●殺人鬼の論法 少女は殺人鬼であるべきだ。 その言葉を聞いた時、調度良い理由を探していた私は遮二無二それへと飛びついた。 少女は殺人鬼であるべきだ。 ああうん、良い。実に良い。響きも語呂もそれなりではないか。 その理由にしよう。ついうっかり殺してしまった元カレ(別れたあとのつきまといが煩わしかったのだ)を土の中に埋めながら、発覚した時の言い訳はそれにしようと決めていた。 発覚は、しなかったけれど。 普段から奇行が目立っていた彼のこと、家出か何かだろうと片付けられた。 違いますおまわりさん、私です。なんて、言いはしなかったけれど。 ただ、その日から。その日からだ。世界がなんとなく違って見えたのだ。 簡単に死ぬ人間。逃げおおせている私。グローバル化だ。情報化社会だ。そんなことを謳っても、たったひとりの殺人鬼の存在を認識できていない。 人は明るみだけを見てわかった気になっている。友情も、恋愛も、金銭も、暴力も、犯罪も、裏社会ですらも、明るみにすぎない。 「だからほら、今だって私の殺人を誰も気づかずにいる。嗚呼もちろん、キミ以外はね」 声をかけた先、ひとりのオジサマが自分の首を締めている。締めている。ぎゅっと、ぎゅうっと、締め付けている。 声をかけた。正確には、声をかけられたのは私の方だ。助平そうな顔で、膨らんだお腹を隠しもせずに、運動不足がたたったような動きで私に声をかけてきたのだ。 だからとりあえず刺しておいた。太ももに刺さったナイフの痛みを、始めは脳が受け入れられなかったのだろう。呆けた顔をした後にこの中年男性は路地裏を転げまわる。 ひとしきり痛みを訴えたあとで逃げ出そうとするが、もう遅い。とうに遅い。既に侵食は始まっている。とっくのとうに、病状は進行している。 「苦しいよね、辛いよね、頭がいたいよね。息が続かないよね。こんなところで、こんな目に合うなんて思っても見なかったよね。誰か助けに来てくれるかな。誰か通りかからないかな。その確率はどれくらいかな。助けて。助けて。でも、ダメよ。だってそうでしょう?」 青い顔。何かに例えたくても、醜いだけで何も浮かばない。こういう時、高校中退というのは恥ずかしくなる。 「だって、普段から祈ったりしないくせに、神様が見ているわけないわ」 男はそこで、動かなくなった。 さて、今回はどこに埋めようか。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:yakigote | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年11月27日(木)22:14 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●殺人鬼の文法 哲学だとか、人生論だとか、人間観だとか。そういったややこしく偉そぶったことを考えているつもりはないけれど、ひとつ確かなことが在る。人を殺すのだなんて簡単だということだ。人間が強いと言ったって、物理的なものじゃあない。人はいつだって簡単に死ぬ。老衰というのがどれほど幸福なことなのか、考えてみたことは在るだろうか。病気で、事故で、自害で、殺人で。偶然でも必然でも、人間は死ぬ。君も、私もだ。私達はそれに怯えないよう、最新の注意を払って無関心になるしかないのだ。 一気に気温が下がったせいで肌寒く、風邪をひかないよう厚着をして幾日か。休日に暖をとった私服で町中へと繰り出せば、そんな自分を嘲笑うかのように、妙に過ごしやすい温度が着ぶくれた奥の素肌に汗をかかせている。長々と言ってみたものの、つまりはなんだか妙に暖かい日、である。 空は薄青く、雲の流れは遅い。街行く人は上着を片手に歩いている。異常気象、というわけでもないのだろうが。 さて、殺人鬼。さても殺人鬼である。昼下がり、少しだけ大通りをそれた小道。こんなところに殺人鬼が現れるというのだから、わかったものではない。 「少女は殺人鬼であるべきか?」 社会的に鑑みて、それへの最適解は一笑に付すことなのであろう。考えるべくもない。狂人の戯言である。しかし、日常生活であれば避けて通るべきその狂人を相手にせねばならないというのだから。『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)はひとつ、己の考えを辿ることとする。 「さて、どうだろう、殺傷という点では私の手も幾度も血に濡れてきたが」 とんと、そのような答えが出たことはない。当然ながら、少女と殺人鬼というふたつの単語の関連性を論理的に結び付けられるはずもない。 「ただ、殺すなら、殺される覚悟はあるべきだろうと思う」 それもまた、非日常的ではあるけれど。 「実は殺人鬼のフィクサードって、珍しくは無いんですよな」 非日常的、という言葉が示すに『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)という男もまさしくそれではあるのだろう。それはともかくとして、殺人鬼である。実際に、人を殺すフィクサードなんてものは珍しくない。目的があってか、無差別かの違いはあるだろうが、秘匿された神秘の外側に居る非革醒者に一方的な外を及ぼすフィクサードというのは掃いて捨てるほどには居るものだ。そうなると、少女の殺人鬼というのは別段それほど騒ぎ立てるものではないのかもしれない。無論、害悪に慣れてはいけないのだが。 「まったく世も末ですのう。そうは思いませんかな?」 「少女だから殺人鬼って随分な話だね」 それならば自分は少女ではなく子供のままでいいと、『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)。元来、年端もいかぬ子供にあってはならないことだが、神秘の範疇において殺人とはそれそのものだけをさして言うならば害悪とは断定できない。更生を見込めず、かといって公的な裁判で有罪を言い争うこともできない。そんなフィクサードも数多く存在するからだ。超越した力とはかくも人を誤らせるのである。 「仕事なら人だって殺すけど、殺人そのものに意味を見出すバカになりたいとは思わない」 さてそもいって、意味を見出しているかすら疑問では在るのだが。世の中には手段のためには目的ですら無いという者も居るがゆえに。 「息をするように人を殺す、こわーい殺人鬼。こんなのが居たら、安心して遊びにもいけなくなっちゃうよね。だから、ボクらで退治しちゃわないと!」 無邪気な正義感に溢れたようで居て、物騒極まりないことを言っている『疾く在りし漆黒』中山 真咲(BNE004687)。その目は正しさよりも、好奇心と期待でいっぱいに輝いている。 「どれだけ強いんだろう、どれだけ怖いんだろう。うふふ、とっても楽しみ」 人を人とも思わない、殺して回るがゆえに殺人鬼。どれほどのひとでなし。どれほどの超越者。どれほどの少女。なんとも、想像するだけで滾るではないか。さてお行儀よく手を合わせて、その在り方に、生命に、存在に感謝を捧げ。 「イタダキマス!」 「少女が殺人鬼であるべきならば、正義は悪であるべきでしょう」 誇ることも驕ることもなく、必要最低限の悪を。殺すという実行為、それを悪と定義する『蜜蜂卿』メリッサ・グランツェ(BNE004834)。最も、正義の範疇を己で定めるほど恥を知らぬつもりはない。悪とそれは対義語ではなく、視点の違う同義語に過ぎない。殺人鬼である。論じるまでもなく、悪を振るうにそれ以上の理由はない。 「神様へお祈りは済ませましたか? 祈らなくても、神様は見ているようですから、祈れば死後の救い程度はあるかもしれませんね」 見えない先。真っ暗闇なのか、それとも何もないのか。何もないとは何なのか。意識とは生命に関係があるのだろうか。その答えにすがれるのなら、多少は気が楽だろうから。 「ええと、はい。殺人鬼って『殺すために殺してる』タイプの人、ですよね? 本人には独特の思想信条があるのかもしれませんが、実際にやってることはといえばそうとしか見えないわけで……」 カトレア・ブルーリー(BNE004990)の言うように、殺人鬼という類には独自美学や信仰心、強迫観念といった理論で動いている者も多い。人を殺害することに怨恨や金銭以外の理由をつけているわけだが、当然、一般常識で生きている人々が理解できようもないばかりである。飲酒運転や天変地異と同じ、関われば死ぬというだけのものに過ぎない。 「既に殺された人が戻るわけではありませんが、これ以上の犠牲を出さないためにも」 その理由は好きではないが、他に手がないのであれば。 と。 嗚呼、なるほど。と思い至る。 少しだけ離れた、小道。路地裏と呼ぶに呼べぬほどのそこで。ふと、空気が変わった。それを知っている。その雰囲気を感じている。日常に潜む非日常。 それは紛れも無く、殺意だった。 ●殺人鬼の羨望 誰かに影響を与えるということを考えたことはない。どれほどシュールな文面で読者を引き離す文豪も、どれほどグロテスクな描写で見るものを不快にさせる天才も、きっとそんなことは考えていない。影響を与える。導き手になる。そんな、大それたこと。誰だって、思うことを吐露しているのだ。そう在ることを主張しているのだ。あれはだめだ。それもだめだ。そんなものは教育によろしくない。そんなことで縛られているのは表現の自由じゃない。生き方に影響を受けているのは、こっちの方だ。 「ねえ、ちょっと死んでみない?」 何でもない風に、彼女は自分たちに向けてそう言った。 それに、少しだけ面食らう。その纏う雰囲気にではなく、このような往来で特に潜めることもなく口にしたことをだ。 見つからなかった、はずだ。これまでは。つまりは、隠れていた、はずだ。だというのに、どうしてこんなにもあけすけなのだろう。 「へえ、やる気満々って顔。これって、ついに見つかっちゃったってことなのかな?」 どうやら、露見していなかったという自覚はあったらしい。 「うん、まあいいわ。そうよね、見つからなかったのが不思議なくらいなんだもの。それじゃあ、少女は殺人鬼であるべきなのだから、うん―――」 隠そうともしていない。彼女はこの殺気を、隠そうともしていない。 「殺しあいましょう」 ●殺人鬼の来訪 記憶に無いトラウマ。行ったことのないはずの実体験。度々起こるフラッシュバック。右手に鋏。左手でまぶたを掴んで。刃をその柔らかい肉へ。そして、ちょん切るのだ。怖い。痛い。やったことはないはずなのに、なぜか鮮明に覚えている。ずっと小さい頃からの記憶。答えを見つけられないまま、前世だなんだと夢を見ていられる年齢をとうに過ぎてしまった。 「こうして命のやり取りをする気分はいかがですか。簡単に死なない人間は初めてでしょう」 メリッサは手にした細剣を構え、肉薄すべく走る。 殺人鬼。それが生来のものか、何かに毒されてのものなのか。ミュータント、といえば語弊があるが、実際に生まれながらにして純粋な社会的人種とは異なったまさに殺人鬼と言うべき彼らは存在するのである。 「あら、そうでもないわ。これでもひいひい言いながらやってるのよ?」 軽口を叩く殺人鬼。通じているようで、何も通じていない。理解の枠外。その相手に向け、メリッサは剣を振りかぶり、そうするべくと信じて。 隣を走る味方へと突き刺した。 貫くことは思った以上に容易く、抜いて血を払うまでの一挙動がこの上なく自然に行えたことを確信していた。 嗚呼、殺人鬼が多い。正常な思考が働かない。私はこの殺人鬼の群れの中で孤軍奮闘する。一緒に戦っている味方のためにも尽力を賭すのだ。身体が重い。吹き出した血は止まらず。赤く。嗚呼赤く。 真咲の姿がぶれたように映ると、刹那先には無数の刃を繰り出していた。 「ひとごろしは悪いことなんだよ。だから、大人しくやられてください!」 狂気じみた矛盾を口にしながら、フルスロットル。叩き込めるだけの火力を注ぎ込む。加速量ではなく、短時間でトップスピードに達する早さ。開幕と同時に最大手を打てることが真咲の強みである。 「人殺しはやめられないのよ。だから祈りも虚しく殺られてください」 しかしおどけたように返す殺人鬼の前で、殺意を孕んだ大斧は奇しくも空振りする。絶好の手応えを思い振り上げたそれが、ただただ空を裂くだけに終わったことに真咲は違和感を感じていた。 「あれ、今のいけたと思ったんだけどな。もしかしてお姉さん、なにかやったの?」 干渉を疑う。盤上で下された決定を、覆されたかのような不自然さに、子供心を見せながら問う。 「へえ、すごいな、さすが殺人鬼だ。じゃあさ、もう1回見せて!」 それでも止まらない。無邪気で、とても残酷な笑顔。 身体が重い。 カトレアがその身に不調を感じたのは、戦闘が始まってすぐの事だった。 妙な液体のつたう触感を覚え見やれば、右腕のひらから肘までにかけてばっくりと記憶に無い傷口が広がっていた。だくだくと流れる血液。一瞬眉を潜めたが、それが体内に入り込んだ敵アーティファクトの攻撃によるものだと理解するまでに、そう長い時間は要しなかった。 身体の中に敵が居る。実感はなくとも自覚したそれに不快感を感じないではなかったが、現状で対処の手段はない。流れ出る血液。彼女自身はこの程度の症状で済んでいるものの、仲間はそうもいくまい。 急ぎ、術式の詠唱を始める。祈り、乞う。それは何者をも覆す神の名。呼び、告げる。理想のイメージ。健全な状態へとその光は回帰を、し、て。 術式が終わる。発動して、なお残る不快感。不自然さ。これには思考するまでもない。やられたと思う。嗚呼、機械じかけの君よ。祈ることは許されない。 気だるさに膝をつく。そして無抵抗の時間が始まるのだ。 自分の首が跳ね飛ばされる悪夢を見た。 いや、それはひとつの軸上では事実だったのかもしれない。ともかくとして、可能性を消費して立ち上がることを選択したアラストールは、自分がこの復活によって混乱から覚めたことを理解していた。 戦いが始まってから、今この時までの十数秒。その間の記憶がすっぱりと抜けている。否、おぼろげながらに記憶のシーンは脳裏を駆け巡るが、なんだ、この、自分は誰に無かって剣を振り下ろしている。今の時間までの間、自分は一体何をしていたのだ。 自分よりも、感染の方が早かった。自分よりも、発症の方が速かった。そういうことなのだろうか。 疑問は晴れぬまま、再度切り裂かれ、目眩がして膝をついた。流れる血が赤い。赤い。立ち上がらねばならない。そうは思うものの身体は動いてくれない。この身は地へと自分を投げ出そうとしている。かろうじてひねった首で、視線の隅に狂人の見たけれど。今もなお病魔はこの身を犯し続けている。 綺沙羅の生み出した猛禽の群れが、殺人鬼の身体へと殺到する。鉤爪で、嘴で、残酷さを形にしたようなその殺到に、フィクサードも思わず怯みを見せていた。 それらは毒素を孕み、不吉を携え、痛みを抱いている。 影人を生み出し、仲間を守る傍ら、彼女もまた殺人鬼への攻撃を行っていた。自分が生み出した式神。符でできたゴーレム達。 「普段祈りもしない人間を神は顧みないか。最もかもだけど、意外にも『神の眼』はあんたをしっかり見てたみたいだよ。それともあんたは普段から祈ってる口だったのかな」 猛禽が姿を消し、なにか白いものが落ちる。それが眼球だと気づいて、少しだけ不快。 「あいたたた。え、何言ってるの。かみさまなんてさ、いるわけないじゃない」 それが祈らない者の理由。他の神を思うのではなく。どの神だって存在を信用しては居ないのだ。 それがこんな、神秘の世界の只中であったとしても。 綺沙羅の覚えていた不快感が色濃さを増す。センチメンタルなものではなく、病理的なそれ。また、重く重くのしかかる。 「殺人鬼を野放しとか……ほら物騒でしょう?」 九十九の弾丸が、少女の右肩に突き刺さる。噴き出す血液に代わり呪詛が流れ込み、彼女の身体を蝕んだ。 「人を不調にするのが得意な様ですが、自分が不調になった場合の対策は用意していましたかな? まあ、効かなくても痛いですぞ、この弾は」 再度至近距離で放たれた銃弾は、また彼女の右肩に埋まる。埋まる。えぐって、突き抜ける。少女の利き腕が、手にしたナイフごと中空を舞う。 「世界は殺人鬼や怪人な私も許容する懐の深さが有りますが、人間社会はそうは行かないんですよな。いやはや、ままならないものですのう。くっくっくっ」 ままならない。本当に、ままならないと思う。例えば、そう。再度この身に感じる不快感がそれだ。侵す病魔。事前に聞いた情報通りであるのなら、次はアレが来るのだろう。その時、何人が立ち上がれるだろうか。 のしかかる重圧。身動きが取れず、それでもこの身は溶かされていく。生命を脅かす。倒れていく。未来を支払ってでもそれを許さない。許しはしない、が。 ●殺人鬼の用法 時々、泣き出しそうになる。大きな声で喚き散らしたくなる。別に辛いことがあったわけでも、何が苦しいわけでもないのにだ。辛いことがないわけじゃない。苦しいことがないわけじゃない。だが、それとこれとは別の話。なんでもなく、なんでもない。どうでもなく、どうでもない。例え病院の個室で昼夜、寝たきりになっていたとしても、私は在る時叫ぶためだけに我が身を起こすだろう。ただただ衝動的に、本能的に。それを確信している。笑いたくば、笑えばいい。 そこからの判断は速かった。 運命と名付けられた何かを失ってでも意識を保つ。立ち上がれない味方を確認し、抱え、閃光を撒いて踵を返した。 走る。 どうぞ追い付いてくれるなという気持ちと、野に殺人鬼を再度放ってしまったことへの悔みと、左眼球と右腕、その損傷に因りしばらくは活動できまいという期待。それらがないまぜにごちゃごちゃに脳内で渦巻きながら、それでも走る。 息を切らして、筋肉の悲鳴を聞きながら。 走る、走る。 いなくなった彼らを追うだけの気力は残っていなかった。 あのまま続けていれば、この殺人鬼は死んだかもしれない。しかし死んだとしても、それは何人と引き換えだっただろうか。 腕を失ったままで、片目を喪ったままで、彼女は数歩あるくと、身体を身体を曲げ、左手で落ちた右腕を拾い上げた。 自分の中の病体は、この惨状を治してくれるだろうか。 「いや、無理かなあ」 そんなぐらいの曖昧さで、殺人鬼は堂々と、昼を行く。 了。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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