● いやだ。めんどうくさい。うっとうしい。どうでもいい。 死にたい訳じゃない。消えて無くなりたいだけ。 或いは世界の全てが消えてくれてもいい。 大学卒業後、はじめて入った会社はクソみたいなところだった。 とにかく気に食わなかった。何もかもが嫌でやめた。……かわりは頑張れば見つかると思ってた。 でも見つかったのはバイトだけ。もっと頑張れと親は言ったけど、何を頑張れば良かったんだ。 資格を取る為の専門学校にも通ってみた。でも周囲が自分より年下ばかりで、……なんだか嫌になってそのうち行かなくなった。 段々、段々息苦しくなっていく。何をしてもうまく行かない。 歳を1つ重ねる事に、今が一番最低だと思ったのにまだ更に下に落ちていく自分に気付く。 一発当てて逆転してやれとワナビ、作家志望だってした。大した人生送ってない俺が聞きかじりの知識で書いた物なんてたかが知れてるのに。 どんどん居場所が無くなっていく。何処にいて良いのかわからない。 だから、どうしようもないから、もうこれ以上落ちるのは嫌だから、消えてなくなる事にした。 明日は30歳の誕生日。 ――――――――――――――――――――――――――――― 毎日、毎日毎日毎日毎日、満員電車に詰め込まれて会社や学校に通う人間の群れを見ると、先ず気持ち悪くなる。死ねば良いのに。 でも次に可哀想になる。だって皆嫌でしょう? だから、今日は、はっぴーはっぴーすぺしゃるでー! 会社や学校に行けなくなる、行かなくて良い魔法をどーんとどかーんとかけてあげよう(善意)。 京介様も楽しい事をしなさいって言ったから、きっとこれはとっても素敵な事。 それでも行く奴は行けば良いし、そんな気持ち悪い生き物は疲れて死ねば良い。疲れなくても死ねば良い。 僕の好意を無にするなら知ったこっちゃ無い。 さーさ、今日はハイパー派手に行こう! ● 「今日もどこかで事件は起きる。世に悪の種、騒動の種は尽きん。さて諸君仕事の時間だ」 集まったリベリスタ達を見回し、『老兵』陽立・逆貫(nBNE000208)が口を開く。 そう、仕事の始まりだ。 「とある駅で、1人の青年が特別快速に飛び込む。綺麗さっぱり消え去りたいんだそうだ。……実に想像力の足りない愚かで迷惑な行為だ」 高速で走る電車に飛び込んだ所で肉片があたりに撒き散らされるだけで綺麗さっぱり消えたり等は勿論しない。 けれど、其れは確かに凄惨で迷惑な行為だけれど、神秘が絡まぬ、自らの意思での自殺ならばリベリスタ達が関わる必要は無い。 ……つまり、 「そう、問題は此処からだ。自殺は確かに彼自身の意思だが、彼の綺麗さっぱり消え去ると言う願いを叶えようとしている者が居る。絶命の瞬間に散る命を燃焼させて大爆発を起こす爆弾をその身体に仕込んでな」 1つ頷き、逆貫が告げる。 そして差し出された資料に記されるは主流七派が1つ、閉鎖主義<黄泉ヶ辻>の文字。 常人には理解の出来ぬ思考、精神の持ち主達の集まりである黄泉ヶ辻、最近その動きが徐々に活発になってはいたけれど……。 「爆発が起きれば列車と駅の一部は完全に吹き飛ぶだろう。交通機関の完全麻痺と大量の人死にで、仕事や学校に向かう人々に休みをプレゼントしようという考えらしい。……到底、私には理解出来ない発想だが」 資料 人間爆弾:深井・満(29歳・男性・一般人) 幼稚で我侭、自分の主通りに事が運ばないと不機嫌が顔に出る。上手く行かない人生に絶望し、いっそ消え去りたいと自殺を決意。 フィクサード:梵・梵(ぼん・ぼん) 主流七派の1つ黄泉ヶ辻に所属するフィクサードで、ジーニアス・インヤンマスター。 躁鬱が激しく、思い付きで行動する。夏の暑さや人混みが嫌い。冬の寒さや1人で寂しいのも嫌い。 起爆札と言う名のアーティファクトを所持している。 他、梵・梵の配下である黄泉ヶ辻所属のインヤンマスター×5。 『起爆札』 この札を仕込まれた者は絶命の瞬間に散る命を燃焼させて大爆発を起こす。 今回この札は深井・満、梵・梵、その他五名のフィクサードの全員に仕込まれている。 時間、そして現場は、平日通勤ラッシュ時間帯の大型ターミナル駅。 深井・満や梵・梵、その他フィクサード達の配置状況は不明。 「非常にデリケートな状況だ。限界まで膨らんだ風船の様に、下手に扱えば容易に爆発が起きるだろう。そして諸君等は爆発に耐えれようとも巻き込まれる者達はそうもいかん」 かといってゆっくりと攻略出来る時間も無い。 煩わしげに、忌々しげに、逆貫は首を振る。 事件発生までの猶予や社会的影響を考えれば駅の封鎖も不可能だ。 安易に一般人の避難を行なおうとすれば逆に惨事が起きる可能性すらもある。 「難しいのは承知の上だがそれでもあえて頼む。可能な限り静かに密やかに、何事もなく事を治めてくれ。頭の悪い餓鬼の様な思い付きで人々の日常が阻害される事を防いで欲しい。諸君等の健闘を祈る」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:らると | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2015年01月09日(金)22:26 |
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■メイン参加者 4人■ | |||||
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● ゴクリと、つばを飲み込んだ心算だった。 けれどカラカラに渇き切った口腔内に飲み込めるだけの唾液の量は存在せず、緊張を鎮めるための行為で己の緊張度合いを自覚し、焦りを加速させた男、深井・満はゲヒュッと喉から潰れた様な音を洩らす。 もし満が此処で渇いた喉を癒す為にドリンクを買い求め、飲み干し一息でもついたなら、……彼は己の行為が実に愚かであるかを気付き断念したかも知れない。 しかし満にそんな余裕は全くと言って良いほどに存在していなかった。 何故なら彼は戦っていたから。その戦いは実に後ろ向きで非生産的で、他人から見れば、或いは冷静な頭さえしていれば自分から見ても無意味で愚かな戦いだったけど……。 例えやけっぱちになろうともイザとなれば死は怖い。 此処で迷わぬほどに勇敢で決断力がある男であれば満はそもそももっと別の人生を歩んでいただろうし、迷わず考えを翻せる臆病さと慎重さを持ち合わせていても矢張り別の人生を歩んだだろう。 満は中途半端な男であるが故に、迷い苦しみ、こんな場所でこんな事をするまでに自分を追い込んでいる。 もっと戦うべき場所は幾らでもあっただろうに、その場では戦えずに此処に来た。 そしてこの期に及んで気にする事が自分の挙動不審さが周囲の人間にばれてやしないかなのだ。勿論バレバレに決まってるのに。 通勤途中であろう若いサラリーマンが、混む駅での不審者を邪魔気に、煩わしげに、一体コイツはなんなんだと見下した目線でみやり、それでも忙しい朝の時間をそんな些事に割くのも馬鹿らしいと不愉快気に視線を逸した。 二人組みの女子高生が満の方も向いてくすくす笑いながら何かを話す。実際に満の事を話題にしたのかどうかはわからないが、彼はそれを自分が嘲笑われているのだと思い込んだ。 其れ等が戦う満の背を押す。応援でなく侮蔑が、勇気でなく情けなさが、死の恐怖を押し殺す。 ……意は決した。 迷いに迷ったが、次の特別快速は3分後。大型ターミナル駅である為に特別快速も停車はするのだが、それでも進入速度は特別快速が一番速い(気が満にはした)。 ホームの一番前からなら充分な結果が出せる筈。 本来ならばもう少し小さい駅で通過する列車に飛び込めば早かろうが、それをしないのは満自身も気付かない肝の小ささ、自殺は決行すれども万に一つの生き残る可能性を残そうとする浅ましさ。 そしてその肝の小ささ故にこの駅を選び、それが故に悪意在る道化、理解不能な引き篭もり、黄泉ヶ辻に目をつけられてしまった事にも、満は気付いていない。 漸く覚悟を決めた様子の満に、遠くから異能の力を持って観察する黄泉ヶ辻、梵・梵の笑みが深まる。 あやふやでどうなるか判らない他人の意思任せな、実に適当な計画であったがどうやら成功となりそうだ。 此れが例えば、今はもう滅亡した裏野部のフィクサードであったなら満の意思など関係無しに無理矢理彼を列車に放り込んだだろう。 此れが例えば、裏野部や黄泉ヶ辻以外のまあ丸いフィクサード連中だったなら魔眼だのなんだのを使って手っ取り早く事を済ませてリスクを減らしただろう。 まあそもそもこんな迂遠な事をせずに手っ取り早い破壊手段を選ぶかも知れない。 だがしかし梵・梵は黄泉ヶ辻であり、彼にとって此れは仕事では無く遊び、ゲームであった。 遊びである以上は自分達の定めたルールを無視しては楽しめない。 愚かな男の苦悩を楽しみ、そしてその愚かさが引き起こす大惨事に拍手する。それが今回の遊びの楽しみ方だ。 無論時間がかかり過ぎて飽きたり、面白くない結末になりかねないなら、気まぐれに平然とちゃぶ台返しをするのもまた黄泉ヶ辻ではあるけれど。 けれど彼等黄泉ヶ辻のスタイルが生み出した、他の組織が引き起こす事件ではありえないような無駄な猶予が、神秘世界からの理不尽に対する抵抗勢力、この国の裏の守護者と言って過言では無い存在、アークの介入を間に合わせる事となる。 ● 「人混み嫌いがわざわざ通勤ラッシュの駅に出てくるとは、最近の黄泉ヶ辻は随分と仕事熱心なんだな」 ごった返す人の波に多少うんざりとした様子で呟くは、身長や顔立ちは至って普通な、ややがっちりとした肩幅は何らかのスポーツ経験者である事を語る特徴だけれど、それ以外はどこにでも居そうな見た目であるにも関わらず、何故か不思議と人目を引き付ける何かを持つ青年、『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)。 真っ直ぐに伸びた背筋、そして濃密な経験に裏付けされた自信を窺わせる精悍な表情は彼を実物よりも一回り大きく見せ、まるで根と枝を大きくはった大樹の如く周囲に安心感を与える。 そして大樹を止まり木にする一羽の小鳥。 人の波に流されぬ様に快の背広の裾を掴み、人にぶつかられては背の羽根を隠すストールがずれそうになる事に苦心しながら、『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は人混みに耐えていた。 可愛らしく自己主張をしない身長の、要するに小柄な彼女はこの人の群れの中での捜索には著しく適さない。 周囲を見回そうとも視界は人の群れに遮られてしまう。その背の羽根を持って上から見下ろせば捜索も捗ろうけど、多くの一般人が居るこの白昼堂々神秘を晒す事など出来よう筈が無い。 だがそれでも雷音には果たすべき役割がある。眼前で人を掻き分けて進んでくれる快や、分かれて活動している仲間達にも出来ぬ、今回の任務参加者の中では雷音だけが出来る魔術知識を用いての起爆札の解析が。 とは言えそれもフィクサード達や自殺しようとする深井・満を見つけてからの話である。人の群れに阻まれ、捜索は遅々として進まず時間はジリジリと削れて行く。 けれどもだ。その時、快と雷音、二人の懐で同時に電子音がなる。 二人の通信機に届いた画像の添付されたメールは『ウワサの刑事』柴崎 遥平(BNE005033)からのもの。 そしてそのメールを読み終えた快が発した言葉は、 「さすが柴崎さん」 遥平の働きを褒め称えると同時に、ある意味で今回の任務に対する勝利宣言だった。 リベリスタ達に届いたメールに添付された画像、深井満の顔写真を入手するのは些かの労力を必要とした。 現役刑事であり方々に顔の利く遥平は様々なコネクションを持つが、矢張りその中でも最も強固なのが警察組織に対してだ。 故に対象に犯罪歴の一つでもあれば話は非常に早かったのだが、不謹慎ではあるが残念ながら彼にそのような前歴が無い以上警察組織が満をマークしていよう筈が無く、当然情報も出てこない。 しかしデータベースに情報が無い程度の事で手詰まりになるようでは少なくとも刑事は務まらない。 今回の対象は姓名が割れており、尚且つ年齢までもが判っているのだ。 例えば深井と言う姓一つにしても全国1億人以上居るこの国の人間の中から凡そ2万人程度にまで対象を絞り込むことが出来る。 更には名前と年齢で更に絞込みをかければ、後は蛇の道は蛇、伝手を伝えば写真の一枚くらいは入手が可能だ。 尤も存在しない物は手に入れようが無いので、手に入れることが出来たのは数年前に満がバイトの面接の時にとった証明写真程度でしかなかったけれど、やはり数年前の物とは言え姿形がはっきりと判明したのは対象の捜索に於いての無駄が大きく省ける一手である。 けれどそれよりも、写真の有無程度は些細となってしまう程に重要な、遥平が果たしたもう一つの働きがあった。 駅に響き渡る放送の声は、列車を運行させるシステムに異常が発見された為に検査の為の停車と振替輸送の告知、そして謝罪の言葉だ。 駅のあちこちに悲嘆が満ちる。無論此れは偶然では無く、遥平の手に拠る物だ。 電子の妖精を使いシステムに干渉してトラブルを検知させ、さらには自らのコネクションを駆使してそれに対する対処の方向を限定した。 その結果が時間を膨大にロスせざる得なくなった人々の嘆き、大きな損害を被ると同時にトラブルの対処に忙殺される事となった鉄道関係者の憤り、自殺の手段を眼の前で奪われて呆然とする道化の満、そして勝利条件を満たす事が不可能となった黄泉ヶ辻達の当惑である。 列車そのものを止めてしまう、本来其れは逆貫が、アークが、影響と損害を考えて敢えて避けた方法であった筈だった。 可能な限り静かに密やかに、何事もなく事を収束させる。それがアークの望んだ結末だったが、けれど現場はリスクを嫌い、鉄道会社や社会が被る影響よりも万に一つの人死にがでる可能性の除去を重視した。 決して望まれた解答ではなかったけれど、アークは完全な縦割りの組織とは言いがたく、このような場合は現場の、実際に命を賭けて戦っているリベリスタ達の判断が優先される。 故に戦う事無く、裏工作のみの力で、アークのリベリスタ達は黄泉ヶ辻に勝利した。 ● 漸くの決意をくじかれて、呆然とする満。そんな彼の背後に静かに1人の女が忍び寄る。 ホームは会社への連絡を取らんと携帯端末で連絡を取らんとする人や、駅員を捕まえて質問攻めにしようとする人、もう面倒だから今日はさぼろうと決め込んだ学生等で……、パニックと言えば言い過ぎだが少しばかりの混乱状態にある。 だから誰もその女に、『ジルファウスト』逢川・アイカ(BNE004941)の行動に気付かない。革醒者としての力を隠すステルスにより一般人にしか見えぬ彼女は黄泉ヶ辻からさえもノーマークであったが故に本当に誰にも見つからずに。 誰にも気取られる事なく満にアイカが接触し……、ビクリ!と身体を振るわせた満がアイカにもたれかかるように崩れ落ちる。 判りやすく言い換えるなら、隠し持ったスタンガンでアイカが満を無力化して確保したのだ。 そうして急に気を失った知り合いを心配する風を装ってアイカが満を運ぼうとしたその時、彼女は己を見詰める視線に気付く。 其れは急に気を失った人間を動かそうとする間違った行為を咎めんとする類の反応ではなく、ねっとりとした悪意を含んだ、アイカにとっては寧ろ慣れ親しんだ視線。 視線の方向に対して己の身体で満を隠す様に振り返ったアイカの眼前に居たのは1人の青年。 生白く、酷く不健康そうな顔色のその青年からは神秘の力を感じ取る事は出来なかったけれど、しかし判る。 自分が異能の力を隠している様に、青年も同じくステルスで己の力を隠蔽しているのだと。あんなに腐り、澱んだ目は唯の人間に出来ようはずが無いと。 遥平の工作が成功した時点で、雷音の提案によりリベリスタ達の方針は黄泉ヶ辻との交戦をなるべく避ける方向で固まっていた。 何せ自分達の身に自爆手段を仕込んだ連中である。わざわざ刈り取ろうとするにはあまりにも場所が悪すぎたから。 何時でも満を庇える様に構えるアイカと、黄泉ヶ辻の青年、梵・梵の視線が絡む。梵の視線に蛆が這う様な怖気がアイカの背を走る。 ……けれど、先に視線を逸らしたのは梵だった。 ちゃぶ台返しに暴れてみても良かったのかも知れない。だが梵は兎も角連れてきた他のフィクサード達はアークのリベリスタには遠く及ばない実力しか持たない程度の連中だったし、満の確保の手際や電車を止めた事から考えても自分の手の内はばれている事も間違いない。 それに何より、目的を果たせなくなって下がったテンションで居るには、ここは寒くて落ち込むし、人が多くて嫌気が差す。 「酷い嫌がらせだよね。君たちは嫌いだな」 梵が背を向け歩き去って行くと同時に、アイカに担がれたまま気を失った満を見た誰かが呼んだ駅員が近寄って来る。 アイカは身体を一つ震わせ怖気を払い、駅員への対応を考える事に思考をシフトさせた。 快に手を引かれた雷音がこちらに来ているのが視界の端に見えたので一つ頷き任務の終了を伝える。 色々と後始末が面倒臭い事になっていそうだったけど、取り敢えず満を救護室まで運んでしまえば後は遥平がきっと何とかするだろう。 危機が過ぎ去った事も知らずに、人々は不平不満を洩らしながら何事も無い日常へと帰っていく。 リベリスタ達が守り続ける日常へと。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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