●悲劇の始まり。 司馬 鷲祐(BNE000288)の眼鏡は、照明を反射して白光していた。そのため、肘を付き両手を口元で合わせた某司令ポーズ取っている彼の瞳は伺えず、その感情は不明瞭だった。 円卓。それは円卓だった。円卓を囲う、五名のリベリスタ。 成る程、円卓の騎士と云ったところか。それもいい。強ち的外れな形容では無い。 「……」 無言でその卓上に置かれた資料に焦点の定まらない視線を落としていた新城・拓真(BNE000644)に、ちょうど彼の右隣の椅子に腰かけていた楠神 風斗(BNE001434)の悩ましげな顔が向けられる。 「これが。……これが俺たちの結果なのか」 ならば自分たちは、どれだけ無力なのか。流した血に比例して背負ってきた名声とは何だったのか。 鷲祐は変わらず某司令のままだった。拓真はゆっくりと瞼を閉じる。彼らのその無言の意味する所を続ける様に、設楽 悠里(BNE001610)が口を開く。 「これが“僕たちの結果”だよ。そして同時に、これからの僕たちでもある。 何も変わらない。跳躍する魔法が存在しないなら、僕たちは一歩ずつ歩んでいくしかない」 「それにしたって、これは」 ―――酷過ぎる。その言葉を飲み込んだ風斗は力強く円卓を叩いた。鷲祐は某司令のままだった。 「逆に考えよう」 結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)が声を上げた。 「むしろこれは、今、俺達に必要なことなんじゃないか? これは更なる高みを目指す俺達の、試練なんじゃないか?」 悠里が頷いた。風斗は先を促す。 「名ばかりの名声なら捨ててしまおう。少なくともオレは乗る! だって、この腕が。この腕が―――叫んでいるんだ」 掴め。その勝利を、と。 「これは“裏切り”では無い。断じて違うぞ、楠神」 竜一の“宣言”を受けて、遂に拓真の瞳が開眼する。頭の中では恋仲の彼女を思い浮かべながら、しかし其処にはただ決意だけが灯っていた。 「仏に逢えば仏を斬り、鬼に逢えば鬼を斬る。この道は修羅だ。修羅となれ。 ……俺も結城と同じ考えだ」 「―――修羅」 噛み締める様に風斗が繰り返した。彼の頭の中にも一人の女性が浮かんでいた。 「修羅に……なる」 「行こう」 立ち上がった悠里が風斗の肩に手を置いた。 「僕たちは……、こうすることでしか生きていけないんだ。 もし君がやらないなら、僕がやる」 そう言った悠里に「いや」といい顔をした拓真が首を横に振った。 「汚れ役は俺が引き受ける。俺がやるさ」 「いや、骸布で覆ったこの右手ならそのなんていうか、なんか罪……あっ罪って言っちゃった……まあなんかが軽くなると思うから、やっぱりオレがやる」 「いや僕がやるって」 「いやいや俺が」 「いやいやいやオレが」 何故か笑顔の三名が牽制を始めたその時、この時まで某司令ポーズを貫き続けていた鷲祐が動いた。彼が突然立ち上がりその場を見渡すと、一瞬の静寂が染みる。 「覚悟は出来ているか?」 「―――え?」 「覚悟は出来ているかと訊いている」 鷲祐の眼力に風斗は圧倒された。彼は司令ではなくキャプテンだった。 ……覚悟は既に出来ている。 ただ、踏ん切りがつかなかっただけだ。 「何も考えずに走れ」 「―――!」 鷲祐のその言葉に風斗が頷き立ち上がると、五名のリベリスタ達が互いに顔を見合わせた。 “覚悟”を決めたのである。 ●予感。 女性にしてはやや背が高い。隻眼なのか片目を眼帯で覆い、長く艶やかな黒髪が印象的で、透き通るように白い脚を伸ばす美少女が、大業物を腰に下げて赤い絨毯を踏みしめていた。 黄桜 魅零(BNE003845)。彼女の身体に突如、悪寒が走った。 「うー……」 一瞬身震いさせた魅零は思わず肩を抱いて、辺りを見渡した。 (誰もいない……よね) そこに気配も視線も無い事を確かめて、腕を元に戻す。 魅零が居たのは、古びた洋館だった。だが外観こそ年月を感じさせれど、内装は比較的綺麗かつ豪奢だ。何より、敷地が広い。何処ぞの富豪が建てたというこの洋館で、魅零は『アーク』から受けた探索オーダーに勤しんでいた。 願望と云うのは得てして結実しないが、悪い予感と言う物は凡そ当たる。 何故か胸部に感じた薄ら寒さ。それを掻き消す様に胸の所で腕を組んだ魅零は、未だ知らない。 いや、この“事件”が終わるまで彼女は知らない。 「……」 その独特な尻尾を揺らして一人歩いていく彼女の影を、『それ』が眺めていた。 その身に―――その胸に呪いが掛けられていることを。 ●ブリーフィング。 鷲祐たち男性リベリスタがブリーフィングルームから猛ダッシュで走り去ったあと、その円卓には資料が残されていた。 1.目標 黄桜 魅零に獲り付いたアザーバイドを解呪し、撃破する事。 2.アザーバイド詳細 アーク付きリベリスタ黄桜 魅零が探索に向かっていた洋館には、アザーバイドが寄生していることが判明した。また『万華鏡』探査により、そのアザーバイドが黄桜 魅零に憑依と形容できる様な異能を発揮し、黄桜 魅零に乗り移る事象が観測された。但し、このアザーバイドそのものは、このような擬態能力に優れるものの、戦闘力は著しく低いと結論付けられた。また、この事象により黄桜 魅零への心的・肉体的異常は見受けられず、自覚症状も欠如している模様である。従って、黄桜 魅零は本事象を関知していないことが強く示唆される。しかし、当該アザーバイドは運命に愛されていないため、放置は不相応と判断した。尚、Dホール(バグホール)は付近に確認できていない。よって、撃破が相当と判断した。 リベリスタは洋館へと急行し、黄桜 魅零と接触して当該アザーバイドの対処が強く要請される。 3.備考 当該アザーバイドは、黄桜 魅零の胸部に刺激を与える事で、顕現する。 なお、当該アザーバイドの顕現時には、中年男性の人間型を模っている模様。 憑依状態時は、撃破不可能。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:EASY | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年03月11日(水)22:09 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 「俺たちはリベリスタだ。世界を崩界から守る為に戦っている。 “運命”に愛されなかったアザーバイトは、倒さなければいけないんだ」 『はみ出るぞ!』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)がその豪奢な洋館を見上げながら呟いた。 (そこに、悲しみや苦痛が待っていようと。それが、戦うと云う事だ。 戦いとは、何時だってツライもの。心を鬼にして、掴み取るのだ) 「勝利を。平和を。救いを。 その為に―――アザーバイドは倒す! 絶対にだ!」 宣言した竜一だったが何故かアクティブスキルは一つも活性化されていなかった。 「―――リベリスタ。それは、世界を護る為に戦う戦士たち」 その竜一の横で瞼を閉じ精神を究極の高みへと昇華させているのは『不滅の剣』楠神 風斗(BNE001434)。 ……動機は人それぞれだが、『世界を崩界から護る』という一点において妥協の無い者達。 それを人はリベリスタと呼ぶ。 しかし、それ故に彼らは、時に意に沿わぬ戦いに身を投じ、手を汚さなくてはならない事もある。 そんな時、ある者は傷つき戦場から離れ、ある者は諦観の中で心を麻痺させ、またある者は血を流しながらも歩みを止めない。 (楠神風斗。お前は、諦め顔で分かったような口を利く生き方を望むのか?) 自問自答していた風斗は、目を見開いた。 「俺はリベリスタ―――、楠神風斗」 今日も世界を護る為、戦場に身を投じた。 (今回の依頼は、決して友人達には口外できない“汚れ仕事”。 ―――なに、何時もの事だ。誰かが手を汚さずに済むというのなら、俺は喜んで汚れを被ろう) 恐れる事は無い。今更潔癖ぶる心算も無い。心強い≪仲間たち≫(漢)とこの腕さえあれば、それで十分。 「さあ、いくぞ。俺に一切の迷いは無い。全身全霊を以て……。 乳を揉む!!」 ● 「……怖い」 一人洋館の探索へと派遣されていた『骸』黄桜 魅零(BNE003845)は周囲を見渡しながらぽつり呟いた。 「お化けでないで。葬識先輩助けて……なんちゃって(照」 ぽ、と頬に朱色を差したその美少女、魅零は誰も見ていないのを良い事にくねくねと想い人との妄想に耽っていた。現実世界の彼はレンアイよりもっと大事な事があってそんな感じじゃないから、報われない彼女をこんな時ぐらいは許してあげて欲しい。 てくてくと歩いていく魅零は感情探査なんかをしつつ、神秘異常が無いかを確認しつつ、独りごちる。 「探索つったってせめてもう一人同行させてよね……んもー」 それが先輩だったら良かったのに。あーあ。 ●この時扉さえ破壊できていれば。 「司馬さん、扉が開きません」 勇んで洋館に突入したは良いものの何故か出れなくなっていた。風斗はがちゃがちゃとやりながら『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)の方を窺った。 「押してダメなら引いてみろだ。女の扱い講座で習わなかったのか?」 代わりに鷲祐ががちゃがちゃ引いてみたがやっぱり開かなかった。 「開かん」 鷲祐が真顔で『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)に視線を送った。 「ふむ。敵も異界の魑魅。一筋縄ではいかないか。 ……やれるだけは、やるか」 そう言うと拓真は二本の剣を構えた。 「実力行使、だね」 白銀の篭手を構えた『境界線』設楽 悠里(BNE001610)は拓真の意図を瞬時に理解した。 鷲祐もそれに追随する。 「煌け、万刃成す竜鱗ッ!!」 アーク最高クラスの漢達が、己の有する最高クラスの技を出し惜しみ無く構える。 「―――いくぞ、お前ら! 神速斬断ッ! 竜鱗細工ゥッ!!!」 「無道の剣、道なき道を切り開く幾閃の剣戟を止められるか──―銀閃・無想天!」 「氷鎖拳っ……!」 「来い―――“Sync”!」 「……ちっ、一体何なんだここは」 鷲祐が舌を打つ。渾身の連携技は並み以上のエリューションすら悉く吹っ飛ばしてしまうだろう破壊力を有していたにも関わらず、その扉には傷一つ付いていなかった。 「ブリーフィングルームの扉と同じ手応え……。ダメか……」 悠里が目を細めて己が腕を繁々と眺めた。そう、ブリーフィングルームの扉が何故か破壊出来ないのと同様、そして『はい』を選択しなければ先に進む事のできないRPGゲームの会話モードと同様だった。 「まあ、破壊できたとしても解決はしないんだけどね……」 「その場合は飲みに行く」 「いや司馬さん胸を揉みに行かないと」 悠里も「激しく同意するよ」と風斗の言に頷き、拓真が若干精神的距離を取っている中、 鷲祐は口の端を歪める。 「貴様ら……堕ちたものだなアークのリベリスタも!」 「落ち着け。 ……予想通り、やはり“例のあれ”を倒さん事には此処の道は閉ざされたままか……」 拓真が(拓真だけが)ちゃんと依頼をこなそうとしている中、「フッ……俺はGカップからWelcomeさ……」「じ、G以下はゴミクズだって?!」「飛んだおっぱい星人じゃないか」と漢三名が猥談していた。 (それっぽい事を言ってその場を凌いだは良いが……) ブリーフィングルームではああ言った拓真だが云わばフェイクだった。 拓真は(拓真だけは) 魅零に誠実に作戦を遂行しようと考えていた。 「……とりあえず、黄桜には事情を説明してやる必要はあるか」 ●黄桜魅零 「……なんだろ……?」 丁度洋館二階の廊下を歩いていた魅零は、背に悪寒が走るのを感じた。 歴戦のリベリスタである彼女も大業物の柄に手を掛け立ち止まる。 ―――何か、来る。 「……なんなの、此の愛憎ごった煮にしたような感情達は――!!? 気持ち悪ゥ!!」 振り返った廊下の先。 階段の向こう。 その闇の向こうから雪崩れ込む―――言葉にするも悍ましい感情。 魅零は思わず感情探査をシャットダウンし、だらだらとマンガちっくな汗を流した。 (ていうか身の危険を感じる! ヤバイ。これは自分の手に負える代物じゃないかも―――!) 「アーク! 応答して、やっぱ此処なんかい……ってなんで通じないの!!」 必死にアクセスファンタズムに話しかける魅零だが何故か応答が無い(電源が入っていないだけ)。 「きざくらさーん…… みれいさーん…… どこですかー……」 「ひっ」 「出てきてくださーい…… 何もしませんから…… 何もしませんからー……」 混沌なる感情の根源から聞き覚えのある声が聞こえてくる。 「―――フハハハハッ! 貴様が何処へ逃げようと、この俺を振り切る事など叶わんッ!!―――」 「ひっ……!!」 息を飲んだ魅零がその底なしの闇から現れる顔を見た。 「―――おお、黄桜」 「……って、アレ!? なん、か、見た事ある顔……」 爽やかに現れた拓真に、魅零も思わず固まる。 「良かった。まだ被害に遭ってない様だな」 「?」 穏やかな口調の拓真が「実はな」と口を開く。 「胸を揉まねば、黄桜に獲り付いたアザーバイドが剥がれんらしい。 そして、それを倒さなければ俺達はこの屋敷から出る事は出来ない」 「???」 頭上に三つのハテナマークを浮かび上がらせた魅零はそのままフリーズする。 (許せとは言わん、寧ろそのまま警察に連行してくれと思わなくも無いが……) 「済まん、俺も味方にはなれそうもない」 瞬間、拓真の背中から、風斗と鷲祐が顔を出した。 「……」 (成程、この屋敷は味方の姿に見える敵っていう事かな!) 頭は動いているが体が凍りついている。 「―――おっぱい揉ませろだ? やっぱり敵じゃないのおおいやあああああ!!」 その身体を溶かしたのは、生存本能だった。 「に、逃げるが勝ちぃぃ!!」 「あ! 胸が! 胸が、あ、違、黄桜さんが逃げたぞ!」 「追え! 胸を―――魅零を追え!」 「ちょ、説明を聞け黄桜―――!」 ● 途中から、具体的には洋館の扉にEXを打ち込んだ時ぐらいから竜一の姿は消えていた。 「索敵の為の熱感知。潜伏の為の影潜み。―――今回のような任務には、これがベスト」 気づかれず、一方的に確認して、隙を突いての接触が重要だ。そう言い切った竜一は、他のメンツが追いかけ回すか警戒されるか、状況的には、喧しく動く事を見越していた。その上でそれらを逆手に取った。 「役割分担こそ、重要。 そして、俺が―――俺こそが、乳を揉む。 それが最重要だ」 抜かりはない。敵を欺くには、まずは味方からである。本気すぎる。 キメ顔をした竜一は階段の影に潜み、通り過ぎていく魅零を“敢えて”泳がした。彼女とは一体。 (違うんだカルナ。 これは世界の為なんだ) もう何度も聞いた恋人への懺悔フレーズを悠里はリフレインした。 (僕だって、本当は望んではいないんだ。 ……それでも、やめる事はできない。 それは今まで進んできた道を、これから進むべき道を否定する事になる) 理論武装の堅さが逆説的に胸への欲望を意味しており、禍々しい事この上なかった。 「だから、この手に掴もう。 魅零ちゃん……いや、敢えて魅零と呼ばせて貰うよ。 君のその胸を!!」 冷静に事前入手した洋館マップを見て先回りした悠里は、廊下のカーテン裏に潜みながら覚悟を決めた。婚約指輪とは一体。 竜一と悠里が巣に掛かった蝶を食す蜘蛛の様な戦法を取った一方、風斗、拓真、鷲祐は正攻法で魅零を追っていた。 (不埒なおっさんそれもアザバとかただの害悪でしかない! 崩界するし! 魅零は兎も角、世の美女達におっさんを纏わせる訳にはいかん! なれば手段はひとつ!) 「願わくば、この一撃が……一人の女の安寧へと繋がらん事を……」 熱感知と瞬間記憶を巧みに操る鷲祐は常に情報を漢全体へ伝達し共有していく。目的は完璧なる包囲網を成立させる事。 そして風斗は一階の隅から順番に、虱潰しに捜索を行なっていた。 戸棚や収納など、人が入れる場所は徹底的に調査。隅から隅まで調べたら階層を移動。耳をすませ、息遣いも聞き逃さない心持ちでこれを三階の隅まで繰り返すという尋常ならざる熱意は一体彼の何処に眠っていたというのか。誰が彼をトップリベリスタだと信じるであろうか。彼女とは一体。 (今更何を言っても正直遅くはあるのだろうが致し方あるまい……) 拓真だけは若干その目的が異なっていたが―――。 魅零に迫る漢達の影は、着実に近付きつつあった。 ● 「もーなんなのこれホントやめて」 只でさえ異性耐性が疎い魅零にとっては恐怖の時間だった。絶賛片想い中の彼女にこのシチュエーションは正直きつかった。 殆ど泣きそうになりながら廊下を駆ける魅零だったが、まだそんなに暗くも無いのに突然窓から雷光が走る(演出)。 「え」 「―――僕だよ」 一瞬隙を見せた魅零。その背後に静かに現れたのはカーテン裏に隠れていた悠里。 しかしその手際は努めて優しい。後ろからそっと優しく魅零の胸に手を載せた悠里は、例の殺人鬼本人から「揉み方は後ろからそっと脅かさないように優しく揉んであげて」って確認していた(マジ)。 「僕も本意じゃないんだ。でもやるしかないんだ。だからおとなしくして! ね! 天井のシミを数えてる間に終わるから!」 「ぎにゃあああああっ!」 しかし重要なのは揉み方ではなくて誰が揉むかである。瞬間的に状況を理解した魅零は何の躊躇いも無くダーク・ロンギヌスを悠里にぶっ放した。 「がはっ……!」 左手は添えるだけ。あと数秒有れば、指先にあと少し力を籠めれば―――、悠里は寸前で揉む事叶わずよろよろと後退した。多分初心者リベリスタだったら死んでた。 「に、逃がさないよ……」 「……ひっ、こっちくんなああぁぁ!」 悠里が腹を押さえながら凄い形相で云うと魅零は再度凄い勢いで逃げ始める。妻とは一体。 「居たぞおお!」 しかしこの動きで一気に気取られた。風斗と鷲祐の「司馬さんあっちです!」「ふはは! 逃げても無駄だぞ!」という恐ろしい掛け合いから逃れる為階段を降りて階を変えようとした魅零は、 「乾坤一擲!」 その陰から突然姿を現した竜一に捕えられた。 「なんなのなんなのなんなの!?」 「みれーに罪はない。 必要なのは、愛。オレの愛情は彼女だけのものだが。これは、アガペーみたいな愛。そう、無償の愛! それを籠め―――揉もう」 (あ、駄目だ) 魅零の目からハイライトが消えた。もう駄目だ、この人目がマジだ、やられる―――。 諦めかけたその瞬間、二人の間に割って入る影。 「ど、どういう事だ。何故揉まない! 裏切る心算か!」 竜一が詰ったのは、彼の腕を掴んだ拓真だった。彼女作っていいのは拓真だけだと思う。 「卑怯者だの、何だのと謗られ様がそれで構わん。それが正義だというのなら──―俺は悪であろうと構わない。 一度決めた事を曲げる心算は無い。俺は揉まん、揉まんったら揉まん、何が何でも俺は揉まんぞ!」 「拓真くん助けてえええ!」 その背に隠れる魅零。竜一がぐぬぬと唸る。 「俺もまた、正しき事をしている。だからこその無償の愛だ。 誰もが幸せにあるように。理想論でも、それが、俺の望みなのだから……。 だからオレに! オレに胸をあがぺっ!」 拓真の背後で必死にやだやだしていた魅零のダーク・ロンギヌスを喰らった竜一は世紀末の様な断末魔でそのまま階段を転げ落ちていったが、最下段からゾンビみたいに這い上がろうとしていた。彼女とは一体。 「ふん、そういう事か」 は、と魅零は視線を上げ、そして下げた。丁度踊り場に位置する彼女と拓真を上下から挟むように、鷲祐と風斗が立っていた。 「やばいよやばいよ拓真くんどうしよ」 既に涙を浮かべてさえ居る魅零が必死に拓真の上着の裾を引っ張るが、 「―――さっきは勢いで止めてしまったが」 拓真はゆっくりと振り返ると魅零の肩にぽんと手を置いて首を振った。 「俺自身は決して揉まんが、誰かは揉まねばならん。アザーバイドは倒さねばならんからな」 「――――」 魅零の口が金魚の様にぱくぱくと閉じて開いた。声は出ていなかった。そして禍々しい欲望が上下から迫っていた。魅零の目から次第にハイライトが消えていった。 「魅零……お前には、済まないと思っている。 俺達だって苦悩の果ての結論(OP参照)だ。許せとは言わん。 だからこそ――全身全霊で決めてみせるッ!」 (あ、今度こそほんとに駄目なやつだ……) 拓真が一歩離れ、魅零への射線が通る。階下には風斗と這い上がろうとしてる竜一が居るから逃げられない。しかも何時の間にか階上の鷲祐の横に血だらけの悠里が追いついていた。 魅零の輝きを取り戻した瞳が再度完全にハイライトを失った。 「これが、我が一閃」 割と名状し難いポーズで階上から踏み込んだ鷲祐。全力で直線をぶっ飛ばしハイスピードアタックで正確な指の一指しを繰り出す。 ――せめて痛みを感じる間もなく安らかに逝くが良いッ! 「この竜鱗細工の速さで、その胸、頂くッ!!」 「―――や」 魅零の脳内には、走馬灯の様に殺人鬼先輩との思い出が流れていた。 「や。やっ、やだぁ、だめだめソコだめ! た、助けて許してぇ! いや、いやあ先輩だずげでびえええええええ!!!」 倫理規定に引っかかるので詳細に描写出来ないのが、非常に悔やまれた。 ●そろそろ忘れてそうだけれど、これはアザーバイド討伐作戦だった。 「貴様か、この変態クソアザーバイド野郎」 それは、怒り。「Eぐらいだった」と呟いた鷲祐への怒り。胸を目の前にして何も出来なかった自分自身への、CERO-C並みの倫理規定への、彼女の胸すら揉めない自分への風斗の怒りだった。魅零は「汚された―――汚されちゃったよ先輩」としくしく泣きながら塩水の水溜まりを作っていた。 遂に顕現した中年アザーバイド。冴えないおじ様は同様の怒りを悠里、竜一から受けながら辺りを見渡した。そして、 「十秒くれんか」 と呟いた。 「慈悲は無い」 風斗が冷徹に剣を構えると「良く考えろ」とおじ様は言った。 「十秒くれれば、俺はもう一度その女に憑依できる。 ―――意味は分かるな?」 「……はっ!」 竜一が目を見開いた。 「詰まり」 「もう一度いや何度でも」 「―――揉める」 悠里と風斗もすぐさま理解した。魅零の涙はぴたりと止まった。 グギギと錆びたロボットの様な動きで魅零は皆を視た。 「まさか―――ね?」 魅零が口の端をひくつかせて呟くと、拓真が急いで二つの剣を構えたが、亡霊の様に竜一、風斗、悠里が絡みついて来て動けなかった。 鷲祐の顔は賢者の様に精悍だった。 そういう事だった。 ● 「終わった……。 犠牲は小さくはなかったけど、これで世界は守られたんだ」 手に何か勢い余って奪った誰かのブラジャーを固く握りしめながら悠里は空を眺めた。 「ふん、今後第二第三の俺が現れるだろう!」と捨て台詞を吐いたおじ様を最終的にきちんと撃破した悠里達は洋館を後にする。拓真を除く四人の漢は皆一様に劇画ちっくで精悍な顔つきで、この少しの間に一皮むけ成長した様だった。諸事情(心的ケア)により魅零は別枠でアークから来た女性陣に抱えられて帰還した。その女性陣から竜一達はゴミを見るような眼で視られた。 「そういえば、今更だが」 俺はむしろ止めたのに―――と落ち込んでいた拓真は、ふと顔を上げた。 「これ、黄桜が自分で揉めば解決出来ていた可能性があったりしなかったのだろうか……」 「解決しません。仕様です」 精悍な風斗が食い気味に短く答えた。 竜一ら五人はアークの偉い人に始末書を書かされるらしかった。 もう絶対二度とこんな事が起きてはいけないと思った。 そういう事だった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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