● たった一人。 私こそがアタランテ。 おまえでもいいわ。いらっしゃい。 ● ゴスロリ服に、超ハイヒール。パラソルがトレードマークだった。 足の早い若い男が大好き。 全力疾走で走る男を歩いて追いかけ、死ぬ寸前まで走らせて、最後には傘に仕込んだレイピアで突き刺して殺してしまう。 りんごを渡すと、ちょっとだけ待ってくれる。 生ける都市伝説。 「人混みアタランテ」というフィクサードが、三年前の夏に倒された。 そして、秋になった頃。 死んだ「人混みアタランテ」は皮一枚残して屍解仙という名のE・フォースとなり、現世に戻ってきた。 リベリスタ達は、それを十数キロの逃避行の末、倒した。 そして、冬。 空席になった神速の具現、最も早い女の称号「アタランテ」を賭けて、啓示や薫陶を受けた女フィクサード達が密かに動き始めていた。 「人混みアタランテ」の真似をして、若い男達を密かに殺し始めていたのだ。 その行為を、あるものは速度を鍛えるために鍛錬と言い、あるものは、都市伝説となるための儀式と言った。 アークによって、ジョガー、トリオ、ジュリエッタ、泣きべそ、清姫が討伐された。 それは氷山の一角。 少しずつ力をつけた彼女たちが、『万華鏡』に映し出され始めていた。 そして、新たな噂。 未熟なアタランテを駆り立て、狩りたてる者たちがいた。 「アタランテ狩り」 都市伝説は、拡大した。 あなたが若い男性なら。 どんなに急いでいても、人混みを早足で通り抜けてはいけない。 アタランテ達に愛されるから。 そして、お前がアタランテなら。 どんなに恐ろしくても、後ろを振り返ってはいけない。 アタランテ狩りと目が合うから。 ● 「久しぶりだね」 「そろそろ、走るにはいい日だ!」 「完璧なアタランテには、完璧な縦ロールが必要なんだよ」 「そもそも、アタランテの出現頻度は非常に低い。一年くらいどってことない」 「リハビリ、大事」 「足首ぷらぷらになってたっていうじゃないか」 「にも拘らず、ノーダウン」 「ノースリップ。すばらしい」 ● 「歩行者天国にいる」 「足が速い若い男が大好きだって」 「10人追い越すと目をつけられる」 「後ろからずっとついて来る」 「脇目も振らずに追いかけてくる……ここまで、常識」 「某駅伝選手逃げ切った。ただし、燃え尽きた。あははうふふになった」 「カウンセリングがんばれ」 「靴セーフイベントあるよー」 「常時ピンヒールを持ち歩く変態と言う名の紳士になるしかない」 「新品だから、変態じゃないもん」 「フラットアタランテ」 「見た目予想より声が半音低いから、フラット」 「走っても振り切れない」 「胸まったいらだから、フラットって聞いた」 「察してやれよ」 「そんでも、電車より速い」 「バスとかタクシーとかに乗っても歩道をずっとついて来る」 「降りたとたんにやられる。電車に乗ってもホームに先回りして待ってる」 「立ち止まっちゃいけない」 「振り返ってもいけない」 「うちまで自分の足で帰らなきゃいけない。どんなに遠くても」 「うちに帰るまでに追いつかれちゃいけない……ここまで基本」 「そうでないと、突かれて殺される」 「うちまで逃げ切ると、電話が来る。『ゆるしてあげる』って言われたら、セーフが基本」 「フラットアタランテは、りんご受け取るんだって!」 「21世紀のアタランテ」 ● 「『アタランテ』の噂がまた立ってる。それを排除するのがアーク」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、『アタランテ』 と、言い切った。 「フィクサード、識別名『フラットアタランテ』 一度、煮え湯を飲まされてるね」 モニターに映し出される少女。取り澄ました顔をしている。 アタランテ候補生たちがひっそりとレースを始めてから二年半以上。 「靴プレゼントエンドがあってよかった」 『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)と『雷帝』アッシュ・ザ・ライトニン(BNE001789)がネットに介入した結果、アタランテから逃げる方法が一つ増えた。非常に微々たる可能性ではあったが、それがチームの命を繋いだ。 私の足に似合う靴を頂戴。 アタランテは、そう犠牲者にささやく。 もちろん、きりきりに細いピンヒール。 セラフィーナは、事前にフラットアタランテの足をコンピューター解析して、完璧な靴を用意していた。 「アタランテの出現場所は、ここ。三高平市にやってくる」 イヴは、無表情だ。 「なんで」 「繁華街を非常に急いでるけど、走るに走れないまま、十人追い抜いちゃう男が現れるような気がするから」 その特殊な状況をかぎつけるのが、アタランテだ。 「そんなことしたら、アタランテが来ちゃうことくらい日本の常識だろ?」 夜に爪を切ったり、口笛を吹いてはいけないレベル。 「世の中には、そういうのをスルーしてたり、外国人だったり、そもそもそう言う話自体を聞いたことない辺境出身だったり、情報がひん曲がって伝来しちゃった僻地出身だったりする人たちがいる」 自分達の常識がグローバル・スタンダードとは限らない。そんな人種と文化の坩堝。 とにかく、アタランテに目をつけられたら、待っているのは死あるのみ。 「ソードミラージュ。力も強いし耐久力もある。強敵。更に再生能力も確認されている。もちろん、逃げ足も速い」 イヴは無表情だ。 「そして、このアタランテは走らない」 「そもそも、アタランテの活動周期はきわめて長い。前の『人混み』も出現回数は百年で20回に満たない。アタランテ・レースが終わった今、この出現を取り逃がすと、かなり長い期間潜伏される可能性が高い」 イヴは無表情だ。 「シミュレーションの結果は、最短で半年。最長で十年を越える。対アタランテ戦での経験を積んだメンバーで事に当たるには、おそらくこれが最後のチャンス」 それが、イヴの誇張ではないことは、ほかならぬリベリスタが一番よくわかっていた。 『人混み』 戦に参加したチームの半数は第一線を退き、鬼籍に入っている者もある。 革醒者が最前線で踊れる期間は、短い。 「数チーム用意する。囮には癒し手に張り付いてもらってたっぷりと逃げ回ってもらい、その間、複数の超遠方から狙撃してもらう。アタランテをぼろぼろにして、一歩も歩けないようにしてから、封じ込めて息の根を止める――必要とあらば、どんどん追加していく」 イヴは無表情だ。 とてつもなく強い言葉を紡ぐフォーチュナは、『この次』 はない。と言っている。 「このアタランテを倒した後、再びレースが起こるのか、それとも空位が続くのか。不確定要素が多すぎて、万華鏡にはうつらないけれど――」 アークがアークである限り、変わらない一点。 「私達は、崩界の徒を赦さない」 ● 「アタランテは浮気はしない。囮が生きている限り、あなたたちはアタランテに危害を加えられることはない――おとりと同じ間合いに入らない限りは。そして、おとりを生かすのは他のチームの役目」 そこは考慮しなくていい。と、イヴは言う。 「だから、一撃必中の致命弾を」 イヴは無表情で、クーデグラを要求する。 「だって、きっと、アタランテはあなたの間合いに一瞬しかいない」 その瞬間に何度引き金を引けるか。 アタランテを追って走ることが出来ない以上、チャンスはおそらく一回と考えていいだろう。 「サドンデスを」 このフォーチュナは、ときとして無茶なことを要求する。 「今、リベリスタの損耗は出来るだけ下げたい。だから、みんなが倒してくれるに越したことはない」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 4人 |
■シナリオ終了日時 2014年12月10日(水)22:13 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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■サポート参加者 4人■ | |||||
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● 黄昏時。 細い肢体を過剰に飾り、パラソルを手にした都市伝説が現れる。 「そうだね。今夜は君がいいかな」 獲物を認めれば、一心不乱。 決して走らない、最速の優雅。 『フラット・アタランテ』 彼女の足には、いつぞやリベリスタの命と引き換えに差し出された麗しのピンヒール。 「さあ、十数えるよ」 カウントダウン。 アタランテが一歩踏み出す前の一戦等時間単位。 まだ、アタランテはその刹那に戦闘を『開始』したリベリスタが16人いることを知らない。 ● 「都市伝説に根ざすものが、人から人に移る過程で変質する、っていうのは実体験だけど――」 『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)の考察。 「じゃあ、何をもってアタランテとするのか、って難しい話よね」 「あれですね」 ビルの屋上から仮初の翼で飛び上がった『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)は、パラソルを持ったゴスロリピンヒール――フラット・アタランテを発見した。 感情に波はない。まさしくフラット。表情も穏やかだ。 とても屍の山の上に立つフィクサードには思えない。 あれは、噂に淘汰され、針の山を歩ききった到達者。 「結局、他者からの承認を必要とするのよね」 然り。 犠牲者を屠ってこそのアタランテである。 ● フォーチュナの想定では、屋上からのアウトレンジ攻撃。 おとりを追っている間のアタランテは、おとりとともに攻撃できる障害のみを攻撃対象とする。 それを見越した、リベリスタの損耗を徹底的に忌避した作戦立案なのだが。 『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)のアプローチは少し違っていた。 「――レイチェルさんは――走るの? 大通りから?」 AFの向こうから、驚愕の声が聞こえてくる。 援護班との打ち合わせは重要だ。 彼らの行動を邪魔することがあってはならない。 「走りながらの狙撃に挑戦させていただきましょう」 穏やかな口調と会い待った自身にあふれた言葉の強さ。 (最初はただの足の速いだけのフィクサード集団だと思っていたのですが。噂が噂を呼んで、嘘と真実が混ざり合って、勝手に膨れ上がっていった) そんな存在に興味がわいた。 「なるべく長めの直線がある場所に。それに、他の狙撃者の位置を把握し、そちらの邪魔にならないよう注意しなくてはならないんですけど、お勧め地点はありますか?」 少し待つよう、通信が入る。 (足の速さだけなら、私より上はいくらでもいる。ですが、走りの上手さなら、結構自信があるんですよ) ほんの少しの足運びの違いが、勝利の女神を振り向かせる。 「お待たせ。ポイント送ったよ!」 ● 『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)は、不明瞭な視界にため息をつくことになった。 (ファミリアは、無理か) 小鳥では、宵闇の中では視覚を保てない。 ねずみの視界は非常に狭く、高速で動いているアタランテに飛びつくでもしないことには、その姿を捉え続けることは難しい。 「そなたの弾頭は何者であれ逃しはしないだろう」 大時代な言い回し。 『無銘』熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)の慰めに、苦笑せざるを得ない。 「観測者間でAFで情報共有もしているしな。それに、夜にパラソル、目立つ服装と人離れした速さのピンヒール。見つけてくれと言っているようなものだな」 壁に垂直に立つ黒尽くめの男も十分目立つ。 ● 囮が援護班の説明を受けながらもスピードを上げていくのを確認する。 アタランテの速度が上がり切る前にしとめるのが最良だ。 暗闇を見通す目と、どこを見ればいいのかという観。 三高平市街という盤上を駆け巡る最強の駒として振る舞いを自らに命じ、レイチェルは走り出す。 かの一族の信念が、レイチェルの足をさらに加速させ、先頭空間としては驚異的な動きを見せる。 戦闘服に組み込まれたODSの後押し。 彼女が漆黒のスローイングダガーを構えたこの瞬間、そこは戦場だ。 囮と併走する市役所職員と目があったような気がした。 「九時方向。アブソリュートゼロ、来ます。属性・氷結。余波の寒気に注意して下さい。氷を肺に入れないように』 開放したままのAF回線から、援護班の通信が漏れ聞こえてくる。 (例えここで彼女を倒したとしても、『アタランテ』が死ぬことはないのでしょうね) 電子の海に育まれた革醒の種はどこかでまた芽生えるだろう。 「とりあえずは、今ここにいる貴女を狩らせていただくことにしましょう。」 「――怖いな」 漆黒の刃が、宵闇色のワンピースの袖を裂く。 傷口が白く結晶するが、アタランテの動きを止めるには至らない。 「うわあああああああっ!」 囮の悲鳴がこだまする。 肉体再生によって促された細胞の代謝促進。 陽炎を体から立ち上らせながら、アタランテの歩みは止まらない。 フラット・アタランテ。 声が見た目を裏切って低いから。 胸が性別を裏切って平坦だから。 致命傷を負わされても、ふらりとしながら、次の瞬間には、また高速で歩いている様。 レイチェルは、駆け抜けようとするその背中に追いすがる。 アタランテの前に躍り出る援護班。 アタランテのステップが刹那妨げられる。 更なるもう一撃。 利き腕の肩甲骨に刺さるダガー。 「……もう無理ですね。あとは、任せました」 遠のいていくピンヒールの音。 スクーターに飛び乗っていく援護班。 彼らの仕事はまだまだ続く。 『ポイント・セクシーリップ。第二狙撃隊、用意して下さい。目標到達までのカウントダウンを――』 ● スティーナ・レフトコスキ(BNE005039)は、慎重だ。 (集中攻撃には参加しない、かな。同じ場所を狙っての集中攻撃はツボにはまれば強いけど。撃つ直前に敵が予想外の行動をすると、全員まとめて外すリスクもあるから) 同一平面上からの攻撃から、三次元にアタランテの意識を拡散させるのがスティーナの役目だ。 知らせることでプレッシャーをかける。 (昔は1人で撃ってたけど、アークに来て、私なんかのために銃の開発してくれる仲間もできた) ラボの装備班のモットーは、オンリーワンだ。 (依頼の性質上、同じことして皆で失敗するリスクを避けたくて仲間とあまりコミュニケーションはとってないけど) それでも、やっぱり仲間は仲間だと思う。 同じ空気を吸うことはなくても。 繋がっていると思う。 「成功させたいのは私も同じだし、仲間を裏切りたくはない」 冬の空気に、言葉がキンと響いた。 (この一言に尽きる、かな) 「失敗する原因」の排除を徹底するべく、使い捨てカイロを冷えやすいところに入れる。 現代狙撃手の必携品だ。もちろん、低温火傷を負うようなことはない。 工事現場に偽装され、交通規制された道路上に車の姿はない。 永遠に続きそうな沈黙。 腹も背も動いていない。 呼吸を必要としない狙撃手が獲物を見つめている。 狙っているのは、アタランテの太ももの付け根の少し下。 たっぷりとギャザーとフリルで飾られたスカートが幾重にも重なり、その足自体は直接見えない。 アタランテの足は膝を曲げずにすいすいと進んでいく。 引き絞る引き金。 スカートに穴が開く。 足を伝い、足首にまで及ぶ鮮血。 それでもアタランテの歩みは止まらない。 「スティーナだ。太ももは狙いにくいな。頭をお勧めする」 ● できれば、『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)は、自宅のあるマンションから狙撃したかった。 (……あっ、駄目だ。ウチは人気が無さすぎる) 残念ながら、大通りに面した狙撃ルートからずれていた。 そんな訳で、外階段の踊り場だ。 表通りに面していない日陰なので、寒い。 (おー、こんな感じなのか。本当にミミズクになったみたいだ) スリットのようなビルの狭間。 おそらく撃てるのは、たった一本の矢だ。 (いつもの依頼の緊張感でも、イカタコの張り詰めた空気とも違う。すべては一瞬で一回で終わる。でも弓使いとして当てること以外気にしなくていいなんて楽しくてしょうがない。その刹那が待ち遠しくて仕方ないじゃないか) 知らず、口元に笑みが浮かぶ。 『第三ポイント、準備お願いします。アタランテ、負傷するも速度に変化なし。援護班に負傷者、回復確認』 希望通り三番手。 (おっ萩野君だ。そしてアタランテ。あの速度であの辺なら…そろそろかな) チラッと視線を落とすAFに、アタランテの画像データ。 (その徹底した拘りは評価できるけど今夜で終わりだ。しかし、本当に都市伝説だな。まあセシリーとそのうち戦うんだ。練習には丁度いい) アタランテが都市伝説なら、セシリーは神話だ。 (でもアタランテの掟やもっと時間が経ったらセシリーに届く気がしてくる。MGKの活動的にも三高平で勝手は許さない) 弦をひく。雷鳴のごとき弓鳴。 (お前が絶対の速さを求めているように、自分は絶対的な破壊力を目指している。取っておきの甲矢と乙矢を持って来たんだ覚悟しておけよ。この一矢は大魔王に届く一発だ、逃がしはしない) スリットを「荻野君」が通過する。 一撃で殺すためだけに作られた弓から放たれる雷矢。 (破魔矢よりも何よりも射るべきものを射抜くために 魔を以って魔を祓う) パラソルを持つ手。右の肩がはじけた。 地面に、粉砕された血肉が赤い池を作る。 深々と刺さった矢が来た方向――七海を正確にアタランテは見た。 そして、前を追う。矢を抜きもせず。 アタランテは浮気をしない。 ● (……龍治が居るのはあっちの方かな。離れていても同じ戦場、カッコ悪いところは見せられないぜ) ここなら撃てるし、下から絶対に気づかれることはない。 彼女のビジョンの囁くままに狭い空調の室外機の隙間に潜んだ『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)は、緩やかに視線をめぐらせる。 光を反射する銀髪は、上でまとめられ、暗色系のパーカーのフードの下に隠され、いつもは眼鏡の目許は暗視ゴーグルで覆われている。 「そこ、寒そうですね」 シェラザード・ミストール(BNE004427)も似たような格好だ。 この季節、室外機から出てくるのは冷風だ。 申し訳ないが、その影響を受けぬように離れたところに立つシェラザードは、全身を風にさらし、風向きや風速、気流も観測し、いったん整理してから木蓮のAFに情報を流し込む。 「草臥さん。対象が近づいてきます。角度修正、0.2度。予測速度より0.02%増しで移動中。参考にしてください」 「うん」 バイデンの来襲から姉妹を何度も救ったシェラザードの感覚から、木蓮は狙撃手の直感で絶好の瞬間を拾い上げる。 「ふともも――じゃないなら、その下かな」 膝か、足首。 「俺様の銃は記憶を撃ち砕く名前を持っているけれど、記憶があるのは頭だけとは限らない」 木蓮だって、引き金の感触を指が覚えている。 (アタランテの記憶はその両足に宿っている、そんな気がするんだ) 「だから撃ち抜かせてもらうぜ。お前の記憶、そして命を!」 歩けないアタランテは、死ななくてはならない。 そう言って自死したアタランテの存在を木蓮が知っていたかはわからないが。 銃弾が、アタランテのくるぶしに当たり、血花を咲かせる。 黒のストッキングが爆ぜ、生々しいまでの白と赤が街灯に浮かび上がった。 それでも、アタランテの歩みは止まらない。 ● 「理想的という事はそれだけ無駄が削ぎ落とされているという事よ」 綺沙羅の逐次報告を流れるように処理しながら、彩歌は自らの脳に更なる覚醒を促していた。 オルガノンのMode-Sniperをアクティブに。情報が精査されアタランテの進路が予測される。 撃つのは、大腿動脈を貫くライン一発だけだ。 「都市伝説が相手だと気休めだけどね」 アタランテのワンピースには、スティーナがあけてくれた穴が開いている。 不可視の糸を手繰る彩歌には十分な「隙間」だ。 「一瞬の交錯というのもロマンチックね。向こうは目もくれないみたいだけど」 放たれた糸は、幾重のスカートの小さな穴を縫うように、走る血管を貫いて、向こう側に抜ける。 とうとうと噴出す血潮の勢いは増す。 アタランテの通った跡に、血の川ができていた。 ● 「結構撃たれてるのに、しつこいね」 「ええ。とてもしぶといんです」 『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)は暗視と千里眼を駆使して、スタート時からずっとアタランテを捕捉していた。 アタランテが、狙撃手から浴びた銃弾、矢、糸の数と威力は、とっくの昔に地面に転がっていなくてはおかしい。 疑問に答える『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)の声は、アタランテに邂逅した革醒者特有の熱を帯びている。 誰かがアタランテ史を作ったら、セラフィーナの名は残らなくても、その偉業は確実に記されるだろう。 彼女は他の仲間と共に、電脳の海に新たなる救いの可能性『アタランテに靴をささげる』ことで、犠牲者の命を救う方法を定着させたのだ。 今、セラフィーナと涼子の眼下を走る援護班の紙袋の中には、アタランテ好みの靴が入っている。 (私が刀を振る時に常に思っているのは「誰かを救いたい」という事です。それは仲間だったり、他人だったり、世界だったりします) だが、今日彼女が手にしているのは、ボルトアクション式のスナイパーライフル。 (けれど、今夜この弾丸に込めるのはただ勝ちたいという思いです) セラフィーナは、アタランテを倒したいのだ。 なじんだ剣を置き、銃弾に祈りを託してでも、彼女の前に立ちはだかりたい。 「一般人の隔離は終わってる。風はないよ」 セラフィーナは頷く。 「――アタランテは私の理想のソードミラージュとはかけ離れています。けれど、完璧なソードミラージュでした」 告解するように、セラフィーナは口にする。 涼子が聞いていようとそうでなかろうと構わなかった。 「思わず、憧れてしまうほどに。同じソードミラージュとして、競いあいたくなるほどに」 アタランテの孤高の背中を追わずにいられない。 それゆえ、数多の少女たちが高みを目指し、たった一人しか残らなかった。 「私が今ここにいるのはリベリスタだからではありません。アタランテを、完璧を超えるためです」 これは私利私欲なのだと、セラフィーナは言う。 (だから私はリベリスタではなく……アタランテ狩りとして貴方に挑みましょう) 眼下を見下ろすセラフィーナの視線の先にアタランテ。 「あとはまあ、万が一アタランテが何かしてきたって、わたしが受けとめる」 セラフィーナの邪魔にならず、なおかつすぐに眼前に躍り出ることができる距離。 「だから、撃つことだけに集中しなよ」 ぶっきらぼうな涼子の献身。 「あんたならやれるさ。きっと、誰よりもうまく」 その一言が、少女の弾丸を加速させる。 「貴方とのダンスもこれで終わりです。噂と共に消えなさい、アタランテ!」 ● 『最終狙撃地点、30メートル前! 靴の引渡し予定地点! 受け渡し準備お願いします!』 援護班がスクーターから飛び降りる。 ● (こういった任務は、何時振りだろうか。アークに来る前、名も知られぬ戦場で生きていた頃には、日常茶飯事の様にあったものだが) 『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)の真骨頂は、狙撃なのだ。 身を潜め、標的が龍治の前に姿を見せるまで身を潜め、一撃で命が吹き飛ぶところをさらした時点で、もう命はない。 長い長い待つ時間と、一瞬で終わる殺戮行為。 それは、戦闘と呼ぶには、あまりにも静謐な時間だ。 そばだてられた耳が、ピンヒールの音を拾う。 今まで、龍治が聞いた中で最もせわしない足音。 こんな速さで人は果たして歩けるのか? 「ふとももに二発。くるぶしに一発」 動きを鈍らせるのに最適な場所は――。 「あそこだな」 スターサジタリーの基本中の基本の技。 愚直なまでにそれを追求した男の一撃。 ● (アタランテは走らない以上、姿勢も崩れないだろう) 杏樹が選んだ場所は、腰。 ぎりぎりとウエストを締め上げたコルセット。 ワンピースの布地もきわめてタイトな部分。 その下を狙う。 足を引きずって歩くことはできても、その根幹が壊れれば、そもそも立っていることもできないはず。 (外さない) 息は止まっている。 殺すために、つかの間自分を殺す。 (真正面でも真横でも、狙うべきは弾丸が到達した一瞬にアタランテが重なる弾道。私に出来る最高の精度を) 見開かれた目は、神の胸倉をつかみ必然を脅し取る。 『私の弾丸は避けられない』 (すべての子羊と狩人に安息と安寧を) 声にならない祈りの言葉。引かれる引き金。 「amen」 そうあれかし。 ● アタランテの爪先が地面を蹴る刹那。 声に応えて、銃声は三箇所から。 ただし、音はほとんど一つ。 腰が砕かれた。爪先が吹き飛んだ。スカートごと太ももの肉がえぐられ、ほぼ骨と化した。 生き物が立っていていい状況ではなかった。 それでも、アタランテは立って、靴を受け取り、新しいものと履き替えた。 さっきまで履いていたのは、龍治が砕いてしまったので。 きっと、何かを何かに捧げた。 リベリスタがそうするように。 逃がしてはならない。 今まで、彼女をここまで傷つけた者達はない。 アタランテを殺すなら、今夜しかない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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