● 真っ暗な森で、私は一人、泣いていました。 きっかけは、ほんの少し前のこと。何時も私をいじめてくる女の子達が、急に私と仲直りしようと言って、遊びに誘ってくれたのです。 訪れたこの場所は、深い深い森の中。かくれんぼをしましょう。そう言った女の子達は、私が隠れている間に、何処かに行ってしまいました。 ――置き去りにされたんだ。 気づいたのはずっと後のこと。帰り道の解らない恐怖より、裏切られた心の痛みがずっと辛くて。だから私は泣いていました。 ぽろぽろ、ぽろぽろ、こぼれる涙。えーん、えーんと響く泣き声。 あんまりにも大きな泣き声だったからでしょうか。周りの動物も、虫たちも、びっくりしてどんどん私から離れていき、最後に残ったのは、私一人だけ。 ……ううん。それと、もう一人。 「どうしたの?」 それは、私と同じくらいの年頃の、男の子でした。 綺麗に切りそろえた短髪と、汚れ一つ無い服、ピカピカの靴。 こんな深い森の中で、普通なら違和感を感じられるそれらも、みんなに置き去りにされて、凄く寂しかった私は、その子に会ったことでの安堵で心がいっぱいになっており、全く気づきませんでした。 そうして、私は知らずの内に、思わずその子に泣きついていたのです。 「大丈夫? 落ち着いて。何処か痛いところとか、有るの?」 男の子はそれに驚きもせず、よしよしと私の背中を軽く叩いてくれます。 まるでお母さんみたいに優しい男の子の態度に、私も漸く泣きやんで、事情を説明しました。 男の子は最初から最後まで、親身になって話を聞いてくれ、全てが終わった後、よく頑張ったねと、私の頭を撫でてくれました。 その言葉に顔を上げる私に、男の子は、そうだ、と一声を上げます。 「なら、今度は僕と一緒に遊ばない?」 え。と呟く私に、男の子は笑顔で、私に手を差し伸べました。 「何にする? 木登り、おにごっこ、かくれんぼ? 此処ならクワガタやカブトムシも探しに行けるよ。 此処じゃあ空が見えなくて解らないけど、まだ夕方までには時間があるんだ。それまで僕と遊ぼうよ」 にこにこと笑う男の子に、私はすこしだけ、ぼうっとしてました。突然の誘いに、びっくりしていたのです。 けれど、もうすっかりこの子に心を許していた私は、直ぐに笑顔になって、言いました。 ――それじゃあ、かくれんぼ。 と。 ● 舞台は移る。 場所はブリーフィングルーム内。モニターに映っていた未来映像が、ブツン、と言う音を立てるのと同時に、リベリスタ達は彼女へと視線を向ける。 「……エリューションか? コイツ」 「違う。アーティファクト」 想定していたそれと違う答えを淡々と告げながら、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の表情は優れていない。当然と言えば、当然だが。 さておき。 「件の少年の元は……アーティファクト、『束縛の対価』と言う、血に汚れた紙垂。効果は死に瀕した者の小さな願いを叶えると共に、その人物の意識――魂、とでも言うのかな。それを死後に渡ってまで拘束し、仮初めの姿を与えると共に、一定の領域から出ることを封じる、と言うもの」 「……死に瀕した者の、って、おい」 「……未来映像で見た少年の照会をしたところ、およそ数年前。ある殺人犯が男の子を惨殺し、森の中に埋めた、って言う事件があった。不思議なことに、その子の遺体は死亡直前、何者かの手によって自宅の玄関に置かれていたらしいけど」 あまりにも苦い話に、リベリスタ達も返す言葉がない。 それを直接、自身で調べたイヴの辛苦たるや彼らの比では無いことだろう。皆に見せぬよう、隠した手が握り拳の形を作っていることに、リベリスタ達は気づいただろうか。 「アーティファクト……を、その身に秘めた少年は、領域……つまり未来映像で見た森の中から出ることが出来ない。出たら、アーティファクトはその神秘を失うから。 だからこそ……そうしようとする存在、若しくは、『自分』を破壊しようとする存在に対して、少年はみんなを殺そうと襲いかかってくる」 「……逆を言えば、そうしない限り、そのアーティファクトは敵意を表しはしないって事だろ?」 リベリスタの一人が、声を上げた。 他の面々にも、その問いの理由が理解できている。 件の少年と遊ぶ女の子。裏切られた彼女がほんの少しだけ、その心に光を取り戻すまでの間。それだけでも彼らだけの時間を待ってあげることは出来ないのかと。 その願いを、彼らの誰もが抱いているのだから。 ――けれど、しかし。 「……違う。違うの」 返った答えは、先見の少女の、嗚咽にも似た悲痛な言葉。 声が震えている。肩が震えている。 リベリスタ達がそれに気づき、言葉をかけるよりも、早く―― 「倒すべき対象は、アーティファクトの少年だけじゃない。 エリューション・アンデッド……つい先日、あの森の中で餓死した女の子。彼女もまた、倒さなければならない、存在なの」 イヴは告げる。 残酷な、依頼内容を。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年09月08日(木)23:31 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 木々が乱立する森は、陽の光さえも容易く遮ってしまう。 視界には闇。それを照らす彼らの懐中電灯がなければ、その目には恐らく何も映らなかったことだろう。 「……うん、大体の方向はこっちみたい」 森を進む一行――二班に分かれたリベリスタらの内、神代 凪(BNE001401)が残る三人の仲間達に声を掛ける。森に潜む小動物との会話によって、少年達の行き先を聞き出しつつ進む彼女ではあるけれど、浮かべる表情は暗く、重い。 何故と問えば、その理由は先の会話にあった。 (……動物たちが怖がってる) 先の未来映像の光景。泣き声という凶器を動物たちに振りかざした少女の存在は、僅かでも時が経った今尚、動物たちを脅かし、二人から遠ざけさせている。 今さっき聞いた動物の情報も、時間換算でおおよそ一、二時間ほど前のものだ。これ以上探索に時間を掛ければ、二人を捜すことは更に困難を伴う。 だから、早く見つけて、そして――倒さなければ。 「なんともやりきれないお話だねー……」 ぽつり。浮かべる言葉は空虚。 皆が思っていること。呟いても意味のないこと。それでも、優しい想いは彼女の口をついて出る。 「ちゃんとした形で二人を帰してあげたいよ。それもなるべく穏便に、納得できるような形でね」 「自己満足かもしれねぇが。悲しい運命の子供達を、僅かでも満たす事ができるなら、な」 予想だにせぬ応答。振り返った凪の視界に、『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)が気さくな笑みを浮かべていた。 青臭い心情。それを恥もせずに堂々と言い切る青年の姿は、だからこそ、この場では希有な輝きの一つであるのだろう。 「……帰りたいとか、もうそんな感情も無いのかな。 家族は不本意な姿でも戻ったと思ってるだろうけど、彼は本当の意味で帰ってない。それは悲しい事だよ、多分ね」 『fib or grief』坂本 ミカサ(BNE000314)が、独白じみた呟きを漏らした。 浮草が故の俯瞰視。カタチは違えど、留まり抗う子供らに馳せる想いは、彼にとって『違う存在』で在りながらも、強く同情的。 「だからこそ、迎えに行くんだろう。私たちは」 ちらと苦みを含んだ笑みを浮かべ、『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)が言葉を返す。 少年の心と、少女の心身。唯の言葉だけで救うことが出来るなどと考えはしないが、其処に生ずる痛みを乗り越えてでも、杏樹はせめてもの救いをもたらすべく、一歩を踏み出す。 「……汝ら世にありては艱難あり、されど雄々しかれ。か」 吐いた聖書の一節すらも、森の昏闇は飲み込んでいく。 同時刻。同様に少女達の探索を続けているもう片班。 熱感知やホークアイなど、様々な非戦闘スキルを介して探索する彼等ではあるものの、それらがどうあっても決め手に欠けることも確か。 自然と捜索は難航するが、それに平静を奪われるようなことが無きよう、彼等は慎重に視線を周囲に配る。 「……いずれも過去。現在、心を動かすことではない、が……動かさずに居られないのが人間か」 草木が生い茂る森の中。進む軍靴の主、『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680 )が僅かに瞑目しつつ、言う。 意味のない行為、想い、それに価値がないことを理解しながらも、それを不要とも無駄とも言わぬ彼は、今何を想うのか。答えはきっと、誰にも解らないけれど。 「説得も慰めも無力でしかない。なら、せめて優しい嘘で送りたい。――ある意味で一番残酷な方法かも知れないけど」 「そうね。残酷。けれど世の中そんなもの。楽しい事ばかりじゃ人類が生きている意味はなくってよ。悲しい事だけでも詰まらないけど」 闇に目を眇める『存在しない月』ウーニャ・タランテラ(BNE000010)が呟けば、『悪夢喰らい』ナハト・オルクス(BNE000031)が笑って、言葉を返した。 ――その嘘は、人を喜ばせますか。悲しませますか。 ゆるりと吐いた歎息が、森の静寂に溶けていく。 答えなど決まっていると、口の端から悼みの感情を漏らさぬよう、きゅっと唇を引き結んだ彼女を、無貌の森は笑うかのように、ざわざわと草木を風に揺らした。 「……悲しいね」 皆の思いを聞き終えた後、そう言ったのは『夢見がちな』識恵・フォウ・フィオーレ(BNE002653)。 少女を置き去りにし、結果的に殺した同級生達の心が。私欲に駆られ、徒に罪無き子を弄び殺した殺人犯の心が。醜いのではなく、悲しいと。 義憤も同情もない、一色の純な感情を抱く彼女は――だからこそ、だろうか――その悲しみが、人から人に伝播する事の辛さを、今、誰よりも理解している。 (悲しみに引き摺られて、悲しい誰かを増やしてはいけない。……それでも、避けられなくても、伝えられた未来に少しの光を見出したい) それでも、それでも、最後の最後の最後まで、全てをほんの少しでも救ってくれるような奇跡を信じて、識恵はじっと前を見据える。 周囲は延々と続く暗闇。懐中電灯の細い灯りが唯一の助けとなるこの世界で――聞き慣れぬ子供達の声と、トランシーバーのコールが聞こえたのは、それから少しばかり、時が過ぎた頃だった。 ● 「こんにちは。何をしてるの?」 声を掛けたナハト達に対し、茂みに隠れていた少女――エリューションは、びくりと身体を震わせて彼等を見やる。 一瞬、視線が交わった後。少女は安堵のため息を漏らし、声を殺しながらも嬉しそうに言う。 「あのね。あのね? 今、かくれんぼしてるんだよ。今は、お兄ちゃんがオニなの」 「お兄ちゃん?」 問うたウーニャが首を傾げるより早く、訪れたのは少女が言う『お兄ちゃん』だった。 「くっくっく、どぉぉこに隠れたかなぁぁぁ!?」 「ほら、ほら! あの人がお兄ちゃん」 「……成る程」 苦笑混じりに言ったウーニャ。 ともすれば本気にも見えるエルヴィンの演技を心から楽しがる子供達を見て、彼女も思わず噴き出してしまった。 「ねえ、良かったら、私たちも混ぜて貰えないかな?」 「え?」 唐突な識恵の言葉に、少女はきょとんとした表情を見せた後、どうしようと顎に手を当て、悩む。 「駄目?」 「ううん。私はいっしょに遊びたいけど……あの子と、お兄ちゃんたちがいっしょに遊んでくれるのかな、って思ったの」 「ああ、それなら大丈夫よ。あの人達は、お兄さん達の友達だから」 言って、優しく少女の頭を撫でるナハト。 少女はそれに対してくすぐったそうに身をよじった後、満面の笑顔で言った。 「それじゃあ、お兄ちゃん達も混ぜて、かくれんぼ、しよう?」 そうして全員の名前を教え合った後、新たにウーニャ達も含めたかくれんぼが開始される。 「……しくじったかな」 苦笑しながらそう言ったのは、最初の鬼役に選ばれたウーニャだった。 熱感知を使えば、彼の二人は簡単に見つけ出せる――。作戦時はそう思いもしたが、片や動く死体、片や紙を媒体にした実体付きの幻影に対して、彼女の能力は上手く働いてはくれない。 が、彼女の言葉はそれを悔やんだものではなく。 (エリューションでも、子供は子供、か) 視点の低さと、足の遅さ。 当の本人は十分に上手く隠れたつもりだろうが、少女の身長など軽く超すウーニャからすれば、ちょっと見下ろせば識恵と共に近くの茂みに隠れている姿があっさりと見つけられる。 スキルを要するまでもなく見つけた少女らを目の前にしても、しかしウーニャは声を掛けることはしなかった。 代わりに、ウーニャはその視線を上に向けて、言う。 「まあ、取りあえず……ナハトさんは其処の木の上から降りてきてね」 「捕まえられるなら捕まえに来てみなさい!」 遊びの主旨を超えた台詞に対し、ウーニャが苦笑を零した。 「今日は絵日記に書く事がたくさんなの。夏休みの宿題終わった? もう――日だよ。夏って短いよね」 同じ少女故か。少し話して直ぐ気のあった識恵とエリューションの少女。 何気ない話題に込めて、少女の時間感覚を改めて問うてみる。 「……あれ? 今日って、その何日か前じゃなかったっけ」 「ううん? 今日は――日だよ」 「うーん……?」 首を傾げる少女に対し、識恵はここまでと判じて、別の話題を持ってくる。 この後も様々な話題に絡めつつ問うた結果、少女については、死亡近辺から現在に至るまでの記憶が殆ど無いらしい。それ故、自身の死についても理解していると言うことはない。 それを、どう解らせるか。難しくはあるが、識恵はそんな惑いなど無いことのように、少女と会話を続ける。 せめて最後の思い出だけでも、汚れぬまま逝って欲しいが為に。 「おっと……そっちに居ると見つかりそうだな」 「わ、わ」 対し、其処から少し離れた地点。 少年と共に隠れる杏樹は、遠くに見える懐中電灯を持つ姿に気付かれぬよう、少年の手を引きながら大きめの木の陰に隠れる。 少年も、それに対して面白がりながら、杏樹と一緒の幹の陰に隠れ、新たな鬼となった凪の探索をやり過ごす。 暫しの沈黙と、揺れる懐中電灯の光。 およそ十秒後、離れていった凪を見守りながらも、二人は違いに顔を向け、くすくすと小さな笑い声を上げる。 その後も、鬼に見つからないように色んな隠れ場所を探しつつ、 「ああ、そう言えば、どうしてこんな所にいたんだ? 遊びだというのなら、今後はあまり森に近づかない方がいい。怖い大人が出るそうだからな」 「……」 何げなくを装った風にして、少年の過去をほのめかす言葉を、遠回しに尋ねる杏樹。 少年はその言葉に暫くじっとしていたが――やがてにこりと笑い、言った。 「それは、お姉さんみたいな?」 「……」 この年頃にしては中々に皮肉を含んだ台詞に対し、杏樹は小さく笑って受け流した。 「……と、こら。ここから出ちゃ駄目じゃないか」 かくれんぼが続いて数十分ほど。前もって少女達と決めた『陣地内を出ない』と言うルールを提案したミカサは、外に行こうとする少女の襟を引っ張って、自分の側に置く。 が、対する少女は、そんな言葉を聞かなかったかのように、ミカサの服の裾を引っ張る。 「ミカサお兄ちゃんは、どうして遊ばないの?」 「……うん?」 「いっしょに遊ぼう? ずっとここで私たちを見てるだけなんて、つまらないでしょ?」 ――陣地から出ようとしたのではなく、ミカサを誘うために境界線をうろついていた少女に対し、彼は一瞬目を丸くするが。 「……俺は、隠れるのも探すのも、苦手だからね。ほら、早くしないと鬼がやってくるよ」 「うー……」 暫し逡巡する少女に対して、ミカサは普段のそれより優しい語調で言って、少女を再び陣地の内へと戻した。 ――否、陣地ではなく、檻に。 ゆったりと時は過ぎる。 くり返す、単調なルールの児戯で在りながら、少年も少女も、それに飽くこともなく、彼等は夕暮れまで最期の遊びを楽しんだ。 空を覆う木々の間から、僅かに覗く空の色は、黎明。 それを見た誰かが、嗚呼、と小さなため息を漏らした。 明けは去り、宵が訪る。 思い出が、終わる。 「もう遅いし、かくれんぼは、おしまいにしようか」 口火を切ったのは、杏樹。 急転直下。ありふれた一日の遊戯という思い出が崩れる様を、その時彼等は幻視する。 暗い森の中に似合う、暗澹とした真実を、そうして彼等は口にした。 ● 大抵の物語に於いて、真実が隠されている理由は、知った人がそれを見て希望を見いだして欲しいが為だ。 それくらい、想像の世界は現実に勝るとも劣らぬほど無惨なもので――せめて幻想にあるものだけでも夢を映しておかないと、この世界は絶望と希望のバランスが余りにも釣り合わない。 それは、そう。 今この瞬間、幼い無垢を恐怖と悲嘆という汚濁に塗りつぶされた、子供達のように。 「お嬢ちゃん。貴方いつから泣いていたか、覚えてらっしゃる?」 びくりと震えた身体が、言葉を発することはない。 「いつからここにいるの? おなかすかない?」 ウーニャの言葉に対しても、同様。 二人の泣き出しそうなその顔に、他ならぬリベリスタらが心を折らんとしていた。 遊びの最中に織り交ぜた、ささやかな真実。唐突に全てをさらけ出され、自らを失うよりはと、リベリスタらはそれを自覚させる方向で進ませていたが―― 「……うそだよ」 ――正しく『想像だにしない』事をに対して、言葉だけで揺さぶられるほど、おしえられるほど、彼等の心は育ってはいない。 「私、うごけるよ、しゃべれるよ。 死んでる人って、もうずっとねむってて、何もしゃべらないんでしょ? だったら私たち、死んでなんかいないよ」 「普通はそうなる筈なんだ。だけど、君たちは……」 「……もう、やだ」 涙目の少女は、ぽつりと呟いて。 「私は……ううん。私も、この子も、いっしょにお家にかえるんだもん!」 少年の手を引き、彼等の前から逃げ出した。 否、逃げ出すはずだった。 「!? ぁ……っ!」 走り出して少しもないうちに、少女と少年は悲鳴を上げて転ぶ。 暗闇すらも見通す目を持った彼女らが、それを理由に転ぶことはない。 彼等が転んだ理由は、リベリスタとのかくれんぼをしている最中、ウラジミールがミカサの陣地外にて定めたワイヤートラップである。 元々何処とも知れぬ場所に置き去りにされ、具体的な帰り道が解らない少女が闇雲に進む可能性を考えて、陣地を囲うようにトラップを設置する必要があったため、作業は予想以上の時間を取られたが……それとて、リベリスタらが二人の時間感覚を無くす作業に徹底していたことが功を奏して、何とか間に合わせることが出来た。 最早、二人は真の意味で檻の中。それを知らぬのは、当の本人二人だけ。 「……一緒に、帰ろう?」 空虚だと解った上で、凪が言葉と共に装備を呼び出す。 怯えを一層、色濃くする子供達。 当然と言えば当然。暴力の象徴を手にする者が優しい言葉をかけようと、それが意味を成すかなど聞くまでもない。 「私は、君を迎えに来た。長かったかくれんぼの時間はもう終わり」 同様に、重弩を構えた杏樹が、聞くとは思えぬ言葉をかける。 黎明は疾うに過ぎ去り、空は真の意味で闇。報われなかった彼等が遂えるには、それは余りにも残酷な舞台。 それでも、世界の守護者達は止まらない。タイム・リミットはもう過ぎた。此処で再び、言葉を介する余地など何処にもないのだ。 二人が怯える。怯えて、鋼糸の渦中に再び足を取られた。 そして、その大きな隙こそが――――――終わりの合図となる。 ● 気付いたときには、真っ暗な森の中にいた。 周囲を見ても誰もいない。何で此処にいるのか、思い出そうとしても思い出せない。 何もかもが解らなかった。別にそれでも良かった。 望んだのは、唯、家に帰ることだけだったのだ。 けれど、それも叶わなかった。進んでも進んでも、森は変わり映えしない景色ばかりを見せるばかり。 何日も何週間も何ヶ月も経っているはずなのに、お腹も減らないし喉も渇かない。それを不思議に思うこともなく、僕はただ、家に帰りたかった。 独りぼっちに慣れたことが怖かった。延々と続く木々の世界で、僕は唯歩き続けるだけの人形にされてしまったんじゃないかとすら思った。 だから、その日、あの女の子と、沢山のおとなの人たちが現れたとき、僕はそれが嬉しかった。嬉しく思えた僕自身に、僕は更に喜んだ。 それが理由なのかは解らない。けれども、僕たちは死んでいると言われ、だからもう一回眠らせてでも、僕たちをお家に帰すと言ってくれたあの人達の言葉に、僕は言葉には出さないけれども、それに有難うと言いたかった。 人形じゃなくさせてくれて、有難う。僕を森から連れ出してくれて、有難う。僕のために悲しんでくれて、有難う。 言葉で思いを告げたくても、ただただ怯える女の子のために、僕は何も言えなかった。この人達を怖い人だと思う女の子の、僕は最後のお友達だと、信じてあげさせたかったから。 だから、眠りにつく前、せめてあの人達に笑顔を浮かべて、僕は眠ろうと、そう思った。 そうして、今。 そうして、今。 私たちは、怖い怖い人たちに殺されそうになっていました。 殴られて、斬られて、貫かれて、焼かれて。何度も何度も与えられる痛みに悲鳴を上げても、怖い人たちは決して痛みを与える手を休めることはありません。 あの子は何処だろう。助けて欲しい。真っ赤で真っ黒な視界の中に男の子を映そうとした私ですが、其処には汚れた紙切れ以外、何も在りはしません。 痛いよ、痛いよ、痛い痛い痛い痛い。叫んでも叫んでも、助けは来ませんでした。痛みは止みませんでした。 一つ一つの痛みの点は、やがて線となって私を永遠の痛みに陥れます。 其処まで来て、漸く、私は全てを諦めました。 僕は、今までとても不幸せでした。 私は、今までとても不幸せでした。 だけど、最後は幸せになりました。 そして、最後も不幸せなままでした。 ありがとう、さようなら、またいつか、お礼を言わせてください。 ごめんなさい、ごめんなさい。もう何もしないから、何もしないでください。 それだけを思い続けて、僕は眠りにつきました。 それだけを願い続けて、私は眠らされました。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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