●歪夜の騎士達 「成る程、流石に中々やる」 まるでスカラ座が何かから抜け出してきたかのような美しい男が白い息を零した。 「卿等もまた、この夜を彩るに相応しいキャストという訳か」 赤い月の夜、運命の集う唯の公園。 その場所の何処にも穏やかさ等無く、しかしこの瞬間は圧倒的に静謐だった。 蜂の巣を突いたような激戦の気配は、『盟主』と『使徒』。僅か四人の小集団を避けているかのようだった。それはモーセのように熱狂と混乱の海を分かつ。 「この場は我々にお任せ下さい」 厳然たる口調で言った『黒騎士』アルベール・ベルレアンは己が眼前に現れた敵――極東の新星(アーク)でも最精鋭を誇るリベリスタ達を静かにねめつけながら、その黒刃を抜き放っていた。 「卿には無駄な忠告かとも思うが」 「心得ております」 ほんの一瞬足を止めた主人――『疾く暴く獣』ディーテリヒ・ハインツ・フォン・ティーレマンの言葉を最後まで彼は言わせなかった。かつて世界最強の名を欲しいままにしたバロックナイツには敗北の文字が存在しなかった。 それがどうだ。その声望もある意味で今や昔である。すっかり歯抜けになった使徒位は、『無敵に生じた唯一つの宿敵』が運命を超える者達である事を示している。 バロックナイツには仲間意識が無い。広義の意味では仲間同士と言えたのかも知れないが、アークや他の組織と比すれば確実に違う。しかし、忠告を与えたディーテリヒ、それを受けたアルベールの応答が意味する通り、この場の三人に関しては別物だ。 「……止めるって事?」 『ラピスアイズ』シトリィン・フォン・ローエンヴァイス (nBNE000281) の問い掛けにアルベールは「如何にも」と応じ、もう一人の騎士――『白騎士』セシリー・バウスフィールドは「当然だ」と胸を張った。 「甘く見られたものだな。我々は兎も角、諸君を相手取って」 『格上殺し』セアド・ローエンヴァイス (nBNE000027) は半ば冗句めいてアークのリベリスタ達を見回した。実際に敗れた使徒の数を見れば、彼の言はあながち冗談ではない。自身等が百年の時を費やして叶わなかった奇跡を複数回達成したアークにセアドは半ば以上本気の期待と、憧憬にも近い感情を抱いている。 「では、我々は先を急ぐという形で!」 バロックナイツ本隊の行く先はあくまで『閉じない穴』である。軽く言った『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア (nBNE001000) にセシリーが剣呑な目を向けた。「万が一裏切ったら私が貴様を必ず斬る」。 「卿は己が為すべきを果たせば良い」 「……は!」 ディーテリヒの一言に背筋を伸ばしたセシリーは表情を引き締めて頷いた。 まるで敬礼でもしそうな雰囲気の彼女の尻尾は激しく揺れている。 リベリスタ達は先に進もうとするディーテリヒとアシュレイを阻止せんと動きかけた。しかし、アシュレイが召還した『雑魚』がそれを阻む。 ディーテリヒは悠然と闇の中を征く。 阻止せねばならない。だが、敵は刃を構える両騎士だ。 目的は分からねど、それは決して平和では無い。 聖書の獣の行動は常に黙示録的なのだから。 「さて、卿等。申し訳無いが私は先を急ぐ身なのだ。 もし、卿等に声があると言うのならば。我が忠勇の騎士等を退けるがいい。 我が黙示録を覆そうと言うのなら――それは些細な奇跡に違いあるまい?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年03月01日(日)23:12 |
||
|
||||
|
||||
|
■メイン参加者 10人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●歪夜の淵でI 「私がこの場に居る限り――」 北欧の魔狼(セシリー・バウスフィールド)が不敵に笑う。 銀色の毛並みで禍々しい赤き月光を跳ね返す。 魔女の生み出した無数の『影絵』が此の世の終わりのような光景の中でざわざわ揺れる。 戦場に存在する全ての者を嘲り笑うかのように魔狼の後ろで揺れていた。 「――貴様等には、毛の先程の機会も与えん。ディーテリヒ様に仇為す真似は――絶対に」 何という魔界か。 何という現場であろうか。 壊れかけた世界の壊れかけた夜だから――最高潮に立つキャストは何れも等しく魔人であろう。 力無き者の全てを拒むこの空間は、凡百の存在を許さない究極の一幕だ。 緩慢にも思える時間の流れはその実吐き気にも似た重圧を伴っている。 表面だけ平静に取り繕ったその場は、誰もがそう確信している通り仮初の姿でしか無いだろう。 『世界最高レベル』のリベリスタ達の視線の先には――『世界最高』のフィクサードが佇んでいる。それも二人。バロックナイツの走狗と称される両騎士は相対する箱舟(アーク)を唯静かに見据えていた。 「許さない、か。正直を言えば、さ」 『真夜中の太陽』霧島 俊介(BNE000082)は苦笑混じりに呟いた。 「一番戦いたくない部類って言うか……なぁ、黒騎士。白騎士。 お前達の剣、殺す為のものじゃないだろう? 盟主を、その意志を護る為のモンだよ、な?」 「……」 薄い唇を引き結んだまま応えない『黒騎士』アルベール・ベルレアンが語りかけた俊介へ視線を注いだ。俊介は反応を返さない彼に構わず――半ば独白めいた調子で言葉を続けた。 「まだ黄泉ヶ辻や裏野部のが戦いやすいよ。俺も護る為に……この花染使うからさ。 同じなのに、俺達は分かり合えない? 何を憎めばこの繰り返しが終わるんだろうな――」 護る意志を持つ彼等と決定的なまでに交わらず、噛み合わぬ事の何と虚しい事だろうか。 甘いと謗られようとも俊介が纏まらぬ気持ちを吐露し、嘆く程度には日本の、アークの置かれた状況は悪い。 必然的、運命的に為されたバロックナイツ本隊の日本襲来は、崩界の瀬戸際で辛うじて踏み止まっていた日本を更なる窮地へ追い込むものだったからだ。盟主『疾く暴く獣』ディーテリヒ・ハインツ・フォン・ティーレマンに率いられたフィクサード一党は世界各国の協力を以って構築された三ツ池公園の防衛線を簡単に侵食している。公園深くまで食い込んだ盟主と使徒達を止め得るのは残された少数の精鋭でしか無かった。 「……憎まずとも、間違っておらずとも戦いは起き得るものだ。少年よ」 嘆息と共に零したアルベールのオッドアイに僅かな憐憫が揺れたのは気のせいでは無かっただろう。 「曲げる事の出来ない矜持が二つそこでぶつかる時、戦争は不可避のものとなる。 善悪では無い。優劣でも無い。それはそういうものなのだ」 アルベールの言葉はその若々しい見目からは連想出来ない程に重々しい。 彼は敢えて『騎士道』なる言葉を使う事は無かったが―― 「然り。お互いに不器用であるとは思いますがね、黒騎士殿!」 ――言わずもがな『桐鳳凰』ツァイン・ウォーレス(BNE001520)にとっては先刻承知の話であった。 己にとっての騎士とは、忠義とは何だろうと。彼は自問しながらも、余りにも容易く両騎士の行動が、矜持が理解出来る自身に驚きを禁じ得なかった。全身を流れる誇りという名の血液は、騎士を騎士たらしめる力の源泉であり、同時にその身命を蝕む呪いのようでもある。どの道、騎士はそのようにしか生きられまい。 「……そういう事だ。我等と貴殿等が同じとは言わないが…… この場を『任された』という意味ではそう大きな違いはあるまい」 「気付いてましたか」 「貴殿等は己が為した功績を過少評価し過ぎるきらいがある。 それ以上に――歪夜の使徒の悉くが事実を正面から見据えなかった愚かは否めまいが」 猫のような悪戯気で舌を出した『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)にアルベールが静かに応えた。 「貴殿等はこの程度の足止めで話を済ませる程生易しい相手では無かった筈だ。 アークは言うに及ばず、『オルクス・パラスト』のお二人は確かに痛烈な戦力だが――チェネザリ枢機卿の姿が無い」 「あらあら」 「高名な黒騎士殿に知られていた事は喜んでおく所かな」 アルベールの指摘に『ラピスアイズ』シトリィン・フォン・ローエンヴァイス(nBNE000281)と『格上殺し』 セアド・ローエンヴァイス(nBNE000027)が顔を見合わせて肩を竦めた。 「どういう事だ!? アルベール!」 露骨に狼狽するセシリーをアルベールが片手で制した。 彼の言う通り、この場にはアークと『オルクス・パラスト』の主力が揃っているが、『ヴァチカン』とチェネザリ枢機卿は別働隊である。なれば、『聖逆戦争』の決着を譲らない彼等の不在は次の一手を疑わせるに十分だったという事だろう。 (騎士二人を揃って此処に置いてくれた事、逆に幸運と思っておく所でしょうね。 少なくとも最終防衛ラインの負担は大きく減ったのだから……) 表情一つ変えないアルベールに「お見通しか」と苦笑した 『柳燕』リセリア・フォルン(BNE002511)が内心だけで呟く。 そんな彼女は内心を殆ど見せずに涼やかに切り返すだけ。 「分かっていて、ここに残ったと」 「我々は貴殿等を軽んじない。しかし、ディーテリヒ様は本来護る必要のある御方では無い。 それは――例え、世界に風穴を開けた箱舟の戦士達が相手であろうとも変わらない。獅子身中の虫たる、最悪の魔女が傍らに居ようとも変わらない。それでも――かの方の元へ馳せ参じねばならぬのは、馳せ参じたいという心を否定出来ないのは……あくまで我々の問題だ」 「ディーテリヒ様に敵う者等、この世界に居るものか!」 短絡的な賛同をした『白騎士』セシリーの主観的評価は兎も角として。 冷静なアルベールの言葉からはディーテリヒの『実力』に対しての絶対的な信頼が感じられる。 その柳眉をほんの僅かだけ曇らせたリセリアは、それが取りも直さず『彼』がこの使徒二人を寄せ付けぬ程の実力者であるという当然の事実の確認になる事を知っていた。 「……成る程、理解が深いのはお互い様という訳ですか」 「良いのか、悪いのか――な。 申し訳無いが言った通りだ。我々は早々に貴殿等を倒し、ディーテリヒ様の元へ行く」 「盟主直下のふたりのバロックナイツ。ええ、自分達より遥かに格上の、世界最強の一角でしょうとも。 けれど、私達にも意地があります。必ず、届かせて――『届いて』見せる!」 何時に無く口数の多いアルベールが、彼にしては珍しく強気に言えば、「言いますね」と笑ってレイチェル。そんな彼に競うように強い意気を吐き出した彼女の瞳には奇跡を起こすに足るだけの熱量を備えていた。 「バロックナイツの黒騎士と白騎士…… 革醒者の数では勝るとは言え、流石に分が悪いと言わざるを得ない。 この二人をここに留まらせ、更に盟主の元へも戦力を送る…… 如何なる艱難、どれ程の至難だろうが、この世界を護るためには譲れる場では無いな」 「どっちも譲れない――どっちも先を急いでるって訳だな。 それなら、話は早い。どっちの都合が推し通るか、だ。それが勝負ってヤツになるんだろ?」 「カッカッカ! いい夜じゃあねェか、最高だなァ! まったく、面白くなってきやがったぜ!」 『剛刃断魔』蜂須賀 臣(BNE005030)に頷いた『善悪の彼岸』翔 小雷(BNE004728)の至言は物事の最短距離を射抜いている。その言い振りに『悪漢無頼』城山 銀次(BNE004850)が「天晴れ!」と快哉を上げた。 「アークへ来て、大概の事はしてやった心算だけどよ――この大物喰いはたまらねェや! 盟主サマって位だ。今までで一番の――世界中の悪党の親玉って話だろ?」 「俗物が……!」 獰猛な笑みを浮かべた銀次を威嚇するように牙を剥いたセシリーが低い唸り声を漏らしていた。 ディーテリヒとアシュレイはこの場を両騎士へ任せた。だが、それはアークサイドも同じ事だ。俊介等はこの場、両騎士を受け持ち、その先――つまり、食い止めるべき最大の目標であるディーテリヒを二の矢と言うべき精鋭達が食い止める手筈になっている。アークはその精鋭でもディーテリヒ相手に分が悪い事を察知しており、両騎士も又、万に一つの事態を許す訳にはいかないのだから、道を急ぐは必然である。 「最悪の状況だが……フ、何故だろうな根拠こそないが、お前達となら行ける気がするぜ」 「土足で人の家に上がっちゃ駄目って、お婆ちゃんに教わらなかったなら――これから教えてあげないとね」 冗句めいて軽口を叩いた小雷、そして『深蒼』阿倉・璃莉(BNE005131)に仲間達が微かな笑みを漏らした。 「それで遺言は十分か?」 セシリーの全身から銀色のオーラが噴き出した。 その目に攻撃的な色を張り付けた彼女は動、泰然自若たるアルベールは静。 だが、抜き身の黒剣を中心に彼に纏わる黒いオーラは彼の結論がセシリーと同じである事を告げている。 互いの事情が逼迫している以上、時間は一杯。爆発的に高まった緊張感が或る一瞬を目掛けて収束する。 「この一戦で世界の運命が決まる……これはそういう戦いなのでしょうね。 ならば私は運命を覆しましょう。終わらぬ夜を終わらせるために。 私達の愛する世界を救うために!」 しゃらん、と抜き放たれた『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)の霊刀が真っ直ぐに己が敵を指し示した。 「私の名はセラフィーナ。セラフィーナ・ハーシェル! セシリー、いざ尋常に勝負です!」 ●歪夜の淵でII (フェンリル聞いてちょっと気にはなっててんけどな……グレイプニールはあかんわ。 そんなん言われて、うちが見に行かずに居れる訳無いやないか……) 遠い目をした『縛鎖姫』依代 椿(BNE000728)の視界の中で、この歪夜に一際苛烈なる戦いが展開していた。 「此処最近、『好奇心は猫を殺す』って言葉が胸に刺さるわ……」 リベリスタ連合部隊と両騎士の戦いは程無く始まり、当初より激しいものとなっていた。 元より互いの意図は明白だ。此方、両騎士を押し止め、戦力を二の矢に届ける事。彼方、リベリスタ達を足止め、振り切り、一刻も早く盟主を救援する事だ。互いの狙いが互いの逆を行くならば、生じる反発力は必然と強くなる。大量のアシュレイ・シャドウを随伴に持つ両騎士と、精鋭革醒者を二十二名揃えたリベリスタ側の対決では、真っ向勝負というには微妙な情勢だが、どうあれそのスピードが出色のものとなったのは確実である。 ……そしてスピードと言えば誰あろうセシリーが脇に置かれて語られる事は無いだろう。 バロックナイツ最速、世界最速の称号を欲しいままにするタイプ・フェンリルは椿の嘆き節が物語る通り、戦いの序盤に強烈なまでの存在感を刻みつけていた。 「――ハ! 遅いッ!」 リベリスタ側の出足を鼻で笑った彼女は自身の持つ究極の遂行力を武器にリベリスタ陣営悉くの機先を制したのである。敵が先手を取る事だけならば然して珍しい事では無いだろうが、この場合の問題は「流石は白騎士、という所ですか」と臍を噛んだリセリアが――セラフィーナが、レイチェルが、臣が『並の一流』ならば置き去りに出来るだけのスピード・ファイターであるという部分だ。彼等を「遅い」等と称する戦士等、世界中に数える程しかいないだろう。 リベリスタ陣営は両騎士はシャドウの影に隠れると読んでいた節はあったが、確かにセシリーはそんな『待て』が効くタイプでは無い。彼女が積極的に敵陣に切り込むそれだけの自信を持っているからでもあるのだろうが。 (練達したそのスピードが、最早異能の域に到達している。派手さは無くとも、それ自体が破界器にも匹敵する) 猛烈なまでの加速で文字通り分身したセシリーの姿を辛うじてリセリアの眼が追った。 魔狼の実体をそれでも何とか捉える彼女は、明瞭な頭脳をもって目の前の難敵へ追いすがる術を求めていた。 解答は一つだ。例え「遅い」と言われようとも持ち得るスピードと技術を併せて彼女を止める。 一本で足りないならば、三本の矢で彼女を射抜く。 「白は私達が。申し訳ございません、セアド様。暫し黒の相手、如何かご無理なさらず……!」 「一つだけお願いします。死なないで下さい。貴方が死ねば、アウィーネさんが」 「皆まで言うな、武運をな!」 リセリアと臣の言葉を豪放磊落なセアドの笑い声が吹き飛ばした。『格上殺し』の名実に期待され、黒騎士の抑えを頼まれたセアドの一方で、「モテるわね」と揶揄したシトリィンとオルクス・パラストの精鋭達はアークの要請を受けてアシュレイ・シャドウを散らす手筈となっている。 ならば。 「――参ります、『白騎士』セシリー・バウスフィールド!」 「負けませんよ――」 「『剛刃断魔』、参る」 超加速で自陣に肉薄したセシリーにリセリア、セラフィーナ、臣の三人が挑みかかる。 彼女の斬劇はまさに馬鹿馬鹿しい程のスピードで彼女等三人を切り刻んだが……彼女が世界最速であろうとも、受ける三人も超一級のリベリスタ達だ。その技がどれ程の鋭さを持ち合わせようとも、『来ると分かっているもので簡単に倒される程、甘くは無い』。 「今の、見えましたか?」 「見えなかった。だが、『多分』幾らか避けた」 「私もです。『多分』半分位は避けました」 セラフィーナに比して防御に優れない臣は唯の一撃で根こそぎ余力を削り取られている。だが、その衣装を血に染めながらもまるで怯む様子が無いのは何より如実なる『蜂須賀』の証明だ。 (足の速さは話にならないとして――あの梅泉に感謝するべきなのでしょうね) 蛇のように執拗に『伸びる』殺人剣に比すればセシリーのそれは幾分か素直であった。 あの邪剣使いは、単純な技量ばかりでは測れない。相手を殺すに特化した剣捌きを幾度と無く受けた経験がリセリアの体を咄嗟の回避に突き動かしていた。とても避け切れるような刃の弾幕では無いが、セラフィーナにしろ彼女にしろ幾らか止めたのは成長そのものだ。 「……チッ……!」 セシリーの表情が歪んだのは己が一撃がそれぞれに致命打足り得なかったからだろう。比較的冷静なアルベールとは違い、彼女は一刻も早くディーテリヒの元に馳せ参じたいのである。つまり、手加減も出し惜しみも有り得ない。 「今度は此方から――受け切れますか、白騎士!」 素早いステップで態勢を立て直したリセリアが痛む体に構わずに後背へ回り込む動きを見せた。 ほぼ同時に、 「お返しですっ!」 至上の技量を尽くしたセラフィーナの霊刀の切っ先が飛沫のような煌きを闇に散らしている。 「チェストォォォォ――ッ!」 更に一撃の威力にその活路を見出した臣の刃が二人を相手取ったセシリー目掛けて振り下ろされた。 示現流の流れを汲む蜂須賀の剣、特に臣の剛剣は一撃必殺――一の太刀を思わせる。 短く息を吐いたセシリーのしなやかな体が後方に舞う。切っ先に裂かれた肌からパタパタと血が滴った。 何れ劣らぬ強烈なまでの武技にも捉え切れぬセシリーの動きは化け物染みている。しかし同時に、この緒戦の攻防は彼女が倒しようもない敵ではない事を証明する結果ともなっている。 『The Terror』が相手なら逆立ちしても勝つ事は出来まい。『黒い太陽』なら戦力が全く足りない。だが、『白騎士』ならば話は別だ。成否の以前の問題、そこに可能性が残されている。 「そういう事なら――」 レイチェルは灰色の頭脳をここぞとばかりに働かせる。オルクス・パラストの面々の影に隠れながら、打たれ弱さを隠す彼女は『最良の妨害』ばかりを探している。それは突出したセシリーとアルベールを引き離す手段であり、どうやら幾ばくかは命中が望めるセシリーに対して更なる迫撃を加える事である。 「――こっちですね!」 レイチェルより投げ放たれた暗黒の聖槍が死角よりセシリーの影を追う。強烈な瘴気と共に唸りを上げたその穂先は彼女を掠めたまでだったが、直線方向にあった影は悉く撃滅されている。 「油断をするな、セシリー」 「……油断等……ッ!」 「お前はディーテリヒ様の認めた『白騎士』なのだろう?」 「――――」 セアドに相対するアルベールにセシリーが何かを言いかけ、その言葉を飲み込んだ。 無駄口は叩かせない、とばかりにセアドの魔剣がアルベールの黒剣と噛み合い火花を散らした。 一方で強烈な物量を有するアシュレイ・シャドウとリベリスタの戦いも派手な幕を開けていた。 シトリィンと彼女の指揮で動くオルクス・パラストの面々が敵味方入り乱れる乱戦に対応する。オルクス・パラスト精鋭以上に存在感を発揮したのは、当然と言うべきか――それを受け持ったアークの面々だった。 白い羽根がその眩いはばたきと共に闇に散る。 「悪い事したらめっ、だよ!」 可愛らしいとも言えるその言葉、その声色とは裏腹に――璃莉の裁きが厳然と眼窩を焼き尽くしていた。 無明を舐めた神域の――浄化の焔が主に背く魔女の影達を飲み込み、その罪を消し去った。 此の世よりの永久の消滅という形であってはならぬものを『赦した』彼女は溜息を吐く。 「御本人と同じで罪深く――良く焼けるって事だよね」 それでこそ、幾ばくか高度を取った甲斐もある。 「悪い子は――お仕置きしないと!」 「どうせなら、一気に吹き飛ばしたいんだけどな!」 攻勢に出んとしていた俊介だが、ホーリーメイガスの最優先が何処にあるかは承知である。 ここでセシリーを相手取る仲間達の危機を強烈な『腕力』で引き戻した。神秘異能、その火力の追求という意味でアークでも有数と呼べる彼の救済は、文字通り、本来の意味通りの『デウス・エクス・マキナ』であるかのようだ。一際深手を負った臣はこれでも十分とはいかなかったが、オルクス・パラストのホーリーメイガスがその不足を上手く埋めた。 「っと、サンキュー!」 「構うな、それより頼むぞ。お前達が頼りだ」 圧倒的に数で勝る影達の侵攻を或る者は弾幕で食い止め、或る者はその身で食い止める。俊介に張り付くように壁となるクロスイージスは成る程、彼へその爪牙を届かせる心算は無いらしい。 戦いは続く。 「怯むな――突破するしかない!」 ツァインの紡ぐ幻想は守りの盾となって敵に立ち向かう仲間達の全てを激励する。 使い込んだ鈍色の甲冑を纏い、愛剣と盾を手にあくまで果敢な戦いを見せる彼は戦場に立つ軸の一つだ。 この場は運命の分水嶺だ。この場に立ったからには――彼に生じる迷いは無い。 『白騎士』も『黒騎士』もツァイン・ウォーレスも騎士なれば! 「とにかく数を減らさにゃあ話にならねェ、本当に邪魔臭ェなぁオイ!」 独特の調子で大声を張った銀次の眼前には無数にも思える影達の姿があった。魔女の使い魔達はリベリスタ達の進軍を阻むには余りにも力不足である。だが、銀次の言う通り――これが邪魔にならぬ筈も無い。 「ま、減らせば済む話ではあるけど、よ――」 些か億劫そうな物言いをするが「あらよっと!」と掛け声を発した銀次から感じられる感情はその逆である。 目の前を物量で塞ぐ木っ端のような敵は、彼という暴風を前に吹き散らされる以外の運命を持ち得ない。黒い鎌首を縦横に振るう八岐大蛇は味方を巻き込む心配も無く、数だけは多い敵に効果覿面であった。 「……あんまり前に出すぎると孤立してまうし、一応、気をつけてな?」 そして暴れに暴れると言えば、銀次よりは随分大人しく物を言った椿も同じである。 「何よりもまず掃除が必要なのは同感やけど、な」 一撃の猛威で影を薙ぎ払う椿の視線がチラリと猛烈な戦闘を展開するセシリーの影を追った。正直を言えば椿は『フェンリル』の因子を持ち合わせ、『グレイプニール』を有する彼女に並々ならぬ興味を持っている。 (直接対決の機会があれば、な。いや……これこそ好奇心は猫を殺す、やろか) 椿の見るセシリーの動きは前衛ならぬ自身の手に負えるそれではない。 しかし、彼女の戦い方は元より搦め手を重視した技巧派のそれである。 「……まぁ、縛られる側の因子持ってたら使いこなせへんのは当然やろうねぇ」 ●歪夜の淵でIII アルベールに加えられた多数の弾幕が彼の生み出した闇の衣に吸い込まれた。光を逃さぬブラック・ホールの如く放たれた攻撃を飲み込んだ彼は苛烈なる集中攻撃にも微塵のダメージも受けていない。 「駄目かぁ」 璃莉等は彼の周囲の闇を払う事で予想された鉄壁の防御能力に妨害を果たす事を目論んだが、それで止まるほどやはり敵は優しくない。 (ひょっとしたらって思ったけど……問題は『暗闇』じゃない?) 璃莉の考察にも戦いの現場では限度がある。 アルベールの異能の正体を今知る術は無いが、一定に分かった事もある。 即ちそれはセアドの言―― 「成る程、貴殿を倒すはより純粋なる力ばかりか!」 肩で息をするセアドは飄々と彼の猛攻を受け流すアルベールを前に歯を剥いた。 アルベールは近接距離以外の攻撃の全てを無効化してきた。 その上、近接攻撃にしろ大半は何某かの防御能力と絶技たる剣に阻まれてしまう。 苦難の魔剣なる得物を有するセアドは『敵と己の実力差が大きい程、その能力を高める』。しかし、完璧なる防御を誇るアルベール・ベルレアンは非常なタフネスと執念を併せ持つセアドをしても御し切れる相手とは言えなかった。削り続けられれば、徐々に形勢は傾き始めている。 一方でセシリーと凄絶にやり合う三人も拮抗する戦闘に消耗を隠せていない。 セシリーの方も紙一重の戦闘に少なからず神経をすり減らしている状態ではあるが、どちらが優位かと言われればこれはバロックナイツ側に軍配が上がると言わざるを得まい。 しかし、使徒の戦いから影の駆逐に視点をずらせば状況は変わる。 セアドが、リセリアが、セラフィーナが、臣が、レイチェル等の支援が使徒を辛うじて食い止め、俊介が璃莉が戦線を底支えしているその間にリベリスタ達の攻勢はアシュレイ・シャドウの数を減らし続けていた。 「しっかり――もう少し!」 璃莉がなけなしの気を張るが、戦いはあくまで紙一重の綱渡りに他ならない。 オルクス・パラストのメンバーの半数がその余力を失った。 (このままじゃ……!) アークのメンバーも継戦能力は確実に奪われ続けている。 セシリーの刃が臣を深々と貫いた。 「白騎士殿、先日は御無礼を!」 血の線を引いて崩れ落ちた少年を紙一重でツァインが救援する。 「貴殿が騎士でない訳がなく、その隠す事の出来ぬ溢れる忠義、敬服している次第……一手ご教授を!」 「貴様……!」 礼を取り、参戦したツァインの剣が閃光の如き軌道を描いてセシリーを襲う。 硬質の鋼の音色がツァインの斬撃を跳ね上げるも、更に強く踏み込んだ彼の『一歩』が白騎士を脅かした。 「セシリーさん」 「……?」 「彼女(アシュレイさん)は戦力ではなく足止めを出しました。 この大量のシャドウ、本当は誰の足止めなんでしょうね?」 セラフィーナの言葉は確たる根拠の無い揺さぶりに過ぎない。しかし、同時に魔女(アシュレイ)の来歴を考えれば憶測と断定出来かねる部分があるのも事実だった。事実、ディーテリヒを守護するべき両騎士は現在彼の元を離れ、彼の傍には信用ならない魔女が居る…… 「……っ、うるさい」 「穴の前まで到達した時点で、ディーテリヒとアシュレイは争う立場になる。 私達はディーテリヒを倒すまでアシュレイと利害が一致する。そういう事です」 「馬鹿な――」 何かを言いかけたセシリーをリセリアの切っ先が捉えた。 敵に弱い部分があるならば、その箇所を攻めるのは兵法の常だ。 アルベールは無欠だが、セシリーは実力の割に余りにも精神面の隙が大き過ぎる。 「……魔女が素直に従っている筈も無く、これらは魔女の手駒には違いない。 両騎士を此処に釘付けにしたいのは魔女も同じと見ますが……さて?」 セシリーの動きがセラフィーナ、リセリアの言に乱れていた。 「貴様の主は愚かだ」 「貴様!?」 「あの魔女の信望するとは。如何なる力を持とうと目の曇った愚か者。 それでは――そこらにいる凡百の夢想家と何も変わらない。今日ここで無駄死するは必定だ」 「――殺す」 特に殊更に彼女を激させた臣のそれを含めて、言葉はセシリーへの工作である。アークとアシュレイが結んだ事実は無いが、実際の所、魔女の思惑が不明なのはセシリーにも同じという事だ。リベリスタ陣営はアシュレイ・シャドウの倒し方に『工夫』を施していた。両騎士の周囲を残す形で減り始めた影は、セシリーの疑念を煽るに十分だった。 「よく出来たシナリオだ。 俺らも立派な共演者――いや、共犯者って言った方がいいか? 誰のシナリオって魔女だよ、魔女! 俺等も、騎士等も、恐らくは盟主も駒に過ぎないんだろうぜ?」 俊介の言葉はトドメになった。 「……あの女……!」 「セシリー!」 眼を見開いて離脱の動きを見せたセシリーにアルベールが制止するが、彼女は止まらない。 リベリスタ達は当然ながらこうして生じたセシリーの隙を縫う。 「相手、して貰おうかな」 ここぞと椿が彼女を阻み、戦力を動かして――エリアの突破を図った。 (突破されても――彼女ならば、恐らくは追いつく。 速やかに私を落とす、仲間を落とす。盟主の元へ向かうだろう。 けれど、こちらに、あちらに、盟主に、それだけ意識を散らしたなら。 それはもう、僅かながらも決定的な隙だ。直撃させてやる、引きずり降ろしてやる!) 慌てるセシリーを確認したレイチェルが目を見開いた。 「――勝負を決める一瞬を、作り出す!」 差を詰めるには十分だ。彼女が狙うのは唯の足止めでは無く、魔狼の討伐。 大それた、シンプルで正しい結論は戦闘論理者の当然の帰結に過ぎなかった。 黒く魔槍が唸る。銀色の狼を貫いた。 「……ッ!?」 佳境が、来る。 彼を阻むように打ち込んだセアドを、アルベールの黒い軌跡が斬り倒した。状況が加速したのは誰の目にも明白で――セシリーに挑んだツァインに続き、今度はアルベールを止めに掛かったのは銀次だった。 「『格上殺し』なんてビッグネームでもタイマンはキツイだろ――任せっぱなしにするつもりはねェな!」 繰り返された戦いに襤褸になった身体を引きずって、銀次はこの戦場に立った。 彼が望んだ、最高潮は――自称『チンピラ』には望外の敵を用意していた。 これ以上の機会があるかと問われれば――彼にはそうは思えなかった。 「どっちにしろ俺の体は限界だ」 振り下ろされた無銘がアルベールの黒剣を押し込んだ。 激しい鍔迫り合いに牙を剥く銀次の肉体が躍動した。 「だが死に場所くらいは選ばせてもらうぜ。 バロックナイツが相手たァ死に損ないには上等すぎだ。あァ、滾るじゃあねェか。強者に挑むこの感覚が堪らねェ!」 勝ち目無い正真正銘の格上に『チンピラ』が一矢を報いる方法は、昔から相場が決まっている。 城山銀次が極道の男ならば問うまでも無く、こんな時の手段は決まっていた。幾度となく傷んでも、幾度となく倒れても不屈だった彼は全身を青い炎に包まれて、その身命を燃え尽きさせようとするその瞬間すらも――高らかに笑っていた。 「所詮チンピラ剣術、出来る事なんざ正面から全霊で叩ッ斬る事だけよ!」 大笑と共に放たれた銀次最後の大技がアルベールの闇を切り裂き、彼の防御を正面から突破した。 アルベールが返す刃を放とうにもそこに銀次の姿は無く、一方で一撃が与えた傷は彼の執念を示すかのようにアルベールの身体を侵食し、唯のダメージ以上に執拗に纏わりついていた。 「試してみるか、アークの落ちこぼれがバロックナイツとやりあえるかどうか」 「――――」 不敵に笑う小雷にアルベールが息を呑む。 自身を取り巻くその闇を伸び上がった彼の強烈な掌打が追いかけた。 (突破不可能であろうとも――撃ち抜くまで!) 裂帛の気合は短い呼気と共に吐き出され、アルベールは実感として使徒を屠った箱舟を知った。 (戦い慣れている……我々、使徒と) バロックナイツに相対する革醒者の殆どは根拠の無い自信に溺れるか、恐慌するかの何れかだ。そういう意味では使徒を正しく知り、己の無力と、己の有為を正しく認識するアークという組織は稀有の存在であった。 アルベールは敵の凄絶な戦いに彼等の評価を一段引き上げた。 確かに『疾く暴く獣』ディーテリヒは無敵だが、無敵に胡坐をかいた『黒い太陽』の前例もある。 彼を守護するべき両騎士の為すべきは、その可能性を潰すのみ。 「セシリー!」 叫んだアルベールの声色はこれまで程に冷静なものでは無い。 「分かっている!」 応じたセシリーの腕に巻かれた黒鎖がその圧力と質量を増した。 膨張した黒鎖の網がリベリスタ陣営に降り注ぐ。圧倒的広範を効果射程に収めた伝説の呪縛は――リベリスタ達の言葉が奏功したのか、アシュレイ・シャドウをもその場に完全に釘付けた。 「誰が……使いこなして無いって!?」 椿の声色がグレイプニールの魔性を物語る。 もしこれが未熟者の運用だというのならば――それを贈ったディーテリヒならばどうなったか。 「……っ、そう来るか――!」 痛恨の声を漏らしたのは小雷だ。 アルベールに攻め手を繰り出した彼は絶対者。 しかし、自陣でグレイプニールの呪縛に耐えた者は多くない。 聖骸闘衣を纏ったツァイン等はこの一手さえ弾いたが――大多数は猛威に対抗する術を持っては居なかった。 そしてそれは、バロックナイツ側の乱れを突いて突破を狙った面々も同じである。 事態に風穴を開けたのはリベリスタ陣営も、バロックナイツ陣営も同じ。 但し、その穴の大きさは全く別個のものだった。 「――勝負は預ける。だが、貴様等の非礼は必ず償って貰うぞ!」 声を上げたセシリー、黙したままのアルベールがリベリスタ側の逆へと駆け出した。小雷が、ツァイン等がそれぞれにこれに追いすがらんとするが――リベリスタ達のプランの崩壊は、致命的だった。 回復役が縛られればパーティのリカバリーは追いつかず、退くならば止めようがない騎士達はリベリスタ達の先を行く。リベリスタの戦いは使徒二人を相応に慌てさせ、お互い様の時間を稼ぎ、その判断を上書きするに到ったが――それもそこまで。歪夜の戦いは、聖書の獣の章にその結末を結ぶだろう。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|