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<蛇のアポリア>王と魔術師

●非秩序
「嫌いでは無いが、度し難い」
 混乱状況にある逆凪支社で敵を駆逐した黒覇は大仰に溜息を吐いた。
「会長!」「会長!」と上がる感謝と賛辞の声を鬱陶しく振り払う。
 凪聖四郎一派が襲撃した支社の敵戦力は逆凪本社から動き出した黒覇一行の援軍で見事に壊滅、全滅している。
 不肖の弟である聖四郎が己が地位を望み、大それた野望とささやかなる小細工を繰り返していた事は彼には先刻承知の話であった。蛇が蛇を喰らう逆凪という王の家系において下克上が成立した回数は決して少なくない。故に現当主にして生まれながらの王である黒覇は、弟のそんな所を決して疎みはしなかった。才覚に裏打ちされた野望を抱く彼をむしろ好ましくすら思っていた。
 しかし、これはどうした事だ。
(……動きが大きくなったと思えば、暴発とは。
 もう少し冷静に状況を見定め、機を待てる男かと思ったが)
 凪聖四郎と配下直参組織『直刃』による叛乱はここに来て本格的な火蓋を切り落としている。国内フィクサード組織最大手である逆凪はその図体が故に戦力結集が些か遅い。聖四郎としては初動で逆凪を叩く桶狭間を気取りたいのかも知れないが……
「真珠湾だな、むしろ」
 せせら笑う黒覇は逆凪の物量を誰よりも正しく把握している。
 主流七派という言葉はあるが、他派等逆凪に比すれば零細に過ぎぬ。直刃に幾らか構成員は吸われたが――壊滅した他派からの取り込みも鑑みればむしろプラスだ。
(さて、無謀が過ぎる戦争を起こした狙いは何か。
 実に楽しめるではないか。敵が優秀な我が弟なれば。骨肉の争いこそ逆凪らしい)
「兄者!」
 沈思黙考する黒覇を野太い声が呼び戻した。
 面を上げた黒覇の視線の先には逆凪カンパニー専務取締役である弟、邪鬼の姿がある。
「どうした、騒々しい」
「崎田と錦野から報告だ。大増援が来るみたいだぜ」
 邪鬼が『大』増援というからには、相当の戦力は間違いない。
 たかが一支社にそれだけの戦力を向けてくるのは、俄かにきな臭い剣呑な話ではあるのだが……黒覇はむしろ合点がいった。
「成る程、王を取る構えか」
「あ? 何だそれ、兄者」
「我が弟は何処までも愚かだった、という話だよ」
「……良く分からねぇが、アイツがバカなのは確かだな!」
 黒覇は邪鬼に大仰な溜息を吐いた。
 成る程、寡兵の聖四郎に勝ち目があるのは初動だけ。ならば全力を賭して自らを取りに来るのは兵法だ。つまりその大戦力とやらは自身をここに釘付けにする為の足止めで……元を辿ればこの派手な攻撃も本社から自身を引っ張り出す為の茶番という訳だ。しかし、それは余りにも愚かな判断であると言わざるを得ない。
「少々、甘やかし過ぎたようだ」
 黒覇の全身から蛇が昇る。
 勘違いは正さなければならない。七派の『最大戦力』は首領自身。
 世間が何と言おうと、逆凪黒覇に敵う敵等無いと知らしめてやらねばなるまい!

●捨駒
「結構、予定通りだ」
 佐伯天正は部下の報告に静かに鷹揚に頷いた。
 プリンス・凪聖四郎による叛乱計画はいよいよ本番を迎えている。
 これより逆凪支社に総攻撃を仕掛ける佐伯隊は計画の浮沈を占う最も重要なパーツの一つである。
「分かっておるな?」
「勿論。分かってますヨ!」
 聖四郎の懐刀の一本たる重厚なる天正の言葉に、軽い調子で応えたのは直刃フィクサードである誰花トオコだった。
「誰花さんのお仕事は逆凪のお兄様をここに釘付け、少しでも消耗させる事でス!
 ワオ! ホワイト過ぎる仕事に感謝感激雨あられってトコですヨ!」
 黒覇の如き王威を発現させた聖四郎と直刃はかつてとは比べ物にならない程の力を付けたのは確かだ。手段を選ばない事で手っ取り早い増強も済ませている。佐伯隊が時間を稼いでいる内に聖四郎本隊が決戦戦力をかき集め、邪魔者(アーク)を破った上で黒覇に肉薄する……
 紙一重を通り越して奇跡のアクロバットが要求されるプランだが、「身近な存在(アーク)がバーゲンセールのように引き起こした奇跡の一つだ。俺が貰っても悪くは無いだろう」とは当の聖四郎の言である。
「些か、付き合わせたやも知れぬな」
「いえいえ。結構楽しいですシ! 誰花さん、アークも直刃も結構スキですヨ!」
 先の攻撃で逆凪支社の通常戦力はほぼ壊滅しているが、彼等の狙いは元より今そこに現れた黒覇を含む逆凪最精鋭部隊である。自信家の黒覇らしく手勢が必要最小限なのは天正にとっての朗報だ。
 満面の笑顔のトオコは何を考えているか分からない。
 だが、天正は自身が最大級に必要不可欠な捨て駒である認識を済ませている。
 難攻不落の王をチェック・メイトする為に。
 あの城(ほんしゃ)から出撃して貰った。可能な限りの打撃力をかき集めた。
 この部隊の指揮を含め、それは天正による提案でもある。
 王をも良く知る天正はそれでもそこに横たわる難題を痛烈に理解していたが……
 自身が王弟に付き従うのは天命のようなものと理解していた。
 計画が成る、成らぬでは無い。成さねばならぬのだ。何よりも自身の為に。
 最後の瞬間まで野望という夢を見続ける為にだ。
(あの継澤イナミも似たような事を考えているのだろうが)
 もう一人の懐刀を思い浮かべ、天正は苦笑した。
 決戦の時が来る。邪魔者も標的も、全て飲み干し、蛇は本当の蛇になる。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2015年02月16日(月)22:49
 YAMIDEITEIっす。
 全体シナリオ、サイド黒覇です。
 以下詳細。

●任務達成条件
 ・逆凪黒覇が死亡しない事
 ・佐伯天正隊を壊滅、或いは潰走させる事

●アークのオーダー
 必要悪である逆凪黒覇は『健在で居てくれた方がいい』フィクサードです。
 生来のカリスマ性により多数の配下を素晴らしく統制出来る王威の持ち主である彼は、『秩序・悪』の属性を持つ人物なので、無軌道なフィクサードの暴発を抑制する側面を持っているからです。
 それでも本来ならばフィクサード同士(逆凪と直刃)の抗争にアークは干渉しない選択肢もありましたが、直刃(凪聖四郎)の行動や性質が暴走めいた状況になっている事もあり、一般社会への多大な悪影響と被害を勘案した結果、この依頼においてはアーク本部は逆凪黒覇倒れるを良しとしない結論を持っています。

●逆凪支社
 愛知県にある逆凪カンパニーの支社。
 先んじて直刃精鋭部隊に強襲を受け、多大な被害を出しました。
 しかし、それは直刃陣営の『黒覇を増援に赴かせる為の計画』でした。
 先行攻撃部隊は黒覇達によって壊滅していますが、直刃の二の矢はこれからこの支社を強襲する佐伯天正部隊の方です。そして三の矢である聖四郎が本命です。
 ロケーションは一般的な十二階建てビルと考えて下さい。
 アークの介入は既に佐伯隊がビルに雪崩れ込んでいる状況から始まります。
 黒覇等はビル内部に居るようですが、完全な把握は出来ていません。

●逆凪黒覇
 逆凪三兄弟長兄。
 国内主流七派のボス格『逆凪』を統率する逆凪カンパニー会長。
 黒いオールバックを完璧に決め、眼鏡をかけています。
 気障でナルシストで完璧主義者で人材マニア。
 超絶技量を誇る覇界闘士。「こうすればより良くなる」。スーパーラーニンガー。

●逆凪邪鬼
 逆凪黒覇の実弟。逆凪三兄弟次兄。
 残虐・粗暴・下衆の三拍子が見事に揃った逆凪カンパニー専務取締役。
 非常に巨躯で隆々たる素晴らしい肉体を誇ります。
 頭はそう良くありませんが、その辺のフィクサードとその実力は桁違い。
 パワーを生かした強引過ぎる戦闘が持ち味です。
 覇界闘士。必殺の修羅邪王撃を体得しています。

●『黒服』崎田竜司
 プロアデプト。大柄なグラサン男。強面。
 逆凪黒覇の右腕。非常に冷静かつ有能な秘書室長。
 戦闘能力はアークのトップリベリスタにやや劣る程度です。

●『営業部長』錦野晴臣
 ソードミラージュ。スーツの似合わない小柄な営業部長。
 ノリは軽いですが侮れないフィクサードで敏捷性に優れます。
 戦闘能力はアークのトップリベリスタと同程度か少し上。

●残存逆凪部隊
 支援能力等を持つフィクサードが十名前後残っているようです。

●佐伯天正
 メタルフレーム×クロスイージス。物理防御高。
 凪聖四郎の側近であり、主の為に忠実に戦っています。元は傭兵であった為実力者。直刃に所属し、聖四郎の目的の為、最大限に奮戦します。
 佐伯天正部隊の指揮官であり、少なくとも極技神謀を備えます。

・EX 天正式(物近単)

●誰花 トオコ
 メタルフレーム×覇界闘士。その他一般スキル非戦スキル有。
 情報通であり、凪の事を面白く思うが為に直刃に所属して居ます。
 誰に対しても友好的であり、人との対話が有意義であると感じます。逆凪に所属しておりながら剣林に近い思考を持ち、実力者にはある程度好感を持つようです。

・EX 翠雨符(神遠範)

●佐伯天正隊
 直刃精鋭が三十五名。
 聖四郎の所有する『Damnatio Memoriae』により召還されたアザーバイド五十体。
 フィクサードのジョブ分布はバランス良く。
 アザーバイドは攻防共に堅牢な戦闘的なものを中心に、一部にバッドステータスを得手とするものや、支援型の個体が存在している編成です。
 飛行する個体や物質透過する個体、広範囲探査能力等を有する個体もいます。数が多い分相当器用です。
 友軍は強力ですが、敵も決戦シナリオレベルの戦力です。ご注意を。

●Danger!
 当シナリオにはフェイト残量に拠らない死亡判定の可能性があります。ご参加の際は予めご了承下さい。


 難易度相応には難関になる筈です。
 以上、宜しく御参加下さいませませ。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
ハイジーニアスマグメイガス
高原 恵梨香(BNE000234)
ハーフムーンソードミラージュ
司馬 鷲祐(BNE000288)
ハイジーニアスマグメイガス
風宮 悠月(BNE001450)
ナイトバロン覇界闘士
設楽 悠里(BNE001610)
ハイジーニアスクリミナルスタア
禍原 福松(BNE003517)
アークエンジェソードミラージュ
セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)
ハイジーニアスホーリーメイガス
海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)
フライダークマグメイガス
ティオ・アンス(BNE004725)
アウトサイドアークリベリオン
水守 せおり(BNE004984)
ハイジーニアスプロアデプト
フェイスレス・ディ・クライスト(BNE005122)

●呉越同舟
「市街地で召喚するアザーバイドが切り札。黒覇を消耗させた上で切り札と自身で討つ……ですか」
「どうして、こんな事をしちゃったのかな」
「ツングースカの原因たる混沌の使者級か、それ以上か……実に溜息の出る計画ですね」
「……本当に、ね」
 柳眉を顰めた『現の月』風宮 悠月(BNE001450)と、一人ごちた『境界線』設楽 悠里(BNE001610)に応える声は無い。
 混乱する市街地の上を大型ヘリが飛び越えていく。
 事故、恐慌、黒煙……社会的混沌。それは裏に隠れるべき神秘が表に漏れ出た行く先だ。
 眼窩に広がる光景は決して愉快なものでは無かったが、リベリスタ達は唇を一文字に引き結んでいた。
 彼等を運ぶヘリは通常よりもかなり大型のもので、そこかしこに強化が施されている。防弾硝子に追加装甲、神秘兵装の存在。一応『社用』とはされているが武装ヘリのような仰々しさは全くアークの趣味では無い。
「持ちつ、持たれつ……表と裏のバランスは保たれていた方が何かと都合もいいだろう」
「お話が分かる方が居て幸いでした」
『ラック・アンラック』禍原 福松(BNE003517)と『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)それぞれの言葉は前方操縦席で操縦桿を握る和装の女へと投げられていた。
 先程、このヘリはアークの趣味では無いと言及したが、それもその筈。今、アークの精鋭リベリスタ十人が乗り込んだこのヘリの扉には逆凪カンパニーの社章が刻まれていた。
「黒覇さんが暗殺されたら、逆凪の皆さんも困る……
 少なくとも、逆凪のボスが凪プリンスに成り代わったら今まで通りにはいかない……って事で!」
「ま、それはそうやろなぁ」
 海依音の言葉に前を向いたままの女が応えた。
 口調と独特のイントネーションは関西方面の訛りを帯びていたが、実際の所は良く分からない。リベリスタ達と彼女の付き合いは小一時間にも満たないものだ。何処の誰とも知らないが、ヘリを出した事から逆凪の関係者としてだけ認識している。
 今の状況を纏めるならば『凪聖四郎が遂に暴発し、国内フィクサードの元締めである兄・黒覇に反逆した』である。
 聖四郎の最大目標が愛知県の逆凪支社を救援した黒覇であると看破したアークは『神秘世界の秩序の維持の為に』逆凪派の首領たる黒覇の救援を決めたのだが……突発的に生じた凪聖四郎の逆凪攻撃計画に対応する形でリベリスタを出撃させたアーク本部は忙殺状態にあった。本部は近場のリベリスタを現地へ急行させる事で辛うじて現メンバー、つまり主力部隊を早い段階で編成する事に成功していたが、当のリベリスタ達は圧倒的多数を以って支社を攻める聖四郎勢力に素早く対応するには機動力は必須であると考えた。
 地上からの進軍は困難。支社ビル上層に居ると推測されている黒覇等一行と早い段階で合流する事を考えたリベリスタ一行がヘリの調達を考えたのは不思議な話では無かっただろう。忙殺中の本部がヘリを用意するよりも早いと踏んだ海依音の決断は迅速だった。己のパイプをフルに活用して逆凪拠点の一つに乗り込んだという訳だ。
「それにしても」
 パイロットの女が呟く。
「凄い啖呵切りはったね」
 思わず彼女の言には仲間達も大きく頷いた。

 ――海依音ちゃんは、未来の旦那様を助けに行くだけです! ビバ! 愛の力!
   トロトロして、旦那様に何かあったらどうしてくれるんですか!
   もっとも、私の黒覇さんは絶対に負けたりしませんけどね!!!

 その場に居る全員の代弁と思われたらば抗議の一つもしたくなる内容だ。
 馬鹿馬鹿しい位に単刀直入かつ爽快な主張ではあるのだが、相手は純粋に受け取れなかったようだ。
『宿敵』たるアークの――それも突然の精鋭の乱入、突然の宣言に難しい顔をした逆凪面々の顔が印象的だった。
「たまたま顔を出したら、あんな事になってるんやもの、驚くわ」
 当然、機能的に平常ではない逆凪側もこのアークの申し出を信じてもいいものか、協力してもいいものか……躊躇する構えを見せたのだが、その場を収めたのがパイロットを買って出たこの女だった。
「アンタ達、何時もそうなん?」
「……フッ、連中の気持ちも分かるがな」
 女の言葉に『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)が微笑んだ。
 逆凪黒覇に弓引く者が日本のフィクサードに居なかったのは事実だ。今回のようなレアケースで『海依音のような女』にまで出くわせば面食らうのも当然だろう。まぁ、黒覇の女性関係の方は定かではないのだが。
「女は強い、という事か。何れにせよ……やるべきは一つだ」
「そうですね。それが沙織さ……本部のオーダーならば、異存もありません」
『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)の赤い瞳が近付いてくる支社ビルの姿を遠くに捉えていた。
(フィクサードを救援するなんて……複雑と言えば複雑だけど)
 同時に『救援されるようなタマか』という疑問も無い訳ではない、という部分もある。
「逆凪の連中とは一度会ったきりだ……本来なら義理も無いかも知れないがな」
『ラック・アンラック』禍原 福松(BNE003517)はココア・シガレットを前歯で軽く噛み砕く。
 本来ならば義理も薄いのかも知れないが……その一度が中々印象的だったのは事実であった。フィクサードとリベリスタの関わり合い等、大多数が抗争に過ぎまいが、それよりは随分平和な一幕だった。
「……ま、憎めない印象ではあったな」
「はいはい! 海依ねーさんの婚活を応援にきました! 混沌・善のせおりんです!」
「戦って、食事をして、野球をした……敵同士ですけど、黒覇さんとは不思議な縁がありますからね」
 肩を竦めた福松の一方、手を元気良く上げてその存在をアピールするのは、『天船の娘』水守 せおり(BNE004984)だ。そこに「それに、自社の社員を守ろうとするその姿勢には共感出来る所も多々あります」と『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)が言葉を添えた。
 アーク本部の決断は『秩序派である逆凪体制の存続』である。逆凪とてアークの敵には違いないが、今回については殆ど『ついで』とも言える。どの道、凪聖四郎が対決姿勢を崩さないならば当面の敵を減らすのは悪くない。どの道、聖四郎勢力を駆逐せねばならぬのなら、救援にかこつけて黒覇も戦力利用してやれ、とは沙織の言だ。
 或る者は打算で、或る者は幸せな未来の為に、或る者は義理や縁で、或る者は気が向いたから……
 大半の者にとっては『凪聖四郎による混乱を止める』という部分が大前提ではあるが、混沌のスープと称される事もあるアークらしく、動機は実に様々。
(実に興味深い。純粋な強者たる部分もそうだが、それ以上に彼は――我が解析に値しよう)
 大半の者は、と但し書く理由になった『原罪の仔』フェイスレス・ディ・クライスト(BNE005122)も居るが、それは余談だ。
「そろそろ着くで」
「……まずは、ありがとう」
「そないな礼は要らんよ。うちは中立――少しだけそっち寄りなのは認めるけどな」
「中立……ね」
 逆凪も複雑という事だろうか?
 現場を見据える『大樹の枝葉』ティオ・アンス(BNE004725)が冷静に述べた。
 逆凪支社付近は敵性勢力に溢れていた。彼女の見立てでも、地上より進まなかったのは正解と言える。だが、眼窩の敵程では無いが、ビル上部にも敵が居ない訳では無い。屋上から侵入する為の別働隊を回したのは敵方――聖四郎の片腕たる佐伯天正隊も同じようで、ヘリは対空攻撃を避ける為に幾ばくかの高度を追加した。
「さあ、行きましょうか」
 十分に高度を得た所でヘリの扉を開け、ティオ。
 リベリスタ側の計画ではこのままフリーフォールを慣行し、屋上に到達するという手筈だ。
 当然ながらこの大胆不敵なる降下作戦を支えるのはパラシュートではなく、海依音の翼の加護である。
「今更言うまでもないとは思うけど……敵側も此方の動きには気付いているわ。
 まずは、対空砲火を突っ切る以外の方法は無いわね」
 千里眼を武器に敵陣の様子を確実に察知した恵梨香が嘆息する。
 逆凪支社は三高平と同じく対神秘的防御が施されている為か、内部までを見通す事は出来ない。
 だが、屋上に出た敵戦力の様子、地上の敵戦力の様子は確認済みだ。
 急速降下からの強襲作戦。落下中の時間は長くは無いが、必然的に『空戦』を余儀なくされる僅かな時間はリベリスタ側にとってのリスクにはなる。つまる所、これは最初の緊張の一瞬という訳だ。
「じゃあ、行くよ!」
 吹き付ける冷たい強風に髪を靡かせ、その音に負けじとせおりが声を張った。
 リベリスタ達はそれぞれに意志と目的を携え、ヘリから果敢なダイブを見せた。
「……ま、頼むわぁ」
 最後に飛び降りた海依音は自分の背を追いかけた女の言葉を良く聞き取れなかった。
「あんなんでも――達やからね。あの、聖ちゃんも含めて」

●降下作戦
 リベリスタ側の作戦は最短距離による迅速な黒覇との合流だ。
 高高度からのフリーフォールで直接屋上に乗り込もうと考えたパーティだったが、予期していた通り敵側はこの動きを察知していた。当然、地上部隊がこの高度に迎撃を加える事は出来ないのだから、対空攻撃は敵別働隊による限定的なものに留まったが――空中のリベリスタ側からすればこれは確かに脅威であった。
「やれやれだ!」
 屋上から自身に放たれた多種多様な攻撃の数々を鷲祐の短刃が弾き散らす。
 尚も彼に猛攻を加えようとするフィクサード達の行動を上空から響いた轟音が遮った。
 先程のヘリには確かに神秘兵装が準備されていた。
 屋上の一角を薙ぎ払った猛烈な弾幕は航空支援といった所か。
 対地機銃掃射を派手にぶっ放す辺りは……フィクサードと言えばフィクサードらしい。
「フッ……とんでもない御婦人だな!」
 片手に装着した盾を前に構え、頭を下に姿勢を変えた彼はその特殊盾より噴出した推力を武器に一気に加速した。
 地空を問わず鷲祐は速く、真っ直ぐ一直線に落ちていく彼のシルエットはさながら青い雷撃である。
「お前達に構っている暇は無いんでな!」
 屋上間近で減速した鷲祐の爪先が軽やかに屋上に降り立った。気を吐いた彼の全身には青く電撃が纏わりついている。それが彼の肉体的反射を極限まで引き上げる電撃戦の始まりである事を知らない者は無いだろう。
「負けてられないよね」
 鷲祐に続いて屋上に到達した悠里が暴れ始めた彼に対抗するように唇の端を持ち上げた。
「運命は分からないものだね。出来れば仲良くしたいとは言ったけど――」
「まさかこうなるなんてね」。そう言った悠里の白銀の篭手が鋭く直近の直刃フィクサードの鳩尾を撃ち抜いた。 次々と降り立つ新手にざわめく空気。直刃とて敵が黒覇だけでない事は理解している。だが、実際に目の当たりにする『アークの主戦部隊』は名前以上の意味を彼等に教えたと言えるだろう。
 切り込み役となった鷲祐、悠里に続くセラフィーナが彼等に一層の衝撃を知らしめる。
「――数ばかりいても、私は倒せませんよ!」
 アークは精鋭、しかし敵の直刃も精鋭だ。しかし、セラフィーナの傲慢にも思えるその台詞は、アークと直刃、彼我の立つステージの差を事実として表す一言だったに違いない。直刃は確かに腕利きのフィクサードを揃えてはいるが、アークの主戦部隊は世界に名だたる存在だ。潜って来た修羅場の数がモノを言う。
「『しっかり当てて下さいね』」
 安い挑発だが、状況と併せれば効果は十分か。
 セラフィーナのアッパーユアハートに引き付けられた敵陣は後続するアーク部隊の屋上への到達を許してしまっている。その上で、毛筋一つの傷も負わずに敵の猛攻を捌き切った彼女はその余裕を崩していない。
「社交辞令とは言え、一度は会社にスカウトされかけた身だ。
 お節介かとは思うがこの喧嘩、混ぜて貰うぜ!」
 福松の抜いた黄金の銃が光を跳ね返し、穢れぬ純白のストールが風に靡く。
 小柄な福松は予想を裏切らぬ敏捷性を生かして敵陣の側面に回り込む。切り込みの前衛三人が散らし、乱した敵陣を彼の技量が支える『一夜の悪夢(オーバーナイト・ナイトメア)』が猛襲した。
「しっかし、多いな。案外気合入ってやがるぜ」
「成る程、完全な力押しよりは幾分かマシというものです」
 多い、そしてアークのエース部隊とやり合える以上は強くもある。
 淡々と呟いた悠月が状況に算段を立てる。彼女は敵が上階より迂回して挟撃をかける可能性を推測していた。彼等が正面を抜かれるリスクを嫌えば、本隊を二つに割るとは考え難い。逃げ場の無い上よりも下に重きを置く筈である。それは無論、正門から堂々と出て行く以外を考えないような黒覇の性格を考慮した計画でもあるだろうが。
(別働隊の数は――建物内部のものも含めて、二、三十といった所か。
 容易く突破出来る数ではないが、逆を言えば突破が不可能な戦力でも、無い)
 フィクサードに加え、敵性アザーバイドも加われば別働隊戦力だけでも手強い相手なのは確かである。
 どれ程の注意を払っても乱戦を余儀なくされる戦場で、悠月の魔道衣を異形の爪牙が切り裂いた。
 怯まない悠月の唇が、風に冷たい葬歌を乗せれば――幾重にも増幅された呪いは容赦無く彼女の敵を蝕んだ。
「合流出来るわよね」
「勿論」
 海依音の言葉にティオは軽く頷いた。
 首尾良くここまで到達出来たのは満点だ。
 戦闘は予想以上に激しくなりそうだが、この場で撃破すれば後が楽になると考えれば同じである。
「『出来るからこそ私達はこの場に居るのでしょう?』」
 冷静な彼女は局面の総合を見ていた。現在のパーティの作戦の第一義は黒覇との合流であるが、それは過程だ。結果として必要なのは佐伯天正隊自体の撃退・撃滅でもあるのだから、仕事を果たせばそれで良い。
 つまる所、アークが避けたかったのは全戦力が黒覇にぶつかる事、そして全戦力がアークにぶつかる事なのである。それぞれの部隊がそれぞれの敵を引き付けたと考えれば、これは即座合流の次善であろう。
 唯一の懸念は黒覇が早々に敵本隊に倒される事であるが……
(まぁ、彼女の『未来の旦那様』ならば、問題なくどうにでもするでしょう)
 ……実の所を言えば、大いなる魔術の雷撃を這わせたティオにとって黒覇は高い評価を得るに値する人物だ。
 有能な悪を否定しない彼女は、海依音とは別の意味で彼を信頼しているし、バランサーの役割を理解している。
 閑話休題。
「人の恋路を邪魔する者は――」
 馬に蹴られて何とやら。アムドゥシアスはここには居ないが、海依音の(最後の)審判は分かり易い。
「――やっぱり、有罪(ギルティ)でしょ!」
 泡を食った敵の緩みを突きアーク側の意図が状況自体をかき回す。
 取り分け派手で、取り分け印象的だったのはせおりである。

 ――いいですか! せおりんが来ましたよ! 海依ねーさんもいますよ!
   アーク本部は黒覇さんへの加勢を決定しました、共闘しまぁぁす!

 対神秘防御と敵側のジャミングで物神両面で伝わり難い情報伝達を、あろう事かせおりは『声の大きさ』で解決したのである!
 セルフマイクによる二十倍の叫び声は、否が応無く階下の黒覇に届いた事だろう。
 勿論、その音量は誰よりも先に彼女をサポートするべく間近に居た恵梨香の鼓膜を直撃している。
 片目を閉じて耳を抑えた彼女が「この機会に直刃を叩くべくアークも動いた。逆凪の邪魔をする気は無いから、アークへの攻撃は控えて欲しい」。「可能であるならばアークと協力し連携して欲しい」。この二つの言葉をせおりに告げて伝えて貰った。
「兎に角――通して貰うわよ!」
 本部のオーダーは任務に赴く恵梨香にとって絶対だ。
 元より任務に背く心算等は毛頭無いが、それを自分に頼んだのが『彼』ならば尚更気合は入るというものだ。
 少女は以前程、己を押し殺さない。実際の所、まだ全く不器用なままではあるが――
(……流石に向こうからの返答は無いか。でも、ここを突破すれば)
 自身の降らせた流星が敵陣を強かに叩くのを確認し、恵梨香は内心で呟いた。
(案外、上手いやり方だったのかしら)
 これはせおりのファインプレーか。酷い力技も時には有用だ。
 幾つかの攻防が示す通り、数に勝る直刃陣営は猛烈に攻勢を強めたアークに守勢に立たされていた。
 その介入を覚悟していたとはいえ、作戦上やや建物内部に意識が向いていた事もあるだろう。
 だが、その混乱も永続するようなものでは無い。アークの部隊に比すれば格落ちとはいえ、あくまで彼等は『あの』黒覇に反逆する為に聖四郎が頼んだ程の戦力であった。屋上の床より現れるアザーバイド、飛行能力を発揮するアザーバイド等、トリッキーな動きをする連中も道中を急ぐリベリスタの煩わしさの種になる。
「あらあら、やっぱりいらっしゃいましたネ!」
 緒戦の劣勢から立て直した直刃陣営が顕著な勢いを取り戻したのは、混戦に誰花トオコが姿を現した時だった。
 その美貌に友好的とも言える笑みを張り付かせた彼女は、佐伯天正隊の副官的なポジションである。本隊に次ぐ戦力を任される存在としてはこれ以上の適任は無かったという事だろう。
「確かに、この場でお相手出来なければ嘘ですシ。いよいよ、本番って感じですネ!」
 嬉々として……としか表現仕様の無いトオコの調子は、彼女が所属する組織を間違えた印象を強くする。
 彼女の気質は今は無い剣林的と称するのが最もしっくり来るだろう。或る意味で六道や黄泉ヶ辻的でもあるのかも知れないが、誰にでも好意的な人当たりの良さが危険な印象を包み隠している。
「ゆめ、油断はしないように」
 厳粛なフェイスレスの言葉は彼の眼力による看破に裏打ちされている。
 敵陣を量れば自ずと戦いの質は見えてくる。数の差あれば、勝ち負けはどちらに転ぶか分からないレベルだ。
「戦場指揮は柄ではないがね、参謀役であればまた別だ」
 嘯いたフェイスレスが前に出て敵を止めた。敵支援役の存在を確認し、即座に仲間達に伝達した。
「全く――楽をさせてはくれねえな」
 悪態を吐く福松は、しかし不敵な笑みを隠していない。
「お前にも興味はあるが……生憎と此方は急いでいるんだがな?」
「分かってますヨ! でも、お付き合い願いますからネ!」
「やれやれ……美人の誘いは断れないか」
「それがいい男ってモンだね、確かに。司馬さん位なら当然かな」
 鷲祐は横から冗句の彩りを添えた悠里に苦笑した。
 少し吊り上がったアーモンド型の大きな瞳の中には無数の星が瞬いているかのようだ。コロコロと良く変わる表情は、キュートな彼女の面立ちをより一層魅力的に引き立てている。
 だが……彼女は紛れなくフィクサードだ。笑顔のまま、躊躇無く己の為に世界を侵せる、そんなタイプだ。
「さあ、皆さん! 景気良くいきますヨ!」
 総戦力には勝る敵陣がトオコの声でリベリスタ達に立ち塞がる。
「レッツ・パーティ!」
 それが戦いの第二幕の始まりだった。

●突入戦
「邪魔です――!」
 華麗なる身のこなしが宙に一枚の羽根を遊ばせた。
 敵刃を辛うじて外したセラフィーナの肌が赤い血を噴出したのと同時にフィクサードの姿勢が崩れ落ちる。
 多重残影を残した少女の技量は超絶の一言に集約される。
「どーんと行くよッ!」
 急加速から最大限のインパクトをぶつける――せおりの一撃が重く敵を吹き飛ばした。
「数だけは多いんだから」
「漸く抜けたか」
 鷲祐が白い息を弾ませた。
 後退を始めていた敵陣がたまらず、屋上の戦線を退いたのだ。
 更に戦いを進めた一行はやがて、彼等を屋上から駆逐した。
 彼等を追いかけ、ドアを蹴破り、階段を駆け下りる。幾ばくか先に後退にかかった敵陣は幾らか先を行っている。
「えーい、まだまだ勝負はこれからですヨ!」
「……まだやる気か」
 バトルマニアのトオコは逃げたと言うよりは、仕切り直しを望んだ様子である。
 追うパーティを巻くように遠い階段を迂回して下へと降りる。パーティは無論構わず最短距離だ。
 リベリスタの戦いも、フィクサードの戦いも屋上のそれは遭遇戦でしかない。
 互いの目的はそれぞれ真逆だが、重要なのは階下の黒覇の方にある。
 屋上における頑強な抵抗をリベリスタ達が乗り越えるには相応の時間と消耗が必要だった。
 彼等は個々の戦闘力において敵を上回るものの、それは圧倒的と言えるものではなかったからだ。
 それでも長い交戦の末、彼等は屋上からビル内への突入を成功させていた。誰花トオコに率いられた敵部隊は『打ち破られた』訳では無いが、押し込まれたのは事実である。支え切るを不可能と判断した彼女はたっぷりと時間を稼いだ後に佐伯天正等、本隊との合流へと舵を切ったという訳だ。
 少なからぬ時間を取られたパーティには幾らかの焦りがあった。
「思ったより時間が掛かったのは否めないわ」
「彼等も、それだけ必死という事なのでしょうね」
 恵梨香の言葉を悠月が継いだ。
「邪鬼さんや黒覇さんがいるなら、大丈夫だろうとは思うけどね」
 悠里の言う通りあの逆凪兄弟が簡単に敗れる事は無いだろうが、この任務の重要性は折り紙つきである。
 昨今の情勢やアークの苦境を考えれば、万が一にも失敗出来ないのは事実である。
 より好戦的な聖四郎が逆凪の主流派になる事は、即ちアークの喉元に刃が突きつけられるに等しい。
 それより何より……
「こんな所で足止めを食らっている暇は無いんですよ!!!」
 ……そういった政治的理由より何より、黒覇の身を案じている乙女(かいね)にとってはこの作戦は最大級だ。
「やれやれ、やはりこういう時の御婦人は強いな」
 肩を竦めたフェイスレスは余り感情の篭らない調子で呟いた。表立って最もこの仕事に執念を燃やしているのが海依音だとするならば、裏側で強い渇望を抱いているのはこの男だ。
(ラーニングとは解析と模倣、同調と投影、そして再現で成る――経験則に過ぎんがね。然程外していない筈だ。
 然るに噂に聞く逆凪の覇王の異能は、余りに異質過ぎる。挑む価値が有る、命を賭すに値しよう。
 是非も無し、我が探求にとって最良の機会の一つである事は疑う余地も無い)
 フェイスレスにとって知識の獲得は簒奪を辞さない『最も崇高な事業』である。
 一応分類上はリベリスタである彼だが、気質はむしろ彼等寄りであると言えなくも無い。
 さて置き、辛うじてトオコ達を階下へと押し込んだパーティは迅速なる作戦行動を展開していた。
 ビル内部を駆け下り、一直線に黒覇一行が戦闘を繰り広げていると思しき階下へ。
「居場所が分かるのは助かるよね!」
 せおりの言にリベリスタ達は頷いた。
 混乱した社内には動かなくなった人間、破壊の爪痕は多く残されていたが……問題の会長が何処にいるかは実に分かり易い。時折響く誰かの声や破壊音は、彼が健在である事を示す最大の情報だからだ。
 果たして。遂にリベリスタ達は上層階で多数を相手取り戦闘を展開する黒覇達の下へと到達した。
「黒覇さん!」
 ヒロインは瞳を潤ませて声を張った。
「海依音、野球チームできるくらい子供欲しいです!」
「検討しよう。優秀な氏族は多く作るに越した事は無い。尤も、逆凪は『多く残るような家系では無いがね』」
 やぶからぼうな海依音の放言にも怯む様子は無い。
 それ所か、駆け寄った海依音の腕を引き、抱えるようにして敵の砲火を潜り抜ける芸当さえ見せたのである。
「黒覇さん!!!」
「……一応ディナーを共にした御婦人だろう、君は」
 戦闘を展開する黒覇の動きに一分の乱れもないのは、彼が彼である事もそうだろうが……
 彼が海依音と少なからず関わってきた人間だからでもあるだろう。
「『待たせた』な」
「待ってはいないが、君にしては遅かったようだな」
 駆けつけるなり一撃の洗礼を先鞭とした鷲祐に然したる感慨も無く黒覇は言った。
「案外元気そうじゃないか?」
「数頼み等、全く美しくも無いな。とは言え……多少の手間は否めないが」
「会長サンらしい、何の参考にもならない意見を有難うよ!」
 福松は黒覇を一瞥し――言葉と共に敵へ向かった。
 彼の完璧な仕立てのスーツは幾らか傷んでいたが、端正な顔立ちには傷一つついていない。しかし、相対する佐伯天正隊が意気軒昂であり、彼以外の逆凪陣営はと言えば劣勢を余儀なくされているようだった。
「やはり、『其方』か」
「分かっていたでしょう?」
 低く言う天正に問い返した恵梨香の口調には非難の色が混ざっていた。
「やり方を間違えたわね。もうベビーフェイスじゃ済まないわ」
「現状と優先度は?」
「『我々』以外は殆ど余力はありませんね。尤も、最高戦力は会長と専務に間違いありませんが。
 会長のオーダーは逆凪社員への被害を軽減する事、です」
「フッ、心得ている」
「……でしょうね」
 問う鷲祐に澱み無く崎田が返す。
 傲慢な黒覇が一分も敗北を意識していないのは或る意味予想通りの状況だ。
「テメェ等の出番なんざ作るかよ!」
「もう作っちゃったもんね!」
「……生意気な女だな、テメエは」
「あー、残念! 邪鬼さん、初対面があと半年くらい早かったら一目惚れしてたのに!
 ざーんねん! でも邪鬼さんも超かっこいい!!!」
「……!?」
「またお世話になるわね。お願いよ。こっちも手伝うから、あなたのボスを守ってね」
「……あ、ああ」
 戦いに気分が高揚しているのか幾分か上機嫌に言った専務こと邪鬼にせおり、恵梨香は案外好意的だ。
 非常に粗暴な邪鬼だが、女子供に泣かれた経験果てしない彼の方が少し面食らっている位である。
 彼女等が前もって(力技)で情報を伝達していた事はまず良かったと言えるだろう。逆凪側は彼等に何かの返答を行った訳では無いが、付き合い浅からぬ合理主義者(くろは)の判断はリベリスタ達にも読めていた。
「救援は……断る?」
「諸君等がここに居る事は否定せんよ」
 遠くから放たれた無数の弾丸を視線をやらずティオに応えた黒覇の指が摘んで落とした。
「但し、『救援』は正確ではない。騒がしい日で恐縮だが、我が社でゆっくりしていってくれたまえ」
「そうね。そういう事にしておきましょう。お茶もケーキもまだ出てこないようだけど――」
 ティオの天使の歌が傷付いた逆凪陣営を下から支え上げた。
 彼女が有能な悪を否定しないのと同じく、黒覇も頭の回転の早い敵を好む。
「うん、感謝しなくていいよ。僕も覇界闘士の端くれだから、二人の戦いを勉強したかったっていうのもあるからね」
「感謝はしないが評価はしよう」
 悠里の言葉に黒覇が言う。
「一応安心したぜ。『延長戦』は今回は無しでいいんだよな」
「『客』だろう?」
「そうだ。ま、そういう事にしとこう、ぜ!」
 剣星招来という切り札を持ち合わせる福松は最悪それが交渉条件になるかと思っていたが……逆凪側はリベリスタ達が想定したよりは幾分か彼等に好意的であった。それはアークが彼にも一定の評価を下させる程の存在であるからに他なるまい。
「負傷者を避難させるなら上に。道中の敵は駆逐した筈ですし……誰花トオコも――」
「さあ! 第二ラウンド始めますヨ!」
「――ああ、噂をすれば影ですね。迂回して来たようです」
 傷んだ逆凪社員をフォローしながらセラフィーナが言うと顎でしゃくった黒覇に応え、即座に崎田が動き出す。黒覇が増援に好意的なのは成る程、社員を退避させるこの機会を待っていたからであろう。
「さて、しかしそれはそれとしても……逆凪がアークに撃墜(スコア)で負けるのは許されんな」
「おうともよ」
 黒覇の言葉に邪鬼が獰猛な笑みを浮かべた。
 打てば響く悠里や福松の軽妙な軽口に気を良くしたのか、幾らかの皮肉にもむしろ黒覇は笑みを浮かべていた。
(然り。想定の内としか言えんな)
 フェイスレスに言わせればここまでの展開は計算通りだ。
 彼が逆凪の覇王に下した人物評はこの状況を肯定している。
(黒覇は合理主義だがプライドが高い。そして人物的審美眼に極めて長ける事は間違い無い。
 例え愚弟を通して売られた恩でも、程々の値で買い捌いてくれるだろうな)
 時と場合によるが、彼は使えるものは使うタイプだ。持ち合わせる王者の誇りを傷付けたりしない限りは――『付き合えなくは無い隣人』足り得る。それが本作戦を本部に決意させた最大理由なのは言わずもがなだ。
 エベレストよりも高いプライドを持ち合わせる彼は現況にさえ支援を必要としていないのだろうが、プライドの高さと合理主義は黒覇の中で拮抗した属性だ。勿論、有能な者を好み、有為な人材を大事にしたがるその癖も、アークにとっては十分に計算の内に入る。
「王は荒れた大地を作るより、豊穣の地を作るべきだよね。
 王を自認するなら、逆凪だけじゃなくて世界全体を富ませる方法を考えない?」
「それならお手伝い出来るんだけど」と言った悠里に黒覇は「考えておこう、設楽悠里」と応じた。
 激戦はアークの介入を切っ掛けに徐々にその状況を変えつつあった。
「あーあ。いい所見せようと思ってたのに、アークかよ。こりゃ勝っちまったな」
「逆凪黒覇。貴方に語る意味があるかは分かりませんが――」
 退屈そうに言った晴臣をちらりと見やり、新手(アーク)に色めく直刃部隊と交戦しながら悠月が言った。
「――凪聖四郎の計画の根幹は『ここ』です。
 彼は切り札を用いて貴方諸共アークも撃破する心算でもあるようですね。
 我々が此方に来たのは聖四郎の策の根幹を崩壊させる為の効率的手段と考えて頂きたい」
「敵はこの後にもさらに本命が控えているようです。ご注意を」
 悠月、セラフィーナに黒覇が溜息を吐いた。
 会話の間もリベリスタは迫り来る敵を睥睨し、黒覇は余裕を崩さずに集中攻撃を捌いている。
「不肖の弟ながら、自信家が過ぎるな。誰に似たのやら」
「格は違うがよ、そりゃ兄者じゃねえのか?」
 唸りを上げる邪鬼の拳が間合いに衝撃を走らせ、強烈なインパクトに前方に展開したアザーバイドが爆ぜ飛んだ。
 やや突出して攻撃を浴びた彼を、すかさず捨て目を利かせたフェイスレスがカバーした。
 邪鬼本人はそういった状況に気付いていないが、目で頷いた黒覇の方は別だろう。
 故に彼はこれで良い。売れる恩は売っておけば『アレ』を強請る位は可能にもなろう。
「――尤も、うらなりのは『無謀』だがな!」
 邪鬼は頭のいい男では無いが、確かにそれはそうだった。
 多くの人間が指摘した通り、聖四郎の計画は決して分のいいものでは無かった筈だ。
 彼が標的とした血を分けた兄は余りにも高い壁で、同様に。敵に回してはいけない存在(アーク)を敵に回さざるを得なかった彼の状況には限界があった。だが、裏を返せば聖四郎にはそれだけの覚悟があったという事だ。
(聖四郎は――本来最も逆凪に遠かったかも知れんな)
『各務イスカ』という名前を頭の隅に浮かべた黒覇の怜悧な眉がほんの少しだけその角度を変えた。
 それに気付いたのは――彼をじっと見つめていた海依音だけだったかも知れない。
 防戦から正面衝突へ姿を変えたぶつかり合いは猛烈なまでに互いを削り合う戦いを織り成した。
「引き際を誤れば――高くつくわよ?」
「元より退路は無いものと考えている」
 ティオに応える天正の目には忠誠心。若き主人に殉ずるその決意に燃えている。
「大層な決意ね。なら――話は終わりだわ」
 恵梨香の厳然とした言葉が空気をより一層の緊張に引き締めた。
 彼女の織り成す魔術は破滅的な威力で敵陣を薙ぎ払い、暴れ狂う。
 人間を超越したアザーバイドが絶叫し、辛うじてこれをやり過ごしたフィクサード達が襲い来る。
 晴臣が恵梨香の前を塞ぎ、魔獣の爪牙を弾き飛ばした。
 黒覇、アーク、佐伯隊。何れも強力で、何れも強靭だ。この場を譲る心算は無い。
 ならば、互いの矜持をかけた戦いは決着までの最短距離を突き進むのみだった。
「清らの水で悪しき者を祓いたもう!」
 せおりの放った運命の清流が敵の威圧を押し流す。
「聖四郎の右腕を倒すのは僕だけじゃ厳しい。あの防御を貫けるのは力に秀でた邪鬼さんだけだ」
「は、任せとけ――!」
 悠里と邪鬼が天正等と激しくぶつかり合った。
「じゃ、スピード勝負ね」
「負けませんよ!」
 ライトファイターの競演を見せる晴臣とセラフィーナに、
「速ッ!?」
「――フッ!」
 唯速いという事においては出色の鷲祐が参戦した。
「それはそれで、興味深い所でしたが――」
「――何、我が牙が剥くのは今日は諸君ではない。それで良いではないか」
 美しき魔術――白鷺結界の冷気で間合いを包んだ悠月に黒覇は大笑した。
 彼女は十分に気をつけてこの攻撃を運用したが、黒覇は敢えて受けた所があった。
 なれば、悠月とて魔術師だ。
「お仲間も期待しているようではないか」
 黒覇が水を向けたティオやフェイスレスといった魔術師組と気持ちが違うとは言い切れない。
「『こうすればより良くなる』」
 白鷺と黒鷺が舞い踊る瞬間はアークと逆凪の共闘の象徴のようであった。
「お見事……!」
「さしずめ、『黒鷺血界』といった所か?」
 如何に多数の部隊を用意しようとも、それが精強なる兵達であろうとも。
 この場で佐伯隊に立ち塞がるのは――やはりそれを圧倒した者達であった。
「付き合わせたな」
「いえいえ。結構、楽しかったですヨ」
 鈍り始めた自軍の戦力を察知し声をかけた天正にトオコは笑顔のまま頭を振った。
「此方は、残る」
「私は――」
「――残る戦力を纏めて退け。まだ我々は負けていない」
 天正の言葉にトオコは珍しく難しい顔をした。己を騙せない嘘に何の価値があろうか。
 しかし、彼の気持ちも分からないでは無い。この戦いは命を賭けるに十分な価値はあったが――
「そうですネ。プリンスの方に――戦力を残さないとですからネ」
 ――トオコは「感謝する」と告げた天正の言葉に敢えて応えなかった。
 直刃の死兵はかくて、逆凪・アーク連合軍と猛烈な死闘を繰り広げた。
「さあ、来るがいい。アーク、そして――逆凪よ!」
 凪聖四郎の頼んだ第二の矢は――折れずに貫かんとそう吠えた。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 YAMIDEITEIっす。

 案外いいチームを組んで信頼のある戦いが出来ました。
 物理的に大きな声で情報を(一方的に)届けるというのは名案でした。
 佐伯天正は死亡、誰花トオコは退却しています。

 シナリオ、お疲れ様でした。