●善行と善良 「……正義の味方ってのは融通の利かないものなのね」 決して若い訳ではない。しかして、年老いたと表現するのも又違う。年齢不詳の気のある妙齢の美人が憂鬱気な溜息を吐いた。 「私達は『出来るだけ』迷惑をかけずに過ごして来た心算なんだけど――」 女の名は知れない。ただこの裏界隈では『マダム』と呼ばれている。アークによる分類はフィクサードだ。但し、本人の言を裏打ちする訳ではないが、積極的な反社会活動加担の記録は無い。 「何か一杯如何かしら?」と持ち掛けたマダムに六人のリベリスタは首を振った。 「迷惑か迷惑じゃないかって話じゃないの」 『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)の言葉は常の彼女のそれと同じように実に端的で辛辣なものだった。 「それを許せるか許せないか。判断は此方のものなの。 それに……結果として、ここに到ったならそれは確かに『迷惑』だし」 雑居ビルの地下フロアに、都会の闇に紛れてこの場所に佇む『クラブ・バタフライ』は表向きは疲れた都会の男達を癒す一夜の蝶の舞う場所だ。だが、その実態は――少なくとも日本国の法律には引っ掛かる『それなりに過激なサービス』を行う裏風俗のようなものだ。勿論、如何にそれ自体が犯罪行為であろうとも、警察ならぬリベリスタに取り締まる理屈は無いのだが。 「この場合の『問題』が何処にあるかは、理解されているものかと思いますが?」 淡々と言った『影人マイスター』赤禰 諭(BNE004571)の言葉にマダムは幽かな苦笑いを浮かべていた。 「勿論」 「ならば、我々が何を望むかも――結論は容易いでしょう」 クラブに現れたリベリスタ達は第一に『戦闘』を意識していたが、その意図は相手側の予想外の対応で一先ずの遅延となった。彼等を『大事な客』として迎えたマダムは、まず事情が出来た旨を伝えて他の客を外へと出した。勿論、一般人への被害を望まないリベリスタ側からすればその点は利益に沿うものだ。 「分かっているのと、出来る出来ないは別でしょう」 済し崩し的に会談の形となった現状で、黒い革張りのソファに座り、ガラスのテーブルにクリスタル・グラスを置いた彼女は周囲で会談の様子を見守る『彼女達』の視線を一身に受けて、強力無比なるリベリスタ達を向こうに回している。 「……『これ』が解決になると思うのかしら」 マダムの余りにも堂に入った佇まいに『炎髪灼眼』片霧 焔(BNE004174)が微妙な顔をした。 「行き場の無いノーフェイス達による娼館経営。貴方達は確かにこれまで危険な事件を起こしていない。サービスにしろ……お客からの評判は上々なのかも知れない。でも、貴方はエリューションの特性を理解していない訳じゃない筈」 焔の言及したのは神秘界隈に長い人間にとっては先刻承知の事実である。エリューションは二つの問題特性を備えている。一つは増殖性革醒現象。もう一つは進行性革醒現象。リベリスタ達がそれ等を見敵必殺の対象とする理由は、エリューションが周りをエリューション化させ、自身を強化し続けるという能力を例外無く備えているからである。 「完全に踏み外してしまったノーフェイスを貴方はどうしてきた」 『Innocent Judge』十凪 律(BNE004602 )の言葉にマダムは苦笑した。「冷酷な事を尋ねるのね」。 『舞蝶』斬風 糾華(BNE000390)は言う。 「この場を、私達が許せないのは分かっているわよね」 如何にマダムや『クラブ・バタフライ』がこれまで事件を起こしていなかったとしても、この先は分からない。状況からして、理性を失ったノーフェイスはこれまでマダム自身が処理してきたのは間違いないが、社会にエリューションを置く事で生じる増殖性革醒現象は不可避だ。同時にマダムの手に負えない化け物が誕生した時――街に解き放たれる恐怖は見過ごせない。 本来ならば問答無用で十分である内容だが、相手の物腰の柔らかさと客を遠ざけた返礼としてリベリスタは礼を見せたまでだ。 「どうして?」 糾華の言葉の後半は「そこまで」。自らの手でノーフェイスを殺害するマダムは誰よりも『クラブ・バタフライ』がつまらない延命に過ぎない事を理解している筈だ。如何に行き場の無いノーフェイスを匿った所で終末には破滅しかない。破滅に寄り添えば死神(リベリスタ)は彼女の身にさえ迫ろうに。 「……人間は、簡単じゃないのよ。 実際、理由のようなものもありますし、唇の端に乗せれば――見逃して貰えないにせよ、多少の理解して貰えるかも知れない。けれどね、立場が違えば善良と善行は同じにはなれない。私が貴方達の『善良』を理解出来ても従えないのと同じように、貴方達も私の『善行』を許しはしないでしょうから」 琥珀色の液体を一息に飲み干したマダムの言葉に、周囲を囲うノーフェイス達がすすり泣きを零していた。圧倒的不利を理解していながら、それでも一歩も退く気配の無いマダムは、まるで彼女達の母のようだった。調査データにはそんな事実は欠片も存在していないのは確かなのに。 「――交渉、と呼ぶにせよ正しいか疑問ですが。 話し合いは決裂という事で宜しいのでしょうね」 マダムは柳眉を微かにも動かさない『月虚』東海道・葵(BNE004950)の鉄面皮に「ええ」とだけ返事を返した。 「貴方は悪人ではないのかも知れませんが…… この世界には必要無い人間のようです」 「その言葉、そのままお返ししますわ。 私は貴方達を決して嫌ってはいないけれど、このお店のお客には相応しくは無いと思うわね」 ――ダルカン・マクドゥーガルによる実験では、魂の重さは凡そ21.262グラムであるとされたという。僅か四分の三オンスに過ぎないそんなちっぽけなものは、それよりも遥かに大きい肉体という器を支配し、突き動かす人間の本質だ。 「お帰り、下さいな」 現場に悪人は一人も居なくとも、運命は運命を試すもの。 交わらぬ平行線ならば、酷く不器用に力だけを頼りにして。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:NORMAL | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年11月19日(水)22:20 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●決裂 「……ホント、素直に正義の味方を名乗るには息苦しい世界よね、私達の世界って」 吐息混じりに『炎髪灼眼』片霧 焔(BNE004174)が零した一言は、恐らく多くのリベリスタ達の代弁だったに違いない。 「倒すべき存在に同情し得る話があるなんて有り触れた事。それでも倒さないといけないのは、世界の為。 嫌になるなんて事は一度や二度じゃないけれど、それでも――」 ノーフェイスを保護するフィクサードと、此の世の変異を許さないリベリスタの話し合いは最初から平行線だった。 無関係な客をこの場から遠ざけるという相互利益の達成が、交わらぬ二者に幾ばくか言葉を交わす猶予をもたらしたのは確かだったが――その短い時間は誰もが確信していた通り、意味を成さない確認に過ぎなかっただろう。 「――相容れぬ者達は喰い合い、残されたものが歴史を紡ぐ。 君たちの歴史はここで凪がせて貰うよ。未来に向かう波は終わり、何も残らない」 焔の言葉を続けるように言った『Innocent Judge』十凪 律(BNE004602)の黒い双眸が、真っ直ぐに一人のフィクサードを射抜いていた。 丸みを帯びたその身体つきは成熟した女性のもの。やや濃目の化粧は実年齢を若く見せる為のものか。 革張りのソファに品良く佇んでいるのは、夜の蝶に似合いの――年齢不詳の気がある妙齢の女性である。 「やはり、これは避け得ない。確かにこうなるのは必然ですわね」 ノーフェイスによる非合法クラブ『バタフライ』を経営するこのフィクサードを通称マダムという。何時の頃からかノーフェイスの保護活動という『悪事』を始めた彼女は長年実に巧妙にこの活動を続けてきた曲者だ。 「あんた達が悪いとは思わない。生物が『生き続けたい』と願うのは当然だから。 でも、あんた達は存在するだけで致死性の感染症をばら撒いているようなもんでしょ? だから駆除する。それだけ」 敢えて端的に断固とした結論を突き付けた『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)だった。 彼女の魔眼が店内の構造を見渡した。抜け目無く逃走経路を確認しておく辺り、この綺沙羅は戦い慣れている。 「語る言葉も、唇も持っているとするならば――せめても奇跡に縋りたかっただけ」 「善行善良、いい言葉です。さも、それが良いものに聞こえる。 耳障りのいい、砂糖まみれのオブラート、下らない感情の産物に過ぎませんがね」 苦笑を浮かべたマダムを 『影人マイスター』赤禰 諭(BNE004571)の辛辣な言葉が追いかけた。 彼としては今回の事件に考慮するべき事情は無い。 よしんばあるのかも知れないが、考慮する理由が無い。あくまで為すべきを為すまでだと考えている。 クラブの出入り口には式と影人を配置した。万が一にも水を漏らさぬ心算とは、冷徹な彼の事を言うのだろう。 それ以外の『悪事』は何一つしていないが、存在悪であるエリューションを庇うという行動原理がアークの正義に相容れるものでない事はアークならずとも全てのリベリスタ達が理解している原則である。 「……何ともやりきれない話ね」 可憐な面立ちに憂いの色を張り付けた『舞蝶』斬風 糾華(BNE000390)がマダムと似た表情を浮かべていた。 糾華は綺沙羅程は割り切れない。或いは諭程、今夜に冷淡にはいられない。しかして。 「救いきれない者を掬いあげようとして……そして結果誰も救われない? ナンセンスだわ。さあ、何時もの様に世界を護りましょう。あるべき結末を、幕を下ろしてあげましょう」 鎮魂を歌うように宣告した彼女は、少女のなりで――それでも甘えは置いて生きてきた。 「……やはり、お引取り願いましょうね」 リベリスタ達とマダムが席を立ったのはほぼ同時だった。 彼我の双方が咄嗟のステップに間合いを取る。 ガラスのテーブルを挟む形で向かい合った両陣営は、すっかり戦いの覚悟を決めていた。 否。厳密に言うならば、マダムに率いられる格好でリベリスタ達と相対するノーフェイス達はこの期に及べど、細かく震えていた。彼女達は見るからに戦士では無く、マダムもそれを求めていなかった事が直ぐに分かる。 「死ぬのは、恐いですか?」 彫像のようにその表情を変えない『月虚』東海道・葵(BNE004950)が静かに問うた。 「死からは何人たりとも逃れられない。 砂の零れる間のような一時、大凡21gのちっぽけを救う事が正義だと言うなれば頷きましょう。 どの道――わたくしには理解できない事ですが」 葵の言は否定でも肯定でも無く、皮肉でも無く、さりとて賞賛ですら無く。 馬鹿馬鹿しい程の綱渡りを続けてきたマダムという女を見据えていた。 言葉と同じようにその口調にも熱は無く、決められたプロセスを遂行する迷いを一分たりとも持っていない。 ――但し貴方達は、『教育上有害』です―― もし、鉄面皮の少女に熱というものを求めたいなら、彼女の根幹にある一人を見つめる他は無い。 正義ではなく、善意も悪意も無く。文字通り彼女はその為だけに生きていた。その為だけにここにある。 それは或いは――彼女が敵としたマダムにも似ていたけれど。 「参ります」 東海道葵は当然、知らない顔をした。 ●乱戦 語れば落ちる事もある。 仮にマダムの持つ事情を詳しく聞いたとしても、応える術が無いのならばそれは詮無い事だ。 素早く戦闘態勢を整えたリベリスタ達とクラブ『バタフライ』の戦闘は済し崩し的に始まっていた。 彼我の戦力は六人のリベリスタとマダムに加えた十五人のノーフェイス。 数字上はリベリスタ達の少数は明白だが、錬度という意味では大いなる隔たりがあるのは周知の事だ。 「愁嘆場は真っ平ですので」 短く一方的に宣告した葵の体が小さくブレる。 瞬間の加速は周囲の認識を置き去りにする影の舞踏の始まりだ。葵は正面でリベリスタ達を受けて立つ構えを見せたマダムではなく、戦いの空気に未だ不慣れなノーフェイスの女達をその狙いに定めていた。 (……効率の問題です) 露悪的な葵は唇の端を歪めてそう嘯いた。 百パーセントの本音とも言わないが、マダムを先に追い詰めればノーフェイス達が覚悟を決める可能性は高い。或る意味で虫唾が走る程に、彼女等は互いの傷を舐め合っている。教育に悪い癖に。 「……ッ!?」 葵の素早い先制攻撃にマダムの注意が其方に向いた。 「申し訳ないけど、手加減はしないわよ。 貴女達は今日此処で、キッチリケリを着けさせてもらうわ。絶対に」 瞬間、集中を乱したマダム目掛けて焔が一気に間合いを詰めた。 パーティの作戦において敵の中で唯一の使い手と言えるマダムを阻むのは彼女の仕事である。 (彼女を抑えている内はノーフェイスも簡単にこの場から逃げないでしょうからね。 ……心の中に譲れない、確かな物があるから。大丈夫、私は戦える) 己が内に僅かに存在する正義への逡巡を焔は容易に振り切った。 この場でマダムを引き付ける事は、ノーフェイス達に対して人質を取るようなもの。当然の事ながら、余り積極的に取りたいやり方ではないが――何を優先し、何を是とするべきか分かっているならば惑うまい。 「ク――ッ!」 僅かなやり取りで理解出来るアークの恐るべき錬度にマダムの表情が歪んでいた。 刹那、振り抜かれた乙女の拳が紅蓮の腕で短い間合いを焼き尽くしている。 「……さて、何処まで渡り合えるかしらね。暫しの間、お相手願うわよ?」 幾らか挑発めいた焔の微笑にマダムは唇を噛んで息を吐いた。 「悪人がいないこの舞台……いえ、善人こそが居ないこの舞台を。台無しにして差し上げましょう」 その唇に何処か詩的な言葉を載せた糾華が怯んだ敵陣を見つめていた。 告死の蝶がその使い手の意志に冷徹な煌きを撒き散らす。 リベリスタ側の先制攻撃に緩んだ敵陣は弾幕のように降り注ぐ荘厳な死の色に幾度も悲鳴を上げている。 (それが一番の結末だと思わない? 無慈悲極まりないこの世界にも。見捨てられ終わっている貴女達にも。 そんな貴女達を護ろうとしている、その、マダムにも) 敢えてその言葉で問う事をしなかった糾華の蝶は連なって女達を切り裂いた。 ノーフェイスと化した女達は己を襲う刃に痛み、苦しみ、泣いている。 しかし人間よりずっと強靭と化したその肉体は僅かな攻撃では死なる安寧を許してはくれないのだ。 緒戦で分かる実力差は明白と言えた。しかし、マダムは声を張る。 「……っ、貴方達ッ! 逃げられる子は逃げなさい。逃げられないなら、戦いなさい……っ……!」 「でも……」 「貴方達を守るには、それしかない……」 そう言うマダム自身、この場を逃れ得る可能性が幾ばく程残されているかを理解していない訳では無いだろう。 だが、彼女は万に一つの可能性を諦めてはいないように見えた。まるで妄執のように、『自分自身、何かに贖罪するかのように』。ノーフェイス達を見捨てる事をあくまで断固と拒んでいる。 マダムの悲壮とも言えるその声色に触発されたのか、ノーフェイスの女達は自らを守ろうと不器用にその力を振るいだした。ノーフェイスの膂力から繰り出される攻勢にリベリスタ側が守勢を取る。 だが、付け焼刃の攻撃と最初から壊れている彼女等の運命と絆に、綺沙羅は現実なる刃を振り下ろす。 「私は貴方の事情に興味は無い。 貴方は自分の信念に従い、キサ達は仕事を全うするという信念に従う――それだけだから」 白魚のような指先が高速で手元のキーボードを打鍵する。 淡々とした彼女の作業が呼び起こすのは宙空に組み上げられた朱雀(あかいぽりごん)である。 灼熱の火炎を帯びた赤き聖獣は一つの鳴き声と共に哀れなノーフェイス達を炎獄の渦へと巻き込んでいた。 同じ術を同時に奏でる事で素晴らしく連弾としたのは、綺沙羅に続いた諭であった。 「生憎と此処でお仕舞い、店仕舞いです。手続きは全て此方でやるのでご安心を。 餞は派手な火葬一択ですが――それも又、一興ではありませんか」 諭の放った朱雀はマダムを中心に炎の渦を巻いていた。 彼はマダムを苛烈な攻撃に晒せばノーフェイス達が逃れ難くなると考えた。マダムを追い詰めればノーフェイスが覚悟を決める可能性は小さくないが、逆説的に言うならばその抵抗ごと制圧出来るならばその方が確実だ。 戦闘経験、戦闘力という意味でアークに一日の長があるならば、この方が『より確実』だという事。 「今更子供の悲鳴に哀れさも何も感じはしませんね。 聞くのなら砲火の音の方がずっと良い。 ああ、掻き消されないなら遺言程度聞いてあげても構いませんが」 リベリスタ側の中でも一線を画す、諭の言葉にノーフェイス達は恐慌した。 「……君達の恩義はそんなものかな?」 迅雷の武闘でノーフェイス達を叩いた律が鼻で笑うように呟いた。 諭の考えを概ね理解した律は、煽る事でノーフェイス達の意識をこの場での戦いに釘付けんとしたのだ。 彼女達が数を頼みに逃げ出そうとしたならば、其方の方が対処が難しいという判断である。マダムを人質に取るのも、彼女達の感情を煽るのも『一先ず数を減らすまで、この場を動かさない最適解』が為に過ぎぬ。 それは極めて残酷で、極めて効率的な判断であった。 (……実に残念だが、そこまで気遣ってやれる義理も余裕もこの世界には無いのでな) 果たして己の敵が己を逃がす心算が無い事を心底から思い知った彼女達は猛然と生きる為の反撃を開始する。 その内の幾らかはリベリスタ陣営を傷付けたが、ノーフェイス側が猛攻に受ける被害はその比では無い。 一人、又一人と女達は倒される。倒れ逝く。 嘆くようにその表情を歪めたマダムの爪が相対する焔の肩を抉った。 焔とマダムのそれは、ほぼ互角の戦いだが――彼女がどれ程の怒りと執念を見せたとしても、戦場の趨勢はどうしようもない程に変わらない。これは本質的には戦いではなく、殲滅に過ぎなかった。 この世界の為に、葵が「必要ない」と断じた異物を消去する為の――作業。 短いようで長く、長いようで余りに短い作業は然したる時間も経たぬ内に終焉を迎えていた。 焼け焦げ、破壊された店内には幾つもの人型だったものが転がっている。 立っているのは六人のリベリスタとボロボロになった一人の女だけ。 疲れた大人を癒した都会のオアシスは、地獄絵図のようにその姿を変えていた。 クラブ『バタフライ』に女達の矯声はもう響かない。 ムーディーな音楽も、洒落た間接照明も、美味しいお酒もツマミも無い。 当然、艶やかな店主の笑顔が迎える事も無いだろう。 「君にも君の正義があったのだろう。 そしてそれは何も知らない大衆から見れば恐らく『美談』とも呼ばれるものだったのかも知れない。 彼女達を救い、陰で生き続ける。決して……そうだね、『読み手』として考えれば否定はしなかった。 しかしこれは現実で、私たちは世界の『守り手』だ。 呪いたくもあろうが、それすら受け入れよう。その覚悟をしているからこそ、私はここに立っている」 「……最悪だわ。正義の味方にそんな事を言わせる、この世界は。 何時だって最悪だったんでしょうね」 「そうでしょうね」 律の言葉に呟いたマダムに静かに応えたのは糾華だった。 「貴女がなんの為に私の前に立ち塞がってるのか、そこまで戦ったのか、正直を言えば興味があるわ。 興味はあるけれど、きっと届かないのでしょうね、私には」 焔は言った。 「……何て、本当に無駄な事だわ。心の贅肉とでも言うのかしら、コレ」 拳を交えれば少なからず分かる事はある。 彼女は『事情』とやらを一言も口にはしなかったけれど、彼女がどれ程にそれに執着していたかは良く分かった。今の彼女が、どんな想いを抱いているかも。 「奇跡も救いも何もかも世の中には足りないものです。罵りたいのでしたらご自由に」 「その心算はないわ。でも、貴方達に捕まろうとも思っていない」 諭の言葉にマダムは毅然と言い切った。 運命を持つ彼女の措置はリベリスタ達にとって『どちらでも良い』事だった。 彼女は然したる悪事を働かない。さりとて、野放しにすれば同じ事件を起こすだろう。 ならば、捕らえるか、倒すか。今の一言で彼女は自身の未来の選択を大いに断固として提示したのだ。 鉄面皮の葵は何時に無く饒舌に言葉を紡ぐ。 「生きる事とは即ち息をする事。 酸素すら与えられぬ子に呼吸の仕方を教えるのは優しさでしょうが…… 善人とは自己満足の上で成り立つ。 わたくしは未来永劫、貴女を肯定する事もなければ取り立てて否定する事もありません。 彼女らが世界や貴方に仇為す存在になった時、自らの手を汚し処分する哀しみも分かつ事ができません」 ――何故ならば、わたくしは絶対にそれをする事が無いからです―― 「……貴女に理由があり語る口を持つのなれば一言だけ聞いてあげましょう。 わたくしには耳がない訳ではありませんから」 オルオレの硝子が鋭利に煌く。 恐らくは当人にすら無自覚な感傷のままに「残す言葉は」と問うた葵にマダムが小さく首を振れば、冷たい死線は音も無く彼女の首を落とした。 「マクドゥーガルの言う21gより、かの哲学者の称するプシュケーの方がわたくしは同意できる」 「貴女の21gは目方よりは重かったのかも知れませんね」と言葉を結んだ葵に糾華は小さく嘆息した。 「さようなら、世界に愛されなかった貴女達。 ――恨んでくれても、構わないわ。さようなら」 ●199X 生まれて来た我が子は、一歳の誕生日を迎えるより前に人間からかけ離れた。 まるでXXXのような、まるでXXXのような。有り得ざる現実に私は恐怖と、絶望を禁じ得なかった。 只管に逃げ出したかった。 只管に混乱し、恐慌し、私は全てを投げ出した。 泣き喚くXXXをその場に放り捨て、私はそれまでの人生を投げ出したのだ。 後から後から追いかけてくる――XXXの鳴き声から耳を塞いで…… どうして、私が責められようか。 どうして、私が責められようか。 どうして、私が責められると言うのだろうか。 何も知らなかったのだ。この世界がどんな世界なのだか。 この世界には――どれ程の悲劇が転がっているのかを。 私は運命に愛され、『彼女』は愛されなかった――確率上の遊戯が引き起こした気まぐれの意味を! ごめんね。 ごめんなさい。 ごめんなさい。 私は、貴女を守るから。この世界の貴女達を一人でも多く救うから。 ごめんなさい。ねぇ、許して。ごめんなさい、XXX―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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