●シェルン・ミスティルの提案 「……突然のお呼び出しを申し訳ありません」 アークのリベリスタが『世界樹の守り人』シェルン・ミスティル (nBNE000023) よりより連絡を受けたのは、突然の出来事だった。 「突然の事だから驚いたんだが……」 「正直を言えば私もです。しかし、これは皆さんの助けになるかも知れない、と考えまして」 アークの戦局はより強大な敵性勢力の存在により厳しさを増す一方である。彼女の連絡は、苦境を余儀なくされる彼等リベリスタ達にとって取り敢えずの朗報と呼べるものであった。 「エクスィスの新芽が成長を遂げたのです」 「……ほう」 ラ・ル・カーナ事変で変異を遂げた世界樹エクスィスは事件後、再生の休眠に入っていた。巨大樹を新芽の姿に変えた『彼女』はシェルンの呼びかけも届かない状態になっていたらしいのだが…… 「この程、私の中に語りかけがありました。 エクスィスは、少しずつ力を取り戻しつつあるようです。 ……『彼女』は異変時にラ・ル・カーナに助力してくれた皆さんの事を気にかけているようです。又、蓄えた力をこの世界に与えられました」 シェルンが宙空を杖でなぞると空中に生まれたスクリーンに清涼な水を湛える湖の中央に佇む若木のエクスィスが映し出された。 エクスィスの目覚めで荒れたラ・ル・カーナは再生が進んでいるようだ。 「エクスィスはラ・ル・カーナの生命の象徴です。 その力が主に司るのは創成と再生方面の力になりますが…… 彼女の力による賦活は、皆さんを癒すものにもなる事でしょう」 シェルンの言によれば、今のラ・ル・カーナには、休眠より一時的な目覚めを果たしたエクスィスの力が満ちているらしい。この時分をラ・ル・カーナで過ごせば傷付いたリベリスタ達の運命も補修される可能性が高いと言う。最悪の敵達との戦いを間近に控えるであろうアークの戦士には意義があると言えるだろう。 「宜しければ、ラ・ル・カーナに足をお運び頂きたく思います」 言葉をそう締めたシェルンは、リベリスタ達をじっと見た。 その唇の端に微笑が浮かんでいたのは――恐らく『母』の目覚めに誰よりも喜んでいるからなのだろう。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年11月30日(日)22:10 |
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●悠久の大地の癒し 現世の殺伐を思えば、その場所は天国のような平穏を保っていた。 人によってはその刺激の無さに退屈を感じるかも知れない場所。神なる存在に『完全』を約束されて生み出され、動乱を経て『不完全を得た』ラ・ル・カーナは今日も完璧な凪を保っていた。 「ようこそ、お待ちしておりました」 居住まい正しく深く一礼をして見せた長い髪の美人はシェルン・ミスティル。 フュリエの村でリベリスタ一行を出迎えたのは、彼女を含めたラ・ル・カーナの乙女達である。フュリエの族長にして世界樹の守り人たる彼女の呼びかけに応じて、リベリスタ達はこの地を踏んだのだ。 「どうも、今回はお招き頂き……御目にかかれて光栄です」 「いえ、こちらこそ。ご迷惑で無ければ良かったのですが」 折り目正しく名乗り、挨拶をした修一にシェルンが応えた。「とんでもない」と応じた修一が「アークにとっては……リベリスタにとっては、とても有難いお話だったと思います」と言うと彼女は淡く微笑んだ。 「ラ・ル・カーナを発ってからもうすぐ二年――二度目の周期が廻り終わるのですね」 「ええ、貴方達も随分と強くなったように見えます」 シェルンの言葉を受けたファウナは曖昧な表情を浮かべた。 「私が強くあれたかは分かりませんが…… 姉妹達の多くは、あのエウリスのように多くの変化を得て強く生きています。それに……アークが『R-type』と呼ぶ存在。ラ・ル・カーナを壊したあの『巨人』と対決出来たのは……何よりでした」 永遠の母を狂わせた『宿敵』にファウナが言及した時、シェルンの表情は僅かに変わった。 もしかしたらば、己もそこに居合わせたかったという想いがあったのかも知れない。 「……お疲れ様でした。そして『ありがとう』。私は何より、そんな自らを労わってほしく思います」 今回のシェルンの誘いは『世界樹エクスィス』が成長し、力を発揮した事に起因する。新芽の状態から若木へと成長を遂げた『彼女』の力で荒れたこの地は急速に繁栄を取戻しつつある。その力が満ちるラ・ル・カーナで時を過ごす事は、傷付いたリベリスタ達の生命力の賦活にも繋がると考えられた為だ。 「……って、兄貴! 何、しれっとシェルン様と話てやがるんだ。俺も混ぜろっての!」 穏やかに談笑する修一とシェルンのやり取りに修二が加わってきた。 「室長たちから話が言っていると思うんスけど、『閉じない穴』とか色々面倒なことになって申し訳ないっスね」 「……責任があるとするならば、それはアークにではありませんから」 不慣れで不器用な敬語で頭を掻いた修二にシェルンは首を振る。 三ツ池公園の『閉じない穴』はラ・ル・カーナにも繋がる経路である。詰まる所、少なからずアークとフュリエは一蓮托生の関係にある訳だが……シェルンはアークの力に少なからぬ信頼を寄せているようである。 「成る程、君がフュリエの族長か?」 そんなシェルンに声を掛けたのは目を細めて彼女を見た朔であった。 「確かに、普通のフュリエとは雰囲気が違う。格か、年輪によるものか。 ああ、申し訳ないが。もし良いならば少々お手合わせ願えぬか? お互いの為にもな」 「……ふむ、確かにシェルンは他のフュリエとは違う。その境地に到る道には興味がある所だな」 やぶからぼうの朔の申し出、興味を示した結唯に修二が「おいおい」と驚いた顔をした。 確かに他のフュリエとは違う――シェルンの場合、特別な異能を持ち合わせているのは想像に難くは無いが。修一が制止するまでもなく、シェルンは自身の首を振る。 「私は戦いが専門ではありませんから。皆さんで言えば――イヴ殿等、フォーチュナと同じようなものです」 粘る心算も無かったのか「そうか」と答えた朔は然してがっかりした様子は見せなかった。 彼女の言の真偽は分からないが、少なくとも彼女が荒事に付き合う気ではないのは分かり易い。元よりリベリスタ達はある種の養生をかねてこの地に招かれたのだから、その辺りも理由なのだろう。 「『ラ・ル・カーナ』の文字をラ、ノ、レ、カ、ー、ナに分解して順番を並べ変えると…… ……ナラノカレー、奈良のカレー? 奈良法師かなにかが作ったカレー? つまり、とにかくそういう事だったんだね!」 「ラルカーナの食べ物って、どんなのがでるんだっけか。 こっちとあまり変わらなかった気がするが、肉とか魚とか出ますか! 出るならめっちゃ食べる! 「……ボトムの皆さんのお口にも合うように料理も頑張っていたようですよ。 ニクやサカナといったものは……申し訳ありません。果物等が中心になりますが」 相変わらずのマイペースで驚異的推論(?)を打ち出した小梢と、俄然ヤル気を発揮したフツにシェルンが応えた。ボトムで生活するフュリエ達の交感能力は限定的に留まるが、ラ・ル・カーナに戻れば話は別だ。元々ラ・ル・カーナの食物は人間にも摂取出来るものばかりだが、合わせるという意味では共覚は役に立つのだろう。 ……確かにこの世界は香辛料(スパイス)の類は効いていない。争いが無いという事は動物食も然りである。 「じゃあ、野菜で! アッ、野菜だけって、坊主っぽくない、オレ? そうか、休むとは坊主であることを思い返すということだったのか……なんか深いな!」 自分で自分に納得したフツの言は些か僧侶らしくはないがそれはさて置き。 「久し振りの里帰りってやつだからねー」 エクスィスの健在を確認し、何よりもまず一安心したカメリアはラ・ル・カーナの空気に目を細めた。 「やっぱりこの繋がってるって感覚は向こうじゃそんなに強く感じれないしさ。なんだろう……安心感みたいなのがあるよ」 「あ、カメリア!」 「……久し振り」 自分に声を掛けてくるラ・ル・カーナの姉妹達もカメリアからすれば懐かしい顔ばかりである。 刺激の無いラ・ル・カーナで生活する彼女達からすればカメリアの話の一つ一つはいい土産話になる所だ。 一方で村の宴席に誘われたリベリスタ達は、普段余り見る事がない異国(というより異世界)の料理に目を奪われていた。 「……うむ、やはりここの飲食物はボトムとは少し違って見える……だが、好きな味だな」 木の器に山と盛られた不思議な色の果物をもぐついた睡蓮は傍らの席のいちるに視線を投げる。 「真柄はどれが気に入った?」 「どれって言われると困っちゃう。どれもこれも、美味しくて……」 「そうか」と頷いた睡蓮はカップを持ち上げて「僕はこの……花の浮いたお茶が気に入ったな」と笑う。 「ボクもそれ頂こうかなあ。美味しそうだし、見た目もきれい。 ……太るとか、気にしたら、負け、だよね? ……ね?」 睡蓮がラ・ル・カーナを訪れたのは随分前だ。その時に比べればこの世界は随分と落ち着きを取り戻している。一方のいちるはここに来るのは初めてだが――色とりどりの花が開くお茶を啜るその姿は幸せそうである。 長耳の美女と自然溢れる風景。 ファンタジーの中でしかお目にかかれない絵画的な様子は中々趣きを感じるものだった。 「……美しい女性、という点では真柄も負けていないが」 ぽつりと付け足した睡蓮の向こうでは、 「ハーイ! 私生活で嫌なことがあってもおくびにも出さない方、SHOGOです☆」 独特のノリでカップを高く掲げた翔護に訳も分かっていないフュリエが拍手をしている。 任意のおっぱいちゃんを望んだ彼の希望通り、救世の英雄たる彼の周囲には娘達が集まっている。 (意外と言えば意外だけど! まぁいっか!) 翔護の予想に反して元来娯楽っ気の無さそうなフュリエの村には果実から作られた酒が用意されていた。 『大変だ! このままではおっぱいちゃんが、おっぱいちゃん達が! SHOGOと同年代同系統同年収の決してSHOGOではないイケメンに自由な発想で楽しいことを教えられてしまう!』 ……という非常に具体的で非常に限定的な彼の心配はどうも杞憂だったらしい。 飲み慣れているのか、それともゲストを優先しているからかは分からないが、翔護に酒を勧めるフュリエ達は酔っ払ったような姿を見せていない。 「私は敢えて沙織に聞きたいのデスよ!」 割合いいペースでカップを傾けながら力説するのはシュエシアだ。 「どうせ俺は代わりだろ」と達観した調子でそんな彼女に付き合うのは肩を竦めた沙織だった。 シュエシアの興味の対象は彼ではなくその父親に向いているのは言わずと知れた話な訳で…… 「……ワタシがアークに来てもう三年程になりますケド。まだまだ彼のことで知らないことが多いのデス。 なので! ここは小さい頃から貴樹を見ている沙織に訊くのが名案だなと! ……あっ、恥ずかしいのでくれぐれも貴樹には内緒デスよ?」 頬を軽く染め、上目遣いでそうのたまうシュエシアに沙織は苦笑した。 さて、どれから伝えてやろうかと考えるが――案外碌でもない事しか思いつかない。子は親を見て育つとは言うが、時村家も同じである。自分自身の『若い頃』なる時分を考えたとしても、恋に恋して夢に夢見る少女にありのままに伝えるのが果たして正解なのだかどうなのか、悩ましい所であった。 「さあさ、お礼にお酌でも何でもしますから、ねっ!」 羽をバタバタさせながら強請るシュエシアに沙織は「やれやれ」と口を開く。 「――次、SHOGO! 一気するよ!!!」 穏やかなフュリエの村はアークの面々を迎え、何時もよりも賑やかな時間を作り出していた。 ●生命のエクスィス 「と言う訳で、メリッサおねーさんを大切な人に紹介っ! 世界樹エクスィスっ! ちょっとちっこくなっちゃったけど><」 森の中をシーヴに手を引かれて歩いたメリッサが森の切れ目から最初に見た光景は―― 清浄な水を湛えた泉――というより湖――の宝石のような水面の輝きだった。 「大切な、人というか、この樹が世界の中心なのですね。シーヴを産み育んだ世界樹。 初めまして……になりますね」 はしゃぐシーヴの姿にくすと笑ったメリッサは彼女の生きてきた世界を改めて実感した。 この世界を見れば、シーヴの奔放さも頷ける。それはとても嬉しい事だった。 「……此処が生命の泉か」 「世界樹の聖域――生命の泉。相応しい名という感がありますね」 拓真の視線の先を悠月のそれが追いかける。 「踏み込んでも良いのであれば、一度くらいは見てみたかった。 ………何れはもっと大きくなった時にもう一度見てみたいものだな」 呟いた拓真は悠月の腰をそっと抱いて言葉を足した。 「その時は、俺達はもう年老いた姿になっているかも知れないが……きっと一緒に」 「ええ、必ず」 頷いた悠月は一から三の月が見下ろす悠久の大地に表現の出来ない親近感と尊敬の念を覚えていた。 (崩壊の危機を経て尚……強いですね、世界というものは) 魔女の大穴が消えた暁には道は閉じてしまうのかも知れない。 しかし、互いの世界を結んだ縁が確かに存在したならば――未来永劫について先が無くなる事は恐らく無い。 例え一時『道』が絶えたとしても、それは何れまた。 (……そうでしょう? エクスィス) ラ・ル・カーナの中心地には母なる世界樹エクスィスが佇んでいる。 世界樹を取り巻くラ・ル・カーナ最大の水場と合わせて、一帯は聖域と呼ばれている。本来は守り人であるシェルン以外が日常的に近付く場所ではないが、今回の招待においてリベリスタが訪れる事は認められていた。 それは、他ならぬエクスィスがシェルンを通じて彼等をラ・ル・カーナに誘ったという事情があるからだ。 「まったく――泳ぎたくなるような場所じゃねぇか」 水着を持ってきて――ざばざばと。一悟は脳裏に海パンを描いている。 現世(ボトム)では寒い時分だが、かなり温暖なラ・ル・カーナだからこそ生まれる発想だ。 (……泳ぐ以前に、あの敵を知ってるなら力を貸して欲しいってのはあるけどよ) 頬を掻く一悟はアークに圧し掛かる有難くない敵のプレッシャーに溜息を吐いた。 「世界樹様が大きくなってる……元に戻るまでそんなにかからないかな?」 「わあ、ホントだ。ラ・ル・カーナはもう大丈夫なんだね!」 ついこの間まで若芽であったとされるエクスィスの生育にシンシアが、彼女に応えたエウリスが喜びの表情を見せた。 (世界樹様、あれから色んな事がありました。いいことも悲しい事も…… ここでは経験出来ないような事が沢山ありました。ボトムは――いい場所です) 瞑目してエクスィスに『報告』したシンシアにここまで案内役を買って出たシェルンは「良く頑張りました」と声をかける。 自身の相棒たるフィアキィに名を求めた彼女にシェルンは「唯一無二たる友に名を与えるならば、それは貴方の心のままにつけるのが一番です」と微笑んだ。 「……あ、あのシェルンお姉様!」 「はい?」 「あの、その……す、少しだけ話を聞いて貰っていい?」 おずおずと話を切り出したサタナチアにシェルンは少しだけ首を傾げた後―― 「――ああ」 ――全てを察したかのように頷いた。 ここはラ・ル・カーナ。姉妹の考えている事は何となく伝わってしまう。尤もそれが無かったとしても、頬を染めてもじもじとしている乙女(サタナチア)の顔を見たならば、勘のいい人間ならば分かるのかも知れないが。 彼女の悩みはフュリエとボトムの人間の違いである。時間にせよ、何にせよ。その差は大きい。 「……後で、ゆっくりと聞かせて下さい」 サタナチアの赤くなった長い耳に唇を寄せてシェルンは言う。 妹への慈愛の満ちた――少し意地悪なその声は彼女の茶目っ気を感じさせるものだ。 「ちょっと聞きてぇんだが……ここの泉の水って飲んでいいのか?」 「少し持って帰りたいが……駄目だろうな?」 「清浄な水です。いえ、構わないと思いますよ」 そんなシェルンが「こりゃ特別美味そうだ」と目を輝かせた虎鐵と結唯に頷いた。 「意外だな」 「すっげー癒しの力が期待出来そうだな!」 返答に結唯は驚いた顔を、虎鐵は納得した顔をしている。 ラ・ル・カーナの生命を司るエクスィスの膝元ともあらば『生命の泉』の名も相応しい。今のラ・ル・カーナで時間を過ごす事がリベリスタ達の運命の補修に繋がるのであらば、これもご利益がありそうなのは確かだ。 シェルンがかつてより随分と柔らかに応対しているのは、エクスィスの意向もあってだろうか。 「運命の癒しは俺には不要! 代わりに、祝福と加護を貰いに来た! 俺に必要なのは運命を切り開く力なのだ! ブリテンの伝説の騎士の王のように! 湖の貴婦人ばりに! ……ので、エクスィスカリバーくれ!」 ……中には竜一のように泉とあらば願いをかける人間もいるが、 (とはいえ、エクスィスたんは創成と再生らしいからねえ。 むしろ、俺が慰撫してあげよう。うひょおおお! エクスィスたんちゅっちゅぺろぺ……あ、はい。『おかしな行為厳禁』ですね!) 彼の場合、その内心の方がもっと混沌としているのだから表層は些事である。 世界樹エクスィスは元々は一本で森のように大きな樹であったが、今の『彼女』は一本の若木に過ぎない。青く輝く美しい水場の彼方に真っ直ぐに生えるその木はかつての威容を持っていない。しかし、そのサイズに関わらず圧倒的な存在感と神秘性を漂わせているのは、それが確かにミラーミスだからなのだろう。 言葉にするのは難しいが、確かに特別な場所である。 (激戦続きで、ただいたずらに命を奪い合う日常に疲れ果てていた。 最近は自分の力では何一つ変えられることができないような気さえしていたのに……) 小雷は『久し振りに聞いたいいニュース』に従った己の直感に感謝していた。 「……彼女(フュリエ)等の言う、『母』か。確かにな」 滝の近くにはマイナス・イオンが漂うと言うが、それを何十倍、何百倍にも濃密にしたような感覚である。 気の所為の領域を超え、人の精神を調和に保つだけの力がこの聖域には存在しているのだ。 「自身の魔術的な感性を、磨く時間にするのもいいかも知れませんね」 呟いた光介が扱うのは賦活の術である。生命を司る神(ミラーミス)とは言ってしまえば相性が良い。 即座に劇的な効果は見込めないだろうが、何かの切っ掛けになる可能性は無い訳ではないだろう。 (そう、力のリソースは常に朧げ。 翻って、存在こそ違えど、エクスィスは再生すら司るミラーミスなわけで。 ゆえに、この場を満たす彼女の存在を参考に、力の源泉のイメージをもっと鮮明にできたなら――) 癒す感覚を……研ぎ澄ませられる気がして。 「生命の泉か……ここの緑は、そう……格別だな」 世界樹は小さくなったが、周りの草木からは快は強い生命の伊吹を感じ取っていた。 「本当に……凄いのだ」 感嘆の声を上げた雷音も又、同じだった。 「……ボクが何を言いたいのか、聡明な君ならわかるだろう」 「――心配をかけてる事は、謝る」 水辺に快を誘い、ちゃぷと水をかけた雷音に快は苦笑した。 苦笑してから表情を引き締め、騎士(ナイト)めいた誓いを少女(ひめ)に捧ぐ。 「だから、約束しているように、どんな状況でも生還する事は忘れてないし、生き残る努力は惜しまない」 快は「本当か?」と問う雷音に内心だけで呟く。 (癒やされてるよ。雷音の暖かさに。たとえ此処がラ・ル・カーナでなかったとしても、ね。 燃え尽きるのに僅か数秒の、命だとしても――運命の炎は、きっと消さないから) こんな世界じゃ必ずと約束は出来ないけれど、最期の瞬間までそれを信じ抜く事は出来る筈だ。 「いつも居る場所はは身を削るような殺伐とした戦場ばかりだけど、ここはそんな場所とは違うわね…… これを人は癒しと言うのかしら……」 「ずっとここに居たら闘志が鈍ってしまいそう」と零した恵梨香の頭に沙織はポンと手を置いた。 無言の彼女は斜めに傾いでその彼に頭を預けている。 「そういえば、紫月様とは仲良しさんですよね」 「紫月とは……って! 皆それ聞くんだけど! 遊びに行ってるだけだって! そんな気になる!? てか恋とかそういうんじゃなくて、じゃないのかな……」 「気にはなります、それはもう」 「……なんつうかお互い不器用なんだろうね。まあ、リリは僕より不器用そうだけどね!」 「いいえ。貴方よりは器用です……多分」 単純に不器用な少年も、それよりは器用な少女の複雑な想いも。 誰をも悠久の時間で包み込む――聖域の空気はあくまで厳かな静謐さを秘めていた。 「……エクスィスに、近付いても、いい?」 問い掛けた天乃にシェルンは一瞬だけ困った顔をした。 駄目というよりはどう答えていいか悩んだような様子であった。 彼女が答えあぐねたその瞬間に――言葉ではないサインが瞬いた。 「……今の」 「ええ……」 頭の中に響いたその声に場の一同が揃って目を丸くした。 エクスィスは基本的にシェルン以外と交感する事は無かったのだが。この世界に特別な力を発揮している今だからなのだろうか。リベリスタ達にも伝わるように声は届けられていた。 青い水場を進み、天乃はエクスィスの間近までやって来た。 「無事で、何より。あの時、は足蹴にして悪かった、ね」 自身に僅かに触れた天乃にエクスィスは喜びに似た感情の色を伝えてきた。 今回、この世界にリベリスタ達を招いたのは彼女だから――呼びかけが届いたのは僥倖だったのだろう。 「いやはや成長した世界樹まで見られるとは。 ましてや、言葉を交わす事が出来るとは……素晴らしい しかし、色々なことがありましたなー。思い返すと感慨深いものです」 うんうん、と頷いた九十九にエクスィスが笑ったような気がした。 やはり人語を的確に扱うのは得意ではないのか、言葉は時折しか返ってこないが感情は伝わってくる。 酷くゆっくりと戻ってきた『肯定』に風斗はしみじみ頷いた。 「……そっか」 噛み締めるように呟いた。 「ラ・ル・カーナの再生は順調に進んでるんだな。よかった。 エクスィスさん、貴女の娘さんたちには随分と助けられています。改めて礼を言いたい位だ。 この世界に介入して行なったことが本当によかったのか、今でもわからないけど…… せめて、この出会いが悪いものじゃなかったとは言いたい」 ●ラ・ル・カーナの日 平穏なる森をシュスタイナと聖の二人が歩く。 それは目的の無い散策に過ぎなかったが――二人にとっては過ごしたかった時間であった。 「緑豊かで綺麗ね。前まで荒れ果てていたなんて嘘みたい」 「この辺りも戦いで荒れ果てていたんですか?」 「……戦いでって言うより、バイデンが居た時はね」 その再生スピードに驚く聖にシュスタイナが曖昧な表情で微笑んだ。 「鴻上さんは戦うのって怖くないの? ……私は最近、怖い」 「………怖くないと言えば嘘になります。 それこそ、ヴァチカンに居た頃は常に恐怖でした。最近は多少慣れてしまった、という所でしょうか」 「そっか」と呟いたシュスタイナを聖は内心で「無理も無い」と慮った。 ウィルモフ・ペリーシュは『ヴァチカン』さえも畏れた最悪の魔術師だ。あの脅威をいざ目の当たりにして平常でいられる人間は多くない。シュスタイナが不安を感じたとしてもそれは。 「……!?」 言葉をかけんとした聖の袖をシュスタイナの手がぎゅっと握っていた。 「そうね。恐怖に飲み込まれたらおしまいよね。変な事言ってごめんなさい」 凛然とした彼女の声色は何時もの自信家と同じまま。 『或る自覚』と共に呆れられるかも――そう考えて続けられた一言は自身にも聖にも酷く深く響いた。 「怖さや弱さはこの世界に置いていくから。……今だけこうさせて?」 (彼らが存在した証は……まだ残っているのだろうか?) 今一度ラ・ル・カーナを訪れたリセリアが気に掛けたのは、かつてこの世界に存在していた『もう一つの種族』の事だった。『R-type』によって狂わされた運命の忌み子は全て散った。 今やその名残はフュリエ達によって作られた墓地のみである。 「……二年ですか。早いものですね」 猛と二人して墓地を訪れたリセリアは一つの墓の前で足を止めた。 イザーク・フェルノというバイデンの若者は彼女の記憶に鮮烈に焼き付いた好敵手の一人だ。 (この二年で、彼らと――イザーク達と戦った時よりも遥かに腕を上げた自負はある、が…… 遥かに及ばない強敵は幾らでもいる……特に、今の敵(ウィルモフ・ペリーシュ)は桁違いと言っても良い) リセリアは瞑目して心中で呟いた。 あの敵との戦いを近く控え、敢えてこの場所を訪れた理由は心を束ねる為である。 東方の武術に明鏡止水なる構えがあるという。リセリアは強敵を間近にその境地を欲したのだ。 「――イザーク。私達は、必ず勝ってみせます。貴方達に勝った誇りにも懸ける」 月並みな言葉さえ、誇りに満ちる。 『必ず』の響きは空虚だったが、ラ・ル・カーナの残響は決してそれを否定しない。 「……久々に来たけど、やっぱり相変わらず『異世界』だよね」 思えば初めて訪れた時より随分と時間が経ったものだ。 壱也は感慨深くそれを考えて苦笑した。 (あれから――こっちの世界も大変でさあ。 色んな敵と戦って傷ついて奪って失って…… どの時間も時代も、刃を交えて得るものは少ないよね。奪うことのほうが多い) 壱也は今は亡きバイデン達に語りかけているかのようだった。 或る意味で彼等の理屈は単純明快な『真理』だったのかも知れない――と彼女は思った。 何人の命を奪っても、どれだけの敵を倒しても。同じ事だ。 そこに人間が居る限り、二つの意思がある限り争いは止まない。 望んでも、望まなくても。助けても、奪っても。 「……やめやめ」 ツーテールを揺らして頭を振る。壱也は詮無い思考を追い払って――代わりに言う。 「それでも向かわなくちゃいけないし……何もしないよりはいい。自分の意思ですべて選んで背負ってくの。 たぶんそっちにリベリスタの仲間たちが行ってると思うんだ。だから――仲良くしてね」 「懐かしいなぁ、ここ」 フランシスカは黒い剣を空にかざしながらしみじみと言った。 「そんなに長い時間は経ってないのにね―― あの時はまさか、わたしがお前の所有者になるなんて思ってもみなかったけどね」 ラ・ル・カーナで彼女が出会った一人の男は彼女の戦士としての道を定めた特別な相手だった。 (お前を手にした隻腕の猛者……今でも覚えてる。 瞼を閉じれば、すぐに浮かんでくるあの時の光景。わたしは彼ほど力もないし、戦士としては経験もまだまだだけど……引けは取らないつもり。取ってはいけないと思っているわ) 瞑目し、想いを捧げる先は瞼の裏の好敵手である。 彼の遺志(アヴァラブレイカー)は今でもフランシスカと共に戦いの道を歩んでいる。恐らくは――彼が望んだ通りの最高の闘争を彼女と共に駆け抜けているのだ。 「あの時以上の戦いがこの後あるかも知れないけど……大丈夫。わたしにはお前がいるから。 お前の中にある戦士の誇りと魂と……そして周りに居る仲間がいるから。 だから、これからも宜しくね。我が愛剣『アヴァラブレイカー』!」 三つの月が煌々と眼窩を照らす夜。 「また……守れなかった……」 ラ・ル・カーナで賑やかな時間を過ごす仲間達とは対照的に、生命の泉のほとりで悠里は一人呟いていた。 色濃い絶望、慟哭を孕んだ彼の目は暗い。 彼は『境界線』たらんとしてきた。人を救い、不条理を許さない。『境界線』であると自負してきた。しかし、その線は手酷く彼を裏切った。どれ程に力を尽くしても届かない――『境界線』は敵(ウィルモフ・ペリーシュ)と自身の間にも引かれていたからだ。 (誰も死なせたくなかったけど……それでも僕の力は全然足りなくて。 もし、もし僕に。万能の願望機が、あの『聖杯』があったとするならば――) 愚かにもそれを考え、頭を振った悠里に少女の声が投げられた。 「……難しく、考え過ぎてはいけませんわ」 彼が振り向いた先には黒髪の少女が居る。 何時の間に現れたのかは分からない。人間ともフュリエとも違う、雰囲気。 悠里程の使い手に気取らせず、又、彼を凍りつかせたかのように動かせないそれは…… 「ただの『無力が罪』だと言うならば、余りにもこの世は貴方達に無慈悲ではなくて?」 鈴鳴る声が鼓膜をくすぐる。それは蟲惑的で声そのものが魔性を秘めている。 「君、は」 「僕は僕。貴方が求めるべきは聖杯の魔力ではありませんわ。貴方が求めるべきは、肯定。 自分の力を、自分の道を、存在を。否定しない勇気。疑わない力。 もし、貴方が僕の言葉を疑うなら、僕は『神に誓って』も構いませんわ」 月の魔力に導かれ、人の賑やかさに触れた少女は冗談めかして言った。 「強く、いなさいな。この世界(ラ・ル・カーナ)を救った、貴方達に相応しく」 悠里に力強い風が吹き付けた。 それは神の息吹のように、勇者に捧げられる祝福のように。 咄嗟に目を閉じた彼が次に目を開けた時、泉には静けさだけが残されていた―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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