● いつか、王子様が私の恋人になってくれればいいのに。 お祭りの屋台でみつけた、素敵な人とめぐり合えるおまじないがされたブローチ。 それをつけて歩いていたら、貴族の若様に見初められた。 「君のことが大好きだよ。僕と一緒に都にいこうね」 彼の言葉に嘘はなかった。 精一杯の花嫁衣裳を調えて、彼に来て見せたとき、彼は軽く笑った。 「とってもとっても似合うけど、君とは教会にはいけないよ。だって、僕には愛する妻も跡取り息子もいるんだもの。でも、君のことは大好きだから、都におうちを買ってあげる。もちろん、君の生んだ僕の子供は、僕が手元に引き取って、相応の身分に付けてあげるよ。妻もちゃんと認めてくれた。君は、みんなに祝福されて僕の永遠の恋人になるんだ」 ああ、彼はとても誠実だった。貴族的に。 みんな? みんな? ああ、ダメよ。 だって。 そんなの、神様はお赦しにならないわ。 神様、どうか。 私が、愛するあの人に丸め込まれてしまう前に、あなたの元にお召し下さい。 私は、そう願って沼に身を投げたけれど、神様は私をお召しにはならなかった。 ブローチの力が、私を夜に踊る者に変えてしまった。 ● 「『ばかめ。ラトニャは来ぬわ』――って言っちゃったも同然なんだよね」 と、『擬音電波ローデント』小館・シモン・四門(nBNE000248)は、長いため息をついた。 「えー、かねてから世界的にぃ、いつやらかすのか不安視されていたバロックナイツ第一位『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュの『究極研究』がぁ、遂に完成へと到達しましたぁ」 いきなりつるっと言い出した。 「――であろうというのが、アークのフォーチュナの共通認識。『究極研究』と称される彼の最大事業の正体は完全には知れてませんが、世界滅亡規模でろくでもないのはフォーチュナでなくとも明らかです」 ちなみに彼が撒き散らす災厄は、黒死病クラスだ。腺ペストは致死率60%、肺ペスト、致死率ほぼ100%。 14世紀ヨーロッパの三分の一をどす黒いあざだらけの死体にしたのが『中途』なら、『究極』は。 「で。ぶっちゃけ、自分のホームグラウンドの欧州でやりゃあいいのに、とりあえず『日本で一発かまそっかな』 って決めちゃったっぽい。ここで問題です。研究が終了したら、どうするでしょう。言っとくけど、打ち上げとか、福利厚生じゃないから」 あらぬ方向を見据えるフォーチュナの頬にうつろな笑いが浮かぶ。 「そうですね、試運転です」 わざとらしい一人芝居を続行する。 「トーコーろーガー」 発音が怪しい。 「究極を試す相手、生半可じゃいけません。じゃ、半端じゃナイって誰。神。手っ取り早く『神』っていったら、誰。ラトニャ。ペリーシュはラトニャをボコってお試ししようとしてた――んだけどもさ。そんなん、ラトニャも知らないよね。予定入れてないじゃん。こっち来ちゃった。そんなん知らないよ。あんなん来たら、死に者狂うに決まってんじゃん。俺たち、全然悪くない。むしろ、よくやった!」 誰かにお願いしたいことがあったら、先にいっておくものだ。 「で。究極研究のマッチアップに任命されちゃいましたよ。と。つか、仕返しつうか、何してくれてんだ、こら。とか、そういう、あのその、アレだ。意趣返し?」 気持ちはわからなくはないが、ノーサンキューでございます。 「というか、多分、すっごく怒ってんじゃない? 因縁の対決。とか、決勝で会おうぜ的に盛り上がってた長年のライバルがどこの馬の骨とも知れない新設校に準決勝くらいで再起不能にされたって感じじゃん」 スポコン風味で伝わるニュアンスには限界がある。 「技量だけでも、過去最悪。それに悪感情が倍率どん。非常に、厳しい戦いになると思われます」 赤毛のフォーチュナは、そこだけやけにシリアスに述べた。 「自身を含むペリーシュ一党は北陸地方に上陸し、この日本に臨時の工房を作り出す構えです。ええ、もう、上陸してんだよ。でなきゃ、万華鏡に引っかからないじゃん。というか、引っかかったからみんな呼んだんだよ!」 フォーチュナの笑いは引きつりまくっている。 「今更、この動きを阻止する事は極めて困難。だけども、一般人や社会へのダメージ軽減、現地リベリスタの保護等も含めて、やんなきゃいけないこといっぱいあるから! よろしくね!」 ● 「というわけでぇ、引き続き、お話をさせてくださぁい」 紙の資料をつかまされた瞬間、もう逃げられないのを悟った。 「みなさんにはぁ、石川県に行ってもらいます」 能登半島! と、妙な気合を入れられても困っちゃうな。 「石川県の某所に巨大な沼が出現しました。ここで、『究極研究』の一端を止めて下さい」 そこは、片側三車線の交差点。 そこが銀色にたゆたい、白いもやが立ち込める。 四門は、コンソールを操作すると、モニターにバレエの舞台映像が流れた。 「『ジゼル』 は、有名なバレエ作品だね。結婚を目前に男性に裏切られて清らかなまま亡くなった女性の魂は、ウィリという妖精になる」 人を、妖精――E・フォースに変性させる方法としては非常に容易で確実だ。ウィルモフ・ペリーシュにとっては。 「身分違いの恋がかなうアーティファクト、『沼のほとりのジゼル』。ただし、結婚できずに手ひどく裏切られる。代償は乙女の命」 モニターには白いロンド。花冠を頭に載せた乙女達に踊りの輪に巻き込まれたら、死ぬまで踊り続けるしかない。 「ここは、繁華街。沼の中に一般人が誘われるのを阻止して。ウィリに手をとられて踊ってるうちに沼にはまる。沼は幻でプロジェクターみたいにあるブローチから投影されてる。上空、夜半、小さなものだし、勝手に飛ぶから、狙いを定めるのは難しいね。しかも、恐ろしく頑丈だ。でも、もしそれをこわせたら、ウィリたちはかなり弱体化する。よりしろみたいなものだから」 まあ、これは結構ばくち。と、四門はいう。 「人の形を保っているウィリが十人。で、コアが識別名『ミルタ』 見た目がちょっとゴージャスだから、すぐ見分けつくと思うよ。『ミルタ』を倒せばみんな消えるけど、ウィリが一人でもいる限り、ミルタは戦闘の区切りのたびに完全回復する。そんで、次のターンにウィリを何体か召喚する」 「ウィリ自体は非常にか弱い。だけど、神秘攻撃の効果は半減です。彼女達は、圧倒的な物理に弱い。だけど、男はそばによると踊りの渦に巻き込まれて、踊り続けることになり、最悪、魅了されちゃうから」 男に利用されて死んだウィリは、男を殺す為に現世にいるのだ。 だから、本当はペリーシュこそを殺したいのかもしれない。 だが、アーティファクトに阻まれて、それは出来ない、哀れな傀儡。 「みんなには、ミルタに命乞いをしてくれるジゼルはいない。死の乙女に沼に引きずり込まれないでね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年11月17日(月)22:57 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 深夜とはいえ、繁華街だ。 酔っ払いを乗せたタクシーが、五月雨のごとく交差点を通過する。 「今夜はそんなに寒くないって思ってたんだけど、道路は凍ってるね。運転手さん!」 ご機嫌になった客が陽気に話しかけてくるのに、運転手はそんな馬鹿なと前方を凝視する。 今日はいやになるほど生ぬるい風が吹いているのだ。 まだ、道路がブラックバーンになるほどではない。 「凍ってるって。あのへんキラキラしてるじゃない。頼むよ、事故ったりしないでおくれよ」 陽気な乗客への返事はなかった。 運転手はみるみる広がる銀色のぬかるみと中から突き出してきた女の腕を退かないことに全神経を集中していたのだから。 次の瞬間、タクシーは横転し、街路樹をクッションにして止まった。 ● 赤い狂戦士と破壊神の業は伊達ではない。 『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)は、ドレスの裾を翻し、半径200メートルの日常と非日常を切り取った。 強結界の作用で、急に脇道にそれていく車の音を聞きながら、旭は前に向き直った。 ピースガーディアンとして、戦うために。 「身分違いの恋って言えば、御伽噺の定番だよな」 チーム内でたった一人の男性である『黒犬』鴻上 聖(BNE004512)の手には、『神罰』という名の白黒二振りの刃。 何百年前に恐れたそれを執行しにきたのが、元がつくとはいえエクソシストなのは、福音なのかどうかは定かではない。彼女らがみな同じ神をあがめていたかどうかは定かではない故に。 「バレエ『ジゼル』は、村娘と身分を偽ったお貴族さまの恋……だったかしら?」 『揺蕩う想い』シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)、敵対する相手への辛辣な物言いは揺るぎはしない。 「婚約者が居ようといまいと許されはしなかったのでしょうね」 美しいバレエ作品も、最悪の男がいじるとおびただしい悲劇しか生まない。 そして、まみえる。悲劇の連鎖。被害者という名の加害者に。 いつか王子様が。 そう願って、おまじないのブローチを胸に飾ることがどれほどの罪だというのだろうか。 少なくとも、アーティファクトに想念を縛られ、惨劇の片棒を担がされ続けるほどのものではないはずだ。 ブローチが地球を何週したのか訪ねたくなるほど、さまざまな肌、髪、瞳、体型の少女達が沼からはい出てくる。 うつろな瞳。恋を失った絶望と幸せの余韻と何故こんなことになったのか今だ理解し難い困惑と。 答えの出ない問題。絡み合う想念が彼女達を形成している。 「まぁ、現実に身分違いの恋が成立するかどうかってのは怪しいもんだが……それにしたって趣味が悪い」 「技量に悪感情の倍率ド-ン。と、フォーチュナーは言ってましたが~」 ユーフォリア・エアリテーゼ(BNE002672)が、糸のように目を細める。 「私なら~、おまけで悪性格もプッシュしますね~。でなきゃ~、今回のみたいな~、捻くれたアーティファクトを~、大量に作ったりしませんよ~」 ウィルモフ・ペリーシュの性格が悪いのは、海が青いのと同義である。 つまり、その部分だけで世界有数の厄ネタなのだ。 悪意が何百年も服着て歩いている。 今日まで世界が存続しているのは、歴代のリベリスタの努力の賜物、奇跡の具現。あるいは、単なる気まぐれ、パワーゲームの産物だ。 研究が終わってしまった今となっては、巨大な実験施設に過ぎない底辺世界がどうなろうと彼にとっては知ったことではないのかもしれない。 「物語の中に出てくるみたいな、綺麗な精霊さん達がいっぱいだね!」 『疾く在りし漆黒』中山 真咲(BNE004687)、今日も元気だ。 「中身はいやーな感じのこわいバケモノみたいだけど」 その手の中の漆黒の三日月斧には、恋に翻弄された犬と少女と軟体動物の化け物の名を持つ。 「恋とかよくわかんないけど。結局はヒトを傷付けるしかできなくなっちゃったのなら。それはもう、殺すしかないよね」 最大多数の最大幸福。 どれほど崇高で清らかな想いでも、それが不幸をもたらすものなら世界から消えなくてはならない。 だから、真咲は感謝する。あなたの消滅で、世界はもう少しだけ継続を免れる。 「イタダキマス」 あなたを飲み込んで、更なる未来へと。 銀色の湖面。白く漂う濃霧。それに隠されるようにまがまがしく輝く、裏切りの赤。 柔らかなウィリたちを取り巻く色彩の中、そればかりが目に付くのは全ての穢れをその宝石が内包しているからかもしれない。 「さて、男吊のアイテムとは滑稽ダナ」 『歩く廃刀令』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)は、ざっくりと言って捨てた。 「身分違いネェ。何を以って身分違いトナルカ。結局裏切られるッテワカッテンナラ、私悲劇のヒロインに憧れてるッテカ?」 代償があることすら知らなかった無知が罪なら、裁かれるのも致し方ない。 「まぁ、私には関係ネーシ、サッサトブッツブスカ」 余計な情けは、新たなエニシを生む。 それゆえに、それが形成される前に全てを処理するリュミエールのはたらきは、まさしく「水」の名に相応しい。 そこに淀み動かない沼ではなく、どこまでも流れる清廉な水。 その水は、手を切るほど冷たい。 ● 助けを求めるようにもがく掌。 この人が溺れても、わたしの愛したあの人ではないのに。 それでも沈めなくてはならない。 それは、「黒い太陽」の条件付け。 新たな犠牲者を求めたウィリが動こうとした刹那、吹き飛ばされた。 圧倒的な暴力と、手に平の主を助けようとする強固な意志によって。 銀色に揺れる水面の上、赤いドレスのすそが翻る。 水面が割れるほどの 「こわいかもしれないけど。ちょっとだけ我慢してね、ごめんね」 沈みかけの指を絡めて、旭は腕一本だけでずるりと引っ張り出して、抱え上げる。 「もうちょっとだから。絶対助けるから――!」 だからがんばれという言葉が、聞こえる範囲のもの全ての心身を賦活する。 「しっかりなさい。ここから立ち去るのよ」 夜闇のように青い少女・シュスタイナは、小さな体に似合わない力で沼のふちからタクシードライバーを引きずり出した。 「ココはあなた達の場所じゃないわ。あの道を脇目も振らずに走るのよ!」 黄泉路につながる道を走るなら、後ろを振り返ってはいけない。 かすれた呼吸の引きつりが、かろうじてありがとうと少女の鼓膜を打つ。 どういたしまして。という代わりに、体の隅々を暖める柔らかい歌が聞こえてきた。 タクシードライバーは走った。その脇を、ずぶぬれの陽気な乗客が走る。 「運転手さん、色のある方へ行こう!」 光の方へ。現実の方へ。 幽玄の霧の中、リベリスタ達は踊り続ける。 「みーんなまとめて叩き落としちゃうよ!」 真咲の手から放たれた投擲斧は、真咲本人にとって最適の――敵対するものにとっては悪夢としか言い様がない――軌道を描きながら、赤いブローチ・ジゼルに向かって刃を振り下ろした。 かろうじて衝撃波だけをちょうだいする格好になった宝石をじっと見つめている猛禽類の目があった。 「狙撃、ねぇ……本格的なのはイカタコ以来かな?」 『狂気的な妹』結城・ハマリエル・虎美(BNE002216)の二挺拳銃のフロントサイトに赤い光が掠め飛んでいく。 「タイミングを読んで合わせれば……」 『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)の小柄な体が、銀色の沼の上を舞う。 タンバリンがぎりぎりと赤い宝石としのぎを削る。 「馬鹿に堅いですね!」 刹那の見極め。ナイトクリークの運動能力をもってしても重力のくびきはいかんともしがたい。底なし沼のそこでウィリにもてあそばれるのは勘弁だ。 「連携も久しぶりだねぇ――息つく暇なんかやらないよ」 うさぎが斜線から身を翻した刹那、虎美の銃弾がジゼルに突き刺さる。 「ひゅう」 何か細かい破片みたいなのが、うさぎの髪の毛を二三本散らしていった。 うさぎの着地地点ではウィリがてぐすね引いて待っていた。 真白い腕でかき抱き、踊りの渦に引きずり込む気なのだ。 「――あんた達の相手はあたしダヨ」 死に至る白を混ぜっかえすように、リュミエールの黒い九尾が旋回し、存在が希薄なウィリを八つ裂きにする空間を作り出した。 赤が噴出すことはなかった。 すでに、彼女達の肉体は大地に帰している。 つながれた妄執が、沼に吸い込まれるだけ。 怒りに燃えた目をした女王・ミルタがいる限り、時を置かずに沼から再び這い出してくるだろう。 「どっしり構えるよりちょこまかと~」 ギアを切り替え、細やかなステップを踏むユーフォリアがミルタに肉薄する様は、次々とパートナーチェンジを繰り返しているようだった。 かわされるのは、笑顔とお辞儀ではなく、宙を旋回するようにユーフォリアの指の中で踊るスローイングダガー。 ウィリの執拗な抱擁は、背筋を凍りつかせる冷たさで、確実に何かが吸い取られていくのがわかった。 「なんですか~、これ~」 吸血鬼の口付けが血を流すことを強要するものならば、妖精が望むのは自分達への手向けの涙。 偽りの嗚咽と滂沱の涙でも、ほんの少しだけ溜飲が下がる。 乙女たちを統率する、やや年嵩のミルタ。 魂のない目が、沼のほとりのリベリスタ達をねめ回す。 できるだけウィリを巻き込もうとしていたリベリスタ達の攻撃は、結果ウィリたちが取り巻いたミルタの攻撃範囲にリベリスタを集めることになった。 差し伸べられた白い手指に、生きる為の活力が吸い取られていく。 真咲は、目の前が黒くなるのを必死でこらえた。 まだ、「ゴチソウサマ」になっていない。 「――誰か倒れると戦力ガタ落ちで面倒ね」 それまでは翼で毒と氷を撒き散らしていたシュスタイナが、福音の調べを上位存在に請う。 仲間と自分に厳しい癒し手は、明らかにイエローゾーンに陥った者が複数視界に入らなければ攻撃の手を緩めない。 ● 聖の鉄の心は揺るがない。 「生憎、罪悪感を感じるような恋愛をしたことはありませんから」 尊きは、天上の星と我が内なる道徳律。 (……いや、付き合ったことが無いわけじゃないが。エリューション事件に巻き込まれたせいで……あー、くそ、止めだ。年下ばかりの場で言う話でもない……聞かせたくない子も居るしな) 流浪の元聖職者の身の上話は、告解室で秘密裏にされるべきだ。 降り注ぐ銃弾と斬撃の雨をかいくぐるように赤い宝石はくるくると小刻みに回避行動を繰り返す。 「人の思いを踏み躙る為だけに作られたような…そんな物を、残しておくわけにはいきませんよね」 赤い石の破片が砕ける。 リベリスタ達がこつこつと積み上げてきた破壊への意志が、ウィルモフ・ペリーシュの悪意の練成である装身具を打ち砕く。 それは、巨大な砂山をスプーンで抉るような気の遠くなるような作業。 集中している間の焦燥を奥歯で噛み潰し、引き金を引くごとに小さくなっていくブローチ。 恥ずかしがりの乙女のように、少しでも見つめられれば逃げを打つ。 ウィリを撃つついでに、あるいは有無を言わさぬ強引さで掴んで叩き割る隙に、狙撃手たちが狙い撃つ。 ナイトクリークの本能。うさぎは、完全な破壊に至る領域に差し掛かっていることを悟る。 振り上げる刃。脳内に畳み掛けてくる映像の奔流。 (身分違いって何をいうんだろうね?) 誰かが行っていた疑問の言葉がこだまする。 恋する乙女の感じるわずかな気後れ。 他の誰かが聞いたら一笑に付されるわずかな悩みが断末魔の宝石によって増幅される。 (恋を実らせたくはないかい? あの腕の中に納まりたくはないかい? かなえてあげられるんだよ?) あまりにも甘美な誘惑。 もしも、この宝石にまつわる悲しいお話を聞いていなかったら。 何も知らない一般人だったら、肯定の意を示してしまいそうなときめき。 誘惑への返事は、心を弄ばれた乙女達の容赦ない一撃だった。 「神秘半減?」 シュスタイナは低く唸った。 「半分でも通じるなら続けるだけよ」 吹き上がる黒い羽根の竜巻。 刃のタンバリンは饒舌なはずの主によって無言のまま躊躇なく幾度も打ち込まれた。 「あれをお兄ちゃんだと思い込むんだ」 虎美の声はあまりにもいつもどおりで、逆に仲間をぎょっとさせた。 「私はお兄ちゃんならばどんな動きでも見逃さない。絶対逃さない、絶対届かせて見せる」 ああ、いつだって恋は自分でかなえるもの。 「一・撃・必・殺! 届け私の愛!」 愛情表現は人それぞれ。そう、彼女の二つ名は『猟奇的な妹』 「想いも一緒に帰してやれよ」 二連の銃声の中、呟く言葉は誰かの耳を打っただろうか。 (過去の犠牲者の為、未来の被害者の為、此処でジゼルはぶっ壊す) 虎美の銃弾の隙間を縫うように、聖の刃を組み合わせた十字手裏剣が撃ち放たれる。 ヒラリオンの、あるいは、アルブレヒトのような男ばかりではない。 天罰覿面。 赤い宝石が打ち砕かれ、銀色の沼と霧が姿を消し、ウィリとミルタを置き去りにして消えるまで、苛烈な攻撃が途切れることはなかった。 ● どれほど呪わしい存在とはいえ、ウィリたちの力の根源はブローチが作り出すあの沼だったのだ。 まさしく、霧の残滓のようになったウィリのダンスの人数は、見る間に減っていく。 「こんな口調でも高速戦闘のソードミラージュですよ~」 リベリスタには、ウィリの数が決定的に減り過ぎないように調整する余裕さえ出てきていた。 「ときどき、こんなのもまじったりして~」 軽さが真情のはずのスローイングダガーに重たい闘気が乗る。 軽やかさとは打って変わった重量級の一撃が、女王を守ろうとするウィリを弾き飛ばして、ミルタはどんどん孤独になっていく。 「鴻上さん、ショーゼットさん! ミルタが落ちます! 攻撃しないで下さい!」 うさぎが、後方に向かって叫んだ。 「速度的に私らがトドメになると、残りのウィリさんの撃破が間に合わない危険がありますから……集中なり援護なりしてましょう!」 いっそ、興に乗ったまま戦い狂ってくれればいいのに。 一体でも残っていれば、ミルタが滅びることはないのに、リベリスタは、ミルタとウィリの悲しみの連環を赦さない。 最後のウィリが葬られ、ミルタだけが残る。 女王を倒さなければ、程なく新たなウィリが召喚される。 ミルタの指はリベリスタの生命と涙を搾り取るけれど、もはやリベリスタを沈める死の沼はない。 「だいすきなひとの、一番で唯一になりたいよね」 炎は浄化。銀色の霧と沼に縛られた思いを、燃やして空に還そう。 「他のひとが幸せのかたちを変えてくなかで、ひとり、永遠に恋人のままなんてしんどいよね」 残された想いに共感を。一緒に沼の底に沈んであげることは出来ないけれど、そこにあった切なさと、切なさを悪用された悲しみと羞恥を覚えていよう。 旭の手甲は、不殺の戒めが印してある。 如何なることがあろうとも、百度地獄に落ちるだけの苦しみを与えられても、安寧の死を得ることは出来ない。 断末魔のミルタの指先が、旭の命を全て吸い取るほどの衝撃を与える。 だが、旭は恩寵を磨り潰して立ち続けた。 ここで、膝を折るわけにはいかなかった。 誰かが代わりにミルタの引導を渡さなくてはならない。 「裏切られたことをずーっと恨んでて、それで復讐してるのかな? そんなのは悲しいと思うよ」 真咲のスキュラが、ウィリの女王の悲しみを食う。 「ボクが忘れさせてあげる、苦しみから解放してあげる」 みんな、食らい尽くしてあげる。 「あなたのしあわせは、わたしには叶えられないけど。せめて、最期の望みのとおりかみさまの御許へ――」 愚劣な錬金術師は、わたしたちが倒すから。 「ゆっくり休んで下さい。貴女は何も悪くない。しかも十分すぎるほど苦しんだ」 うさぎの生業は、弔い屋だ。 「だから、神様だってきっと赦してくれますよ」 どうかよき道逝きにならんことを。 ● 霧も晴れた交差点には、冷え切ったアスファルト。 沼の名残などどこにもない。 激しくこすられたブレーキコンだけが、この場で何かが起こったことを示している。 衰弱した一般人の搬送が始まっていたが、旭の沼の水面上からの回復行動によって想定より多くの一般人が助けられそうだった。 「沼のほとりのジゼルナ――男に騙されて云々なら同性に走れば楽ダッタンジャネ」 リュミエールの極論。女だって、騙すのは上手なのは山ほどいる。 「マァ、騙されて死にたいと思うほど好きだったノカネエ? 純粋な愛は嫌いじゃないぜ? 自分を大事ニシナイノハイケネエケド」 シュスタイナの呟きに、誰かの肩をぎくりと震わせる。 「それでもそれを『恋』 と呼べていた頃は幸せだったのかもしれないわね。歪んでいたとしても」 口元に浮かぶ笑みは何を意味するのか。 女の笑いは意味が深い。 銀色の霧の水面と乙女の聖霊を飲み込む程度には。 「ゴチソウサマ」 真咲はそう言ってぺこんと頭を下げた。 それはいつもの戦闘後のけじめと同じだったけれど、誰に向かって下げたのかは、真咲だけが知っている。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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