●雪祭り! 「……つまり、行ってみたいという事」 等と『リンク・カレイド』真白 イヴ (nBNE000001)は供述した。 三百六十五日、殆ど気の休まる暇の無い万華鏡の姫君は、個人的感情の見え難いタイプである。そんな彼女がふと漏らした『我侭』は日本の冬の代名詞の一つである北海道の雪祭りに参加する事だった。 「そう言われれば何とかするしかないわな」 我が意を得たりの『戦略司令室長』時村 沙織 (nBNE000500)が、うんうんと頷ければリベリスタ達は彼が自分達に何を言おうとしているかを即座に察した。つまる所、御同伴の募集という訳だ。姫の護衛と、多分に福利厚生的な意味合いもかねているのだろう。 「北海道は雪祭りの他にも…… まず飯が美味い。景勝地が山程ある。スキーも牧場も温泉もある。 ま、行きと帰り以外は思い思いに過ごせばいいんじゃねえか」 「死ぬ程寒ぃけど」と付け足した沙織はその後に――そこに居る珍しい顔にも視線をやった。 「ところで、マダムはどうしてここに?」 「行った事無いわ」 「はぁ」 「私も、札幌に行った事は無い」 真顔でそう言ったのは所用でアークに訪れていた『ラピスアイズ』シトリィン・フォン・ローエンヴァイス (nBNE000281)その人だった…… |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年01月31日(土)23:11 |
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■メイン参加者 12人■ | |||||
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●北海道 沖縄県が日本の南国だとするならば、北海道は日本の北国である。 沖縄が亜熱帯地方に分類されるのと同じように、北海道は冷帯に位置付けられている。 本州を中心とした国土の殆どが四季折々をかなり色濃く反映する温帯である日本列島にとって、その成り立ちを含め、異国情緒を十分に味わえるという意味では、これ等の場所に人気があるのは当然であると言えるだろう。 「うひー、寒いな。北海道、静岡とは一味違うぜ」 「流石に冷えますね」 「……気温に関して言えば静岡完璧だ」 「ええ。でもヨーロッパは基本的に寒いからね」 新千歳空港に専用機で降り立ったアーク御一行は、猛やリセリア、沙織とシトリィンのやり取りが示す通りのまず気温の洗礼に驚いた。 「札幌に行った事が無い者も居る故に此度の計画が立ったか。 かく言うわたくしも札幌には行った事が無かった」 「うむ、何事も見聞を広めるのは良い事だ」 「仰る通りです。此度は司令も御参加なされると伺い、僭越ながら私も御一緒をと」 「宜しく頼む」 一礼したヒルデガルドに貴樹が鷹揚に頷いた。 元々の発端はイヴが北海道旅行を望んだ事なのだが……気付けば話はもう少し大きくなっている。 リベリスタ稼業には休みらしい休みは無いが、フォーチュナ――それも万華鏡の姫君ともなれば尚更だ。少女にハッキリと負い目を持つ沙織が、珍しく願いを口にしたイヴの我侭を全力で叶えるのも又必然という事か。 かくて有志の参加する慰安旅行の風となった本イベントは、前線に立つ一線級のリベリスタから、裏方までそれなりの所帯でアークを北海道へと運ぶ事となった訳である。 参加者達はめいめいに目的があるようで、行きと帰り以外は全員が同道する訳ではないが、それでも見た顔達との旅行である事は間違いない。他人に対して不器用な所はあるが、決して人間が嫌いな訳ではないイヴにとってもこういう旅行は『気楽』であると共に『楽しい』ものになるだろう。 「イヴたんイヴたんうひょおお! 雪まつりだからね!寒い時の恰好をちゃんとしないとだめだよ! はい! ウサギ帽子に、ウサギマフラーに、ウサギ手袋! コートとかはちゃんと着てるよね? それともお兄ちゃんのコートでも着せようか? うーふーふー! なんならお兄ちゃんが抱っこしてむぎゅむぎゅしてあっためようか!」 「竜一、怖い」←迫真 ……多分、間違いない筈である。 「珍しい顔だな」 「温泉に、一人で浸かりに来た、よ。激戦続き、でたまには、傷を癒さないと、ね」 「成長したな。素晴らしい」 「……束の間、の休息だとしても、次なる闘い、に望む為に、身体のメンテナンスはきっと必要な事……」 茫洋とした瞳は何処か眠たげだ。うんうん、と頷いた天乃の頭に沙織はポンと手を置いた。 他意無く『そういう事』をしがちな男ではあるが、彼の声色は軟派な態度とは裏腹に割合真剣なものである。 「……お前の場合は本当に頼むぜ。無茶し過ぎなんだ」 飄々としたクールな男を気取る沙織だが、案外苦労性なのはアークの面子の知る所である。 『若い頃』の悪童ぶりは音に聞こえてはいるものの、三十路過ぎの沙織は成る程、気配りの人であった。 「室長も、楽しんで下さいね。くれぐれも『気は抜き過ぎない程度』に」 まさかすすきのに行くようなタイプでも無かろうが、恵梨香が慣れた調子で釘を刺した。 「お前は気を抜きなさいよ」と切り返された彼女の視線は平和な日本の休日には不似合いに鋭い。周囲を必要以上に警戒するのは殆ど職業病だが、以前土御門ソウシなるフィクサードが沙織にニアミスしたのも無関係では無いだろう。 「この後はどうするんだ?」 「ああ、それについては迎えが――」 貴樹に応えた沙織が、一行に向かってくる人影に目をやった。 「会長、専務、お待ちしておりました」 「いいタイミングだ、平社員」 冗談めかして沙織が言葉を投げた『平社員』はアークのエースたる快である。時村グループのツアーコンダクターとして、時村貴樹会長や時村沙織取締役専務、他客人の観光を手配する等、現地対応を仰せつかった彼は、すっかり大学生色も抜けた一端の社会人である。 「悪いな」 沙織の『悪戯』を察したのか苦笑して詫びた貴樹に快はむしろ胸を張った。 「いいえ、これも仕事です。商社マンは何だってやるんだ」 空港には既に数台ものリムジンバスが手配されていた。 時村物産の鋭意を尽くした事前リサーチの成果は快からの配信情報に集約される。 『顧客』の満足を得るという意味では、確かにこれは仕事にも通じる所があるのだろう。 「ククッ」と意地悪い笑みを見せる沙織が『若手の教育』でやったのかどうかは、彼のみぞ知る所なのだが…… 「ああ、でも会長。一つだけ独り言を言うならば……」 「うん?」 「雪が綺麗ですよね、北海道。 後で、弊社の会長や専務が酒に付き合えって命令してくれないかなー」 ●温泉 「……生き返る」 月並みな感想だが、言葉が無意識の内に唇から滑り落ちるならば、それはそう言う他無い事なのだろう。 普段の長いツーテールをアップに纏めて頭には手拭いを乗せている。 肩まで湯に浸かった少女は、戦いの時ならぬ平穏の時間に珍しくその表情を綻ばせていた。 (水着、とか着てると、あんまりお風呂に入ったって気がしないし、ね) 解放感のある大浴場は大層広いが、アーク一行の貸切の体だった。 「あー、まー、きょーは、えー、はぁー」 騒がしい桃子やら誰やらも唯ぼーっとこの時間を楽しんでいる辺りは、如何に温泉が偉大か知れようものだ。 (肩まで浸かってゆっくりリラックス……こうしてるとお酒が欲しくなるけど) 眠たげな天乃の瞳がもう少し胡乱なものになる。 だが、酒は北海の味と共に楽しむのも悪くは無い――そう思い直せば楽しみの機会が増えたようなものである。 先述した通り、沙織はあれで気配りをするタイプである。 彼の気配りは時に『おせっかい』と呼ばれたり、『悪ふざけ』と称される事も多いが…… 良きにつけ、悪きにつけ、他人を先回りする所がある彼の性質は……歳若いカップルを弄る時、最大限に発揮される。例えば、そう。拓真と悠月の部屋を部屋付き露天温泉がある部屋にする等の行為である。 「感謝だな」 「ええ」 ……だが、歳若いとは書いたが熟年夫婦並の空気感を持つ二人には初々しい混乱は期待出来よう筈も無い。 宛がわれた特別室を涼しい顔で楽しむ二人は、外の寒気と湯の温もりの両方をたっぷりと堪能していた。 「つい先日、他の皆とも旅行で行ったがやはりいい物だ」 「風情がありますね。雪国の温泉というのも、なかなか良いもの」 ちらつく雪に、銀色の世界は臨むロケーションとしても格別だ。好きな相手と一緒ならば殺風景も薔薇色なのだから……元が極上ならば、それ以上は何と表現して良いのやら。 「今度は夏栖斗と紫月でも一緒に誘うか」 「……あの二人は……ふふ、そうですね。それも良いかもしれません」 悪戯気な悠月の笑みは涼やかだ。 彼女の言わんとする所は……敢えて言わぬが華だろう。 唯、この優しい姉は不器用な妹に『一緒に居る相手が出来た事』を喜び、感謝してもいる。 二人はどちらかといえば静かな方だ。時折降りる静寂は、しかし居心地の悪い時間ではない。 ――愛しているよ、悠月。 囁く程度に彼女を撫でる彼の声も、一層その耳に際立つから。 ●雪祭り 「……凄い」 イヴの言葉は彼女からしても非常に端的なものになったが、それ以上咄嗟に出てこなかったというのが正解だ。 「大きい……」 彼女の視界の中には見上げんばかりの巨大な雪像達が並んでいる。 「雪だけじゃなく、氷の氷像とかもあるらしいね。 一緒に見て回ろう。混んでそうだから離れちゃまずそうだし、お手手はなしちゃダメだよ! うふふー!」 竜一の手を取ったイヴが真顔で「肩車はいい」と断定的に念を押した。 「雪像とか、一度は作ってみたいと思ってたんだよな」 「……作るのは……大変そうですね」 後ろから自身を抱きすくめる猛にくすぐったそうな顔を見せたリセリアが微笑む。 (小さくて簡単な物なら、まあ、作れるのかな? Schneemannの親戚のような感じだろうか…… 此処まで本格的な物は、流石にドイツでも見た事は無かったかな) キャラクター、前衛芸術、意匠の建物、エトセトラ…… 冬のアーティスティックと言えば、札幌の雪祭りは全国的に有名である。 一級の技術を持つ人々が晴れ舞台にその力を尽くす雪像の祭典。やがては溶けて消え失せてしまうからこそ、儚い美しさは人々を魅了し、その芸術性に酔いしれさせる。 かれこれ六十年以上の歴史を持つとされる大イベントが元は地元の子供達の企画だったとは俄かに信じ難い。 ハイ・シーズンとは言えない冬の北海道にて大きく気を吐く祭典は流石の人だかりを見せていた。 「どれ、今度はあちらを見てみる事としよう」 「は。成る程、この祭りはこう楽しむものなのですな」 ……一般人に時折サインや写真撮影を強請られる『元・政界の大物』が若い(そう見える)ヒルデガルドと腕等組んでいる様は、何とも時村の血筋を感じさせる光景ではあるのだが……それは余談。 閑話休題。 「御案内出来て光栄『です』。まぁ、こちらも札幌に来るのは任務以来ではありますが」 「ありがとう」 「買って出てくれて助かったぞ」 海外からのゲストであるローエンヴァイス夫妻のエスコートを買って出たのは珍しく丁寧語を使う影継だった。 考えてみれば彼もこの数年で随分成長したものだ。彼等『オルクス・パラスト』に影継が特別な感謝を抱く理由は、今はもうここには居ない一人の男の影響による所が大きいのだが。 (そうだ。あの男はアークの――俺の指針でもあった) セバスチャン・アトキンスという男が居たからこそ、アークは今日の栄光を得る事が出来た。 今や『ヴァチカン』にも並ぶとさえされるこの箱舟が一人歩き出来ない頃から、彼はそこに居たのだから。 「改めて、感謝を伝えたかっただけです」 「感謝、か」 シトリィンは雪像を見つめて影継に相槌を打った。 「ええ、感謝です。返し切れない程を頂いた。そして、失くさせた」 「……そうね。でも、アレはそれでも本望だったと思うわよ」 シトリィンは言った。「お互い様よ」。 それは恐らく自身の復讐戦に付き合い、居なくなったアークのリベリスタの事を指しているのだろう。 シトリィンは一つ、咳払いをした。セバスチャンに対して彼女が殊更にあれこれを述べないのは、きっと言えないからなのだろう。言えば、想いが安過ぎて。 「……そういえば」 影継はふと思い立ち、静まる空気を攪拌した。 「お二人の馴れ初めは、一体どんな話だったんです?」 「おお、それはな」 嬉々として話始めたセアドにシトリィンが珍しい赤面を見せた。 「シトリィン様、セアド様」 「お、ローエンヴァイスご夫妻。雪祭り楽しんでますか?」 「……増えた!?」 「……? 何の事でしょう」 「おお、それはな」 見知った顔(たけるにりせりあ)が増えればシトリィンはもっと困った顔をした。 美しくも残酷なこの世界は、やがては溶け消える雪のアートのようである。 誰しもが、涙なんて望んでいないのに。誰しもが、涙なくしては生きていけない。 選択は時に残酷で、結末はそれに倍する。だが、誰が悪いという訳でも無く――責める事さえ出来はすまい。 「やあ、久しぶりだね」 「しのちゃんも札幌きてたんだ。えっと、方言ではしばれるって言うんだっけ? 寒いの」 「別に北海道出身じゃないよ」 夏栖斗としのぎの軽快なやり取りは何処か上滑りだ。 何となく同道し、雪像を見て回り、二人は久し振りに二人きりで結末(さき)の分かり切った時間を過ごした。 「あー、そだ、えっとさ」 恐ろしい程の予定調和。恐ろしい程の相互理解。一つの予測も外す事は無いだろうに。 「もう、僕は大丈夫だよ。ちゃんと好きな子、できた。 ……まあ、こじりのことを忘れたわけじゃないけど、でも。すこし、前に進むことはできたよ」 「そっか、それは、良かったよ」 少年の胸をチクチクと痛ませるその台詞だからこそ、少女は何事も無い事のように受け止めた。 「それじゃ、私となんていないで、彼女の所へ行かないと」 「あ、……うん、そうだね」 そう告げたしのぎの感情はどんなものか。それ以上を答えられなかった夏栖斗のそれはどうだったのか。 恐ろしい程の予定調和は、言霊は。一つの逆凪を産む事も無く雪の風景に相応しい終わりを刻んだ。 「は――」 しのぎは空を見上げて白い、白い息を吐く。 夏栖斗の背中が見えなくなった頃、振り向く事無く声を投げた。 「……結構、悪趣味だよね」 「心配しただけ。大人の目は案外、誤魔化せないもんだ」 しのぎは「そっか」と呟いた。振り向かない彼女は沙織に告げる。 「過去に行った時に色々思い出してね」 「……ああ」 「私はもうしのぎさんでは居られないのだけれど、今はもう、そっちの方が心地良いんだ」 「だから、清算しに行かないといけない」。「暫く暇を貰うね」。彼女は言う。 もう一度「ああ」と頷いた沙織をしのぎは振り返った。 彼女の美貌には満面の笑顔。少し、疲れたような――でも後悔の一つも無い笑顔があった。 大して関わりのあった二人では無い。だが両者間に流れる空気は、そういう風情でも無い。 何故か。問う事は愚かである。魂は連環し、運命は遠くとも結び付くものだから。 「次、会った時にはダンスでも教えてよ」 叶わない約束でも、帰る場所はあるのだと信じたい。 「時は止まらない、だからこそ、美しい――ね?」 沙織は「仰せのままに」と芝居がかって一礼した。 「『お前』の事、結構好きだったよ。少なくともいい女だとは思ってたぜ」 ヒラヒラと後ろ手を振って歩き出した沙織は言葉が過去形になるのを少しだけ残念に思わずにいられなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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