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運命幻想狂喜劇

●第二楽章
 ――――悲劇(セカイ)に理由は無い。これが喜劇(マチガイ)でなくて何だと言うのか。

●楽園失墜(フォールン・トリック)
「事件が起こった。現在進行形で状況が進行中。至急現地にとんで欲しい」
 『リンク・カレイド』真白 イヴ(nBNE000001)からの連絡はその様に始まった。
 幻想纏いを通して紡がれた言葉を、疑う者は誰一人居なかった。
 これまでも何度か発生した状況だ。必ずブリーフィングルームに集まれた案件ばかりではない。
 何故この人選なのかと思う事はあれ、偶々連絡が付いた順と言われればそれまでだ。
 そしてこういった流れで向かわされた案件で、容易な物は決して多く無い。
 此度も同上だ。そうした依頼は受けると決めた時点で、覚悟をする必要がある。
 即ち、状況はあくまで“最悪よりは僅かにマシ”と言う所まで追い詰められていると言う事を。
「現場に到着したら、付近に明らかに不審な屋敷がある。そこに向かって。
 作戦成功条件は、屋敷内に居る凶悪なフィクサード2名の討伐」
 追って資料は送付すると、それだけを伝えて連絡は途切れた。
 事実として。送られて来た資料にはフィクサード2名の名称と経歴。
 そして曖昧にも程が有る推定能力等の記載がされていた。
 何時も通り。困難な仕事は先ず情報が十全でない所から始まる。時間的猶予も無い様だ。
 厄介な事になったと――けれど、まさかそれが″全て罠である″とは誰も気付かなかった。
 
 ――――これが、先に突入した8名の置かれた状況の全てである。 

●運命幻想鏡(アナザー・カレイド)
「――さて。哀れな仔羊達の悲劇を物語ろう」
 灰色のコートを羽織った少女は声を上げる。
 蝋燭で照らされた位相空間。即ち、破界器“閉鎖幻想鏡”によって造られた異世界。
 その中央に少女は座す。対面に座るのは灰色髪の女。
「そうですね、必要な供物はあと10人。極上の魂でこの世界は終わる」
 片や、『人形遣い』。悪名高き“その手で最も多くを殺した”魔女を象る“破界器”。
「然り。ここで終曲とするのも味気ない物ですがね。
 私と君に関してはその方が心安い。私達の目的に手段は関係が無い」
 片や、『千貌』。人語に昇らぬ“その手で最も多くを絶望させた”他人を象る“破界器使い”。
「奇妙な縁では有りましたけど、貴方は嫌いでは有りませんでしたよ。ラトウィッジ卿」
 悪戯っぽい笑みを口元に湛え、魔女は詠う。
「その名前を持つ男は死にました。世界中に知れ渡り立派な珍獣と化した芸術家被れの童話作家は。
 故に、私は君がどうしてそこまで人間に拘るのかが理解出来ない。ねえ『ピノッキオ』」
 片目を閉じて、名前らしき名前を棄てた老人は少女の声で問い。
「この美しい世界は、優しくは有りませんから。努力、研鑽、妄執が報われる何て御伽噺。
 人生を賭けた傑作に宿ったのは出来損ないの繰り糸の化け物。そんな物でも願い位有るのです」
 灰色の女。その化身たる破界器の望みは叶わない。世界その物が変わりでもしない限りは。
 無貌の男。その経歴を消し去る事など出来はしない。世界その物が終わりでもしない限りは。

「滑稽な話です。まるで戯曲、絵空事だ。自分の為に世界の方を変えようだなんて」
「あら、そうでしょうか。私達が見て来た人間は皆その様な物でしたよ?」
 酷く人間的に、少女は嗤い、酷く人形的に、女は笑った。
「自分だけの。ただ自分の後悔の。ただ自分の羨望の。ただ自分の我侭の為だけに」
 ――ただそれだけの為に、世界を今も終わらせ続けているのが、人間でしょう?
 そう言って口元を歪める両者はどこまでも、どこまでも、紛う事無きフィクサードであり。
 そして現行世界の秩序を守る、総てのリベリスタ達の『敵』に過ぎない。
「万華鏡は?」
「勿論、ここに」
 部屋の中央に据えられた水鏡。そこに映し出されるのは、未来。
 10人の。即ち、彼女ら2人と招かれた8人の。その到るとされる結末。
 かつて少女が告げた言葉を、少女を象った『千貌』が、映したその力で以って繰り返す。
「今宵、私達は運命すら支配する」
 屋敷の入口は位相空間と直接繋がっている。逃げ場は無い。
 携えた切り札の名は「運命幻想鏡(アナザー・カレイド)」
 『リンク・カレイド』真白 イヴを象り、その記憶と、その存在と、
 その「天性の異能」を模倣して成る――一夜限り、鏡写しの“運命支配”。

 灼熱の如く燃える赤い月夜。世界はまるで脈絡も、前置きも、始まりすら無く。
 夏の夜の夢の如く――唐突に終わろうとしていた。

●万華鏡(カレイド・システム)
「事件が起こった。現在進行形で状況が進行中。至急現地にとんで欲しい」
 同じ言葉で有りながら、それは真実切羽詰った者の必死の声音で紡がれる。
 その声を聞いたのはたったの2人。現場に突入可能な範囲に、偶々居た。
 条件として合致する人間がそれだけしか居なかった。
 いや、日本と言う国は狭い様で広い。2人も見つかっただけ奇跡とすら言えたろう。
「このままだと、8人死ぬ」
 続いた言葉は、切迫を通り越していっそ笑い飛ばせる様な内容だ。
 アークの任務は概ね8人1チーム。8人死ぬとはつまり全滅である。
 今だかつてそんな例は1度もない。組織戦で大敗を喫した時ですら……だ。
 けれど、イヴは同じ言葉を繰り返す。
「万華鏡が、8人死ぬって演算結果を出してる。現状ままだとこの未来が確定する」
 過去、万華鏡その物を″ハッキング″して見せた『犯罪ナポレオン』。
 それと比較すれば、個人が持つ幻想纏いの通信機能のみに不正アクセスする等然程困難ではない。
 ただ、それが効果的だと断定出来るほど誰もアークを知ろう、と等しなかっただけだ。
 誰も彼も、最強最悪を誇る歪夜の使徒すらが彼らを侮って敗れ去っていった。
 
「まだ、間に合う」
 神の眼の見た未来には揺らぎがある。それでも予測演算の結果は正確だ。
 現時点で“8人が死ぬ未来が見えている”のであれば、
 万華鏡による演算結果を知った上で、それを覆そうとしない限り死ぬ。
「現場に到着したら、付近に明らかに不審な屋敷がある。そこに向かって。
 作戦成功条件は、屋敷内に居るアークのリベリスタ、全員の生還」
 言葉と共にすぐ様送られて来た資料。そしてそこに添付されていた追記。
 提示されている情報の筆頭に、フィクサード組織『救世劇団』の文字が躍る。
 恐らくは。主流七派がアークを「敵」と見定める以前から、
 或いは天才、真白智親が”神の眼”の開発に成功し、本格的活動を始める更に前から。
 彼ら方舟を「運命的天敵」と定め、調べ続けて来た「フィクサード組織」
 「楽団」の協力者を、「蜘蛛の巣」の残党を、「親衛隊」の生き残りを、
 アークの戦果の裏側で敗残者達を取り込み、纏め上げ勢力を拡大し続けた西の"災厄"
 で、あるならば――これは”真実侮りの無い敵が周到に仕掛けた”一つの解答だ。
 敵は組織の幹部クラスが2人。それに、付随する護衛が……果たして、どれだけか。 

 伏魔殿、であるならばまだマシだと言えたろうか。
 イヴの言を受け踏み入れたその先は紛れも無い魔窟。
 綿密に編まれた蜘蛛の巣は、霧の都のそれと比しても決して遜色有る物ではない。
 生還。たったそれだけが遠い戦場。人は、これを死地と呼ぶ。
 与えられた情報のいずれもを確認し、2人は屋敷の様に見える建築物への門を潜る。
 待ち構える物も並でなければ、状況は最悪を上回って余りある。
 彼らに対して牙を剥いているのは他でも無い、“運命”その物だ。
“以前、皆が回収してくれた『アルラウネ』
 智親が今分析中……でも、一応今から使用可能。使えるのは1度きり”
 打てる手は全て打つ。その想いが込められた追記からも状況の厳しさは知れる。
 『ヴァチカン』より掠め取った貴重な札(カード)を切ってでも全員で生還して欲しい。
 それが例え、万華鏡の姫の本音であったとしても。
 今それを選ぶのは。そして、この先の未来を勝ち取り得るのは現場のリベリスタ達だけだ。
 賽は、投げられた。

 ――――これが、後から突入する2名の置かれた状況。
 そして、この狂気の歌劇の全てである。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:弓月 蒼  
■難易度:VERY HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2015年01月24日(土)22:46
 110度目まして、シリアス&ダーク形STを目指して増す弓月 青です。
 立ち塞がるは運命。以下詳細。

●特殊ルール:Another・Kaleido
 破界器「運命幻想鏡」を用いた特級の儀式魔術。
 任務参加リベリスタ中、登録ID順に上8名が下記のペナルティを被ります。
・敵が全ステータスを把握。
・死亡判定発生時の死亡確率が大幅増。
・歪曲運命黙示録の発動が困難。

 任務参加リベリスタ中、登録ID順に下2名が下記のペナルティを被ります。
・参戦が12ターン遅い。

●作戦成功条件
 フィクサード2名の撃破 or リベリスタ全員の生還
 
●フィクサード
・『ドールマスター』ティエラ・オイレンシュピーゲル
 初出シナリオ:ずっといっしょ
 『救世劇団』幹部。
 気糸を接続して他人を操ると言う神秘を用いるプロアデプト。
 EXスキル『マリオネットケージ』、破界器依存のEXスキル『繰殻惨昧』を所有。
 高速、高命中、高神攻の攻撃特化型。その分回避は程々で、脆い。
 本体は人間部分ではなくその脊椎に寄生している破界器『魔女の繰り糸』

 繰殻惨昧(EX):A.神遠複、破界器依存のEXスキル。
 100%命中した対象に精神・麻痺系の状態異常が付与されている場合、
 対象を操作し自由に戦闘させる事が出来る。この場合対象の手番は失なわれる。
 この効果は状態異常が解除されない限り継続する。

・『千貌』トート
 初出:『ローレライはもう歌えない』
 『救世劇団』幹部。
 他人に化けるという神秘を所有しており、極めて高精度の隠蔽魔術を修める。
 記憶・能力の一部も模倣しており、幻想殺し以外での看破は困難。
 所有する破界器は『怪盗の七つ道具』『閉鎖幻想鏡』『運命幻想鏡』の3つ。
 化けた相手の持つスキルをそのまま使う事が可能。攻撃力・命中力も模倣元に順ずる。
  
●エリューション
・人形学会
 初出:<六道>人形学会の開会式
 『ドールマスター』の個人的な弟子達……に見せ掛けた分身。
 本体は人間部分ではなく、その脊椎に寄生している破界器「魔女の繰り糸」
 それぞれが優秀なプロアデプトであり、ランク3までのスキルを使用可能。
 能力値や得意な攻撃属性、距離感等はまちまちであり、同一ではない。
 他クラスのスキルは所有しない。全員が下記のEXスキルを所有する。

 繰殻糸舞(EX):A.神遠単、破界器依存のEXスキル。
 100%命中した対象に精神・麻痺系の状態異常が付与されている場合、
 対象を操作し自由に戦闘させる事が出来る。この場合対象の手番は失なわれる。
 この効果は状態異常が解除されない限り継続する。

・傀儡人形
 初出:茨は亡くした夢を見る
 『千貌』の護衛。人間とE・ゴーレムを合成したE・キマイラ。形状はマネキン。 
 ジャミングに類する特殊能力を持ち、この存在が居る場所では幻想纏いが通話不能。
 更に“状態異常無効”を貫通して[混乱]が発生する。(他の状態異常は無効のまま)
 戦闘能力はフェーズ3のエリューション相当。物理攻撃のみ、反射有り。
 計2体が存在。2体の傀儡人形は手番を消費し互いのHPを交換する事が可能。
 
●破界器
・魔女の繰り糸
 『ドールマスター』本体である糸型破界器。
 寄生した人間状の物体を自由に操る効果を持ち、固有の自我を持っている。
 本体である『ドールマスター』が健在である限り幾らでも数を増やす事が出来る。
 
・怪盗の七つ道具
 『千貌』が所有する灰色のコートに仕込まれている7つ1組の破壊器。
 視認した相手に化け、その知識、能力を写し取ると言う効果を持つ。
 
・閉鎖幻想鏡
 幻想鏡、と呼ばれる破界器群の1つ。手鏡。
 覗き込んだ人間を位相空間に閉じ込める効果を持つ。
 脱出には核となる鏡の破壊か、所有者の死亡を必要とする。

・運命幻想鏡
 幻想鏡、と呼ばれる破界器群の1つ。水鏡。
 革醒者と接続する事で特定の対象に『運命的不利』を被せる事が出来るが、
 代価として運命の祝福を大量に要求する。

●使用可能破界器
・アルラウネ
 初出:<アーク傭兵隊>全葬事件
 運命干渉器。固着されつつある運命に干渉する事が出来る。
 1度きり、使い捨ての破界器。現在使用可能な効果は下記のいずれか1つに限られる。
・特殊ルール『死亡判定発生時の死亡確率が大幅増』を解除。
・特殊ルール『歪曲運命黙示録の発動が困難』を解除。

●戦闘予定地点
 複数の「閉鎖幻想鏡」によって造られた位相空間。
 蝋燭が無数に灯された非常に広い部屋。壁には無数の鏡。
 障害物は無し。突入すると20m圏に人形学会3名。
 30m圏に『ドールマスター』、50m圏に『千貌』と傀儡人形が居る状態。
 『千貌』と傀儡人形の後方100m先に『運命幻想鏡』が設置されている。

●Danger!
 このシナリオはフェイト残量によらない死亡判定の可能性があります。ご注意下さい。
 また、多くの死者が出れば出るほど今後の展開に禍根を残す事になるでしょう。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
ナイトバロン覇界闘士
御厨・夏栖斗(BNE000004)
ノワールオルールスターサジタリー
不動峰 杏樹(BNE000062)
フライダークホーリーメイガス
アリステア・ショーゼット(BNE000313)
サイバーアダムクロスイージス
新田・快(BNE000439)
★MVP
ハイジーニアススターサジタリー
リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)
アークエンジェインヤンマスター
ユーヌ・結城・プロメース(BNE001086)
ハイジーニアスソードミラージュ
リセリア・フォルン(BNE002511)
ジーニアススターサジタリー
靖邦・Z・翔護(BNE003820)
ナイトバロンクリミナルスタア
熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)
アークエンジェホーリーメイガス
アリーサ・ヨハンナ・アハティサーリ(BNE005058)

●愛より青し
 一度目の恋は、未熟さゆえの痛み。
 二度目の恋は、手を伸ばせない苦しみ。
 不器用だから。器用に何て出来ないから。上手く何て、生きられないから。
 けれど誰かを好きになった事を後悔なんてしない。
 それが例え、傷を遺しても。それが例え、届かない祈りでも。
 誰かを好きでい続けられた自分は、嫌いではないから。

●黒い家
「屋敷の中は異空間。内部でフィクサードが何かやってる、ね」
「一度に踏み込まないと取り残されると言うのは面倒な状況ですね」
 幻想纏いに送られて来た情報を見遣り『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)
 続く『柳燕』リセリア・フォルン(BNE002511)が額を付き合わせる。
「踏み込む以外にない、なら踏み込むしかないだろう」
 例えいかに面倒な事態で有ろうとも。『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)の言葉に、
 『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)が考え込む様にしながら頷く。
「うん、選択の余地は無いみたいだな」
 与えられたその“作戦概要”その物が“偽り”である等、流石に思い至らない。
 固定概念と言う勿れ、それはアークに属し戦う全てのリベリスタ達にとって当然の常識だ。
 今まで不可侵の領域であった以上は、“幻想纏いの通信機能に不正アクセスされている”等とは
 ――普通、誰も考えない。
「やだなあ……このお屋敷、中も見えないし」
 『尽きせぬ祈り』アリステア・ショーゼット(BNE000313)の千里眼が通らない。
 この時点で、この屋敷が何らか神秘的によって――いや。
 少女の蓄えた知識がより正確に、“魔術”によって造られた事を確信させる。
「ま、なる様になるって。そりゃ何らかの罠は張ってるんだろうけど」
 他方アリステア同様千里を視透す魔眼を有する『SHOGO』靖邦・Z・翔護(BNE003820)が
 飄々と肩をすくめるのも既に覚悟が出来ていればこそ。
「何が起きても対応出来る様に、警戒しながら進もう。扉を開けるよ」
 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)がドアノブに手を掛ける。
 そこが、運命の分岐点。

「ええ、それでは――『お祈り』を、始めましょう」
 『茨の涙』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)の。
 そして8人のリベリスタ達の眼前に広がっていたのは33枚の手鏡で飾られた玄関門。
 罠と言うならこれ以上は無い。シンプル極まる――鏡の牢獄。
「――――――」
 忘れる物か。誰より早くその手口に思い至り、目を見開いたリリが声を上げる。
 これは。この、やりかたは。
 ――――――――――――
 ――――――
 ―――
「間に、合わなかった、か……」
 時間としてきっかり1分と30秒後。
 全力で駆けて来た『無銘』熾竜“Seraph”伊吹(BNE004197)が息を吐く。
 万華鏡は未来を見通す。本来であれば、神秘で出来た罠など事前に探知出来て当たり前だ。
 それが“覆された”となれば、相手は運命に干渉して来ている可能性が高い。
 対抗策としてイヴから提示された破界器――『運命の樹の根(アルラウネ)』によって、
 その影響の一部を抑え込んではいるが完全ではない。それ程に敵が用意した破界器は強力だ。
「急ぎましょう。死なせない、死なれない為に、私達(ホーリーメイガス)が居るんです」
 伊吹と合流したアリーサ・ヨハンナ・アハティサーリ(BNE005058)が行動を急かす。
 リベリスタとしては無名に近いアリーサではあるが、神秘の本場西欧出身は伊達ではないか。
 癒し手としての実力も、矜持も、決して古参のリベリスタに負けず劣らない。
 であればこそ。一分一秒でも早く屋敷に突入したいのが本音である。
 ――――が。
「待つのだ。この屋敷、強力な隠蔽魔術がかかっている。軽々しく踏み込めば……」
 サングラスの向こう側を瞳を細めて伊吹が睨む。
 魔術の専門家ではなくとも、長くリベリスタをやっていれば神秘には詳しくなる。
 特に昨今。それらに深く接す機会の多い伊吹にとって“魔術結界”には嫌な思い出しか無い。

「罠である事何て百も承知です。それでも、行かなければ誰も救えません」
 けれど制止に躊躇い無く。アリーサが扉を開け放つ。
 そこに飾られている無数の鏡を目の当たりにし、伊吹が瞬間両手の光輪を輝かせる。
「幻想鏡か――!」
 放たれた光輪の散弾が飾られた鏡。その“現実側に残された”23枚に突き刺さる。
 罅割れた音と共に砕け散る残響音だけを残し、2人の姿もまた掻き消える。
 取り残される様に開け放たれた扉が、軋んだ音を立てて閉じた。
 ……次の瞬間、現れた世界は暗闇だった。
 灯りも無い暗闇の世界。けれど、暗視を持つ2人にとって然程の害は無い。
 そして視界の彼方から声。複数の人間が、何かと戦っている。
「――さあ私の盤面で抗いなさい聖櫃諸君、希望に逃げるのは終わりにしよう!」
 響いたその声から理解出来るのは、アーク側が劣勢であると言う事だ。
 焦る気持ちを押さえ一歩踏み出そうとして、アリーサの足が止まる。
 悲鳴を上げこそしなかったが、それは異様な光景だった。
 転々と人間の形の何かが倒れている。良く地面を見れば間近に倒れている4人分の遺体。
 撃ち3人がイヴから伝えられた『人形学会』という少女達の物である事は一見で分かる。
 そして、最後の一人で視線が止まる。
「……『ドールマスター』」
 ローブを纏った灰色髪の女が死んでいた。腹部を切り刻まれ、動かない。
(おかしい。光源が無いとは聞いていない。それに……)
 万華鏡が探知し損ねた、と言う事はあるまい。
 目を凝らせば、視界内には幾つもの燭台と蝋燭が見て取れる。
 だがそれら全てに――火が点いていない。まるで何かで打ち抜かれた様に。

 いや、それだけではない。割れた懐中電灯の破片。
 視界の遠くでふらりふらりと揺れるのは“カンテラ”の灯りか。
 狙いは読めた。そして、その戦場と『人形遣い』、『千貌』と言う3つの条件が重なれば、
 アークトップクラスのリベリスタが“全滅する”と言う事態も納得出来る。
 最悪の戦場を、遅れて来た2人は暗闇を駆ける。駆け抜ける。
 けれど同時に理解していた。この失策は今更全てを賄い切れる物ではない事も。

●風前の灯火
 先行する8人にとって、その変化は一瞬だった。
 意識が反転し、周囲の風景が暗い部屋に変わる。蝋燭の灯が揺らめいて見える。
「ようこそ私達の屋敷へ」
 声は後ろから聞こえた。分かり易い程分かり易い“不意討ち”
 そして眼前には3人――いや、3体の『人形学会』
「――――っ!」
 息を呑むより疾く、リセリアが真後ろを振り返る。
 視界にはローブを羽織る灰色髪の女。『ドールマスター』ティエラ・オイレンシュピーゲル。
 その一瞬で十分だった。これは罠だ。それも典型的と言える程典型的な。
 8人は“既に包囲されている”。リセリアの判断は仲間の誰より速い。
 攻撃圏に“人形遣い”が居ないと分かるや、一足で距離を詰め『人形学会』に斬りかかる。
「あら、物騒」「ご挨拶も無しかしら」「これだから学の無い方は嫌ね私達」
 それを受ける『人形学会』が口々に声を上げるも、
 魅了の呪を帯びた光芒の一撃は内1体を切り刻み、そして縛る。
 敵に最初から接近されているなら、初動は比重として極めて大きい。
 リセリアの判断は近接攻撃手として順当であった。となれば、これは油断とは言えまい。
 “人形遣い”はリセリア以外の誰よりも速い。その両手が撓る様に舞った。
 革醒者であれば視認する事も可能な光の糸。大きく踏み込んだ無数の気糸が放たれる。
 並のプロアデプトならば目を疑うだろう。その暴流の如き糸の数に。
「“さあさ、楽しい楽しいお人形遊びのお時間ですよ”」

 ドールマスターの秘奥にして束縛の神秘『マリオネットケージ』
 見慣れているリセリアが跳ねる様にこれをかわすも、その効果は凶悪無比。
「返す返すも、馬鹿の一つ覚えか」
 咄嗟に見極め間一髪難を逃れたユーヌ以外。6人が気糸の網に囚われる。
 本来で有れば。即ち、並の革醒者であればこれだけで戦いが終わってしまう。
 “詐欺(チート)”とすら称される程研ぎ澄ませた気糸の業こそが“人形遣い”の本領だ。
 ――――が。
「踏み込んで、くれましたね」
 リリが動く。2つの銃口が射程圏に跳びこんで来た人形遣いへ向けられる。
 殆どのメンバーが混乱に対する耐性を強める中でシンデレラケージ。
 即ち“麻痺”に対しての備えをして来たのは2人だけだ。
 元より状態異常に縛られない絶対者はともかく、初動に於けるアドバンテージは小さく無い。
「――罪深き者に裁きを!」
 放たれたのは死神の魔弾。撃ち抜かれた人形遣いが目を見開く。
 いや、これまで何度も対峙した相手。幾ら隠そうと手の内など見えて――見え透いて、いる。
「っ……やりなさい、私達」
 手負いの人形遣いが『学会』を手繰る。何れも相応に素早い個体を連れて来たのだろう。
 ユーヌが癒し手であるアリステアの前に立ち塞がると、
 まるでそちらではないと言わんばかりに取出した“糸巻き”から気糸が両名を外し放たれる。

「くっそ……!」
 耐性こそ有れど、彼女らを凌駕する程は速く無い。
 夏栖斗に突き刺さった糸が操り人形の如くその体躯を動かす。
 だが、問題はそちらではなかった。
 そちらでは、なかったのだ。最後の『人形学会』が周囲を見回し、気糸を放つ。
「……ああ、そう来る訳ね」
 翔護が呟く。ズルいとは言うまい。もともとが罠なのだから何か有るとは思っていた。
 が、壁際に無数に飾られた鏡。明らかに多過ぎるそれに視界を奪われる余り、
 その不自然極まる要素を一切考慮に入れていなかった事は痛恨極まる。
 ああ、そうだ――それは“部位狙い”なのだろう。
 ピンポイント・スペシャリティによって周囲の蝋燭が纏めて落とされて行く。
 部屋の光度が一気に下がり、近接圏外の人間が視界に入らなくなる。
「SHOGO、避けろ――!」
「ごめん、流石に無理!」
 翔護に向けて自由を奪われた夏栖斗の拳が振り落される。
 単純戦闘力では一歩劣るSHOGO狙い。相手はリベリスタ側の数を減らす心算なのだろう。
 であれば覚悟する。覚悟せざるを、得ない。
 この攻撃は彼が倒れて動かなくなるまで繰り返されるだろう。或いは、人形遣いが息絶えるまで、か。
「させ、ない……皆、みんな生きて帰るんだから!」
 アリステアの癒し、機械仕掛けの神による治癒の奇跡が仲間達から呪詛の影響を吹き払う。
 けれど、これで後衛になど下がれなくなった。そんな事をすれば癒せない人間が出て来る。

 まるで詰め将棋だ。じりじりと迫って来る圧迫感に、少女の額が嫌な汗で滲む。
 リベリスタらの作戦の軸は、紛れも無く彼女だ。それを『劇団』も把握している。
 アリステアの動きが止まった時点で、戦況は大きく後退する。
 その為に、先ず視界を縛って来た。猶予は無い。一秒でも早く殺さなければ、殺される。
「キツいね、これは」
 暗視ゴーグルと懐中電灯を起動させた翔護が、小さく呟く。

●途切れる糸車
「『ドールマスター』は脆い。畳み掛ければ勝機はある」
 杏樹の放ったNo13が弱った『人形学会』を撃ち抜き、仕留める。
 本来であれば十字の一つも切るべきなのだろう。けれど、戦況はそこまで甘く無い。
 この後まだ敵が控えているのだ。速攻で決着をつけて先に進まなくてはならない。
「……不自然だ」
 アリステアと杏樹の中間に立っている快は暗闇の中でも熱を持つ物が探知出来る。
 それによれば、壁に100枚近く貼り付けてある鏡。その凡そ3枚に1枚は破界器である。
 だがそれ以上に視界の先、部屋の奥。人型が3つと壷が1つ。強烈な熱を宿している。
 敵、なのだろう恐らくは。けれど、彼らは何故近付いて来ないのか。
「閉鎖空間、鏡の世界――あれは多分、『千貌』です。何か狙いが有るのでしょう」
 リリの放つ銃声2つ。“祈りの欠片”を浮かべて灯りの代わりとしているが、
 暗闇に潜む人形遣いへの命中率は目に見えて下がっている。
 周囲は全くの暗闇。それに対する備えをして来なかった面々には相応の負荷が掛かる。
「私は何とかなってる……けど、リセリアさんが辛そうだな」
 竜眼による視覚補強で以って死神の魔弾を放つ杏樹や暗視ゴーグルを持つ翔護はともかくも、
 近接戦しか攻撃手段が無いリセリアにとって視界は死活問題だ。
 蝋燭の後翔護が灯した懐中電灯が打ち砕かれた時点で、30m圏の光源は皆無。
 おまけに部屋奥の3人が破壊しているのだろう。部屋全体の明るさがじわりと落ちて行く。
「――“ティエラ・オイレンシュピーゲル”」
 呼び掛けに、視界の端で何かが動く。其方に向け、リセリアは踏み込む。
 誘いであるならそれでも良い。自分が研ぎ続けた剣の道を信じている。
「それは貴女の名ですか『魔女の繰り糸(ドールマスター)』。それともその身体の名ですか」
 違和感は有った。破界器である『魔女の繰り糸』その本体が有する異能。
 『繰殻惨昧』がそれに相当するのであれば、『マリオネットケージ』とは“誰の神秘”なのか。

 くす、と笑いが毀れる。其方に向かって愛剣を振り下ろす。
「ええ、正解。大正解よお嬢ちゃん。『道具』に、人の名前なんか有る訳が無い」
 手応えは有った。その刃は切断まで行かずとも空っぽの体躯を切り裂いている。
 けれど、恐らく運命を削ったのだろう。女は翻す様に身を闇へ身を投じ――
「くっそおおおお、なんでだあああああ!!!」
 夏栖斗が悲痛な声を上げる。彼は明らかに狙われていた。
 十分な攻撃力。快、アリステアと言った癒し手を上回り、けれど『学会』程ではない程々の速度。
 気糸が悠に的中する程度の回避能力。単純に敵にとって“好都合”だったと言うだけの理由で。
 その度に、両手に蘇る。細い首を手折った感触。
 拳は仲間達を繰り返し打ち付ける。守りたかった筈の物を自分の両の手が壊していく。
(何で、だよ)
 こんな筈じゃなかった。この両手は。鍛え上げた業は、護りたい人を護る為の――その筈の物で。
(何で、いつも、いつも)
 鉄の心を鋼の心に鍛えて。涙も、痕も噛み締めて。ここまで来たって言うのに。
(どうして、上手くいかないんだ)
 ――何で……私を殺したの?
 脳裏に響いた幼い声に思考が止まる。違う。違うと、頭を振る。護りたかった。救いたかった。
 気付けば、眼前には灰色髪の人形遣い。瞬いた女が嘲笑う様に嫣然と微笑んだ。
 身体の自由は戻っていた。そして彼自身には傷1つ無い。
 アリステアの必死の癒しの賜物か。その上に何故か。それはまるで、誘うように。
 痛々しく身体を切り刻まれた、夢にまで見た“怨敵”が。
「あら、どうしたんです“子殺し”さん」
 その言葉に、気付けば拳を奮っていた。
 元々殺す心算だった。迷いなど無かった。“家族”を殺すのに比べれば遥かに簡単だった。
 仇花咲かす鮮血の拳が、既に壊れかけていた“人形遣い”を打ち抜いて。
「……あ、れ」

「…………え?」
 “ティエラ”が漏らした声に、返り血で真っ赤に染まった夏栖斗が瞬く。
 聞いた事の無い、掠れる様な女の声。『魔女の繰り糸(ドールマスター)』ではなく。
 “ティエラ・オイレンシュピーゲル”の声。
「……私、何で……」
 腕は、腹部を貫通している。致命傷だ。間違い無く。殺そうとして、殺した。
 だって仕方無い。まさか、“身体が生きている”だ何て考えすらしなかった。
「……痛い………………お父……さ」
 “人形”にされた。され続けた娘が崩れ落ちる。夏栖斗は動けない。
 糸が切れた人形の様に、望んで“人殺し”を成した英雄(ヒーロー)は、動けない。
「しっかりしろ、まだ戦いは続いてるんだぞ」
 冷たく放たれるユーヌの言葉に、夏栖斗が頷く。
 けれど誰が見ても焦燥しているのは明らかだ。無辜の誰かを殺す何て珍しくも無い。
 だが、間違って人を殺したとなれば、まるで話は別だ。覚悟など、有る筈も無い。
 ――3体の『人形学会』そして『人形遣い』を打破した時点で、
 運命の祝福を消費した者は誰も居なかった。それが、戦果としての全てだ。
 経過した時間は100秒少々。総合力として、彼らは既に『人形遣い』の上を行っていた。
 けれど、自失する夏栖斗以外であればSHOGOだけが心中穏やかとはいかなかった。
 感じたのは違和感だ。鏡の国、と言えば先ず真っ先にアリスの童話が思い浮かぶ。
 そして件の童話では、アリスは11手で“目醒める”筈。
 結局、『人形学会』を倒す事に時間を取られて鏡は手付かずだ。
 そこを優先すべきだと考えていた人間も彼しか居なかった。
「わお。こんなに美少女だらけになったら流石のSHOGOも怯んじゃうぜ!」」

 だからこそ翔護は誰よりも驚かず。
「なるほど、こっちが本命か」
「可能性は考えてましたが……やはり、ですね」
 『劇団』のやり口を良く知る杏樹、リセリアもまた眉を寄せるに留まる。
「…………え」
 けれど、アリステアからすればそれは絶望以外の何物でもない。
「確りしろ夏栖斗。『ドールマスター』は死んだかもしれないけどな」
 童話の世界では、アリスはチェスに言う白の歩(ポーン)に相当する。
 故に、快が声を上げる間に幾つかの“鏡”から少女が飛び出してくる。数、8体。
 『本体』が居る限り幾らでも数を増やせる『学会』が3体で終わる筈も無かったのだ。
「『魔女の繰り糸(ドールマスター)』本体は未だ健在だ」 
“鏡の国”から――“目覚めたアリス”がやって来る

●千謀
「力有る革醒者の魂。『ドールマスター』分は回収出来ましたが、流石は“聖櫃”お強い」
 “灰色髪の女”が呟き
“お気に入りの『人形』が……ああ、勿体無い”
 彼の脊椎に張り付いた『魔女の繰り糸(ドールマスター)』が言葉を返す。
 その左右には傀儡人形を携え、ティエラを象った『千貌』が歩みを進める。
「こればかりは何とも。ともあれ、後は詰めるだけです」
 歌劇には演ずるに適切な時と言う物が有る。結界を構築した時点で彼は物語性に拘った。
 ただ物量をぶつけ勝つだけでは面白くも無い。
 知恵と芸術の神トート。ギリシャに於ける伝令神ヘルメスと同義とも呼ばれるその異名こそは、
 彼の自尊心の現われと言っても過言ではない。3つの顔を持ち、偉大なると称されるヘルメス。
 即ちヘルメス=トリスメギストスとは神秘世界における神の二つ名だ。
 名に相応しい華々しくも劇的な結末を。だからこそリベリスタ達に11手を与えた。
 敵に塩を送る様に。一時の勝利と喜びを塗り潰してこその――“喜劇”
「――さあ私の盤面で抗いなさい聖櫃諸君、希望に逃げるのは終わりにしよう!」

●仕組まれた喜劇
 壁の鏡が纏めて半数程割れた。
 その音に驚いて後背を見遣れば、其処には大分見慣れたサングラスの男が立っていた。
「今度は、間に合った様だ」
 愛銃を打ち付け、別れた。そのまま居なくなってしまった黒羽の射手が居た。
 それを全面的に許すには、杏樹の心には広さが足りず。
 だからこそ、釘を刺しておく。それ所ではないと知りながら。
「地獄の果てまで付き合うつもりか? 先に死んだらぶん殴るから」
 何時も通りに。けれどその銃口は眼前の“サングラスの男”に対して向いている。
「死ぬときは一緒だ。そのために戻ってきたのだからな」
 そして、それはここではない。伊吹の光輪もまた、“直ぐに拳の出るシスター”へ向けられる。
 至極当然の事だ。彼らの視界には敵しか居ない。
 そして仕方の無い事でもある。一度乱戦に縺れ込んだ以上、“傀儡人形”の地形効果。
 『状態異常無効を貫通する混乱』は例外無く誰にでも影響を及ぼす。
 本来であれば接敵せず打破したかったと言うのが本音だ。
 が、突入した8名と同数の『人形学会』を受け止めながら後退などしたら、
 近接戦を行うリセリアと夏栖斗が孤立する上、暗闇でアリステアの回復も届かなくなる。
 だから下がれなかった。暗闇と伏兵。2つの要因によって行動を縛られてしまった結果として。
「良いか相棒。3カウントで距離を取れ」
 それでも。『混乱』していても声は届く。
「……分かった。これが『千貌』の罠で無いと信じる」
 3,2,1――0。駆け出した杏樹の背後で放たれた光輪が炸裂する。
「今だ、アリーサ!」
「はい、“幕引きの癒し”(デウスエクス・マキナ)をここに――!」
 後から来た2人には戦況の全てが見えていた『人形学会』に操られた快が立ち塞がっているのも。
 同様に操られたアリステアが敵方の戦線を支えているのも。
 リリが夏栖斗を撃ち抜き、ユーヌとリセリアが互いに潰し合っているのも――全て。

「……これ、は」
 まるで夢から醒めた様に、視界が晴れる。
 絶息寸前まで追い詰められていたユーヌが「糸の支配」と混乱を脱したリセリアに血の息を吐く。
「何とか、生きている……か」
 耐久力で頭一つ劣るユーヌにとって、リセリアは最悪と言って良い相性だった。
 祝福を削っても尚余りある一撃は、もし“運命に干渉”していなければ死んでいたレベルだ。
 或いは、アリーサが自らの力を賦活方を優先していたら間に合わなかったろう。
「おや、招かれざる客とは頂けませんね」
 背の側からは声。リベリスタ達もただ狂乱させられていた訳ではない。
 傀儡人形が突っ込んで来るまでの10秒間で2体の『人形学会』を葬っている。
 だが、『千貌』が『人形遣い』を写していたお陰で。
 そして“『千貌』が『魔女の繰り糸』の本体を寄生させていた”お陰で、戦線は完全に瓦解した。
「皆、大丈夫……!?」
 気糸によって操られ、敵を癒し続けた自分の行動を憶えている。
 悲鳴じみたアリステアの声は、自らの眼前で仲間達が全滅しかかっていた状況を理解すればこそ。
「何、とか……まだ、死んじゃいないね」
「誰も、死なせない。護ってみせるさ」
 夏栖斗が、快がアリーセの位置まで後退する。
 暗視を持つ癒し手の存在は、『傀儡人形』さえ抑えられれば戦況を引っ繰り返し得る要因だ。
 失われたリソースは極めて大きく、あのままで有ったなら間違いなく全滅していた。
 けれど、未だ誰も死んで居ない。そして、この場には未だ勝機が転がっている。
「ふ、ははは。いやなるほど、まあ分かります」
“それしかないでしょうね、諦めの悪い坊や達なら”
 二重の音声。『千貌』であり『魔女の繰り糸』である灰色の女。
 そして恐らく、この結界の支配者でもある――名も知らぬ老人の、撃破。他に、手は無い。

「いや、割と悪い賭けでも無いんじゃないかな」
 けれど、割り込む声。仲間達が殺されかけているにも拘らず其処に居なかった男。
 最初の段階で距離を取り、全力で“壁の鏡”を割っていた翔護が愛銃を構えて立っている。
 その言葉に、『千貌』が怪訝そうに眉を寄せる。
「これなーんだ?」
 ばらっと広げた鏡の数、実に9枚。恐らく、1人につき1枚なのだろう。
 それを見て、トートは口元だけを笑みに歪める。
 この鏡の世界は、複数枚の『閉鎖幻想鏡』を繋げて創り上げている。
 脱出には核となる鏡の破壊か、支配者の死が必要不可欠。
 そして、『閉鎖幻想鏡』には1つの特徴がある。“内部からの破壊は非常に困難”と言う特徴が。
 翔護は鏡を割った。嵐の如く割って割って割り続けた。そうした所、“何枚かが割れなかった”
 まるで狙った訳ではない。だからこそ恐ろしいまぐれ当たりと言うべきか。
 “鏡の破壊を最優先とする”と言う方針と、“全体攻撃を用いて割る”等と言う、
 如何にも時間と手間を惜しんだ行動が無ければまず辿りつけ無かった選択肢。
 SHOGOの直感(センスフラグ)がこれが“正解”だと示している。
「なるほど、つまり……」
「君達は私を倒すか、最後の鏡を割る。どちらでも出る事が出来る、と言う訳ですね」
 けれど幸運はここまでだ。最後の核となる鏡の所在については誰も予測すらしていない。
 もし、誰か一人でも部屋の最奥へ最優先で向かっていたなら、
 全ての運命は変わっていた、かもしれない。
「……結構、私も遊んでいる訳にはいかない様だ」
 6体の『人形学会』、2体の『傀儡人形』、そして――『千貌』トート。

 切り込むのは無謀以外の何物でもない陣容。勝ち目は極めて薄いと言わざるを得ない。
 けれど、持久戦となれば元の木阿弥だ。生きたいならば、勝つしかない。
「大好きな人にもう一度会うために――誰も、殺させない」
「全員で無事生還する。それが、大前提です!」
 アリステアが血に濡れた両手で杖を握り、アリーサが障壁の魔術書を手繰る。
 2人の癒し手の声が途切れた時が、タイムリミットだ。
 一方通行のチキンレース。同時に構えた伊吹と杏樹が最後の幕を切る。
「見果てぬ夢で終わらせてやる――運命ならば共に生こう」
「ああ、すべての子羊と狩人に安息と安寧――そして、勝利を。A―men!」

●主よ憐れみたまえ
「こんな劇は終わらせる。世界は優しくない。でも、そんな世界でも一生懸命生きてる人がいる」
 拳を握り、奮い立つ。命を削り、最前線を駆け続けた。
 その生き様は、その誇りは、誰に恥じる必要すら無い。
 彼は精一杯戦って来た。全力で足掻いた。それを嘲笑う事など出来はしない。
「ここはまだ、果てじゃない。例えいつか地獄に落ちるとしても、一発殴るまで、死ねない」
 愛銃と共に抗い続ける。神の無慈悲から、世の理不尽から。
 その果てが血に墜ちる道程だったとしても、銀翼は羽ばたき休む事もない。
 彼女は追い掛け、指先を伸ばし続けた。その手に救われた者を否定など出来ない。
「お願い、私の近くに連れて来て! 絶対、生かしてみせるから!」
 両手は朱に染まり、翼は鉄の香りがする。
 癒す事で殺し、護る事で殺し、救う事で殺す。それが、例え真実なのだとしても。
 親しい人と離れたく無い。失いたく無い。その一心で紡ぐ奇跡が、間違いである筈もない。
「苦しみ悩んで足掻いて切り開いた未来の先を――見るまで、死ねないんだよっ!!」
 死神の鎌は何時でも後ろから迫って来る。それを、覚悟している。
 誰も彼もに手を伸ばせば、最初に沈むのは自分自身だ。無数に束ねれば束ねる程に。
 そうだとしても目を逸らさない。妥協しない。命を賭けるに足る理想だと、信じたから。
「我が儘ならばその通り、馬鹿馬鹿しくも殴り合ってやるさ。骨董品のまま果てていけ!」
 題目など知らない。演目など下らない。不平等何て今更だ。
 そんな物に牙を剥く事その物に価値が無い。ただ有るがままで良いのだから。
 “普通”である事に耐えられない者は弱いと切り捨てる。その矜持に、例外は無く。

「道具にするか、されるか――どちらも同じ、貴方方は哀れな『人形』に過ぎない!」
 その在り方は剣。誰より速く、誰より確実に、誰より正確に、命を奪う武器。
 正義も、悪も無い。自分が信じる道の為に。家族に恥じぬ生き方の為に。
 迷いが無いからこそ曇りも無く。奔り抜けたその想いは清廉に尽きよう。
「悪いけど抜けさしてもらうよ、オレ合コンはお座敷派なんだ」
 戯れ同然の体で死地に趣き、揺るがず変わらぬ笑みと共に勝利を掴む。
 それを指し人を超えたと言うならば、むしろ真逆。彼は誰より人だった。
 どこにでも居る、何の変哲も無い、軽薄な人間が全力で抗った。ただそれだけの事。
「一人だけの命では無くてな……お前達は、ここで止める!」
 発端、縁、譲れない理由。戦う為の武器など、それで十分だ。
 誰かの為に武器を執るのではなく、置き去りにして来た物の為に武器を持つ。
 それは未練であり、愛情であり、誇りだった。ならばこそ、まだ死んではやれない。
「痛く無い、苦しく無い、誰より傷付き誰より癒す。それが、私達の役割だから――!」
 一人取り残されて、そこにはもう居られなかった。
 迷って、歩いて、辿り着いた場所。けれど何所に居ても変わらない事だってある。
 生かしたいから。放っておけないから。癒し手には、癒し手のプライドがある。
 
 拳撃が有った、銃撃が有った、蘇生が有り、守護が有り、秘蹟が有った。
 斬撃が有った、魔弾が有った、治癒が有り、衝撃が有り、そして祈りが有った。
 けれど繰り糸は守護を剥ぎ取り、守るべき者達へ束縛の糸が舞う。
 脳は異物の排除を奏で、衝撃と暴風が吹き荒れると普通の少女が倒れ伏す。
 疾風の如き斬撃は、それでも人形の一角を削り無貌の老人の地金を晒す。
 蘇生と治癒は時折無貌を癒すも銃撃と衝撃が1つの傀儡を討ち果たし、
 拳撃と祈りが更に1つ人形を下す。だが、ここで守護の理想が膝を折る。
 続けて放たれた繰殻の惨劇を避け得たのは柳燕の剣ただ一騎。
 この時点で――"灰色の魔女"が彼女を最大の天敵と見定めるのは必然と言える。
 斬撃へと殺到した無数の攻撃に、運命を削る事で傀儡の呪縛を逃れた女が立ち塞がる。
「もう、誰も、奪わせません」
 盾となった祈りの娘を、拳が、銃弾が、衝撃が打ち抜いた。身を折り、血を吐いて、
「私は仲間が、皆が、大切なのです」
 人形達の呪われた糸が貫いた。膝を折りかけ、けれど倒れない。
「だからどうか、かみさま」
 本来はこの時点で、既に臨界を越えていた。ならば、ここが終点。
「――――私の大切な人たちを、うばわないで」
 地力であれば、勝り得ただろう。暗闇を見誤った事で行動範囲の自由を奪われた。
 編制であれば、優れていたろう。抗戦か、脱出か。方針のブレは選択肢を狭める。
 そして、彼らは罠に掛かった。
 それが全てだ。それが――この戦いの、結末だ。
 御都合主義の神様は、この世界には。この運命には存在しない。
 だからこそ。

 その両手は震える怒りと戒めを携え、毀れる命を灼熱へとくべる。
 目を閉じれば、最初に『お祈り』を果たした自分が祈りの娘を見つめている。
 呪われた、命。穢れた、罪人の魂。無機質な子供の彼女が――本当に、それで良いのかと問う。
 最後まで、自分の意志を棄てない。
 そう約束した。
 最期まで、諦めずに足掻き続ける。
 そう、心に決めた。
 だから、これは諦めじゃない。ただ、純然たる私心を込めて。
 【神の名の下に】ではなく自分の意志で、悪足掻きと、願いとで、トリガーを引く。
 罪も、罰も、痛みも、後悔も、失恋も、片思いも、温かく尊く想う全てを抱いて。
 生きていくと。死んでいくと決めたのだから。
 ―――自分の操り糸は、自分で持っていたいのです
 其は運命に抗う致死の祈り。奇蹟は起きない。その筈だった。
 歯車が噛み合う可能性は、僅か1割強。そしてこの世界に“逃げ場など無い”
 けれど、それがどうしたと嘯いて。
 幾度も幾度も、信仰に違う者達を裁き続けたトリガーを、自分の為に引く。
 目蓋の向こう、幼い自分が仕方無いなあ、と言う様に苦く笑った。
 散華は、炎の如く燃え上がる。

●茨の涙
「な……」
 仲間同士の潰し合い。確実に死者が出る筈のその瞬間。
 二丁の銃が白く発火する。その焔は地を這い、駆け巡り、運命すらも捻じ曲げる。
 鏡の世界は、瞬く程の間に白の劫火に包まれる。
 破界器によって構成された世界を、リリの“世界”が上書きする。
「――まさか、有り得ない」
 童話ではないのだ。このタイミング。この場面で鬼札(ジョーカー)を引く。
 その代償がどれ程重いか理解出来ない筈は無い。リスクにリターンがまるで見合わない。
 目を見開いた『千貌』の眼前で、白焔に糸を焼かれた仲間達が自由を取り戻す。
「駄目、だ」
 夏栖斗が頭を振る。彼女は致命的な――絶望的な事をしようとしている。
 死の香りなど分からなければ良かった。そう思う程に。発火は既に始まってしまっている。
「皆さんは逃げて下さい」
 声を発した瞬間、世界が見て分かるように罅割れた。
 亀裂はリリと、それ以外の9人を隔離している。白焔が壁として立ち昇る。
 還る心算は無い。
 還れなくて良いと、決めた。
 1年を経て手繰り寄せた彼女なりの答え。
 知らない事が沢山有った。考えなければいけない事も幾らでも有った。
 自分と向き合い、過去と向き合い、罪と向き合い、そして、また恋をした。
 重ねた時間は長い様で短かったけれど。それらの欠け甲斐の無い思い出を愛しく想う。
「ははは、参った。とんだフィナーレになってしまった。
 嗚呼、全く。やはり、私は、芸術家にはなれないのか」
 駆け巡る白い浄焔は世界を食い破って行く。糸を切られた『人形』達が倒れ伏す。
“……ええ、まあ。分かってました。世界は優しくなんか無い”

 逃げられない。上書きされた結界は元の性質をそのまま持ち合わせている。
 閉鎖された鏡の世界。焔の壁の向こうの人間は、今頃屋敷の外に吐き出されているだろう。
「けれど――私の見立てに、間違いは無かった」
 身体の殆どを焔へと換えて。それでもリリは愛銃を手に立っていた。
 自分が生命ではない物に変換されていると言う状況は、果たして如何程の恐怖だろう。
 それでも涙を流す事も無く。白き灼熱の茨に巻き付かれながら銃口は揺れない。
「強くなりましたね」
 娘を見る老爺の様に、『千貌』は告げ。
「貴方の、お陰です」
 複雑な想いを込めて、『茨の涙』は応えた。
「後悔は有りませんか」
 足元を白い焔に包まれながら、無貌の老人は問いかけ。
「はい……いいえ」 
 何時も通りを装った女の頬を、涙が伝って、落ちた。
「いいえ。沢山。浅ましくても、呪われていても、もっと、あの人達と生きたかった」
 誰も聞いてなどいないのだ。白い世界で、リリは泣いた。童女の様に、聖女の様に。
 目を細めて、トートがくつくつと笑う。
「結構……あの時の約束を、果たしましょう。付き合って頂きますよ“魔女の繰り糸”」
“……人間何て、大嫌いです”
 面倒くさそうに呟く声。いつかの聖夜、女と老人は1つの約束をした。
 幕引きは、その手で。
「リリ・シュヴァイヤーの名の下に――」
 2つの銃声。そして、白く染まり行く世界。
 焔を宿した両の手は翼の如く。空に伸ばして問いかける。
 最期に笑える事を、誇っても良いだろうか。この命は呪われて何ていなかったと。
 だって世界はきっと神様に愛されている。こんな私でも、大好きな人達を護れたのだから。

 ――――――――私は上手に、愛せたでしょうか。 
 想い、遥かに。
 
 ぱちぱちと、屋敷が燃える。浄化の焔に彩られ消えていく。
 けれどその焼け跡からは結局、誰の遺体も見つかりはしなかった。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
参加者の皆様、お待たせ致しました。
ベリーハードシナリオ『運命幻想狂喜劇』をお届け致します。
この様な結末に到りましたが、如何でしたでしょうか。

数値は大切です。そしてプレイングはそれ以上に大切です。
奇蹟を起こすのは通常の倍ほど困難でした。
ですがその困難を覆すに足るだけの、プレイングであったと思います。
御疲れ様でした。貴女の生き様にMVPをお贈り致します。

この度は御参加ありがとうございました。
恐らく、あと2編以内に決戦を行わせて頂く予定です。
最後まで全力で参ります。またの機会にお逢い致しましょう。