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Overture2011

●1999.08.13
 世界は一度、赤く染まった。
 それは喪失と共に。それは追憶の中に。それは傷跡の内に。
 それは今も尚、人々に悪夢の別称として刻み込まれている。
 あれから幾度の月日が流れ、幾度の朝と夜とが巡ったか。
 かつての災禍の跡。戦火の発端に築かれた、街。
 美しく磨き上げられた三高平のセンタービルに今日も日が昇る。

 なのに尚、戻らない物が有る。
 けれど尚、還らぬ人が居る。
 それでも尚、棄て切れない想いが遺されている。
 だからそう、これはもう一度歩き出す為の序曲。
 12年目のOverture

●2011.08.13
 とても静かなブリーフィングルーム。
 カレイドシステムの稼動する音だけが響くその部屋で、
 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)はリベリスタ達を出迎える。
「以前、皆に澱みを祓って貰った神社って言うのがあってね」
 それは凡そ2ヶ月余りも前の話。
 相模の蝮の一件より前となると、既に遠い昔の様にすら感じる。
 当時はまだまだ駆け出しばかりだったリベリスタ達も、
 今では一人前と評される者がちらほら見受けられる程となっている。
 けれどそれが今回の仕事と何の関係が有るのか。
 ゆっくりと、何所か緩んだまどろみの様な空気の中、イヴが言葉を続ける。
「その神社、縁結びが専門だったんだけど、御神体がアーティファクトだったの
 以前の一件でお礼の代わりにその御神体を預かったんだけど」
 縁結び。真っ先に恋愛沙汰が浮かぶのは何もリベリスタ達ばかりではない。
 一般的に、割とそう言う物である。

 しかしこの場合の“縁”とは本来色恋のみに限った話ではない。
 人と人との縁。それは友情であったり親愛であったり親子愛であったり。
 それら全てを内包してこその縁。縁を結ぶとは人と人とを結ぶと言うに等しい。
「これも、澱みが溜まる様になった一因だったみたい」
 そう言ってイヴが取り出したのは、緻密な装飾が施された手鏡である。
「幻想鏡。製作者は不明。多分人工的に作られた、古いアーティファクト。
 種類も効果も多種多様で危険な物もある。これもその一つ、追憶幻想鏡。」
 追憶幻想鏡。他人にその人間自身の記憶を投影した幻を見せる鏡。
 効果は鏡と対面しただけで発動する。
 時間としては30秒程度の物ながら、戦闘等に使われた場合、
 それだけの時間無防備になるのは致命傷にすらなる。
 危険、と言う言葉の意味を理解したリベリスタ達へ、けれどイヴは頭を振る。
「今日で、12年」
 何が、と言う説明も無い。否。分かる人間にとっては説明の必要も無い。

 悪夢の日より、12年。それだけの時間が経過した。
 多くの物は元の形を取り戻し、或いは新たに作り変えられ、或いは風化の兆しを見せている。
 時間は様々な物を薄れさせる。如何なる酷い事件の傷跡であろうと少しずつ。
 けれど、確実に。残酷な程に。
「12年目だから」
 それでも、薄れて行かない物もある。消してはいけない気持ちもある。
 だから何、とイヴは言わない。これは本質的には仕事ですらないのだ。
 実の所、ただのお節介である。余計なお世話と思う人間すら、多いだろう類の。
「皆に、この鏡とこの部屋を貸してあげる。1時間位したら戻って来る」
 その1時間。イヴが何を想い、何所へ向かうのか。聞くのは野暮だろう。
 彼女とて、失くした。彼女の父親とて、喪ったのだ。
 そこから此処まで来た。運命に抗い、未来を支配し、もう二度と繰り返さない為に。
 だからこそ、仕方が無い。特別な日である。
 お節介を受けるも、受けないも、リベリスタ達次第。

 一つの区切りを、始めよう。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:弓月 蒼  
■難易度:EASY ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 6人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2011年08月23日(火)23:30
 29度目まして。シリアス&ダーク系STを目指してます弓月 蒼です。
 特別な日に、自分自身と向き合ってみませんか。以下詳細となります。

●依頼成功条件
 心機一転、歩き出せる様になること。

●追憶幻想鏡
 自分の中にある過去を幻像として見せる鏡型のアーティファクト。
 超幻影より尚強力な拘束力を持ち、幻像を見ている間は行動不能。
 見られる過去の幻像は30秒間の範囲。自分が知っている事に限ります。

 勿論幻像に触れる事も、過去を変える事も、目を逸らす事も適いません。
 ですが、忘れかけている人と出会う事位は適うでしょう。
 
●注意
 特殊なシナリオの為、個人の描写量が大幅に増える可能性が有ります。
 クオリティ維持の為定員6名とさせて頂いておりますので、予め御了承下さい。
参加NPC
 


■メイン参加者 6人■
デュランダル
新城・拓真(BNE000644)
スターサジタリー
桐月院・七海(BNE001250)
デュランダル
ランディ・益母(BNE001403)
ソードミラージュ
蘇芳 菊之助(BNE001941)
マグメイガス
丸田 富子(BNE001946)
ソードミラージュ
立花・花子(BNE002215)

●Counter Memory
『ありがとう』
 ――聞こえるのは、懐かしい声。
 余りに懐かしくて、遠くて、けれど忘れ得ぬ声。
『■■■■を育ててくれて――ありがとう』
 10年以上も音沙汰の無かった彼は、ある日それが幻で在ったかのように当たり前に帰って来た。
 言いたい事は沢山有った。余りに沢山有り過ぎて、その殆どを忘れてしまった程。
 それでも彼女、『三高平の肝っ玉母さん』丸田 富子(BNE001946)の根幹が揺るがなかったのは、
 一重に。彼と彼女の間に宿った命が、日々育っていく姿を目の当りに出来たから。
『――ごめんな』
 けれど彼は、そんな一番大切な物すら、彼女から持って行ってしまった。
 その時に溢した涙を憶えている。その時に上げた声は悲鳴にすら近かった。
 何故、どうして、彼は何も教えてくれない。それがどれ程彼女を傷つけたか。
 胸を衝く様な痛みを憶えている。手を引かれ去り行く後姿を、憶えている。
 最後に振り返った、その眼差しを、憶えている。

 アタシの、大切な、たったひとりの――

 ――守ると誓った人が居た。
 守れなかった人が居た。
 血溜りの中に倒れ伏すその彼女へ、呆然と瞬きながら近付く自分。
 『リトルダディ』蘇芳 菊之助(BNE001941)の中に鮮烈に刻まれた、それは最期の光景。
 人は哀しみを通り越すと心が止まる物なのだと、初めて知った。
 謝罪の言葉だけを壊れたレコーダーの様に繰り返し、彼は彼女の指から指輪を、抜いた。
 今も思い返せば、悔恨と慙愧に裂かれる様な想いが胸を満たす。
 志乃ちゃん。縁くんすっかり大きくなったよ。
 スゴイんだよ、ぼくの身長追い越しちゃうくらい大きいんだ。
 ……ぼくはあの頃と変わらず、小さい姿のままなんだけどね。
 語りかける言葉は、けれどそれよりもう少し前。
 彼にとって必要なのは、夢に幾度も繰り返し見た血の惨劇ではなくて。
 思い出したいのは、前に進む為の、一歩。
 世界が白く――染まって行く。

 ――力は、いつか枯れる。
 その言葉を教わったのは、誰からだったか。大きく、温かな皺々の掌。
 頭を撫でるその老人は、けれど何時も何時でも力強く笑んでいた。
 彼。『誰が為の力』新城・拓真(BNE000644)にとっては、そう言う祖父――
 新城弦真こそが正に力の体現者であったのだから、その言は余りに皮肉である。
 彼の祖父は決して正義では無かったろう、それでも正しく在らんとする姿に憧れた。
 彼の祖父は決して最強では無かったろう、それでも強く生き抜く姿に敬意を抱いた。
 その気持ちを忘れはしない。弦真に注がれた幾多の想いが、拓真にとっての根幹。
 想い返せば浮かぶのはいつだって、彼を見つめていた慈愛の眼差し。
 その絆が彼の背を押したのだ。それが、祖父の望みとは違う道であったとしても。
 忘れはしない。最後にかけられたその言葉を。

●Blanc Note
 ――真っ暗闇。そして時折過ぎる赤。生臭い香りと、手に残る異物の感触。
 前後が逆転し、現在と過去が歪に捻じ曲がり、自分と世界とが入り混じる。
 催した吐き気がうねった視界に呑まれ五感が狂う。耳に感じる、舌に見える、肌に香る。
 開けた世界は赤々と燃える炎。破壊尽くされる景色。それは当たり前の地獄。
 呆然と立ち尽くす男に誰かがぶつかり、転んだ。それを見下ろす。
 地獄の中に男はいた。まるでその瞬間生まれた様な現実感の無さ。
 逃げる者達の中にほんの僅か、逆を向いて駆ける人間達が居た。
 その内の一人に引き倒される。理解が追い付く前に顔も知らぬ誰かが、死んだ。
 俺は――誰だ。

 『悪夢の種』ランディ・益母(BNE001403)は、血塗れの悪夢から始まっている。
 穏やかな記憶が無かった訳ではない。彼とその養母。
 2人で暮らした日々が、彼に現実感と、安定感を育んだ事に間違いは無い。
 けれど、そう、けれど――
『何でなんだ』
 その安らぎを、理不尽で、不条理で、ただ無常な現実が幾度も蝕む。
『何で、運命は、微笑まない』
 繰り返し繰り返し抱いた疑問。振るえなかった斧と残された首を抱いて、彼は何度もそう問うた。
『何で、この子が、死ななきゃならなかった――!』
 悲痛な声が、自分の物であると認める事は歯痒い。しかし忘れはしない。
 忘れる事など出来ない。運命に挑み、敗れた過去。苦痛と悲嘆と絶望の追憶。
 振り返れば彼が刻んできた者達が、その後姿をじっと見つめている。

 ――ぱちぱちと爆ぜる、火の粉。
 それは楽しい思い出になる筈だった。組み立てられたテント。バーベキューの香り。
 山合いで微笑み合う、彼の家族達。焚き火が鳴る。
 彼、『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)が笑っていられた、最後の記憶。
 けれど、向き合いたいのはその向こう側。あれは――何だ?
 木々の間から、何かの視線を感じる。それを自分は見ている? 見ていない?
 曖昧ではっきりとしない。けれど幻想鏡は七海の“憶えている”記憶を正確に追尾する。
 視線が向く。ぞわりと、込み上げる吐き気。突然悲鳴を上げそうになる。
 理解不能、理由不明の警鐘が胸を満たす。それが何なのか現在の彼にすら分からない。
 子供の頃の七海が無警戒にも、自分へと向けられた視線を――受け止める。

 突然、視界にノイズが走る。ゴミだらけの世界。圧倒的な恐怖。
 更にノイズ。異音。悲鳴。視界がフラッシュする。再びノイズ。痛み。呼吸音。
 怯えた様な眼差し。彼を見つめる瞳。瞳。瞳――異物を阻む、視線の壁。
 歪んだ視界、両手に付いた赤い体液。混乱、哀願、そして、蔑視。
 一瞬で早送りにされた様な視界が平常を取り戻す。けれど彼に、平常は戻らない。
 運命に愛されたからと言って、家族から愛される訳ではない。瞬くのは無数の断片。
 本当に欲しかった物は掌から零れ落ち、いらない物を押し付けられた。
 それを必死に肯定する為に、幻想に逃げ込むしか無かったという事を、
 では一体――誰が糾弾出来ると言うのか。
 込み上げる笑い。徐々に、徐々に、視界が晴れて行く。
 
 ――ことことと、鍋の鳴る音。部屋に広がるポトフの匂い
 リビングで小さな子供と遊ぶ最愛の人。少し日に焼けた肌、栗色の長い髪と栗色の瞳。
 いつも変わらない、陽だまりの様な温かな微笑み。
 まるで現実の様な光景に、思わず手を伸ばして、手をおろす。
 菊之助の胸を満たす郷愁の想い。料理上手だった彼女との思い出。
 込み上げる気持ちは言葉に出来ない程で、その笑顔を眼に焼き付ける。
 憶えていたつもりで、随分薄れてしまっていた。その、穏やかで幸せな時間。
 視界が涙で滲む。出来れば、ずっとずっと。いつまでも続けて居たかった。
「守ってあげられなくて、ごめんね……」
 とっくの昔に、枯れたと思ってた涙が次から次へと零れ落ちる。
 愛していた。その気持ちは決して薄れる事は無い。一生忘れる事も、きっとない。
 その何でもない幸せが、今も彼を支えている。いつかその道の果て。
 彼女と出会った時に、きらきら笑顔で応えられる様に。
「君との宝物は、絶対に守るから……」

 空の向こうで、きっと今も微笑ん見守っている。君を――想う。

●Nightmare Down
 ――何もないその場所であの子は泣いていた。ただうつむいて泣いていた。
 富子は間に合わなかった。間に合う筈もなかったのだ。
 全てが終わった跡にやってきて呆然と立ち尽くす。そんな影は1つではなかった。
 彼女の足元で、子供が泣いていた。女の子の様に可愛らしい男の子。
『どうしたんだい? お父さんやお母さんは』
 それを問う事が酷と分かっていて、それでも問わずに居られなかった。
 分からないと頭を振って泣きじゃくる、その姿に後悔が胸を浸した。
『……うちにくるかい?』
 ぽつりと毀れた、自分の言葉を反芻してぽろりと、瞳の端から涙が落ちた。
 彼は戻って来なかった。あの子も戻っては来なかった。
 それを思い知らずには居られない。彼女もまた寂しかったのだ。
 こくりと頷く彼の手を引いて、抱いた気持ちを憶えている。小さな手が裾を握る感触と共に。
 アタシはみんなの母親になろう。みんなが安心して帰ってこれる場所に。

 いつか帰って来た時に、今度こそ、思いの丈をぶつけられる様に。
「――アタシが決めたんだ、文句あるかい?」
 胸を張って、そう言える様に。

 ――汚れた手では何も掴めない。たった一つの大切なものすら。
 何度も練習した。何度も繰り返した。何度も実践した。
 彼女の両手は何時でも血塗れ。拾い上げられるのは狩ったあなたのその首だけ。
 『血まみれ姫』立花・花子(BNE002215)の何の変哲も無い日常は、
 けれどたった一つの出会いであっさりと終わりを告げた。
 愛する事を知って、殺す事の恐さを知った。
 愛される事を教えられ、殺される事の痛みを教えられた。
 だから、血まみれ姫の物語はそこでおしまい。
 強かった少女は弱さを知り、弱い少女は強い愛情と共に生きて行く。
 めでたしめでたし。そうなる筈だった。そうなる筈だったのに――

 汚れた手では何も掴めない。たった一つの大切なものすら。
 その日、全てが燃えていた。モノを掻き分け、ヒトを踏み越え、モノを押し除けて。
 泣き声一つ。肥大化してむき出しになった臓物の上に、いつもと変わらない貴方の顔。
 一目で分かる。彼に運命の祝福は既に無く。
 けれど彼は最期まで、彼女との愛を守り抜いたのだと。
 それでも一瞬、確かに彼女は想ったのだ――何で、この世界は未だ続いてるのかな?
 欲しいのは、彼だけだった。求めていたのは、彼だけだった。
 その彼が運命に見捨てられたのに、どうして運命は彼に見捨てられないの?
 そんなのはおかしい。余りにおかしな話だった。
 だから、血まみれ姫はいつもの様に彼の首を落としたのだ。
 おかしな話には、おかしな結末を。愛し合った彼女は、愛した彼の首を抱く。
 乾いた音がした。渇いた音がした。
 それは壊れた音だったのかも、しれない。

 ――祖父は戻って来なかった。
 止めなかった事を、後悔しなかった日など無い。
 祖父を殺したのは、自分なのだと拓真は今でもそう思う。
 子供であった事など理由にもならない。
 もう少し良く見ていたなら、感じていたなら、気取る事が出来ただろう。
 理屈ではない。理屈では、無いのだ。最も必要な時に最も大切な人を救えなかった。
 自分を、拓真は、許せない。
 12年前の最後の日、出掛ける所を見送った拓真を撫でて、彼は言った。
『なぁ、拓真。強く在れとは言わぬ』
 何故そんな事を言うのか、当時は分からなかった。
 拓真の生きる道標は正しくその祖父に他ならず、そして彼は、とても強かったのだから。
 けれど良く分からないまでも、幼心に何か大切な事を言おうとしている事は、
 理解出来ていた様に思う。続きを待つ彼へ、弦真は静かにこう続けた。
『優れなくとも良い。普通の子でも良い。だから……』
 幸せであれ。それが、最も大切なのだと。
 改めて見て思う。彼を撫でた手は硬く、良く見れば顔に刻まれた皺も随分多くなっていた。
 それは強くも弱い老人だった。そう思えるだけの月日が、経っていた。
「でも、俺は――」

 幸せに。その最期の願いを果たせるとはとても思えない。
 今尚続く彼の贖罪。拓真は平穏の代わりに剣を執り、幸福の代わりに血を被った。
 そんな自分を、弦真が見たらどう思うだろう。怒るだろうか、嘆くだろうか。
 いいや、彼は問うだろう。それで、お前は不幸だったのか、と。
「……ああ、そうか」
 気付けば、子供の自分の姿は無い。幻が消えるその瞬間、漸く分かった。
 祖父には、今の自分が見えていたのかもしれない。
 万華鏡など無くとも、それはきっと、ただ、愛すればこそ。
 だからこその手向けであれば、未熟な自分は、今この瞬間まで気付けなかった。
 そう、今は未だ。その願いを果たせたとはとても思えない。
 けれど来るのだろうか。何時か、この道程の果てで、いつかきっと。
「俺の人生は、」
 剣と、戦いと、戦友達と、そう、それでも――幸福に満ちていたと、言える時が。

●Feed Back
 ――夢の終わりは、何時も突然。
 最後に見た光景は、無数の骸、無数の屍、その上で項垂れる自分の姿。
 無様だ。無惨だ。そして何より、滑稽である。ランディはそんな己の幻を見て、
 嘲笑わずにはいられない。それは、勝利した筈の自分の姿。
『ごめん、ごめんな、ごめん……』
 虚空へと謝罪する、過去の自分。それを現在のランディは直視する。
 謝るな、悔いるな、それで失くした何が戻ると言うのか。
 自分が誰かなどどうでも良い、自分は悪夢の残滓で良い。それで誰かの夢が守れるのであれば。
 負ければ失う。負ければ死ぬ。負ければ――何の意味も無い。
 所詮器用になど生きられない、それが自分の本質。実感と共に確信する。
 ならばそう、例えその夢の終わりが何所で来ようと後悔等しない。
 己の原体験を垣間見て、浮かぶのは笑い。自分は変わった、けれど根は決して変わらない。
 どんな過去があろうと、どんな未来があろうと、一つの答えだけ有れば良い。
「俺は、負けるのが大嫌いなんでな」
 勝利と共に生きて、敗北と共に死ね。それが彼が掴んだ、唯一つの真実。
 白く染まり晴れ行く視界。拳を握り締め想う。
 夢の終わりは、何時も突然。願わくば、それは勝利の果てに。

 ――突然、意識は現在に舞い戻る。
「くっ……」
 込み上げた笑いが毀れ落ちる、駄目だ、止まらない。止められる筈も、ない。
「く、はははは、あははは、あはははははははははははは!」
 見えた、見えない、どちらであっても同じ事。思い出せない。思い出せなかった。
 破界器何て言うルール違反に頼ってまで、思い出そうとした決定的な瞬間を、
 恐らくは見たのだろう、恐らくは何かをしたのだろう、
 けれどそれを思い出す事を、七海の脳が拒絶する。見た瞬間に走った無数のノイズ。
 憶えている筈なのにそれを“認識出来ない”自分の事であるのにわからない。
「あははっははははははははははははははは!!!」
 何故か、自分の心が弱いからだ。思い出してはならないと、自分が自分を拒絶する。
 家族も、友人も失って、生き死にのリスクまで負って、その結果が――これか。
「は……ははは……は……」
 息が途切れ、地面へと屑折れる。床を見つめ、けれど笑いの残滓が引いていかない。

 だが、そう――だが、掴んだ。自分は、見ている。
 当たり前だ。記憶を失うほどの出来事。何も無かった筈は無い。何も無かった筈は、無いのだ。
 見ているなら、思い出せる。例えばそれで、自分が壊れるのだとしても。
 餓える様な渇望を憶える。知りたい、何があったのか。それはあの鏡では足りないのだろう。
 より深く自分の深層心理と向き合える様な、強制力の強い破界器であれば。
 あるいは向き合えるのだろうか。自分自身の――本当の過去と。
 凄惨な笑いを浮かべくすくすと笑む。
 けれど彼は気付けるだろうか、失った物を得ると言う事は、今ある何かを失うのだと言う事に。
 満足気に、あたかも晴れやかに立ち上がりながら、桐月院七海は翳った瞳を地に伏せる。

 ――そうして良く見れば、周囲は見慣れたブリーフィングルーム。
 ぼんやりと、周囲を見回した花子は、自分の頬から流れ落ちた水滴に気付いて頬に触れる。
 ああ、漸く思い出せた。思い出したかった事。
 最後の記憶。終わりの思い出。見ていたのに閉ざしてしまった、最愛の人との最期の追憶。
 無表情で立ち尽くす、陽炎の荒野で彼の首を掻き抱いて。
 あの時壊れてしまったのだと、花子は想う。思っている。おもっていた。
 その周囲の出来事は酷く曖昧で、現実味が無くて、思い出せなくて。
 そう。けれど。でも。自分の事だから分かる。
 赤い世界、抱いた彼の頭を見つめて、自分が呟いた言葉。それが花子を繋ぎ止めたのだと。
 壊れる寸前だった血まみれ姫は、けれど最後にもう一度、彼女の王子様に救われたのだと。
『ごめんね ありがとう あいしてる』
 だからこれは、誰に恥じる事も無い恋物語。
 零れ落ちた涙が、彼女を守ってくれた。馬鹿みたいな、ご都合主義。
 彼女が彼を愛して、彼が彼女を愛してくれた事はそれだけで、奇蹟みたいな出来事だった。

「……うん」
 汚れた手では何も掴めない。その手をあなたが掴んでくれたから。
 穢れる事だって恐くない。あなたが待っていてくれるから。
 毀れる涙のままに胸の奥へと問いかける。
 思い出せた。思い出せたから。あなたが守ってくれたこと。あなたがここにいてくれること。
 だからまた、歩き出そう。いつかきっと、よごれたままの手で、あなたを抱きしめられるまで。
「ごめんね ありがとう あいしてる」
 血まみれ姫の物語は、まだ終わっていないけど、終わりはきっと決まっている。
 彼女は多くの人を殺して、それ以上に多くの人を守り抜いて。
 最愛の人と一緒に、最後まで汚れたままで、けれど。

 めでたしめでたしで、終わる事を。

 ――1999..08.13
 世界は一度、赤く染まった。
 けれど、それは終わりではない。そこから始まった彼らは、ここからもう一度歩き出す。
 序曲は終わった。幕を、開けよう。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
参加者の皆様はお疲れ様でした。STの弓月蒼です。
イージーシナリオ『Overture2011』をお届け致します。
この様な結末に到りましたが、如何でしたでしょうか。

久々に字数制限を全力でぶっちぎりました。
6人で良かった、本当に良かった。
その分個々の描写はギリギリまで詰めました。喜んで頂けましたら幸いです。

この度は御参加ありがとうございました、またの機会にお逢い致しましょう。