● 去年の6月、彼女は長く付き合い続けた彼とついに結ばれた。 そして其の年の暮れ頃に、新しい命が胎内に芽生えたと診断される。 彼女は幸せに満ちていた。未来が、希望が、眼前に広がって行く。 更に月日が流れて過ぎた。彼女のお腹は大きく膨れ、其の中の命が激しく自己主張をしている。 膨れた腹部を大事そうに撫でる彼女は慈しみと喜びが溢れんばかりで……。 けれど、其の命は、本当に、彼女の、子供なのだろうか? たくらん。 托卵(たくらん):托卵とは、自らの卵の世話を他に托すという一部の動物に見られる習性である。同一種内で行われる托卵を種内托卵、別種に対して行われる托卵を種間托卵と言う。種間托卵を行う種としてはカッコウが良く知られており……、 其の異世界からの来訪者、アザーバイドは、自らの子を他の世界の他の生物の胎に托す事を習性としていた。 世界を渡る扉を潜り、巧妙に自らの存在を隠しながら、目に付いた胎に我が子を托す。 彼女に目を留めたのはただの偶然。探査の目を逃れる事に長けた其のアザーバイドは、彼女の胎に自らの子を入れた。 新たな胎に入れられた幼体は、先住者を喰らい、其の姿と住処を我が物とする。 彼女の幸せな月日は、全て虚構。彼女の子供は、もう何処にも存在しない。 ● 「今回皆に依頼するのは、ノーフェイスの退治」 集まったリベリスタ達を前に、『リンク・カレイド』真白イヴ(ID:nBNE000001)が口を開く。 話の内容が急に変った事で怪訝な顔をするリベリスタに、イヴはほんの僅かに言葉に迷い、 「……巧妙に擬態したアザーバイドを発見できたのは、神秘を胎に抱える事で、長く間近に触れすぎた母体がノーフェイスと化したから」 告げられたのは残酷で、救いの無い確定されてしまった事実。 そして母体のノーフェイスとしてのフェーズ進行は胎の子の影響か恐るべき速さで進んでおり、恐らく出産を契機にフェーズ3へと移行するであろうとも付け加えられた。 「産まれてしまえば、アザーバイドは自分でリンク・チャンネルを開いて別の世界へと移動するから無理に倒す必要は無いけど、お腹の中に居る時は母体に危機が迫ると胎内から力を振るって攻撃して来る」 出産で消耗したフェーズ3を叩くべきか、胎にアザーバイドを宿したままのフェーズ2と戦うべきか。 「アザーバイドの産まれるのは深夜の病院。今から向かえば出産の少し前にはつける筈。……辛い戦いになるだろうけど、お願いね」 資料 ノーフェイス:御堂加奈子と呼ばれるアザーバイドを胎に宿した母体。偽りの我が子への愛情に壊れ始めている。現在フェーズ2、出産後はフェーズ3。能力は強化された身体能力、特に顕著なのは怪力。そしてリジェネレート。 アザーバイド:闇の世界(母体のノーフェイスを中心に展開しますが、母体も暗闇を見通せません)、透明化(母体ごと透明化し、E能力者にも視認出来なくなります)、ピンポイント、ブラックジャック、天使の息、に近しい能力を母体内から使用します。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年09月03日(土)22:52 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 眠気覚ましの珈琲を口に含み、産科医である有本慶介は内心溜息を零す。 赤子は夜に産まれ易い。 其れは自然の摂理であるが、産まれて来る当の赤子は兎も角、其れに立ち会う大人達にとっては不都合が多い為、陣痛促進剤等の手段で夜間や休日の出産はずらして避ける事が多い……のだが、 「何やってもずれなかったなぁ。産まれて来る前からそんなに反抗期でどうするんだよ」 結局御堂加奈子の胎内に宿った赤子が産まれて来るのは休日の深夜。 計算された予定日通りに、赤子が自ら産まれて来るタイミングを決めているかの様に僅かたりともずれる事はなかった。 勿論夜間出産にぼやきはしても慶介も立派な産科医だ。気持ちを仕事に切り替え、服を着替えて分娩室に向かう。 妊婦が味わう出産の苦痛を少しでも和らげ、産まれて来る新しい命に全力で向き合おう。 眠気、だるさ、億劫さを振り切って本分に立ち返った慶介。 だが、これから産まれようとしている命は、彼が思う様な生易しい物ではなく、慶介の身に降り掛かる事になる災難も、今の彼には想像する事すら不可能だった。 ● 2人の警備員の体に、『阿修羅刹』鬼塚 菊(BNE000089)と『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)の当身が減り込み、其の意識を無理矢理断ち切る。 当初は『シューティングスター』加奈氏・さりあ(BNE001388)が御堂加奈子の知り合いを装い、警備員にテンプテーションを使用して穏便に病院内への侵入を図っていたリベリスタ達。 さりあのテンプテーションは成功し、警備員達に彼女への好意を持たせる事には成功したのだが、家族なら兎も角ただの知り合いを深夜の病院内に通す事は彼等の職分を越えていた為に断られてしまう。 更に警備員達は好意を持ったさりあへの親切心、そしてさりあと一緒に交渉にあたった『メタルフィリア』ステイシー・スペイシー(BNE001776)の浮かべる加奈子への心配への共感から、既に中で出産を待っている加奈子の旦那である御堂東に確認を取って来てくれようとさえした。 だが其の親切心からの行動はリベリスタ達にとっては非常に不都合な物であり、慌てて強硬手段に及ぶ事となったのだ。 少し後味の悪い結果となったが、時間のロスはほんの僅かで済んでいる。万一に備えて非常口の鍵を開ける為に面接着を駆使して潜り込んでいた『音狐』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)と合流し、一行は分娩室を目指す。 丁度其の頃、産科医の慶介、彼を補助する看護師達、そして愛しい妻の出産に立ち会う事を選んだ東等は、等しく其の気味の悪い光景に絶句していた。 破水の苦しみ、胎児が産道を広げる痛みも、受け止め、笑顔を絶やさず、幸せそうに、熱気を伴った喘ぎをあげる加奈子に、そして産道を自ら押し広げ、這い出してくる赤子。 産声を上げる事も無く赤子はぎょろりと其の目を開き、言葉を失った大人達を見やる。気の弱い看護師の一人が卒倒するも、誰一人として支えに動く事も出来ずに彼女は地面に倒れ伏す。 「あぁ、……私の赤ちゃん」 そんな異常さも加奈子は気に留めた風も無く、臍の緒の先に繋がった我が子を目に感極まった様な声を漏らす。 そして其の声を聞いた赤子は唇を笑みの形に歪め、部屋は赤子を中心に噴出した闇に包まれた。 分娩室の異常事態に、部屋の前に辿り着いて出産が終るのを待っていたリベリスタ達は、透視で室内を確認していた快の合図で扉を蹴破り一斉に中へと踊りこむ。 闇が室内を覆っていたのはほんの数秒だ。闇が晴れ、慶介達が目にしたものは、加奈子の寝る分娩台を取り囲む見知らぬ武器を構えた男女……リベリスタ達の姿と、加奈子の下腹部から伸びた先には何もついていない垂れた臍の緒。 「き、君達は何者だ。やめたまえっ!」 呆然と先の途切れた臍の緒を見詰めたまま動かぬ加奈子に武器を振り翳して襲い掛かる菊、リュミエール、さりあに、慶介は悲鳴の様な制止の声を上げる。そして真っ先に飛び出して加奈子を庇おうとした彼女の夫は、快の当身を受けて崩れ落ちた。 「お母さん、ごめんなさい……ッでも容赦はしませんから」 加奈子の身体に、謝罪の言葉を吐きながらも菊の大太刀が、リュミエールの短剣が、さりあのクローが、それぞれめり込み血飛沫が舞う。けれど慶介や看護師達は加奈子の行く末を見る事は叶わず、『煮え切らない男』山凪 不動(BNE002227)、『錆びた銃』雑賀 龍治(BNE002797)の手によって分娩室より締め出されてしまう。 不動が押さえた向こうで激しく扉が叩かれるが、一般人である慶介達とリベリスタである不動では膂力に差がありビクともしない。 「……ハッピーバースデー」 背中で扉を押さえた不動が皮肉気に呟く。其の言葉は、人で無くなってしまった加奈子、そして既にこの世界を去ってしまった薄情な加奈子の子供に対して。 「愛おしいなら喜べばいいのよぉ。旅立ちが寂しいなら泣けばいいのよぉ。ソレが出来るならぁ、貴方は素敵な母親よぉん。はっぴばーすでー、とぅーゆー♪」 不動と同じ言葉を口にすれど、ステイシーの其れは心の底から加奈子への祝福である。其の言葉に嘘は無く、其の思いに偽りは無い。しかしだからこそステイシーは人としての感性が何処か決定的に壊れているのだろう。彼女は狂気に憑かれた熱情を愛と呼び、その冷たい鋼の心臓に宿している。 「…………」 古めかしい銃の先を加奈子へと向ける龍治。加奈子の身の上は同情するに値する不運な話だ。だが彼がその胸に渦巻く想いを口から零す事はない。それが意味を成す時はとうに過ぎ去ったが故に。 更に『サムライガール』一番合戦 姫乃(BNE002163)の小さな姿が真紅の鎧甲冑に包まれ、その手に持つ刃を大上段に構える。 同情、愛、共感、理不尽への怒り、様々な感情を抱きながらも戦いへの意思を改めて固めたリベリスタ達。 ● けれど彼等は少し思い違いをしている。 彼等の加奈子への気持ちは尊く嘘も無い。リベリスタ達が戦いのタイミングを加奈子の出産後に定めたのも、戦術的な意味合い以外にせめて産ませてやりたいとの気持ちが働いたのだろう。 だが今此処に在る加奈子は、既にフェーズ3。其の外見からは想像も出来ない力を身に宿す、一つの暴威だ。 「!?」 突き立てた武器を引き抜こうとした菊、リュミエール、さりあ、3人の表情が変る。加奈子を貫いた武器が、渾身の力を込めてもぴくりともせずに彼女の身体に絡め取られてしまっていたからだ。 ぎろりと加奈子の瞳が3人の姿を捉えた。突然ぶつけられた強烈な殺気に、武器を失ったも同然の菊とさりあの二人はそれ以上武器に固執せずに手を離して大きく飛び退り加奈子から距離を取る。 しかし逆手にもう一つ、防御用の短剣を携えていたリュミエールはぶつけられた殺気に対して思わず武器を振るってしまう。 フェーズ1とフェーズ2のエリューションに大きく力の隔たりがあるように、フェーズ2とフェーズ3のエリューションの間にも大きな差が存在し、其の差は階位障壁の有無だけに留まらない。 フェーズ3以上に踏み込んでしまったエリューションがフェイトを獲得し得たと言う記録は存在しない。フェーズ2を戦士と評するならば、フェーズ3の評価は将軍になるだろう。 勿論個体差はあれどフェーズ3のエリューションは、まごう事なき化物の類だ。 けれどそのフェーズ3に挑むにしては、幾ら相手が出産で消耗しているとは言え、リベリスタ達の覚悟は少々不足が過ぎたと言わざる得ない。 振るわれた加奈子の腕をリュミエールの防御用短剣が貫くも、加奈子の攻撃の勢いを留める事は叶わずリュミエールはまるでボールの様に弾き飛ばされ、……分娩室の壁にぶつかり大きな血の染みを残して崩れ落ちる。 もっとも、もし仮にリュミエールが踏み止まらず他の二人の様に退避していれば、加奈子の攻撃の被害者は一人では済まなかっただろう。速度に優れるリュミエールが気を引いたからこそ、被害は最小限に留められた。 「返してよ……。私の子供を返してえぇぇぇぇっ!」 消えた我が子に見知らぬ敵対者。大きな誤解から生み出された憎しみに任せ、加奈子は未だ下腹部から先のちぎれた臍の緒を垂らしたままリベリスタ達に襲い掛かる。 振るわれる其の巨大な破壊力を、けれども恐れる事無く前に飛び出た快が己の身を持って受け止めた。 圧倒的な膂力の前に快の噛み締め過ぎた奥歯が砕けて欠け、大きく弾き飛ばされる。元より防御力と耐久度に優れ、更にハイディフェンサーを用いてその長所を強化した快ですら……、ステイシーからのオートキュアーの加護込みでも2度耐えるのがやっとであろうダメージに、彼の表情が苦痛に歪む。 だが快が身を挺して作り出した一瞬の時間は、リベリスタ達にとっては絶好の攻撃チャンスとなる。 フェーズ3の暴威にも焦らず冷静に相手から距離を取り、魔力で貫通力を増した弾丸、ピアッシングシュートで相手の出血を誘う龍治に、 「3枚に卸しちゃうにゃ!」 素早い動きで安全圏を確保したさりあの斬風脚が宙を裂く。 更に普段は敵に立ち向かう事の出来ないビビリの不動も、倒れた仲間の姿に震えと戦いながら、「畜生」と毒突き渾身の斬風脚を放つ。 次々と放たれる遠距離攻撃に、加奈子の体に鮮血の花が咲いた。 だが遠距離戦闘組が着実にダメージを積み重ねる一方、近接戦闘を担当した者達の状況は非常に厳しい物となっていた。 立ち向かって来る菊と姫乃に対し、加奈子は分娩台を引き千切って二人に向かい叩きつける。本来なら床から引き抜き……となるであろう筈の行為が、余りに強い力で引かれた為に途中で分娩台が千切れると言う異常事態。 吹き飛ばされた快の代わりに盾となったステイシーが庇い得たのは、二人のうち片方……より近い位置に居た姫乃のみ。 圧倒的な攻撃の前に直撃を受けた菊が真っ向から潰され倒れ伏す。もし輪廻転生があるのなら、次こそは本当の幸せを掴んで欲しいと願った菊の優しい想いは、彼の足の骨とともに砕かれ潰された。 そして姫乃を庇って加奈子の攻撃を其の身に受けたステイシーも、決して浅からぬ傷を負わされた。即席とは言え武器を用いた加奈子の攻撃のダメージは、先程快が受けた其れを更に上回る。予めかけておいたハイディフェンサー、胸を焦がす熱情、彼女が今までの戦いの経験から得た攻撃への耐性、そのどれか一つでも欠けていたなら、その一撃を耐え切る事は不可能だっただろう。 自分の膂力に振り回され、攻撃を放って体勢を崩した加奈子に、姫乃の渾身のメガクラッシュが炸裂し、彼女を大きく後退せしめる。 まだ幼いと言っても差し支えない年齢の姫乃に、嘗て人であったモノを斬る事は心痛む苦行だ。何故戦わなければならないのか。何故切らねばならないのか。何故、殺さなければならないのか。あんなにも幸せそうだったのに。だが今は胸中を過ぎる疑問に答えを出す余裕は無い。 辛うじて反応し、身を捩った姫乃を掠めて加奈子の腕が宙を裂く。掠めただけにも関わらず姫野の体の一部は鎧ごと加奈子の攻撃に削り取られた。 戦闘は更に激しさを増していく。 倒れてもフェイトを燃やして立ち上がる前衛達。それでも櫛の歯が欠ける様に、一人二人と脱落者は増えていく。 後衛達も必死に火力を積み重ねるが、フェーズ3の耐久度と厄介なリジェネレート能力の前に決定打は出ないままだ。 そしてリベリスタ達と加奈子の戦いは、決着を迎えることなく終る。 ● 夜の静寂を切り裂き、遥かな遠方からサイレンが近付いて来る。戦いの喧騒の中でもはっきりと聞き取れる其の特徴的な音は、この国が誇る治安維持組織が現場に急行してくる時の物だ。 恐らくは締め出した医師や看護師達が呼んだのだろう。思わぬ展開にリベリスタ達の動きが僅かに鈍った。 だが加奈子はリベリスタ達に出来た隙を突くことは無く、耳を澄まして天井を見上げる。加奈子の耳に飛び込んで来たのは、小さな泣き声。 この病院で生まれ寝ていた赤子の一人が、サイレンの音に不安感を欠き立てられ泣き出し始めたのだ。 「私の赤ちゃん! 其処に居たのね!」 其れは思い込み。其れはそうであって欲しいと言うだけの願望。けれど愛に狂って正常な判断力を失った加奈子にとって、其れは真実に他ならない。 放たれる攻撃を掻い潜り、加奈子は壁を突き破って赤ん坊を目指して逃走する。 一直線に赤ん坊が居る部屋を目指す加奈子を止める余力は、時間は、リベリスタ達にはもう残されていなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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