●ブリーフィング前資料。 この事件の背景についてまず説明する。 特務機関『アーク』は『安蘇』『斯波』『六角』『一色』『月夜寺』そして『京極』と云う六つの革醒者組織、通称『六刀家』と長く協力体制を組んでいた。 これら六組織を“刀”の名で総称するには訳が在る。 六刀家とは、何れも神社仏閣を拠点とする伝統的な組織である。その信仰中心、御神体となっているものが『御神刀』と呼ばれる破界器であった。 神刀には、強力な力が込められている。と同時に、通常使用が禁止されるほどの代償を有している。 その『御神刀』を厳重に管理しなければならないと考えた、有力リベリスタ達である六刀家は、互いの保有する“その力”を霊宝と定める事で封印と管理の歴史を紡いできた。彼らの言葉を借りてこれを『霊宝指定』と呼んでいる。 しかし、昨今の日本における神秘状況の悪化がアークに懸念を与えた。最初にこの問題が表面化したのは、『安蘇』の『神刀七刀』が内部犯により強奪され多大な被害を齎したことに始まる。その為、それらを日本最強の防備体制であるアーク本部内で封印するべきであるとアークは考えた。 その後の神刀返還要求については少なからぬ血が流れる事となったが、六刀家は基本思想はリベリスタのそれと同一であり、此処に至りアークは五つの神刀を回収し、残るは『京極』の『第一神刀』のみとなっていた。 そしてこの段階で、アーク最も大きな問題を抱えていた事を知る。 最後に回収した『第六神刀プラジュニャー』の力を以てした、当主月夜寺により構築された神域結界は、六刀家に張られた特殊対エリューション結界である。その結界消失の真意を月夜寺が語った所に依れば、抑々その封印は『京極』の第一神刀を封じる為の物であった、という事である。 加えて言うなら、抑々他の五つの神刀の存在自体が、相互作用として『京極』を抑えていた。月夜寺の結界はその楔であった。 詰まり、現段階で『京極』を縛るものは全て消え失せた。 ―――とは言っても、アークは内部崩壊により消滅した『安蘇』を除く『斯波』『六角』『一色』の当主を拘留している。尤も、この三名はアークに対する敵意は既に皆無であるから、それは形式上の物である。 ならば、彼等からの情報供与が無かったのは何故か、と一部リベリスタから疑問の声が出た。 その理由については結論が出ている。当主京極と月夜寺以外は、“知らなかった”のである。 抑々、六刀家は神道の集団。月夜寺は例外として、彼等を統括している大組織が存在していた。 神社本庁。 数多の神社を統括するこの組織がこの『六刀封印』の根源と言って良い。 六刀家創設当時の当主達は当然承知していたであろうこの封印の事実が代毎に薄れていったのは、恣意的な結果であることが、アークから神社本庁への聞き取りで判明している。即ち、最大機密である六刀封印の情報漏洩を嫌った神社本庁が、漏らす“口の数”を最小限にしようとした、ということである。 恐らく『京極』と『月夜寺』以外の家にとっては、それで良かったに違いない。 何故なら、彼等が最も拘ったのは、ただ己が家の存続だけであったからだ。 現当主京極は、第一神刀解放儀式である“エクメーネ”と呼ばれる術式を神社本庁に通達した。京極はその力を惜しみなく使う心算であることは容易に理解できる。 前述したとおり、神刀はその存在自体が本来は禁忌。その上その力が一個人の私的意思の下に動くとなったら、取り返しのつかない事態になるであろう。 神社本庁は情報開示について全面的に協力し、アークに要請を出した。 ●『六刀封印』―神社本庁のジレンマ― 安蘇が倒れ『七刀』が解放された。 斯波が倒れ『九字兼定』が解放された。 六角が倒れ『泰阿』が解放された。 一色が倒れ『小烏丸』が解放された。 月夜寺が倒れ『プラジュニャー』が解放された。 ―――『アーク』の思惑が順調に進むと同時に、『京極』もまたその『六刀家』の呪縛が崩壊するのを待っていた。 いや、言い直そう。本来なら『京極』は“エクメーネ”を引き起こす心算は無かった。 御神刀回収作戦が開始された時点で、『京極』が神刀移管に反対したのはただ純粋に伝統の喪失を危惧しただけだった。だから少々強引なアークの方針も決して間違っていなかった。 問題は、急激に此処日本の崩壊度が上昇した事に伴ってアークで発令された『抗う者』と銘打った崩壊度抑制作戦の開始と、『過去』への介入だった。 多くの神社を統括する神社本庁は、本来『京極』を監視する立場にある。その為に異分子である『月夜寺』を楔として打ち込み、『京極』にある程度の権利を認めると共に『六刀家』創設を促した。 アークが六刀家に踏み込んだ時、本当なら神社本庁は抵抗を示したかった筈だ。 しかし武力抵抗までは出来なかった。崩壊度抑制は神社本庁にとっても緊迫なる目標である。そして、彼等が管轄する地は殆どが“霊地”である。必然的に、アークとの全面的な共闘を余儀なくされた。従って、大きな抵抗をアークに示すことは実質的に不可能となった。 そしてそれ以上の問題は、『京極』の予期せぬ代替わりである。当初神社本庁が重い腰を上げなかったのは、アークとのいざこざを避けてであった。しかしそれは、当主京極が居て初めて起こり得る事象であり、“その時点”では当主の座は空だった。息子と娘は何れもならず者のフィクサードであり、後継など話にもならない。“その筈だった”。 アークの過去への介入は、彼らの努力もあって影響が最小化された。が、零ではなかった。 京極家当主、雨水が誕生して、神社本庁は事態の急変を察知した。 エクメーネ。各地の神刀級の刀を集約する第一神刀の解放儀式の宣言を受け、神社本庁はすぐさまアークと連絡を取り、決断を下す。 自らの組織の古株、謂わば重鎮でもあり、長きの伝統を維持し続けるその家を。 『京極』という家を本気で潰すことを。 ●ブリーフィング 「今回はアークと神社本庁の大規模合同作戦を行う。目標は、『京極』壊滅と第一神刀解放の阻止」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の静かだが決意の籠った声に、リベリスタ達の顔色も真剣みを帯びていた。 「本事案に至るまでの背景については資料に配ってある通り。 貴方達には、現在『京極』勢力が攻め込んでいる“神宮”に向かって貰い、本件の最重要となる京極との戦闘を担当して貰う。京極の戦力について資料と共に説明する。 京極は現在、第一神刀を顕現させてその力を振るっている。 この神刀は強力な破界器で、多数の『疑似神刀』と呼ばれる刀を召喚し、使役する。即ち、神刀級の刀が京極の下に多数集結する事になる。 京極本人に加えて、『京極』家の門弟も多く戦力として駆り出されている。神社本庁の総本山とも云える神宮に攻め込んでいる彼らの勢力は相当なものだけど、これは私達の誘導によるところも大きい」 「誘導?」 「ええ。私達はあえて神宮、もっといえば奥ノ院にまで京極を誘き寄せた、と云っていい。 その理由は、本件の完遂は“京極の打破だけ”では成し得ない、という事が挙げられる。 神刀破界器は残念ながら破壊する術が無い。である以上、京極を倒しただけでは、自律稼働の可能性のある第一神刀を抑え込んだことにはならない。 そこで神社本庁および六刀家達と協議した結果、第一神刀を神宮奥ノ院に再度封印するのが最善と結論付けた」 対症療法ではあるけどね、とイヴが続ける。リベリスタ達は無言で頷いた。 「詰まり、資料にあった『六刀封印』とやらをもう一度構築する訳か。 ……ちょっと待ってくれ、だが幾つか疑問がある。 一つ目は、資料にある通りなら、消失した『九字兼定』以外に今までに回収した四つの神刀を再度、外に持ち出す必要があるんじゃないのか。 そして二つ目は、空いた『安蘇』の穴をどう埋める心算なんだ?」 「尤もな指摘ね。 まず一点目だけれど、此れは貴方の指摘通り、回収した神刀を使うしかない。 此れについては斯波、六角、一色、月夜寺の同意を得ている。一度刃を交えた相手を簡単に信用して、とは言えないけど、彼等も元々明確な敵意があった訳では無い。それに心情としては、神刀をアークで保管するよりは奥ノ院という『神域』で祀る方が彼等としても受け入れやすいでしょう。 二点目については、『安蘇』の『七刀』を『斯波』に委譲する。『斯波』の九字兼定はペリーシュ・ナイト化してしまったから、現在『斯波』の神刀は無い。そして、ちょうど家を失った『七刀』がある。 従って、斯波には『七刀』封印に当たってもらう」 「じゃあ、『九字兼定』を除く四刀で封印を構築するのか?」 「いえ、それでは余りに不完全性が大きすぎて、封印精度に欠陥が残る。 神刀を奥ノ院に捧げるというのは、戦略的な面は勿論、神社本庁の顔を立てた、という面がある。 其処で、アークとしてリスクを最大限に減らしたいというこちらの顔も立てて貰う。詰まり、空席となった六刀家の一家を、“アークが埋める”。 これなら、アークが滅ばない限り、第一神刀の暴走を防ぐ事が出来る」 「だが、神刀が無い」 「そう。だから、新しい代わりの神刀を担ぎ上げなければならなかった。 そして、京極を縛るという目的ならば十分な繋がりを有する刀を私達は手に入れている」 手元の資料に視線を落としたリベリスタは得心いった様に大きく頷いた。 「この『観測者はかく語りき』ってのを祭り上げる訳か」 イヴが頷く。 「実はその『観測者はかく語りき』は二対の太刀であることが判明していて、その片割れを京極の妹であるフィクサードが所有していた。現在その所在は把握出来ていないけど……」 「まあ、用心はしておこう」 「ええ。大変な任務になるけれど、無事に帰ってきてね」 ● 一人の男が、その神域に立っていた。 京極家当主。京極雨水。 中性的な青年の影は、異様だった。 彼の腰からは八つの鞘が伸びる。 木々が遮る満月の光の下、静かに彼は眼前を見据えた。 「決着をつけよう。アーク」 其処には彼以外の影など無い。それで良かった。虚空に向かって彼は、宣言する。 「君達を撃滅して、神社本庁とケリをつける。そして僕は、歴代の京極を、“父”を超える」 彼は、来る事を知っている。アークが此処に来ることを、知っている。 すると、ぼう、と雨水の周囲に揺らめいた月光があった。 刀であった。宙に浮く、刀であった。 「全ての始まりと、全ての終わり。エクメーネを以てその開幕と致す。 ―――さあ、君達は何を想って死んで逝くのかな?」 直後、共鳴。 瞼を開けた次の瞬間には、雨水の周囲には八本の一際強く揺らめく刀と、無数の小さな揺らめきがあった。 「“依り代”は生きてる?」 「は。しかし、宜しかったのですが、妹君を……」 「心苦しいが仕方ない。京極の家に生れ落ちた以上、業を背負わなくてはならない。 無論、“僕も”ね」 その根源には一つの神刀。 第一神刀『韴霊剣』があった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年03月11日(水)22:15 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 「下がっていいよ」 抑圧感が喉を絞める。その重圧の中響いた何処か幼げな男の声は、しかし、喜々とした感情を孕んでいた。 その男に近侍していた数名の『京極』門弟達は口を一文字に閉じたまま姿を消した。その動向を『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)は横目でちらと確認した。 吐息。『局地戦支援用狐巫女型ドジっ娘』神谷 小夜(BNE001462)の視線の先で、一人くつくつと笑うその男―――京極雨水。 「ああ、やっぱりこうなるんだね」 『足らずの』晦 烏(BNE002858)は、そんな雨水と、彼の周囲に“浮遊する”数多の刀剣に、そして八本の疑似神刀へと興味深げに視線を投げかけた。 「国宝やら重文やら御物やらまぁ、破壊するのが勿体ねぇわな」 雨水君も罪な男だ。言い終えた烏の言葉には、何処か懐古の情が混じっていた。 けれど雨水は、人生最大の岐路に介入した『アーク』の事を知り得ないであろう。何故なら烏や『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)達は、己がアークであると明言する事を禁じられていたからだ。 「神剣名刀揃い踏みだな。それに比べたら俺の守刀なんて無銘の一振りも同然だ」 烏に同意する様に快が言った。 「……けれど、そこに乗せてる魂の重さで引けを取る心算は無いさ」 「肩書に意味は無い」 雨水は口元に笑みを湛えたまま返した。 「刃を交え。その末に、どちらが立っているのか。結果にしか、意味は無い」 「あんたらの立つ理由はなんだ? その“結果”とやらなのか?」 『はみ出るぞ!』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)が問うた。 「……崩界を促す第一神刀の解放に大義は無く、守るべきモノから目を逸らす事に正義は無く。 それをオレは凶行と定義する。故に、オレはお前を止めなきゃいけない」 「それは僕達の大義では無いよ。只の免罪符だ」 議論は平行線を辿る。分かり合えない両者の歯痒さを小夜は、痛い程に感じていた。 「……神道って、複数の似たフォーマットの信仰による寄り合いみたいな概念だと思ってます、から」 思想の違いによる齟齬や反発、相容れない事が起きるのもあるかもしれませんが。 ―――それでも、あまり気分がいいものではありませんけどね。 「神域を死で穢すような事は、したくありません」 「君の言う通りだとは僕も思うけれどね、しかし、だからこそ血を流さずに僕らは解決できないんだ。 神々の歴史は同時に闘争の歴史でもあるのだから。≪韴霊剣≫(これ)が良い例だろう?」 雨水は、その常軌を逸して長い刀を構えた。 ユーディスは小さく瞼を細め、韴霊剣を見遣る。そして彼女自身は、彼の悪魔を穿った黄金色の巨槍、心象ブリューナクを構えた。 「目、大丈夫だったのですね」 「……うん?」 雨水が首を傾げ柔らかそうな黒髪を肩で揺らした。「いえ、こちらの話です」とユーディスが返した。 リベリスタ達を覆う刀剣群。 その悍ましい物量が、確かに命の遣り取りを感じさせていた―――。 ● 「雨水との戦闘が始まった様ね」 京極雨水が解放した第一神刀、韴霊剣。その封印術式、即ち『六刀封印』を完成させる助力を行う為に、翼の加護を得て移動していた『ANZUD』来栖・小夜香(BNE000038)は、動きを同じくする『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)、『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)へと呟いた。 (このタイミングで仕掛けてくる、か。 先代の事、何故戻る気になったのか等、気になる事は多いけれど……、まずは止めるわ。 支え、護り、癒し……彼も彼の妹さえも救ってみせましょ) 小夜香らの班は、『斯波』の封印構築箇所へと動いていた。葬識の千里眼による索敵の結果である。同時に、 「どうやら神島ちゃんは、エーレンフェルトちゃんの睨んだ通り、奥ノ院寺社に居るっぽいね」 <そうですか。そちらを当たってはみたいのですが……厳しいですね> 瞬間で激戦に変遷した様子は、アクセス・ファンタズム越しに葬識達にも伝わって来ていた。 「五人では厳しい、か」 彩歌が表情を変えず言った。 「あまり時間を掛けていられないわね」 木々を抜けた先は小さく開けた平地で、複数名の人影が鍔迫り合いを繰り広げていた。 「援軍ですか」 其の内の一人、斯波が振り返った。その頬には汗で湿った髪が貼り付いていた。 「……いや、全く助かります」 彼ら六刀家当主達は、神刀の封印を託されてはいるがその使用は許されていない。各当主は相当の手練れではあるが、慣れぬ得物と手数の差には苦戦を強いられていた。特に、輸送する神刀の勝手が分からぬという負荷は予想以上に斯波を疲弊させた。 「挨拶は時間の都合上割愛するわ」 その劣勢を、三名のリベリスタが覆す。 踊るように乱戦に加わった彩歌は、そのまま最大重圧の荷重を練り上げる―――無限に増幅する質量は、光速を超えた論理の帰結か。戦域を覆うその精神波は敵を愚鈍の徒に下す。 「狼狽えるな!」 怒声が響き渡った。『京極』側の乱れかけた統制が刹那的に取り戻される。 (成る程、これが『京極』の錬度……) 斯波を中心に療術を施し始めた小夜香がその動きを冷静に理解した。 「正直さー、これ、雨水ちゃん本気で勝てると思う? 六刀家は京極を潰すとかおっかない事を言ってるけど。身の振り方とか考えてるぅ?」 葬識は本質的な殺人者だ。そうであるが故に、躊躇いが無い。そうであるが故に、無意味では有り得ない。 「ああ―――でも勢い余って殺しちゃったらゴメンネ☆」 ● 「了解した。合流に戻る」 通信を一旦切った『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)の視線を『黒と白』真読・流雨(BNE005126)が真正面から受け止めた。 六刀家とアークによる六刀封印。最大脅威、京極雨水の抑制。何れかが欠乏しても作戦の成功は成し得ない。 だが得られている情報は限定的だった。それ故に、リベリスタ達は現場での情報収集を余儀なくされた。 「二班割く余裕は、最早ありませんか」 「ああ。それにどうやら来栖達の班が上手くやっているらしい。」 ちらと冷たく美しいユーヌの虹彩が、その盲目の男を見遣った。 「御助力感謝いたします。 ……ええ、私にも“この結果”の責任は御座いましょうが、その罪は後でお受けいたしましょう」 月夜寺家当主、月夜寺創。穏やかな顔つきの男は変哲の無い刀を鞘に戻しながら言った。 「全くだ。良い迷惑だぞ」 「よもや京極様が神社本庁に刃を向ける等と思っておりませんでした。 神宮奥ノ院は幸い日本最高規格の“霊地”。我が『月夜寺』の封印結界構築は効果的に張れます。他家には私が回りましょう」 「そうしてくれ。私と真読は雨水の方へ回る」 月夜寺が「承知しました」とユーヌに返すと、流雨が口を開く。 「一つ。質問があります」 「何で御座いましょう」 「私達は、“依り代”の対策を為すべきですか」 「実際は“依り代”無しでも第一神刀は起動します。私もその委細は聞かされておりません。 しかし私は、“依り代”への対処を肯定いたします」 「その理由は?」 ユーヌが問う。 「先代の奥方様、即ち雨水様の御母上はその“依り代”として置かれておりました―――そう、まさにこの神宮奥ノ院に。 ナイトメア・ダウン時に“エクメーネ”を行った先代京極様の死と同時に、奥方様も亡くなったそうです。故に其処には小さからぬ連動性があると見るのが妥当でしょう」 ● 「行くぜ―――!」 事前に破壊神が如き戦気を纏っていた竜一は、宝刀露草を手に構わず雨水へと斬り込む。 裂帛の咆哮は序盤からの出し惜しみ無い力の奔流を告げていた。 竜一は敵の力量を見誤らない。目の前の男は、油断して良い相手ではない。 幸か不幸か、雨水は手勢を下げた。 (その真意は、何処に在る) だが竜一に思考する暇も無い。 「お……らぁっ……!」 大仰な構えは暴君の再臨、畏怖そのものを体現したかのような衝撃波を生み出す動作である。 一足で踏み込んだ竜一が露草を振るう。放たれた衝撃は召喚された刀剣を、雨水を襲った。 「……!」 巻き上がった砂ぼこりの先、竜一は己が剣が何かと交わっているのを理解した。 視線だけを動かす。雨水は一歩も動いていなかった。露草を受けていたのは、一本の刀だった。 「疑似神刀―――備前国長船住景光か!」 刃音が散る。次に動いたのは、雨水本人だった。 「次は僕の手番だ」 繰り返す言葉が雨水の歪な表情から流れ出る。 「気を付けろ!」 烏が声を上げながら引き金をひいた。初手からエネミースキャンを行っていた彼には、これまでに会敵してきた雨水と今の雨水、その性能差が手に取るように感ぜられていた。攻撃動作に入った雨水から発せられる脅威は、最前線で雨水を押さえるユーディス達に惜しみなく浴びせられていた。 魔弾が往く弾道は踏み込んだ雨水を捉える―――が、それは多数の刀剣を破壊し相殺された。 韴霊剣の切先が振れる。その動きにユーディスと快が反応する。 「っ……!」 刃と槍が交わる。 (見た所三メートル弱ですか……、ブリューナクと大差ない) 近接して見る雨水の目に、“あの頃”の悪魔に魅入られた幼き彼の目が重なる。 ユーディスの相貌が歪む。だが、受け止めきれぬものでも無い。 「それはフェイクだ!」 「何―――」 快の声が響くのと同時にユーディスは視線を雨水から外した。其処には、自らに迫る一本の疑似神刀、ソハヤノツルギがあった。 ぎん、と音が破裂する。竜一がそのソハヤノツルギを抑えこんだ。 (仕手を持たない刀が、あそこまで重くなるものなのですか……) 小夜が冷静に状況を分析し、全ての魔力を遮断せしめし五芒の盾を構築する。 「……死なせませんからね、仲間だけでなく、貴方も」 「他人の心配をしている余裕は君には無いだろう」 景光がユーディスを斬る。そのまま彼女を押し返した雨水は、卓越した機動力で小夜へと向かう。 「させないぜ……!」 烏の掃射の雨の中駆けた雨水だが、立ち止まる。 小夜と烏の前に立つ快は最終防壁。彼の目が鋭く雨水を、その切先を睨む。 「君も長い付き合いになるな。――-その喉元、斬らせて頂く」 「出来るものなら、やってみろ!」 雨水がそのまま刃を突き入れると、快はその短刀でそれを受ける。 「―――正宗!」 軌道を逸らされた雨水だが顔色を変えず叫ぶ。快は韴霊剣を弾くとそのまま、横一線に自らの脇腹へと向かう島津正宗を認めた。 「く―――!」 そのまま鋭利な刃が快の腹を斬る。快の脚が思わず一歩後退した。小夜が早速とデウス・エクス・マキナの顕現に取り掛からなければならなかった事が、場の凄惨さを何よりも物語っていた。 「おい、何処を狙ってるんだ雨水。それともお前には、“そこが喉元”に見えるのか?」 「これは失敬。斬る心算は無かったが“勝手に”斬れてしまった様だ」 ふん、と快は鼻で笑った。 ● 「奇跡よ、あれ」 その声の響きに、雨水は振り返った。 その声は。過去を改変された雨水にとっても宿敵とさえ云える女の声だった。 「お久しぶり、かしらね。 あんなに可愛かったのに結局は捻くれちゃったのかしら?」 「……」 雨水は訝しげに首を傾げた。「アークの事だとは表明していないし、覚えていないか」と、小夜香は瞼を閉じた。 (昔に―――何処かで) この女と、会ったか。妙な既視感が雨水を苛むが、彼は軽く頭を振った。 「……君に邪魔された件については忘れもしない。其処の巫女服の女と同じ。忌々しい存在だ」 「酷い言われ様ね」 小夜香が肩を竦める。 「けれどね、私の気持ちは“あの時”と一緒よ。 ―――貴方を助けたい。だからもう終わりにしましょう?」 それは、慈愛か。初めての出会いは大量殺戮者として、二度目は悪魔に魅入られし順良な少年として、そして今のこの時は崩界を促進する因子として立つその男を、小夜香は『助けたい』と言い切った。 雨水を挟撃するかのように其処に立つのは新たな五名のリベリスタ。六刀家による封印構築への援護を行っていた者達だった。 「……本当に揃いも揃って不器用なんだから」 (考えてその道を選んだのなら頭ごなしに否定はしないけど。 ―――願わくば、決着を) 彩歌にはその男が、ただ不器用に思えてならなかった。 「貴方は、その第一神刀で何をなさる御心算です?」 小夜と小夜香の療術を受けたユーディスが立ち上がり問いかけた。 「私達や本庁との決着―――だけという事は無いでしょう」 「いや、それだけさ。僕は父を超える。 神社本庁が、六刀家が、アークがそれを邪魔するというのなら、是非も無い」 雨水は韴霊剣を天に向ける。長く聳える極細の刃が、月明かりを映していた。 「斬る。全て斬る」 其の刃を勢いよく振り下す。雨水に従う膨大な刀剣はその瞬間、破裂したかのように放射状に吹き荒んだ。 「……っ!」 ユーヌ達を切り刻む無数の刃。その中に混じる八本の疑似神刀を見極め、竜一が巻き込んで斬り返す。 「背負わなくてもいい業を背負って身動き取れなくなって、悲劇の心算?」 それで出た答えがすっごい刀におんぶにだっこで力比べ。 「―――まったくもってハッピーでご機嫌だ」 その攻撃を凌ぐ葬識は、この戦場から本の少し離れた奥ノ院寺社を視界に収めた。 常時観測を行ってきた烏とアイコンタクトを取ると、彼らはそちらへと向かい動きだす。 雨水の前には流雨、ユーヌが立ちはだかっていた。 「“あの刀”は坊やなりの止めて欲しいというメッセージですか?」 「僕を坊やと呼ぶな!」 風を切って振るわれた長い刃筋が流雨の頬を裂くと、作り物のように美しく白い彼女の顎から朱色の水玉が滴った。 「全く素直でない上に、手間の掛かる兄妹です。 ―――尤も。子供は手のかかる物ですが」 「……っ」 人を喰った様な性格の雨水にしては珍しく、彼の顔には怒りが露わになっていた。 「古臭い面倒なものが残ってるのか。綺麗さっぱり屑鉄になれば楽なものを。 家に血筋に骨董品、揃って無駄だ」 加えて、お前の行為もな。そう告げたユーヌへと顔を向けた雨水は、怒りを既に抑え込んでいた。 「ならば。どちらが本当に不必要か、今ここで明らかにしよう」 「ふん、そんなものに議論の余地は無い」 言い終わるが早いか、一歩下がったユーヌが拳銃から無数の符を放つ。 雨水の周囲を刀剣が覆う。ユーヌの放った符が魔鳥へと変化すると、その濁流は次々に刀剣を破壊していく。その間を瞬息で流雨が駆け、雨水の血を貪らんと飛び掛かった。 「―――遅い」 横殴るように振り被られたのは、雨水の握る韴霊剣ではなく、松井江だった。 流雨が寸での所で跳ねる。と同時に、竜一が暴虐なる一撃で追撃し返す。 「国家平定の霊剣の名を持つ刀、か。なら、そんな異名のお前の為にも俺が止めてやる。 俺が、俺自身こそが“天下泰平の剣”よ!」 盛大な音と共に無数の刀剣が消滅していくが、勢いを殺された一撃は雨水に跳ね返される。 「その刀を手にした姿、先代御当主が見たら如何思われる事か」 間髪入れず。只でさえ自立稼働する疑似神刀に快らの手番が削がれている中、雨水の動きを削ぐためにユーディスがブリューナクを突き抜く。 「京極の“業”、祓わねばならないようですね―――」 騎士然としたユーディスの放つ暴力的な一槍。異界の魔神が使用していたその神槍を以て、雨水のその業を燃やす尽くす。 雨水も舌を打つ。ユーディスの槍は彼の肩を掠り小さく抉ったが、逆に体を入れた雨水が腰を低くした体勢から大きくユーディスの方へと踏み込む。 「―――景光」 は、とユーディスの目が見開き振り返ると同時に、彼女の背後に真直ぐ自身に向かう景光の刀身が視えた。かは、とユーディスの唇から朱が漏れる。 「ユーディスさん!」 ユーディスは苦しげに思わず地に膝を付いた。小夜が急ぎ遠雷を構え、療術の術式に入る。しかし、雨水の表情は一点を見つめ、曇っていた。 「……捕まえました」 震える唇でそう呟いたエーレンフェルトの腹部を貫通した景光だったが、その刀身はユーディスの肉と、そして彩歌の生糸に確かに捕えられていた。 「その神刀の存在が無意味だとも、貴方の考えが愚考だとも、私は思わない。 けれどね。あなたは倒すわ、私の望む未来の為に」 「何……」 軋む音が響く。それは景光の悲鳴に違いなかった。次の瞬間、景光の刀身が折れた。 ● 葬識と烏の両者は奥ノ院寺社へと向かう事に成功していた。 「ここだね」 葬識が視た彼女の姿はその眼前の小さな社の中にあった。そして、彼女以外の影も。 「時間も無い。突っ込むか」 「りょーかい☆」 愉しげに逸脱者ノススメを構えた葬識は躊躇なくその扉を蹴りあげるとそのまま社内へと突っ込む。 「来たか……!」 敵の声が上がる。向こうは向こうで、リベリスタの動きを警戒していたのであろう。 (その為に雨水君は手勢を下げたのか) 合点がいった烏は既に『京極』門弟に丁々発止と斬り結んでいる葬識を支援する様に掃射しながら、そのまま封縛されている神島の元へとゆっくり進んだ。 烏に視える神島の姿は、衰弱した様子の紅く朱い長髪にカチューシャの少女。彼が『六角』家で視たあの少女に間違いなかった。 「おい、大丈夫か」 神島は、白装束を着せられ、祭壇に括られていた。烏が問い掛ける。 「……誰?」 瞼を閉じていた神島は軽く呻いて訊ねた。 「君とは一度会っているんだが、いやまあ、そんな事は大した問題でもないんでね。 まず一つ確認だ。まさかとは思うが、これは神島君の意志で行っている事か?」 「そんな訳ないでしょ……」 其処まで言って神島は一際大きく呻いた。 (雨水君には過去改変が行われた。その影響が神島君にどれだけ伝播してるもんかね―――) まあいいと切り替えた烏はすぐさま神島を拘束していた拘束具類を撃ち抜き破壊していく。 「ん? その可愛らしいお嬢ちゃんが神島ちゃん?」 凡そ七名の『京極』門弟を相手取っていた葬識がそちらへの視線を外さないまま、烏と神島の所まで下がってきた。 「ああ。しかし、どうしたもんかね」 烏も二五式・真改を構え直すと、そうぼやいた。 「俺様ちゃん達には、“依り代”契約についての知識は無いんだよね」 ちらと葬識は神島を見遣った。苦痛に顔を歪める神島は、弱々しいながらも不機嫌そうな顔で口を開く。 「……開放する代わりに話せって訳ね。まあ良いわ。その代わり、礼は言わないわよ」 「強気なお嬢ちゃんだねー」 私をお嬢ちゃんって呼ぶな、と漏らした神島に「流石兄妹だなあ」と烏が呟く。 「大体の察しは付くわ。どうせ兄貴を倒す為に神刀を抑制したいという事でしょう? なら、方法は二つ。私を殺すか、“欠番を復活させるか”ね」 烏と葬識が顔を見合わせる。 「“欠番”?」 ● 「……流石、一筋縄じゃいきませんね」 小夜の頬には汗と血が流れていた。その表情は極めて厳しい。 抑々、デウス・エクス・マキナの連発自体が神秘リソースを大きく消費する。彩歌が居なければ此処までの連続使用は出来なかっただろう。しかし、“炉”としての彩歌の動きは無論、彩歌自身の手番を消費させてしまう。その上小夜は、ホーリーリザレクションという虎の子を抱えていた。 「尤も、誰も戦闘不能になど陥らなければ良い話ですけど」 その困難さはホーリーメイガスとしての彼女自身が重々承知している。 「舞います」 小夜の視線の先には激しく傷ついた仲間、そして雨水が居た。 「殺す為でなく癒やす為に、貪らせる為でなく鎮める為に」 ―――その小夜の様子を眺めていた雨水は、彼等の脆弱性が其処に在る事を見抜いていた。 そして、だから、目の前の女に視線を戻した。 「まずは君だ」 血が滴った。雨水の腕にも裂傷が見受けられるが、致命傷には程遠かった。ユーヌらが疑似神域結界を破るために尽力していたが全ての手番でブレイク出来る訳でもない。勿論、今回の編成のバランスの良さから考えれば、完璧とは云わずとも理想的な程には疑似神域結界を剥がす事に成功してはいたが。 そんな彼の面前に立つのは小夜香である。雨水の接敵を許した事が、激戦を物語っていた。 す、と韴霊剣の刃腹が小夜香の首に当てられる。雨水はそれを静かに引いた。小夜香の首に、綺麗な紅色の直線が描かれた。 「……そう易々と落とさせはせんぞ」 だがまだ比較的傷の浅かったユーヌが、構わず符を投擲し雨水へと攻撃を重ねる。韴霊剣の刀身が、ふと小夜香から離れた。 「貴方は終末論を信じる?」 不意に彩歌が問うと、一瞬、その意図を図りかねる様に雨水が沈黙した。 「……僕は悲観主義者だが、安易な終末論は信じていない」 違う。 その返答で彩歌は、確信した。その一言で彼女は、“彼と彼”の差異を理解した。 彼の中には迷いがある。旧雨水程に純粋で無い。過去改変以前の雨水はある意味でもっと“濾されて”いた。混ざり合う程の無い絶望が彼を満たしていた。 一方、この雨水は違う。この男は定まっていない。この男は満たされていない。不十分な感情と不十分な羨望が混じっている。それが何に起因する不完全性なのか。彩歌に思い当たるものは、一つしかない。 だが、その理由を指摘した所で事態が何も変わらない事も、彩歌は理解していた。 「時間稼ぎは終わりかな? じゃあ僕は―――」 「させる、かっ……!」 時間稼ぎの心算は、小夜香にも彩歌にも無かった。しかし結果として、それは雨水から刹那の空白を作りだす事に成功していた。 竜一が露草を振るうと、巨大な魔弾が放たれる。それは雨水を、否、雨水の神刀を狙い直撃した。 「……っ!」 神刀は現状で破壊できる代物ではない。しかし、その所持を解除する事は決して不可能ではないだろう。竜一はそれを狙っていた。 余りの衝撃に雨水の手から韴霊剣が離れる。其処を流雨と快が走った。 「お前が葛藤のある死を望むなら、俺はそれを乗り越えた生をお前に見せるまでだ。 エクス―――カリバァァァァッ!」 快が咆哮し、雨水に肉薄する。 振り上げた短刀は、月明かりを映して鈍く光った。その切先が、雨水の玲瓏な相貌へと降ろされる―――。 だが其の刃が雨水を抉る事は無かった。ぎり、と快の短刀は別の刃に受け止められていた。 「……骨喰藤四郎―――!」 「韴霊剣の意味をまだ十分に理解出来て居ないみたいだ」 ぐんと押し返す様に快が弾かれる。しかし、雨水の顔にも苦悶の表情が浮かんでいた上に、 「それで良いのです」 再度、刃と刃が交わる。 「私以外に負ける事は許しませんが」 刃が振られる。互いにそれを紙一重に避ける。雨水はその流雨の所作を見て、眉を顰めた。 (この太刀筋―――) いや、まさか。内心で否定する雨水だったが、しかしそれは確かに“あの太刀筋”だった。 「死ぬ事は尚許しません。……ま、何にせよ。貴方達は生かす。儀式は止める。 簡単な事です。『私達』にとっては。そのためならば命くらい安いものです。 止めますよ。全力で」 びくり、と雨水の肩が跳ねた。 「―――さ、ん?」 紅い影がフラッシュバックして、雨水は聞き取れぬ呟きを発した。しかし、直ぐに我に返ると彼は、横一線に骨喰藤四郎を薙いで流雨を弾き返すと、韴霊剣を拾い直した。 「……?」 その時、雨水は確かに違和感を感じた。彼は韴霊剣の鏡の様な刀身を視た。 「―――京極様」 そしてその声に、雨水は反応する。ユーディスも疑似神刀と対峙しながらそちらを振り返った。 「六刀封印は、ここに成りました。 此れより我ら六刀家、アークに加勢致す」 ● 「成る程。先を越された」 雨水が口の端を歪めた。 「僕の直掩を全てそちらに割けば或いは、と考えたけれど、見込み違いだった様だ。 ちゃっかりと―――“依り代”まで其処に在るとは、恐れ入ったよ」 「あ、それじゃあ」 小夜が加勢に来た“七名”の一人、葬識に抱えられたその赤髪の少女を視た。 「貴方が―――神島さん、ですか」 その問いに神島は「ええ」と頷いた。そしてその手には、 (『観測者はかく語りき』? いえ、でもあれは……) 彩歌の表情が曇る。それは確かに乙の方の“観測者”の筈だ。しかし、あれは自分が知っている其れとは異っている、と彩歌は感じた。 「それは……」 雨水の表情が変わる。 「“欠番”!」 言った次の瞬間には、その表情に幾らかの怒気が現れていた。 「『九字兼定』の代わりに―――“観測者”を使ったか……っ!」 「危うく乙を打っ壊しちまう所だったさね。 まあ今となっては、雨水君の最大の見込み違いは、『妹の殺意』を過小評価して事なんじゃないかとさえおじさんは思うが」 烏が言い終わる時には、小夜にも“その変化”が見て取れていた。 「召喚された刀が、消えていく……」 小夜のその呟きに、雨水も忌々しく辺りを見渡した。無数に浮遊していた刀剣は、今では八割が消え去っていた。疑似神刀に至っては、長吉と正宗以外が既に姿を消していた。 「京極ちゃん、もう君の第一神刀の性能は格段に落ちている。君の手勢は既に処理済み。 加えてこっちには、七人の革醒者が増える。 まあ俺様ちゃん的には京極ちゃんの味も知りたい訳だけど―――投降をオススメ☆ するかなー?」 「お前に勝ち目などは無い。それはお前自身が分かっているんじゃないのか?」 「―――は」 ユーヌが駄目押しで言うと、雨水は視線を空に挙げたまま乾いた笑いを一つ、零した。 「何を勘違いしているのか」 そのまま雨水は視線を戻す。劣勢の中、雨水の目は寧ろ喜々としていた。 「僕はね……、君達のそういう楽観的な幻想を排除するために此処にいるんだよ」 雨水は続ける。 「その幻想が消え去った世界の中、何故僕達人間は生きていく必要がある? 君は、さっき僕を終末論者かと問うたけど……」 雨水は彩歌を視た。 「終わるだけでは意味が無いんだ。終わる事は分かっているんだ。 だが、僕達は幸福には成れない。ならば何故、僕達は生きるのか。 それはね、真の終末にこの世界を導く為だ。 真の終末とは詰まり―――絶対的に自己を破滅させるという事」 この期に及んで、雨水は韴霊剣を構えた。ユーディス達リベリスタにも再度緊張が走る。 雨水が駆けた。 (速い―――!) ユーディスはそれまでより早くなった雨水を認めた。 「―――成る程。“運命の消費”が減算されましたか」 既に体が思う様に動かないユーディスは、しかし、ブリューナクを構え。雨水を迎え撃つ。 「無理はしない方が良いですよ」 そして彼女の横に、斯波が立っていた。 「斯波様。御壮健そうで何よりです」 「その節はどうもです。うん、そちらはちょっと御壮健とは云えませんね?」 「いえ、この程度。一家の業に比べれば、浅いものかと」 ユーディスはそのまま六角、月夜寺そして一色を見遣った。 「六角様も御壮健そうで何より。ですが、神島様と御同席は……思う所があるかもしれませんね。 月夜寺様は、宜しくお願い致します。一色様は、初めましてですね」 それぞれがユーディスに軽く頭を下げた。あれほど凄惨に斬り結んだ相手に、こうして背を預けるのはどうも妙な感じだった。 「しかし、何れにせよこうして轡を並べられる事、嬉しく思います」 眼前には雨水、そして二本の疑似神刀。 キィン、と一際大きな金属音が奥ノ院に響き渡る―――。 ● 「京極だの業だのアホウかと、縛られる事に何の意味がある。 その眼は“あの時”から閉じてしまったままなのか」 烏はSchach und matt―――その一手をユーディスを抜けた雨水に叩きつける。 「全くもって尻を百叩きだな。 ―――にゃんこ先生にも笑われるぜ、雨水君」 がん、と烏の魔弾に正宗が弾かれた。 まだ行ける。雨水は立ち止まりもせずそのままリベリスタ達に斬り込む。 「これは、“勝利の幻想”だ」 快が死力を振り絞り、その短刀でエクスカリバーの一撃を狙い澄ます。 「お前がどれだけの幻想を排除しようと、この幻想だけは否定させないぜ!」 決死の一撃。ぐ、と雨水の顔が歪む。その肩に深く短刀が刺さっていた。 「邪魔をするな!」 雨水の怒声に従う様に、長吉が快を斬り払った。出血も顧みず雨水は刺さった短刀を引き抜きいた。 「―――だから、議論の“余地”など皆無だと云っただろう。 真読や来栖、神谷こそお前を生かすと言ったが、私にはそんな考えは微塵にも存在しない」 竜一とユーヌ。息の合った二人は駆ける雨水を挟み込んだ。 「何も残らぬ程に。お前を破壊し尽くしてやろう」 「オレはお前のその身勝手な刃を―――此処で止める!」 竜一が露草を最大火力で振り被るのと同時にユーヌが拳銃のトリガーを引いた。 「ぐ――っ……!」 間に合え―――雨水は残る少ない刀剣をかき集め、二人からの凄絶な攻撃を相殺させる。が、竜一の斬撃は無力化出来なかった。彼の暴虐なる太刀筋は、雨水の右脇腹を抉っていった。 「―――ホント、君ってハッピーでご機嫌だよね、京極ちゃん」 雨水が韴霊剣を振るう。その刀身と葬識の“鋏”が交差した。 「……貴方は自分の“運命そのもの”を呪っている様にしか見えない。 或いは―――“その終わり”すら『他者』に用意されたものだというのが我慢できなかったというのは、穿ち過ぎかしら」 葬識と鍔迫り合った雨水に纏わり付く長吉へと、精緻なる気糸を張り巡らせる。召喚されただけの紛い物ならば、壊せぬ道理など無い。雨水の表情がさらに歪む。 「ならば―――ならばその終末に我慢できなかった人間は何処へ行けばいいっ!」 「図星だった? 確かにね、私もその質問に対して持ち合わせる解は無いわ。 けれど一つだけ言えるのは。“あの時と一緒”よ。 『私の終わりも、意味のある終わりもあげられない』」 その剣もその業も、あなた自身の存在さえ人が生きて積み重ね、遺していったものだから―――。 「それでもあなたは、やっぱり終わりしか求めないと言うの?」 彩歌に捕えられた長吉に斯波、月夜寺、そして一色が一斉に斬り込む。そのまま、長吉は砕けた。 韴霊剣を大きく引く。そして、そのまま葬識の攻撃を雨水は敢えて受けた。 「―――!」 韴霊剣を握らぬ、快に抉られた方の腕をそのまま差し出す。 「喰いたいのなら喰えばいい。だが通してもらう」 葬識が雨水の腕を挟み込んだ所で、雨水は韴霊剣を巧みに振るい葬識の腹を斬り抜いた。 もう、そっちの腕は、使い物にならない。だが高が腕の一本が千切れただけだ。 全てを斬り倒すまで。止まりなどはしない。 雨水の先には三名の女達が立っていた。 小夜、小夜香、流雨。 消して止まらぬと韴霊剣に誓っても、その遠さに目眩みがする。 「貴方に『遺言』です」 崩れ落ちる様に雨水は、韴霊剣で流雨に斬り込んだ。 ―――非力な哀しい太刀筋だ、と小夜は思った。 浅い息を速いリズムで繰り返す雨水は、目を薄めた。其処には、流雨では無い、渇きに渇いたあの赤い姫君が。否―――大昔の母の面影が視えていた。 「『生まれた意味が解らずとも。生きていく理由が見つからずとも。どれだけ他人を羨もうとも』」 「……やめろ」 「『ヌシはヌシ以外になれん。だからこそヌシはヌシだという誇りをもって生きよ』」 「………やめろ」 「『そして忘れるな』」 「やめろ!」 「『ヌシは確かに愛されていたのだと』」 泣くな。 泣くな、泣くな、泣くな。雨水は心の中で繰り返した。 そして繰り返せば繰り返す程、目から涙は溢れた。 「―――やめろ」 それは懇願だった。己を破滅させる呪詛を呟く女への、懇願だった。 最速鍔迫り合いなどでは無い。ただ雨水が流雨に支えられているだけだった。 「『愛しておるぞ。“雨水”』」 ● だからっぱり、その眼は一己の餓鬼の眼だった。 愛情に飢えて、何時まで経っても大人に成りきれない哀れな餓鬼の眼だった。 愛を求めて、愛に裏切られて―――どうしようもなく傷ついてしまった独りの餓鬼だった。 ● 「私、結構意味深に満を持して登場したんだけれど、空気だったわ」 肩を落とした神島に、ユーヌが「仕方ない。それがお前らの宿命だ」とすたすた横を通り過ぎながら言うと、遂に神島は体育座りをしてしまった。 「『敵が味方になると弱くなる現象』はRPGでは避け得ないんだ。分かるね?」 「分かりませんよ」 快が横に座ってぽんと肩を叩いてやるも神島の目からはハイライトが消失していた。 「それで、その太刀は結局何なんです?」 快とは反対の方に座り神島の頭をぽんぽん撫でながら小夜が問い掛けた。 「『観測者はかく語りき』の甲と乙。二対で打たれた姉妹刀は、本来その二本を組み合わせる事で本来の能力を発揮します。これは六刀封印により有事の際でさえ迅速に神刀を使用する事が出来ない『京極』が、神社本庁に内緒で製造した“欠番神刀”なのです」 彩歌が「突然ひどく説明口調になったわね」と静かに突っ込むと「尺の都合です」と神島は目からハイ(以下略)。 「でも私と兄貴は途轍もなく仲が悪かったのでその欠番が顕現する事はありませんでした。今回兄貴は私と乙を強引に『京極』に引き戻したのだけれど、紛い物は必要ないとか言って本人の甲は何処かに捨ててきちゃったらしくて、私は乙経由で“依り代”として機能してました。なのでその契約を断ち切る為に乙を一回甲の封印箇所にまで持って行って、欠番を呼び出して代償の二本は埋めちゃったのでした」 「詰まり、甲がガラクタ同然になっていたのは、貴女と乙が依り代に成っていたから、という理解でいいの?」 彩歌が確認すると神島は大きく頷いた。 「賢い! カシコのお姉さんの言う通りです」 「神島様って、こんな御方でしたっけ」 ユーディスが真顔で訊ねると「仕様が無いわ、妹キャラに固執するのは止めたわ」と神島はハイ(略)。 「で、その刀はそんな無造作に放っておいて大丈夫なのか」 烏が煙草の先でその太刀を指した。 「六刀封印と本体二本が奥ノ院に封印されてますのでもう性能は限りなく抑制されてますから、問題無しです。例えこれが強奪されても本体を押さえとけば問題無いですし、その本体は“六刀家としての”アーク管轄下なので安全です」 「因みにあっちはどうしたんだ?」 竜一の云うあっちとは韴霊剣の事だ。 「あれは洒落にならないんでアーク本部地下深くに封印するらしいです。と云うかそうして貰うようお願いしました」 「それで? 君はどうするのかな?」 葬識が体育座りしていると神島の眼の前にしゃがみ込むと、彼女はひいっ、と仰け反った。 「わ、私は―――」 ● 眼が醒めると、自分が横になっていた事に気が付く。 「あ、気が付いたのね」 それは所謂膝枕の体勢だった。雨水の視線の先には、頭を下げ覗き込む小夜香の顔が在った。 顔を横に向けると小夜香のお腹があったので、急いで逆に向けると体育座りをした流雨が無言で右手を挙げて挨拶してきたので、やっぱり上方向に戻すと相変わらず小夜香が覗き込んでいたので、雨水は蜜柑の皮を食べてしまった猫の様な顔で瞼を閉じた。その表情が、先代京極と同じものだったと気が付いたのは真珠朗の記憶を受け継ぐ流雨だけであっただろう。 「これは。坊やは照れてますね」 「坊やと呼ぶな。照れてない」 瞼を閉じたまま雨水が即答すると、小夜香がくすくすと笑った。 「……何か?」 「何だかんだ言って其処は退かないのね」 「体が動かないのです」 何故か敬語で云った雨水は、頑として瞼を開かなかった。 「貴方、寝てる時と泣いている時だけは子供の時と変わらず可愛らしいのに、素直じゃないわね」 小夜香は子供をあやす様に雨水の柔らかな髪を梳いた。 「……」 「坊やは拗ねてますね」 「坊やと呼ぶな。拗ねてない」 やっぱり即答すると雨水は不愉快そうに瞼を開いた。 「何故、僕を助けた」 「やっとこっちを見たと思ったら、そんな事?」 小夜香と流雨が大袈裟に顔を見合わせたが、雨水はそれを無視した。 「私はもう目の前で誰も死んで欲しくないの。世界の為の大儀だなんて言う心算ないわ。 だからこれは、私の我儘。全てを赦し、救いましょう。貴方とて例外ではないわ」 「私は、そうですね。ノーコメントという事で」 小夜香はまだしも、雨水は流雨だけは直視出来なかった。自分の最も屈辱的な部分を完全に見られてしまった事に対する後悔と恥ずかしさでいっそ死んでしまいたかった。 もう、夜が明ける。 奥ノ院の森の中に、薄く陽の光が差し始めていた。 雨水は再度瞼を閉じた。今度は眠りにつく様だった。 「これで、良かった?」 この終わりで、貴方は良かった? 小夜香は最後にそう問う。 「『希望ってモノを少しでも信じて欲しい』と云ったのは君自身だろう?」 次第に雨水の声は途切れ途切れになっていく。 君たちは。まるで。 「……さん」 寝息が聞こえ始めて、小夜香と流雨はぽつりと呟いた。 「なんだ、“あの時”の事」 「―――思い出してたのならさっさと云えば良いのに、全く素直じゃありません」 そうして見た彼の夢は、やっぱりこの上なく幸せな夢だった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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