●剣林 箱舟の誕生は青天の霹靂だったのだろう。 『極東の空白地帯』と称され、実にガラパゴス的に世界の激流から取り残されていた日本の神秘界隈は出現したこの超新星によって激変の一途を辿る事となった。 ナイトメア・ダウンの悲劇より長く日本を支配していた磐石なフィクサード体制『主流七派』は今は無い。彼等の作り出したくびきも、悪の秩序も。かの歪夜の使徒、かのウィルモフ・ペリーシュさえも沈めたアークにどうして対抗出来ようか。 裏野部は凄絶なる最期を遂げ、三尋木は聡くもこの国を逃げ出した。本来ならば舵を取る逆凪は内部抗争に手を焼いている風で、黄泉ヶ辻は何かを企んでいるようでこの所静かなものだ。六道は世の趨勢にも気を払わず、恐山のコントロール能力等最早及びよう筈も無い。 そんな時勢に剣林が立ち上がるのは偶然ではなく必然だった。 幸か不幸かアークの繰り広げた激戦の数々の影響もあり、この日本は至上の神秘的親和性を獲得している。図抜けた革醒者が力を求めるにこれ以上の環境は無く、威風正々堂々を好む彼等にとっては『ペリーシュが失せた今』が最良だったのだ。 奪われた――に近しい『最強』の代紋を取り戻す為の戦いは、同時に『日本最強』を『世界最強』に昇華する為の挑戦でもある。内実どうあれ、ペリーシュを撃破せしめたアークを『世界最強のリベリスタ組織』と見る向きは強い。 世界中の主要なリベリスタ組織――欧州の『ヴァチカン』、『オルクス・パラスト』、『スコットランド・ヤード』。インドの『ガンダーラ』、大陸系の『梁山泊』等とも深い友誼を結ぶ彼等の声望は世界的なものである。『最強』には必ずしも名前は要らないが、挑戦者を集めるにも力をかき集めるにも名前があって困る事は無い。 今尚『日本最強の革醒者』として恐れられる彼の目的は霊峰の領域奥深くに固く風韻された巨大なディメンション・ホールにあった。その先に存在する『蓬莱』なる世界の力を我が物にすればこの先は『もっと面白くなる』と。 邪魔者が現れる事は承知の上。むしろ現れてくれなければ嘘である。 百虎が望んだアークとの対決はまさに至高にある。それ自体が最強の道。それ自体が目的の一。愚かしくも愛すべき、大親分は敵の隙を敢えて突かぬ己の威風にこれ以上も無く満足している。 ●余禄 「……と、まぁ。以上が百虎の目論見じゃがな、わしは正直興味が無い」 富士の風穴を進んだリベリスタ達を迎えたのは右目を閉じた藍の着流しの邪剣士だった。左手にぶらさげた妖刀からは強い血錆の臭いが漂っている。長舌でスラスラと『剣林の野望』を語ってみせた彼は一人一人リベリスタの顔を見回した。 「どうじゃ? くだらぬ企てであろう」 リベリスタからすれば言葉も無い。 「この一菱梅泉はの。良くも分からぬ魑魅魍魎共等、飼う気も無い。 よしんばそれで新たな力を得ようとも、それはわしの剣ではない故な」 機嫌良く続ける彼の名は一菱梅泉(いちびし・ばいせん)。故人である父は剣林の幹部であり、百虎の片腕と呼ばれた程の男だったが、傲慢なる彼は父から忠誠心のようなものは受け継がなかった。剣林的と言うよりは六道的であるとも称せる強烈なまでの我道の全ては剣を磨き上げ、強敵と死合う事のみに集約されている。 「主等はここをまかり通りたいのであろうな? 一刻も早く百虎の元へ駆け、邪智暴虐の企てを阻止したいのであろう。 さもりなん、主等の生き方ならばそれが当然の結論よ」 カラカラと笑う梅泉はまるで十年来の友人のように気安い。だが、殊更に強い殺気と存在感を隠そうともしない彼は誰がどう見ても『敵』である。 「分かっているならば話は早い」 リベリスタは無駄な言葉と理解しながらそれを言う。 「邪魔をしてくれるなよ。お前の相手なら何時でも出来る」 「莫迦な」 梅泉は都合の良い要求を一蹴した。 「主等が必死になるからこそ、意義があるのよ。 わしを殺さねば――満足させねばここは通れぬ。 時を徒に浪費すれば、百虎の謀もさぞや捗る事だろうよ。 さて、どうする。主等、未だわしと問答を続けるか?」 梅泉の背後には彼に付き従う梅泉派が並んでいる。本人も含めた彼等は剣林における異端的存在ではあるが、百虎が今回の事件に己が力と頼んだ剣林精鋭、通称『本隊』の一員でもある。忠実なる仕事を期待されての話ではないだろうが、彼等の実力は肩書きに拠らず、これまでの戦いからも瞭然であった。 激突は不可避。 何れにしてもアークは梅泉のその先に――否、その先の百虎を越えた先にこそ用がある。 零下の風穴に血風は噴くだろう。 長きに渡る剣林との因縁は、闘争は――今、最終局面を迎えたのだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年01月11日(日)22:55 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●大事の前の小事 「莫迦な」 一菱梅泉が自身等の言葉を一蹴した時、リベリスタ達は少しの驚きも持ち合わせなかった。 「主等が必死になるからこそ、意義があるのよ。 わしを殺さねば――満足させねばここは通れぬ。 時を徒に浪費すれば、百虎の謀もさぞや捗る事だろうよ。 さて、どうする。主等、未だわしと問答を続けるか?」 食えない男の、何とも不敵なその言葉は先刻承知の確認に過ぎなかった事は言うまでも無かろう。 それを因縁と称するならば、確かにそれは因縁だったのだろう。 戦士の業は深い。彼等は時に何の政治的イデオロギーを持ち合わせないでも刃を交える事がある。 「一菱梅泉、やはりお前も動いたか」 「おうとも。動かぬ理由なぞわしには無いわ」 「そうだろうな。だが、俺達はこの先に用がある。まかり通らぬ理由も無い――」 『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)の双眸が目前の敵を強く射抜いた。 「――恨みも辛みも無く、唯互いの結論を競わせる事としよう。剣林」 唯、根本的に相容れない――実力者が二つ並べば、訴えかける手段等限られていて。故に、剣林――梅泉とアーク――リベリスタ達の間には、奇妙なる信頼にも似た親近感が芽生えていたのは確かだった。 「いよいよ決着って奴だな? 富士くんだりまで来て――いよいよ、決戦か。梅泉よ」 「如何にも。何とも滾る舞台であろう?」 涼やかなる梅泉に、『元・剣林』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)は「ああ……」と獰猛な笑みを浮かべて応えた。 「どの道、負ける心算はねぇ。ここまで来たんだ勝たせて貰うぜ」 霊峰の根元に縦横無数に存在する風穴の一は、敵が企みに続く通路の一つである。 その道を抜き身の妖刀をぶら下げる邪剣士が阻んでいたのはリベリスタ達が想定した通りの光景であった。 「百虎も遂に歯車動かしたかあ。皆大変やなあ、そんなにアークが大好きなんかな」 そんな風に零した『真夜中の太陽』霧島 俊介(BNE000082)に梅泉は呵呵と笑う。 「案外、気付いておらぬのは主等だけか。 わしには関係の無い事じゃがな、その言を聞くにつけ、百虎の――七派の屈従は自ずと知れるもの」 「誰が……どの組織が最強かなんて事には興味はないわ」 「主等はそうであろうな。わしも同じじゃが」 「……そんな事に拘って貰っても困るのよ」 唇を噛んだ『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)は風穴の先にある百虎に僅かばかりの焦燥を見せた。 確かに冷淡なる梅泉は剣林を含めたフィクサードの面子に頓着していない。だが、彼以外は話が別だ。『アークは自分で思う以上に他組織を追い詰めている』という彼の言は概ね正鵠を射抜くものだろう。 思えば、日本国内の神秘情勢が一変してかなりの時間が経っていた。かつて日本中を文字通り牛耳った『主流七派』なるフィクサード達の連合、そのシステムは超新星の如く誕生したアークにかつての力を封じられている。政治的なバランスの崩壊は彼等に様々な選択肢を投げかけたのは記憶に新しい話である。裏野部は埋没を良しとせず、勝負に動いた。三尋木はアークに押される国内の市場を見切り海外へと脱出した。そしてこの剣林は、地に堕ちた己が武名を再び『最強』に押し上げるべく――霊峰に眠る力を求めたという訳だ。 剣林百虎はアザーバイド『蓬莱』を望み、一菱梅泉はその露払いという事になっている。建前上は。 しかして、梅泉は実直なる門番足り得ない。不忠の剣士は唯アークと戦いたかっただけだ。最も、剣林らしく。 「高く険しい山ほど生命の危険があるように、最強という頂も一度踏み外せばどうなるか。 その方向への興味は全く無いのよね……きっと、顧みるものが多いから」 「我が愚かさも、主の惰弱も否定はせぬよ」 呆れ半分、感心半分に言った『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)を梅泉は肯定する。 「わしの生き方も酔狂なれば、主等のそれも酔狂よ。 どの道変わり者の征く修羅の道なれば、ささやかなる違い等些事にも劣る。敢えて言おう。それが良いのじゃ」 「ああ、そうだ」 『桐鳳凰』ツァイン・ウォーレス(BNE001520)は、重く重く――頷いた。 どれ程不器用であろうとも、どれ程報われない道であろうとも。 「たった一つの俺の生き方」 己がその身で全ての痛みを引き受けて――愚直にそれを跳ね返す。それがツァインの道である。 梅泉は全てを斬り捨て我道に生き、リベリスタは抱えるだけを抱えて広い海を泳ぐ。どちらも変わらぬ『愚か者』。 「……嗚呼、解ってた。剣林(おまえたち)に言葉での解決は無理だよな」 「まあ、結論としては解り易くて結構です。此処に居たのが『死牡丹』でなくとも…… 例え『五十文』や他の者だったとしても、この流れ自体は恐らく変わる事は無い。 ――ならば、剣を振るい押し通るのみ、でしょう?」 俊介の、 『柳燕』リセリア・フォルン(BNE002511)の言葉に梅泉は「然り」と頷いた。 客観的に見て剣林の作戦には確たる勝算等無い。だが、動かない筈も無い。 座して死ぬよりは、前のめりに倒れろとは何とも剣林らしい結論ではあるのだが。 付き合わされるアークの側からすれば、これは有り難い話ではない。 世間の評価がどうあれ、アークの声望がどう高まったにせよ。彼等が相対するは『虎』なのだから。 風穴の通路に展開した梅泉一派の戦力はアーク側と同数の十。 広い空間ながら、そこかしこに遮蔽のある戦場は一筋縄ではいかぬもの。 肌を突き刺すような殺気は毎度の話だが、彼等がより実戦的になっている事を戦い慣れたリベリスタ達は見逃していない。 洞の中を反響した風の音が駆け抜けた。 ひゅうひゅうと鳴るその声色は荒涼たるこの戦場に似合いのそれ。 「そろそろ、始めるとするか?」 「ああ」 友好的と言ってもいい程の穏やかさで水を向けた梅泉に微笑を湛えた『閃刃斬魔』蜂須賀 朔(BNE004313)が応じた。 「死牡丹よ。真打は使いこなせるようになったのか?」 「問題ない」 「ならば、重畳だ。だが、一つだけ訂正させて貰おう」 朔はそこまで言ってから今一度梅泉の立ち姿をその目の網膜に焼き付けた。 「他の者はいざ知らず、私は君に会いに来たのだ。 百虎の事も、最早どうでもいい。名だたる剣林の中で、私の一番は君に他ならないのだから」 「――――」 美しい女の言葉が持つ――愛の告白じみた熱量に流石の梅泉も少し驚いた顔をした。 「これは、迷う事無く私の望んだ最上に違いない」 朔の声色に「裏切ってくれるな」という女の睦言。 「そーっすね」 念を押すように言った朔に同調したのは『無銘』布都 仕上(BNE005091)だ。 「うちも大将の目論見とかどうでもイイんすよね。それ以前に今は大将自体がどうでもイイんすよね、うちは」 へらりと笑った仕上は可憐な少女の外見を裏切る調子で言った。 「だって目の間にはアンタみてーな強者が居る。 其れを捨て置け? 極上の餌を前にお預け? ハッ、出来る訳無いっすよねェ? アンタはこうして出てきた。うち等もこうしてここにある。うちもアンタも所詮はそう言う生き物なんだから。 故に戦う。乗り越える。全ては最強に至る其の為に!」 朔の、仕上の言葉は梅泉にとってすれば最高の賞賛足り得たのだろう。 「そーだよ。ここは百虎や儀式への『通過点』なんかじゃない。 お前に会いに来た奴等が一杯居る。それで満足出来ないなんて――贅沢言うな!」 「是非も無し」 朔に、仕上に、俊介に応じた梅泉は左手にぶら下げた妖刀に右手を添える。閉じたままだった右目を開き、爛々と最高の敵を睥睨した。 「何だ、本気になるんじゃん」 俊介は梅泉が最初から本気になった事にその口角を持ち上げた。 敵の強さは知っている。 目の前に立ち塞がる壁の高さは、厚さは殊更に説明するまでも無い。 しかし、リベリスタ達にきっと恐れは無いのだろう。 「ハッハァー!」 気付けば時節は梅の咲く季節ではないか。冷えた首筋から全身に纏わりつく死の冷たささえ『はみ出るぞ!』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)は笑い飛ばした。 「露草や、泉舞い散る、梅の花……ってな。精々、らしく暴れる事にしようぜ――『梅ちゃん』!」 ●死牡丹遊戯I 駆け抜ける疾風を捉え得るものがあるとするならば、それは迸る雷光だ。 暴風(ばいせん)が動き出したその時に――辛うじて反応する事が出来たのは、敢えて一拍その行動を遅らせたリセリアと、目を見開いた朔までだった。 一菱梅泉が無防備なる泰然自若より初めて構えらしい構えを取った。 次の瞬間、横に寝かされた血蛭・真打が世界を分かつ。これまでのスロースターターとは一変してこの上無く戦いを楽しむかのような梅泉は一切の忌憚も遠慮も無く、彼我の間合いに赤い斬撃の軌跡を描いたのだ。 「――ッ!?」 「……悪い!」 「気にするな……ッ!」 もし、葬刀魔喰を構えた朔が咄嗟に俊介を庇わなかったならば、彼が無事であった保証は無い。 もし、その朔が赤く荒れ狂う殺意の放射に己が得物を割り込ませなかったとしたならば彼女も同じくである。技術による防御では無い。蓄積された経験が本能的に体を突き動かした――それは反射だ。 「だが、それでこそ!」 血濡れ、狂喜する朔は僅か一瞬の太刀合わせの持つ意味を誰よりも明敏に察知していた。 先制攻撃とばかりに放たれた梅泉の血蛭・改は放射状にリベリスタ達を襲い、その周囲にまで威力を撒き散らしている。本来ならば然して守りに優れない攻撃型の朔がこの緒戦で俊介の守りに入ったのは、作戦上の『あや』に過ぎなかったが、結果的には奏功したと言えるだろうか。もし、梅泉の攻撃より『遅い』人間が俊介のフォローに入ったと仮定するならば、この先制攻撃は確実に止められていない。絶大な支援能力を誇る俊介はその異能と引き換えに防御能力を犠牲にした術士である。一流の戦士さえも一撃で追い込む梅泉の攻撃にまともに晒されたならば、彼は恐らく倒されていた。 「……気をつけろ。以前より――ずっと変則的で厄介だ!」 この技を見るのも一度や二度の話では無い。ツァインの目が焼き付けた『新種』の邪剣は本人の性質程にも捻くれている。 (もう眼で見切れるレベルじゃねぇが……その胸糞悪ぃ感覚を一番味わってんのは俺なんだよ……!) 口惜しい程に。羨望し、屈辱を覚える程に。 「実際、とんでもない相手すよね」 「ええ。しかし……死牡丹は、まだまだ、こんなものではありませんよ――」 「はは、最高に冗談みたいなお人すね!」 「……そうよ、冗談みたいな奴なのよ。残念ながらね!」 呟いた仕上にリセリア、そして彩歌が応える。 遮蔽物の多い戦場では流石の彩歌のオルガノンも一度に全ての敵を捉える事は叶わない。 だが、敵陣をピンポイントで射抜くプロアデプトの戦闘論理は如何なる状況においても最適を探す事に余念が無い。 (この環境は逆を言えば此方の武器にもなり得る。梅泉の血蛭は兎も角として……) 全てを射抜けないにせよ、積極的に前に出る梅泉を含めた前衛を狙い撃つのは十分可能だ。 パーティの作戦の主は、敵の中で特に厄介な存在になると考えられるデュランダル、ホーリーメイガス等を早期に落とすというものである。素早い動きから敵の先を取った彩歌の気糸は複数の敵と梅泉を狙って間合いを踊っていた。 「さてさて、死牡丹のニーサン。先ずはうちと手合わせ願うっすよ?」 地面を蹴った仕上は彩歌の援護を受け、真っ直ぐに梅泉へ向かう。 圧倒的な技量を誇る仕上はリセリアと共に辛うじて梅泉の血蛭を急所から外す事に成功していた。それでもダメージは否めないが、事実は彼女が梅泉と相対するに相応しい技量の持ち主である事を証明している。 「退屈させる心算は無いっすから、ねェ。キヒヒ!」 独特の笑みをその口元に貼り付けた仕上が、装着した魔鉄甲に練り上げた己の気を纏わせていた。武道家特有のリズムさえ感じる飛び込みで間合いを潰した少女は、その華奢な細身からは想像もつかぬ程の勢いで渾身の一撃を繰り出した。 「笑止! わしが退屈する時は――主はとうにこの世におらんわ!」 妖刀の柄が真上から仕上の拳を叩く。強かに軌道を逸らされた彼女の打撃が本来の威力を減じて梅泉の体を掠めた。技の鋭さ、やや食われたタイミングから完全な回避を諦めた梅泉ではあったが、異常なる反応速度は邪剣士の領域に簡単なクリーンヒットを許していない。 「殺してやるとも言いたくねぇよ。人生悔い無く生きろよ。できれば、生きて欲しいもんだが…… ……俺とお前等じゃあ考え方が違い過ぎらぁ!」 紙一重、まさに猛烈な魔力を誇る俊介の回復(デウス・エクス・マキナ)が間に合ったのは幸いだった。 だが、リベリスタ達に更に反攻するように梅泉一派が動き出している。 彼等の動き方はリベリスタ陣営の想像を大きく外すものではない。だが、それが故に堅牢だ。 防御に優れたクロスイージスはまず、自陣ホーリーメイガスの守備を固めている。そのホーリーメイガスの内の一は傷付いた自陣を賦活させ、もう一方は戦況を睨む形で様子を伺っている。 攻め手たるデュランダルの一人は彩歌の致命により体力の回復を阻害されていたが怯まずリベリスタ陣営に襲い掛かり、インヤンマスターはトリッキーにツァインに仕掛け、ソードミラージュはそのスピードを生かした瞬撃殺で積極的に竜一へと斬り込んだ。 複数に及ぶ会敵は彼我に敵の情報を与えている。例えばその技の切れ、例えばその性格。双方劣らず数限りない修羅場を超えた一流の戦士同士の対決なれば、一瞬の油断が、読み違いが勝負を分けるのは明白だった。 故に戦いは強烈なまでの緊張感を孕んだまま、始まり、進んでいると言える。 「生憎と俺はこの先に用があるんだよ」 敵側からの痛打痛撃をまともに喰らった虎鐵が吠えた。 「120%以上の本気を見せてやるぜッ――!」 隆々たる肉体が名の通り獰猛な虎の如く膨張し、目前の敵をねめつけた。 斬魔・獅子護兼久 による猛烈無比な打ち込みは当の敵すらをも感嘆に染める必殺の一打。 防御の上からでも容赦無く獲物を叩き潰さんとする虎の爪を他でもない梅泉が賞賛する。 「それ程の豪打、どれだけの練達を積んで身につけた! そして主は、その先になんの領域を見る!」 「知るかよッ――!」 虎鐵がその力で敵デュランダルを弾けば、 「――新城拓真、推して参る」 すかさずこれを追撃するのは一方で素晴らしき技に秀でた黒衣の剣士――拓真であった。 「剣林──貴様らが長年研鑽し続けたその技、見せて貰うとしよう」 一方的な宣告と両の刃をぶら下げた拓真が防御姿勢を取った敵を翻弄するように斬撃を刻む。同じ技をしても虎鐵のそれとはまるで違う。流麗なる斬撃に至高の闘気を乗せた拓真に敵は思わず膝を突く。しかし、運命を燃やす彼はその程度では萎びはしない。 ギラギラと萎えない闘志を見せ付けた敵は剣林である。本隊である。そして梅泉一派である。 間違った信念であろうとも、それが善と呼べるものでなかったとしても。譲れないのは同じという事か。 「――――」 その目をすっと細めた拓真は研ぎ澄まされた一振りの刀のようだった。 明鏡止水にも似た剣士の領域は、彼があの――偉大なる祖父との邂逅で学んだ大事。 「俺に求められる事は、目標への道を切り拓き。己が信念を貫き通す事。 ここで止まる気は毛頭無い。我が道に立ち塞がるのならば、この双剣を受けるが良い!」 「格好いいねぇ!」 鎖のように次々と攻め手を連携させるリベリスタ陣営から三の矢――即ち竜一が解き放たれる。 「武術の基本は心技体だって? 体と技が埋まったなら――コイツはハートでいいよな?」 不敵に嘯いた竜一の纏うのは破壊の神の威光。繰り出したのは再臨する――暴君の黙示録。 練達したデュランダルが最後に行き着くとも言われる最高の一撃だった。 小癪にも混沌の暴君の前を阻む小蝿(ソードミラージュ)が収束した威力に吹き飛ばされた。敵味方入り乱れる乱戦で周りごと薙ぎ払うのは困難だが、状況に応じる器用さも彼の真骨頂の一つである。 「ちまちま、鬱陶しいんだよ!」 ツァインの声が神気を帯びたブロードソードと共に目前の敵を一喝した。 英霊の魂、その誇り――意気を全身に光臨させ闘衣とした彼の防御力は敵インヤンマスターの攻撃力の大半を弾き飛ばしている。本来ならば大いなる呪いを占うその術も彼の前には何ら効力を発揮していない。 (アンタは強い……) ちらりと横目で確認した梅泉はまさに目前の仕上と名人戦に興じている。 (仲間にすら一手劣るこの身では、アンタに及ばぬ事等百も承知。だからその手を借りてでも只管待つ……) 広大な砂漠の中に一粒落ちた砂金のようなチャンスを。それがどれ程小さいものだとしても。 血蛭Qの狂気を。 武蔵トモエの逡巡を。 白田剣山の信念を。 剣林百虎の本懐を。 一菱桜鶴の渇望を! ツァイン・ウォーレスはツァイン・ウォーレスであるが故に疑わず、又諦め切れぬ。 「主は……」 ふと目があった梅泉が何かを問い掛けた。 「ツァイン……ツァイン・ウォーレス」 解答が正しかったのかどうかを低く呟いたツァインは知らない。 「うむ」と頷いた梅泉は、果たして彼と父の間に生じた因縁を知っていたのだろうか? (私の戦いにはどんな大義名分も、大層な理由付けも要らないわ) 断じる恵梨香にとって重要なのはこれが任務であるという事ばかりだ。 この任務を自分に下した彼の信頼を形に変える事。言ったら、怒られるだろうから――今の彼女はそれが自分の存在意義の全てだとまでは言わないけれど。食い止められる全てを食い止め、尽くせる力の全てを尽くして正義を為す事は今も以前も変わらぬ彼女の確かな矜持であった。 愉しみ等で戦われてたまるものか。 愉しみ等で侵されてたまるものか。 泣きたくなるような夜を越えて、恵梨香が強くなったのは――フィクサードという理不尽を許さんが為だ。 「堕ちなさい、裁きの星(マレウス・ステルラ)!」 空間さえ歪める大魔術は少女の宣告を正しく遂行する執行官。 己が無力は痛い程に知っている。だが、この手の届く範囲に暴虐は許さない。 強烈な弾幕に傷み、混乱する敵を遅れて動き出したリセリアのスピードが振り切った。 (この戦いも――貴方にとっては愉しみに過ぎないのでしょうけど) 彼女の手にしたセインディールの切っ先が狙うのは弱った敵のデュランダルである。 美しいと呼ぶ他無い青の飛沫は、赤い軌跡の梅泉と対照的に鮮やかな色を間合いに刻む。 「……それでは終わらせませんよ、最後までは」 風鳴りを従えた彼女の銀糸がふわりと揺れれば、今度こそ崩れ落ちた彼はもう動かない。 ●死牡丹遊戯II 「理解できねえけど、ホントに理解できねえんだけど!」 俊介の声は半ば怒鳴るかのよう。噛み付くかのようだ。 「戦いたいっていう友人達を、守る為に此処に来た! その為ならお前の殺意、仲間に叩きこもうが全部全部消し去ってやんよッ!」 つくづく救い難いバトルマニア共の思考を俊介はさっぱり分かっていない。 だが、貴重なパーティの要として自分がしなければならない事は他の誰よりも分かっていたに違いあるまい。 「……く……!」 ツァインの見る戦況はリベリスタ陣営の思う侭とはとても言えないものだった。 リベリスタ陣営の狙いは先述した通り厄介な敵ダメージディーラーや回復手を早期に落とし、梅泉に打撃リソースを集中させるというものだが、敵陣営の狙いは梅泉を中心に粘り強い戦いを展開しようというものである。 リベリスタ陣営は個々の平均的な実力では梅泉派を幾らか上回っているが、梅泉は出色の存在である。 「どの様な形であれ、決着だ、俺はこの数年間歩んで来た全てを出し切ってこの戦いに挑んでいる。 お前がどれ程強くとも、例えその首に我が刃が届かぬとしても――俺はまだ強くなる」 拓真は言い切った。 「現状に甘んじて、これを受け入れる心算は無い。 俺は貴様に敬服している。貴様という刃の純粋さに打たれてすらいる。 だが、貴様は俺の――敵だ!」 想いが、意志が交錯し――戦いの空気を撹拌した。 「充分血を流して……それでも、貴方は満足出来ないの?」 「これが十分?」 「……っ……!」 己も自身の手首に巻き付いた妖刀のオーラに血を啜られている。 やや当初よりは青白い顔をした梅泉が、恵梨香の言葉をせせら笑った。 「十分なものかよ。わしは、十年振りに歓喜しておる!」 「ああ。まだまだこんな所で倒れる訳にはいかねぇんだ――もっと、もっと! 戦いを楽しもうぜ!」 幾つもの傷を負った虎鐵が運命の炎にその身を委ねている。 リベリスタ陣営も必死の攻勢で敵デュランダル二人を倒す事には成功していたが、受けたダメージは決して小さくない。一瞬の油断も許されぬ戦いに彼等が消耗を強いられているのは確かだった。 互いの隙と弱味を喰らい合う戦いは鍔迫り合いで火花を散らす、実に激しいものになっていた。 「案外粘るな……!」 刃を振るう竜一が小さく臍を噛んだ。 梅泉は兎も角、配下のフィクサードは本題では無い。最低限倒さなければならない内の一つであるデュランダルの処理は上手くいったが、梅泉にとっても生命線に成り得るホーリーメイガスの守りは堅い。クロスイージスの防備とホーリーメイガスの回復力を軸に時間を稼ぐ彼等はリベリスタ側の貴重な時間をジリジリと削り続けている。 リベリスタ陣営もこの竜一や虎鐵、リセリア、拓真等のノックバック攻撃を軸に綻びを探していたが…… 執拗なる防御を構築するクロスイージス達はそれを簡単に許さなかった。例え一時引き離されたとしても、彼等は粘り強い復帰を見せていた。つまり攻撃が自分達に向く限りは矛たる梅泉が自由になるのだから当然か。 (……風穴を開けるには……厄介だわ) 彩歌は敵の隙を射抜く形で時折ホーリーメイガスまで攻勢を届かせていたが、打ち倒すには収束が必要不可欠だ。 自分達が要である俊介を徹底的にカバーするという事は敵も同じ状況を想定するという証左になる。パーティの作戦は理に叶ったものだったが、些か相手の対応に希望的観測を交え過ぎた感は否めない。 (付き合う義理は無いけど……意地でも付き合わせるって訳か。成る程、道理よね) 元々、この彩歌は梅泉の能力と配下構成から敵側の狙いをある程度察していた所があった。 長期戦についての供えは圧倒的な俊介の回復能力、ツァインによるその補助。そして彩歌のプロジェクト・シグマ等、此方も決して手薄な訳では無い。だが、当然ながら敵の盤上で戦えば不利は明らかだ。 パーティの意志は敵の思惑を超えんとするものであったが、問題は重い扉をどう開くかの方。手段とアイデアの不足は元より厳しい戦況をリベリスタ不利へと変えていた。 既に運命に縋った者も多数。敵陣も傷んでいるが、自陣は尚更だ。 加速し始めた状況は更に決着までの一里塚を疾走する。 「……っ、く……!?」 ダメージディーラーとしては超一流でも、脆さの方も同じである。 暴れに暴れた虎鐵が遂に俊介のカバーの範囲を超え、敵サジタリーの狙撃に屈した。 「こ、の……ッ……!」 恵梨香の放った魔術が幾度目か弾幕のように瞬いて敵陣を激しく制圧せんとする。 呼吸を乱した彼女が見たのは――赤い光。瞬きの暇も許さずに彼女の体を熱い衝撃が貫いていた。 しゃん。 しゃん、しゃん、しゃん…… 悪鬼羅刹の如き邪剣士の構えた妖刀が粘つく悪意には不似合いな涼やかな音を奏でていた。 「うちは仕上。布都の仕上。この名、胸に刻むっすよ!」 「戯け」 相対する少女闘士に梅泉は笑った。 「主等、とうに覚えたわ」 互いの武技が交錯し、仕上の一打が梅泉の顔を捉えた。 目を見開いた彼は頭を振り、その髪を振り乱し――渾身の一閃で少女の腹を切り裂いた。 血の線を引き、洞穴の床に転がった仕上を梅泉は追撃していない。 彼の目前に青い瞬きを刻み、その出足をその場に縫い止めたのは言うまでも無くリセリアである。 「次は、主か」 「――随分と機嫌の良い事ですね」 玲瓏たるリセリアの美貌が金剛の意志を携えている。 「技も、勘も、切れ味も更に冴え渡っている。楽しいですか、死牡丹」 「おうともよ」 「奇遇ですね――私もです」 言葉と同時に双方の刃が迸り、顔の前で鍔迫り合いを作り出した。 体格に勝る梅泉は一気にリセリアを押し切らんとしたが、『柳燕』の剣技はこれを見事に流していなす。 足元が砂を擦る音を立てた。体勢を幾らか泳がせた梅泉にリセリアの打ち込んだ斬撃は彼の腹を赤く染めた。 「まるで果てなき道ですね、剣というものは…… ですが、この間の様に余計な雑念も無い――後は私が相手です、『死牡丹』」 妖刀が快哉を奏でる。 強烈な精神力で持ち主を呪う妖刀を御す梅泉は、死闘に満悦し、更なる斬劇を望んでいた。 「いい加減――邪魔だッ!」 竜一の幾度目かの猛打が遂にクロスイージスの一角を打ち倒した。死力を振り絞るリベリスタ陣営の、拓真の刃が、彩歌の気糸が、ホーリーメイガスに襲い掛かる。 「カカカカカカカカカカ――!」 大笑する梅泉の手数がリセリアを追い詰める。 「次は、頼むぜ――」 「――ああ」 その彼を横合いから襲うのは――要(しゅんすけ)の護衛を漸くツァインと交代した朔だった! 「『閃刃斬魔、推して参る』」 この期に及んで吐き出された毎度の台詞は彼女の戦いがこの瞬間に始まった事を意味していた。 その美貌に浮かぶ狂気めいた笑みを抑える術を彼女は持たない。 女の手で無数に展開される斬劇空間の悉くは一撃必殺を望み、男はその全てを弾き飛ばす事で舞踏に応えた。 ――何と素晴らしい時間か。何と、素晴らしい剣か―― 奇しくも想いは完全に一致していた。 梅泉を一番だと語った女は恐らく、梅泉にとっても一番だった。 「君とは別の形で会えれば無二の親友になっていたかも知れんな」 「それはどうかな」 剣戟が高く泣き喚く。 「そうか? 私の独り善がりならば至極残念だな」 血飛沫が宙に舞う。 「主がより近くに居たならば――わしは主を娶っておる」 惜しいとは露にも思わぬ。 どのような形で会ったとしても、剣を持った鬼達の行き着く先はまさにここ以外にあり得ぬのだろう。 故に朔は喉も裂けよと渇望した。 「来い死牡丹。その真打と、君の最強で来いッ!」 やがて五つの光が瞬いて、戦場に静寂が降る。 剣士達の望んだ決着は唯の殺し合いに非ず、馴れ合いにも値わず。 風鳴りの響く冬の富士に灯る熱情の名残を揺らめかせていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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