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【アタランテ・ラストダンス】アタランテは、逃がさない。


 たった一人。
 私こそがアタランテ。

 おまえでもいいわ。いらっしゃい。

 黄昏時。
 細い肢体を過剰に飾り、パラソルを手にした都市伝説が現れる。


 そして、夜が来る。
「足止めするよ! ――は走って! ――ココで狙え!」
 アタランテの爪先が地面を蹴る刹那。
 声に応えて、銃声は三箇所から。
 ただし、音はほとんど一つ。

 腰が砕かれた。爪先が吹き飛んだ。スカートごと太ももの肉がえぐられ、ほぼ骨と化した。

 それでも、アタランテは立って、靴を受け取り、新しいものと履き替えた。
 さっきまで履いていたのは、龍治が砕いてしまったので。
 きっと、何かを何かに捧げた。
 リベリスタがそうするように。
 
 逃がしてはならない。
 今まで、彼女をここまで傷つけた者達はない。
 アタランテを殺すなら、今夜しかない。


「やあ、今すぐ現場に走ってくれる!? 車回すより走った方が早いから!」
 エレベーターホールに入り浸っている赤毛のフォーチュナが、ぐいぐいとエレベーターに押し戻してくる。
「今、そこに手負いのアタランテいるから、逃がさないで!」


 ゴスロリ服に、超ハイヒール。パラソルがトレードマークだった。
 足の早い若い男が大好き。
 全力疾走で走る男を歩いて追いかけ、死ぬ寸前まで走らせて、最後には傘に仕込んだレイピアで突き刺して殺してしまう。
 りんごを渡すと、ちょっとだけ待ってくれる。
 生ける都市伝説。
「人混みアタランテ」というフィクサードが、三年前の夏に倒された。
 そして、秋になった頃。
 死んだ「人混みアタランテ」は皮一枚残して屍解仙という名のE・フォースとなり、現世に戻ってきた。
 リベリスタ達は、それを十数キロの逃避行の末、倒した。
 そして、冬。
 空席になった神速の具現、最も早い女の称号「アタランテ」を賭けて、啓示や薫陶を受けた女フィクサード達が密かに動き始めていた。
「人混みアタランテ」の真似をして、若い男達を密かに殺し始めていたのだ。
 その行為を、あるものは速度を鍛えるために鍛錬と言い、あるものは、都市伝説となるための儀式と言った。

 アークによって、ジョガー、トリオ、ジュリエッタ、泣きべそ、清姫が討伐された。
 それは氷山の一角。
 少しずつ力をつけた彼女たちが、『万華鏡』に映し出され始めていた。

 そして、新たな噂。
 未熟なアタランテを駆り立て、狩りたてる者たちがいた。
「アタランテ狩り」
 都市伝説は、拡大した。 

 あなたが若い男性なら。
 どんなに急いでいても、人混みを早足で通り抜けてはいけない。
 アタランテ達に愛されるから。

 そして、お前がアタランテなら。
 どんなに恐ろしくても、後ろを振り返ってはいけない。
 アタランテ狩りと目が合うから。


「久しぶりだね」
「そろそろ、走るにはいい日だ!」
「完璧なアタランテには、完璧な縦ロールが必要なんだよ」
「そもそも、アタランテの出現頻度は非常に低い。一年くらいどってことない」
「リハビリ、大事」
「足首ぷらぷらになってたっていうじゃないか」
「にも拘らず、ノーダウン」
「ノースリップ。すばらしい」


「歩行者天国にいる」
「足が速い若い男が大好きだって」
「10人追い越すと目をつけられる」
「後ろからずっとついて来る」
「脇目も振らずに追いかけてくる……ここまで、常識」
「某駅伝選手逃げ切った。ただし、燃え尽きた。あははうふふになった」
「カウンセリングがんばれ」
「靴セーフイベントあるよー」
「常時ピンヒールを持ち歩く変態と言う名の紳士になるしかない」
「新品だから、変態じゃないもん」
「フラットアタランテ」
「見た目予想より声が半音低いから、フラット」
「走っても振り切れない」
「胸まったいらだから、フラットって聞いた」
「察してやれよ」
「そんでも、電車より速い」
「バスとかタクシーとかに乗っても歩道をずっとついて来る」
「降りたとたんにやられる。電車に乗ってもホームに先回りして待ってる」
「立ち止まっちゃいけない」
「振り返ってもいけない」
「うちまで自分の足で帰らなきゃいけない。どんなに遠くても」
「うちに帰るまでに追いつかれちゃいけない……ここまで基本」
「そうでないと、突かれて殺される」
「うちまで逃げ切ると、電話が来る。『ゆるしてあげる』って言われたら、セーフが基本」
「フラットアタランテは、りんご受け取るんだって!」
「21世紀のアタランテ」


「現在、強力な敵性フィクサードが三高平市街地でアークのリベリスタと交戦中。善戦中なるも、接近包囲戦の要あり。至急支援を求む」
『擬音電波ローデント』小館・シモン・四門(nBNE000248)は、リベリスタと一緒にエレベーターに乗り込んだ。
 要塞ブリーフィングルームならぬ密室ブリーフィングルームだ。
「フィクサード、識別名『フラットアタランテ』 イヴちゃんの受け売りで悪いけどさ。一度、煮え湯を飲まされてるね」
 モニターに映し出される少女。取り澄ました顔をしている。
 アタランテ候補生たちがひっそりとレースを始めてから二年半以上。
「ソードミラージュ。力も強いし耐久力もある。強敵。更に再生能力も確認されている。もちろん、逃げ足も速い」
 四門の表情は硬い。
「そして、このアタランテは走らない。現在、フェイトは使った後。だけど、強力な再生能力を持ってることは確認済み――と」
 四門は、手元の資料を読み上げる。
「そもそも、アタランテの活動周期はきわめて長い。前の『人混み』も出現回数は百年で20回に満たない。アタランテ・レースが終わった今、この出現を取り逃がすと、かなり長い期間潜伏される可能性が高い」
 うえええええ。と、四門はうめいた。
「シミュレーションの結果は、最短で半年。最長で十年を越える。対アタランテ戦での経験を積んだメンバーで事に当たるには、おそらくこれが最後のチャンス――イヴちゃんの見解を理解し、支持します」
 複数のフォーチュナが予見したそれが、誇張ではないことは、ほかならぬリベリスタが一番よくわかっていた。
『人混み』 戦に参加したチームの半数は第一線を退き、鬼籍に入っている者もある。
 革醒者が最前線で踊れる期間は、短い。
「数チーム用意し、囮には癒し手に張り付いてもらってたっぷりと逃げ回ってもらい、その間、複数の超遠方から狙撃してもらう。アタランテをぼろぼろにして、一歩も歩けないようにしてから、封じ込めて息の根を止める――必要とあらば、どんどん追加していく作戦は、現在進行中。逃げ回り、アタランテをぼろぼろにするとこまでは終わった」
 エレベーターの扉が開く。
 四門が大股でエントランスに向かう。
「獲物を赦したアタランテに、この場にとどまり続ける理由はない。彼女は速やかに舞台から退場する。それに近接して行く手を阻んで。言っとくけど、アタランテは包囲戦突破のエキスパートだ。同士討ちさせられないように気をつけて」
 広場の向こう。喧騒が、ここまで伝わってくる。
「このアタランテを倒した後、再びレースが起こるのか、それとも空位が続くのか。不確定要素が多すぎて、万華鏡にはうつらないけれど――」
 アークがアークである限り、変わらない一点。
「俺達は、崩界の徒を赦さない」
 だから。と、四門は続ける。
 十二月の風は冷たい。
「君らにお願いしたいのは封じ込め――もちろん倒してくれてかまわない」
 ちょっとイヴちゃんみたいだったでしょ? そう言って、フォーチュナはリベリスタを送り出した。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:田奈アガサ  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2015年02月24日(火)23:52
 田奈です。
 まだ、あの十二月の夜はおわっちゃいない。
『本物のアタランテ』 ですよ。
 フィクサードに追いかけられて、罠にはめ、抹殺するお仕事の一環として、アタランテに張り付き、逃がさないようにするお仕事です。
  
 作戦遂行に支障はありませんが、今までの経緯については、拙作【アタランテ・ラストダンス】二作をお読みいただければ。と、思います。

 ここまでの経緯に関しましては、拙作「人混みアタランテ」、「アタランテを追いかけて」、「アタランテは、走らない」、「アタランテは、つるまない」「アタランテは、憑かれない」、「アタランテは、うろたえない」、「アタランテは、靴を脱がない」、『アタランテは、ついてない」 をご参照ください。
 ご存じなくても、参加に支障はありませんが、モチベーションが上がることはうけあいます。

 ハードですので、OP、STコメントに嘘はありませんが、伏せられている部分はございます。

 縦ロール、またぼさぼさです。な、アタランテのスペックはこちら。

*フィクサード・「フラットアタランテ」
 *単独で行動します。かなりの数の革醒者――「アタランテ狩り」の被害者が出ています。
 *もちろん違う人物ですが、人混みアタランテそのままの衣装です。 狙撃班の活躍により、ぼろぼろです。
 *習性はOPの噂話どおりです。
  狙いは男子一人のみ。女はどんなに足が速くても興味ありません。男装しても無理。
  その振る舞いは、非の打ち所もなく「アタランテ」です。
 *ソードミラージュのスキル取得済み。
  すでに、獲物を逃がしましたので、普通に攻撃してきます。
  武器は、ナイフ。速度特化です。
  精神無効、体勢無効、氷結無効、呪い無効、麻痺無効。
*迎撃場所:三高平市街地・大通り。
 *天気、曇り。時刻、夜。風・微風。人目の心配はありません。大丈夫。三高平だよ。
 +フェイト使用済み。急速再生中。何らかの非戦スキルも発動中。

<作戦行動>
 *近接し、アタランテの動きを封じるお仕事です。
 *最低六人近接しなければ、アタランテは離脱します。
  交代のタイミングを間違うと、とんでもないことになります。連携大事。 

*成功条件
 *フラットアタランテの体力を一定以上削る。もちろん、倒してくれてかまわない。
 *何らかの不都合が生じ、逃げられたら失敗です。
 *リベリスタが二人戦闘不能になった時点でアタランテに逃走されます。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ハイジーニアスソードミラージュ
須賀 義衛郎(BNE000465)
アウトサイドソードミラージュ
リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)
ジーニアスクロスイージス
内薙・智夫(BNE001581)
ハイジーニアスクリミナルスタア
曳馬野・涼子(BNE003471)
アークエンジェソードミラージュ
セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)
ハイフュリエミステラン
シンシア・ノルン(BNE004349)
メタルイヴデュランダル
メリッサ・グランツェ(BNE004834)
アウトサイドアークリベリオン
水守 せおり(BNE004984)


 史上最速の乙女よ。
 観衆の興を満たしているか?
 狩人に獅子を追う興奮を与えているか?
 舞台が終わったら、優雅に歩み去れ。
 それが出来てこそ、至高の冠をいただくことが許される。
 幻のように鮮やかに。
 
 できなければ?

 冥府の泥に飲まれるだけだ。


 余力のあるものは、街を駆け、高速エレベーターに飛び乗り、それの元にはせ参じる。
 今しがた後続の支援隊に囮を託した『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)、『全ての試練を乗り越えし者』内薙・智夫(BNE001581)、『リトルセイレーン再び改善』水守 せおり(BNE004984)は、今度はアタランテと刃を交えるために走り出す。
「渾名とはいえ、アタランテを足止めするのはセイレーンの宿命かな」
「これでカーテンコールとなるよう、頑張らないといけませんね」
 智夫の口調は、柔らかだ。
「萩野さんのような目に遭う殿方を無くすのが、ミラクルナイチンゲールの務めです!」
 
 一方、用意した重火器を置き、手になじんだ霊刀を手に駆け出した『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)
「わたし自身には、たいして恨みはないけど」
セラフィーナの観測手をしていた『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)も、駆け出す。
「――前の借りは返すよ」
『前』遭ったとき、涼子を含むリベリスタ達は靴を贈って退場してもらわざるをえなかった。
 でなければ、誰かが死んでいた。
 暗闇を見通す赤い眼は、薄闇の中に白く浮かび上がる今にも崩れ落ちそうな人影にむけて走っている。
「ヨウ」
『歩く廃刀令』リュミエール・ノルティア・ユーティライネ(BNE000659)がするりと姿を見せる。
「先二行クゾ」
 常識の範疇ではない速度だ。
 リュミエールは、肉を纏う者が到達するぎりぎりの境界に達してしまった。
 最初に「アタランテ」に邂逅したとき、リュミエールはその背が小さくなるのに必死に追いすがるしかなかった。
 今は。
 それを追い越し、引き離すだけの自信がある。

 センタービルのエレベーターから、フォーチュナに見送られて走る者もいる。
「今まで何度かアークと戦ってるんだよね。しかも都市伝説なんだよね」
 バイクにまたがり、エンジンをかけながら横目で眺めるAFの画面を流れていく過去の対戦記録に、『樹海の異邦人』シンシア・ノルン(BNE004349)は聞くともなしに口にする。
 あるいは、供のフィアキィ――青のエリクシル、紫のリャナンシーに話しかけているのかもしれない。
「まさか都市伝説と戦うとは思わなかったよ」
 残念ながら、稀によくある話だ。リベリスタ界隈では。
「こんな迷惑な都市伝説、ここで終わらせなさきゃね」
 アタランテを『知らない強み』がシンシアにあった。


 『人込みアタランテ』は、リュミエールの三次元的起動双方をさして、面白いといった。
 
 冬の闇を白く染める水蒸気の中、フラットアタランテがきびすを返そうとしている。
 獲物を許した以上、ここにいる意味はない。
 否、「アタランテ」は、獲物以外の前に存在するべきものではない。
 亡霊にとりつかれたジュリエッタのようになってはいけない。
 ほんのわずかアタランテは動いたその後。
 黒色九尾のリュミエールが、黒い月のように降ってくる。
 切っ先は当たり損ない。それでも新たな血をアタランテに流させる。

「アタランテ。最速の称号、でしたか。貴方達は一体、何なのでしょうね」
 現場に到着した『蜜蜂卿』メリッサ・グランツェ(BNE004834)の問いに、フラットアタランテは首をかしげた。
「さあ? 自分以外のアタランテって見たことないから」
 君達の方が遭っているでしょう? と、血に汚れた頬で笑う。
「サァ、アタランテ。マタ会ッタナ」
 獰猛な喜びを隠せない。リュミエールは笑う。
(モウ何度目ナノカワカラナイ)
 フラットに邂逅すること、二度。
 しかし、リュミエールにとっての「アタランテ」とは、個人ではない。
(私はアタランテにはナレナイ)
 リュミエールは、人を自らの速度の生贄には出来ない。
 積み重ねられた言葉と介した人と年月の重みで、命を賭した追いかけっこは、素養のある女フィクサード達を加速度的に成長させた。いや、素養のある女達を、生命をもてあそぶフィクサードに落とした。
(私はアタランテにはナラナイ)
 それが、リュミエールの意志。
 自分は自分で鍛える。
(私はアタランテを超エル)
 そして、リュミエールは、今のリュミエールに「なった」
「アタランテ、お前はヒッポメネスには会えない。最速の称号を本当ノ意味デ剥奪サセル」
「ひどいな。お姫様から王子様を奪うなんて」
 無数の銃弾でレース模様のようになったスカートの切れ端を翻して、アタランテが逃走を図る。
「サァ噂ヨ、刮目セヨ」
 全てを抜き去る光が来たぞ。
「逃シハシナイ」
 

 セラフィーナと涼子に、フラットの目がわずかに見開かれた。
「ごめんね。あのときの靴を履いてきたんだけど、なくなっちゃった」
 フラットは、苦笑した。
 足元は、新しいピンヒール。
 片足は太ももの肉がなくなり、つま先がなくなり、くるぶしが砕かれている。
 動けないアタランテは死ななければならない。
 だが、フラットは動いている。恐ろしく優雅に。

 夢の庭園は、理想の自分を下ろすステージ。
 今だけ、せおりはどちらかではなくどちらも選ぶことを世界から許される。
 更にシンシアが重ねる異界の楽園。
 世界線をずらしたそれは、底辺世界の力を霧散させる。
 フラットアタランテの剣戟の美しさに恐れおののき、魂を奪われることのないように、後方のシンシアの護りにたつ智夫は外套をまとい、涼子は隠しポケットに秘策を忍ばせる。
 ゆるぎなかった姉の記憶が、セラフィーナに誰が敵かを指し示す。

 リベリスタとアタランテは、群舞を踊るように攻防を繰り広げた。
 アタランテの動きについていけなければ、そこが穴になり、次の瞬間、アタランテはそこから離脱する。
 圧倒的な速度の差を、せおりは技で飛び越える。
 戦闘距離いっぱいからの飛び込み、加速する切っ先が天国の階段を形成する。
「その、しゅうしゅういうの、やめてもらいます!」
 フラットの継続戦闘能力が、超絶再生によるものならば、それをかなわなくさせればいい。
「――おっかないね」
 切っ先はかすめるが、致命傷ではない。
 アタランテのステップは、歴戦のリベリスタの目でも追うのに苦労する細やかさだ。
 死線上、一歩踏み違えたらそのまま奈落に転落する。
「何故、『泣きべそ』そっくりの再生能力と状態異常耐性があるのか」
 至近距離。義衛郎の疑問。
 ナイフとレイピアのきしる音は不協和音。
 赤錆と生理的食塩水めいた水蒸気の臭いでむせ返る。
 ぱりぱりと放電音。
 足で余計に火花が散っているのは再生中に神経に無理やり電気信号を送っているせいだろう。
「何故、アークとの初交戦時に『泣きべそ』の名前だけ口にしなかったのか。こいつには引っ掛かる部分しかないな」
「ああ」
 合点がいった。と、フラットはやわらかく微笑む。
 その微笑が六人に。
 息もつかせぬ斬撃が、辺りを血煙で覆い尽くす。
「やっぱり、訳わかんなったりはしないか」
 アークだものね。
 都市伝説も、世界有数となったリベリスタ組織のことはご存知だ。
「正気を保ってる君達の疑問に答えることにしよう」
 アタランテはとまらない。
 水蒸気が凍る。
 気圧差で吹き上がる上昇気流。
「だって、彼女は君達の仲間に倒された訳じゃないよ。 彼女は、ちゃんとアタランテに心臓を捧げた。自らの意志で」
『心臓を捧げます。アタランテ』
 捧げられたアタランテ、一人生き残ったフラット。
 メリッサの脳裏をよぎるイメージ。
(レースなどと、儀式的、東洋の蟲毒なる呪術のようでもありますが)
 捧げられた心臓。それは、どう作用したのだ? 作用したのか? 
 吐き気さえこみ上げてくる。
(これが一人の女が遺した呪いなら、まさしく都市伝説)
 飲み込まれた、たくさんのアタランテ候補。それ以上の標的。
別ベクトルに、返り討ちに遭ったアタランテ狩り、返り討ちにならなかったアタランテ狩りの狂乱の犠牲になったアタランテではなかった少女達。
 全ては、アタランテの氷の霧の中に。
 楽園の夢は、氷と一緒に砕かれた。


 シンシアの瞳の体現。
 エリクシルが癒しなら、リャナンシーは霊感。
 緑色の波動が、リベリスタ達の傷を癒す。
「やれやれ。君達もしぶといね。普通なら、とっくに同士討ちして、勝手に自滅してくれてるはずなんだけど」
 幻惑の剣使い。
 神秘の力はまともに当たらなければ発動しない。
 互いの血肉を削り合いながらも、決定打が出ない。
「泣きべそ」戦を知るものはいなかったが、血みどろで追いすがるものを振り切り、逃げる背に刃を突き立てねじ伏せる、泥臭いものだった。
 圧倒的な優雅。
 それが、アタランテの必要条件だ。 
「……にしても、やっぱりわからないね。ほんとに、こんなのになりたかったのかって」
 涼子の言葉に、フラットは目を丸くする。
「君はアタランテにはなれないね。ある日突然雷が落ちたみたいに気がつくんだよ。『ああ、アタランテにならなくちゃ!』」
 それは、セラフィーナの「何が切欠でアタランテになるのか」の答えでもあった。
 アークの履歴書・革醒原因・「何かの啓示によって」
 誰かが言っていた。
『覚醒する直前、アタランテを見た』
「取り憑かれたように、呪われたように。アタランテを絶やさないために走るのですか?」
 メリッサの神速の突き。えぐられながらも、アタランテは律儀に答える。
 眉一つしかめない。
「速い女を絶やさないためにアタランテを絶やさないんじゃないかな? ああ、一つ訂正させてもらうよ」
 リュミエールは、わずかに目を見張る。
「人込み」と同じ笑顔。
 別人なのに、同じ表情。
「走ってるようじゃ、大して速くない」

『覚えててね! あたしは、人混みアタランテは』
 炎で既に体の輪郭は崩れている。
 三日月につり上がった唇が炎の隙間から見え隠れする。
『一歩たりとも、走ったりしなかった!』

「百年前はゴスロリじゃなくて、華宵好みな着物の美女だったのかもしれないけど、アークの交戦したアタランテじゃないよね」
 せおりの呟きに、フラットは、笑い声を立てる。
「革醒者は長生きな人はとても長生きなんだってね?」
 途切れない剣戟。ジャグリングのような切合い。
「『人込み』と直接あったことはないから、百年前のことは僕にもわからないけど、ひょっとしたら、同じ人かもしれないよ。だって、人前に出るときはそのときに一番おしゃれだと思う格好をしたいよね?」
 流行り廃りは移ろいやすい。
 タイミングが合えば、サーキュラースカートをはいてポニーテールのアタランテも、グランジを着たアタランテもいたかもしれない。記録に残っていないだけで。
「君は流行の服は着ないの?」
 疑問とともに再び分裂するフラットアタランテ。
 その刃は容赦なく弱点をえぐりたてていくのだ。
 涼子の前に立ったアタランテが、涼子の血肉をごっそりと抉り取っていく。
「――まだだ」
 主人公が退場するには早すぎる。
「ほんとに君達はしぶといね」
 自分を包囲する輪の中に智夫が入るのを見て、フラットアタランテは苦笑する。
 義衛郎が身振りで呼び寄せた。
 その義衛郎も輪から出ることはない。
 アタランテの方が死にそうなはずなのに。
 リベリスタのほうが、よっぽど襲い掛かっているのに。

『不滅の都市伝説』

 首を横に振る。
 否。『フラットアタランテ』はフィクサードだ。
 生き物は、殺せば死ぬ。

「オレにはお前がアタランテらしいかなんて、興味無いんだ」
 義衛郎は口の中にたまった血を路肩に吐き出す。
 存在定義を否定するのは、対神秘存在にとって有効な方法だ。
「人の義妹と後輩に刃を向けて、オレの服をぼろぼろにして、詫びの一つも無し」
 セバスティアンは、無事にアーク本部に保護された。と、短い電文が入った。
 確かに、義妹のせおりと、義衛郎の一張羅の戦装束はぼろぼろだ。
 アーティファクトでなければ、明日の燃えないごみの日に出さなくてはいけない。
「器が小さいんで、其れが癪に障っただけさ」
 だから、これは意趣返しの幻影攻撃。
 最も恐ろしいと思う幻影におびえて、傷つくといい。


 背中に仮初の翼を生やした智夫ほどうっとおしいものはない。
 ソードミラージュ顔負けの速さを持つクロスイージスなのだ。
 凍りもせず、呪いにもかからず、混乱もしない。
 目端を利かせて、崩れかけた陣形を均等に埋める位置に滑り込んで、回復請願詠唱を途切れさせない。
 シンシアと智夫の回復では、全体の傷を一定レベル回復させることは出来るが、強力な単体攻撃を受けた者の体力を一気に安全圏まで引き上げることは出来ない。
 ダメージの分散は不可欠。
 だが、それぞれの回避能力に差がある以上、その拮抗はいつまでも続けられるものでもない。
 二人倒れたら終わりだ。
 わずかな時間に二度三度と動く者達。
 その攻防は、現場に到着するまでの移動時間より遥かに短く苛烈だ。
(翼が消えたら、かけ直しなんて思ってたけど――) 
 ブロック役が回復したら、交代してシンシアの護りに戻りたいが、手数のたびに誰かが危機に陥る。
 ならば。と、智夫はフラットを見つめる。
 様子には一切出ていないけれど、致命状態に陥っている。
 多分、せおりの初撃はきちんと入っていたのだ。
 アークリベリオンと戦うのは、全てのアタランテにとって今日が始めてだ。
 だから、まともに食らったら『致命』になるとは「思わなかった」
 他の――リュミエールやセラフィーナ、かつて戦ったことがあるソードミラージュを警戒するあまりのわずかなミス。
 だから、それを振り切られる前に――。
「あとのことは考えなくて構いません!」
 智夫は、声を張り上げた。
 足止め部隊として召集された。
 おそらく、今頃高速部隊が編成されているかもしれない。
 だが。 
「最大火力で突っ込んでください!」
 今この瞬間を逃したら、また天秤が元に戻ってしまう。
 ここが、分水嶺だ。
「逃さず、今夜必ず仕留めるために全力を。私の一刺しから逃れるのは、容易くないですよ」
 メリッサが動いた。
(一瞬でも速く、貴方のような者から守るために。一手でも速く、届かせるために)
 飛来する蜂の一刺し、研ぎ澄まされた真空の穂先を受け止めるのはアタランテとて不可能だ。
 その返す刀、剣先に膨れ上がった闘気がアタランテを仲間の元に弾き飛ばす。 
 神をも喰らうメリッサは、膂力を以ってアタランテをねじ伏せる。

 真珠色の鱗の蛇。
 足を持たなかったアタランテは、今わの際にセラフィーナに問うた。

『もし、非の打ち所のない完璧なアタランテが現れたら、そのときあなた達はどうするの?』

「幾多の世界で、幾多の戦場で、幾多の敵を超えて」
 セラフィーナの切っ先は虹をまとって四本の軌跡を作る。
 セラフィーナのしくじりは、極小。
 ないことを証明できないレベルだ。
「以前褒められた技を、あれからさらに磨きました。完璧なソードミラージュと競い、超えるために」
 寒風吹きすさぶビルの屋上で言ったではないか。
『今夜は、リベリスタではなくアタランテ狩りとして』
 
「これが私の、私だけのアル・シャンパーニュです!」
 それは、まるで、恋のような情熱で。
 リュミエールが、速さを追求したように。
 セラフィーナは、技に魅了された。
 その相手に振るう切っ先に天使が舞い降りる。

 突き通される細い体躯。
 傷口から虹を追うように鮮血が噴き出す。
「死んでる――」 
 アタランテをモニターし続けている智夫が呟いた。
「のに、どうして!?」
 それでもアタランテは、美しさに刹那見とれたリベリスタの隙を突き、包囲の輪をかいくぐり、細い路地に滑り込む。
 その頭上から、女が囁いた。
 それは、セラフィーナの技からさえ逃げ出すだろうという、ある種の信頼。もしくは、信仰。
「言ったろ。逃シハシナイって。私の役目はお前が決して逃げられない速度の牢獄にトジコメルコトダ」
 
 私ハ『リュミエール』
 私ハ誰ヨリモ速イノダカラ。

「まいったな。『死』からさえ、逃げたのに」
 神話の狼を縛る紐の名の元に、リュミエールは迫り来る『死』を振り切った都市伝説の権化に最後のお別れを言う。
「私がアタランテを屠リ追越シタ証ヲ頂ク」
 フラットは、笑った。
「重いよ」
 それが、フラットアタランテの最期の言葉になった。


 いつか聞いた、呪いという名の賛辞を与える者の声がする。
『そこのお嬢ちゃん。頑張ってリベリスタでいるのよ』
 あの時、指差されたのはリュミエールではなかったけれど。
『堕ちたら、きっと。あたしのようになるわ』

 あのときより、声はずっと近い。
『お前でも構わないわ。堕ちなくても構わないわ。最速の先を見せてくれるなら』
 別に正義だろうが構わないのだ。
 誰よりも速い女でいてくれるなら。

 最速を引きずり落とした者よ。
 ゆめゆめ堕落し、衆生を落胆させることなかれ。
 速さだけを追い求めた意志の具現を体現し続けよ。
 次なる『リュミエール』を決めるレースを始められたくないならば。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 リベリスタの皆さん、お疲れ様でした。
 いろいろな要因がこの結果を引き寄せました。
 これが、最後の「アタランテ」です。 

 アタランテは秘匿されるべき神秘ですので、倒したと公言できないリベリスタの辛さ。
 これ以上の過熱がなければ、都市伝説も、やがては下火になるでしょう。
  
 フィクサード「フラット・アタランテ」は倒されました。
 彼女の犠牲になるものはいなくなります。
 ゆっくり休んで、次のお仕事がんばって下さいね。