● 遠巻きに見守っていた者たちにも、ようやくなにが起こったのか分かりかけてきた。 「あ……」 愚かにも言い訳を試みた男の体がゆっくりと縦に割れていく。 男の左の目は天を仰ぎ見て、男の右の目は大地を見下ろしながらゆっくり、ゆっくりと―― それはあまりにも早く、あまりにも鋭かったので、なぜ地面に黒剣の大刃が深く切り込んでいるのか、誰も、切られた本人ですら瞬時には理解できなかったのだ。 「Non!」 一切聞く耳持たぬ。やれと命じたことは最低限、どんな手段を講じてでもやれ。その上で諸君らには更なる成果を求める。 できぬなら死ね。 あっさり言い放ち、血のしみ込む大地から剣を引き抜いた男の肩には、あの見かけだけは可愛らしい機械仕掛けのフクロウがいなかった。 噂によれば1か月ほど前、アークのリベリスタたちが寄って集って壊してしまったとか……。 ああ、なんとなれば迷惑な話だ。ペットを壊された腹いせに、こちらまで当たり散らされてはたまらない。 マクスの下の素顔を見ればなるほど美形。『黒い太陽』の威光を背に日頃威張りくさってはいるが、オモチャを壊されてキイキイと目を尖らせるなんて、まるで女じゃねぇか。 一見、神妙に俯く囲みの向こうから、影にまぎれてクスと笑う声が聞こえてくる。それに気づかぬDこと『古きを知る者』ディディエ ・ドゥ・ディオンではなかった。 面白くない。 一言それがこの場に集められた者たちの心情だろう。 なぜ、この男だけが人でありながら『黒い太陽』から直接声をかけられるのか。声ばかりではない、ただの露払いとはいえ地上侵攻の総指揮を任されているのは何故なのだ? 心の内が透けて見えているといえば聞こえはいいが、ここに集まっているのはどいつもこいつもボンクラばかり。人を扱き下ろす暇があるのなら、主のために何を成すべきか考えればいいものを。 ああ、だからお前たちは三流なのだ。だから『黒い太陽』に一時さえ振り向いてもらえない。彼の視界に入ることがあっても絶対に認識されないのだ。 Dはペスト医者のマスクの奥ですっと目を細めた。 美しさは時にそれだけで武器となる。 微かな隙間より放たれた睨みには、それを向けられた者の背筋を凍らせる凄みがあった。 はたしてクスクス笑いはぴたりと鎮まった。 「何をしている? さっさと遅れを取り戻しに行け!」 『黒い太陽』の狂信者たちは呼びつけられたときよりも遥かに素早く姿を消した。 Dは苛立っていた。 間もなく天空城が雲の上に姿を見せるだろう。三高平市を荒らし、アークに痛恨の敗北を刻むのが先鞭たる我らの役目。『黒い太陽』がアーク壊滅に出御するにあたり、いくらか地上を掃き清めておきたかったのだが……。 下らぬ嫉妬ばかり熱心な馬鹿者たちを叱咤して、ここ三高平公園内にようやくリベリスタたちの血と肉を使った巨大な魔法陣が完成していた。 が、計画通りであれば今頃はとっくに黒い九頭竜――ヒュドラを召還していたはず。そうと思えば嫌でも苛立つ。 すでに陽動が陽動でなくなりつつあった。 各方面の動きに気を散らされていたアークのフォーチュナたちも、そろそろここに気がつく頃だ。喉元にもうひとつ、異界と通ずる穴をあけられてはかなわない、と幾らか戦える者たちを送り込んでくるだろう。 ――まあ、それはそれで計画通りなのだが。 頼りになるのが新たにペリーシュ・ナイトとして生まれ変わった二体の女神と、これから召喚しようとしているアザーバイドだけというのが実に情けない。 アーク本部の不穏な動きをDは早々にキャッチしていた。露出された情報があまりにも少なかったために特定こそできなかったが、アークが頼みの綱と持ちだすそれが天空城の鉄壁の防御に風穴を開けかねない物であることだけは推測ができていた。 「神威、といったか……」 なるほど、神の威光を持ってあたらねば、主ウィルモフ・ペリーシュが作りだした浮遊城に傷一つつけることはできまい。 Dは主の強さを微塵も疑ってはいなかった。あの方に護衛などいらぬ。邪魔になるだけだ。 が、こと戦場に置いて運の要素は侮れない。 計算外も一つ二つなら、主も鷹揚に構えて流すことができよう。しかし、アークを相手にした時に起こるイレギュラーの数は他のケース比べると格段に多い。小さなイレギュラーも積み重なれば脅威となる。それは確実に主の心を乱れさせるに違いなかった。 強靭な精神の持ち主のように思えて、意外と主は繊細なところがあった。大小問わず、計算外の事が連なると、心の揺れに対処しきれずとたんに癇癪を起すのだ。 本人は絶対に認めないだろうが、ようは我儘な子供そのもの。ならば子供らしく感情を爆発させればいいものを、ずば抜けた頭の良さが災いして、妙に大人ぶるものだからすっかり性格を拗らせてしまっている。 何でも器用に作り上げてしまうくせに、くだらないことで笑いあえる友だち一人作ることができないのはそのためだ。やたらと称賛を求めるのは寂しさを埋めるため――。千年生きようと万年生きようと、『黒い太陽』のその不器用すぎる生き方が変わることはないだろう。 ああ、だからお守りしたい。 何の打算もなく、そう思ったときからディディエは真の『奉仕者』となった。 だからこそ、地上に敵を引きつけるだけ引きつけておきたかった。だからこそ、巨大なアザーバイドでアーク本部を脅かし、神威の攻撃目標を天空城からこちらへ変えさせたかったのだ。 それなのに、と思考はぐるりと回って初めに戻る。 Dは胸奥に忍ばせた銀の羽をマントの上から確かめた。 羽の下で鼓動が少しずつ落ち着いていくのが分かる。 たかが機械人形と人はいうが、この羽の持ち主であるペリーシュ・ナイトには確かに心があった。無からは何も作りだすことはできない。例え『黒い太陽』であったとしても。 そうだろう、ドゥドゥシュ? これが終わったら主に願い出よう。わが友を直してください、と。 ● アーク本部はまさに蜂の巣をつついたようなありさまだった。 世界最悪と呼ばれるバロックナイツ。その中でも群を抜いて最悪な男がついに動き出したのだ。 その男の名はウィルモフ・ペリーシュ。『黒い太陽』の異名を持つ者。 日本に上陸したペリーシュが究極研究の成果である『聖杯』を持ってして新潟を壊滅させたことは記憶に新しい。 『聖杯』は対革醒者武装であると同時に、大量殺戮兵器でもある。 それは殺戮兵器であると同時に、ペリーシュの望みを叶える為の機構を備えており、願望をかなえるための代価は『命』そのものだ。 正直、語るのも馬鹿馬鹿しい話だが……『黒い太陽』は新潟で集めた魔力を彼らしい『創造』に利用した。 「説明の必要はありませんよね? 見たまんま。『天空に浮かぶ巨城』です」 『まだまだ修行中』佐田 健一(nBNE000270)のブリーフィングにしては珍しく、リベリスタたちの前に和菓子が置かれていなかった。 一大事を前に普段より落ち着きのないフォーチュナは、とんとん、とテーブルで紙資料をそろえた。ふう、と自らを落ち着かせるように膝へ息を落とすと、顔を上げてきびきびと状況説明を始めた。 万華鏡の探査により、天空城が周囲に防護壁を有しており、通常兵器を受け付けない事は確定していた。巨城の防御能力は絶大で、一線級の革醒者であろうとも通常は侵入すら出来ないだろう。 「ところがどっこい。こっちには神威っていう奥の手があります。神威で張り巡らされた魔法障壁をぶっ飛ばし、開いた穴からどんどんリベリスタを送り込む作戦……だったんですが……」 ここにきて地上から攻め込んできたペリーシュ一党の中に、決して無視することのできない不穏な動きを見つけという。 「うかつでした。万華鏡とフォーチュナの力のほとんどが空に向けられていて……。いや、そんな言い訳をしている場合じゃない。アーク本部のすぐ足元、三高平公園に魔法陣が作られ、そこからアザーバイドが出てこようとしています。ミラーミスではありませんが、唯のアザーバイドとは比べ物にならない。その落とし子、突然変異型って所ですか。例えばそう、あの『温羅』のような……。それが出てこようとしているのです」 それだけでも厄介極まりないというのに、そのアザーバイドが出て来た魔法陣――Dホールはふさがらず、次々と恐竜に似た別のアザーバイドを排出するという。 「アザーバイドは九つの頭を持つ黒く巨大な……ドラゴン。ヒュドラです。それに加え、三メートル大の女神像が二体、『黒い太陽』の奉仕者や狂信者たちとともに公園内からアーク本部へ向けて進撃しようとしています」 天空城の支援のため、アザーバイドをけしかけて神威を撃てなくする算段なのだろう。 「神威は予定通り、天空城へ向けて発射されなくてはなりません。天空城の真下に作られた巨大な砲身がアーク本部を狙っています。天空城がアーク本部上空に達すればゲームオーバー。終わりです。かといって地上のアザーバイドたちも無視できません。放置すればやはり、アーク本部は陥落するでしょう」 健一は口を噤むと、集まったリベリスタ一人ひとりの顔をしっかりと目に焼きつけた。 「オレはみなさんが戻ってくるまでここから動きません。信じています、アークの勝利を」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:HARD | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年12月23日(火)22:50 |
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● これで何度目になるだろう。 三高平市はバロックナイツ第一位『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュと、その配下の者たちに攻め込まれていた。市のいたる所で火の手が上がり、黒い煙が冬の乾いた陽光を薄く遮っている。 遠く、空の彼方にいまはまだ点のような浮遊城がある。『黒い太陽』が座するその城は、刻々と大きさを増し、地上に穿れた異世界への穴とともにリベリスタたちに脅威をあたえていた。 「騒がしいと思ってみたら、なんなのよこの騒ぎ」 愛美は眼帯をむしり取った。露わにした赤い瞳が炎のごとく揺らめく。刹那、上から肌を刺すような視線を感じて顔をあげれば、切っ先が鋭く尖った立木の上に巨大な女の顔を見つけて息をのむ。 身の丈3メートルを越すそれは、ペリーシュ・ナイト。冬の女神ケイモーンだ。 「……何よ、あれ。公園になんてもの呼び出してるのよ」 これだから狂信者は、と愛美は小さく舌うちして矢をつがえた。己が信じるものこそが唯一絶対と、狂信者たちのある意味羨ましい狂い方に嫉妬を覚えながら呪いを込めて弦を引く。 「私には、もう帰る場所が無いの。ここ以外、帰る場所なんて――」 枯れ枝の折れる音に振り返った時にはもう、黒いマントを翻した敵が眼前に迫ってきていた。一人、二人――いや三人! 「させません!」 畝傍は愛美の窮地を見て取るや、気合とともに早駆けた。 鞘を払って白銀の抜き身を冬の薄い光の中で煌めかせれば、長物の刀身に刻まれたルーン文字から魔力が滲み出す。 「国包畝傍、参る!」 剣先から無数の刃が放たれ、狂信者たちの体を切り刻み、吹き飛ばした。 (……私、庇われたの?) 顔を見れば心の声が聞こえたような気がして、畝傍は頷いてみせた。 相手が呆然とするのも仕方がない。これが初対面であれば、こちらが勝手に噂を聞いて知っているだけの事。せっかくなのでともに戦えれば、と戦場に姿を探していただけなのだ。 だが―― 「愛美さんのお邪魔はしません、お気にせず」 これがのちに続く長い話の始まりであれば、ああ、こういう出会いも悪くない。 「ですが、よろしければともに護りましょう。我らの街を」 強き者への嫉妬が引かせた愛美の顎を、畝傍は承諾と受け取り手を差し伸べた。 そんな二人を遠くから見つめる目があった。 イスタルテは乾いた幹に手をあててフルフルと震えた。メガネがきらりと光る。 (春。もしかして春ですか? ステージが違うようですよ? 春の女神はあちら……) 震えは寒さから来るものではない。ここにいるペリーシュ・ナイトは名前に冬とかついていて、「凄く寒そうですよう、やーん」なのだが、この震えはあきらか違う! イスタルテは背後から斧を振り上げ襲ってきた狂信者を、振り返ることなく飛んでかわした。 先ほどまで手をあてていた木の幹に斧が深く食い込む。 「これは――決してメガネフェザーなんていう技じゃないですよう」 怒りか嫉妬か。急降下するモ女の羽ばたきが狂信者を激しく打ちのめした。 その頃、チコーリアはようやく混乱する戦場の中で初老の男を見つけていた。 「警部さん、お久しぶりなのだ。チコたちと一緒に……」 頭の中で警報が鳴り響いた。視界に入るか入らないか。直死嗅ぎの感で、暗い縁のギリギリで鈍い光を放っている一丁の銃を捕えたのだ。 「あぶない! よけるのだ!」 叫んだときにはもう手のひらに傷を刻んでいた。熱い血を漆黒の鎖に変えて飛ばし、引き金に指をかけたクリミナルスタアを討つ。 「おお、チコーリアくん。助かったよ、ありがとう」 チコーリアはヤードのリベリスタ、スペンサー警部に駆けよるときゅっと腰に抱きついた。と、すぐさま離れて笑顔を浮かべる。 「あとでお話ししましょうなのだ!」 それは必ず生きて会おうという約束。 チコーリアは魔法陣を展開して背負うと、女神の元へ向かった。 池を挟んで一進一退が繰り広げられていた。公園から一歩たりとも出すまいとリベリスタたちが押せば、狂信者たちも負けず押し返してくる。敵にいまだ逃亡者が出ないのは、やはりペリーシュ・ナイトたる冬の女神の存在が大きい。 ならばこちらは月の女神の加護を受けようか。 「やあ!緊張してるところ悪いけど、空気読んでないSHOGOも仲間に入れてよ」 全身きらきらと煌めかせつつ、翔護はやや気押され気味の仲間たちにハッパをかけながら女神ケイモーンの前へ躍り出た。 「それじゃ元気よくいくよ! キャッシュからの――パニッシュ☆」 翔護が放った星に四方から光が集まり重なる。長く尾を引きながら飛ぶ巨大な破魔の矢が女神の胸を貫いた。 腕を高く上げて雄叫びをあげる翔護たち。 が、女神は倒れず、その青白い唇から寒慄の霧を吹き出した。合わせるように狂信者のマグメイガスたちがリベリスタたちの頭上に凶星を落とす。 「ここは三高平、ボクらが住んでる街なんだ。この街はボクが守る!」 せいるは受けた傷の痛みを無視して立ち上がった。この程度、すぐに治してみせる。 「誰一人、殺させたりなんてしない!」 自身が唱えた聖神の息吹に別の回復呪文が溶けて膨れ上がる気配があった。 (あ……いけない。場所を変えないと) ホーリーメイガスが一所に集まりすぎている。このままでは癒しの手が回らないところができてしまう。 せいるは焦りからうっかり敵に背を向けてしまった。 とっさに庇いに入った翔護もろとも敵の魔弾を浴びて倒れれば、今度ばかりは体が動かない。 ああ、と力のない声を上げたのは誰か――。 「戦線を立て直す! クロスイージスは前へ、盾となれ!」 影を落とした戦場に、凛と響いた声はヒルデガルド。 没落したとはいえ、古き時代より英国で神秘を振るってきた名家の出であれば、ヤードのリベリスタたちもアークセントの名に覚えがあった。なればその指揮に振るい立つ。 「負傷者を後ろへ、急げ!」 完全に持ち直す前に切り崩そうと、一人の狂信者が攻め込んできた。 「考えもなく動くか……愚かな」 ヒルデガルドは愚か者を不敵な笑みで出迎えた。すでに動きは読み切っている。 最初の一撃で狂信者が身にまとった闇纏をはぎ取ると、あとは怒涛の連続攻撃をぶち込んで仕留めた。 女神ケイモーンの振り下した鎌が寒風を巻き起こしながら水面を切り裂いた。飛び散る水が霧となって前線に立つリベリスタたちに襲い掛かる。 リリウムが白銀の盾を構え、光放つ槍を手に列の前へ進み出た。 「どれだけ力になれるかは分かりませんが全力を尽くしましょう」 狂信者たちの士気はまだ高い。傷ついても手厚い回復が受けられるうちは、切り崩すことができないだろう。 ならば、と回復を仲間の癒し手に任せ、リリウムは槍を振るった。破邪の一閃が弓を構えた狂信者の腹を貫く。すると、仕返しとばかり、狂信者たちが反撃を仕掛けて来た。 クロスイージスたるリリウムの神髄は防御にある。“白き絶対防壁”の名は伊達についているわけではない。総身に攻撃を受けてなお六翼は血に穢されず――。 「みなさまを守る為ならばこの身、いくらでも礎となしましょう」 リリウムは盾を構え、さらに一歩前へ踏み出した。 不退転の意気に応えるように、侠気の鋼を構えた義弘が横に並び立った。 「ああ、狂信者達に見せつけてやろう、俺達の思いを」 メイスを握った手に気合が入る。英霊たちの加護を見にまとったならば、もう何も恐れるものはない。 「ヤードたちはヒルデガルドの指示に従い狂信者たちを排除。アークは俺に続け! ケイモーンにぶつかり、行動を阻害する」 力の出し惜しみはしない。ここで負けてしまえば文字通り後がないのだ。三高平をペリーシュの好きにはさせん。『黒い太陽』に支配される世の中など、俺の侠気が許さねえ。 振うメイスは雷鳴をとどろかせ、悪を打ち砕く十字を敵の体に叩きつけた。狂信者たちが纏っていた加護が何であれ跡形もなく打ち砕く。 (む、左が……まずい!) 義弘は左翼が敵の猛攻を受けて後退していることに気づき、池の周りの木々を足場に戦っていたフュリエたちを目ざとく見つけると、「あっちを頼む」と叫びかけた。 アガーテの耳は飛び交う怒号と悲鳴の中から義弘の声を拾った。下へ顔を向けると確かに、仲間たちが公園の出口に向かって押し返されている。公園を出た狂信者たちはまっすぐアーク本部を目指すだろう。それだけは何としても阻止しなくては。 慌ててシーヴの背に担がれたリリスをゆさゆさと起こしにかかった。 「リリスさま、そろそろ起きてくださいまし」 「ん~、……あ、アガーテちゃんとシーヴちゃん、おはよぉ~」 リリスが背から、眼下で繰り広げられている壮絶な攻防戦がまるで嘘のような、気の抜けた声で挨拶をすれば、背負っていたシーヴも凄惨な雰囲気に似つかわしくない明るい笑い声を上げる。 つられてアガーテも笑いだした。笑いながら、何が可笑しいのか、と見上げた狂信者の額を撃ちぬく。 「あれぇ? 此処、公園の外なのぉ? リリス、植物園で寝てたはずなんだけどぉ……え、敵が来てるのぉ?」 シーヴは尚も寝ぼけ眼のリリスをそっと枝の上へ降ろした。きゃは、と笑って、手のひらの上に恐るべき破壊力を秘めた光玉を作る。玉はアガーテに額に穴をあけられてなお立ち上がる狂信者へ、人生最後のプレゼントにくれてやった。 「みんなが住む三高平を守るのですっ。がんばりましょー、えいえいおーっ」 「よくわからないけどぉ……とりあえず倒せば良いんだよねぇ?」 リリス声に眠気はなく、むしろ弾むよう響きがあった。 下から吹き上がる血なまぐさい風に顔をしかめたアガーテの横で、前髪を揺らしながら眠気覚ましにファストブーストをかける。 「ゆっくり寝れる場所を守る為に、リリスも頑張るよ!」 さっと腕を上げると、集まってきた狂信者たちへ向けて火炎の雨を降らせた。たちまちのうちに炎が敵の体を包み込む。たまらず悲鳴を上げて逃げ出す狂信者たち。 シーヴは頭上で得物を旋回させた。 「みんなで無事に帰るのですっ。お家に帰ってごろごろするまでが戦闘っ><」 激しい風が狂信者たちの背を無慈悲に切り刻む。 ラ・ル・カーナでバイデンとの戦い、ボトムで幾多の戦いに身を投じたフュリエたち。血を好まぬ平和主義者だったのは、もはや遠い過去のこと……なのか。 「終わったらゆっくり休みましょう」 一瞬だけ、アガーテは空へ目を向けた。 浮遊城の影は北の空で存在感を増しつつあったが、神の一矢が届く距離にはない。だが、あの影の下で『黒い太陽』との戦いの時をいまか、いまかと待つ者たちがいる。 (皆さま無事に戻って来られますように) 短く祈りを捧げると、アガーテは姉妹たちの手を取って木から飛び降りた。 女神ケイモーンに戦いを挑む仲間たちへ向けて、灰色の修道女服に身を包んだオーガスタが追い風を吹かせる。神の奇跡はこれまでの戦いでリベリスタたちが負った傷をたちどころにいやした。 「さあ、参りましょう。神の名のもとに、悪を打ち倒すのです」 オーガスタは自身を守る術を一切持たぬ。されど死り危険に臆することなく、美しい顔に寒気すらはらんだ微笑みを浮かべながら歩みを進める。 他人を顧みることなく、己の欲望のためならば貴き命を塵か埃のように扱う『黒い太陽』はまさしく神の敵。我ら平和を祈る者たちすべての敵なのだ。 (剣を持たぬ手であれば、この杖で戦士たちを守り切ってみせましょう。主よ、聖なる父よ。私に力を――) オーガスタは杖の先で素早く空にスペルを描き出し、凶弾に倒れた仲間に再び立ち上がる力を与えた。 ● セレスティアはフュリエの姉妹たちとともに春の女神エイアーから遠からず、近からず、援軍『白バラの祈り』たちの後ろで際どいバランスを取りながら回復呪文を飛ばしていた。 さすがに、この位置からはすべてをカバーすることばできない。前線でまた一人、狂信者たちに囲まれて倒れる仲間の姿を見つけ下唇を噛む。 (迂闊に助けに行けないのは許して貰うしか……) 身を守ってくれる前衛が居てこそ治癒に集中できる。癒し手たる自分が敵の真っ只中で孤立するわけにはいかないのだ。戦火を目にしては猛る心を抑えきれぬと分かっていたからこそ、セレスティアはあえてグリーンノアしか使わないと決めてこの戦いに臨んでいた。 (でも悔しい……) こちらへ矢を向ける者の存在に気付いてはいたが、セレスティアは動かなかった。高い攻撃力なれば、一撃で倒せる相手だ。が、守りはヴェネッサに任せてある。 呼吸ひとつで心を落ち着かせると、持つ力のすべてをパートナーであるフィアキィへ受け渡し、敵の前で膝をついた者たちの頭上に癒しのオーロラを揺らめかせた。 飛んできた矢をヴェネッサが魔力を秘めた盾で叩き落とす。騎士は返す体でナイフを握った狂信者の胸に槍を突き刺した。 「まあ、無事にきちんと片付けて帰ろう、ペリーシュの本拠地がある以上、ここが一番辛い戦場でないのは事実だろうけど、だからって手を抜いていい状況じゃない」 そうね、とひとつ頷いて、リューンは星降ろしの長い詠唱を始めた。 (「狂」信者、って言うぐらいだし、まあぶん殴って治らなきゃ、ぶっ潰すしかないわよね、って感じだと思うの) 自分たちには狂信者たちに同情する理由も手加減してやる理由もない。語られたところで果たして自分が聞く耳を持っているか、それはさておき―― (余計な仕事を増やしてるんじゃないですっていう、ね?) まだ青い空から狂信者たちへ白熱した星の欠片が降り注いだ。冷たかった空気が瞬時に痛みを覚えるほどの熱さを帯びる。 こちらはまだ葉を残す森の中、頭一つ抜けた巨大な女神が柔らかな唇を開いて歌えば、春の息吹が熱波を払い、狂信者たちの傷を癒していく。 リューンの猛攻をしのいだ敵がひと塊になって襲い掛かってきた。 「攻撃も防御も、と言われたら結構大変だけど、どちらかに絞ればそう難しいことはないから、ね」 さらり、と言ってフィティは槍の刃を蒼く煌めかせた。 龍の牙を思わせる鋭い一撃は、無数の氷片となって戦場に寒気を呼び戻し、うかつな狂信者を凍えさせた。吹き出した血が瞬く間に凍って落ち、地面でもろく崩れる。 「来るなら覚悟して。リューンには指一本触れさせない」 フィティの火焔のごとき双眸の輝きに怯み、敵はたたらを踏む。迷いを突いてすかさずヴェネッサが退路を断つ形で背後に立てば、狂信者たちは半ばやけくそ気味に挑みかかってきた。 一番手を慌てず体を開いて後ろへ流すと、次に向かってきたダークナイトをアル・シャンパーニュで仕留めた。 前から流されてきたプロアデプトを、華奢な体に似合わぬ大業物でリリウムが切り捨てる。 「狂信しているのはペリーシュがそれほどに有力だからか、或いは何かの精神的なコントロールなのか」 リリウムは赤い髪を手で肩の後ろへ払いのけると、誰に聞かせることなくひとりごちた。タッグを組んだカトレアに差し迫った危険がない事を確認して、血だまりに伏せた狂信者の傍に膝をつく。さっとマントをめくり上げ、まだ温かな体に触れた。 狂信者たちがたとえばアーティファクトなどで強制的に操られていた場合、倒しても油断できない。死んでなおリベリスタを傷つける可能性がある。もし、そうであれば戦い方を変えなくてはならないだろう。わずかな手間で分かるのであれば、きちんと確かめておきたかった。 「こんなこと、いつまで続くのでしょうね。考えるだけ無駄かもしれませんが……」 いつのまにかカトレアが傍に立っていた。声が震えている。 戦いの必要性を頭で理解してはいるが、カトレアはやはり誰かを「嫌う」とか「傷つける」とかがどうしてもできない。ゆえにホーリーメイガスに転身したわけであるが、それで心に受ける痛みが軽くなったわけではなかった。 「襲われたから反撃して相手を倒したら、更に強い敵に目を付けられた、というのを繰り返している感じで、仕方ないというか、ある種の不可抗力なのかもしれませんが」 負の連鎖に、やりきれないと白い息を吐きだす。 「断ち切ることはできないのでしょうか?」 カトレアの問いに返す明確な答えをリリウムは持っていなかった。かわりに立ち上がって、「少なくともここの連中は自分の意思で私たちを殺しに来ている。アーティファクトに操られているわけじゃない」と言った。 欲していた答えではなかったが、カトレアはひとまず受け入れた。――と、視界が白く飛ぶ。 「狂信者なんざ残しておいても仕方ないし、この程度で逃げるような輩がアークに寝返るとも思えないので、この場で討ち取っておきたいわ」 ソニアが放ったフラッシュバンだった。懲りずに近づいてきた狂信者たちの脚を止めるため、回復をセレスティアに任せて投げ込んだのだ。 できれば一人残らず、と続けられたソニアの言葉にカトレアは眉を曇らせる。ある意味、フュリエらしいフュリエであるがために、誰よりも深くこの事態を悲しんでいた。 ショックを受けて身動きを止めた狂信者たちを、ヴェネッサが粛々と槍で仕留めて回った。 槍の先から滴り落ちる鮮血に、カトレアは間違っているのは自分なのだろうかと自問する。陰りを帯びた目にひらひらと振られる手が映り込んだ。 「ほらほら、そんな顔をしない。ここでその優しさを失くさないで。そのぶんあたしたちが戦うから」とソニア。 「人類が何千年以上も悩んで出なかった答えが、つい最近まで戦うことを知らなかった私たちなんかに判るわけないさ」 だからまずは生き残ろう。心を悩ませるのはそのあとでいい。 ヴェネッサの合図を受けてソニアが翼の加護をかけなおし、セレスティアがすり減った フュリエ隊の魔力を回復させた。 「それじゃあ、とっとと片づけましょう!」 空へ飛び立ったフュリエたちを見上げ、秋火はひと息ついた。足 元には切り伏せた狂信者の骸が転がっている。 公園の西の森には目だって強い敵はいなかったが、いかんせん数が多かった。加えて春の女神エイアーが狂信者たちを手厚く保護していた。 先に向かった戦場では、狂信者たちは不利を悟ってさっさと逃げ出すだけの頭があった。が、ここにいるのは弱いくせに先を読めない馬鹿な奴らばかり。まったく手間がかかる。 「まったく、人がゆっくり年末を楽しんでいるときに」 ちっ、と小さく舌を打って、秋火は両手に握った小太刀を振るった。氷刃の霧が周りを囲っていた狂信者たちを凄まじいスピードで斬り刻んでいく。 ばたばたと倒れてく黒いマントたちを見て、贋神父はほう、とタバコを加えた口の端から感嘆の声を漏らした。 「見事なもんだ」 仁は秋火の腕前を見て、己の未熟を痛感した。それなりに腕は磨いてきたつもりだったが、やれやれ、まだ修行が足りぬか。 吸い始めたばかりのタバコを足元へ捨てると、足で踏みつけて火を消した。 ゆったりとした足取りで秋火の傍までゆき、無言で体を回して黄金色の九尾の後ろへ回った。 「ともに戦おうか。俺の背中はお前に預けた。お前の背中は、俺が守る」 「ただ守られてるだけは嫌だ。お互いに守り、守られてるならいい」 ああ、それでいいとも。身体が冷える前にケリをつけようか。 仁は細く笑むと、漆黒の刃をしなやかに遊ばせた。冬の寒気に生じた多数の幻影が、敵を翻弄し切り伏せていく。 背後の動きに合わせて秋火の小太刀が舞う。 初めて組んだとは思えぬほど、二人の息はぴったりと合っていた。戦いの最中、感じる心地よい興奮。 「ふぅ。寒い季節だけど少し体を動かして温まったかな、汗をかいたよ」 「外は冷える。俺の外套を貸そう」 「あ……いいよ、そんな。君が風邪を引くだろう?」 断る秋火の口調がいつもより柔らかい。 殺伐とした戦場の中で、仁は背中に少女の照れを温かく感じていた。 背中を合わせた二人のすぐ近くで、シェラザードはひとり弓を引いていた。よどみのない動作で背中に回した筒から矢を抜き取っては、弓につがえ、瞬きひとつで的を定めて放つ。 機械的な動きを見せる一方で、頭の中は木々に阻まれて姿を見ることができないヒュドラについてめぐるしく考えが動いていた。 『黒い太陽』の奉仕者Dが呼び出さんとしているアザーバイドは、温羅というミラーミスの落とし子に匹敵するらしい。 (温羅と言うのはアークの皆様がラ・ル・カーナに来る前に倒した存在でしたよね? それと同格とは一体どれ程の強さなのでしょうか?) 興味は尽きぬが、まずはここをしっかり守り通し、敵を排除せねばならない。 シェラザードは優れた五感を生かし、攻撃範囲から巧みに味方を外して矢を打ち放った。ひとまず敵を動けなくしておいてから、狩人はシャルマとエルマに反撃の兆しを見せる敵を探させる。 フィアキィたちが指し示した場所を敏伍が召喚した朱雀の炎が焼き払った。 どうも、と烏帽子を倒して挨拶をする。ひょこひょこと、影人とともに一枚歯の下駄を飛ばしてシェラザードに横に並び立つと、顔を春の女神エイアーへ向けた。 「ヒュドラの詳細な予測データもプリントして貰いましたが、残念ながら使いどころはなさそうですなあ」 あれが健在なうちは中央へ行くこと叶わない。もっとも、行く気もありませんが、と笑う。 盾にした影人の一体が、スターサジタリの攻撃を受けて四散した。避ける間もなく続けざまに一条の雷が天から落ちて二人の体を貫いた。 「だから僕ぁ現場になど出たくはないと言っているのに……」 愚痴りながらも懐から和紙を取りだして、素早く大傷痍の呪を書きいれる。天に向かって投げた式符が光を放ち、受けたばかりの傷を癒した。 「まあ鳩目のお嬢ちゃんも行くだけ行ったと言えば満足してくれるでしょう」 同志を見つけたと、神を倒すと豪語する男を嬉々として討ちに行ったあばたと違い、敏伍はここで命を落とす気などさらさらない。神を倒したところでまた新たな神が生まれるだけの事。それは果てのない戦いと達観すれば、殴り合いにつきあうなど、この男には馬鹿らしいことだった。 さてと、お暇しましょうか。 去っていく陰陽師に構わず、シェラザードは新たな矢を弓につがえた。 ● 「おーっほっほっほ、数が多くとも回復を封じれば烏合の衆ですわ! この街はやらせません」 巨大なペリーシュ・ナイトを前にして高笑いを響かせながら、瑠璃は英気発する聖骸闘衣を纏った。これまで回復に専念していた女神に向けて、強い祈りの力の込めて巨大な鉄扇を乱れ振るう。 それまで柔らかく微笑んでいた女神が頬を強張らせた。キリル文字の刻まれた鎚を一振り、死の仇花を咲かせて舞い踊る。 吹雪く花びらの鋭さにあっさりと加護の衣を張り取られ、さしもの瑠璃も後退を余儀なくされた。 ――が、ここで大人しく頭を垂れる姫様ではない。得意とする踊りで負けたとあっては、椎橋の名が廃るというもの。 「貴女の踊りには心がこもっていませんわ。だらしなく揺れて……袖の裁きがなっていない」 今一度、手本を見せて差し上げましょうと、瑠璃は再びジャスティスクロスを放った。 「ダンゴになって来んじゃねぇっすキョウシンシャ共」 うんざりと。押し寄せて来た狂信者たちに蔑みの目を向けて、ケイティーは両腕をあげた。シルバーバレットが火を噴いて無数の弾丸を放つ。 「まじだりぃっす。つーかメガミっつーかヤクビョウガミっすよねアレ」 そうね、嫌になっちゃう。光の矢を飛ばしながら、ケイティーの言葉を受け返したのは『白バラの祈り』のリベリスタ、ヴィエラだ。 「ごめんね。ブルガリアでわたしたちがアレをDに持ち逃げされちゃったから……」 ヴィエラの言葉はケイティーの耳を素通りした。どうにも記憶が持たない。己が口にしたこともあっという間に忘れ去ってしまう。隣の女は一体、なにを謝っているのか。 「どうでもいいっす。さっさと砕けてくだばれっす」 ケイティーは白バラたちの後ろから憎悪で作られた鎖を白い首へ向けて飛ばした。 鎖を巻きつけられて女神の体がぐらりと揺れる。 ――目指すは、敵将ただ一騎。故に 「己の理想とする世界に殉じる意志がある方のみ、参られませ」 かるたは訪れたチャンスに迷いなく、眼前に迫った狂信者もろとも巻き込んで、女神を漆黒のオーラで打ち据えた。 「さぁさ、ガンガン攻めるで! イカれなんぞに負けんなや!」 かるたが開いた道を、セルフマイクで大声を上げながら珠緒が行く。 「けったいな女神像ぶっ壊しにいくで!」 ここが正念場。そんなところでヘタレとる場合か、と珠緒が聖神の息吹を吹かせて傷ついた仲間を片っ端から癒していけば、かるたもまた仲間を鼓舞しにかかる。 「求められているのは、この偶像の破壊。ただそれだけ……シンプルにいきましょう」 突き進み、打ち払い、叩きのめし、砕く。自身の行動で手本を見せてやれば、あとは簡単なもので、叫ばずとも勇気を奮い起こした仲間たちが後に続いた。 「でこの好きなこの街を汚させないのよ!」 でこは闘志を燃え立たせ、アークリベリオンの矜持を力に転じて己の限界を高めた。火山が爆発したかのごとく、小さなからだから巨大なエネルギーを迸らせると、なおも女神の盾にならんとする狂信者たちに突貫を仕掛ける。 火の玉でこの突進を受けて狂信者たちが吹っ飛んだ。 「ディディエちゃんがもふもふさんを好きかどうかは知らないけどでこは嫌い!」 でこの好きなモノを壊す人は赦さないんだから、と八重歯を剥いて拳を高く突き上げる。正義のヒーローもといヒロインは、『黒い太陽』存在を許さない。あるのは只の持久力。だから傷を受けても果敢に攻め込み続ける。倒れる前に仲間が、珠緒が癒してくれると信じて。 「もちろんや。そのためにうちがおる。そのためのチーム春宵や」 せやからでこ、心置きなく暴れてもええで。 珠緒のVサインに、でこは親指をたてて応えた。 ヴィグリーノは熱く燃えるでことは対照的に、どこまでも冷静に、努めて平らな声で狂信者たちに撤退を促していた。 「流され、強気に与する面々は確実に排除します」 言って素直に聞く相手ではなかった。よく見れば、どの顔も愚鈍そのもの。どうやら戦場と言う特異な環境下で精神に遅滞をきたしているようだ。いや、『黒い太陽』をあがめ奉る輩なれば、もとより頭の配線が狂っているに違いない。 ヴィグリーノは科学者らしく分析すると、その頭脳を今度は攻撃のためにフル回転させた。そのまま思考の流れを力に変換して狂信者たちにぶつける。 邪魔なだけの障害物を排して前へ進み距離を稼ぐと、今度は気糸を飛ばして確実に詠唱中のマグメイガスを仕留めた。 「見た目の数こそ多いが、敵戦力はすでに無きに等しい。一気に片をつけましょう!」 上空からフュリエ隊が女神エイアーに向けて一斉に攻撃を放った。 ケイティーが拳を、瑠璃が扇を振るって女神の脚を砕いて止めれば、シェラザードと仁がリベリスタたちの上に巨大な槌を振りあげた腕を射抜く。 戦士たちを祝福する癒しの風が吹く中で秋火の小太刀が煌めいた。 でことヴィグリーノが、『白バラの祈り』たちが、最後の力を振り絞って巨大な敵を撃つ。 ――生か死か。 翼を得てかるたが翔る。 「これで終わりです」 得物に静かなる怒りを乗せて。冷気を纏った長大かつ肉厚な刃が女神エイアーの額を割った。 ● 「はやや~、伝説に名を連ねる存在を召喚ですか~」 ユーフォリアはぴんと張りつめた戦場を見下ろして、ほわわっとした声を上げた。 手を額にかざして見渡すが、今のところはまだフォーチュナが予言した飛行型のアザーバイドの影はない。それもそのはず、巨大なヒュドラが穴を塞いでいるのだから這い出てくる隙などないのである。 飛んでいるのといえば、ペスト医者のマスクをつけた『黒い太陽』の奉仕者だけだ。 「これは全力で歓迎しないといけませんね~」 いないものを待っていても仕方がない。 ユーフォリアはタガーを手に急降下した。仲間から離れたところにぽつんと立つホーリーメイガスを狙う。 集中を重ねて精度を増したナイフ裁きで、一声も漏らさせずに仕留めた。 「兎も角、狂信者を蹴散らかして魔法陣に取りつかねーとな」 ブレスは身長を優に超える長い砲身の機関銃を構えた。 「大人しくおねんねしやがれ!」 挨拶代りとばかり、狂信者たちに向けて怒り狂う蜂の群れのごとき魔弾をぶちまける。敵が怯んだところで銃口の先に取りつけられた剣をつきだしながら突っ込んだ。 特殊機動を生かして縦横無尽に戦場を駆け巡る。 「おらおらおらっ、邪魔だ! どきやがれ!」 魔法陣にすらたどり着けない味方を見つけたならば、ブレスは気炎を上げてともに死線をくぐり抜けて来た愛銃の引き金を絞り、雨嵐と敵に散弾を見舞った。 ヒュドラに視線が通った時はどんなに遠かろうと果敢に狙い撃った。 何が何でも勝利を掴み取る。 ブレスの気迫に引っ張られる形で、リベリスタたちは前進した。 ごめんね、とアルシェイラは無残に折れた木に優しい言葉をかけた。火炎の散弾を爆裂させて吹き飛ばした狂信者の一人がぶつかって折れてしまったのだ。 アルシェイラはその時、確かに木があげた悲鳴を聞いた。緑とともに生きるフュリエには耐えがたい苦痛だった。 「でも、ここで止めないと、公園だけじゃ済まなくなるから、ごめんね」 反撃に転じてアルシェイラへ剣を向けた狂信者を、ヴァチカンの戦士が巨大な盾で押し返す。 礼を言って涙をぬぐった。泣いていても事態はよくならない。戦って、一刻でも早くあの化け物とその上で指揮を執る奉仕者を倒さなくては、被害は増えるばかりだ。 立ち上がり、天に杖をかざした。魔法陣のブレイクポイントを奪おうと、狂信者相手に一進一退を繰り返す仲間たちへ向けて聖なる息吹を送る。 (頑張って、みんな) アルシェイラの頬にもう涙はなかった。 「ここは足止めさせて貰う」 この世界を脅かすものが何であれ、俺は俺に出来る事をするのみ。 レンは左腕のブレスに触れた。指が親がわりであった祖母のぬくもりを探し当て、胸に勇気を送り込む。 (みんなの元へはいかせない) 全身のエネルギーを解放し、回復手を潰そうと突撃してきた狂信者の頭上に『赤い月』を呼び出した。忌まわしき呪いの象徴が不吉に瞬く。 さすがに魔法陣を守る狂信者たちは手ごわい。突出して強くはないが、組織だった動きは忠誠心の高さを感じさせる。ヒュドラの上の奉仕者が逐一命じなくとも、各自が己の役目をきっちりとわきまえているようだった。 敵のホーリーメイガスが赤い月のしずくに爛れた傷を回復させたのをみて、レンはすぐさま後ろへ下がった。無理せずこちらも回復に努め、じっくりと反撃の機会を待っことにした。 「わぁ、何これ。見たことねーや。こんな公園って見たことあってたまるかよ!」 それは首五つにして空を覆い隠すほどの巨体。 伝説の生き物ヒュドラを前にして、楓の脚はわずかに震えていた。首のストラップに指をかけ、サクソフォーンの重みを軽減させようとするかうまく行かない。 「うわー…マジかー…ギリシャ神話で言ったらもうそれ最悪の敵じゃん……」 気のせいか、肩こりが酷くなった。きりり、と刺すような痛みを感じる。 ヒュドラの首の一つがぬっと高みから降りて来た。狂信者たちの上から、黒炎を吐き散らしリベリスタたちの体を焼いた。 楓にもその邪悪な舌が伸ばされてきたが、クロスイージスたちが前に立ってふせいでくれた。 「……まぁ、んなこと言って凹んでる場合じゃねーか」 半ばやけ気味に「勝利の為の音楽を奏でてやんよ!」と叫ぶと、楓はサックスを前に構えてリードをくわえた。 演ずるは癒しの調べ。 熱く燃えてテテロが戦場を縦横無尽に駆け抜ける。絶対者たる自分の前に立ちはだかる者は容赦なく弾き飛ばした。 「どんな情況でも活路はあるはずっ!! ボクは絶対にあきらめないっ」 リベリスタたちはまずは魔法陣を守る狂信者たちを相手取りつつも、チャンスを見つければ果敢にヒュドラへ撃ち込んでいた。ヴァチカンのホーリーメイガスから援護をうけて、どんなに力を放出しても、神秘の力が枯渇する心配はない。少なくともいまのところは……。 語尾が暗く尻つぼみに消えたのには訳がある。 ヒュドラの首は愚か、まだ一つも狂信者たちのチームを壊していなかった。攻めあぐねているうちに、ずるり、ともうひとつ、波打つ異界との境目から大きな頭が浮かび上がってきていた。時が過ぎればすぎるほど敵が有利になっていく。 ――くっ! テテロは自分で自分の頬を、パンっとはたいて弱気を払った。 (今出来る事を全てやり尽くそうっ) それがリベリオンとしてのボクの役目。インパクトボールを敵陣に投げつけて前衛を吹き飛ばすと、テテロはまっすぐ盾を失ったホーリーメイガスに突撃した。 低空飛行で戦場の動きを広くとらえていたカインが、テテロを気糸で止めにかかったプロアデプトへ向けて常闇を放った。 カインは、「多少なりとも、力になれればよい」と自身の力を卑下するが、どうしてその働きには目を見張る者がある。 Noblesse oblige. 気高き者が背負う義務。それは力の限りを尽くして仲間のために戦うこと。いかに強大な敵を相手しようとも、決して怖気づくことはない。 カインのサポートにより、ほどなく敵の一角が崩れた。これで一つ、魔法陣のブレイクポイントを奪ったことになる。 空から可能な限り広い範囲に不吉をばら撒きながら、カインはポイントの守備につこうと集まってきたリベリスタたちを守ることに専念した。 「無事に帰れると思わない事だな」 普段人当たりのいい優男が、ここぞという言う時に凄めば鬼気迫るものある。 義衛郎は役人として三高平市の発展に日々携わってきた。人一倍、街に愛着ある。愛する人々が暮らすこの場所は、まさしく己の『家』そのものなのだ。 怒りを持って呼び降ろした雷は地に当たって荒れ狂い、のたうち回りながら狂信者たちを感電させた。 加護のオーラでも纏っているのか。狂信者の何人かが、雷に倒れもせず武器を構え直した。 義衛郎は長い脚を生かして雷の威力を殺いだ狂信者に切迫すると、愛刀から東雲の色の剣気を昇らせてシャドウダンスを仕掛ける。 残像とともにステップを刻む死の舞踏は、敵の癒し手を魅了した。華麗にターンを決めて振りぬいた三徳極皇帝騎が、男の首に一筋の線を引く。頭がするりと横へずれ、肩に当たって転がり落ちた。 「行くぞ、ナユタ!」 耳のアンテナの先を光らせると、モヨタは白熱したブレードを構えて走り出した。残りの 狂信者を無視し、まっすぐヒュドラの元へ向かう。 ホーリーメイガスがいなくなれば、あとはもう残りの敵をひたすら切り崩していくだけである。このまま一気に二つ目のブレイクポイントを得たいところだが、ヒュドラの首の一つが奉仕者の指示を受けてこちらへ降りてきていた。 永久炉の出力を最大限にあげ、鋼の腕を通じて機煌大剣ギガントフレアへ高エネルギーを送り込む。 「あの日オイラたちを守ってくれたアークと三高平は壊させねぇ!」 吐き出された黒炎の下をかいくぐり、必殺の一撃を首へ叩き込んだ。熱をはらんだ重い刃が、固い皮膚を破って肉を切り裂く。 ヒュドラは首を上げてモヨタを振り落し、身をすくませるような咆哮をあげた。 すかさず智夫が聖なる光を放って味方が受けたショックを和らげる。 「にーちゃん!!」 ナユタは焦りを飲みこみ、目を閉じた。精神を統一してラ・ル・カーナのエクスィスと同調する。再び力の一部を借り受けるために。 (……ちょっと荒っぽい火葬だけど許してね) フィー、とパートナーのフィアキィを呼んで、重火器を構える。 (オレたちを助けてくれたアークとこの街。そこに少しでも恩返しするためにオレも戦うことを決めたんだもん!) 放出された火炎弾が兄を食い殺そうとするヒュドラの首と狂信者、人の血肉で作り上げられたおぞましい魔法陣の上に降り注ぐ。 ヒュドラの頭の上でいくつもの炎が弾け、吹き飛ばした。どう、と土埃をたてて首が地に落ちる。 「にーちゃん! いまだ!」 「おう!」 横へ飛んでかわしたモヨタが、苦痛にのたうつ首の一つを切り落とした。 智夫はヒュドラの攻撃で傷ついた仲間のために、回復の祈りを込めて歌った。クロスイージスの後ろで歌いながら、見える範囲で情報を集め、現在状況の把握に努めた。 首の一つを落としはしたが、依然としてヒュドラには首が八つある。うち三つがボトムにあり、また一つが異界から浮かび上がってきていた。そろそろ、肩が見えそうだ。 ヒュドラを倒してなおかつ魔法陣を壊すには、要所を守る狂信者たちもすべて倒す必要があった。 さすがにここにいる狂信者たちは『黒い太陽』への忠誠度が高いらしく、誰一人逃げ出す様子がない。これまでアークが奪ったブレイクポイントは二つ。倒した狂信者の数は、智夫が知る限り十五名。半数以下だ。 しかも、ヒュドラの上には『黒い太陽』の奉仕者ディディエがいる。今のところ、味方の誰もディディエに攻撃を通せていなかった。 ――となれば、回復はヴァチカンに任せて、やはり自分も戦わなくてはならないだろう。 はあ、とため息をついて、うっすらと目に涙を浮かべる。 (……死なないようガンバリマス) 覚悟を決めてしまえばさっぱりとしたもので、先ほどまで感じていた恐怖はもう消えていた。 智夫は毅然として盾の後ろから出ると、邪を滅ぼす聖なる光を掌の上に浮かべた。 いざ、行かん。 仲間の奮戦を目のあたりにして、コヨーテは総身に気を張りめぐらせた。 「神話のヘビかァ……ブチ殺せたら、差し詰め神殺しってトコか?」 「さて、どうだろうねぇ。だけど、詩に歌われる英雄にはなれるかもしれないよ」 「そいつぁ、燃えるじゃねェかッ!」 伝説の生き物を前にして、どうにも心の奮い立ちを抑え切れない。硬質化した肉体に震えが走る。 「暴れまくってやろォぜェ、真澄ッ!」 勢いついて駆けだした。赤いマフラーを後ろへ長くたなびかせながら、ヒュドラ目指して一直線に進む。後ろからぴったりとついてくる真澄の気配を背に感じつつ、腕に炎を纏わせた。 鎌首をもたげて睨む竜に、「覚悟しろ、オレは死んでも負けねェッ!」と啖呵を切れば、後ろから真澄が「バカ、縁起でもないこと言うんじゃないよ!」と叱りつける。 これが最後の戦いじゃないんだよ。たとえそうであっても、あんたが死んじまったらつまらない。まだまだ聞いてもらいたいことや、聞きたいことがたくさんあるんだ。 真澄は両の腕から魔弾をまき散らした。自分がこうして援護するからには、決して死なせはしないよと、牙を剥いたヒュドラの首をたじかせる。 コヨーテは好機とばかりに白く輝く腕を振って、固い鱗に覆われた巨竜の横っ面を張った。 「それにしてもヤマタノオロチねぇ……こいつの体ん中にも天叢雲剣があるのかい?」 左へ流れた首が勢いを増して帰ってきた。 真澄はコヨーテの横に並び立つと、戻ってきた首に掌打を当ててカウンターを取った。鋭い気をあてられたヒュドラの頬が内側から破裂する。 「ぶちのめしたら、ちょいと確かめさせておくれよ」 おう、と機嫌よく返事して、コヨーテは再び鬼業紅蓮を歪んだ頭蓋に撃ち込んだ。 ヒュドラの頭が割れ、火の粉を纏った血が空に飛び散った。 その穢れた血が描く蓮花の後ろを、太い光の柱が天へ向かって伸びていく。 ――神威。 ヒュドラの上で天空城の揺れを見たディディエは、ギリ、と歯を鳴らした。 ● 「無知の知とは言うものですが、わたしは己の力量を知っています」 これは前哨戦。エリエリはこの戦いをそう割り切って捉えていた。だから、たかが前哨戦で命を散らしてなるものか、と敵の攻撃が届かないぎりぎりのところに立って仲間を支援している。 (なんたって邪悪ロリですからね!) 説明になっていないのはさておき、一体どこらへんが邪悪なのか。己の命を再生のエネルギーに変えて仲間を癒すあたり、エリエリは邪悪どころか善良である。 「エリ姉さん、無理しないで……」 美伊奈はそんなエリエリが心配でたまらず、冬の女神や狂信者たちに風の刃渦をぶつけてはすぐに義姉の元へ戻ってきていた。 思っていたよりも女神はしぶとく、狂信者たちはまだ逃げていかない。それどころか、すでに数名のリベリスタが重傷を負って公園から退いていた。どうにもこちらの旗色が悪いのだ。 (だから、エリ姉さんの傍から離れない様にするわ……心配だもの) 大切な人をすぐに庇いに入れるように、高度を落として地面すれすれのところを飛ぶ。 美伊奈の気持ちが伝わったか、「損耗が大きくなるようなら撤退です。無理せず戦います」、とエリエリ。 突然、西の空に歓声が響いた。 春の女神を倒したリベリスタたちの勝鬨は、エリエリたちがいるあたりまで届いて、池のほとりに立つ木の枝を揺らした。 よし、とエリエリが穴の開いた手を握りしめる。 「とにかく女神像を壊せばなんとかなるです!」 こちらも負けてはいられない。 「ゴー! リベリスタ! ゴー! 女神像をぱきんと割るのです!」 びっ、とエリエリは人差し指を女神へ突きつけた。 それを見たルーは、女神を守る狂信者たちの壁へ弾丸のごとく突っ込んで行った。身を守ることなどこれっぽっちも考えず、ただひたすら拳を振るい、アイスクローで敵を斯き切っていく。 たちまちのうちに狂信者たちの壁が崩れ、リベリスタたちの前に女神への道が開けた。 「ルー、アタマワルイ。 ダカラ、テキ、タオスダケ、カンガエル!」 気迫に満ちたルーの戦いは、当然のように敵の注意を引いた。遠くからスターサジタリたちに狙い打たれ、全身に穴が穿たれた。赤い血の筋がルーの透き通るように白い肌を穢していく。 「ガ……ゥ……?」 不思議と痛みは感じなかった。ただ、信じられないと、目を見開いて手についた血を見つめ―― ルーは頭から倒れた。 プロアデプトの動きに気づいた美伊奈は、翼を激しく動かして風の渦を作った。渦を飛ばして、恐るべき獣を仕留めんと伸ばされた気糸を断ち切る。 エリエリは危険と判断して、その場での回復をあきらめた。美伊奈とともにルーの体をずるずる引きずって安全な場所まで下がった。 (めんどくさいのは嫌やけど、そうも言ってられへんよね) 麻奈は冬の女神の顔を下から睨みつけながら、脳細胞をフル稼働させた。 公園の中央では兄ちゃんが、巨大なアザーバイドと奉仕者を相手に戦っている。ここで自分と一緒に姉ちゃんも妹たちが頑張っている。だから自分だけがサボるわけにはいかないのだ。 気合を入れてペリーシュ・ナイトの弱りどころを探る。が、これがなかなか……。相手も、はいそうですか、とあっさり弱みを晒してはくれない。 元が強かったものを世界最高峰の魔道士が改造しただけのことあって、弱点らしい弱点はないように思われた。 「ま、ちょいとがんばろか」 為せば成る。成さねばならぬ何事も――と思ったかは分からないが、麻奈は更に集中して女神を調査した。 探る視線が気になったか、女神ケイモーンは麻奈へ向けて巨大な鎌を振り下ろした。 「まいの目の前で好き勝手はさせませんよ!」 超直観を生かして敵の出方を量っていた妹は、鎌の振り下しと同時に麻奈の前へ進み出た。ヴェールを翻して波打たせた布で刃を受けると、見事な体裁きで横へ流す。とたん、ずん、と地面が揺れた。ワンテンポ遅れて大地に亀裂が走る。 (……今のまいに力はありません。けれど、こうして盾になるくらいは出来るのです) 姉たちに褒められ、えっへん、と腰に拳をあてて胸を反らす。 闘気を練り上げてチェーンソーへ流すと、妹は『盾』から『剣』に変じてマグメイガスに切りかかった。高速回転する刃がうなりを上げる。 「ねー達が全力で頑張るように、まいも負けずに頑張ります。負けていい相手じゃないのですから!」 倒れるマグメイガスの後ろから魔矢が飛んできた。妹は避けようとしたが遅かった。肩に一矢受けてうずくまる。 妹のピンチに忌避は箒を振るって歌い始めた。そこへ幸蓮が歌声を重ねて合唱する。ふたりの優しくも温かい歌声は『癒し』という言葉そのままに、傷を受けたすべてのリベリスタたちに再び立ち上がる力と勇気をもたらした。 「ここはきぃたち御厨に任せてよ! 大丈夫、生半可なきもちでここに立っているわけじゃあないんだから!」 みんなの事はきぃたちがしっかり守る。誰一人として死なせはしない。 ああ、そうだとも。 幸蓮は高く腕を突きあげた。 「この街を、家族を、失わせたくない。そうだろう、皆?」 さあ、立ち上がれ。リベリスタの意地を見せつけろ。私たちもまた死力を尽くす! 「世界最高峰の魔術師だろうがその奉仕者だろうがしらないケド!! 正義は必ず勝つんだからねっ!」 忌避と幸蓮のエールを受けて、仲間たちが武器を手に次々と冬の女神打倒へ向かっていく。 妹も立ち上がった。肩に受けた傷は姉たちの歌できれいに直っている。チェーンソーを敵の体から引き抜いて刃を回転させると、しっかり両手で構えて走り出した。 分析を終えた麻奈が、妹に女神の弱点を叫んで伝える。ガンバレ、妹! 「……と、ヤードは狂信者の対応をお願いするで! 回復役の庇いも忘れんと、お願いやで」 しっかり友軍への指示も忘れない。 忌避は麻奈に背後から近づこうとした狂信者へホリメキックを見舞った。EPをたんと吸い上げてお肌つやつや、「ホリメだと思ってなめないでよねっ!!」と倒れた相手に啖呵を切る。 怒りに顔を歪ませてたちあがった狂信者に、今度は幸蓮が指先を向けた。狂信者は残りわずかだった精神力を根こそぎ掠めとられて敵意を失った。 「何としても此処を守り抜いてやるぜ!」 天空城に向かったやつらは必ずペリーシュを倒して戻ってくる。確信して、修二は双子の兄弟へ視線を送った。 修一もまたアークの勝利を確信していた。うん、と修二へ頷き返す。 「天空城に向かった仲間達が帰ってくる場所である本部を落とさせはしません。必ずここで止めてみせますよ!」 いつもそばに自分と瓜二つの存在がいた。覚醒後もともに種族はメタルフレーム 、ジョブはプロアデプト。リベリスタとして初めて勝利をつかんだ瞬間も2人一緒に喜んだ。 二卵性双生児。修一と修二のような兄弟は、めったにいるものではない。 仲間たちから突出しないよう注意して動きながら、混乱する戦場で、二人は息のあった攻撃を見せていた。 修一が行く手に立ちはだかる狂信者を左手から気糸を飛ばして絡めてとめれば、修二がそのうしろから右手を振るいハイパーピンポイントで仕留める。 くるりと立場を入れ替えて、修二がトラップネストを発動させ修一の気糸が弓を引くスターサジタリの眉間を貫く。 次々と襲い来る狂信者たち退けて、双子はともに女神の前へ躍り出た。 「俺たちの街で好き勝手やってくれやがって」 「これ以上の狼藉は許しません」 同じようで異なるふたり。が、違いと親近感は共存できる。幾多の戦いのなかで自分らしさを模索しながらも、ともに同じ考え方へたどり着いたふたりはやはり似たもの同士だった。 ふっ、と笑みを浮かべると、ふたり同時に鎌を手にしたペリーシュ・ナイトへ、鋼の意思を練り込んだ気糸を飛ばした。 紗夜は横へ薙ぎ払われた巨大な鎌を、ぎりぎりのところでしゃがんでかわした。 (全く、どうしたものだろうね) ネトゲに明け暮れながら引き篭もっている間に、またも三高平が狙われていた。 今度の敵はバロックナイツ第一位。差し向かうはその第一位の下僕、ペリーシュ・ナイト。リアルもなかなか……まるでゲームみたいじゃないか、と仮面の下で目を輝かせる。 「……まぁ、とりあえず、そこに見えるアレだね。叩いて砕いて切り刻みつつ考えるとしようじゃないか」 実戦は久しぶりだが問題はない。戦闘の感が鈍らないよう、日々の鍛錬している……電脳世界で。 笑顔になると紗夜はリミッターを解除した。 たんと踏み込んで大地にウサギの印を残す。黒き大鎌を振り上げて頭の上で回した。ウサギ帽子の長い耳を揺らして踊れば、たちまちのうちに血の花が咲き乱れる。止まることなく女神に接近すると、雪崩るように電子が増大、紫電を纏う刃で女神のキトンを切り裂いた。 陽子は緋の結晶羽を震わせると、ふぅと息を吹き出した。 「さーて、今日はドンだけ回るかね」 仲間の奮戦を目の前で見せつけられては、のんびり構えちゃいられない。 「女神様相手に運試しってのも悪かねー!!」 人が最も怖れるもの。それは死。 たとえ覚醒して神秘の力を受けていたとしても、生まれたからには人は常に死に向かって行進を続けている。遅かれ早かれ、誰の元にも平等主義者である死はやって来るのだ。 最前線で常に真紅の鎌を振るう陽子は、理屈ではなく肌でそのことを理解していた。 究極の運だめしに挑む陽子の腹を複数の凶弾が貫き、肉を吹き飛ばして内臓をえぐる。 「は、ここで倒れるようならそれまで……さ」 にぃ、と不敵に真っ赤なルージュをひいた唇を歪ませるも足が止まった。御厨姉妹の歌声が聞こえていたが、傷が癒えるよりも先に意識を失った。 ――どうせ踊るなら美人の女神のほうがいいな。 男はおよびじゃねぇよ、とジルベルトは金属化した舌をぺろりと出した。右手には弾丸を発射したばかりのリボルバー拳銃が握られている。 銃口を上に向けて、薄く立ち昇る硝煙を楽しむ伊達男は、真っ白な絹のマフラーを今日も決めていた。血で汚れるなど、これっぽっちも思っていない。足で狂信者の死体を転がすと、くるりと銃を回して空を見上げる。 「冬の女神サァン、なんて素敵なんだろォなァ」 機械人形にしては、破れたキトンの間に見え隠れする脚や胸がやたら艶めかしいじゃねえか。『黒い太陽』もいい仕事するねぇ。 ジルベルトが色目を向けた相手はペリーシュ・ナイト、冬の女神ケイモーンだ。戦闘開始からすでにかなりの時間がたっており、リベリスタたちの猛攻をその身に受け続けた女神は崩壊寸前、ボロボロだった。 「最後に笑ってくんねェかな、俺様に。女神らしく、勝者を祝福して」 右と左にそれぞれリボルバーを構えると、鎌を振り下ろした女神の腕を撃ちぬいた。 武器を失った女神へ、四方からリベリスタの光矢が、魔弾が、斬撃が撃ち込まれる。 「Addio!」 ジルベルトは冬の女神に永遠の別れを告げた。 ● レイチェルは己の分身たる漆黒のスローイングダガーを構えた。 剣を失って後退したソードミラージュとその後ろにいたホーリーメイガスに、神秘の制圧爆弾を投擲して怯ませる。のみならず、冷気を発するナイフはつけた傷を凍りつかせ、狂信者たちに更なるダメージをあたえた。 的確に当てる腕さえあれば、スローイングダガーは圧倒的な威力を発揮する。使い手はアークトップクラスの命中率を誇るレイチェルである。しなやかなる黒猫の爪から逃れられる者などいない。 敵の弾幕が飛んでこないか、安全を確保した上でレイチェルは戦いの場を変えた。 「全ての敵を捕らえ、動けぬように」 真に倒すべきは恐るべきアザーバイド、ヒュドラであれば、その周りをうろつく狂信者どもはただただ邪魔な存在でしかない。ならば出来うる限り多くを巻き込んで、動きを封じたい。思う存分、真咲がスキュラを振るえるように。 ヒュドラの首の一つが黒炎をまき散らせた。さらにヒュドラは両翼を振って黒風を起こし、前方にいたレイチェルたちを吹き飛ばした。 「俺の目の前で、死なせてたまるかよ!」 エルヴィンは、その身に浮かび上がった聖痕を白く輝かせた。高い魔力を持って別次元にいる高位存在の御業を体現する。天に顕著したのは七色に揺らめく癒しのオーロラ。 最後に穴から出てきた両端の首が、同時にかっと目を剥くなり吼えた。大地を震わせた轟は、多くのリベリスタたちの脚をすくませた。 「まだまだぁ!」 エルヴィンは雄々しく叫ぶと、再びリベリスタたちに加護を与え、傷を癒し、活力を与えた。 幼い真咲とレイチェルの前に立ち、この絶望的な危機を乗り越えることができるか否かは、己の頑張りひとつにかかっていると気を吐く。 そんなエルヴィンの背中をみて、真咲は奮えた。なにより目の前で、恐竜よりも遥かに手ごわい相手が穴の上に巨大な上半身を晒している。 「ここで燃えなきゃオトコノコじゃないよね! イタダキマス!」 真咲は巨大な三日月斧を振り上げて、ヒュドラへ突撃した。後からエルヴィンがレイチェルを連れて追いかける。 「ったく、あの楽しそうな眼。止めても無駄なら護るしかねぇだろうが」 真咲は力いっぱいスキュラを振り下ろした。喉から腹を狙った攻撃は功を奏さず、鱗にお終われていない内側の柔らかい皮膚を薄く切り裂かれていきり立ったヒュドラはまたも咆哮し、前脚の巨大な爪を真咲の上に高くかかげた。 直撃を受ければかなりのダメージ―― 「子供が生き急いでんじゃねぇっつーの!」 エルヴィンは真咲にタックルした。小さな体を腕の中に抱きかかえて、ヒュドラの前足から逃れる。 ヒュドラの邪悪な光を灯す赤い目に、レイチェルのスローイングダガーが突き刺さった。 「邪魔だよ、さっさとバラバラになっちゃえ」 真咲が、全身全霊、すべての力をスキュラに込めて振るう。巻き込める範囲にあるすべての首と狂信者、魔方陣を切り刻んだ。 ヒュドラの首がすべて切り落とされて、ディディエは舌を強く打った。マスクをかなぐり捨てる。 首がなくなったからと言ってヒュドラが死んだわけではない。このアザーバイドは恐ろしいほどの再生能力を秘めている。だが―― 「いまいましいチビめ。わたしの邪魔をするな!」 主ウィルモフ・ペリーシュの心境を慮り、一刻も早く地上を制して天空城へ戻りたいと願うディディエは、告死の翼を顕著させて破滅の波動を放った。 戦場全体を見渡せる位置に陣取って後方より戦闘の指揮を執っていた辜月は、黒死の波動を受けてすぐ、天使の歌を歌った。 怪我が少なく、無茶しないでも良いように、といつでもすぐに回復スキルを発動できるよう身構えていたのだ。 「無茶はしないでくださいね?」 周りにいた仲間たちに弱々しく微笑むと、ヴァチカンのホーリーメイガスたちと声を合わせて癒しの歌声を響かせた。 完全ではないにせよ、リベリスタたちの傷がいえたことを確認して、辜月は千里眼を使った。 ガーネット兄妹と真咲の活躍により、ヒュドラの首はすべて切り落とされていた。が、依然としてヒュドラはボトムに這い出てこようとしている。 魔法陣の周りにはまだ12名の狂信者が残っており、ブレイクポイントを死守していた。 辜月はマスターテレパスでリベリスタたちに得た情報を伝えた。少しでも戦いやすいように……。 「全力で叩き潰してやるから覚悟しなさい」 フランシスカは低空飛行してヒュドラの腹の下へ潜り込むと、竜の巨体と背の上のディディエを暗黒の瘴気で包み込んだ。 (こいつは穴から出させない。完全に出てくる前に吹っ飛ばして片付けてやるわよ) 魔法陣の縁にかかったヒュドラの左足を、バイデン『アヴァラ』より受け継いだ黒き剣で薙ぐ。 とたん、ぐん、と巨体が沈み込んできた。 あわててヒュドラの下から飛び出たフランシスカに、狂信者の血で作られた黒鎖が襲い掛かる。 六枚の羽を広げて空気を叩き、空中で静止すると、フランシスカは体を素早く回転させた。さながら黒き風車のごとく。アヴァラブレイカーで穢れた鎖を叩き伏せた。 凶暴な光でその紫の瞳を輝かせる。 「……鬱陶しいやつら、さっさと去ね」、いうなりマグメイガス目がけて突進した。 「こんなものを呼び出すなんて、一体どういうセンスなんだい?」 ああ、嫌だいやだ。黙示録をやろうというのか。世界が丸ごと滅びてしまえば、支配者となったところでなんの意味もないだろうに。 ターシャはフランシスカがヒュドラの腹の下から抜けたのを確認して、ヒュドラの翼へ凍りつく魔眼を向けた。 深化は間に合わなかったが、ターシャはかわりとクイーンズプロモーションで蛇の女王、メデューサの幻想を纏っていた。 イメージは強力で、ヒュドラは翼を女王の前にだらりと垂れさがらせた。 「まったく、こんなデカブツ置いてくれて、景観台無しじゃあないか」 空にいるディディエへ苛立ちをぶつけると、今度は生じさせた真空刃でヒュドラの前足を狙った。痛みにアザーバイドの巨体がぶるりと震える。 「まあ、目には目をとも言うし……蛇には蛇だ。行くぞ怪物、同族喰いだ」 身の周りに複数の真空刃を作り上げると、ターシャはヒュドラを穴の下へ押し返すべく駆けだした。 「身勝手な天才は、いつの世も困りものですね」 それが努力を惜しまない天才であれば、なおの事、とロマネはため息をつく。 戦いの合間、ロマネはほんの少しだけ後ろを振り返ることを己に許した。薄い空の下に白く輝く三高平センタービルが見えている。そのさらにむこう、巨大な浮島がはっきりと輪郭を際立たせて浮かんでいた。 「さて……何処まで足掻けるものでしょう」 ロマネはヴァチカンのクロスイージスに守られながら前進を開始した。ブレイクポイントを守る残りの狂信者たちをすべて狩り、魔法陣を破壊するためだ。魔法陣の破壊は同時に体半分をあちらの世界に残すヒュドラを討つことにもなる。 集中を重ねて冴えわたったロマネの頭脳は、勝利のプランを弾きだしていた。 ピンポイント・スペシャリティで狂信者たちを魔法陣ごと攻撃する。 「そこ、どいてくださいね。邪魔です」 最後まで敵の手にあったブレイクポイントを奪ったロマネは、幻想纏いを起動させると広くリベリスタたちへ呼びかけた。 「ブレイクゲート用意、配置につけ!」 木蓮は前衛でライフルを乱射しながら魔法陣の縁へと足をすすませた。 この日何度か目のフォーム・アルテミス。昇り始めた月から強力な加護を得て、晩秋の色を感じさせる深い焦げ茶の半自動小銃が、そのベルベットのような鞘を払って白く光り輝いていた。まるで角のよう、と木蓮は微笑んだ。 風雲雷雨、天候をあやつる龍の頭には鹿の角があるといわれている。これはわたしの角であり、婚約者の角でもあるのだ。 ハニーコムガトリングで狂信者たちを撃ち払うと、木蓮は魔方陣を構成する星の頂点の一つに立った。 「……ディディエも、形は違うとはいえ大切な者のために戦っているのか」 声に切ない響きをにじませて、睡蓮は木蓮の横に立った。 切れ長の目の先にいるのは『黒い太陽』の奉仕者、ディディエだ。睡蓮は読んだ報告書の中でしかディディエを知らないが、どの報告書からも彼の『黒い太陽』に寄せる思いが強く感じられた。 「ああ、きっと命を賭す事も厭わないんだろうな……」 睡蓮に答えて木蓮は目を伏せた。 何かを、誰かを大切にする気持ち、俺様も嫌いじゃない。敵じゃなかったらよかったのにな、とさえ思う。 木蓮は首を振った。 「俺様達も奴も互いに守りたいものがある。奴の大切なものは俺様達が壊した……」 そして奴はいま、俺様の大事な街と人々を壊そうとしている。もう、戻れない。互いに手と手を取りあうことはないのだ。 睡連の手がそっと肩に置かれた。そのしぐさにはっとして、木蓮は顔をあげた。 「何だろうな。その仕草や……ほかのちょっとした仕草を見る度に、兄貴を思い出す」 お前は、俺様の兄貴なのか? 無言の問いかけに睡連は顎を引いた。 「自分の過去の記憶には自信がないが、最近よく知らない風景を夢に見る。そこにいるのは――」 ヒュドラが巨大な前脚を振った。 睡連は咄嗟に木蓮を庇う。爪で胸をえぐられて、そのまま横へ倒された。巨大な前脚に体重を乗せ、睡連を押しつぶしにかかる。 木蓮は己の油断に舌打ちしながら魔弾をリロードし、ヒュドラの前足を吹き飛ばした。 「任せろ、睡連は死なせない」 俊介は神聖なる存在を降ろした。まばゆいばかりの光を受けて、潰れかけていた睡連の胸が、たちまち膨らむ。ぐったりとした睡連の肩を担ぐと、俊介は声の限りに叫んだ。 「ブレイクゲート!! 魔法陣を壊せ」 封印の光が六芒星を描くように走る。六芒星は熱を放ちながら輝いて、ヒュドラの体を断ち切るようにすぼまった。 巨体が地を這うようにしてうねる。だが、この一発でヒュドラは悶絶しなかった。ゲートもまだ壊れていない。 「ええい! 小賢しいリベリスタたちよ。まとめて屠ってやる。黒い太陽の前にひれ伏すがいい!」 ディディエは運命を燃やして黒い片翼を広げた。致死の黒い波動が炸裂する。 だが、ディディエは運命を燃やし尽くしてノーフェイスになるわけにはいかなかった。 あと二、三回が限界と思えば、したから聞こえてくる天使の歌の合唱に強い憎悪を感じる。 人類最強の一角を占める立場にありながら、天才ゆえの孤独をかみしめている主を思えば、ここで勝手に死ぬわけにはいかないのだ。 だから死ね。ああ、あくまで『黒い太陽』にはむかうというのなら、大人しくこのまま死んで消え失せろ。 「なぁ、ディディエ。お前等、あのカリスマ大魔術師に惚れ惚れって感じ?」 悪名高けれど実力は本物。W.Pに心酔するのは分かる。かくいう俊介もまた『黒い太陽』のリスペクトが入っていた。俊介の二つ名、『真夜中の太陽』は大魔道士たるペリーシュのそれに影響を受けたものだ。 「俺はあんたらを否定せんよ。でもあんたらの道は死ぬより険しいかもなぁ」 俊介は奇跡を願って神の御手を世界に呼び出した。皮肉にもディディエの真上から癒しの光が降り注ぐ。 ――俺はどこまでも甘いから。俺は、こいつを殺せない。 「なあ、ディディエ。お前はお前の為に生きてもいいんだぜ?」 それは『憐れみ』ではなかった。破滅の道を歩む男へ寄せた、奇蹟のような『同情』。 「生きているとも! 誰に強要されたわけではない。わたしはわたしの意思でこの命をウィルモフ・ペリーシュに捧げている!」 あの方を唯一無二の存在と思えばこそ、進んで悪に身を落とした。否、善悪で『黒い太陽』を判ずるなど愚かなことだ。あの方はただ、一つの生き方を貫いているだけのことなのだから。 「残念ながら黒い太陽はここで終わりだ、ケリつけっぞ! ディディエ!」 夏栖斗は魔法陣の破壊を仲間に託すと、みなの祈りと希望を純白の翼に変えて背負い、空へ駆け上がった。 こんどこそ、ディディエとケリをつける。 そしてすべてが終わったら、ヴィエラちゃんとデートするんだ。 巨大なヒュドラの体が行く手を阻むが夏栖斗は一歩も引かず、巧みに翼を操って前足と翼の攻撃をかわした。 ディディエは鱗を通じてヒュドラを操り、夏栖斗を撃ち落そうとしたが、巨大な爪と翼は何度も空を切る。 魔法陣の周囲のヒュドラの脚や半端にでかかった尾の先で強く打たれ、深い穴がいくつもできていた。 マグマのような血を流す肩の上で、ヒュドラの首が再生しかかっているのを見たリベリスタたちは厭もなく魔法陣の縁から撤退した。 夏栖斗はスピードを増して垂直に飛躍すると、ディディエに肉薄し、その体を捕えた。 これまでの経験から得たすべてを殺ぎこんでディディエをヒュドラの背に叩きつけるように投げ落とす。 アザーバイドといえど、血の通った熱い生き物である。投げ落とされたディディエに背骨を砕かれて瀕死を負ったヒュドラは、体から生きているときの温かさとは桁違いの『熱さ』を放出した。 骨が突き出た背から吹き出した血液は熱く煮えたぎり、夏栖斗の体を焼いた。 夏栖斗と入れ替わるようにして、ディディエが再び空の高みにあがる。 ディディエが黒き告死の翼を広げた。暗黒のオーラが空を覆い、リベリスタたちの頭上に暗い影を落とす。 「これで終わりだ!」 ――その時! 白く光り輝く太陽が天に現れ、闇を一掃した。 「D、ディディエ!!」 白い太陽が光を引きながらディディエ目がけて落ちてきた。 奥州 一悟。 大切な人たちを、生まれ育ったこの世界を、守り切れるならばこの命も運命も、すべてお前にくれてやろう。 惜しくない。オレもまた、そう想うほどまでにお前に惚れこんだのだから。 「オレは嫉妬深いんでな。おめーを『黒い太陽』と取りあうなんてまっぴらごめん! あっちで仲良く殴りあおうぜ!」 「誰が、き、貴様などと!!」 一悟は燃える火の玉となって、ディディエにぶつかった。勢い殺さず、それどころかますます力を増して、下にしたヒュドラごと異界の穴へ突っ込んで行く。 気の遠くなるほど長い月日をかけて拳を交えれば、いずれは気心知れて、良き友となれるだろう。 ボトムを離れた瞬間。 一悟は、遠ざかる空に主――愛しいウィルモフへ救いを求めて腕を伸ばすディディエに微笑みかけた。 「そんな悲しい顔すんなよ。一緒に原始時代の肉食系女子をナンパして歩こうぜ!」 ● 全員でブレイクゲートを放ち、魔法陣を閉じてから程なくして、大粒の雪がはらはら舞い始めた。 開けた穴から、どさくさにまぎれて三体の恐竜型アザーバイドが飛び出していたが、すべて討ち取っていた。 「一悟のバカ野郎」 がつがつ、と皮膚が裂けて血が流れ出しても、夏栖斗は拳を地に打ち続けた。振り上げた腕を俊介が掴んで止める。 きょう一日を三高平公園で戦ったすべてのリベリスタたちが集まっていた。総勢六十六名。 終わってみれば戦死者わずか一名。重傷者を多数だしたものの、アークは地上を守り切った。 「……生きているよ。あっちでふたり仲良くやっていくさ。だからもう泣くな」 たぶん、きっと―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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