●ブリーフィング 「現在、『アーク』はその作戦活動の一環で、あるアーティファクト群の回収を行っている。 そのアーティファクトと云うのが『御神刀』と呼ばれるもの。 私達『アーク』と共闘関係にある六つの革醒者組織、総称して『六刀家』が、『霊宝指定』として封印および管理の歴史を紡いできた、刀成らざる刀、それが『御神刀』」 詳細については配布資料にも記載してあるから目を通して置いて欲しい、と加えたイヴは、 更に話を続ける。 「『御神刀』は強大な力と相反する様に、危険な使用条件を有している。 勿論、『六刀家』には其々の歴史があるから、其れを彼らから移管して貰うというのは大きな抵抗が考えられたし、実際に、『安蘇』『斯波』『一色』からは凄惨な戦いの末に神刀を回収した。 けれど、現在のフィクサードやアザーバイドの動きを鑑みて、それらを『アーク』本部内で封印するべきであると私達は考えている」 実際、『斯波』から回収した神刀『九字兼定』が、ウィルモフ・ペリーシュの作成したペリーシュ・ナイトであったという事件も起きているし、『六角』の神刀『泰阿』に至ってはフィクサードに強奪される寸前であったのである。 「……残る二家の内、『月夜寺』は当初から神刀移管に賛成してくれていた貴重な組織だった。 けれど、突然その話を撤回された。『アーク』に対する結界契約の破棄と共に」 「結界契約?」 「詳細は配布資料にも記載しているけれど、『六刀家』独自の結界がある。 其れを『アーク』に限り免除する契約を『月夜寺』と結んでいたのだけれど、それが破棄された。 今回、貴方達には『月夜寺』に赴いて真意を探ってもらいたい」 「成る程。 しかし、これまでの報告書を見る限り―――、一筋縄にいきそうにないな、これは」 「ええ。特に、『六刀家』全体の神域結界構築を行ったとされる『月夜寺』。 神域結界の総本山とも云える彼らの本拠地。戦闘準備もきちんとしておいた方がいい。 ……ただ、勝機もある」 「ほう」 「『月夜寺』は当主月夜寺が温厚な性格である、という点。 そして……、慣例的に『月夜寺』は”門弟を取らない”という点」 「詰まり―――敵は”月夜寺ただ一人”ってわけか!」 ●”六刀動議”。 「思えば我ら、変わりましたな」 男の静かな声が柔和に響いた。 ―――金堂である。其処は寺の様であった。伽藍配置の中でも仏像を祀る謂わば心臓。 広く仄暗く、何処か薄ら寒い。 蝋燭の灯るか細い灯りだけが、二人の男の相貌を照らしていた。 「時と共に変わらぬ物を探してきた私ですが、その私自身が不変では居られません。 結束―――『御神刀』を霊宝指定し守護する我ら『六刀家』の結束は見事解れ、 今では残すところ我が『月夜寺』と『京極』のみ。 斯様な状況に於いて、”六刀動議”を持ち出されると云った京極様の考えをお聞きしたい」 何処か悟ったかのような落ち着いた声色である。静かに問い掛けた男、月夜寺の 対面に座るのは、まだ若い容姿の、何処か中性的な男だった。 そしてその男こそが、京極であった。 「先代が逝った後、『京極』当主の座は”空白”でした。それは『京極』が血の家系であるからです。 僕にその覚悟がありませんでした。しかし、今となって違う。 ……“時と共に変わらぬ物”、と仰いましたね。其れは確かに在りましょう。 唯一其れは、我らが『御神刀』ではありませんか」 最も、”紛い物”を除いてですが。京極はそう続けた。『斯波』の家から出たバロックナイツの”犬”の件を含意していることは、月夜寺にも一瞬で理解できた。 最終意思審議プロセス、通称”六刀動議”。 召喚が掛かれば所属家に拒否権は非ず。 動議課題に一致が見らなければ六刀家除名。 其れは古い神秘を護るための、血の繋がりと云って良かった。 「ナイトメア・ダウンの時でしょうか、最も最近召喚されましたのは。 ……あの時は酷かった。六家中四家の当主が命を絶ちました」 「数で云えば、いえ、”状況”で云えば、今が最悪です」 月夜寺が顎を擦った。京極の言い分も尤もであった。 互いの間を静とした空気が充満する。 「『月夜寺』の体制に不安がおありなら、『京極』から出させましょう。 差し出がましい様ですが、当家には多数の門弟が―――」 「其れには及びませぬ」 京極の言葉を切る様に、月夜寺が言った。その事に、京極は内心で少し驚いた。 「我が『神域結界』が破られるのならば、其処まで。 “移り変わらぬ物など存在せぬ”のでしょう。 そうであれば、私は、『月夜寺』はこのままで宜しい」 若干の不安を抱いた京極だったが、その月夜寺の言葉が含意する所を敏感に感じる取ると、その不安も失せた。 「では、『神域結界』の契約破棄の件、進めて頂いて構いませんか」 こくりと月夜寺が頷く。 京極は、思わず口の端を歪めた。 何処からか妙な風が吹き入り、蝋燭を揺らす。 ―――照らされた月夜寺の瞼は、確りと”閉じられていた”。 「”エクメーネ”に至る道、しかと承りましょう」 ●『六刀家』資料。 『アーク』と共闘関係にある六つの革醒者組織、総称して『六刀家』。 『霊宝指定』として封印および管理の歴史を紡いできた刀成らざる刀『御神刀』の守護を至上課題とする組織集団。 思想信条としてはリベリスタである。『不可侵神域』や『神域限界』と呼ばれる特殊な対エリューション障壁が存在し、それらによってフィクサード・フェイトを有さないアザーバイド等の能力は制限されている。 ■『京極』 “深”の家。当主京極。『六刀家』創設の中心。『六角』を襲ったフィクサードなどが『京極』関係者であることが判明しており、友好組織である『アーク』も監視体制を敷いている。第一の『御神刀』を有しており、神刀移管には反対を表明している。 ■『安蘇』 “義”の家。神降しの代償に崩界を進める第二の『御神刀』、神刀『七刀』(しちとう)を有していたが、内部反乱により壊滅、後に『アーク』リベリスタにより鎮圧され組織ごと自然解体、『七刀』は『アーク』に回収された。 ■『斯波』 “愛”の家。第三の『御神刀』、神刀『九字兼定』(くじかねさだ)は、その継承に『母子喰い』と呼ばれる代償儀式を要する忌避の刀。『アーク』との”試合”の末に当主斯波は倒れ、『アーク』隔離処置を受ける。『九字兼定』は回収されたが、その移送中に『ペリーシュ・ナイト』として覚醒し、最終的に『アーク』リベリスタにより破壊された。 ■『六角』 “正”の家。当主六角はフィクサード集団の襲撃を受け瀕死に至り、『アーク』リベリスタがその救助を行った。第四の『御神刀』、神刀『泰阿』(たいあ)は契約未履行時に『咎堕ち』と呼ばれるノーフェイス化の危険性があり、一度はフィクサードの手に渡るものの奪還、奇跡的に六角のノーフェイス化を防ぎつつ、『泰阿』は回収された。 ■『一色』 “力”の家。『法定』(ほうじょう)と呼ばれる一色家剣術法と融合し、使用の度に寿命を縮める第五の『御神刀』、神刀『小鴉丸』(こがらすまる)を有していたが、『アーク』リベリスタとの命を賭した”力比べ”に倒れ、当主一色は『アーク』隔離処置を受け、『小烏丸』は回収された。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年01月25日(日)22:40 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「まぁ、普段からそんなに相手を選んだり、手加減する方じゃないけど」 それにしても、あたしにだってそれなりには”人の心”的なモノもある訳で。 と、『ラビリンス・ウォーカー』セレア・アレイン(BNE003170)は寒空の下、静かに漏らした。 (やたらとぶっ殺すよりは、壊して回るだけの方がそれなりに”気が楽”ではあるのよね) 玲瓏なる魔術師は、一度指を鳴らすだけで、瞬く間に”星”を降らすことが出来る。 ―――轟音が、静謐な山々に響き渡った。 山頂へと辿りついたリベリスタ達の目には、すぐにストゥーパの存在が確認できた。 「有漏路より無漏路に帰る一休み、かねぇ」 降り頻る星々がまるで天球儀の様。 『足らずの』晦 烏(BNE002858)が惜しみなく引き金をひけば、地上に銃弾の花火が咲く。 “公案”が如く悩むくらいなら”成るように成れだ”とおじさん思う所だね。 烏の呟きに「同感」と、影人を使役する四条・理央(BNE000319)が返す。 「急な『アーク』との契約破棄ね。 それって向こうにとっても急だったのかな? それとも―――予想通りだったのかな?」 爆砕しながら進んでいくリベリスタ達の中でも理央は己の位置取りを特に気に掛けていた。 彼女はストゥーパの破壊に手数を割く役割だが、いざとなれば月夜寺からの壁になる心積りであったからだ。 前衛陣はその制圧の奔流の中を、金堂を目指し近付いていく。だが”これ”で月夜寺を釣るのが彼らの考えでもあった。 (けれど、試されているとも取れるのよね。 御神刀、その関連性が見えないし個別に刀を持ち寄ったものと見てたけど……) セレアが降す幻影の星々、烏の撃ち切る弾丸、理央の影人を使役しつつの面攻撃。 加えて『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)が広範囲に及ぶ精神波を放てば、重圧。 ―――空気が重い。ばき、と耐え切れずストゥーパに罅が走る。 (もしかしたら、思ったより関係性は強いのかもしれない) そしてその違和感は、『過去の日本』で『京極』と深く関わった『ANZUD』来栖・小夜香(BNE000038)も感じていた。 「このタイミングで行動を起こすっていうのは何か深いワケがあるのかしら? その辺りを尋ねてみたいけれど……まずはきちんと止めないとね」 癒し尽くす者。 彼女はそうして現在の敵対者の、その過去すらも癒した。 そこで『アーク』の名を出せなかった事で、どれだけの効果が在るかは分からないが……。 小夜香の身体が、文字通り”暗き闇夜”を照らす。 そして。 「何か―――来る」 降り頻る攻撃の中。 殺意無きプレッシャーの動きを、小夜香の澄んだ瞳が、金堂の中に見た。 ● (聞く所の御当主の性格、これまでのお互いの関係からしても、『月夜寺』単独の意志とは考え難い所。 他四家とは既に何らかの話も付き、形も整っている) 「残るは『月夜寺』と……『京極』」 小夜香の言葉は『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)にも聞こえており。 そしてその”変化”が、彼女にも肌で感じられた。 ―――其処からの動きは、極めて疾かった。 音も無く開かれた金堂の扉。 暗い闇の様な堂内から現れた長髪の男。 そして、その”神域結界の中”では。 「おいで下さりましたか。『アーク』の御仁」 口調は極めて穏健。 『黒と白』真読・流雨(BNE005126)の紅瞳は、自分達を取り囲み浮遊し始めたストゥーパ群を見回す。 だが、リベリスタ達が全てを整える前に。 「致し方ありません。 既に皆様は、我が一足一刀の間合いを……越えておられますな」 直後、「構えて……!」と彩歌の声が響く。 「―――」 手番が、遅い。 会敵直後の危機。 巨大な仏塔が『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)の眼前に迫り―――彼の体躯を抉った。 ―――何が起こったのか。 けれど”当事者間”にはそんな空白は存在し得なかった。 「変わらないものなんていう概念の牢獄を求めるなんて。 “ニンゲン”というものはとても因果な生き物だよねぇ」 「……これはまた」 奇異な御仁だ。 穿たれて尚愉しげに微笑んだ葬識を見て、プラジュニャーを引き抜いた月夜寺は苦笑した。 「熾喜多さん―――!」 咄嗟に小夜香が療術の準備に入り。 流雨が駆けた。 「剣を握る者なれば、大なり小なり闘争を望むモノでありましょうが。 まぁ、その真意は剣に問うとして」 一期一会。勝負も、人の生も。 「―――“何一つ同じものなど無い”のですから」 さぁ、始めましょう。闘争を。 「その点において私が”剣士か否か”など、些細な問題です」 味方が初手で貫かれるという衝撃的な開幕に同じた様子も無く。 「まこと仰る通りでございます。 私は剣士などでは無く、まして武士などでもなく、只の仏僧です故……。 刃を交わらせて語る言葉は、持ち合わせておりませぬが」 “六刀家最強”とすら云える”孤独要塞”との戦いは開始された。 ● その圧倒的な重圧は不可侵神域、神域結界に依るものだろう。 抑え役の前衛陣が咄嗟に月夜寺をブロックすると、ストゥーパ破壊役の後衛陣は距離を取る。 「まあ、結界の術式としては興味あるのよね、どんなものか」 セレアも距離を取りつつ星降りの高度術式で結界構築の要、ストゥーパを次々に破壊していく。 (媒体を設置しないといけないからリベリスタの実戦で使うようなものじゃないかもしれないけど) 魔術師らしい好奇心でセレアは月夜寺の異能を陣地結界に応用できないとまで考えるが、 彼女の言う通り、実践を考慮するとややナンセンスである。 ユーディスらの千里眼が通ることは分かった。次にセレアは陣地作成を試すが、 「駄目?」 彩歌の問い掛けにセレアは「ええ」と小さく頷いた。 「結界干渉か。 ……”無理”して蛇やら鬼やら出てきても、面倒だし」 確かめて、セレアも彩歌と理央、そして烏と同じように、ストゥーパの破壊へと戻る。 「しかし、あれはちと予想以上だな」 斉射を行いながら、烏がぽつり漏らす。 理央も首肯した。 「とても速いですね」 「四条君が当主を抑えるような事にならなければいいが。 其の為にもストゥーパをさっさと破壊するか。 少々罰当たりな気も―――しないでは無いがね」 ● 戦闘は一瞬にして死闘へと移った。 特に不可侵神域内で月夜寺と相対する三名の負担は計り知れなかった。 三対一なのに。その差は、圧倒的に月夜寺へ軍配を上げていた。 猟犬が如き嗅覚で月夜寺の死角を狙い定める。 貪るのは月夜寺の血。 襲い掛かるは残像の結果。 ―――なのにその一手が遠い。不可侵神域の重圧が流雨を完全に覆っていた。 「何にせよ。全力で貴方は倒すとして」 風切り音と共にプラジュニャーの軌跡が躍る。 紙すら切れぬ”鈍ら”の刃はストゥーパを従えて流雨の形の良い腹を抉った。 (……”此れ”は如何な精神性か) 圧倒している筈なのに、月夜寺は内心で首を傾げる。 構わず流雨は言葉を紡いだ。 「”あの坊や”、仮に当主になっても相変わらず友達少なそうですし。 ……で、なってるんですか?」 「京極様の事でございますか」 小夜香も戦線を維持する為の魔術を展開しつつ、月夜寺の様子を伺う。 「まさか、お知り合いで……。 仰る通り、京極様は先月ご当主に成られたばかりの新当主でございますが」 話しながらも凄絶な攻撃は止まない。 手数で圧倒的に上回る月夜寺に、その返答を聞いた流雨は弾かれた。 月夜寺がその流れのまま振り返る。 両眼は閉じられたままだが、次の手が”視えて”いた。 「御仁も極めて特異な精神性をお持ちの様で。 酷く―――残酷な色をしておりますね」 それは共感性に優れる月夜寺の精神を逆説的に乱す。 二対の刃を突き抜くのは、初手で一撃を見舞われた葬識だった。 「目に見える世界が無明であるなら、それを滅して、有余の≪涅槃≫(ニルヴァーナ)へと至る。 ハッピーでクレイジーな常楽我浄の哲学だよね。 ―――世界は”不浄だから美しい”のに」 「……御仁の心は真に、筆舌尽くし難いですな」 葬識の鋏を横から多数のストゥーパが妨げる。 そしてそのまま、今度は別のストゥーパ群が葬識を襲うが―――。 「救いよ、あれ」 “全ての救い”を顕現させる大魔術を、小夜香は既に連発している。 思った以上に攻撃が激しいわね、と小夜香はクロスを握る手に力を籠める。 そしてその神秘リソースを主に担保しているのが彩歌であった。 彩歌の分析は何時も的確である故に、嫌な予感も現実となることが多い。 (このままじゃ……突破されるか) 葬識の体躯が舞い月夜寺へのブロックが外れる。 とにかく手数に違いがあり過ぎた。大ストゥーパは戯論ニルヴァーナにより自在に動く上に、 小ストゥーパとは比較にならない強度があり、理央の範囲攻撃にもしぶとく残存していた。 更に。御神刀により強化された月夜寺は、一撃の質すらも極めて高度であった。 「この度の『月夜寺』の翻意、第三者の介入が在ったとお見受けしますが―――『京極』ですか?」 「左様でございます」 最後の一枚、ユーディスが立ちはだかった。 (”魔眼の少年”と”泰阿の少女”……。 『神刀が無い』と言った先代京極当主の言葉もある。 現代の『京極』に大きな変化と動き有り、という所ですか) 堅牢なる騎士が黄金の槍を構えた。 やはり『京極』も避けて通れぬらしい。 (恐らく”あの少年”が家を継ぐ形に繋がる『変化』を得たか……) ……だが、不可侵神域の重みが平時の動きを彼女から奪う。 「御当主はあくまで『京極』に付き合われるお心算なのですね」 ストゥーパをやり過ごすので精一杯。攻撃に転じる余裕も無い。 ユーディスは全霊で耐える姿勢を取った。 「其れが、六刀動議の結論ならば。致し方ありませぬな」 出来れば、御仁らとは刃を交わらせたくなかったですが。 そう続けた月夜寺がユーディスの眼前に迫った時、彩歌の演算結果は現実に追いついてしまった。 「抜けるか……!」 烏が照準を変える。奴は直ぐに間合いを詰めるだろう。 あの前衛の面子でこれなら。後衛は一溜りも無い。 ……だが、セレアだけは、若干見方が違っていた。 「誰の目を誤魔化せたって、魔術師の目は偽れないわよ」 確実に月夜寺も被弾している。 セレアがそう分析するのは。 「連動して、眼がやられてる訳ね」 彩歌が視線を動かし、呟いた。 ストゥーパがセレアや理央の攻撃で破壊されるにつれ、月夜寺の閉じられた両眼から……、 微かに血涙が流れ出しているのを、見逃さなかったからだ。 ● 後衛陣のストゥーパ破壊は、順調に進んでいた。 範囲的な攻撃を強力に行えるリベリスタが多かったし、理央の様に洗練された戦術も功を奏していた。 彩歌は大ストゥーパの全壊を目途に前衛陣との合流と考えていたが、それは極めて難しそうだった。 (停滞が悪いとは思わないけれど。 少なくとも、私は現状維持の為に戦っているもの) でもそれは、世界がこんなにも不安定で移ろい易い事を知ってしまったから。 「私にできる事は、立ち止まらずに答えを探していく事だけだしね―――」 だから彼の考え自体は、共感できなくも無かった。 しかし、月夜寺の抑え自体は決して順調では無く。彩歌と、そして烏の悪い予感通り。 月夜寺は前衛陣を一見難なく突破し、 「ボクが抑えに回ります」 理央が彼を止めざる得ない状況になっていたからだ。 (引き剥がすか) 烏の頭に過るが、だが最精鋭と言っても良い前衛陣を抜けた月夜寺を一人で抑えられる訳も無い。 ブロックを外した流雨らはすぐに戦線に復帰するだろうが、手番が少ない―――。 「いえ、そうでもないわね」 理央らへと迫る月夜寺の様子を見ていた彩歌は総合して結論を出す。 詰まり、 「ボクたちの努力も、無駄じゃ無かったって訳だね」 「そういうこと!」 烏が再度照準を変える。やはり狙うはストゥーパなのだ。 理央の言葉にセレアが肯定すると、彩歌と云う名の”炉”を有する後衛陣は、残る大ストゥーパへの攻撃へと転じた。 「……む」 月夜寺の足が止まる。 (これは……) 差し迫った流雨が腕に喰らいつく。宝剣を横一線に薙いでそれを防ぐと、 月夜寺は両瞼から溢れる血涙に漸く気付いた。 「神域結界が、消失しておりますか―――!」 月夜寺が動揺した様に宝剣を見遣る。 視える筈も無いのに、視える。 (第一、第二、そして第三まで……!) 壮絶だった前衛戦を越えて、月夜寺の上回る速さでストゥーパが消費されていた。 だが、第四神域結界と不可侵神域は残っている。 何れにせよ、不可侵神域さえ残っていれば。 月夜寺は脅威として十分に動ける―――。 「……っ!」 理央を襲うストゥーパに、彼女の顔も歪む。 盾越しに見える整った彼女の相貌は、けれど護る事を厭わない顔だ。 声を漏らして、理央が後退する。だが、 「移り変わる無常の世から目を逸らしても、個人なんてそっちのけで流転しているのが、 世界という概念だ。 涅槃なんて錆び付いた理想郷はこの世界にはないのに。 ねえ、そうは思わない? 月夜寺ちゃん」 「―――まさか」 咄嗟に月夜寺が振り返る。≪視線≫(けはい)の先には小夜香とセレアの療術を受けて立ち上がり、 そして、”第四結界まで失せた”領域を平時通りに駆けてきた三名の前衛陣が”視えていた”。 「異形ですな―――」 ● 仏塔破壊後、降伏勧告。 それが理央の引いていた一線だった。 そして、不可侵神域のみを発現しストゥーパの力を開放し、雨の様に撒き散らした月夜寺の戦い振りは、悪鬼羅刹の如しだったが、 減少した神域結界のスペースと其処からの後衛陣の遠距離攻撃には、流石に消耗を許さざるを得なかった。 「……は」 と唸った月夜寺は、瞬間、自らの腹を貫いた黄金色の槍を感じ取っていた。 「勝負ありました」 ユーディスの後ろから戦局を見ていた小夜香が言った。 月夜寺の体躯からは酷い出血が見られる。 流雨に持っていかれた肉と、葬識に抉られた骨。 後は、撃ち抜かれた穴が多数。 その結果だった。 「ここらで終いにしましょうや。 『明日ありと思う心の仇桜、夜半に嵐の吹かぬものかは』 ……万物は常に移り行く物。不変であるものがあると信じるならば、進まにゃならんでしょう」 それが生きるものの努めであり業ってもんです。 そう続けた烏の言葉―――否、”唄”を受けて、月夜寺は膝から崩れた。 「しかし不変を望む者が『創』の当主とは。 まぁ、人間である以上、矛盾を内包して生きるものですし。 あるがままに生きればいいのではないでしょうか。 ―――変わらぬ物が無いならば、変われぬ物も無いという事でしょう?」 流血に片目を閉じた流雨のその言葉は、月夜寺に心地よく染みた。 「皆様の手腕、見事で御座いました」 彼は両瞼から大量の血涙を流しながら、その瞬間だけ”只のヒト”に戻った。 ● 争わないで済むのならそれに越した事はない。 「お手数をお掛けして、申し訳ありませぬ」 「最近この手の仕事は、多いの。気にしなくて良いわ」 その後、小夜香は月夜寺の傷を癒した。 彼が自らの敗北を認めたからである。 刃を交えた相手をも包み込む包容力。それはホーリーメイガスだから、というよりは、 小夜香だから、と云った方が正しい暖かさだった。 「でさ。正直な所、京極ちゃんにも助けを請わず『方舟』に敵対する利点、『方舟』に”負ける”事で、 伝えたい事があるんじゃない?」 テーサイってのが大事だもんね。と続けた葬識の目は何時もの様に底知れず楽しげ。 「『京極』に第一神刀は本当に”ある”の?」 「……御仁の心は、私には毒になり過ぎますな」 月夜寺は力なく苦笑して葬識から”目”を逸らした。 「推論の為の要素が足りないのよね。 仏教の『月夜寺』、その他は神道で、”エクメーネ”はキリスト教の用語に近いものがある。 一体何をもって、『世界』とするのか」 その辺りは彩歌だけでなく、京極と、六刀家と関わりを持つユーディスも気になる所だ。 ……少し離れた所で、セレアと理央、そして流雨が金堂内部にも残る大ストゥーパを破壊していた。 此れで終幕。 月夜寺が作り上げてきた聖域は今宵消滅する。 「皆様の疑問は尤も。 しかし、時は既に満ちました」 リベリスタ達の眼前で、不可侵神域が、神域結界が消失していく。 「『京極』にはつい先ほどまで御神刀はございませんでした。 そして、今となってはございます」 「それは、どういう……」 ユーディスが先を促す。 「”お嬢様の考えておられた通り”でございますよ。 京極家当主はあの御方です。そして、『京極』は『月夜寺』という楔を解きたかった。 ……この結界は本来、”『京極』を縛る為の”呪縛です」 「『京極』を?」 こちらへ戻ってきた理央が怪訝に訊ねた。ええ、と月夜寺は頷く。 「御神刀が全て解放され。『月夜寺』の崩壊と共に、神域結界が失われた現時点より」 ぽつり呟いた月夜寺の言葉は、不吉な予感だけを孕んでいた。 ならばそれは、やはり。 理央の考えていたもう一つの可能性。 今回の契約破棄が、予定調和だったことを意味していた。 「“エクメーネ”が始まるのです」 六刀家により縛られた一つの神刀。 国家平定の霊剣、その名を与えられた第一神刀の解放儀式がたった今、始まった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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