● 『ザ、ザザー………うらのべ、うらのべ? いちにのさーん! どんどんぱふぱふー!! さぁ、始まりました、裏野部ラジヲ! 本日は誕生日パーティで、空は血の雨、大地は紅く染まるでしょう! ――えっ、誰の誕生日かって? 忘れたなんて言わせない。思い出して、もう一度。 何処よりも危険で、何処よりも殺して、何処よりも過激な存在を』 ● 「世の中荒んでるよね。ひしひしと肌で感じちゃうよね」 イヤフォンを耳から外しながら、上には、年の離れたお姉ちゃんが三人います。という顔をした、どこか甘ったれた印象のある二十歳前後の若い男がひとしきり嘆いてみせる。 絞っていたTVの音量を上げる。 流れ出すニュースに耳を澄ませながらの独り言は続く。 「俺、不慮の死ってよくないと思うんだ。納得ずくの穏やかな死がいいよね。大往生っていい言葉だと思うんだ」 着ていたパジャマを脱ぎ捨て、寒いからとたくさん着込み、滑り止めのついた靴を履くと、友達五人に電話する。 「一緒威、高速道路に行かない?」 『キルユーテンダー』鴻上シノブ。 かつて、裏野部に所属していたフィクサード。 というか、彼は裏野部を辞めたつもりはない。 ただ、彼が気乗りしないなーとモダモダしているうちに、組織が瓦解しただけで。 鴻上シノブの殺人に計画性も何も無い。 本人が言うところの心の交歓、フィーリング。平たく言えばその場のノリだ。 あの時は、なんと言うか、ノリが悪かった。 しかし、今日の放送は、シノブの胸に響いた。 「俺はね、あの人にもそうやって逝って欲しかったな」 今度はそう産まれられるといいね。 「こんな日にこんなことが起きるのも、きっとナニカの縁だからいこうかな」 テレビには、真っ白な雪にいい割れた高速道路。 どこまでも続く多重衝突。 あちこちで起きる爆発。恐怖からの暴力。加速度的に増える怪我人。 「まっててね? 俺が楽にしてあげるからー?」 ● 「『キルユーテンダー』鴻上シノブ。音沙汰ないから、ひっそりモブ的に死んだと思ってたんだけどなー!」 『擬音電波ローデント』小館・シモン・四門(nBNE000248)はべきべきとスナック菓子を噛み砕く。 「三時間前、東北自動車道で大規模な多重衝突事故が発生。炎上、爆発も確認されていて、現在大渋滞中。折からの地吹雪、乱気流もあいまって、救援作業も満足に進んでない。このままいくと、車内での凍死も発生しかねない。かといって、高速道路歩いて遭難もすでに発生。件数が定かでないくらい、状況は混乱している」 八大地獄と八寒地獄、夢のコラボレーション。 緊急脱出口の近くだった者は幸いだ。 映像は、ホワイトアウトしている。 外に出たら死ぬような状況。 「逆にこんなとこほいほい歩けるのは覚醒者くらいのもんだから」 一般人が到達できるはずもないタフネス。 五感も自己開発しようとしようとすれば、どうにでもなる。 「こういう、人が絶望しそうな所に好んで現れるんだよ。こいつ」 死んだほうがましって思ったら、俺を呼んでねー? すぐに楽にしてあげる。 「このままいくと、死ななくて済んだ人がたくさん死ぬ。シノブと献身的なお友達五人。とめてきて」 連中、ついでに食料や携帯カイロや携帯トイレ配る救援ボランティアやってるから。 「延々と当てもなく雪中行軍させたりしないよ。ピンポイントで出現地点と時刻が確定要素になったとこに突入してください!」 これ、非常食ね。と、菓子を机にぶちまけたフォーチュナは、やれやれと肩を落とした。 「ほんとに、今日は、裏野部の残党が騒がしい」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年01月24日(土)22:41 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 高速道路には、怒号と嘆きと爆発音とクラクションで満ち溢れていた。 暗闇は人の心を弱くする。 寒さは人の視野を狭くする。 束縛は人を臆病にする。 空腹は人をさもしくする。 時折上がる火柱はロシアンルーレットのようで、いつ自分の車の近くで起こるか、気が気ではない。 しかし、この鉄の箱から降りたら凍えるのだ。 一歩間違えば、排気口が雪で詰まって毒ガス室になるかもしれなくても。 つらい、つらい、つらい、誰か助けてくれ。 自分ではどうしようもない事態に、人は歯を食いしばる。 車の中で孤立する人達。 すぐそこに人がいるのはわかっているが、吹きすさぶ吹雪にドアを開けたら一気に雪が吹き込んでくるだろう。 こつこつコツコツと窓をたたく音は、雪が吹き付ける音か。 違う。これは。 「大丈夫~? つらくない~?」 上に姉が三人はいそうな男が、手にあったかいスポーツ飲料を持って笑っている。 つらい。もういやだ。と言ったら、その男は満面の笑みで天国行きの電車に乗せてくれるのだ。 ● 背負えるだけ背負った救援物資。 真横から吹きつける突風で、重量ではなく、容量でこけそうになる。 踏ん張るのはリベリスタの心意気だ。 白い闇の中にオレンジ色の柔らかな光源。 「この辺りにいるはずなんだがな……」 『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)の掲げるランタンが、車の中に半ば体を突っ込んでいる若い男を照らし出す。 何か小さな包みを手渡した後、何に向けてひらひらと手を振った。 愛想のいい、穏やかな好青年。 ただ彼の最大の愛情表現は、殺人――正確には、本人の合意の上での自殺幇助――なのだ。 「……大惨事の上、馬鹿が湧いた。面倒な」 『揺蕩う想い』シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)が状況の全てを言い表していた。 光源の先。 千里眼で補足した『キルユーテンダー』鴻上シノブは、間違いなく馬鹿だ。 『大丈夫ー? 何か足りないものはないかな? 寒いけどがんばれるー?』 優しい口調、優しい声。がさがさ入るノイズは救援グッズを渡している音だろう。 『寒いねー? バッテリー上がっちゃって、暖房切れちゃった? カイロ使ってねー?』 この寒さはカイロの一個や二個でしのげるものではない。 『今夜中は降るって話だけど、朝にはやむからー』 善意から発せられる絶望的事実。 雪はやまない。少なくとも朝までは。 「なんやろ、このシノブってひと、諦めたがってるんやろか」 『ビートキャスター』桜咲・珠緒(BNE002928)は、日ごろから世話になっているシスターが貸してくれたインナースーツごと自分を抱きしめた。 (あったかさも心強さも段違いやで!) 誰かが自分を思ってくれている。 それが人を強くする。特に、こんなときは。 「人間って現金なもんでな、絶望してても、助かる思うたら希望が復活するんよ」 そうだよね。と、『全ての試練を乗り越えし者』内薙・智夫(BNE001581)は、うなずいた。 「今は死にたいと思っていても、後々生きる気力を取り戻す人もいる訳だし……教唆はやめて欲しいなぁ」 口調は穏やかだが、その言葉の奥にマグマがある。 智夫の目の前で、エリューション存在になる恐怖に耐え切れず、人々は次々にキルユーテンダーから天国行きの切符を買ってしまった。 智夫は、『救護』と書かれた腕章を左腕につける。 何も詐称してはいない。 智夫は、救い護る為にここにきたのだ。 「せやろ?」 珠緒は、注意深く息を吸い込んだ。 「待っててな! すぐ助ける!」 ● 「智夫さん、シュスタイナさん、今、どちらにいらっしゃいますの? 私の姿がご覧になれまして?」 椎橋 瑠璃(BNE005050)は、強烈に吹きすさぶ雪に翻弄されていた。 目の前の車に毛布や缶詰を差し入れるのが精一杯だ。 移動可能距離の相違からか、いつの間にか分散してしまった仲間を瑠璃の目で見つけるのは難しい。 (高速治癒は無理ですのね……) 状況は、瑠璃が思っていたより混沌としていた。 神秘の第一は、物理空間でつながっていることと視線が通っていること。 冷凍冬眠装置よろしく車中にこもらざるを得ない状況で、通常視界で20メートル全周に最終戦争用加護を振りまくことは難しい。 (とにかく、庶民の皆さんをお助けするのが先ですわ) 椎橋 瑠璃は、高貴なる者の勤めを忘れない。 そのためならばもっこもっこの防寒具を着て、救援物資満載のザックをエイコラヤと背負うことも辞さないのだ。 「今、順次救助が行われてる。もう少しの辛抱よ」 不安げな車中の人は、ぐったりとした子供を抱きかかえている。 「――怖くて、泣きつかれて、寝ちゃったんです」 「毛布ありますから、寒くないように」 細く開けた窓の隙間から、物資を入れる。 (すぐそこなのにっ) シュスタイナは、歯を食いしばる。 人にはわからない程度の超低空飛行。 でこぼこの雪のせいで移動は困難だ。 緊急脱出口は、すぐそこなのだ。 だが、その階段には大量の雪が降り積もり、ただの絶壁と化している。 車中にいたほうが安全だという自分の判断に揺らぎはないが、ひどくもどかしい。 そこに緊急脱出口があるとわかるのは、千里を見通しているシュスタイナなればこそ。 吹き付ける地吹雪が通常の視界を真っ白に塗りつぶしている。 方向を示すことは出来るが、並みの人間が外に出たら、数歩と歩かぬうちに雪に脚をとられるだろう。 「逃がしてあげられると思った? 無理無理。この雪は牢獄だよ。俺達は出入り出来るけど、この人たちは逃げられないー?」 死んじゃいたくなるよねー? 雪の中を今にも顔からつんのめっていきそうなのに転ばない足取りで、それはシュスタイナの前に現れた。 「アリステアちゃん、ひさしぶりー。死にたくなったー? あ、違う。君似てるけど、違う子だねー? 姉妹? どっちがおねえちゃん? 違う子かー。残念ー」 男――キルユーテンダーの目から、急速に光が失われる。 じゃあねぇ。と、手を振りシュスタイナの脇を歩き去ろうとする。 興味がないのだ。 シュスタイナは、キルユーテンダーを呼び止めた。 「ね。貴方は死にたがってる人にトドメをさすのが良い事だと思ってるのよね」 自分の声が震えないように、シュスタイナは喉を調律した。 詠唱する魔法使いなら朝飯前のことだ。 (……私に興味を持てば御の字。こいつを留めておけば、被害は軽減される筈) フォーチュナの言うことを信じるならば、この場で人を殺すのは、キルユーテンダー――鴻上シノブだけなのだから。 「良い事っていうかは、俺がフィクサードって呼ばれてるってことで判断できるんじゃないー? 少なくとも、君らは俺にそういうことをさせたくないんでしょー?」 また邪魔しにきてるしー? と、キルユーテンダーは語尾を上げる。 「……なら、私と戦って、絶望を頂戴? そしたら殺させてあげてもいいわ。幸せな夢とやらを見せてよ」 シュスタイナの捨て身の誘い。 (後ろで聖さんが苦い顔してるような気がする……。後でお説教コースかしら) そのとおりだ。 『黒犬』鴻上 聖(BNE004512)は、今回一番迷惑をこうむっている。同姓ではあるが親類縁者ではない。 (抑える方法は聞いてますし、理由を考えれば隣に立つ事は出来ませんから) そう。 死にたがる人間にしか興味がないキルユーテンダーの気を引くためには、リア充の気配などあってはならない。 世の中には、幸せの絶頂で死んでしまいたいという屈折した考えの持ち主もいないではないが、少なくともシュスタイナがそういうタイプであるというには、まだ彼女は若すぎる。 (……かと言って、放っておくなんて……出来るわけねーだろ) 千里眼を持たない性としては、この視界最悪の中、ある程度は近づかなくてはシュスタイナの様子はわからない。 「――後ろ、気になるー?」 キルユーテンダーは、笑った。 「ん~。君は勘違いしてる。俺はー、別に嗜虐趣味じゃない。そうだなー。例えば、俺と君の間に必要なのは、おしゃべりだと思うんだー?」 もし、君が俺に殺されたいと思ってるならね。と、キルユーテンダーは付け加える。 「お互いのことをよく理解して、その上で、君が『僕に殺されてとっても嬉しい』って微笑みながら僕の腕の中で冷たくなってくれると最高に素敵。と思うんだけどー?」 それは、まるで恋人同士が睦みあうよう。 否、キルユーテンダーにとって、殺人は睦みあうことと同義だ。唇、あるいは操を奪うように命を奪うのだ。合意の上で。 聖がつかみかからなかったのは、賞賛に値する。 赦せない妄想だ。 「君、そんなんじゃないでしょー? 『寒さじゃない理由で鳥肌立ってます』って顔してるよー?」 キルユーテンダーは、きびすを返す。 「だから、バイバイ」 「火柱が上がってるほうに来て! 珠緒さんの声がする方!」 白い闇の向こうから声がする。 キルユーテンダーの顔がほころび、声のする方に危なっかしい足取りで急ぎ始めた。 「殺させないわよ。あんたになんか!」 シュスタイナは、その横を飛び去った。 ● 車をのぞき込むと、死体がある。 爆発現場の周辺は地獄絵図だ。 ぐしゃぐしゃの死体のそばに、眠っているような死体があるのは、キルユーテンダーの仕業なのだろう。 智夫は、声を喉の奥で噛み潰し、ゆっくり息をはいた。 「歌に乗せて回復させたろと思ったんよ。歌に乗せてこの場にいるみんなに届けたる」 助けを求める声を聞きつけてきた珠緒は、言う。 転がっている、持ち主の違う手足。 神秘による癒しは、失われた部位の再生はしない。 本体は、どこにいるのかわからない。 ● 「つまりさ。この人たちの言う『助かった』っていうのはぁ、このつらい状況からことごとく開放されて、初めて、『ああ、助かった』なんだよ」 もつれるような足取りで、それでも不思議と転ばずにキルユーテンダーは彼を待つ人たちの元に急ぐ。 「安楽死というのは難しい問題だと思います」 さほど離れてはいないシュスタイナの姿が雪にかすむ。 それでも、殺人鬼の横に立たれるよりはまだましだ。 番犬役は、聖が引き継いだ。 「今現在苦痛に喘ぐ人にしてみれば、最期は苦しむ事無く、すぐに逝ける方が良いと感じるのも仕方が無いだろうと。しかし……」 キルユーテンダーは、生真面目に答える聖職者にそーじゃなくてー。と、間延びした声を上げた。 「ま、この世界、大体は、君らの言うとおり。靴の先っちょに唐辛子詰めて、カイロもんで、チョコレートかじってがんばるの。俺、そういうのもすばらしいと思う」 だから、救援グッズ配ってるわけだしねー? と、まだまだいっぱい詰まっているそれを背中の上でゆする。 「でもさー。こういう時に全部噴出しちゃう人もいるんだよねー。現実が壊れると壊れちゃう人。僕らにとっちゃ、世界なんてそりゃもう頼りないもんだけどー、普通の人にとっては、世界ってすごくおっきくて壊れないものじゃない?」 世界は、いともたやすく壊れる。 「でも、俺はそういう人ほどいとおしいのー。がんばったねー、もうゴールしていいよーって言ってあげたいの。疲れた手を握ってあげたいの。で、俺と見詰め合ったまま幸せそうに息を引き取ってくれたらサイコー。さっきのあの子にも言ったけど、全然賛同してもらえなかったよ」 うっとりと語るシノブに共感するような人間は、少なくともこの場にはいない。 「命のやり取りは、魂が震えるよねっ! 俺、つかの間でも心と心が深くふかぁく通い合う瞬間が大好きだな!」 なぜ、この青年が裏野辺なのか。 人は誰でも愛されたいと思っている。必要とされたいと思っている。 そして、彼がこの世界に最も上手に供給できることは、幸せな死なのだ。 「俺、人の体を癒すことは出来ないけど、魂を癒すことは出来てると思うんだよね!」 神は仰せになれた。と、聖は言う。 「私のほかには神はない。殺すのも生かすのも私だ」 聖の内におられる神がそう仰せである。 「人は生きるべきだ。神から託されたその命、投げ出して良いわけねーよ」 うん。と、キルユーテンダーは子供じみた仕草で頷く。 「でもさ。世界中の人間を同じ神様が担当してるわけでもないじゃない。この世界に干渉してる高次存在って数えられないくらいいるし」 だからさ。 「自分の思うとおりにするのが一番だよね!」 聖は覚悟を決めた。 「代行者としての生殺与奪。同意があろうが無かろうが、自殺幇助は神様的にアウトなんだよ」 白黒二本の刃と、コードでつながった二本の針が交錯する。 車の中で救助を待つ人達の目には触れない。 白い闇の中で、命に関する見解の相違で争っている二人がいることを。 ● 爆発音。ゴムが焦げる臭い。 「声だして。声出してくれれば、うちにはどこにいるかわかる。なあ、から元気でもいいから!そしたら、たすけてあげられる! おねがいやから!」 珠緒は叫ぶ。 「死んだ方がましって言う人もいるだろうけど……」 智夫は、事故現場からけが人を引きずり出した。 見えさえすれば、癒してあげられる。 「それでも生きていて欲しいと思う。――義衛郎さん、こっち引っ張って!」 だから。 「そのためにここにいるんや!」 回復の神秘は、無差別攻撃呪文とは違う。 漫然としていて受け取れるものではない。 詠唱者と対象に何らかの接点がなければなければかからない。所在が判然としない者にはかからない。 それは、くしくもキルユーテンダーと殺されるものの間になくてはならないと彼が主張する『魂の交歓』 に他ならない。 吹雪の向こうから、かすかに歌声が聞こえる。 「ちょっとだけでいいから顔を見せて下さいな。窓を開けていただきたいの」 瑠璃は、詠唱を始めた。 なんだろう。と、ほんのちょっとでも。 「神秘でのその場しのぎやろうと、うちは気にせず使うで?」 珠緒は、詭弁に負けない。 「『十年に一度の悪天候』も偶然なら、『たまたまそこにいたリベリスタ』だってアリやんな」 「風が止めば、本格的な救助が来ます。それまで頑張りましょう」 天候をどうこうする能力はないが、希望ある言葉を叫ぶことは出来る。 「この車、燃料漏れしてる。外に出て!」 シュスタイナは異臭に気づいて、窓ガラスをたたく。 「ドアが、凍り付いて開かない!」 ロックは外れている。間の抜けた音しかしない。物理的に凍り付いているのだ。 「助けて、開かない! たすけて!」 シュスタイナは、リベリスタの基本的な能力を駆使した。 常人よりはるかに力が強い。 力任せに、氷を引き剥がしてドアを開けた。 「逃げるわよ」 後部座席から、足腰が立たない様子の老人がいた。 シュスタイナは担いだ。 おそらくその息子であろう壮年の男性に目を丸くされたが、それどころではなかった。 「火が――」 文字通り飛んできた影――瑠璃が、壮年の男性を弾き飛ばすようにして、赤いうねりから守った。 「お嬢さん、煤だらけ――」 壮年の男性は、ショックのせいか間の抜けたことを言う。 「かまいません。これも上に立つ者の勤めなのですわ」 瑠璃が言うのに、男性は、はぁ。と、相槌を打ち、すぐに何度も頭を下げて礼を言った。 「それは、安全なところまで退避してからになさって!」 おおっぴらに神秘を使えないなら。 リベリスタは、状況に応じて、文字通り体を張った。 どれほどの人間の傷が癒えたかはわからない。 全体のどのくらいになったのかもわからない。 もちろん取りこぼしはあっただろう。 それでも、リベリスタは骨惜しみはしなかった。 効率などという言葉をちらとも思い浮かべもしなかった。 傷を負っているのなら、たった一人のためにでも歌った。 「神秘は秘匿したいが事態が事態だ。一般人の生存が最優先。後で始末書でもなんでも書きますよ」 三高平市役所職員の義衛郎は、現場目線最優先だ。 「元気が出る歌を歌ってるだけだよ!」 「せやせや!」 いつか、風もやむ。 もうすぐに。夜明けが来る。 ● 風の吹き溜まり。光の差さないところで、災いは退けられていた。暴力によって。 その刃の名は神罰というのだ。 聖の一撃は重く、神の怒りは呪いのごとく。 「痛い。すごく痛い」 癒えることのない傷が、シノブをさいなんだ。 「死ね。ここで死んでいけ」 「やだね。だって、あんた、俺と死んでも幸せじゃなさそうじゃない。俺も幸せじゃない」 複数の人の気配がする。 お友達が、シノブの危機に駆けつけたのだ。 五人を相手にするのは難しかった。 何より、キルユーテンダーは聖を殺すのを嫌がった。 「さよなら、アーク。義理も果たしたし。あんたたちがいない、幸せな死を望んでくれる人のいるとこに行くよ」 二度と会いたくない。と、シノブは聖を指差した。 「でも、何かの間違いで、死にたくなったらよんでくれてもかまわないからねー?」 呪いのような言葉を残して、キルユーテンダーは去っていった。 ● ひどい事故だった。 死傷者、多数。 そのうち、キルユーテンダーが原因と思われる変死は数件。 歌うボランティアの記事が少しだけ新聞に載り、とある職員は始末書をぺらイチで提出して受理された。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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