●第三楽章 ――――これが最後の惨劇ならば、喜んで道化となり果てよう。 ●静かに終わる世界 年の暮から年明けに掛けて、北半球の彼方此方で謎のオーロラが目撃された。 日本に於いては地方新聞の三面記事。或いは電子新聞の1リンクとして報道された怪奇現象。 ただ綺麗なだけの。ただ不思議なだけの。ただ神秘的なだけの出来事として。 気象庁を筆頭に、一部天候と自然科学に纏わる学者達は揃って首を傾げたが、 彼らが本格的に動き出す頃には、何もかもが既に手遅れになっていた。 ●天鎖結界・蜘蛛の糸(ワールドエンド・ネットワーク) 「準備は出来タネ。あト少しダケ、供物が足リない様だケド」 『道化師』の男は空を仰ぐ。 「世界中の空には“黒死片(ゾンビパウダー)”が蔓延してる。 唯の人々を夢の中に閉ざすだけなら、もう十分だよ?」 応じた『天使』が楽しげに継ぐ。 この世に生み出された物質は変質しない限り永遠にこの星を循環している。 それは破界器にしても同じ事。極小の、粉末状の物であれば尚更だ。 雨に乗って海に流れ、蒸気と共に空へ上がり、既に死の黒き灰は世界中を巡っている。 唯一人の「所有者」を意地したまま、この地球と言う星全てを包んでいる。 まるで、有形不可視のネットワークの様に。 「態々この国に潜リ込ンで、『黄泉ヶ辻』と交流ヲ持った甲斐ガ有った訳だネ」 「彼が一番死生剣と相性が良いって預言書に出てたからね。実際、好都合だった訳だし」 フィクサード組織『救世劇団』に』よる『人類救済』。その6つの鍵の1つ、黒死片。 その製造がアークと同じこの極東で行われた事は運命的であるとすら言える。 使えば使うほど量を増やす、“死の粉”。 それが使えなければ計画は大幅な見直しが必要になる所だったのだから。 「むしろ、それを言うなら何で君生きてるのさ」 胡乱気な声で問う『天使』に、『道化師』は大仰に肩を竦める。 「サァ? 運命が捻ジ曲がッタ結果ダロうサ。まァ、お陰デ僕はコノ幕を預かレタ訳デ」 「代わりに『屍操剣』が死んじゃったじゃん。予定じゃ彼がこの位置だった筈なのにさ」 彼らだけが知る“正史”。皮肉を投げ合う両名は揃いのタイミングでくつくつと笑う。 “―――仲が良いのは結構じゃがな。妾の舞台に余禄を増やすなど承知せぬぞ” 響いた声は、天使が手にしたコンパクトから。 鏡の中は“別世界”だと言うのに、ついに世界を跨いで声を届けられる所まで“成長”した、 生まれながらの『支配者』の声は何所までも何所までも冷たく響く。 「うわあ、恐い。何あれ、同族とは思えないね」 「ハ、ハ、ハ、分かッテるサ姫様。待たセたネ、漸く出番ダ」 愉快気に笑う『道化師』を余所に、『天使』が首を竦めてみせる。 それもその筈だ。この場で『支配』の姫の恐ろしさが真実理解出来ているのは、 恐らく彼女の姉妹とでも言うべき『天使』だけなのだろう。 “……ならば、良い。流石の妾も少々飽いた。幾ら力を研ぎ澄まそうと、それだけではな” 育ちきったエリューションが知性を保っている。 それは、世界その物の基本法則に対する叛逆に他ならない。 「『黒屍片』、『運命の樹の根』、『預言書』、『宝貝』、それに『楽園失墜』。 これダケ揃えテ敗ケたら――本当にモウ喜劇も良い所ダからネェ」 「ああ、今回は使わない心算なんだ? 『運命の樹』」 面白がるように問う『天使』に、珍しくも笑いを混ぜず『道化師』が片目を閉じる。 「勿論。僕ト彼らノ戦いニ“余禄”の入ル余地はナイ。 ――世界ヲ護る英雄は、彼ラが裁き続ケタ者のノ手によっテのみ堕チルべきナノさ」 携えているのは七本のナイフ。一度は壊れた不運の七(アンラックセヴン) 『破界器製作者』を写し取った『千貌』によって応急処置はされているが、 いつ壊れるかも分からない。けれど“不運”と共に勝ってこそ『道化』の悲願は果たされる。 「君達は本当に、どうしようも無く、不器用だねえ」 「いやァ、女神の分身デある君にダケは言わレたく無いネェ!」 運命に祝福された『救済』のE・フォース。 それが天使の姿を以って生み出されたのは、彼女なりの不合理の賜物だろう。 そして『天使』が汚れ仕事を進んで行うのは、戦う力を持たない“神託の聖女”の理想であるが故。 「ああ――うん。まあ確かに全くだ」 それを知ればこそ。1人と2柱は罪を重ねる。 悲劇を積み上げ、絶望を搾取し、供物を捧げて永劫の奇跡を乞う。後悔など有りはしない。 これを世界最後の悲劇とする為に。己が痛みと喪失の全てを以って――笑いながら惨劇を成す。 全ては、平等なる救済(シャッフル・ハッピーエンド)の為に。 「ソレでハ喜劇を始めヨウ」 ●英雄証明 《 ――――やあ聖櫃を担う英雄達、ゲームの時間だ 》 アーク本部、ブリーフィングルーム。 モニターに映し出されたその男の顔を見た時点で、説明など無くとも分かってしまう。 3度目の――そして恐らくこれが最後の、“挑戦状”が届いたのだ。 『リンク・カレイド』真白 イヴ(nBNE000001)が一度両目を閉じ、言葉にする。 「……生きて帰る事が第一目標」 万華鏡が示したデータを一瞥し、リベリスタ達に指し示す。 フィクサード組織『救世劇団』。 そして、フィクサード『バッドダンサー』。 恐らく、現在アークが抱えている案件では突出して古株である凶悪なフィクサード組織。 アークの戦果の裏側で、死んだ歪夜の使徒達の協力者を取り込み続けた″西の災厄” その先鋒であり、全ての発端であり、″誰よりも多くの人間を不幸にした”仮面の道化師。 歪夜の使徒と、彼らが奪った『聖杯』と対するのに、これ以上の障害は無い。 「でも、今回の最大敵対戦力はこれじゃない」 変化するモニター表示。映されているのは一見すると人間に見える。 大学生程の、女性。特徴と言えば全身に鎖を纏わりつかせている事と…… そして、同時に表示された昨今滅多に見ない革醒侵度(フェーズ)だ。 《 君達も御存知の通り、こちらは力を持った革醒者の″死″が欲しい 》 「E・フォース『縛鎖姫』、現在フェーズ4……貴族級。まだ成長中」 しかし、表示には揺らぎが見える。あくまで“現在はフェーズ4”と言う状態だ。 最悪。即ち、例えばこの戦いで敗北でもした場合―― 「間近にフェーズ5が見えてる。上に、どうも理性が残ってる」 この世界の常識として、フェーズ3に到ったエリューションからは理性も知性も失われる。 それが当然で、平常であれば例外は無い。 だが、余程特殊な生育環境に置かれたのだろう。件のE・フォースは“壊れていない” 根本的な話として、単純戦闘能力であればエリューションは革醒者を凌駕する。 その上知性が残っているとなると、脅威度は半端なフィクサードの比ではない。 本来であれば、1チーム10名全員が相対して漸く5分5分、と言う埒外の敵だ。 「それ以外に、フィクサード『バッドダンサー』シャッフル・ハッピーエンド。 フェイトを持つE・フォース。識別名『天使』が現場に居る事が分かってる」 完全に、パワーバランスとしてオーバーフローだ。ただ打破するだけが現実的とは言い難い。 「だから、援軍を呼んだ」 《 今回は人質もとって無い。正々堂々力比べと行こうじゃないか 》 ――モニターの声を遮る様に、ブリーフィングルームの扉が開く。 入ってきたのは見た目30代と思わしき白い法服の男。 その腰には二本の剣を帯びており、その体躯は真剣の如く一分の隙無く鍛え上げられている。 「厄介事に巻き込まれたと聞いた。義により助勢する」 『二代閃剣』、常盤総司郎。ナイトメア・ダウン以前のリベリスタであり、 “矛盾する過去”によって救われた二刀剣士である。 その力はアークのトップリベリスタと並べたとしても決して劣る物ではない。 「多分、今回みたいな戦いだと……地力が無いと足手纏いになるから」 オルクス・パラストの『絶対執事』が居た頃であれば、彼に助力を請う事も出来たろう。 けれど、現在のアークに於いてその水準のリベリスタはもう決して多いとは言えない。 適者生存の結果として、歴戦の勇士は貴重なのだ。だからこそ、此処が限界点。 「『閃剣』を含めた11名。これで決着をつける」 相手は悪辣さでは“世界最悪”に匹敵すると称された“災厄の道化師(バッドダンサー)” 安堵出来る様な戦力とは到底言い難いが、これ以上を割くこともまた難しい。 《 以前の戦った空き地で待ってるよ。当然、来てくれるだろう″英雄諸君”―――― 》 「負けたら、世界に多大な悪影響が見込まれる」 今だかつて遭遇した例の無い、フェーズ5。不死級。 そんな物が現界すれば、崩界の侵攻度が後戻り困難な域に達してしまう事は凡そ間違いない。 で、あるならば。これは例え1チーム規模であったとしても、 紛れも無く“世界を救う為”の戦いだ。 「生きて、勝って」 背を押す声は何時も通りに。決して何時もと同じではない。 《 ――――世界を賭けて、決着をつけよう 》 "3度目の惨劇"が、幕を開ける。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月 蒼 | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年02月07日(土)22:36 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●灰色の戦い 幾つかの戦い、幾つかの死闘。そして最悪の敗北。 その舞台はまるで時から取り残された様に変わらず在り続ける。 三高平市内、映画館跡。中央には3つ。そして入り口には11の影。 「縛鎖姫もバッドダンサーもお久しぶりやね」 『十三代目紅椿』依代 椿(BNE000728)が足を止め、口火を切る。 彼我の距離は50m超。遮る物は何も無い故に声は朗々と響く。 「ヤぁ、久しブリだネ『絶対静止(レッドシグナル)』。また逢エテ光栄だヨ」 「何じゃまだ生きておったのか。存外しぶといの、小娘」 鏡を映す様に、椿に良く似た風貌で、風体で、表情で、けれど決定的に違う。 冷めきった眼差しを向けながら『縛鎖姫』が薄くと笑む。 「……これでお互い会うのが最後やと思うと清々するな」 「そうさの、今は唯一の汚点が消える事を寿ごう。さあ疾く死ね、妾が赦す」 睨む様に細めた椿の眼差しは真剣の鋭さを思わせて、 鎖の姫の周囲をゆらゆら漂っていた鎖が蛇の様にゆっくりと鎌首を擡げる。 「シャッフル・ハッピーエンド。色々あ ったけど"彼"と会えた事だけは感謝してる」 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)が進み出る。 首を傾げる『天使』を他所に、対す道化師は仮面の無い片目を細めたか。 「オや、一皮剥けタネ『守護神(デイアフタートゥモロー)』。 今の君ノ眼は"彼"に良ク似てルヨ。ハ、ハ、ハ、不可能に立チ向かウ殉教者の眼ダ!」 自らの理想と相対し、自らの希望を否定され、一度は敗北すらした。 無自覚に抱えた矛盾は、それまで普通で在り続けた彼にとって大きな壁であったろう。 けれど、快はその先に在る光を信じた。自らの理想が敷いた道を、繋ぐ事を願った。 今彼は守護者として、過去大勢を犠牲にした最悪の戦場に立つ。 護れる者を護る為により良い明日を願う 、理想を継ぐただの人間の1人として。 「己を曲げられない者は早く死ぬ。貴方はその典型かと思っていましたが」 『黒と白』真読・流雨(BNE005126)が淡々と告げると、 『バッドダンサー』の瞳が其方へ向く。見慣れない、見知らぬ人形の様な女。 けれど己を曲げられぬが故に早逝する短命の一族を、彼は知っている。 血風を纏い死線を駆け抜け続けた、鮮血の海で足掻く欠陥品の群――――紅涙。 「概ネ全滅しタと聞いテタんだケド。逝キ残りが居タんダネ」 「それが問いなのであれば、いいえと。私は別に死にたがりの心算は有りません」 淡々と応じる娘の容貌には喜びも無ければ怒りも無い。 ああ、だがそうであれば女が“纏う”死臭は、言葉を紡ぐ時覗く牙は何者の物か。 「とは言え――これも一つの縁ですか」 秘めた熱は餓えた鮫にも劣らない。喉を鳴らした道化はその両手で短剣を抜く。 「優しい夢も、まして悪夢も必要ない」 その動きを察し、『境界線』設楽 悠里(BNE001610)が進み出る。 「知る必要がないのなら、知らなくて良い事はある」 「ソレを知ル君に、選別スル権利なんカ有るトデモ?」 一部の人間が覆い隠す、嘘で、欺瞞で、虚幻で、真実を。 知らぬ方が良い等と言うのは強者の論理だ。嘲笑う様な声を悠里は睨み返す。 「全ての人を神秘の理不尽から護るために、僕らは、その為にここに居る」 「護る? ハ、ハ、ハ、ハ、ハ、ソレこそ正二同じ穴ノ狢だヨ。 僕らト君ラはそックリだ。ツマりこウ言いタイんだロ? 隠すナヨ兄弟」 ――――無能な全人類ノ代わりニ選ばレタ僕らガ世界を護ッテやルって、サ。 続いた言に、悠里が奥歯を噛む。そんな彼の背を、落ち着けと言う様にぽんと手が叩いた。 「耳を傾ける価値の無い問答だ。心を冷やせ、燃やすのは闘志だけで良い」 『二代閃剣』常盤 総司郎。メンバー内では一回りほど歳上である男は対する三名を眺め、 そして最後に自らの真後ろへと視線を流す。 「さて風宮の娘、あの小娘は任せて構わんな」 小娘、と名指しされた『縛鎖姫』が瞳を細める一方で、 問われた『現の月』風宮 悠月(BNE001450)が目を丸くする。 「え、あ、はい。勿論。悪夢の再来とは大分趣が変わりましたが――」 『閃剣』と同じ戦場を駆けるのは初めてだ。気負う一方で興味は尽きない。 彼が師と仰ぐ人間の“本気”は、探求者である悠月にとって価値有る経験となるだろう。 「何せ、弟子の嫁だ。傷物にする訳には行くまい」 続いた言葉に、『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)が、一歩を踏みかけて躓いた。 一体何を言うのかと、視線を向ければ総司郎の側は何所吹く風だ。 「天使の小僧は任せろ。若者の露払いは年寄りの役目だ……なあ、『熾竜』」 振られた『無銘』熾竜“Seraph”伊吹(BNE004197)がサングラスを持ち上げる。 共にナイトメアダウン以前のリベリスタ。閃剣は師を喪いその業を継ぎ、 無銘は息子を喪いその縁を継いだ。その上で、問われたならば応えない訳にはいかない。 「ああ、これ以上奪わせはしない」 生かされて、ここまで来た。悪運も有れど辿った道程は危険と奇跡の積み重ねだった。 幾度も死線を潜った。義理の息子の仇を討ち漸く終わった。そう、思っていた。 その甘さが誰かから大切な物を奪ったと言うなら、ここまで生き延びたのは何の為か。 ――決まっている。 「今度は借りを返す番だ」 全てを清算する為に。今度こそ、“既に終わった妄執に終止符を打たなければならない” 「わあ恐い。逃げちゃいたくなるねー」 「そう言うなよ天使様」 『ピジョンブラッド』ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)が溢した言葉には、 沈殿し、澱む程に確かな感情が込められている。 守れなかったと言う後悔。祈れど届かぬ信仰への失望。 そして最愛の妹を奪っていった神と、『劇団』に対する研ぎ澄まされた怒り。 「神に祈る事はもう何も無い。けど、僕だって天使に憧れたことくらい有ったんだから」 どうか、貴方の為にその両手を血で汚す彼女を護って下さいと。 力無き自分の代わりに、祈りを捧げた時代が確かに有った。 ああ、だからこそ。今この手に戻った銃把はこんなにも冷たい。 祈るだけで何もしなかった。恐れるばかりで何も出来なかった。クズめ。役立たずめ。 その手に武器を携えたのは、血反吐を吐きながら鍛え上げたのは誰が為の力か。 自分への罵りなど絶える事はないけれど、もしそれすらも祝福だと言うのなら。 “嘲笑ってあげるよ、祝福されてしまった化物め” 毀れたのは祖国の言葉。その姿の向こうに、幼い日の己を見る。 ●誰が為の悪 「悪夢はここで終わらせる。僕が――『境界線(ボーダーライン)』だ!」 真っ先に動いた悠里の声に、応じる様に最前線を駆ける前衛陣がその動きをバラけさせる。 速い。並のリベリスタと比して。否、チームとして見れば彼らの速度は並外れている。 境界の拳士、黒と白の娘、双剣士の姉弟に月の女教皇。洗練された体捌きは見事言う他無い。 けれどそれらに在ってすら、一際異彩を放つ女が居る。 その瞳は一人しか見ていない。その拳はたった一人をしか求めていない。 「とことんまで……付き合ってもらう、よ」 追い掛けて、追い掛けて、追い掛けて。 幾度拳を交え、切り刻まれ、死の淵に立たされ、敗れ、痛み分け、ここまで追い詰めた。 『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ)』星川・天乃(BNE000016) 普段表情に乏しい彼女の瞳が、最狂の好敵手を前に爛々と輝く。 モノトーンの吸血鬼、彼女の良く知る『人間失格』の言に例えるならば―― 戦いに明け暮れ、死戦でしか生を実感出来ない人間が、得難い“敵”を見つけたのだ。 狂おしい程に、命すら惜しくない程に、それは或いは熱情にも似て。 「さあ、舞い踊ろう……『バッドダンサー』――――!」 対する悪夢の道化師もまた、この申し出は断れない。 彼女は英雄としてでなく個人として、戦士としての“彼”を越えようとしている。 それは英雄を殺す力であれ、しかし『バッドダンサー』にも己の力への自負位はある。 逃げる道を断ったこの戦い、ならば万全である今を於いてこの様な機会はもう無い。 「良いヨ、戯レテあげヨウ星川天乃。僕の『芝居(ダンス)』にツいテ来れルならネ――!」 ばらりと、7本の短剣が宙へと浮かぶのと『バッドダンサー』が距離を詰めるのは同時。 不吉の踊り手と、戦狂いの姫。拳と短剣が甲高い音を立てて交差する。 「では、此方も始めるかの」 他方、声を上げたのは鎖の姫。 待ち構える側である『救世劇団』の面々はそも初手に限れば自ら動く必要が無い。 護りの利。それを良く理解していればこそ姿を晒すのだ。 そして支配者たる『縛鎖姫』にとって、1手の優位は永遠を意味する。 ――だが、 「そうはいかない」 その前提はこと―― 「ここは僕らの、戦場だ」 “彼 ら に 限 っ て は 成 立 し な い” 「悪夢のような時間の牢獄で、救われる世界などあるものか!」 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)。 アークでも屈指の“指揮者”である彼女の手が、愛用の杖を指揮棒(タクト)の様に振るう。 速度を引き上げれば行動は粗雑になり、精度を上げれば手が遅れる。本来ならばそれが道理。 そして単体で彼らを完封し得る戦力であるフェーズ4。 現行世界で対するエリューションとしては破格たる鎖の魔女は、 付け焼刃程度の能力調整は嘲笑いながら上回る正真正銘の“怪物”だ。 「2年ぶりだね、縛鎖姫。」「毛も生えてないような小娘の相手に六代は不要です」 その並外れた速度を、モノトーンの境界線が喰い破る。 “2度の手番”で以って距離を一気に縮める悠里と流雨。 どちらかを撃てばどちらかを取り逃がす。接敵されれば面倒この上ない。 故に、支配の姫は決断する。なるほど、舐めていた事は認めよう。 けれど。 「妾こそは支配の理想。至尊は貴きが故に理解るまい、この鎖に死角など無い!」 10m、退きながら放つは第二獄層の呪鎖「アンテノーラ」。 高々精度の鎖の奔流は、悠里と流雨。反応に優れる両名の回避能力を、 更に雷音の指揮が引き上げてすら“拮抗する” 「――っ!?/――――!」 僅かな反応と幸運の差が結果を分かつ。 悠里に鎖が絡み付く一方で、流雨は間一髪これを裁ききる。接敵へ、一歩近付いた。 「……やるの、獣の分際で」 「では獣に蹂躙される姫君は、さぞ美味しそうに鳴いてくれるのでしょうね」 これが“理性を持つフェーズ4”という異形との極点の戦い。 例え世界トップクラスのリベリスタでも、運命に見放されれば瞬く間に“持って行かれる” 「――ちょ、多くない!?」 それぞれが戦端を開く中、明確に悲鳴を上げたのは『偶像天使』。 何せ『バッドダンサー』も『縛鎖姫』も味方を庇う心算など皆無だ。 リベリスタ側の優先順位が、そのまま直接敵と対峙する人数に反映されている。 「この世界は遊技場ではない。貴様達のゲームの舞台になどさせはせん!」 「この道は弱き者、力無き者の為に。善無く悪無く己が心に従い推し通る!」 一気に距離を詰めた拓真の居合いから端をなす抜き撃ちが空を斬り、 上から被さる様放たれるのは避ける事が馬鹿馬鹿しくなる斬撃の瀑布。 「リベリスタ、新城拓真」「リベリスタ、常盤総司郎」 「「――――罷り通る!」」 二条の双剣が閃く度に、白い羽根が宙空を舞い散りその体躯が血で染まる。 「っ、好き勝手やってくれちゃって!」 その風貌に痛みの色が無いのは、精神的生命たるE・フォースであるが故か。 子供の様に怒気を浮かべその両手に光が集う。 狙うのは動く気配無く後衛に居続ける2人、快と雷音。 敵3体中で純粋戦闘能力が劣る『天使』は、けれど火力だけならば頭一つ抜けている。 直撃を受ければ例え耐久力に長ける快でも唯では済まなかったろう。 “直撃を受けていれば” 「リリ……一緒に行こう」 この手は、誰も護れない。想いだけじゃ何も救えない。溢してばかりの出来損ない。 けれど君の銃技と僕の技。2人なら届く。天使にだって、神様にだって。 「僕らシュヴァイヤーの名の下に、地獄に堕ちろ」 放り投げた5枚のカードが一列に揃ったその一瞬。たった一発の銃声が響く。 怒りの矛先が自らに向いた事を見て取るや、ロアンは笑って裁きの雷をその身で受ける。 (Amen、ってね) 威力は絶大。体躯を奔った雷撃は確かに彼を打ち据えた。 だが、神の裁きなどで膝を付く何て無様――認められる訳が、無い。 「良く耐えた。そなたの覚悟は無駄にはならん」 そうして、立ち塞がるように立つ熾竜の背後。 其処には魔女が居た。光輝く杖をかざし、空に千年の呪詛を描く月の魔女が。 「――理解なさい、ここが貴方達の限界です」 5枚のカードが刻んだ五刻の呪い。 それらによって増幅された呪詛が殺意となって天使を切り刻む。 流石に墜ちる所までは行かずとも、満身創痍は間違いが無い。 何より、天使の体躯は石になっていた。これでは得意の飛行による離脱も使えまい。 けれどそこまでの満身創痍になって尚、天使の瞳からは戦意が消えていない。 誰かを犠牲にし続けなければならない、戦う力を持たない女神の理想。 『偶像天使』は、だからこそ自らを囮にする事を厭わない。 「……冗談。まだまだだよ」 ――祝福を持つ彼はE・フォースでありながら“フィクサード”でも有るのだから。 “消耗品”となる結末など、生まれた瞬間から覚悟している。 ●祝福無き獣 「成長したもんやなぁ……うちの元理想」 薄ら寒くなるほどに、その言葉には熱が無い。 行われているのは限り無く泥仕合に近い死闘だ。雁字搦めに体を縛る鎖が全てを物語る。 確かに、あの頃は“こんな自分”に憧れていた。 「遅い、遅い遅い遅い遅い遅い遅い――! たった2人で妾を止めるじゃと? 温い! 余りに生温い! 妾を「縛鎖姫」と知っての行いか、主ら如きでは役不足じゃ!」 悠里、それに流雨。彼らは強く、強過ぎた。 接近され、体躯を切り刻まれ、一見追い詰められた風の縛鎖姫だが、 彼女は結局の所1度でも2人を射程に修めた時点でその危険度が跳ね上がる。 無論それを警戒して互いに10mの距離を開いていた2人に対し、 縛鎖姫は“自分を起点として”第四獄層の縛鎖「ジュデッカ」を放つことで対す。 無論、自身もダメージは被っている。だが、接近戦中心の2人にこれは早々避け切れない。 「……なるほど、確かに貴女は“強い”けれど」 必要であれば自傷も厭わない。負う者は強い。それはきっと真理なのだろう。 持たざる者である流雨からすれば、“理想”の結晶と言うだけで弱い筈が無い。 それは至高の宝石に匹敵する筈だ。眩し過ぎて、目を逸らせない。 「……でも、それは間違った強さだ」 英雄に、なりたかった訳じゃない。 英雄を、目指していた訳でもない。 正義の正当性何て知らないし、悪の絶対性何て理解出来ない。 いつもいつも、自分の意志で戦いに挑む人達は彼らの正義を携えていて。 少し“違う”だけで殺し合う何て絶対におかしいと思っている自分が居る。 「力は、支配する為に有るんじゃない」 それでも、決して譲れない物が有る。 「路傍の石だからこそ、欲しい物だって有るのですよ」 それでも、無視出来ない欠落が有る。 「それを打ち倒す為に、英雄である事が必要だっていうなら」 「貴女を貶め、踏みつける事でそれが得られるというなら」 呪縛を、麻痺を、氷結を、身体を縛る呪いを乗り越える。 動きを縛り、時間を縛る、幻想の鎖が舞い踊る“支配の領域”を越えられなければ、 2人は、ここから一歩も進めない。 「……ああ、クソったれめ」 そんな2人を眺め、椿は強く奥歯を噛む。 力を研いで来た。これまで戦いに身を浸してきたのはこの時の為だ。 本当なら、自分が一人で決着を付けなければならない相手だった。 『支配の理想』――“絶対静止”の具現。幻想の縛鎖。顕現する停止の世界。 それを目の当たりにして、真っ直ぐに殴り掛かって行ったらどうなるか。 分かってしまう。足手纏いになるのが。悔しくない訳がない。無念でない筈が有るか。 「椿さん……」 「言わんといて、分かってるんやから」 声を掛けようとした快に、頭を振る。 かつての理想と、今の自分。2つはきっと相容れない。 守るべき物が出来て、棄てられない者が出来た。 咲いてしまった紅い椿を、今更この手で摘む事など出来はしない。 「紅椿、其方に行った!」 双剣を振り払った『閃剣』の声に、因果応報と名付けた愛銃がくるくると廻る。 花をこの手で折る様に。神をこの手で詰む様に。身に着けたのは、殺しの業。 「罪状有罪――判決は、絞首刑やね」 銃弾は光を帯び、癒しの力を持つ『天使』を逃がさぬと縛る。 けれど、尚もどこか心は晴れない。未練はない。間違っているとも思わないけれど。 支配の姫が時折此方を見る度に、理屈ではなく、心が騒ぐのだ。 ――漸く、追いついた。 それは、実感だ。単純な力比べなら、もう一方的に負けはしない。 「ハ、ハ、ハ、ハ、驚いタネ」 避けなかった。 避けなったのだ。撃ち落としすらしなかった。 彼の射程にには彼女しか居ないと言うのに、それは余りに無謀に過ぎる。 七本の短剣は足場だ。打ち合う事しか考えられない。疾駆する。ただ、喰らい付く。 (――命を惜しむな、刃が曇る) 似ている様で、どこかズレていた。けれどやはり何所か共感出来た紅涙の姫。 彼女の口癖が今こそ一つの血脈として天乃の命を動かしていた。 「駄目なのだ、そんな事を続けていたら――!」 雷音が悲鳴にも近い声を上げ、癒しの旋律が身体の傷を癒して行く。 焼け石に、水だ。舞い、踊り、突き刺さる刃の衝撃は重い。 30秒。たったの30秒で天乃から祝福を削ってみせた。 道化師は強い。名刀のそれではなく、雨垂で鍛えた石剣の鋭さ。 ナイトクリーク故の痛撃の多さ。機を穿つ“絶対命中”が『戦姫』を縫い止める。 「マサか、君ガここマデ追い縋ッテ来るトハ思わなカッタ!」 だが、踊れている。不恰好なダンスかもしれないが、心が沸き立つ。これが戦いだ。 「……ここが、私の領域。これが、私の、全て」 幾人もの強敵と対し、命を賭けて戦い、それでも生き延びて。 けれど“全てを失っても構わない”と思えた相手など数える程しか居ない。 『生ける伝説』、『魔神の王』――そして、彼。『不吉の道化師』 「真っ白に……燃え尽きるまで、やろう」 そう告げた瞬間、ピエロの仮面に隠された側の瞳が細められたのが分かった。 常に軽口しか上げない、嘘臭い笑みを浮かべ続けた男が、 まるで呆れたと言わんばかりに、そっと呼気を吐いたのだ。 「――――悪いケド、魔法は解けル時間だヨ」 七本の短剣が突き刺さったまま攻撃し続けていた天乃の頭上。 気付けば黒一色で描かれた死神が赤い鎌を振り上げていた。 行き着く所まで行こう。 例え、ここが終着点だとしても、きっと後悔などしない。 そう決めていた。それで良かった。最期のダンスの相手としては、上出来だ。 それなのに、その一撃には殺意がまるで感じられない。 戦意なら、有る。死んでないならまだ、戦える。まだ、続けられるのに。 そんな彼女は戦士でしかなくて。奇跡を乞わない彼女は彼の“敵”ではなくて。 突き出した拳が道化師の体躯に突き刺さる。鮮血が舞って、掌に熱が満ちる。 けれど、『バッドダンサー』には未だ祝福が在る。毀れた命が継ぎ足される。 そうして応じる様に、当たり前に振り下ろされた悪夢の鎌はただ―――― 「……お休ミ灰被り。君ハ、英雄じゃ無カッタ」 まるで気紛れの様に、戦いに殉じた女の意識だけを刈り取っていった。 ●英雄未満 理由はない。 原因もない。 それなのに世界はいつも悪意に満ちている。 男は生まれながらにして、英雄たる資格を持たなかった。 祝福は常に枯れる寸前。物語ならば端役同然は既に天命。 それでも必死に足掻いた結果、保身に走った護るべき人々に嵌められた。 仲間達はその全てが屍となりはて、1人生き残ってしまった彼は問う。 "君達は、本当にそれで何者も恥じる所は無いのかい" 嘲笑こそが返答だった。罵倒こそが報酬だった。侮蔑は臓物の味がした。 けれど悪意を持つ事は罪ではなく命を惜しむ事は咎ではない。 では何がおかしいのか。何処が狂っているのか。誰が悪いのか。 ああ、そうか――"英雄などを追い求めた、自分こそが間違っていたのだ" それは理想(ユメ)を見ていた時代の終わり。 英雄を殺し、世界を殺し、自分の抱える絶望す ら殺すと決めた。 汚れた。穢れた。狂って壊れた。それでも抱いた願いだけは変わらない。 今度こそ、護りたかった人々を救おう。 例えそれをこの世界が、決して認めないのだとしても。 全ての運命が零れ落ち、この身が化け物に成り果てたとしても。 ――――"最悪の道化として罵られ、蔑まれながら死んでいこう" 天乃の拳が道化師の祝福を削る。 唯の一人が彼を其処まで追い詰めた以上、後は半ば一方的な展開となる。 「確かに英雄を必要とする様な世界は病んでいると言っても良いだろう」 対する拓真には然程の傷も無い。逃げ回る天使を追い回した結果として。 そして彼らに対し距離を詰めた不吉の七本(アンラックセヴン)の射程圏内で、 最も祝福に恵まれているのは奇しくも神を厭うロアンと言うのは皮肉な話だ。 「だが、事実助けを求める人達が居る」 「ソレを失クス為に、僕らハ世界ヲ救うノサ」 打ち合う双剣と二本のナイフ。けれど、膂力でも精度でも拓真が押している。 かつて圧倒的な強敵として立ち塞がった『バッドダンサー』を、 リベリスタ達の成長が上回ったのは何時だったろうか。 「俺達も世界に生きている人間も、貴様らの欲を満たす為に生きているのではない!」 「そノ欲コソが! 人々ガ英雄を求メル理由だト何故分かラ無イ! 言葉遊びサ! 欲デ生きル人々を欲で救ッテ何が悪イ! 世界何て人の欲ノ俯瞰的表現ニ過ぎ無イ!」 破界器による補強を加味してすら、尚。 「救済? ハッピーエンド? ふざけるのは名前だけにしときなよ」 「例えそうだとしても、人の欲を裁く権利も、救う権利もお前達には無い。 己を救うのは、誰でも無い。己自身でなければならないのだ」 例え死すとも愛する者を裏切らないと、そう言った男を覚えている。 例え罪を背負ってでも生きたいと、そう言った女を知っている。 その想いに他人が水を挿すなど、誰で有ろうとするべきではない。 ロアンと伊吹の銃弾と光輪が、舞っていた短剣を撃ち落す。 「優しい嘘に、作られたユメに、より良い明日を阻ませはしない」 Aspire After Tomorrow――希望の凱歌は高らかに。 快の鼓舞が、連撃で傷付いた拓真を癒す。 「――取りました……これで、トドメです!」 今にも倒れそうな道化師を癒そうとしたか。向きを変えた『天使』の隙を逃さず、 千年の呪詛がその何れもを射程に捉える。 「だ、そうだよ。ねえ、道化師」 「……ヤれヤれ。甘いネ聖櫃。僕ヲ誰だト思ってルンだイ」 石となった『天使』の体躯が、ぱらぱら崩れ始めていた。 限界を超えて、威力に優れる悠月の攻撃の矛先を『バッドダンサー』へと向けた。 そこが限界だ。誰かの為、何かの為。それが『天使』と言う願いの在り様だった。 満足気に、悪戯っぽく悠月に笑む。ああ、そうだ。だから期待していた。 リベリスタ達が自分を攻撃する時、“出来るだけ大勢を巻き込もう”としてくれる事を。 道化師がこの戦いに張った、唯一つの爆弾をきちんと破裂させる導火線(イケニエ) ――――それが、『偶像の天使』が果たすべき役割だったのだから。 “僕ハ、災厄の道化。殺したッテ、当然災うサ” そして、彼が不吉の七を使いこなせた理由がここに成就する。 ああ、そうだ。不思議には想わなかっただろうか。射程圏内の祝福多き者を射抜く。 アンラックセヴンが、何故持ち主を射抜かないのかと。 何故彼は祝福が削れると常に舞台を辞して来たのだろう、と。 英雄ならぬ者は、祝福の最大値が圧倒的に低い者が決して少なく無い。 例えば運命を削り、立ち上がり、それでも尚届かない。 たったそれだけで――――“祝福無き獣(ノーフェイス)”に成り果てる様な。 「コレガ、僕ノ、最期ノ、罠ダ」 罅割れる様な声は金属を摺り合わせた響きで。顔には亀裂。真っ黒な瞳が覗く。 援軍など無い。伏兵すらも居ない。 けれど、リベリスタらが全く計算に入れて居なかった存在が其処には居た。 ノーフェイス『バッドダンサー』 「……まずい」 深淵ヲ覗ク資質を持つ雷音が、戦慄と共に声を落とす。 敵を倒す順序を間違えた。いや、『バッドダンサー』に“故意に誘導された” 確信にも似た実感で理解する。目覚めたばかりのノーフェイス。 けれど能力のリミッターが切れたエリューションは、基本的に“革醒者より強い” その上、『縛鎖姫』は未だ健在なのだ。ぞわりと、背筋が凍る。 「ア、ハ、ハ、ハ、ハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! サァ、終幕ト行コウカ英雄共(リベリスタ)――――――!!!!!!」 狂った哄笑と共に、既に終わった、終わりきった道化師の遺骸が舞い踊る。 英雄と、英雄にならんとする者と、英雄になり得る全てを総て食い千切る為に。 祝福無き世界の敵(エリューション)――即ち彼らが“裁き続ケタ者” 死闘は終劇へ向けて急転直下で滑り落ちる、“成り果てた者の末”は止まらない。 ●その背の先 誰一人、そんな事態は想定の外だった。 故に、ただ一撃を見逃した。その一撃が、致命傷に繋がる毒だった。 悪夢の齎す死の運命(デッドエンド・ナイトメア) 火力を極端に引き上げたその一撃で、拓真が血を吐き膝を付く。 不意討ちであり奇襲だ。回避の余地すら存在しない痛撃から来る“絶対命中” 慌てて隊列を整えた伊吹とロアンに、けれど予期せぬ方向から放たれた鎖が絡み付く。 「主ら、まさか本気で2人で妾を止められると思っていたのかえ?」 実の所火力に乏しい『縛鎖姫』と対していた悠里と流雨。両名の体力には余裕が有る。 一方で、両者に切り刻まれ続けていた女は、見てわかる程ボロボロだ。 だが、足止めの2人その動きは時が凍った様に止まっている。手番を重ね過ぎたのだ。 当然の様に、両名が避けきる事がある以上両名が直撃を受ける事もある。 そして、この戦場で最後に残した時“予期せぬ事態を最悪に変える要因”が、 支配の姫で有る事は分かっていた事の筈だった。 「……俺が抑える。お前達はあの小娘を討て」 ――――故に。 その声が落ちたのは哀しい程に、呪いの様な必然だった。 「馬鹿な事を――――!」 拓真が反発する。しない訳が無いだろう。人は、思うほど頑丈ではない。 死ぬ時は死ぬのだ。そうして、これまでどれだけ後悔して来たか知れない。 「駄目だ。『閃剣』、それは許容出来ない」 快が頭を振る。生き残る。全員で生きて帰るのだ。誰が欠けても、それは果たされない。 「分からんか。このままだと『戦姫』が死ぬと言っている!」 『バッドダンサー』の気紛れで繋いだ命だ。 祝福を失った以上何処まで理性が保つかは知れない。次は、生き残れまい。 快の声が止まる。――“もう一度見捨てるのか”――それを、理想の為に。 「死ぬなよ、俺はまだ、貴方から何も教わっていない!」 尚も喰らい付く拓真に、薄く笑って総司郎が瞳を伏せる。 「何度見せたと思っている。お前の剣は、何処に在る」 問い掛けに、奥歯を噛む。ああ、そうだ。自分で選び、自分で決めた。 誠の剣で無く、義の剣で無く、柵を捨てて道無き道……即ち、無道の剣を掲げると。 「……一意無き剣は、『閃剣』足り得ない」 「そうだ。決めたならば背負っていけ。唯の剣が、涙を流すな」 双剣が振るわれる。向けられた背に、剣と短剣が打ち合う音に背を向けて。 鎖の姫と、相対す。 「本物のグレイプニールとも違う幻想の縛鎖。 ……人の理想を借りたにせよ、ここまで突き詰めれば大した物ですね」 言葉にするならば、縛鎖姫。支配の化身とは限り無く敵の動きを0にする者。 縛った人間の時間を奪い、動く。故に、庇われていた2人だけは動き続けられた。 「例え命を賭けても、ボクの大事な人は奪わせない!」 閃光弾が視界を焼き、その合間を縫って千年の呪いが突き刺さる。 加えて、速度に長ける3人が時折彼女の絶対の支配から毀れ出た。 「貴様達の劇場は俺達が舞台の幕を引く――那由他の果てでその結果を黙って見ていろ!」 「僕は死に物狂いでこの手を伸ばす! こんな悪夢は、ここで終わりだ――!」 氷の鎖が支配の鎖を上回る。動きが止まった黒いドレスを壊れた正義と痕の栄光。 二条の光が切り裂き抜ける。されど、されど。黒い女は止まりはしない。 「この程度で、妾の支配を抜けられると? 足りぬ。足りぬわ! 貴様らでは止められぬ!」 “支配する者は、何者にも支配されない”それが、矜持と言うならそうなのだろう。 誇り高き縛鎖は地に伏せる事無く。そこを、白でも黒でもない影が駆け抜けた。 「“私達”は「主役」でも「英雄」などでもない。思い知らされるほど、貴女は美しい」 認めよう。唯突き進むだけの物。退路等知らぬ一方通行。その在り様は、貴い。 だからこそ、 「だからこそ、道化も姫君もすべからく飲み干しましょう――!」 一閃。手応えがあった。速度を力に乗せた一撃。 鎖が緩む。自由を取り戻したロアンと伊吹。2人が武器を構える前に、彼女は走り出た。 今しかない、と思ったのだ。ここで“命を使わなくては”きっと一生後悔する。 「自分は、うちから生まれた。うちの想いが、理想が詰まった、うち自身に他ならん」 例え、道を別たった、過去の想いだとしても。 時を経て成長する人と、時を経ても変わらぬ想い。どちらが正しいのか等知らずとも。 「せやから、自分だけはうちが引導を渡さなあかんのやっ!」 緩んだ鎖が鎌首をもたげる。皮肉にも、椿の声が『縛鎖姫』の意識を強く強く引き戻す。 「嗤わせる、己が理想すら諦めた、中途半端な駄犬風情が――――!」 「諦めたんやない! 変わって、前に進んだんや。自分には分からんやろうけどなっ!」 体躯に絡み付く鎖は九条。近接手を縛る第一獄層、縛鎖「カイーナ」。 けれど、余力を削り応じて放つは神代の怪物の銘を帯びた暴力の化身「八岐大蛇」。 八打、八条が相殺し、最後の縛鎖が絡み付く。 けれど、毀れた運命が最後の天秤を揺らす。最後の呪縛をも打ち破り、更に一歩。 特殊なスキル等ではない。まともに動くだけの余力も無い。その拳―― 「―――――――――――」 椿は紅く、咲き誇る。 音が、聞こえた。 剣と剣が打ち合う音。戦っている。誰かが、何かが。 暗転した天乃の意識の中で、剣戟だけが響いている。毀れそうな死の淵に、しがみ付く。 「無茶なのだ! ここで死んだら、全て台無しじゃないか!」 「お前達が居る」 癒しの歌を、『バッドダンサー』は上回る。 「止めろ、分かっているのか! そんな事をすれば、君も楽園に捕えられる!」 「それでも、ここで討たねばならんのだろう?」 銃撃の支援、光輪の援護は散発的だ。鎖の姫が居る限り十全に動くことは不可能に等しい。 死神の鎌が降り、声を上げていたロアンが血に伏せる。 見捨てる事など出来ない。してはならない。誰一人、欠ける事無く―――― 「そなたは――この上まだ俺に、負債を重ねさせる心算か……!」 「……すまねえな」 伊吹へ投げる口調が砕けた。それが全てを、物語る。 (……終わって、しまう) 折角届いたのに、ダンスが終わってしまう。或いは、奇跡を乞えば良かったのだろうか。 違うと、理屈でなく思う。それでは自分が死んでいた。 何より道化師は彼女と踊っていた時、決してそれを厭うてはいなかったのだから。 (――口……惜しい) 踊り続けられなかった事が。最後の、最期まで。けれど、後悔は無い。 「お前はもう少し、こいつらの面倒を見てやってくれ」 紡がれる言葉に、伊吹が拳を握る。いつでも見送る側だ。いつでも、託される側だ。 重い。重過ぎて、けれどそれを卸す事など、出来はしないと言うのに。 ――一方、もう片方もまた結末へと集束する。 「歯ァ喰い縛れ――――ッ!!」 鎖の姫に、突き刺さった拳。ただの拳。それが、最後の一押し。 「……お、のれ……妾が……」 罅割れ、砕けた体躯。後ろへ向かって倒れこみ、そうして、動かない。 声も無く、嘆きも無く、未練も無く。気高い姫は、泣き言一つ言わず崩れて行く。 「……待ちや」 『引導』を渡すと言った彼女が、どうしてそんな顔をしているのか。 多分きっと、誰にも分からなかったに違いない。 人は変わり、前に進む。けれど、後ろを振り返らない訳じゃない。 『支配の姫』は。紛れも無く過去に憧れた自分。追い続けた、“理想(ユメ)”だった。 どれだけ進んでも後ろからじっと見つめ続ける、もう一人の自分だった。 「何か、残してってもえぇんよ」 声にならなかった言葉。何を言いたかったのか。何を、伝えたかったのか。 寂寥感が胸を衝き、頬を雨が伝っていった。 「戯け」 短く告げた声はまるで憑き物でも堕ちた様に。卑怯だ、これが最期だなんて。 「戯けめ……遺したいならば、主が残せば良い」 無念そうに、けれど何所かで満足気に、小気味良く声を紡ぎ。 「妾の支配は、ここに成った」 忘れられぬ者が居るならば、理想の幕はそれで良いと。 息を吐く程ささやかに、絶対を夢見た鎖は、解れて消えた。 ●Epilogue 『バッドダンサー』と『二代閃剣』 両名の決着はそんな結末の外で行われた。故に語るべきは無い。全ては余禄である。 「分カッテ居ルノカイ。僕ラハ別二、君デモ良インダ」 「ああ、分かっているとも。だが、俺の後を駆け、先を行く奴が居る。 俺達の重荷を背負って、未来へ繋げようとしている奴が居るんだよ」 閃く双剣はその度に祝福無き獣を切り刻み、反す七本の短剣は白い法服を血で染めた。 「彼ラハ負ケルヨ。僕ラニハ切リ札ガ有ル」 「そうか。だが、あいつらは勝つ。自慢の弟子だ、“次は一本”奪ってみせるさ」 両者の力は拮抗しており、故に互いの全てを喪失するまで終わる事は無い。 喪失の上に喪失を重ね、それでも。どちらもが確かに先に繋がると信じて。 「何より……悪夢の崩落の“化け物”に比べれば、貴様らは所詮小物だ、道化師共――!」 「ハ……ハ、ハ、ハ、ハ、ハ! 言ッテクレルネ英雄未満! 面白イ! 結構ダ! ナラ果タシテドチラガ正シカッタノカ、オ互イ地獄デ確カメ様ジャナイカ――ッ!!」 刺し違えても、ここで倒す。それを自己満足と評するのは容易い。 けれど、彼らにはいずれも託す者が居た。託せると信じるに足る仲間が居た。 ならば、それは決して無意味な最期でなかったに違いない。 (――――理由が出来た。ならば、これが俺の道の果て) 届けば良い。己が理想のために拓いた道が、継ぐに足る未来であると。 夢見る鎖が解れた頃、二本の剣が心の臓を貫き、二本の刃が首を断ち切った。 それが、この戦いの結末。それが――唯ひたすらに苦い、勝利と言う名の終幕である。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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