命を、楽しませて? せっかく楽しいのに、気持ちいいのに! 倒れてなんていられない!」 状況は確かに『悪化しつつあるに明白』だった。 だが、その状況は『悪化』までは至っていない。リベリスタ達の戦いは紙一重で京介のペースを許さなかった。 まさに真咲の言葉が象徴する通りである。彼等は今日ばかりは――それを許しはしなかった。 それはリベリスタ達が初めて見出した『本当の勝利への可能性』だったのだろう。 故に。 故に――だ。皮肉にも黄泉ヶ辻京介は今までのどんな時よりも強くなる。 その能力を『悪徳の栄え』、『美徳の不幸』に喰わせながらも。振れ幅の大き過ぎる彼は『最弱の京介』を最後まで演じない。 首筋を掠める匕首の冷たさを感じながらも、京介は背筋を舐めあげるスリルの快感に打ち震えていた。 「ねぇ、狂ちゃん」 ――何だい、ココロノトモ! 「ちょーっと手を貸して貰えるかな。『アレ』行きたい」 ――WAO! 京ちゃんが『自力以外』を頼むなんて! 「本気の本気の最後の本気って感じ? 『黄泉ヶ辻』は兎も角、俺様ちゃんは満足したって――言いたいじゃん?」 リベリスタ側からすれば意味の分からないやり取りの直後、京介の十指から伸びたオーラの糸が空へと伸びた。 身構える彼等を嘲るよう糸は直上から降下してあろう事か『京介自身の体へと潜り込んだ』。 「――ッ!?」 同時に人形も、駒も全てがコントロールを失った。 舞台に立つのは黄泉ヶ辻のフィクサードが二人と――リベリスタが十人だけ。 「もう面倒見切れないし、私は行くわよ」 『今までありがとNE!』 ひらひらと手を振ったナツキにリベリスタ達が視線をやったその瞬間。 『じゃー、マックス! いってみよっか?』 「――えっ!?」 ここまで相当の健闘を見せた真咲が一瞬で地面に斬り伏せられた。 人間とは思えない異常な姿勢で驚異的な速力を発揮した京介は続け様、粘りに粘った夏栖斗に痛打を喰らわせる。 「来たか……!」 「……自分で自分を操作してる……?」 レオンハルトが声を上げ、シュスタイナが乾いた声で呟いた。 『人間はサー。どれだけ本気出してる心算でも、結局出し切れないモンなのね。 そうしないとカラダぶっ壊れちゃうし、ほら。俺様ちゃんの頭が幾らおかしくても、その辺は……ねぇ? でも、狂ちゃんなら別な訳。皆知ってるし試したっしょ? この場合、俺様ちゃんは頭千切れても生きてる限りは動く訳! 実はちょっと今、あのね。骨折れたんだけど結構YOYOU!』 ――相性バッチリ、リミッター外してブーストかけた以外は京ちゃんにお任せだYO! これぞ、黄泉ヶ辻京介feat.狂気劇場マックスバージョン! 頭が千切れて生きている人間が居てたまるか。 そんな正論も通用するか知れない相手である。 「これだから君は困る。そんな真似が出来るなら――出し惜しみは辞めて貰いたいものだな!」 『ワクチン』を確保するまでが朔の『仕事』である。『仕事以上』となれば話は決まっている。 彼女は蜂須賀であり、蜂須賀は神秘的な悪を撃滅するものだ。ついでに言えば朔は取り分け強敵を好む。 (いや、だが――今日ばかりはもう少しばかり『私闘』か) 朔の切っ先が無数に閃く。全ての感覚を異常なまでに研ぎ澄ませた京介はその全てを紙一重で見切ってみせた。 「冗談じゃありませんね」 聖の柳眉が顰められた。彼の視界の中で暴れる怪物は黄泉ヶ辻京介のようでいて、別の何かにも見えた。 アドレナリンを全開にして『本気中の本気』を見せる京介は強烈な威力で頑強な抵抗を続けるリベリスタ陣営を駆逐していく。 (ここを抑えれば――勝てる、が……抑えられるか?) 快の見立ては正解だろう。 この戦い方が京介自身をも痛めつける諸刃の刃なのだとしたらば、勝利は目前とも言えようが。圧倒的な戦闘力は時間稼ぎさえ許さない。 勝負の分水嶺は今ここにある。勝利の女神はどちらに微笑むかを決めかね、その天秤を優柔不断に揺らしているのだ。 「倒れろ――京介ッ!」 血を流した風斗が最後の力を込めて全力で刃を振り下ろしたが、彼の爆発的な威力が京介の腕力に吹き飛ばされた。 無理矢理の『防御』は防御の役を果たしてはいなかったが、京介は簡単には止まらない。手足が折れようとどうしようと、彼の狂気を断ち切るまで――『最終形態』は止まらないのだ 空中で軌道を変えた紫色の糸にリベリスタ陣営が切り裂かれる。 流石の快もこれを受け切れず、強かに背中から叩き付けられる。 「シュスカさん――」 「――――」 『回復手を庇おうとした動作』は、聖のエクスキューズ。 彼にとって幸いだったのは、京介がそこまで細やかに場を見渡せる状況では無かった事だ。 「チッ、殆ど見えやしねぇ」 舌を打つ竜一の回避は培われた一流の勘によるものだが、勘では長くは持つまい。 死力を尽くし、運命を燃やし、縋っても――戦力差は歴然。だが、しかし。 「僕は奇跡には頼らないと誓った……けれど……」 地面に倒れた夏栖斗の指がアスファルトを掻いた。 「けれど、それがお前を倒す手段になるのなら――鋼に鍛えた意思で奇跡を掴み取り、お前を倒す嚆矢になる……!」 「同感だ」 立ち上がった夏栖斗の魂が、頷いた涼子の体が熱く運命に燃えている。煮え滾っている。 京介がリベリスタの上を行くというのなら、リベリスタも又彼の上を行くまで。彼が己が命をチップと賭すならば、元より同じ代価を賭けなければ勝ち目等あろう筈も無いから。目には目を、歯には歯を。反則(チート)には反則(きせき)を。 これは『ゲイム』に過ぎないのだから。黄泉ヶ辻京介自身が望んだ『ゲイム』なのだから。 「言っただろう。わたしは――」 ゆらりと動き出した涼子の姿が文字通りに掻き消えた。 目を激しく見開いた京介の視線が上下左右に動き回る。彼の目は人間の目には捉え切れない涼子の影を執拗に追いかけていたが―― 「僕を見ろ、京介! 正義の味方(アーク)じゃない一人の男、御厨夏栖斗として――ここでお前を終わらせるッ!」 ――裂帛の気合と共に放たれた夏栖斗の蹴りの一閃が強烈な衝撃波となって防御姿勢を取った京介を中心に炸裂した。 周囲のアスファルトは粉々に砕け散っている。余波だけで周りの人間の肌をも震わせた一撃は、京介の五感をその瞬間封じていた。鍛え上げた練達のリベリスタが捨て身で放った『奇跡』の攻撃力は、怪物(フリークス)さえ殺す勇者の一撃だ。 (僕は紫月に帰ってくるって約束した――だから生きて帰る!) 夏栖斗の黒髪が銀色に染まって逆立っていた。それをじっと見つめた京介に猛烈な涼子の顎が突き刺さる。 「――視えないし、聞こえない。いい殺意だね、涼子チャン!」 「この気持ちに、いいも悪いも――あるもんかッ!」 ギリギリと得物を鍔競り合わせた涼子は噛み付くようにそう言った。 互いに紙一重、気を抜けばどちらかが死ぬような一瞬だ。 京介が涼子を引き込み、その体を泳がせた。涼子はその京介の脇腹の肉を抉り取り、京介はその長い足を涼子の腹部に突き刺した。 「――――ッ……!」 『ぞ、クゾクするじゃんッ!』 苦悶の声は双方が上げたものだ。 強烈な一撃を受けた涼子のあばらは半分以上がへし折られたし、京介の受けた手傷も常人ならば動けなくなる次元のものである。 リベリスタ達は何れも満身創痍。限界以上の力を振り絞り、辛うじて立ち上がった夏栖斗も即座に二の矢を放てない。 街路樹の向こうまで吹き飛ばされた涼子に対して、姿勢を辛うじて整えた京介は血走った目で夏栖斗を見た。 『その髪――冴ちゃんみたいだねぇ』 粘つく声色はタールのように煮詰めた悪意に塗れていた。 『キミを殺したら、どんなに楽しいだろうね。冴ちゃんは寂しくなくて――仲間が出来て。案外喜ぶのかな?』 怒号を意にも介さない。 追い詰められた京介は「試してみよう」と笑った。 殆ど同時に――彼の右腕が鋭く回転して宙を舞っていた。 『何だ――』 宙を舞う右腕を眺めて京介は虚無的に呟いた。 『――そういう顔も出来るんじゃん、おネエちゃん』 「思えば、馬鹿馬鹿しい話だった」 葬刀魔喰に血色を乗せた朔は静かに呟いた。 「最初から答えはそこにあったのに、愚かな姉はそんな事に気付きもしなかった」 独白のような呟きだった。 「失うまでお前は遠く、失ってからやはりお前は遠かった。 ままならないものだな、そうなるまでは顔を思い出す事さえ無かったのに」 リベリスタ達が見た朔の髪は白。瞳は赤く。 夏栖斗が『似ていた』とするならば、朔は『全く同じ』だ。黄泉比良坂を駆け上がった妹(さえ)と彼女は同じ道を行く。 「冗談じゃない」 小さく零したのは快だった。 「冗談じゃない!」 強く、叫んだのは風斗だった。 「美女の誘いだぞ?最後まで付き合え」 「俺様ちゃんは男でも構わないけどNE」 死地にあっても京介の口は減らない。 「奇跡に頼るのは嫌いだ。しかし、貴様だけは『特別』だ。 楽しむためではなく、殺す為に殺す。行くぞ魔喰――」 ――そして愚かな姉の最後の戦いを涅槃で見ていろ、妹よ。 「黄泉比良坂を転がり落ちろ。黄泉で伊邪那美《イモウト》が待っている!」 奇しくもその台詞は二人の共有し得るものだ。 片方は情を持ち、片方が無情であったとしても――先に逝った妹を待たせているのは同じ事。 低い姿勢から伸び上がるように刃を走らせた朔の一閃と、それを待ち構えた京介の左腕の閃きはほぼ同時。 『凄絶な刹那』の先に立っているものはいなかった。 それが、『二人の逸脱者』の最期だった。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|