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<太陽を墜とす者達>Call of Genesis

●たかが魔王の創世記
 魔術師はまず『マルクト』より神話を始めた。
 彼は生まれながらにして王権を約束された男であった。
 それは、遥かな昔――王権が侵されざる神よりのギフトとされていた頃からの話である。
 他人が一生涯を費やして到る高みを実に僅かな時間で踏破した。天賦の才等という有り触れた言葉では到底説明出来ない異能は、粒揃いの天才の中でも比肩する者許さない絶対性を帯びていた。

 次に『イェソド』に入り、彼は長く思案した。
 根源に到るのは、全ての魔術師の使命であり、宿業であるともいう。彼は真理を探究するという方面においては、決して勤勉な魔術師では無かったが。彼の才覚は一つを成し遂げるだけでは大き過ぎ、同時に時間は余り過ぎた。長く時を重ねた彼は、終わる事の無い、決して解けない方程式に挑み続ける事でその才気を磨き続けた。

 魔術師が次に訪れたのは『ホド』だった。
 気付けば長い齢を重ねた彼は尽きぬ畏怖を仰ぐ魔術師の王となっていた。
 最初に王権が約束した通り、全ては定められた道だったのだろう。神に不公平なまでの偏愛を受けて被造された一人の天才は威光に満ち、華やかな成功の道を歩んでいた。
 疑う余地も無く、彼の栄光は人身の及ぶものでは無かったに違いない。

 魔術師の栄華の時は『ネツァク』に現される。
 全ての成功と永遠までもを手に入れた彼に不満は無かった。彼の道は何処までも荘厳に満ちていた筈だ。『ティフェレト』を行く彼を阻む者はまるで塵のようだった。
 永遠を約束された繁栄は、余りにも容易く完成されていたのだ。それが他者の侵すべき領域には無く、全てのそれ等が外敵足り得ないというのならばその崩壊は飽和を待つより他は無い。
 魔術師は満足していた。
 だが、飛び抜けた鬼才の欲は凡百の完成を認めなかったのである。

 やがて全てに飽和した魔術師の求めたのは『ゲブラー』であった。
 停滞した完成を嫌った彼は、人界の限度を己が極致とは考えなかった。
 もし、この世界を創世した存在が――己を被造したと気取る、神等というものがあるのならば、その思い上がりを正してやるとそう考えた。
 魔術師の才気は勇猛果敢に必要な全てを蒐集する事に費やされ始める。
 人はそれを愚かと笑ったが、笑った人間は例外無く此の世から消え失せた。

 魔術師の前には数多の困難が横たわっていた。
 やがて神にも等しいと自認する知識と能力を身につけた彼は、下界の民に施しを与える事を考え付いた。己が才気のほんの一欠片を映した研究成果、破界器の数々はまさしく神の恩寵で。凡百の人々の運命を破壊するに十分過ぎる力を発揮していた。
 魔術師の寄り道は『ケセド』。彼はこの遊びが性に合った。

 魔術師の道は終生の鍛錬を肯定する。即ちそれこそ『ビナー』だ。
 鬼才に試行錯誤を重ねる事で常に高みを目指した彼は、あくまで知性のその先にある打開点を求め続けていた。かつて『イェソド』に挑んだ彼は、真理の先にある叡智を目指し、唯研究に打ち込んだ。
 人なる王権を嘲り、解けない根源を解き、口先の永遠さえも超越する。
 最も傲慢な魔術師は、最も優れた天才にして、最も純粋な努力者であった。
 なればこそ、彼は『コクマ』の扉を遂に開く。

 そして、今、現れた燦然たる『ケテル』こそ。
 嘆きの人々が頭上に戴く無慈悲の神――『黒い太陽』に他ならない!

●セフィロトの塔の上
 ウィルモフ・ペリーシュは己が創造を絶対のものと確信している。
 此の世に自身に比肩する者は無く、こと魔術という事柄においては――抗し得る者も無いと正真正銘に信じ切っていた。
「……ッ!」
 故に。
 強烈な揺れが『セフィロトの樹』を貫いた時、彼は忌々しく舌打ちをする自分を抑え切れなかった。
 目的地――アーク本部付近に強烈な魔力エネルギーが生じた事を彼は知っていた。一点に集約するエネルギーが意味するものを自身への攻撃、天に弓引く行為と心得ていた。だが、彼は回避の試みを用意しなかった。彼は『真正面から全てを捻り潰す事』だけを当然と考えていたからだ。
 アーク側の砲撃――即ち『神威』の威力はペリーシュの想定を上回っていた。
 真実を言えばその一撃すら万全では無かったのだから、ペリーシュのアークへの評価は過小評価にも程があるのだが。ともあれ、『神威』の一撃は天空城の一角に風穴を開けている。
「……つくづく、小生を苛立たせる連中だ……
 先の戦いを経ても――まだ本気で、小生を倒せると思っているらしい」
 前面に広がった無数の映像スクリーンが『セフィロトの樹』の受けた損傷を映し出している。同時に多数のリベリスタ達が天空の要塞に乗り込む姿が映し出されれば、乾坤一擲の攻撃を放ったアークの狙い等、一目瞭然もいい所だ。
 つまり、彼等は奇襲から大将首を挙げんとしているのだ。理に叶った戦術ではあるが、そんな作戦を計画された事自体がペリーシュにとっては許し難いのも事実である。
「……存外に下の連中も使えない」
 思ったより多い侵入者の数にペリーシュは嘲笑を浮かべた。彼の奉仕者であるディディエ等は、かくなる事態をも想定して己を的にしてでもこの事態を避けんとしていたのだが――己の油断は棚上げである。
 だが、実際の所――ペリーシュは余裕に満ちていた。
 この天空城――そして、この塔。つまり『セフィロトの樹』には鬱陶しい露を払う為の戦力が十分に配備されていた。煩くも無く、無能でも無く。自身の命を確実に遂行するペリーシュナイト達が城内の守りを固めている。もし、それを突破して『塔』に辿り着いたとしても、この場所は――
「ラトニャ・ル・テップならばいざ知らず」
 鼻を鳴らしたペリーシュは椅子にその身を預けて進軍を開始したリベリスタ達を鼻で笑っていた。
 早晩の全滅は明らかだ。彼の『塔』は並の革醒者が突破出来るようなものではない。
 ……果たして、それは真実だっただろうか?
 少なくとも彼以外のバロックナイツであれば、事態をそうは受け止めていなかっただろう。バロックナイツではないディディエにしても、他のフィクサードにしても恐らくは同じだ。唯一人、ペリーシュだけが、この期に及んでもアークのリベリスタの力を正当に評価してはいなかった。
 もし彼が真に冷静な人物であれば、フロックであろうと一度きりであろうと、自身の防御結界を突破したアークが『塵芥』ではなく『己が敵』である事を理解していただろう。だが、極度に肥大化したプライドはそんな当然の結論をも己の認識の中から遠ざけている。その心根は筋金入りだ。『敵影』にチェネザリ・ボージアとその一党を見つけても、彼は微塵も揺らいでいない。
「精々、無様に足掻くがいい」
 尊大に言った彼は、自分がどんな顔をしているのかもこの時、自覚してはいなかった。
 そして、彼はこの少し後に『もう一つの誤算』に直面する事になる……!

●五人の歪夜
「……言っておくが、おかしな真似はしない事だ」
「分かってますよう、私だってね。ほら、そこまで命知らずじゃありませんし?」
 セシリー・バウスフィールドの押し殺したような声を受け止めた『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモア (nBNE001000) は肩を竦めるばかりであった。
 まさにアーク乾坤一擲の作戦が生じた今、彼等は密やかに動き出している。
 目的はと言えば、言うに及ぶまい。
 唯一にして最大の異常は、あの『疾く暴く獣』が自身の騎士に『塔の魔女』の援護――と言うよりは同一の目的と言った方が正しいが――を命じた事に尽きる。
「どうだかな!」
「……騒ぐな、セシリー。何より御命が先だろう」
「……っ」
「私はお前等信用しない」と息巻く『白騎士』セシリーに対して、『黒騎士』アルベールはあくまで寡黙さを崩してはいなかった。
 この三人の誰もが等しく盟主ディーテリヒの思惑を解していない。
 だが、両騎士にとって命令は絶対であり、アシュレイにとっては渡りに船だ。
(……あの、どうしようもない方をどうするかは又別の問題として……)
 空に浮かぶ黒い太陽にはアシュレイの求めるものがある。アークも今回ばかりは荒事さえも辞すまい。チェザーレ・ボルジアなら、尚更の事である。
「やれやれ」と肩を竦めたアシュレイは嵐の予感に金色の目を細めていた。
 そうだ。『彼』ならきっと、こんな時は大喜びで――

 ――笑えない冗談を、言ったんでしょうね?


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI  
■難易度:NIGHTMARE ■ イベントシナリオ
■参加人数制限: なし ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年12月23日(火)23:05
 YAMMIDEITEIです。
 敵は最強魔術王。
 以下詳細。

●任務達成条件
 ・『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュの撃破・撃退

※天空城とペリーシュ双方が万全の状態でアーク本部上空に到着した場合、アークは壊滅し『ゲームオーバー』となる可能性があります。

●天空城
 聖杯の魔力でペリーシュが創造した空飛ぶ要塞。
 半径二キロの敷地を持ち、中央にはペリーシュの本拠たる『塔』を備えます。
 リベリスタ達が『マルクト』に侵入した時点から本シナリオは始まります。

●『セフィロトの樹』
 数多の悪意と障害の仕掛けられた魔術王の塔です。最下層である『マルクト』から最上層である『ケテル』まで、セフィラに見立てられた空間を遡る形で登らなければなりません。
 その詳細は下記。

『マルクト』:入り口。『セフィロトの樹』はそれぞれの層を突破するに、抑え役が必要です。その階層に残ったリベリスタは塔の主であるペリーシュが倒されるまで、各階層の司る困難を支え続けるのを余儀なくされます。(敵が無限に再生される為。各階層のリベリスタが万一全滅した場合は、上位層への道が閉ざされ、攻略失敗となります)


1、まずは『活動の世界』を司る下記三層の内、最低一つを支える必要があります。
 どの領域を選ぶかはリベリスタ達の自由ですが、次の『2』に進むのに必要なのは『一つ』です。(PCが選択した階層が極少数である場合は、危険度MAXです)


『イェソド』:土台の階層。敵は『根源』と呼ばれる不定形のアザーバイドで、『根源』は分裂能力も持っており、強烈。行動不能系BSが通用せず、二回行動を行います。精神系BS攻撃有。攻撃力は強さの割に低めですが、圧殺されない為には常に高い攻撃力を発揮する必要があります。

『ホド』:栄光の階層。幻想の古戦場に召還され、黄金の将軍に率いられた無数の軍勢との対決を余儀なくされます。『ホド』での戦いにおいてはPCの『名声値』が高い程、戦闘力にプラスの修正を受ける事が出来ます。圧倒的な数を誇る敵に対しての的確な対処が必要不可欠です。

『ネツァク』:永遠の階層。この魔術的空間の時間の流れは一定ではありません。実体の無い亡霊のようなエリューションが多数襲撃して来ます。物理攻撃が通用しませんが、神秘攻撃は良く通じます。これ等の戦闘能力は『イェソド』、『ホド』程ではありませんが、この空間の内部は外部に比して二倍の時間が流れます。つまり、純粋に倍のターン支える必要が生まれます。


2、『1』で提示された三層の内、一つを満たせば『形成の世界』へと進みます。


『ティフェレト』:美しき荘厳の階層。この階層の敵は『呪宝石』と呼ばれるペリーシュ・ナイトです。エメラルド、ルビー、サファイア、ダイヤモンド四体のそれぞれが不吉系、火炎系、凍結系、高CTのそれぞれの特長を持っており、異常に強力なダメージ反射能力を備えます。時間経過と共に『呪宝石』の数が増加する上、この階層では『女性PC』以外の能力値は1/2となります。

『ゲブラー』:果敢なる勇猛の階層。この階層の敵は、数多の文献で語られる巨大なる黒竜。そのサイズは数十メートルにも及び、複数回行動を行います。敵は相当に凶悪で、全ての行動不能BSは通用しません。更にこの階層の戦闘でフェイトが失われた場合、その数字は二倍となります。仮に倒した場合は黒竜は復活しません。

『ケセド』:慈悲深き恩寵の階層。この階層に到るリベリスタは戦闘をする必要がありません。但し、この部屋に居るリベリスタはフェイトの消耗を余儀なくされます。更にウィルパワー判定に失敗する程に際限なくより大きくフェイトを吸収されていきます。人数が居れば負担軽減されますが、逃げられません。


3、『2』で提示された三層の内、一つを満たせば『創造の世界』へと進みます。
 ここの選択階層は二つに一つ。


『ビナー』:深淵なる知性の階層。複数の魔術的結界の複合した異空間。ここで万全に戦うには『魔術知識』、『魔術知識II』、『深淵ヲ覗ク』等のスキルの活性化が必要です。(持っていない場合、毎ターン一~五つの何らかのBSにかかります)
 敵は空間全面を覆う呪言。概念存在であり、物理的ダメージが半減します。又、敵の攻撃は常に階層内の全域に及び、Mアタックを生じます。

『コクマ』:真理と叡智の階層。己のドッペルゲンガーとの戦いを強いられます。この自身の写し身の力は各々に応じますが、確実に自分より強力な存在です。一回り手強い自分との戦いが非常に困難なのは言うまでもありません。


4、残る『ケテル』の領域はペリーシュの居場所です。彼と対決します。

●『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュ
 バロックナイツ『厳かな歪夜十三使徒』第一位『黒い太陽』。
『聖杯』を有する彼の戦闘力はフィクサードの限界を超えています。

●梁山泊
 大陸系強豪リベリスタ集団『梁山泊』の援軍部隊。数は精鋭が十五程。
 攻撃力重視。アークの判断に従って『活動の世界』の戦力を補強してくれます。

●オルクス・パラスト
 ドイツ最強リベリスタ組織にしてアークの盟友。数は精鋭が十五程(+桃子)。
 アークの判断に従って『形成の世界』の戦力を補強してくれます。

●ガンダーラ
 インド最大のリベリスタ組織『ガンダーラ』。数は精鋭が十五程。
 援護力重視。アークの判断に従って『創造の世界』の戦力を補強してくれます。

●ヴァチカン
 欧州に冠たる『ヴァチカン』。数は精鋭が十五程。
 チェネザリ枢機卿に率いられた部隊で聖職らしくありません。
『ケテル』における戦力の補強となるでしょう。

●歪夜部隊
 世界最強フィクサード結社。
『黒騎士』アルベール、『白騎士』セシリー、『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモアが参戦の気配。

●プレイングの書式について
 プレイングの書式は必ず守って下さい。
 守られていない場合、描写カットの確率が大幅に上がります。

【9】:イェソドに対応します。
【8】:ホドに対応します。
【7】:ネツァクに対応します。

【6】:ティフェレトに対応します。
【5】:ゲブラーに対応します。
【4】:ケセドに対応します。

【3】:ビナーに対応します。
【2】:コクマに対応します。

【1】:ケテル、つまり最上層(ペリーシュ)に対応します。

 上記九つからプレイングに近しいタグを選択して下さい。
 最良なのは(【9】【8】【7】から一つ、【6】【5】【4】から一つ、【3】【2】から一つ、【1】という形で)タグが合計四種類に纏まる事です。
 プレイングは下記の書式に従って記述をお願いします。
【】も含めて必須でお願いします。

(書式)
一行目:【】選択
二行目:フェイト使用の有無
三行目:歪曲運命黙示録使用の有無
四行目:絡みたいキャラクターの指定、グループタグ(【】)の指定等
五行目以降:自由記入

(記入例)
【1】


Aさん(BNEXXXXXX)※NPCの場合はIDは不要です。
あっかんべー!

●重要な備考
 当シナリオの実質難易度は『<太陽を墜とす者達>』の冠を持つ他シナリオの成否状況によって変化します。予めご了承下さいませ。

●参加条件について
 当シナリオは『<太陽を墜とす者達>』 の冠のつくイベントシナリオと同時に参加は出来ません。
 同時に参加した場合、後に参加したシナリオへの参加を除外する等の措置が行われます。
 この時、使用されたLPは返還されませんのでくれぐれもご注意の上、参加をお願い致します。

●Danger!
 このシナリオはフェイト残量によらない死亡判定の可能性があります。
 予め御了承下さい。


 戦力振り分けは相談推奨です。
 宜しければご参加下さいませませ。
参加NPC
シトリィン・フォン・ローエンヴァイス (nBNE000281)
 
参加NPC
セアド・ローエンヴァイス (nBNE000027)
参加NPC
クラリス・ラ・ファイエット (nBNE000018)
参加NPC
桃子・エインズワース (nBNE000014)


■メイン参加者 120人■
アークエンジェインヤンマスター
朱鷺島・雷音(BNE000003)
アウトサイドダークナイト
テテロ ミーノ(BNE000011)
ハーフムーンホーリーメイガス
悠木 そあら(BNE000020)
ハイジーニアスクロスイージス
アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)
アークエンジェマグメイガス
風芽丘・六花(BNE000027)
アウトサイドデュランダル
鬼蔭 虎鐵(BNE000034)
アークエンジェホーリーメイガス
来栖・小夜香(BNE000038)
ナイトバロンデュランダル
日下禰・真名(BNE000050)
ノワールオルールスターサジタリー
不動峰 杏樹(BNE000062)
ナイトバロン覇界闘士
アナスタシア・カシミィル(BNE000102)
アウトサイドナイトクリーク
犬束・うさぎ(BNE000189)
ハイジーニアスデュランダル
結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)
ギガントフレームクロスイージス
ソウル・ゴッド・ローゼス(BNE000220)
ハイジーニアスマグメイガス
高原 恵梨香(BNE000234)
ハーフムーンデュランダル
梶・リュクターン・五月(BNE000267)
ハーフムーンソードミラージュ
司馬 鷲祐(BNE000288)
フライダークホーリーメイガス
アリステア・ショーゼット(BNE000313)
ナイトバロンソードミラージュ
坂本 ミカサ(BNE000314)
ハイジーニアスインヤンマスター
四条・理央(BNE000319)
アウトサイドホーリーメイガス
天城 櫻子(BNE000438)
サイバーアダムクロスイージス
新田・快(BNE000439)
アウトサイドマグメイガス
二階堂 杏子(BNE000447)
ノワールオルールスターサジタリー
天城・櫻霞(BNE000469)
ハイジーニアススターサジタリー
ウィリアム・ヘンリー・ボニー(BNE000556)
アウトサイドソードミラージュ
閑古鳥 比翼子(BNE000587)
ノワールオルールクリミナルスタア
依代 椿(BNE000728)
ハイジーニアススターサジタリー
リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)
ノワールオルールナイトクリーク
アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)
アウトサイドクロスイージス
春津見・小梢(BNE000805)
ハイジーニアスホーリーメイガス
依子・アルジフ・ルッチェラント(BNE000816)
メタルイヴプロアデプト
彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)
ジーニアスソードミラージュ
戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)
ギガントフレームダークナイト
富永・喜平(BNE000939)
ハイジーニアスデュランダル
斜堂・影継(BNE000955)
サイバーアダムインヤンマスター
焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)
フライダークマグメイガス
シルフィア・イアリティッケ・カレード(BNE001082)
アークエンジェインヤンマスター
ユーヌ・結城・プロメース(BNE001086)
ハイジーニアスプロアデプト
イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)
アウトサイドスターサジタリー
桐月院・七海(BNE001250)
ハイジーニアスナイトクリーク
神城・涼(BNE001343)
ビーストハーフホーリーメイガス
臼間井 美月(BNE001362)
ハイジーニアスソードミラージュ
ルア・ホワイト(BNE001372)
ハイジーニアスデュランダル
ランディ・益母(BNE001403)
ハイジーニアスダークナイト
百舌鳥 九十九(BNE001407)
ハイジーニアスデュランダル
楠神 風斗(BNE001434)
ハイジーニアスマグメイガス
風宮 悠月(BNE001450)
ギガントフレームクロスイージス
ツァイン・ウォーレス(BNE001520)
ナイトバロン覇界闘士
設楽 悠里(BNE001610)
フライダークマグメイガス
シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)
メタルイヴクロスイージス
ステイシー・スペイシー(BNE001776)
ジーニアス覇界闘士
宮部乃宮 火車(BNE001845)
ハイジーニアスマグメイガス
イーゼリット・イシュター(BNE001996)
ハイジーニアスデュランダル
イーリス・イシュター(BNE002051)
ハイジーニアスダークナイト
山田・珍粘(BNE002078)
アークエンジェソードミラージュ
エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)
ハイジーニアススターサジタリー
結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)
ハイジーニアスソードミラージュ
鴉魔・終(BNE002283)
サイバーアダムプロアデプト
酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)
ハイジーニアスデュランダル
ジース・ホワイト(BNE002417)
ギガントフレームホーリーメイガス
ゼルマ・フォン・ハルトマン(BNE002425)
ハイジーニアスマグメイガス
百舌鳥 付喪(BNE002443)
アウトサイドソードミラージュ
ルヴィア・マグノリア・リーリフローラ(BNE002446)
ハイジーニアスソードミラージュ
リセリア・フォルン(BNE002511)
ビーストハーフソードミラージュ
サマエル・サーペンタリウス(BNE002537)
ジーニアスデュランダル
羽柴 壱也(BNE002639)
ハイジーニアスマグメイガス
ラヴィアン・リファール(BNE002787)
ハイジーニアスクリミナルスタア
晦 烏(BNE002858)
フライダークホーリーメイガス
桃谷 七瀬(BNE003125)
ハーフムーンナイトクリーク
荒苦那・まお(BNE003202)
ノワールオルールクロスイージス
ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)
ハイジーニアスインヤンマスター
小雪・綺沙羅(BNE003284)
ジーニアスホーリーメイガス
氷河・凛子(BNE003330)
ハイジーニアスプロアデプト
プレインフェザー・オッフェンバッハ・ベルジュラック(BNE003341)
ギガントフレームホーリーメイガス
如月・真人(BNE003358)
ノワールオルールダークナイト
逢坂 黄泉路(BNE003449)
ハイジーニアスダークナイト
蓬莱 惟(BNE003468)
ハイジーニアスクリミナルスタア
曳馬野・涼子(BNE003471)
ハイジーニアスダークナイト
熾喜多 葬識(BNE003492)
ハイジーニアスクリミナルスタア
禍原 福松(BNE003517)
ノワールオルールクリミナルスタア
遠野 結唯(BNE003604)
ハイジーニアススターサジタリー
カルラ・シュトロゼック(BNE003655)
ハーフムーンホーリーメイガス
綿谷 光介(BNE003658)
ジーニアス覇界闘士
ミリー・ゴールド(BNE003737)
アークエンジェソードミラージュ
セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)
ギガントフレームアークリベリオン
水無瀬・佳恋(BNE003740)
ハイジーニアスレイザータクト
ミリィ・トムソン(BNE003772)
ハイジーニアスマグメイガス
羽柴 双葉(BNE003837)
メタルイヴダークナイト
黄桜 魅零(BNE003845)
ハイジーニアスソードミラージュ
フラウ・リード(BNE003909)
ハイジーニアスナイトクリーク
鳳 黎子(BNE003921)
ハイジーニアスホーリーメイガス
文珠四郎 寿々貴(BNE003936)
ナイトバロンナイトクリーク
ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)
ナイトバロンアークリベリオン
喜多川・旭(BNE004015)
ギガントフレームプロアデプト
鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)
ノワールオルールレイザータクト
神葬 陸駆(BNE004022)
ナイトバロンクリミナルスタア
熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)
ノワールオルールクロスイージス
浅雛・淑子(BNE004204)
ハイジーニアスホーリーメイガス
海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)
フライダークマグメイガス
霧島 深紅(BNE004297)
ハイフュリエミステラン
ファウナ・エイフェル(BNE004332)
ハイフュリエミステラン
ルナ・グランツ(BNE004339)
ハイフュリエミステラン
シィン・アーパーウィル(BNE004479)
アークエンジェスターサジタリー
鴻上 聖(BNE004512)
ノワールオルールインヤンマスター
赤禰 諭(BNE004571)
ギガントフレームデュランダル
柳生・麗香(BNE004588)
フライダークマグメイガス
ティオ・アンス(BNE004725)
ハーフムーン覇界闘士
翔 小雷(BNE004728)
ハイジーニアスレイザータクト
鈍石 夕奈(BNE004746)
メタルイヴデュランダル
メリッサ・グランツェ(BNE004834)
アウトサイドソードミラージュ
★MVP
紅涙・真珠郎(BNE004921)
ハイジーニアスアークリベリオン
逢川・アイカ(BNE004941)
ナイトバロンアークリベリオン
綾小路 姫華(BNE004949)
ノワールオルールソードミラージュ
東海道・葵(BNE004950)
アウトサイドアークリベリオン
水守 せおり(BNE004984)
ハイジーニアスクロスイージス
碓氷 凛(BNE004998)
アウトサイドデュランダル
蜂須賀 臣(BNE005030)
ジーニアスマグメイガス
柴崎 遥平(BNE005033)
フライダーククリミナルスタア
織戸 離為(BNE005075)
ジーニアスミステラン
蜂須賀 澪(BNE005088)
ハイジーニアス覇界闘士
布都 仕上(BNE005091)

●『マルクト』
「イカロスは墜ちた。太陽に近付き過ぎてしまったから」
 静かに呟いたミカサにエレオノーラが曖昧な苦笑を見せた。
「彼が神であるならば、墜ちるのは俺達なんだろうね」
 蝋で固めた鳥の羽が太陽に届かない事は誰しもが知っている。人の身に在りながら分不相応にそれに近付き過ぎたならば、待ち受けるのは悲劇ばかりである事をきっと誰もが知っていた。
 熱く燃え盛る炎の塊は、この世界に存在するどんな火よりも熱く。どんな火よりも公平に眼窩の世界を灼いている。そこには結果が横たわるのみで――恐らく慈悲等何処にも無い。それは『燃えているだけ』だから。
 なればこそ、恐らく心無い誰かは愚かと謗るのだろう。
 全てを理解しながらも、今まさにその太陽に挑まんとする人々を。
 古代ギリシャの青年に非ず、二十一世紀を数えたこの世界で太陽に向かう人々を。
 人は太陽に敵わない。人は神には届かない。成る程、それは道理である。
「過去のあたしならその才に、頭を垂れる事も厭わなかったでしょうね」
「彼が人間ならば――彼の気持ちなんて分からないけれど、神様になるのも大変そうですね?」
「人間の願いを理解する事は同じ人間にしかできず、願望には限りがない……
 彼が、神すら越えるという望みを持つ限り。持ち続けてしまう限りは――」
 エレオノーラは花弁のように色付く薄い唇に嘲りのような、憧憬のような複雑な色を乗せて呟いた。
「――悲しいわね、彼は人間でしかないのよ。これ以上の証明は無いでしょう?」
 道理は道理。だが、無理を通せば道理は身の程を知るものだ。
 運命なるものを唯々諾々と受け入れるのだとすれば、彼等はとうの昔にこの世界から消え去っていただろう。
 神代の時間、世界を洗った運命の涙さえ乗り切った箱船(アーク)は現代にも奇跡を体言してきたのだから。
「つーか、空から城で攻めてくるとか予想の斜め上行き過ぎだろ」
 半ば以上呆れたように言ったルヴィアの言が至極尤も。
 まさにこれより始まる決戦を目指し、『マルクト』に足を踏み入れたリベリスタ達は二百名弱。
『マルクト』に到った彼等を取り囲む塔の壁は材質不明で、不可思議な神秘性を彼等に強く感じさせている。
「……怖い。今までで一番怖いよね、これ……皆と一緒なら大丈夫って、今まで思ってたけど、でも……」
 歯の根をガチガチと鳴らす美月の大きな瞳が生理的な涙に少し潤んでいた。
「でも、それでも……やっぱり、あんな事、もう二度とさせちゃダメだ。
 皆……一瞬で消えちゃった。あんなのは。ダメだ。絶対ダメだ。だからっ……!」
「実際の所、最悪としか言いようの無い相手よね」
「それでも、これ以上この国を好きにはさせられませんからね」
 小夜香に応えた凛子に周囲のリベリスタ達が頷いた。
「……ま、私は出来る事を……護り、支え、癒すだけよ。
 意思だけでどうにかなる相手じゃない。だけど意思無くしてどうにかなる相手でもない」
「ええ。例え相手が誰であろうと――バロックナイツの歪み無き一位であろうとも」
「こんな危ない樹、まおは落っことしたいと思いました」
 まおが頻りにコクコクと首肯してみせる。
「なんやえらい事もここに極まれり、やな。
 此処までアークが追い込まれたのは『楽団』の時以来やっけ?
 ……アーク潰されたりしても困るし、此処はしっかり守ってかんとやね!」
 空に浮んだこの舞台は椿の言う通りまさにリベリスタ達の命運を決める場であった。
『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュの創世は暗黒の世界の始まりである。地上の『神威』の砲撃で路を抉じ開けたアークのリベリスタ達は今まさに天空城の中核たる塔の攻略へと取り掛からんとしていたのである。
『セフィロトの樹』と称されたペリーシュの居場所は、それ自体が突破困難な迷宮の様相を呈している。『マルクト』から『ケテル』までの九層を決められたルールに従い進まなければ先は無い。この塔に到るまでの戦いも激しいものになっていたが、この先がそれ以上であるのは言うまでも無いだろう。
 リベリスタ達は聳えるセフィロトを遡った上で神の座に到る魔術師を撃破せしめなければならない。
 そこまで到達出来るのは何人か。否、それ以前に到達する事が出来るかどうか。
 それすらも分からなかったが、事ここに到れば前に進む以外の道が無いのは明白過ぎる事実であった。
『マルクト』を包む気配が変わっていた。
 リベリスタは理屈より先に直感した。それは全てが『始まる』という事に他ならない。
「偉い人と喧嘩するのも、たまにはいいかもね」
 神様上等――幽かに笑って嘯いたサマエルの冗句に仲間達が頷いた。
 長い時間は無い。そして必要も無かった。『塔』の仕組み自体をリベリスタ達は知らなかったが――彼等が『活動の世界』を望んだ時、セフィロトの回路は開かれていた。意識が一瞬だけ遠ざかり明滅する。
 それがセフィロトを征くリベリスタ達の長い『旅』の始まりだった。

●『ホド』
 乾いた風が足元の埃を吹き上げる。
 寒風がすさぶ殺風景な荒野は遥か彼方地平線まで続いていた。
 空気も、踏みしめる大地も、染み付いた血の臭いも、全てが本物。
 疑う余地も無く、それが幻想の繰り言とは思えなかった。
「……『塔』でしたよねぇ。確かに『塔』だった筈だ」
 鉄面皮はそのままに口元だけに呆れを張り付けたうさぎが呟く。
 自分達は確かに建物の中に居た筈なのに、まるで一つの世界が隔絶されたかのように違う場所に居る。『混沌迷宮』と称したエクスィス内部で似たような事はあったが――彼女はミラーミスである。
「ウィルモフ・ペリーシュ。生まれてこの方一切の挫折も失敗も無い真性の王ですか……
 ま、そりゃ傲慢でしょうよ、他者を踏み躙るでしょうよ。
 私達が簡単気軽に手にする『満足』が彼には神を超える偉業でもないと届き得ない遠き星なのでしょうから」
 事も無くこんな事さえ出来てしまう彼が。それなのに満足一つ出来ない彼が――
「……いっそ憐れだ」
 数十人のリベリスタ達の視線の先に雲霞の如き軍勢が佇んでいた。
 その数は凡そ数千。互いの数を比較する事は土台、馬鹿馬鹿しい有様だった。
「あぁ、これは大仕事だな。まぁ……やることは変らないんだがね」
 凛が一つ溜息を吐く。
「何度参戦しようとも、やはり戦場は嫌な雰囲気ですわね……全く次から次へと慌しい限り」
「新婚を駆り出さないといけないくらい忙しいなんて――三高平で暴れられるのは特に迷惑ですっ!」
「バロックナイツも飽きないな」
 愚痴めいた杏子と櫻子、姉妹を宥めるように櫻霞が言った。
「だが、ミラーミスに比べればスケールも小さい。極東のリベリスタを舐めないでほしいね。
 それから……何より三高平を壊されると困るんだ。新婚で、この歳で家無しは御免蒙る」
「そこな馬鹿ップルもとい夫婦。家の心配よかてめえの心配しろっての!」
 パチパチと手を叩いて賛同した櫻子と櫻霞にルヴィアが突っ込みを入れた。
【櫻猫】の面々の息の合った掛け合いの方はさて置いて。
『活動の世界』を形成する『ホド』は栄光を司る領域である。この幻想の古戦場で黄金の将軍に率いられた軍勢を食い止め、耐え切るのがこの場を任されたリベリスタ達に託された仕事であった。
 この空間ではその名の通り『栄光』が力と成りてモノを言う。
 さもなくば、この数の差は如何ともし難いのだろうが……取り分け高い名声を誇るアークのリベリスタならば、この場所を十分武器に変える事が出来るという読みがあったのだ。
「我が名は戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫!
 貴殿等もいずれ名のある英雄、豪傑、好漢たちであろう!
 貴殿らと剣を交えるは、武門の誉れ也! いざ尋常に、勝負せよ!」
 果たして――舞姫の声は届いたか。遥か彼方より土煙を上げる軍勢が迫ってくる。
「敵は数も質も必要十分、なぁに、何時もの事だよ」
「空の上の城、ね……
 笑える。考えてみりゃ高い所を恐れないのは、動物か、大バカのどっちかじゃん?
 敵の大将がどっちかなんて……考えなくても分かるよな」
「ああ。動物でも、面白いかも知れないが――」
 自陣に軽く百倍せんかという敵をねめ回し、喜平とプレインフェザーが互いに嘯く。
(酷い状況だ、しかし心は滾る。無量無数の星達の中、煌く勝利の星一つ。
 其れが俺を照らす限りは、屑星でも、暗く、深く、輝ける――!)
 目を爛々と輝かせる喜平の星が何処にあるか等、言うに及ぶまい。
「大丈夫。あたしと喜平、二人でいればあんな大バカなんてことない。『後悔』がどんなモンなのか、教えてやろうぜ!」
 そしてそれは、プレインフェザーも又然りであった。
 戦いの心の準備を待つような相手では無い。数百メートルあった彼我の距離が軍勢の突撃に瞬く間に潰れていく。
「超天才で王様で太陽様……
 まあ、そりゃその凄いとは思うっすよ。
 畏怖も畏敬も普通に感じるっすよ。実際マジで半端ねえっす。
 でもやっとる事はそれ要するに自己満足やないかい!?
 そんなもんの為にしこたま消し飛ばしおって……付き合うてられるかアホンダラ!
 絶対止めんで! あいつにだけは死んでも勝たせるかいッ!!!」
 気を吐いた夕奈のドクトリンが周囲の仲間に戦いの為の力を与えた。
「分かっとるな!?」
「敵が何を考えているか、それ自体に興味は無い。俺の仕事は何も変わらないからな」
 凛はそれでも頷いて、戦場にラグナロクの加護を降り注がせる。
 リベリスタ達は迫る土煙を前に迎撃の構えを取っていた。各々に戦闘準備を整え、互いの連携を確認した。
 気を抜けば一時一度で全てを浚われかねない濁流がリベリスタ陣営へと迫り来る。
「さて、行きましょうか氷河さん。死なせず、殺させない戦いに!」
「ええ――全力で参ります」
 シィンが、凛子――癒し手達がまさに今始まらんとする互いの激突に腕をぶす。
「重力の戒めより解き放つ――」
 凛子の翼の加護が戦士達に羽を与えた。
 軍勢が射程距離に入るや否や、激しい先制攻撃を展開したのは制圧力に優れるリベリスタ達だった。
「生きて帰れるかも分からない。こんな場所、未来ある少年少女には来て欲しくないんですけどね……!」
 来てしまった以上は、仕方ない。そして同時に聖の想うその少女は『そんなタマでは無い』。
「鴻上さん。私ね、今回こそはちゃんと最後まで貴方を支えるわ。だから逃げろとかそう言う台詞はなしよ?」
「……ですから、代わりの言葉を差し上げます」
 軽く飛び上がり視界を広げた聖は、黒い羽の渦で敵を捉えたシュスタイナの動きに被せるように神罰の弾幕をその視界全体にばら撒いた。
「貴方だけはだけは意地でも守る」
 聞けば嬉しいシュスタイナの言葉は反面、倒れられない理由にもなる。
「ふふん」と満足気に鼻を鳴らした少女の白い頬が幾らか紅潮を見せている。
「藁のようによく燃えますね。中身がない――スカスカなだけあります」
 持ち前の符術で影人を繰る諭が影達を指揮し――己は炎の聖獣で間合いを焼いた。
「お邪魔をするのが得意なまおを倒したければ、こっちに来て下さい」
 まおの放ったインパクトボールが敵の最中で弾けて弾く。
「木漏れ日浴びて育つ清らかな新緑――大魔法少女マジカル☆ふたば参上!」
 ポーズを決めた双葉が早口で詠唱を組み上げた。
「申し訳無いけど、とっとと行くよ!
 紅き血が成す戒めの黒鎖。其が奏でし葬送曲。我が血よ、黒き流れとなり疾く走れ!」
 少女の血を吸い上げた黒鎖が唸りを上げ、迫り来る敵の一陣を薙ぎ払う。
「――來來、氷雨!」
【ACES】を形成する雷音が放ったその術は何時もの彼女のそれでは無い。
『ホド』による底上げが元来は然して威力に優れない雷音の氷雨を氷嵐へと昇華させている。
 だが、幾重にも迫る濁流はそれでも止まる気配を見せていない。
 数十、或いはそれ以上の兵を失いながらも、そのままリベリスタ達の陣営へと喰らいついていた。
「ここは土台、耐えてみせる――みんなが上を目指せるように!」
 壱也が吠える。無限の再生能力を持つ軍勢を相手に『勝利』は無い。
『ホド』のリベリスタ達に求められるのは『ケテル』――即ちペリーシュ攻略までの下支えだ。
 ならばこそ、壱也は倒れる訳にはいかないのだ。
 土台が崩れたならば、空を目指したリベリスタ達は高い塔より地面へと叩き落されるだろうから。
「こっちは元気なんて有り余ってるんだから! わたしの本気、見せてあげる!」
 戦闘は見る間に酷く乱れたものへと変化していた。
 個々の強さにおいてはアークの、そして梁山泊のリベリスタ達は敵軍勢を上回る。
 しかして数の暴力というものは決して侮れるようなものでは無い。接敵した分だけをカウントしても自陣の数倍から十倍にもなろうかという手数は、瞬く間にリベリスタ陣営に数限りない痛みと手傷を刻み付けていた。
「流石に多いな……!」
 四方八方から叩き付けられる打撃、斬撃を快の守護神の左腕が弾き上げた。
「だが、無限の軍勢だとしても、将を失えば烏合の衆だ。取るぞ、あの黄金の将軍を!」
 済し崩し的に生じた乱戦の中でも快の双眸は敵将の姿を捉えていた。一際目を引く黄金の甲冑を纏った将軍は、己の存在を微塵も隠そうとしていない。まるでそれはあのペリーシュの『栄光(ホド)』の如しである。
「Generalっていいよね。言葉を交わせなさそうなのだけ、残念だけど」
「将軍様ちゃんだかなんだか知らんが尽く粉砕撃滅すりゃ済むんだろ! ノリ遅れってのは生憎趣味じゃねんだわ――!」
 華麗なステップを刻み、電光石火で敵陣に切り込んだサマエルを追いかける。
 負けぬと吠えた火車が名が体を表す業炎を纏い兵達の中へと飛び込んだ。
「っるあぁぁーッ!」
 全身より炎を噴き出す彼の熱量は普段のものと全く違う。何時にも増して『燃える』彼はまるで炎神を思わせる有様である。
「そうさ、ここは古戦場――」
 竜一にとって、激しい戦いは望む所だった。
「守って得られる栄光なんざ、たかが知れている。これは、ヤツの、ペリーシュの心に挑む戦いだ。なら……」
 倒すのみ。前に出るのみ。アークでも一、二を争う程に場数は踏んできた竜一だ。
 望む望まないにせよついてきた名声は、背負うものの大きさでもあるという事だ。
「ヤツの器との勝負ってヤツだろ!」
「お兄ちゃんに比べりゃ私なんて無名もいいとこだけどさ。
 でもやっぱりここでお兄ちゃんの手伝い出来なきゃ――妹失格だよね!」
 得物を手に駆ける竜一の前を塞ぐ敵を虎美の射撃が次々と撃ち抜いた。
「お兄ちゃんに集るゴミは苦しみ抜いて死ね!」
「サンキュー、なっ!」
 些か物騒な妹の愛と声援を背に受けて竜一の口元が三日月を作る。
 見目美しき黄金の将軍がペリーシュのホドだと言うのならば、打ち砕けばどれ程に爽快か。単に溜飲を下げるだけでは無い。敵の指揮系統が麻痺すれば『時間を稼ぐ』目的にも合致する。その見立ては快と同じだ。
 両手に得たるは、宝刀露草とJe te protegerai tjrs。
 両の刃が暴君の再臨(タイラント・アポカリプス)と化し、裂帛の気合で敵陣を吹き飛ばす。
 横に長く広がった軍勢を魚鱗の如く固まったリベリスタ達が縦に裂く。
 必然的に飲み込まれる格好となった彼等は容赦ない攻撃の嵐に晒される形となるが、前へ前へと進む戦士を、我が身を呈して必死の防戦を繰り広げる前衛達を癒しの福音が辛うじて支えていた。
(出来るだけ長く安定して皆を癒し続けなきゃ。それが僕に出来る事、なんだから……!)
 歯を食いしばり、震える膝で戦場に立つ美月も、
「すずきさんには、こうして地味に地道に下支えしてるのが良く似合う。
 名声の輝きに包まれた仲間の隙間に、ひっそりと。目立たない程度にひっそりと。
 そういう訳で、デウス・エクス・マキナによる救いをここに!
 ……いかん、カッコつけすぎた。こっそりね、こっそり。こっちみんな!」
 惚けながらも出来る事に全力を尽くす寿々貴も、
「ここは既に、自分の領域です」
 溢れんばかりの自負を滲ませ、リベリスタ達の爆発的攻勢を支えるシィンも然りである。
「……ッ!」
 突き出された槍の穂先を身体を捻って避ける。
 返す刃で一撃するも、更に伸びる切っ先に舞姫の白い肌から鮮血が散った。
 尋常で無い敵を引き付けながら、それでも倒されない彼女の技量は本物だ。
 しかして、食い止めるにも限度はある。彼女の被弾こそがその現実を物語っている。
 戦線の維持は全体の決壊と殆ど紙一重だった。彼等がギリギリの所で踏み止まるに到っているのは、偏に意志の力の差であろう。虚飾の軍勢を間違いなくリベリスタが上回る部分は矜持ばかりに違い無かろう。
「決戦ですの! 一丸となって――この苦境の突破を!」
 正直を言えばこれ程の場に立つ事への実感は無い。
 だが、この場所でどうしなければならないのかを見誤る姫華では無い。
 リベリスタの密集陣形の外部で奮闘する彼女の噴火の如き体当たりが纏めて敵を吹き飛ばす。
「オレに栄光があるのかは知らない。『ホド』に相応しいのかどうかも」
 黒猫(メイ)の業物から漆黒の気が迸った。
 薄紫の刀身は彼女が身を預ける片一方――愛用の業物だ。
(微力でもこの場に居る事が大事の筈。不安や弱音はフラウが居るからもう止めようか――)
 メイが我が身を預けるもう一方は言わずと知れた相棒だ。
「大丈夫、負けないさ。だから今を乗り越えよう」
 涼やかに微笑んだフラウ・リードは幾つもの死線をメイと越えた『大切な人』。
 メイの放った暗黒によろめいた兵士達を残像さえ残す高速を見せたフラウが次々と斬り倒していく。
 奇しくも二人の考えた事は一つで、同じだった。

 ――どんな時でも君が傍に居るから。繋いだ絆が此処にあるから、一人じゃないから、私は強くなれる――

「やれやれだ」
「やれやれ、ね」
 ミカサの爪が鋭く敵影を抉った。軽い身のこなしで敵の切っ先をからかうエレオノーラは逃げ水のよう。
「心は熱く、頭は冷静に、だ。突出しないように注意しろよ、うさぎ」
「心は熱く、ねえ……生憎寧ろ冷えてますよ!」
 互いの背を守るように乱戦の中で躍動するのは珍しく言う側に回った風斗と口の減らない【いつもの】コンビだ。
「ま、いつものコンビですから……やれやれ、此処は変わりゃしねえんですよね……」
「不満かよ」
「いいえ、ちっとも!」
 丁々発止のやり取りをしながらも、二人は自身等を囲む敵を的確に倒していた。
 彼等も又、一先ずの目標を黄金の将軍の撃破に定めていたが、敵もさるもの。囲みは厚い。
「欲は余りかかない方がいいですよ。取り敢えず為すべきは為しましょう」
「分かってる……!」
 風斗のデュランダルが槍兵を、そして騎兵をも薙ぎ払う。
 彼の瞼の裏に焼き付いた光景は今でも薄れていない。無数の命が一瞬で失せたあの悪夢の日。リベリスタに救えない運命がある事は先刻承知の心算ではあったが――あれは余りに最悪だった。
「あんなことは、もう二度とさせない――そのためにも、この場は絶対に支え続ける!」
 デュランダルの赤いラインが虚空に残像を残した。風斗の重撃に抗える敵は居ない。
 多勢に無勢の戦いはリベリスタ達の猛烈な勢いと共に始まった。
 しかし、彼等には出口は無い。彼等の戦いに終わりは無い。つまる所、単に単純に戦い続けなければならないという事態を仮定したならば、彼等は無限の軍勢に最終的には敗北する事を免れないだろう。彼等がこの戦いに勝利する可能性があるのだとしたら、それは――ケテルにてペリーシュが討たれるその時ばかりである。
 一人は皆の為に。そして皆も又、一人の為に。
「栄光の陰にはきっと知られる事なく消えていった存在がある。
 それを忘れない人だけが真の栄光を掴めるとボクは思う。
 だから、あのベリーシュなんかに真の栄光が掴める筈がない。この戦いでそれを証明しよう!」
 勇ましく言ったアンジェリカに梁山泊のリベリスタが「応!」と答えた。
 大陸系の彼等は日本のリベリスタとは違う。しかし、今日については気持ちを十分に束ねているだろう。
「戦いが終わったら中国を案内してよ。代わりにイタリアを案内するから」
 努めて明るく言ったアンジェリカが目前の敵達を纏めて一気に赤く灼く。
 しかし、セフィロトの戦いは『文字通り』始まったばかりだった。

●『ゲブラー』
 黒雲に包まれた空。
 岩ばった地面のあちこちからマグマが流れ出している。
 この世の果ての――地獄のそれさえ思わせる風景は、期待違わず邪竜の居場所とするに相応しい。
『形成の世界』でリベリスタ達が選び取ったのは果敢なる勇猛の階層『ゲブラー』だった。
「よう悪い奴世界代表、その手下だか道具だかよくわからん生き物!
 あたしは太陽! 太陽はあたし! 黒いのとか知らんあたしが神だ!」
 指を差すようにして挑発めいた比翼子の視線の先にそれは居た。
 全くもってリベリスタ達には有り難くない事に――格別の存在感を備えてそれは居た。
 身の丈は小さく見積もっても三十メートル以上はある。
「邪竜退治とかロマンだよね☆
 晩御飯は竜焼肉? それともみんなで! アクセ作りとか!?
 そんな事言ってられる状況じゃ無いけどさ、やっぱり後の楽しみを思い浮かべた方が頑張れるよね☆」
「最悪な災厄のテンプレートなドラゴン退治! 最っ高に燃えるシチュエーションだわぁん♪」
 確かに終やステイシーの言う通り。それは想像通りの存在だ。
 大抵の人間が御伽噺の悪い竜と聞いて思い浮かべる代物が、圧倒的なリアリティで現実のものとなっている。
 長い首を持ち上げ、眼窩の勇者達を見下ろした魔竜は今にも喰らい付かんばかりである。
「そういえば、巨大な猛獣を倒すゲームとかあったな。
 まさかリアルでやることになるとは思わなかったが……
 無事倒せたら所謂『ドラゴンスレイヤー』ってトコかね?」
 涼が軽く冗句めいたのと竜が耳を劈く激しい咆哮を上げたのはほぼ同時だった。
「……ッ!?」
 誰のものか分からない呻き声が轟音に掻き消された。
 それそのものが暴力めいた『音』は先制攻撃でリベリスタ達の動きを封じていた。
 大きく口を開けた竜が黒い炎を吐き出した。一帯を黒く焦がすその火力は常人なら――常人でなくても並大抵の革醒者ならば消し炭にしてしまえるだけの火力を持ち合わせている。
「気をつけろ! 動きを良く見て――判断するんだ」
 遊撃の構えを見せた伊吹が周囲に鋭く注意を促す。
 敵は未知なる存在だ。そして圧倒的な殺傷力を持つ以上――油断は即座に死に繋がりかねない。
 その動きと危険を見極め、損耗を減らす事が勝利に繋がると彼は判断した。
「常に情報を共有しろ、どんな隠し玉が来るか分からないぞ!」
「ゲブラー……峻厳、か。確かに名前の通り――厳しい戦いになりそうだな!」
 魔竜の力は一度の太刀合わせでお釣りが来る程理解した。黒炎は紙一重で避けた涼の肝も冷やした程だ。
 だが、戦い慣れたリベリスタ達は態勢を立て直すのも早かった。
「そもそも。竜とかファンタジーの世界の話じゃないの!? 何でもアリすぎるよー!」
 危急を防ぐのはアリステア・ショーゼットの『尽きせぬ祈り』。
 自身を襲った魔竜の脅威を防いだのは涼の咄嗟の判断である。
「涼とお城に行くなら、戦う為じゃなくてロマンチックなのが良かったのに……」
 一言漏らしたアリステアは次の瞬間にはもう気持ちを切り替えている。
「今度、ちゃんと連れてってね!」
「なんと! ドラゴンなのです!
 ゆーしゃとあらば! 倒さずにはいられないのです! ぶっこめ!!!」
 イーリスの単純明快なる号令に【竜破斬】を中心としたリベリスタ達が一斉に動き出す。
 強烈極まる魔竜の攻勢に耐えた次は、こちらの番という訳だ。
「お父様、お母様。わたしたちを護って――どうか」
 略式で戦いの前のお祈りを済ませた淑子が聖気の中心となりて邪気を払う。
 白銀の甲冑の存在感は清く、正しく、誇り高く――気高い彼女の性質を示すもの。
「見るからに強靭で邪悪、だけど」
 リベリスタにも敗れられない理由がある。山程ある。それは沢山。
「図体でかいだけのトカゲだって、お前自身の身体に分からせてやる」
 敢えて強い言葉を使った深紅からは闘志が漲っていた。
 成る程、戦って切り拓けるというならば、如何な強敵とて『マシ』な方だ。
 リベリスタにはこの世界から――特別な剣が与えられているのだから。
「敵は強大! でも! これさえ倒してしまえば通路が出来るのです!」
 果たしてイーリスの言は彼女らしからず正鵠を射抜いている。
『ゲブラー』は勇者達の戦場だ。この場所で倒れれば命の保証は一層無い。
 しかし、この場所は他の領域とは異なる良い点もある。イーリスの言う通り魔竜は一度で打ち止めだ。他の領域がエンドレスの戦いを余儀なくされる一方で、この場所だけは倒せば話が済むのだから『分かり易い』。
「上等じゃないっすか。
 お望み通りこの塔登ってお前に拳叩き込んで――その顔に吠え面かかせてやりますよ!」
 真っ直ぐ行ってブン殴る――アイカはそういうのが嫌いでは無い。
 殊更に小細工を重ねるよりも、我が身の持てる全てをストレートにぶつける方が『得意』である。
 ならば、彼女の為すべきは最高の技を確実に敵に刻みつける事だ。
「――――!」
 言葉にならない気合と共にアイカは一段飛ばしで天国の階段(ステアウェイトゥへヴン)を駆け上がる。
 爆発的な寄せから繰り出される強烈な一撃は、魔竜の鎧鱗を強かに叩き、そして跳ね返される。
 だが、それも上等。雨垂れが石を穿つものかと笑うなら、雨垂れで石を穿ってやればいいだけだ。
「こっちも行くですよ! セアドのおっちゃん! そしてはいぱー馬です号!!!」
 イーリスのテンションに「かなわんな」と呟いたセアドがしかし表情を引き締めていた。
「散開なさい。言う程、簡単な相手にはならないわよ!」
 魔剣を背負ったセアドが魔竜の前足を一撃する。
 一方でシトリィンはオルクス・パラストの配下に鋭く指示を飛ばした。
「ほら、貴方も指揮者なのでしょう?」
「は、はい!」
 水を向けたシトリィンに元気過ぎる返事をしたのは澪だ。
「蜂須賀澪、頑張って指揮しますのでよろしくお願いします!」
 この戦いにおいて連携と効率的戦闘は必要不可欠である。
 なればこそ、三十数名からなる大部隊を動かす頭脳は何れも重要な役割を担わざるを得ない。
 極技神謀、鬼謀神算の澪は自信の無さげな態度とは裏腹にシトリィン以上の指揮能力を持っているのだ。
「ドラゴンの天敵は大鷲族やガルーダと言われているから――僕は皆に翼を施すよ。
 小さな羽根でも皆がひとつになれば大きな力になる。例えば、この大きなドラゴンだって――」
 すかさず翼の加護を展開した七瀬にジースが「サンキュ」と応えて飛ぶ。
「暴れるだけの竜とか、ワカメ頭のテメェのご主人様にそっくりだな――」
 邪竜の知性を見越して挑発めいたジースがまずは魔竜の眉間を一撃した。
 彼の言う『御主人様』と同じように、魔竜が慢心をするタイプならばこれは万歳である。
 だが、彼の手に残った鈍く重い手応えは何より如実に敵の堅牢さを表す事実である。思わず小さく舌を打った彼は、鎧めいた鱗に覆われた敵の弱味をその目で探さずにはいられなかった。
「限りなく本物に近い? 本物?」
 自身の超直観をフルに働かせ、ミリーは魔竜の全てを観察していた。
 人間ならば粘膜等は弱点になるだろうか。だが、瞼の辺りを斬りつけたとて鉄の如き感触は変わるまい。
 最悪、その眼球すらもが金剛石のように強固でも驚くには値すまい。
(……もし、『逆鱗』なんてものがあるのだとしたら)
 それは諸刃の剣になるのかも知れない。大きな危険にも、大きな好機にも。
「なら――」
 ミリーの一方で、素早く攻撃を展開したジースに続き、ルアの小さな身体が宙を舞う。
 ジースが鼻先に引き付けた注意の隙を縫い、彼女の刃は魔竜の腹部に潜り込んだ。
 如何程効いたかは知れないが――僅かながら手応えが彼女の手には残っていた。
「腹の方が幾ばくか薄いみてぇだな」
 ジースの言葉にルアが頷く。二人は二つで一つである。
 簡単に狙わせてくれる相手では無いが、決して不可能な狙いでも無い。相手の的は大きいのだ。
「やれやれ、まるでファンタジーのお姫様でも助けるかのようだね。
 奥に進めば、そこにいるのはお姫様では無く大魔王なのが救えないけど」
 ジースと同じく魔力の鎌(マグス・メッシス)で斬りつけた深紅が肩を竦めた。
 それでもその先に行こうという仲間がいるのだから、彼女としても技を振るう自身に力が入るというものだ。
「僕等は負けない、絶対!」
「ああ。その心算は更々無い」
 深紅の言葉を肯定した騎士――惟が魔竜を見据えた。
「まさか、英雄譚の如く悪竜と相対するとは思っていなかったが……
 方舟の存亡の危機だ。是非も無し、これも騎士として立ち向かおうか!」
 冥界の女王――冥きオーラを纏う黒銀に大いなる災厄、大いなる呪いが集約した。惟の振るった一閃は敵の心身を強烈に蝕むその真価を発揮するには到らなかったが、呪殺の打撃は話が別だ。酷く堅牢にして巨大な敵は概ね避けるに適していないと相場が決まっている。こういう大物の狩り方は――ダークナイトの得手でもある。
「デカイやつと戦うなら超接近戦なのだ! 近いから見辛いのだ多分!!」
「!!!」
「かっけーのいくぜ! くらってくだけれ! ひーろー! くらーっしゅ!」
「しん! いーりすすまっしゃー!!!」
 力の抜けるやり取りはその字面だけだ。
 果敢に攻め立てるのは一声を発した六花、彼女のその言葉に感銘を覚えたらしいイーリスも同じである。
 体躯の差からしてその膂力、生命力は比較になる次元では無いだろう。事実、オルクス・パラストを含む大勢のリベリスタ達が必死の攻撃を加えていたが、魔竜は堪えた様子が殆ど無い。四十名近い一線級のリベリスタが大攻勢を掛けても跳ね返すその強靭さはフェーズ4のエリューションを比較にしないレベルだろうか。
「堅牢な鱗なら、数を重ね貫くのみ。十で足りなければ百を。百で足りなければ千の剣を!」
 勇壮な声はまさにメリッサ・グランツェの誇りと覚悟を示す剣。
「私の為せるは、ごく限られた技に過ぎない。
 私の剣がどこまで通用するか、黒竜に鬼と神喰らいの域を持って挑みましょう――」
「空中城を創りだしたのみならず、このような竜まで創りだすとは。
 聖杯に第一位、ともに捨て置けぬ埒外の邪悪だ。第一位を討伐する方の為にも、この場所は……獲る!」
 この魔竜がペリーシュによって生み出されたものなのかは知れなかったが、厄介さは疑う余地も無いだろう。
「『剛刃断魔』、参る」
「動きは止められないみたいだが、悪運だけはどうしようもねえだろ! 喰らえ、深緋!」
 飛び込んだ臣に続いて奮闘を見せるのは朱色の槍を自在に振るうフツである。
 術士(インヤンマスター)でありながら、力強く武技を振るうその姿は僧兵を思わせる。
 暴れる魔竜を調伏せんとするその姿は、まさに勇猛そのものだ。
「果敢なる心を持ち勇猛なる志士となれ。
 わたくしにその様な暑苦しい少年漫画は必要ありませんが。
 まあ、坊ちゃまがそうなればとは思いますが……」
 見えない殺意――オルオレの硝子を煌かせ、疾風の斬撃を加えた葵がフツを見て呟いた。
 坊ちゃまがこの場に居ない事を彼女は少しだけ残念に思い、同時に安心してもいた。こんな碌でもない場が教育にいい筈が無いし――何よりここは『ゲブラー』だ。ここで危険な目に合わせたくは無い。
(……もし轡を並べて戦えれば、と考えてしまう気持ちばかりは如何ともし難いのですけれど)
 獅子は我が子を千尋の谷に落とすと言うけれど、葵はあくまでメイドなのである。
「――腹が膨らんだ! ブレスが来るぞ、避けろ!」
 伊吹の言を共有したフツが魔竜の様子から次なる動きを予測した。
 燃え盛る黒炎が扇状に一帯を焼き尽くす。全員が逃れた訳では無いが、散開は多少は効いている。
「生憎と、簡単にやらせはしないわよん♪」
 深刻なダメージを受けながらも、後背に背負う回復役にはダメージを通していない。
 戦いも痛みも悦びに変えているかのようなステイシーはあくまで彼女の姿勢を崩していない。
 続け様に振るわれた長い尻尾による薙ぎ払いが横殴りに彼女の身体を弾き飛ばした。意識が飛びそうになる程の打撃ではあったが――運命を燃やす彼女はこの一撃を受けてもファイティングポーズを止めはしない。
「嗚呼、此処に16bitのビートがあればぁ完璧なのにぃ、ね!」

●『ビナー』
 深淵なる知性の領域は『創造の世界』を占める一角だ。『活動の世界』、『形成の世界』を経たリベリスタ達は『王冠(ケテル)』に登る最後の選択として『ビナー』の階層をセレクトしていた。
 ある意味でこのビナー程、ペリーシュを表した場所は無かったかも知れない。
 濃い絵の具を出鱈目に垂れ流したような極彩色の世界に漂うかのようだ。
 前後左右上下すら定かではない空間にリベリスタ達は投げ出された。確かにそこに居る事は出来るけれど、同時に現実感は酷く希薄なものに感じられていた。何も無いけれど、全てがあるようにも思えた。五感が正しく働かないと言えば正解だろうか。ビナーは矛盾に満ちている。
「神を超えるとか言っておきながらやってる事は神の模倣か。つまんない男」
 冷淡に吐き捨てた綺沙羅の言葉はある意味で彼の矛盾を指摘するものだ。
 しかし、同時に彼女はこの『創造の世界』を評価する向きもある。
「でも、この場は悪くない。何かを創るにはきっとうってつけでしょ?」
 原色の世界に無数の魔術が揺蕩う。魔術という不確かな存在に相応しく不定形の世界は不明のまま完成していた。
「不可思議な空間ですね……
 魔術……による結界を重ね。隔離した領域内に展開した異空間という感じですが」
「信じられない。この連鎖的な結界も、魔術王の知性の一端ですか……」
 ファウナの言葉に感嘆の言葉を漏らした光介は対象の善悪以前に一術者として驚愕を覚えていた。
 全くここは『創造の世界』である。ある意味で純粋な魔術師ではないが、研究者である綺沙羅の言は正解だった。例えばこの世界の一部を切り離して捏ね回せば、新たな魔術が生み出されてしまいそうな。純粋術者である光介は、込み上げる震えを抑え切れなかった。それはビナーに触れる恐怖であり、高揚でもある。
「……興味深くはありますね。この空間の全面から、攻撃的な意志を感じなければの話になりますけど」
 ファウナの見立てによれば、複合する結界自体が敵性存在であろうという事だ。
 但し、この場合は状況はより深刻になる。何故ならばリベリスタ達は『結界の中に居る』のだ。彼等を取り巻く世界――ビナーそのものが敵だとするならば、それは敵の腹の中に居る事と相違ない。
 無論、脱出は不可能であろうから――これはリベリスタを閉じ込める殲滅の檻という訳だ。
 極彩色の世界のあちこちに悪意の呪言が浮かび上がる。
「壁を殴れって? どうにもやり難くていけねぇが――」
「化け物は化け物らしく出てこいよ」と毒吐いたソウルが油断無く辺りを見回した。
 とは言え、今回の彼の仕事は回復役を庇う事である。内にあるものを次々と呪いで侵すビナーに進入したのは殆どが魔術的な知識を持ち合わせる者か、身を侵す呪いをものともしないものばかりである。それはソウルも変わらない。この場で万全に動く為のパスポートのようなもの。
『ゲブラー』よりは少し気長に、或いは勿体をつけて――試練が始まった。頭の奥を締め付けるようなノイズが耳の中に滑り込んでくる。塞いだ所で防げないその破滅の音は、色濃く魔術を孕んでいる。
 想像よりも強烈なダメージは強靭なリベリスタ達の心身さえ激しく蝕む原初の呪いそのものだ。
「うぅ、天空城の決戦はハード過ぎます。ここまで何とかついて来れましたが、これ以上は無理そうです。
 いえ、せめてここだけは……何としても支えてみせます!」
「それだけが僕の出来る事ですから」と続けた真人が頭を振って弱気の虫を追い払う。
 実際の所、錬気系の技巧を高いレベルで体得する真人はこのビナーに向いた人物だ。
 純粋戦闘以上に役に立てる局面があるとするならば恐らくはここになるのは確かである。
「……っ、出来る限り……支える、から……!」
 小さな胸に魔術書――『ナナシさん』を抱いた依子は唇を噛んでその意識を強く保っていた。
 呑まれれば待っているのは緩慢な死ばかりである。
(……助けてナナシさん。私に、力を……!)
「怖がらなくてもいいわよ」
「……え?」
 目をぎゅっと閉じた依子にそう語りかけたのは真名だった。
 実に超然とした真名にとって依子は『知っている子』である。
「助けるとは言わないけど、近くで戦ってあげる位はしてあげるわよ。
 ……ま、どうでも良いけど、自慢する位ならラトニャだっけ? あの神様追いかければ良いのにね」
「……っと、要するにや! 敵が魔術って事は壊せば煩いのも減るって事やろ!?」
 椿の言葉に仲間達が頷いた。
 ソウルにせよ、椿にせよ。敵ならぬ敵を叩こうというのはやり難い所があったが――
「どや!?」
 彼女が放った断罪の魔弾が呪言に吸い込まれると世界が微かに振動した。
「成る程、やっぱり空間全部が敵、か。分かりやすくていいじゃねぇか。当てずっぽうでも外さねぇ」
 椿に続いて遥平が雷龍をその銃へと宿した。
 物理的な攻撃力を半減するビナーにおいては術による攻撃が真価を発揮する。
 放たれるや否や周囲を駆け巡った雷龍に空間自体が怒りの感情を見せたかのようだった。
 少なくとも雷龍は複数の『何か』に喰らいついていた。周囲を見回せば空間全体が赤色に輝いている。赤色ならば攻撃色というのは短絡的かも知れないが、殺気と合わせれば間違ってはいないだろうと思われた。
「……そう言えば『複合結界』でしたね」
 光介の言葉が少し乾く。
 空間全体に展開された先程の呪いは一つ目だ。
 空間自体がペリーシュの複数の魔術によって構築されているならば、敵の数も複数である。
 マギウス・ペンタグラムを展開する光介は神秘的なダメージを防ぐ手段を持ち合わせているが、『あの』ペリーシュの作ったビナーの世界がそれで完封出来るようなものだとは思えない。
(……少なくとも、万華鏡のデータが不確実だった以上は何が起きるか分かりません)
 光介の仕事は『何が起きても誰も失わせない事』なのだ。
 呪言は一度破壊すれば多少の時間は稼げようが、基本的にそれ等は不滅である。
「ガンダーラの皆さん、さあ! ご一緒に、れっつカリー!」
「……ラーナの導きに従い、最善は尽くす所存ですが」
 小梢の言葉をどう受け止めたのか、ガンダーラのリベリスタが頷いた。
 リベリスタ側は支援能力に優れるガンダーラも含め、耐久する為の手段を相当に準備していたが……
 逃げ場無く全員を蝕むこの部屋を万全に機能させれば、遠からぬ未来に致命傷が見えるのは確実だ。
 やり難くても、本質的解決にはならなくとも。兎に角リベリスタは呪いを破らねばならないのだ。
「そういう事なら尚更だね」
 ルナの背後に浮かび上がった無数の火玉がリベリスタ達を取り囲む檻目掛けて降り注いだ。
「今の私に出来る事を。絶対に負けないよ!」
 そう言ったルナはフュリエ。皮肉にも覚醒を果たす事で非常に戦闘的な能力を発現させた彼女等は、大いに必要十分に『この場で出来る事』を持ち合わせていると言えるだろう。
「全く因果だわ」
 嘆息した彩歌の脳裏には過去に出会ったとあるフィクサードの顔が浮かんでいた。
(聖杯……、ね。あの、命をかけた嘘を、覚えているから。
 それを嘘のままにしておく為にも、戦わずにはいられないか)
 全く不当な運命に、しかし彩歌は頓着していない。
 オルガノンより増幅されて放たれた精神波が魔力の塊たる呪言達を激しく叩く。
 空間に吸い込まれた一撃はゆらゆらぐねぐねと世界を揺らす。視界を揺らす。
 正鵠鳴弦、告別より培われた技術の結晶を七海は雷と称している。
 強弓を引き絞り一度放てば弓鳴りは雷鳴のように空間に響き渡った。
「確かに恐ろしいまでの大魔術だ。
 だけど今まで自分が出会ってきた奴らはもっともっと怖かった。この程度の困難いつものことです。
 少し見えづらいだけで射抜くべきモノはそこにあるのだから」
 一見すればこれまでの階層のように激しい戦闘は起きていない。
 だが、ある種の危険という意味合いにおいてはこのビナーはこれまで以上だった。『創造の世界』という第三の選択肢である関係上、他所に比べてアーク側の戦力がやや薄い。
 つまり、一人一人に掛かる責任と重圧は他所以上という事でもある。
「ペリーシュがすごい奴だってのは知ってるけどな、魔術勝負だってーんなら俺だって負けてらんねーぜ!
 スーパーマグメイガスラヴィアン様の力を見せてやんよ!」
 心底から本気でラヴィアンはそう言った。
 敵の攻撃を避ける為にルーン・シールドを展開した彼女は空間自体をねめつけてその解析を試み始めた。
 当代随一の魔術師が組み上げた世界を、解析しようというのである。臆面も無く、不可能にも思える難事に挑む彼女の姿は、この困難に挑むリベリスタ達を確かに勇気付けるものになる。
「そうね、要を見つければ話は済むかも」
「ふっ、そういう事なら大得意だ。この天才がここに居る幸運を噛み締めるといい!」
 ラヴィアンの言に綺沙羅が、陸駆が乗る。
 彼女は、彼は――リベリスタ達は各々の役目を果たしながら、苦境を打開する鍵をも探し始めていた。
「深淵なる知性の階層、ね。概念存在を番犬に置くには丁度良い空間だよ」
 唇の端を歪めて持ち上げた理央の視線の先に不気味なマネキンのような顔が浮かび上がっていた。
 幾つも、幾つも。部屋のあちこちに。ブツブツと何かを唱え始めた『彼等』はその害毒にリベリスタ達を浸す。
 肉体よりも深い存在に侵食を投げる呪いに意識を手放せば、二度と目覚める事は出来ないのだろう。
 その両手に符を構えた理央の聡明な頭脳は、この部屋で『時間まで耐え抜く事』の困難を既に確信していた。
「……全く、何て悪趣味なんだか」

●『ケテル』
「予想よりは残ったようじゃないか、ルーキー諸君」
 高慢ちきなその声が鼻につく。
 神経質に指先でウェーブがかった髪を弄んだ塔の主はリベリスタ達を弄るような薄笑いを浮かべていた。
 実に広い部屋である。天空城で最も眺めが良い『王冠』の部屋は数十人のリベリスタが集った所で十分に動き回れるスペースを持っていた。そこかしこに豪奢に飾り付けられた丁度品の数々が『ペリーシュ・シリーズ』なのだとするならば、同時にこの場所が最も防御的に堅牢であるという点も疑いようが無いのだが。
「揃いも揃って無駄な努力がお好きなようだ。塵芥がどれ程集ろうと、この太陽は落ちまいに」
「実際の話、貴方は凄い魔術師なんでしょうな」
 悪罵するペリーシュに肩を竦めてそう言ったのは九十九だ。
「貴方は自称の通りの太陽なのでしょうな。それには大して異論を挟む余地は無い。
 しかし……この城……高みから見る世界は見晴らしは良くても、人の顔までは見えないのでしょうな?」
「必要があるとでも?」
「いいえ、貴方には必要ないでしょう。しかし、我々が教える事もあるという事ですよ」
「この小生に教授する、か。面白い冗談を言いに来たものだ。
 それならば――何れ果てる下の塵芥共も浮かばれようというものだ」
 含み笑いを見せるペリーシュにリベリスタ側の空気がやや尖った。
『活動の世界(ホド)』、『形成の世界(ゲブラー)』、そして『創造の世界(ビナー)』は踏み台に過ぎない。
 全く誤解を恐れずに言うならば、彼等は『王冠(ケテル)』に昇るリベリスタ達の為の捨石に過ぎない。
 彼等を本当に捨石にするのか、それとも全てに報いる為に新たな未来を掴み取るのか――それは残るリベリスタ達の意志の戦いに拠るのだが、この『セフィロトの樹』は残酷な試金石と呼ぶに相応しいのは確かである。
「まるで、才能が形を持って生きているかのよう。
 逆に言えば、人間が人間として備えている筈の多くのものを……
 その才覚と引き換えに初めから持っていなかったかのような人……ですね」
「必要があるとでも?」
 ユーディスの言葉をペリーシュは先と同じ言葉で嘲り笑う。
「あまりに歪なその在り様、魔術師としては完璧であっても『人間』としてはいっそ哀れにすら思えますね。
 魔術師とて人間の有り様の一つに過ぎない筈。それが根底から逸脱するとこんな怪物が生まれてしまうとは」
「分からない凡百だな」
 ペリーシュは溜息を吐く。
「『だから小生は人間なぞ辞めたいと言っているのに』」
「……作品を見たときに感じた嫌悪感をそのまま凝縮したような奴」
 ささやかな問答が彼の異常性、危険性を嫌と言う程的確に抉り出している。
「そんなに神様がお望みなら、R-typeみたいなのがまた来るまで待てば良かったのに」
 そう吐き捨てた離為の愛らしい美貌が苦渋に歪む。
 元よりケテルにおけるリベリスタ達の任務は一つきりだ。
 これまで以上に分かり易く――唯、打倒する事。今日という日の、これまでの人類史に幾度と無く刻まれた災厄の主を撃破せしめるのみ。ウィルモフ・ペリーシュという魔術師に終止符を打つ事のみである。
「弱い者程、雁首ばかりを揃えたがる。それは諸君も、チェーザレ・ボルジアも同じかな?
 先のキース・ソロモンも君の仕業ではないのかな?
 悪名高き『ヴァチカン』の暗闇が表に出てきた辺り、相応の焦りが見えて小生は愉快でたまらないがね!」
「チェネザリ・ボージアですよ。『黒い太陽』」
 その視線をアークの面々順繰りに動かして、水を向けたペリーシュをチェネザリ枢機卿が訂正した。
 六十人を超える精鋭リベリスタに拠点の最後の場所まで追い込まれながらも、ペリーシュは余裕の所作を崩してはいなかった。これまでの戦闘経験から言えば、これ程の戦力を集めたならば相手がバロックナイツであろうとも『届き得る』のは確実と言えたのだが――
(『塔の魔女』に『両騎士』……それから枢機卿。色々考える事は多い。
 尤も最大の問題は、ウィルモフ・ペリーシュを『ただの使徒』と考えられるかどうか、ですか)
 ――究極的な問題は悠月の思案に尽きるだろう。
 自称は兎も角、まさかあのラトニャ・ル・テップ並であるとは考え難いが、相手は『魔神王』キース・ソロモンを一蹴した男である。第一位の肩書き、実際に目の当たりにした異能の数々、悪辣さを鑑みてもこの敵は最大だ。
 幸か不幸かこの戦いには数えるのも嫌になる程のイレギュラーが潜んでいる。結果としてそれが良い方向に働くか否かは流石の悠月にも『読み切れない』範囲であったが……
「ある意味で有り難い話だな」
 触れなば切れんばかりの空気を纏い、皮肉にそう言ったのはカルラである。
「お前は、『俺の殺したいフィクサード』そのものだ。
 目の前に出てきてくれて嬉しいよ。自分の手で決着をつける好機(チャンス)があった事には感謝すらする」
 力ある悪意、その代名詞のような魔術師はカルラが阻止したい『悪』の形である。私憤、義憤、感情的怒り、客観的断罪。その全てを歯牙にもかけない魔術師を裁ける道理があるとするならば、それは力のみであろう。
「神様気取りで自称太陽。盛り過ぎじゃない?」
 吐き気すら催す邪悪の気配を目前にロアンは敢えて彼を嘲った。
「あまりに安っぽい発想に素で笑える。中学生位なら、可愛いで済むんだけどね!」
「人の身にて神を超えたい? 神にも勝るアホですね。ホント。
 ならば、人の身にて放つ断罪でも食らってください。人は、どこまでいっても人という枷から外れることはできないわ!」
「才能が行き詰まりのどん詰まり、枯れ果て限界を知った道化が求めるのは所詮他者の力か。
 それ以上自らを強化する術がなく、食らうだけの肥えた豚。
 ああ、失敗作ばかりと言ったのは悪かったな。単に才能の問題か」
「やれやれ……これではダモクレスの剣ではないか。
 そう言ってやるな。ああいう拗らせた奴は自己満足の作品を見せびらかしてないと死んでしまうんだ。
 この天空城のように、な」
 海依音の、そしてユーヌの続け様の悪罵、それに応じたシルフィアの言葉にペリーシュの眉が動いた。
 ロアンにしても、海依音にしても、ユーヌにしてもそれは安い挑発に過ぎない。
 ペリーシュ自身が常日頃から軽侮する『凡百』の主観がどうであったとしても、本来は彼は自身のみを信仰していれば良いのだろう。だが、口では他者を塵芥と蔑みながらも、そのメンタルは到底徹底出来ていない。
 天才魔術師らしい冷静を装いながらも、彼は激情家だ。
 大物である事は間違いないが、その精神性は幼稚と呼んでも過言ではない。
 リベリスタ達の一連の戦いはほぼ彼等に出来る最善を達成していた。つまる所、それは言い換えてしまえばペリーシュ側から見た最悪であり、想定外に他ならない。奉仕者のディディエ・ドゥ・ディオンとアークの本部双方がそう考えた通り――この完璧な魔術師に弱点を見出すのだとしたらば、あくまでその部分に尽きるのだ。
 果たして覿面に上がった挑発の成果は、魔術師の端正な顔を酷く醜く歪ませていた。
「神を超えるなどと、随分と自分に自信がないようじゃな」
「……何処までも口の減らない……不愉快な連中だ」
「神も運命もくだらぬ」とゼルマが言えば、目を見開き、歯茎を剥き出した彼の顔には大物ぶった雰囲気が無い。
 恐らくは戦闘力的には『まだ追い込まれてもいない』のは事実だろうが、必要以上に荒れている。ポーズを気取る余裕すらないのは、完璧な魔術師が見せるダムに開いた蟻の一穴。
「やる事為す事派手だねえ。嫉妬しちまうよ凡人と天才の差ってのにね
 別に皮肉を言ってる訳じゃないよ? ただ、例え相手が天才だろうが神だろうが倒さねばならない相手なら倒す。それだけさ」
【百舌鳥】の二人、九十九と共に得物を構えた付喪の言は至言である。
 この期に及んでもペリーシュがアークを、リベリスタを、意志を甘く見るならば是非も無い。
「――『お祈り』を始めましょう。今日こそは怒りの日」
 兄の言葉を受けた妹(リリ)の美貌が彫像のように強張っていた。
(避けられぬ哀しみは多くとも、泣かずとも良かった方が貴方の所為で涙したのを私は幾つも知っている。
 彼らを救えなかった悔しさを、幾つも憶えています。だから、私は――)

 ――嗚呼、神様。『私は』彼が赦せません。

 時間は最早一杯だ。
 何処までも敵を、他者を侮る魔術師に先手を打たせる意味は無い。
「俺がいくら弱かろうと愚かだろうと、抗い続けてやる!
 立てる限りは何度でも立ち上がってやる――真の平和を取り戻すためここで死ぬわけには行かん!」
「神を超えてなにをするのでしょう。ただの傍観ライフでしょ。
 塵芥の人間とともに笑い泣き生きるのが人の喜びのはず。
 ペリーシュ、親切なわたしがぶっ叩いて高みから地上に引き戻してあげる!」
 臆面無い小雷、この場でも平常を崩さない麗香。そしてロアン。【茨槍】の三人が聖女の声を背に受けて間合いを走る。
「それじゃあ、行くかァ」
「『R-Type』がラスボスなら裏ボスといったところですかねえ。綺麗に終わらせて気持よく新年を迎えるとしましょうか!」
 一声を発して動き出したウィリアム、黎子、
「さて。損害賠償請求を執行します。
 この城のアーティファクトとあなたの遺体を残らず接収し分解し解析し解体し売り払い銭にします。
 一挙手一投足見逃しませぬ。あなたを学び理解し分解し解析し解体する。
 あなたがお遊びで滅ぼした街の復興資金、この先救える命の量で購う事とさせていただきます」
 そして、「可能なはずだ。あなたの被造物が無敵でないことを証明してきた我らであるが故に」と続けたあばた。口々に想いを携え、遂にここまで来たという決意を胸に。次々にリベリスタ達が動き出す。
 敵はペリーシュ。しかし、この個はある意味で千、万の大軍より尚恐ろしい。
 だが、『ホド』も『ケテル』も話は同じだ。『多勢に無勢』如きでは何の理由にもなりはすまい!
「此処で勝たねば全ては終わる――その覚悟を見せるべき時です!」
 ミリィの号令が、戦術指揮が部隊のリベリスタ達を動かしていく。
「バロックナイツ第一位、黒い太陽ウィルモフ・ペリーシュ……
 正直、オレはあんたをそれ程知らないがな。ここで倒さねばヤバイってのだけは判ってるぜ。
 つーかよ、天空に浮かぶ城は滅びの呪文で崩壊すると相場が決まっているんだ」
 福松のオーバーナイト・ミリオネア――黄金のダブルアクションリボルバーが悪夢もかくやの抜き撃ちで火を噴いた。
「精々、肥大化したプライドごと滅びを迎えるんだな!」
「自称芸術家って、タチの悪いゴミ精算機だよね」
 姿勢を低く変え、素早く間合いに飛び込んだロアンが先制攻撃とばかりに三日月の死を叩き込む。
 閃光と共に実体化した質量を持つ残像が続け様に魔術師を切り裂かんとその刃を閃かせる。
 猛攻に加わり、即座に一歩を退いたのは小雷、麗香も同じく。
 言うまでも無く彼等の猛撃はペリーシュを覆う見えない壁に阻まれたが、それは想定の内である。
「世界最高峰のエンチャンター、歪夜の一位なら……さぞ、楽しい死線を見せてくれるんでしょうね!
 この命、捧げたとしてもその命、刈り取らせて貰うよ!」
『神』を前にしたとあらば、随分と傲慢なる魅零の言葉がいっそ痛快に心地良い。
「貴方はカミサマを超えるんだっけ。其の世界楽しそう。
 人間以下、物の私から見れば破滅した世界のが楽しくやってけそうなんだけど……」
 例外事項、『彼』を殺そうとする事だけは許さない。
「さあ、行くっすよ!」
 奈落を帯びた魅零の大業物に続き、仕上が練りに練り上げた気を不可視の障壁に叩きつける。
 青白く散る魔力の火花が互いの力の激突をこの世界に証明している。
「『無駄』の証明がお好きなようだ」
 さもありなん。薄ら笑いを浮かべて肉薄するリベリスタを見下すペリーシュが物理攻撃に強い耐性を持っているのは以前の戦いからも知れているが、その防御能力が有限であるならば、効くようになるまで攻撃を束ねるのみである。以前の戦いでも相当の打撃を加えても沈黙したビットは一つきりだ。彼の周囲を浮遊するビットの数、ケテルが本拠地である事を合わせて考えれば先の見える話では無いが……
「無理無茶、ついでに無駄まで承知! 最後かも知れないなら――精々派手な花火をあげたいっすからね!」
 意気軒昂に気合を発する仕上はそんな事に構っていない。
 周囲の仲間と連携して可能な限り多角的に攻め立てる――他に術が無いならば吶喊あるのみという事だ。
「強そうな雄って大好きなんだけど、このお兄さん不味そうなんだよね。
 キースさんやグレゴリーのおじさまはあんなに美味しそうだったのに変なの!」
 一方であくまで『らしく』天真爛漫な台詞と共に運命の一打を繰り出したのはせおりだ。無邪気なその台詞の割に獰猛な彼女は水妖の因子を持ち合わせている。貪欲なる彼女の刃は貪欲にも聖杯を手にしたペリーシュの左手へと伸びていた。
「食物連鎖を御存知ないと見える」
 ペリーシュの周囲を旋回するアーティファクトが七色の光を放つ。
 並のフィクサードならば、それ自体が止め得ない一撃達であろうとも魔術師は微動だに揺らがない。
 だが、それが何より許せない人間が――ここに居た。
「気に入らねェんだよ」
 獰猛な息を吐き出したランディを突き動かすのは義憤では無い。正義の心とやらでは無い。
 彼をこの場に駆り立てるのは――渇望だ。渇望であり、怒りだ。『自分より強いですって顔をする、気に入らない奴』にたまたま悪人が多いだけ。そういう意味でもウィルモフ・ペリーシュはヤル気になる位には最悪だ。
「魔術師が理を支配するなら俺は理を破壊する――ッ!」
 リーガル・デストロイヤーは秩序を破壊する概念武装の一である。全身の闘気を戦斧へと集約させたランディがその一閃を振り切れば――彼の『怒号』はペリーシュの防壁をすり抜けて彼の全身を光の奔流へと飲み込んだ。
 物理攻撃に非ず、ペリーシュの打ち消す術式に非ず。闘気によって放たれた彼の技は過去の一戦で竜一が成し遂げたと同じく、彼に届くものだ。さりとて光の過ぎ去りし後にはマントで防御を固めた魔術師の姿がある。
(やはり、性格は兎も角一筋縄で行く相手ではないですね)
 指揮官たるミリィは灰色の頭脳で即座にそれを推察する。ランディの一撃さえ然程も堪えぬ異常に高い防御性能は彼がウィルモフ・ペリーシュであるが故だろう。彼は物理攻撃を防御ビットの障壁で遮断し、魔術的神秘攻撃を対抗呪文で掻き消す。その上で壁を抜ける対神秘攻撃に万全の注意を払っているのだ。マントの方に防御ビットのような使用制限があるのかは分からなかったが……難攻不落とはこの事だ。
「微風のようなものだな。だが、誇る事を許そう。
 塵芥にしては上出来だ。小生を微風程に動かしたのであらば!」
「は――御託はいらねぇよ」
 高らかに言ったペリーシュにランディが笑う。
「来いよ魔術師(メイガス)。テメェにだけは絶対負けん」
 傍らの旭が「そうだよ!」と声を上げた。
「あなたが何したいのかなんてさっぱりわかんないけど!
 あなたがいたら落ち着いてけっこんもできないの! 
 これが終わったら、およめさんになるんだから! だからぜったい負けらんないのっ!!!」
 傍らの男の荒い闘い方を支え切る覚悟の旭だが、これには当のランディが些か鼻白む。
 確かにこれで死んだら『最低』だ。尚更死ねない理由が出来たと思えば、それも又良いのだが。
「全力全開でいくぜ」
 虎鐵の言葉はペリーシュに向けたものではない。それは唯の宣言に過ぎない。
 隆々たる肉体に眠る暴力的なまでの膂力、その全てを爆発させた彼は目の前の壁を――己を遮る小賢しい魔術と魔術師を手にした剛剣で一撃した。
「……テメェの研究成果なんか知るかよ…だったらその聖杯ってぇ奴も越えるだけだ!」
「ああ、確かにわたし達は塵かもね。
 でも、アンタみたいな人間臭いカミサマだったら、まとわりつく塵だってジャマだろうさ」
 意趣返しとばかりに言い放つ涼子は最後までこの男に喰らいつく心持だった。
「説教をくれるような資格は持ってない。
 でも、すべてを踏みつけにして進むっていうなら、踏みつけられるものとして、死ぬまで抗ってみせる。
 あとは、そうだな。そのムカつく面をぶん殴れたら最高だね」
 涼子の拳がペリーシュの顔面へ伸びた。硬質の音を立て寸前で止まった拳に彼は表情を少し変えた。
「……今ので、予約ね」
 リベリスタ達必死の猛攻は間近に接する悪夢(ナイトメア)を前にしても決して緩みを見せなかった。
 一歩を余分に踏み込めば瞬く間に色濃くなる死の予感は、誰しもが確信しているものである。
 歴戦のセラフィーナは歴戦だからこそ、あの『聖杯』の恐怖を理解している。怖くないと言えば嘘になる。
「――でも」
 何が怖いかと言えば、死ぬよりも怖い事がある。
 自分の刃が曇って――守るべきものが、共に過ごしてきた仲間が失われる以上の恐怖は無かった。
 自身に霊刀(しののめ)を託した姉(クリス)も、恐らくはあの時――同じ気持ちだったのだろうとそう思う。
 故に刃を握るその手には力が篭り、セラフィーナの戦いは何時にも増して強く気高いものになった。
 ペリーシュの表情が少し変化したのは、偏に彼等の戦い振りによるものだっただろう。
 彼はどうしてもそれを認める事は無いだろうが、ケテルのリベリスタ達は自身を飲み込む運命を従えんとする――強い意志に満ちていた。神を自認する男をしても、それを微かな脅威に感じさせる程度には。
「……煩い虫共め……ッ!」
 塵芥よりは随分格上げになった悪罵と共にペリーシュが魔道を紡ぐ。
『彼専用』に構築された有り得ざる短縮詠唱は名にしおう大魔術を更なる高みにまで究めた制圧だ。魔術に深い知識を持つリベリスタ数人の表情が変わったのは――その威力を察してのものである。
「――消え失せろ」
 案の定と言うべきか『聖杯』を用いなかったペリーシュの動きはリベリスタの想定の内である。
 しかしてそれをまともに喰らえば結末は幾らも変わるまい。宙空に無数に展開した読めない言語の魔方陣から色とりどりの閃光が文字通り砲撃となって吹き荒れた。だが、悲鳴すら無くリベリスタ達を薙ぎ払う予定だったその魔術は彼等を深く抉り痛めつけるも、予想より随分低い威力を発揮したに止まっていた。
「……ボージアの霧を御存知か。『黒い太陽』」
「小手先の手品を」
「生憎と手品程度の力しか持ち合わせてはいないのでね。私は『ヴァチカン』の人間だ。
 他者を支援する力ならば、得手とは言えますが」
 如何なる理屈かは知れないが、すんでのタイミングでリベリスタ陣営を覆った霧は枢機卿の力によるものだったらしい。流石に『ヴァチカン』の重鎮だけあってか、見た事も無い技術だが――ペリーシュの魔術にも多少なりとも対抗し得るものだった様子である。
「助かった……けど」
 即座にリカバリーに動いた小夜香が呟く。
「突然、変に体が重くなったように感じるのはどうしてかしら」
「『副作用』のようなものとお考え下さい。ご安心を。それは『黒い太陽』も同じ筈だ」
 やむを得ず発動した能力という事か枢機卿の歯切れは悪い。
 それは彼の『支援の為の能力』という言葉を疑わしくする事実ではあったが――この場に問答の暇は無い。
「慈愛よ、あれ」
 短い言葉が傷付いたリベリスタ達に癒しのヴェールを降り注がせる。
「大丈夫です。私が――支えますから!」
 佳恋は自身の持つ圧倒的な生命力を激励の言葉に乗せ、仲間達を賦活した。
(……自分の命を賭して良いかは……今でも判りません。
 自分の命を捨てて仲間を生かせば、同じ思いを仲間にさせることになりますから。でも……)
 佳恋は敢えて言う。
「この場は絶対に――仲間は命に換えても守ります」
 それでも彼女は護りたかった。彼女は『そういう覚悟』が無いと戦う事すら覚束無い、弱い人間だったから。
 ……それを弱い人間と呼ぶ事が果たして適切なのかどうかは、別の問題になるだろうが。
 乱れた態勢を辛うじて立て直したリベリスタ陣営は再びペリーシュへと挑みかかった。リベリスタ達はある者は直接届かぬ打撃を愚直に繰り返し、ある者は術を以ってペリーシュの対抗呪力との対決を繰り広げている。
「この世界にはあたしの大好きなヒト達が居るの。フィクサードもねぃ。
 だから――こんなモノ黙って浮かせておくワケにはいかないんだよぅ!」
 小さくないダメージを受けたアナスタシアは脚を口元から血を零していた。彼女の牙が今求めるのは己が血の味ではない。悪辣不遜なる魔術師(ペリーシュ)の血を彼女は本気で求めていた。
(前回の戦いよりはずっと勝ち目があるけど、それでもまだアイツに届くか……いや、届かせて見せる!)
 新潟の惨劇を間近で見たが故に境界線としての悠里の決意は固い。
 縮地法から爆発的に増したスピードを武器にして、時に味方の影さえブラインドにしてペリーシュを猛襲する。
 繰り出された拳が氷気を帯び、零下の酷薄が魔術師に絡みつかんと蔦を伸ばした。
「……鬱陶しい……!」
 ペリーシュのビットが僅かながらその光を鈍らせていた。
 壁は堅牢だが、何れは突破出来るものと思われる。傍若無人な魔王が普段より心を乱しているのは、これまでの戦いでアークが如何に健闘したかを示している。自己の作品を含めたまさかの全敗は、自己以外の何者をも頼まぬ魔王にしても――心穏やかにいられない屈辱だったに違いない。
 言うなればそれは第一の奇跡。悪夢(ナイトメア)を破るに必要だった一つ目の鍵。
 ペリーシュの合図でケテルのアーティファクト達が猛然とリベリスタ達へと襲い掛かってきた。それは本来ならば我道を信仰するペリーシュにとっては禁じ手の筈である。彼の揺らぎは、アークの勝機だ。
(……それ以上を望むなら……)
 激しさを増す戦場に、雷慈慟はこの後の譜面を考えた。
「防御を固めろ、態勢を適宜立て直して――粘り強く反撃すれば機会は『見える』!」
 状況は幾ばくかの勝機が見えた程度。勝利は覚束無く、未だイレギュラーは影も見えない。
 しかし、この『セフィロトの樹』の決戦において雷慈慟の知る最大のイレギュラーは歪夜の使徒達では無い。
 望む望まないに関わらずやって来る彼等は――実は最大ではないのだった。
「……さて……」
「楽しいか、盟主殿」
「ええ、楽しいですね。今日という日程、生きていて良かったと思った事は無い」
 本当のイレギュラーは誰に悟られる事も無くそこに在る。
 肩を竦めたゼルマに穏やかな微笑を浮かべたまま、戦場を俯瞰するイスカリオテ・ディ・カリオストロ――そして彼の頼む『神秘探求同盟』の使徒達。更には彼が決戦に携えた『猛毒』に一口を噛んだ【魔女狩】の面々達。
「おもしろそーなわるだくみ! かいふくはばんぜんっ! のーぷろぶれーむ!」
 小さな胸を一杯に張り、胸をドンと叩くテテロは悪戯気を見せる少女の顔をしていた。
「くすくす……大丈夫よ、神父サマ。神父サマの目的はきっと私達が果たさせる」
「頼りにしていますとも」
 イーゼリットにとっては、イスカリオテの言葉は十分に戦う理由に値する。魔術師として神秘の秘奥を覗くには、彼女の精神性は余りにも未熟過ぎたが――好奇心に溢れた猫は、その行く末自体にも興味はある。
 イーゼリットの展開した葬操曲は目前の敵に対してのもの。それが幸いしたか、ペリーシュの撃墜をここは免れている。
「盟主も面白いことを思いつく。悠月も言っていたが……
 確かに、聖杯もWPシリーズであるのなら、それ自体に意思があってもおかしくはないだろうな」
「神父様は、本当に悪巧みが好きですねえ」
 先の戦いで『聖杯』にコンタクトを試みたのは、風宮悠月その人。そしてそれは現在への伏線だ。
 つくづくしみじみとそう呟いた黄泉路に応えた珍粘は、イーゼリットの隙を縫うように攻勢を展開しながら、至極楽しげに嬉々と奮戦する少女を眺めていた。
「だが、面白い。で、あるならば盟主の企みがどのような結実を迎えるのか、この目で確認させて貰うのも一興か」
「ええ、勿論。私もお付き合いは吝かではありませんよ。何より、イーゼリットさんと一緒に居られますしね」
 その『余計な一言』にイーゼリットの表情が何とも言えないものに変わった。
「ああ、全く――これはいつぞやだったかの『渇望の書』を思い出すな」
 向かってくる金色のアーティファクトを食い止めた結唯が淡々と続ける。
「尤も、その時私は駄犬共との戦いに参加していなかったから――詳しくは知らんがな」
『作戦』の中核を担う『交渉役』はイスカリオテ、ゼルマ、悠月、葬識の四人。
「ま、俺様ちゃんも『本番』までは殺されないようにしないとねぇ!」
 ケラケラと笑う葬識はまるで気負う様子は無かった。
 全く、諸々さえも度外視した――恐ろしく危険な博打である。
 躊躇無くそれに踏み込める彼等は、ある意味で『逸脱』しかけているのかも知れない。
 <聖杯(ブラック・サン)>を手中に収めよう等と考える者は、真性の愚者狂人か天才の何れかであろうから。

●それぞれの戦い
 声も枯れよ、と。
 美月の声が荒野に天使の歌を――無明に対する小さな光を点し続けている。
 荒い呼吸は誰のものか。『活動の世界(ホド)』に存在する人間全てのものであろう。
 幻想の古戦場に立つリベリスタ達は――誰も重い疲労に現実感を喪失していた。
 百倍に値する敵を彼等は兎に角良く防いだ。防いだだけではなく――時に蹴散らした。
 だが、終わりを見せない戦いはやがて彼等の能力を上回り、更なる苦難をもたらし始めていた。
 仲間を信頼していない訳ではない。
 だが――もし、ウィルモフ・ペリーシュが倒されなければ、自分達の命運は分かり易すぎる程に尽きている。
「負けないって……言っただろう?」
 深手と消耗を隠せないフラウがメイに寄りかかるようにしながらそう言った。
 フラウを支えるメイの顔も血と泥で汚れている。幾人倒したかは知れず、幾度刃を受けたかも知れない。
「ここには、メイが居るから」
「分かってるよ」
 メイは己が心身を奮い立たせ敵へと向かう。
「オレは負けない。フラウが居るから」
 ……限りなく続く戦いは壮絶を極めていた。
 ある意味であの結城竜一が述べた一言は至言そのものだった。

 ――守って得られる栄光等、たかが知れているというものだ――

 分厚い敵陣に幾度も跳ね返されながら。
 次々と出現する新手に苦しみながら、ホドの戦士達はその歩を前に進め続けた。
 なればこそ、長く続く戦いのその刹那の一時に『最大の好機』が訪れたのは必然だったのだろう。
「庇い役がっ……俺の仕事だからな、補佐は任せろ!」
 半ば怒鳴るように叫んだ凛が、
「この戦いこそ――我が誇り!」
 強く宣誓し、捨て身で多数を我が身に引き付けた舞姫が敵の勢いに飲み込まれた。
 リベリスタ達が己を賭け、身を挺して作ったその好機を【櫻猫】の面々は見逃さない。
「新婚の――夫婦の強さを思い知りなさいっ!」
 櫻子の声に応えた櫻霞が目前の敵達を弾幕の連打で吹き飛ばした。
 喜兵の一撃がプレインフェザーを狙った敵を叩く。
 代わりに彼は敵の槍で肩を抉られたが――息を呑んだ少女が見たのは淡く微笑む彼の顔だった。
 満身創痍は誰も同じ。
「邪魔でしょう。でも、それが私の価値ですから、ね」
 だが、戦場にはシィンが居た。少なからずリベリスタ達に剣を与え続ける女神が居た。
 リベリスタ達は攻めて、攻めて、攻める。態勢を立て直す好機があるのだとすれば。旗色を戻す手段があるのだとすれば――それはあの黄金の将軍に違いなかろうと。
「こっちゃあこの方ぁ最初からぁぁ! 営々益々コレで通ってんだよぉぉぉッ!」
 啖呵を切った火車が前のめりに敵を焼く。
「記載者の名において、きみの署名を省く」
 仲間達に拓いた将軍への血路を静かに言ったサマエルが走った。
 しなやかな跳躍、背面回転から繰り出された彼女の蹴撃は遠心力を味方にした『斬撃』だ。
 現実を越えた悪夢のイメージを叩き込む極めて技巧的な一撃は馬上の将軍の態勢を確かに乱した。
「ボク達はここで負けるわけにはいかないのだ――快ッ!」
「分かってる」
 好きな女(らいおん)に期待を背負うのは何と冥利に尽きる事かと快は思った。
 全てを注ぐ好機はあくまでこの一瞬だけだ。
 一度で仕留め、一度で決着をつけなければ先は無い。
「お兄ちゃん!」
「分かってるよ」
 ……此方は傷ついた妹の声援を背に竜一が共に跳ぶ。
 虎美は恋人では無いが、可愛い妹である事には変わりない。貰った分はやり返さなければ気は済まぬ。
「ヤツの栄光を、砕き! 破壊し! 屠る!」
 竜一の一撃が受けた将軍の剣を強かに砕いた。威力を減じた斬撃は袈裟に肩から彼を斬り。

 この手に握った幻想が。
 胸に宿した理想が。
 希う。
 黒き聖杯の世界を断つ、星の聖剣たらんことを。
 俺の――

「エクス……カリバァァァァァッ――!!!」
 快の絶叫と誇り高き幻想がかの胸を貫いていた。



「――正義の騎士が悪い竜を倒す、と言うのが『お約束』ってヤツだろう?
 それに、お姫様の前でカッコ悪いところを見せるのもな……?」
 嘯く涼の涼やかな美貌が煤と傷に汚れている。
 頬を拭うようにした彼はそれでもこの場を譲る心算が無い。
『形成の世界(ゲブラー)』の暴虐の邪竜はまさに無敵を思わせた。
 如何程に攻め立てても落ちぬそれは不沈艦。
 単純な耐久力、威力という面においては――比肩する者無き存在は勇者達を苦しめ続けている。
「確かに大した敵だよ。でもね、僕達は皆で――地上に帰るんだ」
 この場に居ない、他の場所で戦う仲間達も含めて。出来る事ならば欠ける事無く。
 それは必死に賦活の力を紡ぎ続ける、七瀬の切なる願いだった。
「効いてない訳は無い。倒せない、敵じゃない」
 あくまで冷静に、そう言った伊吹は傷付く魔竜の様子を確かに見つめ続けていた。
 姿勢を下げて素早く駆けた彼は文字通り巨大な体そのものを足場の如く駆け上がる。その身体を暴れさせる魔竜の怒りに取り合わず、すぐに首元まで到った彼は手にした乾坤圏をその顔目掛けて投げ付けた。
 まだやれる。
 勝負はこの先――伊吹の戦いは、まさに場を背中で引っ張るかのようだ。
「そうですわね」
 如何に強くても、強いまでだ。
 リベリスタを折るには――まだまだ足りない。
 その口元に微笑さえ浮かべた淑子は幾度目か。
 戦乙女(ヴァルキリー)のように背中の翼で空を駆け、魔竜の腹部を剣で抉る。
「吠え面かきやがれ! でかいからってあたしより強いとか思うなよ!」
 奮闘する比翼子は力強く吠える。
「クリスマスだからってオリジナル・チキンにされてたまるか!!!」
 怒りの咆哮が世界を揺らし、再び荒れ狂う暴虐は酷く簡単にリベリスタ達を傷付ける。
 倒せばそれきり、の事実は今思えば罠のようなものである。
 アークのリベリスタも、オルクス・パラストのリベリスタも既に何人もその運命を酷くすり減らしていた。
 戦いは長く続いていた。
 実際の時間経過が幾ばくかは知れなかったが――それが苦しい程に長く感じられたのだけは間違いない。
 幾人もが傷付いた。幾人もが倒された。
 あのペリーシュと同じように『理不尽』でしかない魔竜は希望を折らんとする邪悪そのものだった。
 だが、リベリスタの刃がそれに届いたのは――神頼みに過ぎぬ、奇跡等では無かっただろう。
 執拗に加えられた総ゆる攻撃が遂に不沈艦に浸水を起こさせた。精彩を失ったそれは死に体か――否。
「あぶねぇ――」
 魔竜の意地、猛る爪牙をフツの朱槍が受け止めた。
「――貫け、イーリスッ!」
 叫んだフツの身体は数十メートルも吹き飛ばされ、地面にバウンドしたけれど。
『託された』少女はそれを振り返らない。イーリスは仲間達が遂に見定めた逆鱗に己が全てを炸裂させる。
「――私達がゆーしゃなのです!!!」
 そして、その時――ゲブラーにドラゴンスレイヤーが現れた。



 静寂の中に呪いが響く。
『創造の世界(ビナー)』の試練は他の二つの領域とは全く毛色の違うものとなっていた。
 敵らしい敵は居ない。闘志を燃やすべき黄金の将軍も、ドラゴンスレイヤーの栄光もそこにはない。
 やり難い相手を向こうに回し、耐え忍ぶ時間は長く、長く続いていた。
「……大丈夫です、まだ……何とか」
 光介の声が澱のような疲労を振り払う。
「抗います……この一介の魔術師が持てる全ての術式を連ねて!」
 リベリスタ陣営はこの領域で耐える事を最初から企図したメンバーである。当然の事ながら、三つの領域で最も『対策的に正解』な彼等は並の革醒者ならば即座の発狂さえ免れないこの空間でこれまで良く耐え続けていた。
 ペリーシュの魔術そのものと呼ぶべき空間は酷く悪辣で、酷く執拗だった。世界全体から撒き散らされる悪意、害毒もさる事ながら、その場に居続ける事への精神的損耗は度し難い。幾重にも重なる呪いの声は破壊しても、破壊しても次々と現れ、無限にリベリスタ達を苛んでいる。
 今この瞬間にもリベリスタ達は必死の『防戦』を繰り広げているが――気を抜けば待つのは容易なる全滅だ。
「全く……いい貧乏籤を引いたもんだな」
 遥平がそう思っていない事は声を聞けばすぐに分かる。
 魔術の類を修めてはいるが、彼はリベリスタである前に人間で、マグメイガスである以前に刑事である。
 根源に到る事へ興味は無いが、街の平和に一役買えているならば望む所という訳だ。
「……どんなに言ったって……負けないんだから」
 自身を取り巻く世界そのものに宣言するかのようにルナは言った。
 人間の心身を蝕み続けるこの世界は、リベリスタ達が居るにも――過酷が過ぎる。
 強靭な精神力を持つ彼等だからこそ、これまでも耐えてこれただけだ。
 それでも少なからず――危機に瀕している人間が居るのだから、状況の悪さは誰にも分かる。
「絶対に、負けない」
 だが、ルナは愚直に自身の言を信じている。
 やがて『ケテル』では仲間達が諸悪の根源を叩くだろう。
 その瞬間まで――彼等を信じ、彼等を支えるのがこの場を任された全員の務めなのだと決意している。
「生み出すという行為はいつだって命懸け。魔術師に出来るなら――キサは意地でもやってやるからね」
「この天才の命をかけてでも皆を通してやる。敵のルールに従う等、この天才は……!」
 反骨の少女(きさら)、そして自称天才少年(りく)は、全く気力を萎えさせる事を知らないようだ。
「確かに、答えを知っても理解しなければ意味が無い。だけど、理解させる気もない只の呪いになんて、ね」
 彩歌が僅かばかりの笑みを零した。
 このビナーに激しい戦いは無い。しかし、最後の瞬間まで上を、外を信じ抜く――殲滅の檻の覚悟は、他のどの階層にも劣らぬ凄絶な勇気である事は言うまでも無い。

●<聖杯(ブラック・サン)>
 戦況はリベリスタ達にとって過酷なものとなっていた。
 敵は元より無敵の魔術王。己以外の全てを塵芥と称し、己を神と称する天才である。
 アークの読み通り、彼は切り札の聖杯を早晩使う事は無かったが――その単純な戦闘力は、彼が展開したペリーシュ・シリーズと相俟って激烈にリベリスタ達を追い詰め始めていた。
 枢機卿の『何か』によってこの場の全員は幾らか能力が落ちている。
 割合で減じるかのようなその能力は特にペリーシュの枷となっていたが、その差はそれでも歴然だ。
「兎に角、何とか堪えるのです……!」
 そあらの放つ祈りと魔力が聖神の息吹で周囲を賦活する。
「ここを耐えれば、きっと……三高平はあたしの大好きな、皆の――さおりんの街なのです!」
 ここを耐えれば……きっと、勝機は訪れる。
 イレギュラーを頼るのは愚かかも知れないが、彼女等は同時にイレギュラーを作り出すものでもある。
 高笑いを浮かべるペリーシュが勝利を確信する程に、少なくとも【魔女狩】の目論みは達成に近付く。
 とは言え、仕掛けられるか否かは――戦闘状況に拠るのも確かである。
(……恐らく、チャンスは一度。問題は何時仕掛けるか)
 丸眼鏡の向こうで目を細めたイスカリオテは臍を噛む。
 ペリーシュに予め勘付かれれば、絶対に達成は不可能だろう。幾度も行える手段でないのだとすれば、聖杯への接触は『発動した時』が最も好ましい。少なからずペリーシュの警戒が緩むその瞬間こそ、彼の大望を満たす最高の可能性を帯びていると、狡猾な魔術師(へび)は理解していた。
 とは言え、戦況は悪化の一途を辿っていた。
「この程度――私を止めるには到らない」
 アラストールの斬撃が前を阻む盾のアーティファクトを二つに割った。
「……しかし、雑魚共かと思えばいちいち厄介な!」
 空飛ぶナイフの『剣の舞』に舌を打った影継が手傷を負った。
 アーク、ヴァチカンのリベリスタ問わず戦闘不能者は相当の数に上っていた。リベリスタ陣営の猛攻の甲斐あって、ペリーシュを護る防御アーティファクトは四つの内の三つまでもが沈黙していたが、彼はほぼ無傷に近い状態である。古今東西の魔術を使いこなすという彼が『独自の』神聖魔術等を有していない保証も無く。やはり、ウィルモフ・ペリーシュは如何な隙と揺らぎを見せようともウィルモフ・ペリーシュそのものであった。
(だがな……)
『神秘探求同盟・第八位力の座』であるよりも先に。
 影継はこの戦いに強いモチベーションを抱いていた。
(考えてみれば世話になってばかりだったよ)
 日本が力を失ってからつい数年前まで。それから、その先も。
 個人的にも幾らかの交流を果たしてきたあの男が死んだと聞いた時、影継は誓ったのだ。
 この戦いは仇討ちに非ず、仲間を守る為にと。
「まだまだ俺は死なないぜ?」
 血濡れても、嘯く彼を止めるにはその命脈を断つ他は無い。だが、彼はそうさせる気も毛頭無い。
 どうしても罷り通すと言うならば、相手が魔王でも最低腕の一本は貰い受ける――心持ち。
 戦況は悪化していた。
 しかし、それは同時に――『悪化し切る前にこの場に用がある連中』の登場を予期するに十分な話でもある。
 果たして、闖入者は乱戦の中に現れた。
「――やはり、出たわね……!」
「久し振り……って言えばいいのかしら?」
 ティオと恵梨香は『塔の魔女』アシュレイ・ヘーゼル・ブラックモアの出現を予め強く警戒した二人である。
 アシュレイは当然ながら一人で現れた訳では無い。
「会いたかったぞ、黒騎士! 貴殿に用は無くとも――この俺には十分だ!」
「同感だな」
 ツァインの言葉を即座に鷲祐が肯定した。
「セシリー・バウスフィールド! 一曲付き合って貰おうか!」
「何時かの騎士か」
「私は! 初めてのダンスはディーテリヒ様と決めてるんだ! ディーテリヒ様! と!」
 ツァインを一瞥したアルベールの表情は殆ど動かない。一方で空間転移での出現と同時に神速の斬打を展開したセシリーは、周囲のペリーシュ・シリーズの幾つかを弾き飛ばしている
 相手が聖杯を有するペリーシュである以上、バロックナイツであろうともその序列は明らかである。アシュレイと、彼女に続いて現れた『黒騎士』アルベール・ベルレアン、『白騎士』セシリー・バウスフィールドの二名が何を企んでいるかは兎も角として、アークの進軍と共に動き出したのだから彼等の狙いは知れている。
「バロックナイツの仲間意識なんて無いも同然という話。
 白黒騎士と魔女は、ペリーシュの援護という訳でも無さそうですね。
 積極的に介入してくるとも思えないし。ならば、狙いは――聖杯か」
 リセリアの読みは外れてはいまい。
 即ち、この三つ巴の乱戦は彼等が望んだものという事だ。
「……ちょっと顔を出し難い雰囲気かとは思ってたんですけどね」
 恵梨香の言葉にか、アークのリベリスタ達の敵対的な視線にか苦笑したアシュレイが呟いた。
「生憎と邪魔はさせないわよ。隠れて見ているだけならまだしもね」
「貴方にその気があるなら三高平に戻って貰おうと思うけど」
「……あ、あはははは……」
 ティオと恵梨香の言葉にアシュレイは誤魔化す笑みを見せる。
 ペリーシュはこの状況に怒りの色を隠さない。
「……どいつもこいつも、余程小生を怒らせたいと見える……!」
 出現した歪夜の使徒三人が彼に敵対的なのは火を見るよりも明らかだ。
 アークとヴァチカンの精鋭に加え、枢機卿、そして三人の使徒を相手取れば彼とて簡単な話にはならない。唯でさえ予想よりも大きく追い込まれ、予想よりもしぶとく粘り強い抵抗を受けていたペリーシュなのだ。
 彼の怒りは、メンタルの乱れは――完璧に見えた対抗呪文の精度さえも落としている。
『ルーキー如き』の魔術に被弾した彼の怒りたるや、火に油を注ぎ――尚更その精神は乱れに乱れゆく。
「フッ、俺はフられても構わん。だが、此方の結論は変わらんぞ――?」
「『白騎士』セシリー、相手をしていただきます」
「チッ、腕ずくでも、か!」
 薄く笑った鷲祐、リセリアがここぞと加速すれば、セシリーは掻き消えるような彼のスピードにも刃を合わせる事でこれを防御した。
「あぁ、鎧袖一触……それがどうした!」
 敵に敵うか否かではなく、その目的を阻めるかどうかである。
 アシュレイ一派に対応した鷲祐とツァイン、
「……今の、沢山殺気感じたんですけどー……」
「たっぷり込めました、からね!」
 この所の大きな流れの元凶をアシュレイと断じた黎子が、取り敢えずは彼等の動きを縫い止めた。
 ケテルでの決戦は先程までと全く毛色を異なる乱戦と化していた。『アーク』は聖杯の回収を望み、『ヴァチカンと枢機卿』も又、自身の手にこれを収める事を期待している。『イスカリオテ一派』は聖杯へのアクセスと保持を望み、『魔女と歪夜騎士達』はこの奪取を目論んでいる。
 互いの隙を伺い合う戦いは、暗闘の如く。
 但しペリーシュという共通の敵が彼自身の乱れを原因に、追い込まれつつあるのは確かであった。
 ペリーシュ・シリーズは人格を持つアーティファクトだ。そしてその性格は大抵の場合は最悪極まる。『彼等』は造物主を愛して従っている訳ではない。彼が怖くて命令を聞いているに過ぎない。ならば、彼が隙を見せたならば。少なくない数が天空城より外へと逃れた。無論、リベリスタ達は今はこれを追う事はしない。
「……小生を一体誰だと、この……ルーキー風情が……ッ!」
 憤怒の表情を浮かべたペリーシュを城門を貫く魔弾の一刺しが撃ち抜いた。
 衝撃を受け、初めて手傷らしい手傷を負ったペリーシュは憎々しく射撃の主を睨みつける。
「聖者も正義も気取るつもりはない。お前をぶん殴る理由に大仰な言葉なんて必要無い」
 杏樹は静かに言う。
「神は人の上に人を作らず。凡人も天才も悪党も英雄も、誰一人。お前のために奪われていい命はなかった。
 歪夜の第一位だか真のメイガスだか、そんなのは全部――関係ない!」
 意気上がるリベリスタ達の猛攻がペリーシュを襲う。
 彼の圧倒的な戦闘力は変わらぬが、余裕の喪失は――魔術師にとっての致命傷である。
 彼は冷静であるならば仕留められるような男では無い。空間転移一つとっても――彼のそれを防げる存在等無いのだから。彼が状況を立て直す考えに到らなかったのは、再三述べた通りリベリスタ達を『塵芥』としか思っていなかったからであろう。
「――魔術王、貴公は我等ではなく、知ろうともしなかった塵芥に敗れるのだ」
「天才は間違いないんだろうが、発想は書生の粋を出ちゃいなかったようで。
 何故、セフィロトの位階を登っちまったのか。その理をこそ打ち壊すべきだったんろうにな。
 神を超えるってのはそう言うもんだろ、なぁ、錬金術師殿」
 アラストールの静かな声、皮肉な烏の言が趨勢の変異を物語っている。
 ペリーシュの気質と敵の過少評価はディディエの危惧した『最悪の展開』を並べ立てた。
 遂に防御は砕け、悠里の拳がペリーシュの腹に突き刺さる。身体を折った彼を続け様の追撃が襲う。
 この状況でペリーシュが頼むのは――聖杯以外には有り得ない!
 敵を倒すのに使うのではない。この中で最も『美味』なる枢機卿か、アルベールか、アシュレイか。歪夜の使徒に照準を絞り飲み干せば、彼の魔力は飛躍的に高まる。なれば、魔王に敗北は無いという訳だ。
「――ひれ伏せ、黒い太陽に!」
「生憎と、その心算はありませんよ」
 だが、この計画にさえも――もう一つのイレギュラーは食い込んだ。

 ――貴方は我々を信じても良いし疑っても良い。
 だが殆どの人間は貴方を利用、或いは破壊しようしている。
 我々は黒い太陽を追い詰めた。簒奪者に身を委ねれば、貴方は破滅するだろう。
 偏に、私は貴方を裏切らない。

 ――もし、その主を快く思わないなら。私達は居場所になれるやも知れません。

 ――生贄、欲しいよねぇ。
 君にとってもソロモンちゃんは美味しかったんじゃない?
 そこにさ、700年の怨念がとぐろ巻いてる稀代の魔女がいてさ。あれ、欲しくない?

 ――方舟のリベリスタが『黒い太陽』を堕とした時は方舟に下れ。

 魔力の輝きを増した聖杯に心を触れさせたのは、イスカリオテ、悠月、葬識、ゼルマの四人。聖杯には人格が存在する――程度の不確かな情報を基にした博打に過ぎなかったが、コントロールをペリーシュから奪えれば勝利は間違いなく確定する。
(……確かに、何らかの知性は感じますが……)
 聖杯に触れたイスカリオテは己が声が『小さ過ぎる』事に絶望した。
 圧倒的な神秘を目の前にして、それを簒奪する最大の好機を得て。己が力の不足に嘆くのは酷過ぎる。
 目の前にたわわに実る黄金の果実を前に、指を咥える等――愚者(フール)にも劣る所業だろう。
 リベリスタの猛攻を辛うじて凌いだペリーシュが聖杯を高く掲げる。
「チッ……」
 この時を待っていた――烏の魔弾が彼の腕を撃ち抜いたが、落とすには幾らか不足。
「クリフォトを此に。愚者を脱ぎ捨て無神論へ到る……
 二百年の醸造、縮めてみせよう。我が信じずして、誰が為の我が狂気か」
 イスカリオテの呟きと、彼の『声』の増大はほぼ同時だった。

●決着
 歪曲された運命を燃やし尽くした蛇が得たのは、一時の悦楽。
 この世最高峰の神秘に触れ、かの聖杯と言葉を交わし、この世界から永遠に消え去った。
 彼が見知った世界は、彼にしか分からない。それに意味があったのかを決めるのも彼のみだ。
 しかし――彼の所業は確かにこの決戦に想定された運命以外の結末をもたらした。
「……な……」
 己以外触れる事も許されぬ高みにある聖杯にノイズを感じたペリーシュは確かにその時虚脱した。
 聖杯発動のその遅れは、真珠郎に最大の好機を与える結果となる。
 スローモーションのような時間の中を、獰猛な女が泳ぐ。
 誰ぞが悲鳴を上げようと、誰が傷もうと、自身の腹を閃光が貫こうとも関係ない。
「神気取りの孤独な餓鬼め。貴様も『幼女』と同じじゃ!
 おいたが過ぎる所もあわせて。全てが自らに頭を垂れるという勘違いも含めて。
「支配出来ると思うな」
 人間の、強さを。輝きを。
「嘘つきの道化然り。重圧に弱いベースボーラー然り。『人間』は。その『意思』は。それがどれだけ愚かに見えようと。その意思は美しく。尊いものじゃ。それは貴様にも。神にも劣るものではないわ――!」
 走る真珠郎の全身が青く燃える。まさに美しく彼女の意志を体現する。
 彼女の琴線に触れた多くの強さを、大好きだったものを糧にして。
 斃すならばこれ以上は無い、最大最強の強敵のその運命を穿たんと。女自身が刃となる。
「ならば。なれば。なればこそ。我が二度も退くわけにはいくまいな!」
 それを確かに己が脅威と認めたペリーシュは愚かにも聖杯を彼女へと向けた。
 彼がもし冷静だったなら――やはり逃れるのは容易かった筈なのだ。
 彼が怯えていなければ。人生で初めて、敵を認めたり等――しなければ!

 命を惜しむな。刃が曇る――我ら紅涙。咲かすは徒花。散らすは命。屍山血河を征く者よ。

 言の葉が聖杯の発動よりも先に魔術師の胸を貫いた。
 不完全な発動を見せた聖杯がペリーシュと真珠郎の双方を一息で飲み込んだ。
 誰かの声が響く。
 混乱の最中、失われた大切な何かに構わず。運命はその歯車を動かした。
 鷲祐を外したセシリーが、魔狼フェンリルさえも縛る本物の『グレイプニール』でリベリスタ達の動きを封じる。ツァインの刃を跳ね上げたアルベールがさせじとアシュレイに集中砲火を見せたリベリスタ達の火力を生み出した黒い闇の中へと飲み込んだ。魔女の茨が転がる聖杯を絡め取り、彼等はリベリスタに追撃の暇を与えずにその場を逃げる。
 終焉に到る歯車は確かに動き出していた。
 史上最悪の魔術王と、二人のリベリスタ達を大いなるその盤上から取り除いて。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 YAMIDEITEIっす。
 
 白紙ゼロで全員描写したと思います。
 実際の所、全体全勝とは思いませんでした。手心も皆無です。
 色んな意味で良く頑張ったと思います。

 シナリオ、お疲れ様でした。