●商品説明 「何せ、頑丈ですよ」 「ほう、そんなにかね」 「耐久力は『人間』の比じゃありません。 個体差はありますが、これは永遠に若いまま。 何をしても、どう使おうと……まぁ、大丈夫でしょう。 余程の状況になりゃくたばるかも知れませんが、その辺りはお客様次第って訳です。 ……ま、所謂自己責任ってヤツですね。 お買い上げ以降の事は、『推奨使用環境』の説明書辺りを確認頂くとして」 「しかし、『人間』より強靭という事は……危険は無いのかね?」 「ご安心を。クライアントのそういった声に応えるのは当然ですからね。 此方の商品は『そうならないよう』に徹底して厳重な品質管理の下に置かれていますよ。 ミスタはパブロフの犬を御存知ですか?」 「条件反射の実験だったかな? 定義付けを受けた動物が、与えられた外部刺激に同じ反応を返すようになる……」 「十分です。つまり、そういう事ですよ。ミスタ。我々の『調整』は完璧です。 フィジカルが如何に化け物めいていようと、精神は同じではない。生意気にも『人間』を模している位ですからね。結局はその枷から逃れ得ないという事です。 それでも心配というお客様は居ますからね。そういうお客様には『首輪』も御用意しておりますよ。 ……ま、究極的な安全性の方はお値段に反映しますが、ミスタの場合、『最高級品』を買えば済む話なのですから、大きな問題にはなりませんでしょう?」 「その点は最初から争点にはしていないよ」 「だと思いました。つまり、これは理想的な商品なのですよ」 「……そうだな。面白い案件ではある。具体的な商談は何時出来る?」 「『在庫』はありますが、ミスタにはオーダーメイドの方がお似合いかも知れませんね」 「オーダーメイド?」 「素材から調理までお好みに仕上げるという事です。 大体、半年も頂ければ。その場合、お値段の方は……そうですね」 ●ボーダーライン 「……何処から何処までを『人間』として扱うべきなのかしらね」 強い憂鬱を感じさせる『リンク・カレイド』真白 イヴ (nBNE000001) の溜息の正体を、ブリーフィングのリベリスタ達は分からないとは言えなかった。 「人身売買組織か」 「それも、『革醒者専門』のね」 平坦な口調に嫌悪が混ざるのはイヴも年頃の少女だからなのだろう。 「元々は三尋木と政治的に繋がってた連中みたいだけど、三尋木そのものじゃない。『Love&Peace』を名乗るこの組織は、革醒したてのフェイト持ちを狙って、自分達の商品に仕立て上げているみたいね。皆に経験があるかは分からないけど、革醒したての革醒者は戦闘的な能力を発現していない事も多いから。彼等にとっては扱い易い商材なんでしょう」 例えば獰猛な野生動物を狩るハンター達のように。 「そんな仕事をしてて……良くもまあ今まで」 「三尋木という組織が鵺のような存在だった事は知ってるでしょう?」 イヴの言葉にリベリスタは頷いた。財界、政界、法曹、マスメディア……広く日本に食い込んだ彼等は戦闘力以上に其方が厄介な存在だったと聞いている。 「裏野部のような無軌道な連中なら武力だけで解決出来る。 でも、駆け引きが必要なら私達の強味は――時に弱味にもなる。 時村は、可能な限りアークの存在を秘する必要があったんでしょう。 犠牲が大きいか小さいかの判断で捨て置かれた案件は無い訳じゃない」 成る程、良くも悪くも時村沙織はそういう男だ。 「状況を変える事は、良くも悪くも時勢に変化を生じさせる。 裏野部一二三が討たれ、三尋木が海外脱出を企てた今、私達が関わらなければならない仕事は――ある意味においては増えたとも言えるのでしょう」 大きな傘の下に居る悪党共は、その存在を理解されながらも『政治』を理由に見逃される事もある。しかして、その傘が力を減じれば彼等は決して捨て置ける存在ではない。 「しかし、三尋木の影響力が引きつつある今となっては……」 そう言ったリベリスタに首肯したイヴは続けた。 「彼等の調達先は東南アジアを中心とした海外から日本国内まで多岐に渡るみたいね。 ……捕まった人達がどういう目に遭うのかは、知らない。 いいえ。例え、知っていても、敢えて言いたくないわ。 最終的に『出荷』される時には、色々壊されているのは間違いないけど。 重要なのは、こんな組織が今も日本で活動を続けている方よね」 暗澹たる未来は、奪われた未来の数は想像するに難くない。 無抵抗な幼な子を、無辜の誰かを攫い、蹂躙し、売りつける――そんな『ビジネス』が認められるならば、この世界はディストピアだ。少なくとも希望の箱舟が存在するこの日本で認める訳にはゆくまい。 「任務は組織の壊滅か」 「そうなる」 「……しかし、酷いなフィクサードって連中は」 フィクサードからしてもフェイトを得た革醒者は謂わば同属だ。それを…… しかし、イヴは呟いたリベリスタに小さく首を振った。 「フィクサードは傭兵。組織の代表は、彼等じゃない」 「え?」 「……唯の、人間よ」 底冷えするような口調で吐き捨てた未来視の少女はそのオッドアイに何を映していたのだろうか。 「何処から何処までを『人間』として扱うべきなのかしら」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年11月17日(月)22:49 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●定義 「正義みたいな悪党。悪党みたいな正義。 化け物じみた人間。人間じみた化け物。 境界なんて何時も曖昧で、皆、都合の良いように線を引いているだけさ」 『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)の静けさの中に微かな熱が込められていた。 「どうしたら人間で、何処までいけばそうじゃなくなるんだろうな?」 「……ま、何にせよやり過ぎちゃいけない。そういうのはいけねぇよ」 魔槍深緋を担いで肩をポンポン、とやりながら『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)はその人の良さそうな顔を珍しい苦味の色に顰めていた。 (……高い金に利益も回したのに、本当に逃げやがったのか三尋木凛子……!) 義衛郎やフツの視線の先で端正な顔立ちをした茶髪の男が舌を打った。彼を守るように展開する黒服達の数は六名。十名程の護衛フィクサード、そして停泊する船舶から顔を覗かせるフィクサード達、 「た、多治見君! これは一体、大丈夫なんだろうね!?」 「御安心を。『良くある』ちょっとしたトラブルですよ。数を見れば分かるでしょう?」 警戒体制を取る連中とは裏腹に泡を食ったようにうろたえる一般人達の姿もそこにある。 革醒者の人身販売を主要に行う『Love&Peace』社と仕入先である東南アジアフィクサード組織の取引阻止、そしてLove~社の壊滅が今夜のリベリスタ達に与えられた使命であった。 「玩具で遊ぶのって私も好きなんですよー。 だから、興味が有るんですよね。玩具にされる子達ってどんななのか? ふふ、ふふふふ……」 『グラファイトの黒』山田・珍粘(BNE002078)の口角は不穏当に持ち上がっている。 虚無めいた深い輝きを湛える翡翠の瞳は、彼女の底を決して知らしめる事は無いだろう。 「後学の為にもね、是非。今回は見せて貰わなければ、と思いまして」 「何の用だ、君達は」 男――呼ばれた名前から多治見豊であると推測される――は、努めて冷静な声でリベリスタ八人に問うた。 八人である。リベリスタ側の総戦力は実は十人だが、内二人――『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)と『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)は早期に戦闘を展開する主力班とは別働で、Love~社が取引をしようとしている商材(かくせいしゃ)を解放するという任務を負っているという訳だ。 狡猾で慎重な男らしく、取引現場の警戒は厳重だった。奇襲強襲からの済し崩しの戦闘が難しかった事から相対して注意を引く格好とはなったが、多勢に無勢の『数』は彼に幾らかの自信を与えているように見えた。 「聞かないと、分からないかなぁ……?」 多治見に応えるセイレーンの声は尽きぬ呪いに満ちていた。 「本当に、分からないかなぁ。 許せない、許せないって呪いの歌みたいな声が頭に響くんだ。 自分が歌う側のはずなのに、変なの。なんかハッキングされてるみたいで気持ち悪い!」 『謳紡ぎのムルゲン』水守 せおり(BNE004984)より立ち上る静謐な殺気は義憤ではない。憎悪である。 深い海の底のような青い目に感情を揺らす彼女を庇うかのように、義衛郎は一歩前に出た。 「今更の話だなー。力なくても悪い事する奴はそりゃいるさ。 だから、元からあたしは悪い奴を人間だとは思わない事にしている。一匹たりとも逃がさんぞー」 平素、朗らかで――見ているだけで飽きない、負の感情の殆ど見えない『D-ブレイカー』閑古鳥 比翼子(BNE000587)にしても渦巻く激情はせおりと同じだった。 「まるでモノ――いえ、それ以下の…… 同じ人間に対し此処まで出来るのか、と。怒りや憤りを超えて恐怖すら覚えます。 『人間』の所業というのが、尚更に!」 フツに顔を歪めさせた、せおりに比翼子に怒りと憎悪を点した、そして 『相反に抗す理』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)の白いかんばせに慟哭と苦悩を刻み込んだ罪は、革醒者にとっては一際許し難いもの。 「政治絡みで動けなかったことは、これまでも散々あったがね。 そういうのは出来れば金輪際――テレビの社会派ドラマにでも任せたい」 気持ちは同じ、痛い程分かる。そしてこんな時の苦笑いは感情を誤魔化すのが上手い年長者の特権だ。 口元を歪めて冗句めいた 『ウワサの刑事』柴崎 遥平(BNE005033)は何より悪を憎む現職の警察官である。 「枷を外された警察の犬は、しつこいってことを教えてやるよ。 静岡県警の柴崎だ。多治見豊、誘拐罪他の現行犯で逮捕する!」 「……つまり、君達は邪魔者という訳だ」 先刻承知の事実を最低限確認するだけした多治見が指を鳴らす。頷いたフィクサード達は戦闘体制を取り、停泊していたコンテナ船の方からも十五名程の武装フィクサード達が港へ飛び降りた。 胸を撫で下ろしたらしい顧客達が安堵に歓声を上げた。 数の上では多治見と彼等顧客を除いても、八対三十三。圧倒的に多治見側有利である。 「『化け物』ってのは悲しいモンだな。算数も出来なくなっちまうもんらしい」 本性を表した多治見が醜悪な笑みを浮かべて相対するリベリスタを「化け物」と罵るシーンは、皮肉な喜劇のようだった。 「……」 用心棒のリーダー格である甲斐庄治が何事か多治見の耳元で囁いた。 表情を一瞬だけ変えた多治見が小さく頷くのを遥平の刑事の目は見過ごしていなかった。 (どうやら、馬鹿ばっかりじゃねぇな) Love~社の中で要注意戦力と呼ぶべきなのは、耳打ちをした甲斐と裏野部崩れの室田樹である。冷静な甲斐と耳打ちで刹那真顔に戻った多治見の様子を見るに、アーク側の戦力が数でない事は伝わったと見る方が賢明であろう。つまる所、多治見の動向には常に注意を払うべきである、という事だ。 尤も、それもリベリスタ達の想定の範囲ではある。 「僕が助けてみせるよ。この先の君たちも一緒に」 『助けられるLucky』を、今度は僕が――内心だけで続けた『アカシック・セクレタリー』サマエル・サーペンタリウス(BNE002537)の言葉の向く本当の先を、少なくとも悪党共が理解する事は無いだろう。 「君たちは、僕たちが相手だった幸運に感謝するといい」 この期に及んでも、アークのリベリスタは優しいから。 「社長さんよ、もういいよな」 「ああ――片付けてくれ」 薄笑いを浮かべた室田に無表情の多治見が頷いた。 ●救出 一切の躊躇も、一切の慈悲も無く。 暗い空より、裁きの星が降り注ぐ。 地上で悪事を働く全ての愚か者に理と正義を示さんとでもするかのように。 「アタシは既に人でないもの、怪物よ。それを怒らせたらどうなるか――精々、思い知るといいわ」 朗々と闇を切り裂く、静かな言葉に爆発しそうな位の感情が込められている。 その半生からフィクサードを極度に憎悪する恵梨香は、今回の敵に並々ならぬ怒りを燃やしていた。 埠頭で戦闘が始まったのを確認した別働隊の二人は死角よりコンテナ船に侵入を果たしていた。二人が相手にするのは船内に残った東南アジアフィクサード十名程。元々二十数名居た戦力は多治見の加勢に動いた分、彼等が負担するべき部分は小さくなっている。勿論、別働隊の目的は敵の殲滅だけではない。むしろ重要なのはコンテナに囚われた商材(かくせいしゃ)の救出の方である。 「どうかしら。怪物に叩き伏せられた気分の方は」 皮肉に唇を歪めた恵梨香の視線の先に、相当のダメージを隠せないフィクサード達が居る。 人間と革醒者を分類するならば、彼等はむしろ恵梨香に近い。 「どうかしら、化け物の――」 「――一般人から見たら僕たち革醒者は化物かも知れない。 けど、心は一般人と同じだ。人を人と定義するものはきっと心なんだと思う。 もし、肉体が人と違ったとしても――だから、僕たちは同じだ。室長も、博士も、皆同じ」 詰るように言葉を発した恵梨香を遮るように夏栖斗が言った。 小さく息を呑んだ恵梨香の視線の先で夏栖斗が躍動した。 反撃に飛び掛かってきた三人のフィクサードを食い止めたのだ。 紅桜花と玄武岩が斬撃を跳ね上げ、抜群の身のこなしが敵の刃の切っ先をあしらっている。 「でも、こいつ等は――」 殺しても飽き足らない。 「――僕は正義(ジャスティス)じゃなくって正義の味方(ヒーロー)になりたいんだ」 感情と理性の狭間で、それでも一つでも多くを救いたい。 敵が如何に唾棄すべき存在であろうとも殺したくはない――夏栖斗の理想は或る意味で甘えでしかない。 だが、恵梨香は続く言葉を飲み込んだ。 深淵を覗くならば深淵に取り込まれるな――ニーチェの言葉は今の彼女に適切だ。 (怪物、でも) 誰も――彼も。彼女がそうある事を望んではいないのだろうから。 「でも、怒ってない訳じゃ無いからな!」 雷迅を帯びた夏栖斗の強烈な蹴りがフィクサードの体をくの字に曲げる。 「……邪魔よッ!」 尚も前を塞ごうとする敵陣を恵梨香の銀の弾丸が薙ぎ払った。 彼女にとってアークの任務は己が憎悪に優先する大事である。但し勿論、手加減をするような事はしていないが。フィクサードは己が罪に相応しいだけの責任を取れば(アークとの対決をすれば)いいだけだ。 多勢に無勢ではあるが、船上の無勢は余りにも強靭過ぎた。敵側の抵抗を然したる苦労も無く鎮圧した二人は、前もって恵梨香の千里眼が看破していた商材(かくせいしゃ)のコンテナを破壊する。 「……っ……」 「大丈夫。助けにきたわ」 咄嗟には分からない――現地の言葉で何か恐怖の声を漏らした十人弱の子供達に恵梨香が言った。 ともすればささくれ立つ気持ちを抑え込み、可能な限り――不器用に、柔らかい表情を作りながら。 傷付いただけ、痛んだ分だけ。此方は以前よりは随分器用に。頷いた夏栖斗はそれに倣う。 「君たちを縛る、怖いのから助けるから。安心して」 ●無双 「死にたくなかったら、その辺のコンテナの陰で大人しく怯えてろ」 平素の語調よりずっと厳しい義衛郎の口調は、正しく対象への感情を表していると言える。 敵陣に見事に飛び込んだ彼の立ち回りは、その目を強烈に自身に引き付ける華やかなものになっていた。 (如何なる結果もオレの責任でしかない……!) どんな時も、どんな結末を得ようとも。歩んだ軌跡に言い訳をする心算は無い。 義衛郎の切っ先が埠頭に凍える霧を呼ぶ。 「殺しちゃいけないってことになってるけど、流れ弾ならしょうがないよね。手加減とか苦手だし!」 苛烈なるはせおり。 「革醒者の力をじっくり見て覚えるといいよ」 淡々と言ったサマエルのスピードが場の誰さえも圧倒していた。全身に青く火花を散らす彼女の電撃戦(ブリッツ・クリーク)は、自身を狙ったフィクサードの機先を制する格好で悪夢の幻影を紡ぎ出している。 「君の見ているその悪夢(ゆめ)が、君の与えたそれに相応しいとは思えないけれど」 月蝕に咽ぶ敵の苦鳴に注がれる銀光の視線は、穏やかながら至上の冷たさを帯びていた。 リリの銃が目前の敵に狙いを定めた。 「不当に踏みにじられた子供達の未来に、光を。さあ、『お祈り』を始めましょう!」 祈っても、祈っても、まだ足りない。 人の子は総て、幸せになる為この世に生まれました。 この世界には、素敵なものが沢山あって…… それを『人が自らの意志で』択ぶ権利を神様は下さいました。 神様からの贈り物を、他人が侵す事があってはなりません 奪う事しか知らない貴方達の下に『愛と平和』などはあり得ない! 弾幕は罪深き人に悔恨と悔悛を求むる聖女の銃声(せっぽう)である。 されど多治見は嘲笑う。 「人間は、な。お前達の何処が人間だよ? ええ?」 「人の形をした悪魔。その口で尊い愛と平和を名乗るなッ!」 祈りとも分からぬ――正体の知れぬ弾丸が唯、戦場を荒れ狂う。 埠頭での戦いは壮絶なものになっていた。 厳密に言えば阿鼻叫喚を上げていたのは概ねLove~社側だけである。 「邪魔しまくってやるぞ、おらー! パンピーどもは動くな。もう届く」 発光を見せた比翼子の存在感はその風貌もあって格別である。 彼女の狙いは正しく自分に注意を引き付ける事だ。 しかし――今夜の彼女は明らかなる憤怒である。 「今殺さないのは理由があるからだ。お前らのことは全員、全員覚えたぞ。 覚えたぞ。覚えたぞ。顔も名前も声も臭いも全部覚えた。 何かつまんねー手を使って檻の中から出てきたらあたしが殺す。 他に悪い事してるのが分かれば檻の中にいても殺す。 お前らが無事に寿命迎える前には何か理由つけて絶対殺す。 あたしは今頑張って――頑張って我慢しているだけだ!」 まるであの魔神のようではないか。 顧客は逃げ惑い、釣られた社員達が比翼子に当たらないサブ・マシンガンを乱射した。 「いい声ですねぇ」 悲鳴と恐慌に「うんうん」と頷いた珍粘は蟲惑的な笑みを浮かべ、嗜虐的にこの場の空気を楽しんでいた。 「いたいけな少年少女の身も心も壊して支配したい……その気持ち、とてもよく分かります。 私もそういうのも大好きですから、後学の為に、どんな事をしたか教えてくれません? 例え隠しても、『読み』ますから無駄ですけど!」 鈴の音で笑う珍粘の奈落を帯びた槍がフィクサードの胸を貫く。 ずっとする位に美しい、艶やかな表情には普段の彼女が辛うじて『擬態』する人間味が余り無い。 ……人に合わせる事はしても、本質は此方だ。『恋人』の座は、それらしく苛烈なもの。 「……すてき」 脳裏に流れ込んだ映像に珍粘は唇をぺろりと舐めた。 彼我の錬度の違いは歴然たる差を持っていた。つまりそれは『一般人は極力殺さない程度に扱う』という申し合わせを可能とする程の差である。 (……高原達は……うん、問題はねぇな。目星の通りだ) Love~社側は初動より猛烈に動き出したリベリスタ達に必死の対応を余儀なくされていたが、リベリスタ達は元よりチームを二つに分けている。加えてこのフツのように広い視野と千里眼で確実に作戦を動作させているものも居る。当初よりの判断で千里眼の透視が効かない――つまり神秘的加工のなされたコンテナが怪しいと睨んではいたが、大体その想定は正しかったと言えるようだ。 (お……) 千里眼同士目があった。恵梨香とのアイ・コンタクトでフツはこの後の彼等の動きを理解する。 「まずは、困った社長さんの確保だよな」 「させるか。つーか、テメェ等アークにはよ。たっぷり恨みも残ってんだ!」 「――強敵のおでましか!」 朱槍を備えたフツが間合いを詰める。多治見を狙う動きに対応したのは室田だ。 流石に動きが良い所を見せた彼は、フツと見事な打ち合いを見せる。 「邪魔だ」 多治見を庇う護衛に遥平の銀弾が突き刺さる。 場の状況を察して彼を移動させようとしているのは、やはり冷静な甲斐だった。 「させないよ!」 獰猛な獣のようにせおりのしなやかな体が敵目掛けて飛び込んだ。 「謳ってあげるね、死出の船歌を! あっはは! 一隻残らず沈めてあげる!」 甲斐に浴びせかけるような一撃を加え、高笑いを見せる。 小さく悲鳴を上げた多治見には、彼女は怪物に見えたのだろうか? 「――落ち着け、『水守せおり』!」 「――――」 ギラギラとその瞳を輝かせる彼女を義衛郎の声が追いかけた。 どうして彼の声が自身をこんなにも落ち着けるのか、せおりには分からなかった。 正しくは分かっていたとしても、実感は出来ていなかった。 「……分かってるよっ」 しかし、成る程。少しだけ罰が悪そうに、拗ねたように唇を尖らせた彼女の目の色は元のものに戻っていた。 「くそ、化け物共め――俺を追い詰めたと思うなよ!」 捨て台詞を残した多治見が幾重もの守りに守られて、リベリスタ達の射程から駆け出した。 敵の強さは兎も角として、数は脅威だ。物理的に遮る者が多ければこの事態は当然有り得る事である。 しかし――彼の逃走手段はヘリである。故にフツは慌てる事をしなかった。 そちらは、コンテナを解放した夏栖斗と恵梨香が対処している筈だ。 「今日を越えても、僕はまた『助けられなかった』子を蹴るかもしれない。 池袋でそうしたように。今日殺した昔子どもだった人のように。痛いよ。胸が、痛い……」 呟いたサマエルにフツは珍しい溜息を吐いた。 「……やれやれ、しかし救えねぇな」 末法の世なら、せめて諸行は無常であればいいのに。 ●柴崎遥平の手記 Love&Pieceは壊滅。主犯のCEO多治見豊は書類送検され、起訴される運びとなった。 多数の顧客は今後の神秘的犯罪関与の厳禁誓約と多治見立件の証言をする司法取引に応じる事となった。 全面的解決ではないが、止むを得まい。全員を相手取れば表の司法では勝ち目が無いのだ。 ……正直な話、多治見豊にどれ程の量刑を求められるかは不透明である。彼の犯罪を完全なる白日の下に晒すには神秘秘匿についての障害が根深い。同時に彼の食い込んだ権力層は容易い相手では無いからだ。 だが、自分は諦める心算は無い。如何なる手段(パイプ)と時間をかけようとも、必ず彼には彼の罪に相応しい適切な裁きと報いを受けさせる所存である。それは、自分の警察官としての矜持であり、勤めであり…… 手帳にそこまで書いた遥平はペンを止め、面を上げて窓の外を見た。 「……遅くなって、済まなかったな」 心からの、一言だった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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