●三高平市街を見下ろす丘 「良かろう。『我らの友』占星団は、アーク本部への攻撃を開始するのじゃ。木偶どもも市街地に解き放つがええ。目晦ましにはなるじゃろう」 「目晦ましというよりは嫌がらせですがね。……ああ、別に批判しているわけではないのです。私どもも、適度に騒々しい方が動きやすい」 市街地を見下ろす丘の上。傍に控えた伝者へと命を下し、上機嫌に愛剣の切っ先をアーク本部の方向へと向けたエイミル・マクレガー。そんな彼女に冷や水を浴びせかけたスーツ姿の白人男性は、彼女の剣が自分に向けられるや否や、降参とでも言わんばかりに両手を上げてみせた。 「ふん。KGBは通信網の撹乱にでも努めるがよいのじゃ。アークの連中とぶつかるには、荷が重かろう」 「お気遣いはありがたく存じます。ですが、私どももそれなりには場数を踏んでおりまして」 セルゲイ・グレチャニノフ、『最後のKGB長官代行』。ラスプーチン配下の一派、旧KGBのフィクサードを束ねる細身の男は、エイミルが放つ殺気じみたプレッシャーにも動じず、にこりと微笑んでみせた。 「それに、せっかく『万華鏡』を騙して手に入れた時間です。戦力を出し渋って無駄にすることはありますまい」 前回の襲撃で、ぎりぎりまで『万華鏡』からエイミル・ソウシ両部隊を隠したのは、ラスプーチンの隠蔽魔術に加え、この男が暗躍していたからである。如何なフォーチュナでも、最後に情報を分析するのは人間。ならば、フォーチュナが誤認するレベルにまで偽装を加えてやればよい。 例えば七派に身をやつさせ、例えば無関係な一般市民に紛れ。普段ならば通用するかは怪しいが、ラスプーチンの魔術が彼らの上に霞をかけている。そうなれば、偽装活動においてKGBの上に立つ組織などありはしない。 「せっかく猊下の加護なのです。時は金なり、というのは、世界中にある諺ですので」 「……好きにするがええ」 要は、主君と自分達が稼いだ時間を無駄にするな、と言っているのだ。KGBはともかく主君を出されればエイミルは弱い。吐き捨てて、ぷいと押し黙る。 「さ、そろそろ楽しいおしゃべりは終わったかね? 俺らも準備は出来てるぜ」 代わりに横から口を出したのは、全身を黒衣に包んだ丸サングラスの男、土御門・ソウシ。ラスプーチン配下ではエイミルの『我らの友』占星団員、セルゲイのKGBフィクサードに並ぶ勢力を誇る、『黒衣衆』を束ねるこの男は、二人からの刺すような視線を柳に風と受け流す。 「土御門の坊主。判っておるな? 儂らの目的は真白 智親を討ち、『夢見る紅涙』を我が君の元に持ち帰ること」 「へいへい、そんなおっそろしい気配ぷんぷんさせなくても判ってるって。それ以外に、なんであんな面倒くさい所を攻める理由があるんだよ」 セルゲイは何も言わなかったが、およそ軽口に乗ってくるような雰囲気でもない。やれやれ、と肩をすくめると、ソウシはコートを翻し、市街地の方角へと歩き出した。 「そんじゃ、俺達も始めるぜ。あんたらもよろしく頼むわ」 ひらり、と手を上げれば、背後で二つの足音が別々の方角に歩き出すのが聞こえた。 ●戦略司令室 「市街地で多数の山羊人間が暴れています! パターン一致、過去ラスプーチン勢力が使用していたゴーレムと同一の模様!」 「三高平大学方面より、フィクサードの一隊が進軍中! 先頭に立つのはエイミル・マクレガーと思われます」 突然、であった。 三高平の市街各所に現われたフィクサードと魔法生物の群れが、センタービルへと向けて押し寄せる。『閉じない穴』問題がキース・ソロモンの協力によって小康状態となり、一息ついたばかりのアーク。その横面を、グレゴリー・ラスプーチンの手は強烈に張っていた。 「『万華鏡』がこうもあっさりとすり抜けられるとは、な」 苦く吐き捨てて、『戦略司令室長』時村 沙織(nBNE000500)は、ぐいと胸元のネクタイを緩めてみせた。前回の襲撃時はそれでも六時間前には察知できていたのだ。これが奴らの『本気』か、と唇を噛む。 無論、三高平の防備はただ『万華鏡』だけに頼っているわけではない。機械的に、人的に、魔力的に。ありとあらゆる方法で張り巡らされた警戒線。だが認めよう。ラスプーチンとその配下は、それらを全て越えてきた。 「第一種防衛体制発動。近辺の全リベリスタに動員指令。単騎で動いても各個撃破されるから、本部から編成指示を出してやれ」 モニターに次々増えていく赤と青。味方を示す青い点を覆うように増えていく赤点を睨みつけながら、沙織はあの『塔の魔女』の置き土産に舌打ちをせざるを得ないのだ。 おそらく敵の狙いは、アシュレイの工房跡に打ち捨てられたアーティファクト『夢見る紅涙』。だが、なぜかそれには強力な結界が張られ、持ち歩くどころか触れることもできない状況だ。 「まったく身をもって思い知らされるね、裏切りの魔女のジンクスってやつを……!」 ●三高平駅 「『夢見る紅涙』など引き渡してやればいいが、どうもそれだけじゃないらしいな」 センタービル正面、進軍してくるエイミル・マクレガーを食い止めるべく集まったリベリスタ達。その中にあって本部とやり取りを続けていた『月下銀狼』夜月 霧也(nBNE000007)が告げた最新の情報は、交渉を持ちかけた使者が送り帰された、ということだった。 「斬らずに送り帰したあたり、まだ話が出来るのかもしれないが――少なくとも、アーティファクト一つでは収まりそうにはないな」 この時点の彼らは知りようがないことではあったが、『夢見る紅涙』の封印を解くことがラスプーチン側の目的である以上、アークとしても交渉などありえない。 いずれにせよ、相手がやる気である以上は受けて立つ。本拠地防衛戦というシチュエーションは、集ったリベリスタ達の士気を上げていた。 「接敵まではもうすぐだ。必ず護りきるぞ……何!?」 だが、本部からの更なる連絡が、彼の背に寒いものを走らせる。 切羽詰った本部オペレーターの声が伝えたもの。それは、三高平市役所方面と商業地区方面――つまりは彼らが陣を敷く三高平駅とは全くの逆方向からも、敵軍が現われたという報告であった。 ●午前二時の黒兎 三高平市役所の周囲には、もう人気はない。それは避難誘導を迅速に行ったアークの手腕を端的に示すものであったが、この方面から侵攻を開始した土御門・ソウシにとっては都合がいい。 街並みを悠々と駆け抜けながら、彼は先ほどの会合を思い返していた。 ――儂らの目的は真白 智親を討ち、『夢見る紅涙』を我が君の元に持ち帰ること。 ――へいへい、そんなおっそろしい気配ぷんぷんさせなくても判ってるって。 (――おお、怖い怖い) 繰り返す。信用されているとは思っちゃいないが、意外に鋭いな、とは心の中で。『午前二時の黒兎』は、これから始まるであろう戦い、その中で『果たすべき役割』について思考を巡らせる。 (さあ、どうするよ、アーク?) 時刻は夕方。夕陽がサングラスを照らし、その瞳を外界と隔てていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:弓月可染 | ||||
■難易度:HARD | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年11月11日(火)23:25 |
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●三高平駅前広場/1 どん、と爆発音が聞こえた。 遅れること十秒。枇の足下、圧し固められたアスファルトがひびを走らせながらのたうって暴れる。伝播する震動に、近いですね、と彼女は小さく呟いた。 襲撃の報を耳にして彼女が最初に思い至ったのは、遠く横浜の三ッ池公園、その中央にぽっかりと開いた『閉じない穴』についてである。同時襲撃の可能性を考えた枇の懸念は既に司令室も検討していた内容であり、通信機を通じて、警戒が減にされていることを彼女は知らされていた。念のためにと移動も考えたが、たとえ襲撃があっても、三高平から横浜にたどり着く頃にはもう決着が付いているだろう。そう結論付けて、彼女は再び戦場へと目を凝らす。 街のあちこちに立ち上る黒煙。彼ら彼女らの街は、いまや大規模な合戦場へとその様相を変えている。三方から迫る敵軍。その中でも最大と目されるのは、市域南部より大通りを直進してくるエイミル・マクレガー指揮下の一群であった。 「いいですね? 『近づかれる前に倒す』――全てはこの一言に尽きます」 春だけではなく秋の草にもかぶれたか、鼻を小さく啜ったシアが周囲の仲間達に念を押す。 彼女らがエイミルと相対するのは、かつて『楽団』の木管パートリーダー、モーゼス・マカライネン率いる死霊の軍団と激戦を繰り広げた駅前の広場であった。 中規模都市である三高平の中心部は、いくつかの高層ビルと数多くの低層建築物が立ち並んでいる。その区画は整理されており、幹線として整備された太い道路だけでなく、分岐して伸びる支道すらも相応の道幅がある。 司令室があえて広場を戦場と指定したのは、ひとえにこの利便性に満ちた道路が原因であった。少数が隘路に拠って防衛する、というには広すぎる道。そして、万一敵が支道にあふれ出すならば、その防衛には膨大な人手が必要になろう。 既に、エイミルが本陣を落とす気たっぷりの囮役である事は割れている。大行進で衆目を集め、その後分散した木偶をもってリベリスタの精鋭を釘付けにする。エイミルにとってそれは、この場を抜けずとも十分な戦果と言えるのだ。 「この場では私達が最大部隊です。私達の力で、必ず敵を撃滅してみせましょう」 「ええ、そうね」 その指揮を執るセレスティア、シアと同じく異世界より来たフュリエは、その大きな瞳を眇め、駅を超えて広場に侵入を始めた山羊顔のゴーレムを睨みつける。 一定の間隔を保ちながらも全体的には無秩序に進軍してくるそれらを、息を呑んで彼女は『待った』。まだだ。まだ、距離が足りない。 騒然とした空間で、突如、しんと静まり返る感覚。ごく、と喉を鳴らす音が聞こえる。 そして。 「総員、撃てーっ!」 狂騒と静寂。それら二つを斬り裂くセレスティアの号令の下、彼女らは動き出す。最初に投じられたのはシア、そしてソニアの手榴弾であった。 「これなら投げ放題よね。とっとと仕事を終わらせちゃうわよ」 早くゲーセンに行きたいんだけど、というのはあながち韜晦というわけではあるまい。敗北の許されない防衛戦。もちろんこれは、アークが望んだ戦いではなかった。 「ちゃんと光るまでは前に出ないでね!」 だが、望むか否かに関わらず、山羊人間の群は押し寄せてくる。だから、ソニアの口調にも怠惰を許さない真剣さが混じっていた。 爆発。 「ありがとうございます!」 いらえを返したのはエリン。取り回しの良いショートボウに魔弓の部品を組み入れた相棒は、非力な彼女にも大きく弓弦を引くことを許す。 「さあ、撃ち貫いて!」 だが、その弓から放たれたのは鏃ではなく、実体を持たない魔力の矢だ。十を越え二十に届かんとする魔弾が唸りをあげ、先頭のゴーレムが成すラインへと突き刺さる。 痛烈なる打撃を与えた側のエリンは、しかし身を灼いた苦痛に顔を顰める。 「くっ……」 戦いへと駆り立てる『神』の声――ラグナロク。性能に劣るゴーレムが一掃されるのを嫌ってエイミルが加護を張り巡らせる事は、予想されていた反撃であった。閃光手榴弾によってある程度の除去は出来ていたが、それでも取りこぼしは多い。 「私が入ります。天にまします我らが主よ……」 だが予想されていたが故に、対応も早かった。殊に、一番の圧力を受けるであろう防衛線の中央には回復手が厚く配されている。その中の一人、シスター服に身を包んだオーガスタが杖を掲げれ何事かを囁けば、顕現する『神の奇跡』はその傷をたちどころに癒していった。 (――何だか、祈り続けることに似ている気もします) 恐怖と高揚との間で、ただ仲間を思うオーガスタ。それは、本質的には戦いを忌避するカトレアのようなフュリエが仲間のために戦場へと向かうのと、根源を一にするものなのかもしれない。 (――全てを愛せないからこそ、全てを愛したいんです) 僚友よりも少し前に出て、癒しの手から漏れる仲間の無いように。彼女が得た邪を退ける能力は、その為に得たものだから。 金色の髪がふわりと宙に舞い、清冽なる突風が四方へと疾る。その影から飛び出した蒼い龍の尾が、主の躍動にリズムを合わせてぴょこんと跳ねた。 「それにしてもフュリエが多いなぁ……人の事は言えないけどね」 ルビーの瞳を輝かせて敵のただ中に踊り込むフィティは、それを変化の一つの在りようだと思う。戦いに積極的に参加する、ということ。その意義を見つけた、ということ。 「――行くよ!」 両腕に備えしはブンディ・ダガー、あるいはジャマダハル。青龍が剥き出しにした二本の牙は空間すら食い破り、ゴーレムに氷雪の洗礼を見舞う。 「討たせはしませんよ、チームの要を」 もちろん、ドラゴン・ブレスの如きフィティの奮戦すら、全ての敵を留めるには至らない。術者の線へと側面から迫るは山羊の槍。だがその穂先は、白鳥の羽にも似た白き剣に阻まれる。 「私は仲間を守る盾。多少のことでは折れない、折れるわけにはいきません!」 凛とした覚悟をもって佳恋は対峙する。背後に控えた二人の護りに徹する彼女は、決して無傷ではすまないだろう。だが彼女は知っている。仲間達が傷を癒し、援護し、そして最後には敵を屠ってくれるのだと。 ――ならば、一時の痛みが何だというのだ。 「あっちの方は派手にやってるね。こっちももうそろそろ、かな」 一方、戦線の両翼にもセレスティアの意を受けて動く小隊が配置されていた。左翼前線の押し合いの中、ヴェネッサもまた『壁』を成す一人として、ゴーレムから背後の仲間を隠している。 そのヴェネッサの戦い方は独特だ。騎士の如き部分鎧を纏いながらも、受け止めるのではなく避けるスタイルの徹底。どんな攻撃でも当たらなければ相手を圧倒できる――その思想が僅かの期間でフュリエたる彼女に生まれたのなら、なるほど彼女は才に恵まれているのだろう。 「避けつつ庇うぐらいなら無理とは思わない。けれど、耐える戦いはそう得意じゃないよ」 「そうね、そろそろ始めようかしら」 ヴェネッサの背後から応えたのは、白いブラウスにタイトスカートというおよそ戦場には似つかわしくない――その実、神秘的な加工をふんだんにされた――姿のセレアである。 「今度は何体、玩具を持って来たか知らないけど」 杖に魔力を通し、聞き取りづらい震動のような呪文を唱える。それは一音に幾つもの意味を籠めた圧縮詠唱。長時間の詠唱が必要な大魔術をこともなげに組み上げて、セレアは大きく目を見開く。 ――全部壊してあげるわよ? 敵の群、その頭上からいくつもの影が落ちる。 次いで轟音。それは虚空より現われた隕鉄の大槌が、無常にもゴーレム達に振り下ろされる音だ。衝撃。震動。飛び散る砂礫。 「これでも、抑えてるんだけどね」 反撃を齎す魔力の棘。その痛みは決して無視できるものではなく、このように数を揃えた戦場であれば、もはや必殺の攻撃と言っても良い。セレア自身が、かつてエイミルからその洗礼を受けていた。 そして彼女は、アークには即時に鉄槌を現出させる実力の持ち主が居ると女騎士に教えたのだ。だから、同じ策が採られている事は容易に推察できた。それ故に叩き潰す数を意図して減らさざるを得なかったのだ。 いや。 「意外と耐えますね、あれ」 普段の騒々しさを忘れ、冷静に呟いたスティーナが突撃銃の引鉄に指をかける。軽い掃射音。ばら撒かれた銃弾が、半数ほど残っていたゴーレムを瞬く間に食い散らかした。 「半分になったから少しはましですが……」 反撃の魔力に眉を顰める彼女は、敵中に生まれた空隙が埋められていくのを見止め、肩を竦めた。 一方、セレスティアの本陣を挟んだ左翼側でも同じような光景が生まれていた。こちらで主攻を担うのは、右翼で力を振るうセレアの妹分である。 「大丈夫、あたしに任せて!」 威勢よく叫んだセリカが、今にも彼女に向かって押し寄せんとする敵集団へと星界のハンマーを振り下ろした。声さえ通らぬほどの衝突音が、前方から押し寄せる。 「数減らしなんて言ってないで、いっそ制圧しちゃおう!」 「ええ、早々にこちらの戦場は片付けて、本部の防衛に回りたいところですが」 彼女を護るべく双の鉄扇を広げ、佳陽が頷く。だが、それはなかなかにタフな課題であると、彼女自身は理解していた。 先の小部隊による襲撃時のデータと比べれば、ゴーレムの耐久性も一回り高く、そして何よりも圧倒的に数が多い。回復と補給は潤沢に与えられ、燃費の悪い高位の魔術を連打することを可能にしていたが、さりとて彼女らだけで敵の全てを相手取っているわけではないのだ。 「油断せずに参りましょう……!」 ひやりと背に冷たいものを感じる佳陽。払っても払っても切り込んでくるゴーレムは、その悉くがセリカによって半壊にされていたとしても、徐々に彼女を追い込もうとしていた。 「大丈夫ですよ、落ち着いて押し返しましょう」 そこに、遊撃を担っていたアリーサが加勢する。ソニアの指示を受けこちら側へと急行した彼女は、翼をはためかせてふわりと前衛に並び、仮初の翼を周囲のリベリスタに与えた。 「さほど強力というわけではありませんが……いえ、なんだか一帯の巨大な敵を相手にしているようにも思えてきました」 「んー、ま、なんとかなるんじゃない?」 一方で危機感を持たずに返すのは、左翼配属の文佳である。狐の耳をぴこりと震わせて、彼女は護り刀を水平に構えた。刹那、迸る稲妻。次々に枝分かれした魔力の稲光が、傷ついたゴーレムを破壊し尽くしていく。 「前衛やってくれる仲間がいればまあ、そんなに怖いことはないはずやん。ねぇ?」 「まあ、そうなんけど」 ほっそりとした体つきのフュリエの少女がその隣に並ぶ。同じく遊撃を引き受けたセレン、たおやかなるブロンドの乙女は、しかしその蒼い瞳に興奮の色を映していた。 「派手に殲滅してくれるマグメイガスがこうも居ると、肩身が狭い、とは言わないけれども」 その先は口にせず、複雑な手振りで印を結んだ彼女は矢継ぎ早に四色の魔光を放った。命中したゴーレムが、衝撃に耐え切れず崩れ去っていく。 (――なんだかむずむずしちゃうよね) 防御を役目としながらも、こだわらずに攻撃を仕掛けるセレン。バトルマニアの顔が、表に現われようとしていた。 「――っ、どうかご無事で」 その側面から届けられる、みりの起こした奇跡。最上級の神の顕現、その溢れ出る力を潤沢に浴びて、左翼の戦線は持ち直していく。 「あまりアークのお仕事を多くこなしたことがない私ですが……」 それでも、彼女を含めた癒し手がいなければ、早晩この防衛ラインは崩れてしまう。実際に身を張って戦う前衛達、そして敵を殲滅する火力陣と合わせ、それぞれが出来る限りの力を振り絞っていた。 「……っ、これは……」 激戦の続く中央部、ラ・ル・カーナに由来する秘術、一切の暴力を遮断する世界樹の加護を仲間達に注いでいたレスティナは、しかしその繋がりがぷつんと絶たれてしまったような感覚に戸惑っていた。 見渡す限りの山羊人間達、しかし彼らはめいめいに三叉の槍を振るうばかりで、注意が必要な攻撃はしていないようだが――。 「いた。あれじゃないか」 レスティナの前に立ち薙刀を振るう精悍な青年、静夜が見つけたのは、蠢く山羊人間の間を縫うように走る影。エイミルの配下であることは疑いない。聖戦の加護を再び齎し、暗殺者の呪札や陰陽の印、或いは聖なる光でリベリスタ達の力を削ぐ。 「……なるほどな。これも一つの陣ってやつか」 大半が魔法生物とは言え、そこにはある一つの意図が見て取れた。基本線は物量による圧倒。だが、それにフィクサード達の強化と妨害が加われば、この巨大な群は一つの陣、一つの巨人となってリベリスタ達に剣を突きつける。 「ここは任せてもらおうかな。――遊撃部隊と洒落込もうじゃあないか」 戦装束に濡羽の髪を流し、鞘に仕舞った大太刀を引っさげた花梨が不敵に笑う。その後ろに付いたモニカは、あんまりお金にはなりそうに無いんだから面倒事を背負い込まなくても、とぼやいているのだが。 「ま、アークが敗北して仕事がやりにくくなったら困るしね。ここは頑張っちゃおう!」 古めかしい――機能は決して見かけ通りではないのだが――二丁拳銃を無雑作に敵軍へと向け、無限の魔弾を雨あられと乱れ撃つ。既に友軍の火力で傷ついたそれらの大半は、精密すぎる命中率を誇るモニカの射撃の前に崩れ落ちていった。 「露払いご苦労。さあ、行こうか」 「はーい、おぱちゃ……お姉様についていくよ!」 目の前には開けた道。僚友より立ち上る殺気をひらりと躱し、その道を年相応の落ち着きなどどこかに置き忘れた由香里が突き進む。だが、それよりも疾く前に飛び出した花梨が、くん、と大太刀の鯉口を切った。 「私達は『攻める』方。さあ、覚悟はいいかい?」 一閃。刃の銀光とオーラの鮮烈。そのまま二の太刀へと繋げた彼女の刃は、軽鎧を纏ったフィクサードの胸当てごと肉を斬った。続いて、遅れまいと突っ込んだ由香里が、ぶん、と拳を振り抜き、芯で敵の急所を捉える。ぐ、と唸り声を上げ、崩れ落ちるフィクサード。 「ま、こんなもんよね! あんな交渉下手なオバサンが失脚もせず居座ってるような人材不足の組織だもの、あたし達の敵じゃないわよ」 「ふむ、威勢のいいことじゃ。儂も見ているだけなのは飽き飽きじゃからのぅ――」 ――愉しませてもらうとしようかの。 ちょっとコンビニへ、くらいの軽い口調と、それに反して膨れ上がる殺気。はっと二人が目をやった先には、紫の髪の女騎士、エイミル・マクレガーが立っていた。その手に握った長大な剣の先を、肩に背負うように乗せている。 「よう言うた、ならせめて戦士としては働いてみせい」 それを大言壮語と捉えたか。多数の影人を生み出して戦線を支えていたすずが、ごてごてと飾り立てた杖で地面を一突きする。 「手加減無し、嫌がらせでは終わらんよ」 素早く指で印を描き、御年八十二歳の貫禄で気合の一声。それは陰陽の秘術、敵する者を縛める高位の結界術であった。次々と動きを鈍らせる、ゴーレムとフィクサード達。 だが。 「まだ、軽い!」 ぶん、と一振り。長剣のプレッシャーが、エイミルを捕らえんとした呪縛を吹き散らす。 「エイミルねーさん、ご機嫌麗しゅう!」 挨拶代わりのトンファーが、エイミルの件と打ち合って高い音を立てた。立ち上るのは炎か、それとも羅刹の闘気か。使い手たる夏栖斗がこのトンファーを希ったのがアシュレイその人である事は、気の利いた皮肉ではあったが――。 「今日はクレイモア抜いてるんだね。最初からやる気かな? それって『夢見る紅涙』が欲しいから?」 三高平内での封印解除であれば協力者は少なくないとは思うけど、と問いかける彼に、しかし女騎士は首を振って見せた。 「汝らには価値の無いものだという事は知っておる。が、我が主は『素早い解決』を望んでおられるのでな」 「ラスプーチンにそれが出来ない理由はあるの?」 その答えに納得できず食い下がる夏栖斗に、エイミルは告げる。あの魔女の仕掛けが軽々と突破できるわけはなかろうよ、と。 「今此処にアレがあるというなら、無論話は別じゃがの」 「四の五の言う前に、一発ぶちこませやがれっす高慢ババア!」 夏栖斗をあしらい、進もうとするエイミル。だが、ケイティーが喰らわせた渾身の弾丸が、一瞬、騎士の意識を削いだ。 「セイシンだけ、痛ぇことも辛ぇことも逃げるっつーのが気にくわねぇっす」 あるいは、彼女の口走った一言が足を止めさせたのか。いずれにせよ、例えまぐれ当たりであっても、エイミルの前進を阻んだのは事実なのだ。 「木漏れ日浴びて育つ清らかな新緑――大魔法少女マジカル☆ふたば参上!」 そして、注意を惹くどころではないアイドル様の登場である。木漏れ日を浴びても育たない華奢な体の少女は、魔法少女のワンドを天高く突き上げる。 「我願うは星辰の一欠片、その煌めきを以て戦鎚と成す」 唱えるはやはり星の鉄槌、魔道師達の追い求めたひとつの頂点。一音一言に凝縮された呪力は、何の変哲も無い詠唱を恐るべき重層の呪へと昇華させていく。 「指し示す導きのままに敵を打ち、討ち、滅ぼせ――リベンジさせてもらうよ!」 ああ、彼女もまた、かつてエイミルと戦った者の一人。かつての雪辱を晴らすため、大魔法少女マジカル☆ふたばは出し惜しみ無く全力を振り絞る。今、ここで出し尽くしてもいいとさえ考えながら。 そんな双葉を柔らかな温もりが包み、ずっしりとのしかかる疲労を拭い去っていく。 「もう一度戦う力を。……後方支援は任せてもらえるかしら」 白い六枚翼を広げた小夜香と双葉との間に結ばれたリンクを通し、脈動を打つようにマナが送り込まれていく。自らを持続力の無いスプリンターと自覚していた少女に、戦場に立ち続ける術を与える――それは、目立たずとも力強い、彼女なりの戦いなのだ。 「慈愛よ、あれ」 そして、右手に握った十字から放たれた波紋のような魔力は、周囲一帯のリベリスタ達に高位存在の力の一端を見せ付ける。ビデオの巻き戻しのように塞がっていく傷口に、思わず感嘆の声が漏れていた。 リベリスタ達は立ち向かう。エイミルに。そして、彼女の率いる魔法生物が形作る巨大なる『怪物』に。 されど、怪物の持つ『剣』もまた、まさしく敵を屠る為に振るわれるのだ。 「ならば――汝ら、道を開けるが良いのじゃ」 眩い光が彼らの目を灼いた。次に、浮遊感。強烈なるプレッシャーに舞い上げられ、どう、と地に叩き付けられる痛み。 「――Beannach leibh(汝らに祝福あれ)」 茨の呪縛は吹き飛ばされたリベリスタ達を覆うように伸び、棘の痛みはもがく彼らを縛める。まるでチェスの駒を腕で薙ぎ払った後の様に、戦場という盤面はぽっかりと空隙を湛えていた。 だが。 「アンタがこいつ等の大将首っすか? なぁ、大将首っすよね?」 たった今エイミルが見せた強烈な一閃を怖れもせず、雨蛙のレインコートを羽織った少女が突貫する。拳に鋼鉄の甲を当てた仕上、剣林の流れを汲む彼女は、いま正にその出自を髣髴とさせる凶暴さを露にしていた。 「だったら仕上ちゃんと遊んでくれないと困るっす。派手なドンパチしましょうよ!」 ただ敵将だけの首を求め、その拳を突き入れる。そして反撃を待たずにひらりと離脱。入れ替わるようにして黄金の槍を突き入れたのは、もう一人の女騎士だった。 「囮とはご苦労な事ですが――マクレガー卿。通れるとは思わない事です」 魔神曰くの『拾い物』、それでも相当に強力な光神の槍を道連れに、ユーディスは征旅の道を行く。その先には、騎士エイミルとの避け得ない戦い。 (『二の矢、三の矢に続く四の矢があるやも知れませんが……』) 胸をよぎるその疑心。だが、既にそれは司令室に上申済みだ。ならば、後は目の前の敵を倒すだけ。突破を許しては元も子もないのだから――。 「参ります!」 「良かろう。来るがええ」 突き入れた穂先は、エイミルの大剣と噛み合って甲高い音を鳴らす。暫時睨みあう二人。だがその均衡を、横合いからの乱入者が突き崩す。 「事情は……判らん! 全然さっぱり判んねェ!」 背負った二つ名は『狂犬』。ただひたすらに、死んでも負けねェ、と言い続けてきたコヨーテは、一方でそれを真実にし続けてきた。 ならば、彼にとって話は簡単だ。手加減無しで、目の前には敵が山ほど居る。 「でもな、難しいコト考えなくても簡単じゃん。沢山ぶん殴ってブチ殺すッ!」 炎を纏いし一撃が、まともに女騎士を捉えた。ニッ、と牙を剥くコヨーテ。さして、エイミルもまた笑顔を返すのだ。 「愉しいなァ、愉しすぎて注意力散漫になっちまうぜ……」 「意見が合いそうじゃの、坊主」 ●商業地区/1 「さぁ、もう安心です。この先に車を待たせてありますから」 殊更に柔らかく微笑んでみせる智夫に、疲れきった様子の親子連れはようやく安堵の表情を見せた。様子から察するに、神秘世界を全く知らない一般人だろう。三高平には時村財閥が深く根を下ろしているが、普段は他市域からの外来者も多く、また住人と言えどもアークの職員というわけではない。 (たくさんの建物に耐E能力加工をしているのが、あだになってるかな) フィクサードにスパイされ放題も問題だ、ということで、主だったビルには神秘技術を応用した特殊加工を施してある三高平である。普段では大活躍であろう透視系能力の使い手も、この街では勝手が違うようだった。 「傷つく方を、少しでも減らせると良いですけど……」 同じく千里眼で探索を試みた辜月も、またがっかりとして溜息を漏らす。千里眼が有効活用できれば、確かに捜索はずっと効率的なのだ。 怖いけれど、見慣れた日常を守るために、街の人達を守るために、戦う。そう誓った彼にとって、この任務もまた『戦い』である。 「――そう、です」 と、何かを思いついたか、辜月は手近なビルへと入っていく。やがて彼がたどり着いたのは、比較的高いビルの最上階。いかに複数のビルが透視対策されているといっても、上から見れば視野は開けるのだ。 この辺り一帯は賑やかな商業地域であり、未だ避難を要する人々も多く取り残されていた。とはいえゴーレムが出現したのは市の全域である。他の地域では比較的経験に乏しいリベリスタや時村系の一般人が避難に当たっている中、このエリアだけに戦闘要員が集められたのは、KGBと見られるフィクサードの目撃証言があったからであった。 「……はい、こちらはそのようにします。それでは」 本部に定時連絡を入れたミリィが、煩わしげに首を振った。陽光煌く美しい髪が、店舗を遅らせて僅かに宙を踊る。 この軽やかで凜として、けれど儚げな少女は、その実アーク最高峰のレイザータクトの一人である。『たかが』避難誘導に彼女を充てたということが、問題の困難さを示していた。 「……リベリスタ以外を巻き込むなんて」 彼女の顔を曇らせたのは、一般人引率中のリベリスタをフィクサードが襲撃したという報告だ。 要らぬ被害が増えていく。それがフィクサードだと知っていても、やはり憤りを感じずにはいられないのだ。 「聞いたわよぉん、キュートなお嬢さん♪」 クラクション音。見れば、純白のリムジンなどという場違いなモノが鎮座していた。もっとも、場違いなのは外見だけで、中身は災害救助用の多目的四輪駆動車なのだが。運転しているのは全身機械塗れの肉食系鉄壁、ステイシーである。 「第三ビルのほうはステイシーがいくわぁん。そうね……あなた、一緒に乗っていかなぁい?」 「ええ、お願いします」 即答してみせたあばたは、そのままリムジンの天井へと飛び乗った。小柄なれど全身を機械化している彼女である。それなりの重量はあるのだが、屋根はみしりと鳴っただけで問題はなさそうである。 「向こうにもわたしたちの動きは見えていると考えていい。ならばこれは完全情報ゲームだ。より深く読み切った方が勝つ」 そう言ったあばたは、焦点の無い機械の目でミリィを見やる。その視線は、最善を探りわたし達を導け、と訴えていた。 「わたしは駒としての役目を全う致しますよ。詰み手、お待ちしています」 「それにしても、女に左右されちゃう人生だなんてぇ、怪僧も只のオトコって事ねぇん」 機械の瞳でも気迫は伝わる。厳しい顔で頷いたミリィ。だが、いつもの調子でまぜっかえしたステイシーがその場の雰囲気を和らげる。 「オゥケィ、それじゃ露払いは任せてもらおうか」 非常に男臭い、というより男そのものの口調でかましたのは、肉感的な身体の美人である。うさぎの耳を頭から垂らしたその女、クリスは、親指で背後の大型バイクを指してみせた。 「お一人では危険ではないですか?」 同じく同行を決めたイスタルテがそう問いかける。上空から驚異的な視力でサポートする心積もりの彼女は、しかし単独行動は極めて危険であると直感していた。 ゲリラ戦を仕掛けるような敵ならば、『弱いところ』を突いて来るに決まっているのだ。そう、例えば、小隊から外れて一人でいるような。 「ああ、ここまで進入するような手練に一人で戦いを挑むほど自惚れてはいないさ」 クリスはそんな不安を取り除くかのように、ニッと笑って見せた。銜えた煙草がくい、と持ち上がる。道の入り組んだこのエリアの裏通りも、彼女のバイクであれば駆け抜けることが出来るという目算があった。 「それにしても、こうも易々と攻め込まれるとはな。嫌になってくるね、まったく」 大音量のエンジン音に紛れて聞こえないように呟いて、クリスは愛車を走らせる。その背中を見送りながら、イスタルテはふと思いついたように言葉を紡ぐ。 「そういえば、ゲリラ戦に徹する敵が、一般人を使って罠を張ったり、混乱を引き起こしたりしないでしょうか?」 顔を見合わせる一同。そうかもしれませんね、と厳しい顔を見せるミリィに、アルシェイラも頷いてみせた。 「避難する人の中に敵がいるかもしれないし……よく見ないといけないよね」 神秘的な偽装を見破る能力を持つ彼女ならではの発想。アーク本部襲撃という鉄火場では、例え戦闘にあまり自信がなかったとしても、自分が出来ることを探し、どう活かすかをそれぞれが求められていた。 「街の被害が少しでも少なくなればって、思うから」 そんなささやかで壮大な願いを叶える為に、リベリスタ達は動き出す。 「私達は主に一般の人の保護に回りましょう。戦うのは他の人に任せて」 「まだ避難が間に合って無さそうですしね。急ぎましょう」 そう言って駆け出した壱和の手が、何かを迷ったかのように宙を泳く。それから、併走するシュスタイナと掌を重ね、強く握った。 「――、っ」 息を呑むシュスタイナ。けれど、その手が小さく震えているのを感じ取り、されるがままにする。握り返すまでは行かないけれど、温もりが心強さを与えてくれるのは確かだから。 多くの思惑が入り乱れるこの戦場が恐ろしいのは、自分も同じだったから。 「うん、あれ……」 そんな二人を他所に、黒ずくめの衣装に身を包んだセイが鼻をくんくんと鳴らす。普段は人の印象に残らないよう務める『密偵』も、今は日の光の下にその姿を現していた。 「そうか、この臭いだね。うん、判った」 超人のレベルに研ぎ澄まされた嗅覚が、ある一つの手がかりを掴む。もとより、個人を特定できるような臭いのサンプルは何も無く、この商業地域で臭いを嗅ぎ分けるなど容易ではない。 それでも、あるのだ。たった二つ、はっきりと追いかけられる手がかりが。 「そこの路地の奥――臭うんだ。血と、硝煙の臭い」 次の瞬間。 飛び出してきた二人の男が、三人と、セイや壱和が連れる影人を挟みこむように移動する。手にはナイフと拳銃。何ら特徴も共通項も無い服装の二人だが、立ち上る殺気は彼らの正体を雄弁に物語っていた。 「密偵は戦う力を持たない――ってね。悪いけど、正面衝突は勘弁だよ」 だが、鋭い感覚を誇る獣の因子に不意を打たれるという事態はありえない。素早く反応したセイが隠し持っていた手榴弾を投げつければ、閃光が一方のフィクサードの目を灼く。 「君たちは思うままに戦えばいい。そのサポートこそ密偵の矜持」 一方、咄嗟に背中合わせになっていたシュスタイナと壱和。面倒事は嫌いなのよね、と強気に言い捨てた少女が、しかし身を硬くしていることに壱和は気づいていた。 「シュスカさんの背中はボクが護りますから」 彼女に聞こえるぎりぎりの声で囁いて。セイとは反対側のフィクサードに影人を向かわせ、同時に複雑な印を結ぶ。腰の太刀の代わりに放つのは、練り上げた束縛の呪。 「――うん、だから、頑張れる」 シュスタイナの身体のこわばりが消えた。黒き翼をばさりと羽ばたかせれば、巻き上がる空気が魔力をはらんで渦を成し、凍気の中にフィクサード達を包み込む。 だが。 「きゃっ!」 タン、という軽い音と共に、シュスタイナの肩で血が爆ぜる。はっと見上げれば、ビルの屋上から身を乗り出した男の銃口が彼女を狙っていた。 こちらの攻撃は届かない。飛んで行く? いや、飛べるのは私だけだ。ぐるぐる回る思考。しかし、その時。 「しゃてーおっけー……最大効率出しちゃうわよー!」 別のビルに腹這いで潜んでいた狙撃手、メリュジーヌが、スコープの中心に敵の狙撃手の頭部を捉えていた。 居場所を悟られないのは狙撃手のたしなみ。あんなに大きく身を乗り出すなど、ほとんど自殺行為にも近いのだ。 「あ・な・たへ、バレル越しの~HeartBeat~キッス!」 祈りの文句ならぬおふざけを鼻歌交じりに唱えると、彼女は狙撃の弾――いや、極細の気糸を放った。映っているのは、続け様にもう一度、無防備な姿勢を狙われた男は無様に落下していった。 そうして結果を見届け、身を起こしたメリュジーヌは、またどこかに姿を隠す。彼女を探す別の狙撃手が、今この近くに居るかもしれないのだから。 「さぁて、ラッキーにもちょうどいい所に出くわしたかな」 一方、地上での戦いにも変化が訪れていた。地面に叩きつけられながらも戦おうとするフィクサードを含め、ちょうど三対三。睨みあいとなりかけた所に、新たなリベリスタが現われたのだ。 「何がラッキーだよ、あの女も面倒なモン残していきやがって……オッパイでかい女は信用なんねえな」 キャスケットを目深に被り魔道書を手にしたプレインフェザーは、シュスタイナを見止めてうむ、と頷く。 「その点あたしらは……いや、なんでもない」 自分の胸元を眺め、黒翼の少女へと大きな共感を感じながら何事かを口走りかけた彼女は、しかし全てを言い切る前に口ごもってみせた。 「とりあえずイラつくから、敵は全員ブッ飛ばしちゃってくれ、喜平」 もちろん、巻き添えを食らったシュスタイナが一番イラついている事は、言うまでも無いだろう。 「やれやれ、無茶を言ってくれるが……無理ではない」 名を呼ばれた喜平は、肩に乗せていた柱のようなモノを腕一本で構えてみせる。巨大なる鈍器に見えるそれは、いまや彼の相棒として切り離すことの出来ない巨銃である。 後ろに彼女がいると知っている。だから躊躇うことなく、重さすら感じさせず、喜平は軽やかに駆けた。ナイフ使いとの距離をあっさりと詰め、巨大なる質量を振り下ろす。彼の膂力に重力の働きを加えた一撃は、強かに男の身体を打ち据え、足を伝って大地にまで震動を響かせた。 いや、膂力と重力だけではない。彼が纏いし暗黒の瘴気が得物を通して流し込まれ、哀れな犠牲者の身体を石に変えていく。その様子を見た残り二人は、もはや交戦の愚を悟ったか、離脱を図るべく走り出す。 「交渉決裂から迷いの無い力押し、そして離脱……このフットワークの軽さは見習いたいね」 「暢気な事言ってやがる、まったく」 毒づくプレインフェザーが放った気糸が、二人の動きを鈍らせる。そこに、急を聞いて駆けてきた更なる援軍が現われ、その退路を塞ぐのだ。 「あっ、ここに居たですよメリッサおねーさん!」 「ちょっと……! 私は大丈夫だから下ろしなさい!」 まさかのお姫様抱っこで現われた二人。抱え上げたメリッサに頭をしこたま殴られしぶしぶ降ろしたシーヴが、その方が早そうだったのに、と口を尖らせた。 「私達にお任せあれ! 大船に乗った気持ちでどーんと海底までっ」 「せめて船が着底しないようにしましょうか……」 漫才を繰り広げながらも、得物を構えじりじりと距離を詰め――メリッサが動く。美しく繊細な細剣は、しかし闘気に満ちて全てを貫かんとフィクサードを穿つ。 「なんか違ったかなぁ? とにかく、支援砲撃なのです!」 そして、聖別の魔銃からシーヴの放ったオーラが逃げ遅れた狙撃手を飲み込み、肺も残さず灼き尽くすのだった。 市街地での遭遇戦という状況では、必ずしも敵に比べ同数以上で戦えるとは限らない。ましてや、単独行動をしていれば尚更である。そして、相当数のリベリスタが、その単独行を選んでいた。 「ちっ、予想的中かよ」 背後からの斬撃を咄嗟に避けながら、福松は吐き捨てる。 各所に散らばった敵を炙りだすには虱潰しに動くしかない、と見定めて、彼は街を歩いていた。逃げ遅れた一般人を助けたのはショッピングモールの駐車場である。薄汚れた彼には、神秘的な偽装を見破る福松の力をもってしても怪しいところは無かった。 だが、彼は警戒を怠らない。彼が他のリベリスタと違うところは、フィクサードが神秘的な能力を用いずに変装しているのではないかということだった。そして、その疑いは実証された。 「簡単にやられると思うなっ」 手にしたリボルバーが銃弾を吐いた。フィクサードの超人的な反射速度は銃弾さえ容易に見切る。だが、ビルの壁からの跳弾までは計算など出来まい。まさしくそれを狙って放った一射が、フィクサードの背を穿つ。 「一般の方々を騙るとは卑怯ですね。絶対にこれ以上の手出しはさせません!」 福松が流しっ放しにした無線機が応援を呼んだか、走りこんできた一台のトラック。その荷台に乗った修一が、移動砲台の様に気糸を放ち結界を象った。 「俺達の街で好きにはやらせないぜ!」 キィ、と急ブレーキで乗り付けた修二も車外に飛び出し、敵の退路を遮るのだ。もとより義手を見せて一般人の反応を計るなど、彼らも一般人対策には気を使っていた。だからこそ、実際に発見すれば怒りがこみ上げるというものなのだ。逃がさない、とばかりに三人の即席チームはフィクサードへとにじり寄る。 このような戦いは一箇所だけではない。ほぼ商業地域の全域で、哨戒するリベリスタとKGBフィクサードとの戦闘が行われていた。 「さぁさ、運の悪い奴は何処に居るかね?」 避難誘導、あるいは援護。直感のままに街を歩くウィリアムは、あえてそう口に出していた。感じ取ったのは、背後からじっとりとまとわりつく視線。 「……守る戦いってのはどうにもこうにも性に合わんが、仕方ねえ」 横っ飛びに飛んで路地に転がり込み、同時に振り向きざまの一射。味方が来るまでと心得て、彼は迫る敵手へと牽制の追撃を撃ち込むのだ。 或いは、早くから予想されていた通り、人質を取られるというケースも起こっていた。多くのリベリスタにとっては、一般人を犠牲にするのはあまりに抵抗が大きいのだ。 「必ずお助けしますわ……それが貴族の努めです」 真っ白の髪を左右に垂らした瑠璃が、羽交い絞めにされているスーツ姿の男性へと安心させるように呼びかける。もっとも、首下にナイフを突きつけられた状態の人質には、あまり言葉は伝わっていなかったが。 「アネクドート(喜劇)という他に言葉はないな」 軍服姿の壮年の男、ウラジミールが吐き捨てる。現役のロシア軍人でもある彼にとって、仮にも国防を担っていたはずのKGBがゲリラ戦を行い人質を取るという事は、唾棄すべき事柄であろう。 「『閣下』が言っていた輩か。不穏分子として処分を行いたいが……」 「やりづらいっすね」 アイカが頷く。人質を取られるという事は、単に敵一人を逃がすだけでなく、多くのリベリスタをこの場に貼り付けなければならないということだ。 「やっぱアシュレイはとっとと片付けとくべきだったんすね」 「それもせんのないことでしょう」 瑠璃の溜息。その時、彼女の背後から低い声が聞こえた。何やってんだよ、と。 「人様ん家で好き勝手やってんじゃねぇよ」 パーカー姿の青年が、三人のリベリスタを気にも留めず進み出る。火車。リベリスタにあって暴力と劫火を体現する者。 もっとも、決して彼は粗暴ではない。むしろある意味理性的でもあるのだが――。 「テメェ、敵だろ? じゃあ死ねよ。今すぐによ!」 つかつか、と歩み寄り、無雑作に腕を薙ぎ払う。一瞬遅れて噴き出した紅蓮の炎は、二人――フィクサードと人質――を諸共に飲み込んで渦巻く炎柱へと変わる。 「っ、あなた!」 「こうしたかったわけじゃねぇよ。でもな、此処でクダクダやってる間に別の被害者が出てるんだろうが」 瑠璃の反駁を切って落とす。それは火車の冷徹なる合理思考。リベリスタを釘付けにされ、逃がせば更なる被害を生む。納得できるかどうかは別として、一つの最適解であると理解はできた。 「テメェも間もなくだ――いや」 炎が掻き消える。そこに立っていた人影は『二人』。 ナイフを突きつけていたフィクサードと、スーツ姿の男性。いや、五十がらみの日本人だったその男は、同じ服装ではあるが白人へと変わっていた。 「やれやれ、折角の特殊メイクだったのですがね」 ネクタイを緩ませる男。そこに、誰何することなくアイカが飛び掛り、殆ど零距離から強烈な一撃を叩き込む。 「やってやりますよ。二度と手出しする気が起きなくなるまでブチのめせば良いんでしょう」 アークで開発されたその技は、本来であれば男の態勢を崩し、そのガードを全てこじ開けていたはずだ。だが、男は彼女の拳を受け止めていた。 「貴官の顔を見たことがある。放置してはおけまいよ。――任務を遂行する」 そう言ってナイフを構えたウラジミールに軽く会釈して、男は告げるのだ。私は元KGB長官代行、セルゲイ・グレチャニノフです、と。 ●アーク本部/EX 「ねーねー俊介君。これこれ、これ使っちゃおうよ!」 アーク本部内研究所、その倉庫の一つ。 無数とも思える厳重なセキュリティチェックをハッキングと器用さで潜り抜け、魅零はその最奥へと辿りついていた。 玩具を見るような目で彼女が見つめるのは――決戦兵器・神威。ミラーミスたるR-Typeを撃滅する為に使われた、荷電粒子砲のアーティファクト。 その後ろから姿を現した俊介は、溜息混じりに巨大な砲身を見上げた。ま、雑魚ぐらいは一掃できるだろ、と一人ごちる。 「いいけど、後で一緒に博士に怒られような」 「今怒られろ、お前ら」 振り向けば、そこには製作者たる智親が立っていた。背後には凛子を含めた何人かの警備も見える。 実のところ、見知った顔だからという理由で大騒ぎせずに彼が出てきたのは、妥当であり、また軽率でもあった。彼の命がトリガーになっているという事実を知らずとも、この非常時に重要人物が出歩く危険さは説明するまでも無い。 「外出時に狙うのは暗殺の基本です。もう戻っていただけませんか」 「すまんな。こいつらは直接話をしなけりゃてこでも動かんだろうよ」 そう凛子に断って智親は神威の下まで歩き、そして二人に聞こえる様に話し始めた。 「コレはそんなに簡単に起動できるモンじゃねぇよ、それは。上に露出させて、必要な電力をかき集めるだけでも一仕事だ。……それに」 不満げに顔を膨らませる魅零に、智親は告げる。こいつはそんな繊細なコントロールが出来るモノじゃない。撃てば三高平は壊滅し――。 「必ず誰かを巻き込むだろうよ」 「あ――」 得心したように俊介が声を漏らす。今更ながらに思い出したのだ。目の前の男は表情を変えてはいなかったが――彼の妻は、この神威が放った光の中に消えていったのだ、と。 「死ぬ以外の全ては軽傷です。けれど、アレは全てを死なせる為のもの。使わせるわけにはいきません」 告げる凛子の声は、いつもよりも幾分か険しかった。 ●市役所前交差点/1 「ここは絶対に通さへんからね!」 剣戟と銃声。あちこちで起こる叫び声。その中でも、日鍼の関西弁は戦場全体へとクリアに響いた。応、と上がる声に、垂れたロップイヤーが照れたように揺れる。 「ああ、 頼りにしている。だが無理はしないようにな」 「おおきにな、帰ったらまたでぇとしよ!」 共に戦う伊吹へと軽口を叩き、けれど視線は眼前の敵から逸らさずに。手にするは真紅の巨大チェーンソー。しかし、振るわれるのはそれではなく、彼の全身から迸る思考の奔流であった。不可視のプレッシャーが、押し寄せる敵を薙ぎ倒す。 「で、でぇとはともかくだな……」 からかう声に思わず慌ててしまう伊吹だが、そこは年の功か、倍以上年の離れた青年の口ぶりに、ふ、と微笑んでみせるのだ。 「ああ、これが済んだら遊びに連れてってやろう――油断するなよ」 一対の白い腕輪は彼がキマイラより奪ったアーティファクト。自在に飛び回るそれは、次々と黒衣の男達を狙い撃っていった。 交差点で激突したアークのリベリスタと黒衣衆。その名の通り黒一色のフィクサード達は、敢えてリベリスタ達と交じり合い、乱戦に持ち込んでいるようだった。無論、個別に独立して戦うというのではなく、連携もすれば支援役も居るのだが。 「さて防衛戦だ。二人とも気合入れていくんだよ!」 ならばこそタイマンを気取るのは分が悪い。黄金の鎧を着込んだ付喪を中心に、九十九と那由他こと珍粘の三人は戦いを挑んでいた。 「またこの三人ですかー? 付喪さんは可愛いんですけど、もう一人がねー」 「ふいふい、慣れというのが重要なのですよ」 奇妙な球体の仮面を被った九十九に不満げな那由他こと珍粘であったが、この怪人の方がいくらか上手。さらりと受け流し、一歩前に進み出る。 「さぁ、私が来ましたよ」 大仰に腕を大きく伸ばしアピールしてみれば、三人の黒衣衆が敵と見定めて斬りかかる。今の変態ポーズのどこが挑発になるのかはさっぱり不明だったが、ともあれ九十九は彼らの怒りを買うことに成功していた。 「ちょっともう、打ち合わせってものがあるでしょうが!」 突然の奇行に困惑しつつも回数を重ねた馴れの悲しさか、九十九の意図が見えてしまった那由他こと珍粘。殺到する敵を見定めて、手にした槍をまるで剣山のように高速で突き入れる。柄を伝う確かな手応えが、肉を食い破る感触を想起させていた。 「本部を狙って来るたあ良い度胸してるよ。気に入った、精々派手にやろうじゃあないかい」 そして付喪もまた動く。圧縮詠唱から巻き起こる魔力の渦に身を任せ、身体を一つの魔道具として紡ぐ禁断の呪文。それこそが隕石落とし、マレウス・ステルラ。 「ああっと、あんまり壊しちゃあ駄目だったね」 「いやー、連携と言うのは素晴らしいものですのう」 期待通りの破壊力にほくそ笑む怪人ども。そんな二人に頭を抱える那由他こと珍粘もいい感じにぶっ飛んでいることは言うまでも無い。 「僕達がここに居る以上、もう奇襲にはさせない」 もちろん、あらかじめチームを組んでいる者だけではなく、たまたま近くに居た者同士が肩を並べ連携を取るシーンも数多く見られた。 「言うまでもなく、死にたくないんだよね。でも、自分のできることをするのが大事だから」 鷲の冠羽根を鬣のように靡かせて、サマエルは走る。一時たりとも止まることを拒むかのように動き回る彼女。敵とすれ違うたび、脚甲に仕込まれた透明なる刃はざくりとその肉を裂いていた。 「例え非力でも、相手が強大でも、動くことからはじめなきゃ」 サマエル自身は、率直に言えばアークのトップレベルには程遠い。おそらくは黒衣衆の大半よりも経験は浅いだろう。それでも、彼女は戦うことを望んだ。前に立ち、自ら運命を切り開くことを望んだのだ。 「よう言うたな。せや、ここで食い止めればわたいらの勝ちなんや」 狐の目を細めながら、夕奈がショットガン――を模した魔具を弄びつつその後ろに付く。巧妙にサマエルを盾にしながら立ち回る彼女は、一言二言の指示を周囲に投げ続けていた。 それはクェーサーが積み重ねた、攻撃と防御、それぞれの最高峰を行く戦闘エッセンス。僅かな指示を投げ入れるだけで、サマエルをはじめとしたリベリスタ達は見違えるように動きを改善していく。 「けど、何じゃいこの嫌ぁな予感は……縁起でも無い……」 それでも、先ほどから不安がぬぐえないのは、ここに来て正面衝突を仕掛けられているという不審。まだ何かあるのではないか、というのは、これまでの経緯を考えれば決して考えすぎではないだろう。 (……みんな、こんなんで済む筈がない、って言ってる。私なら、これだけの隠蔽をかけられた時点で敵も本気か、って思うのに) 一方で、離為のような素直な考え方も多かった。結局のところ、ラスプーチンが今アークを力押しする意義がどこにあるのか、その解へと至る材料が少なすぎるのだ。 「そうか、そもそもラスプーチンて何をした人だったろう」 中学校で学びなおしている最中の彼女にはもちろんロシア革命に関する知識はない。故に、今はそれ以上考えても仕方がないと割り切った。その代わりに大鎌をぶんと一振りすれば、敵手への憎悪を鎖と変えて、黒衣衆の一人の首へと巻きついた。 「『夢見る紅涙』の入手に焦っているという事でしょうか。しかし、今この時期に単独戦力で、とは……」 また、セラフィーナはこれをラスプーチンの焦りだと捉えていた。例えばバロックナイツとの決戦中に横から殴りつけたならば、もっと彼らは有利にことを運ぶことが出来ただろう。そうしなかったのは、何かの制約があるからだ。例えば――時間。 (ですが、この程度の敵……今までに比べれば!) 彼女が振るうは闇を斬る夜明けの刀。彼女の剣技は敵すら魅了する光の剣。しかし敵もさるもの、精神を閉ざしその影響から逃れるものも多かった。 ならば、と取り出したのは閃光手榴弾。強烈な光が、彼らの目を灼く。 「道を空けろ! 黒き風車のお通りだ!」 背に負うは黒き翼。ぶん、と振るうは黒き剛剣。暗黒のオーラを纏うフランシスカはまさしく文字通りの『黒き風車』となり、触れるもの全てに出血を強いる。 「と、孤立しないでくださいね」 そこに飛び込んできた黎子が、双頭の鎌を頭上で振り回す。かの殺人鬼もかくやとばかりの軽やかさで跳ね回る彼女は、血風を捲く刃の嵐となって敵に恐怖と苦痛を齎した。 「判ってるわ。ここから先に行かせないことが肝要だから」 一方、フランシスカも単なる猪突猛進ではない。出血を強いながらも、孤立しそうとなれば強引にでも退く彼女らは、攻撃によって防御を成していたのだ。 「んー、どんな心境の変化があったのやら。何にせよ、土足で上がり込まれては黙っている訳にもいきませんね」 そう一人ごち、黎子もまた退いていく。長丁場は見えているのだ。ここで囲まれて早々に脱落するのは格好が悪かった。 黒衣衆も流石というべきか、その攻撃は苛烈の一言に尽きた。深手を負ったリベリスタが居るとなれば追撃が入り、広範囲へのも回復の余裕を与えないように複数人で重ねてくる。まさしくアークのリベリスタのような強固な連携が、今は彼らを苦しめるのだ。 「俺の目の前で、死なせてたまるかよ! かかってきやがれ!」 エルヴィンが吼える。ダークナイトだろうか、相対する黒衣衆の放つ呪霧を身に宿した加護で振り払い、しかし彼は攻撃ではなく精神を集中し術式を編むことを選んだ。それは祈りにも似た清浄なる癒しの力。高位存在とのチャネルを強引に繋ぎ、その奇跡を彼の元へと手繰り寄せる。 「確かに不意は打たれたさ。でもな、これくらいで俺達に勝てると思ってもらっちゃ困るんだよ!」 その背後に控えた彼の妹、レイチェルが戦場を見渡す。敵が乱戦を仕掛けてきた理由は、おそらく少数突破だろうと睨んでいた。兄が作ってくれた間隙に潜み、彼女は『流れ』を注視する。 (……居ました) 視界の端のほう、二人のフィクサードが、注意を惹かぬよう動いているのが見て取れた。それに気がつけば、周囲の黒衣が敢えて盾となっているのも判る。 「貴方達の動きは掌握しました。ここから先には進ませません」 まさに黒猫の如きしなやかな足取りでそっと位置を変え、自らを現すかのような銘を持つダガーの射程に敵を捉える。投擲。敵味方をすり抜けて飛ぶ刃は、音も無く男に突き刺さり、一瞬にして魔氷の中に閉じ込めた。 「ざーんねん、足を止めちゃったね?」 追随していた真咲が更に距離を詰め、幼い姿に似合わぬ恐るべき三日月斧を振り上げる。 イタダキマス、と元気よく唱える姿は、どこから見ても無邪気な子供だったけれど。 「そんなわけで、大人しく殺されてください!」 瞬間、少女の姿が『ぶれた』。巨大な斧を抱えているにも関わらず真咲は残像を残すほどの速度で動き回り、四方から斬撃を浴びせ倒す。未だ仕留めるには至らないが、ゴチソウサマ、と言うまでにはそれ程の時間は要らないだろう。 「オレの職場の近くで暴れるの、止めてもらえないかなあ……」 まだ書類の処理が途中だったのに、とぼやく義衛郎は市役所の職員である。どうせ職場も酷い事になってるんだろうな、と考えると頭が痛かった。 高速機動。眼前の黒衣が放ったのは気糸か。構わずに駆ける。残像の幻影が質量を持つかのような錯覚に惑う敵の死角から、本命の一撃が喰らいつく。 「アシュレイちゃんにも乙女の事情があると思う……けど、三高平を差し出すわけにはいかないの!」 そこに、ビルの側面に張り付いて回りこんだせおりが突貫する。衝撃波を纏い、ラベンダーの光となって駆け抜ける彼女の手には、破邪の銘持つ大業物。義衛郎を突き飛ばすかのようにかすめ、全力で斬り付ける。 「巻き込んじゃった? めんご!」 苦笑で済ませる義衛郎に手を挙げて、少女は敵へと向き直る。体捌きで感じるものがあったのか、お兄さんプロアデプトね、と呟くせおり。 「うん、プロアの戦い方なら読めるわ。何となくだけど――」 ――お姉ちゃんが囁くから! 「なんとも頑張るねぇ、毎度ながらアークは」 一人のリベリスタを斬り倒した土御門・ソウシもまた、黒衣衆に混じり戦っていた。時に前に立ち、時に後ろに下がりながら、彼を狙ってくる者達をいなす。 「久しいの。黒メガネ。『前』にも言うたが、何かよこせ」 「――はて、何処かで会ったかね」 狂犬の如く牙を剥き出して迫る真珠郎。時間と記憶を超えたデジャブ。その戦いぶりと手にした真紅のナイフには見覚えがあったから、『そういうこと』なのだろうとソウシは得心する。 「得物か。技か。首か。――さぁ、選べ」 二振りの刃が織り成す高速遊戯。そのいくつかをいなし、いくつかは身で受け止めて。致命傷になるものだけを確実に弾いたソウシとそれでも当ててきた真珠郎、ハイレベルな攻防は舞踏にも似ていた。 (おそらくは何らかの思惑の合致があったんだろうが、な) 初めて目にしたソウシの姿に、竜一は報告書で得た印象が誤っていなかったことを知る。この場でラスプーチンの手として戦っていることへの違和感。 「何か企んでいるのか、裏があるのか。素直に聞いても答えないだろうけどな」 リスクへの対処が自分の役目だと心得ていた。だから、中盤で援護射撃に徹していた彼は敢えて前に出る。搦め手を使われようと、ソウシが絡んでいないならば味方がどうにかしてくれる、という信頼があった。 (――こっちは任せてくれよ) 違う場所で戦っている恋人に心中でエールを送り、二振りの刃を叩きつける。蒼き宝刀と、そして絆の長剣と。全力を超えた力を引き出した彼の斬撃は重く、ついにソウシの剣をはじいて胸を掠めた。 「……ちっ、余裕ぶってる場合じゃないな」 丸サングラスの向こう側で、ソウシの赤い瞳に力が宿る。それは更なる激戦への、密やかな号砲だった。 ●三高平駅前広場/2 「何が目的かは知らんけど、市街地で暴れるなよな……」 何度目かの繰言と共に、涼は繰り出されたサーベルを袖口の刃で受け止めた。まずったか、と舌打ち。咄嗟に受けた刃は極限まで薄く研いでいる。サーベル程度ならともかく、大型武器を受ければ欠けてしまうかもしれない。 だが、それを口に出すのは格好が悪い。何事も無い顔をするべきだ――特に、頑張ろうね、と声を交わした少女を背に護るならば。 「受け取っておけ――安売りだけどな!」 それは闇に潜む鴉の舞、双翼を刃として切り刻む断罪の鏖殺。ローブ姿の導師を斬り伏せ、涼はちらりと背後を振り返る。彼の広い背中を見つめていたアリステアと、視線を交わし、そしてまた戦場へと。 (――どうして、戦う必要があるの?) アリステアが考え続けた疑問。けれど答えは出ない。出るわけが無いのだ。だから、割り切るしかない。割り切れなくても割り切るしかない。 大事な人を失いたくない。 ただそれだけが、譲れないひとつのこと。その為に少女は戦場へと舞い戻る。指に嵌った指輪の約束を支えにして、癒しを与え続けるのだ。 「奴らの好きにはさせない、この街を大事なものを守る!」 あまりにも力押しに過ぎるエイミル隊は、囮役として主力をこの場に縫い止めるのが役目かもしれない――その推測は、この時点でリベリスタ達の共通認識だった。 だが、それで手を抜けるわけではない。力押しは力押しでも、全力の力押し、なのだから。守夜をはじめとしたリベリスタ達は、押し寄せるゴーレムを必死に叩き潰す。 「頑張って戦って、皆で生きて帰ろうぜ!」 勢いよく地面に叩きつけられた山羊人間が、魔力を失って煙のように消えていく。閃光手榴弾の援護もあり、次々と破壊されていくゴーレム。そして、その何列か奥に現われた黒い球体がらどす黒い瘴気が溢れ出し、周囲の敵を蝕んでいく。 「貴方達は……私達を、滅ぼしたいわけじゃない。……目的を、達したいだけ、それは判る」 蝋の翼を背にした美伊奈は、苛烈なる反動をその身に受けつつも一心に攻撃を続けていた。心が求めるは終わり無き痛み。足りません……全然、足らないの、時折そう呟くさまは、熱にうかされたようで。 「でも……貴方達の好きには……させない」 苦しげに言い募る美伊奈だが、その全身を涼やかなる風か包み、無数に走った傷を癒していく。 「……治療して貰っても私、どの道きっと、ボロボロになるわ?」 「それでも、僕は出来る事をするよ。最後まで遣り切るんだ!」 弱々しく笑んだ彼女に、美月は力強いいらえを返した。彼女は敵と戦う力を持たない。けれど、戦う仲間を支えることが出来る――それは大いなる矜持。 「関係ない! 皆止めればいいんだろ! ワタシに任せておけ!」 同じ思いを持つ明奈は、よく通る声で元気付けるように囃す。それは護るべき誓い。皆が気持ちよく戦えるように支え続けるという決意。 「戦場を掛ける美少女ナースアイドル、それがワタシだ!」 アイドルの慰問というわけでもなかろうが、その声と同時に周囲のリベリスタに湧き上がる活気。負けられぬ戦いを勝ち抜くための加護が、彼らに与えられていた。 「うん、止めないとね」 その声に美月も頷く。 「僕らの街、家、学校……どれも大事な物で、踏み躙られるなんて、嫌だ!」 だから絶対、負け『られ』ない……勝とう! その力強く純粋な思いは、魔力や信仰よりも仲間達を突き動かしていた。 「何故そこまで永遠の命を欲するのかしらね、目的があれば誰かに託せばいいのに」 植物の蔦、という一風変わった翼を広げたティオは、そう一人ごちる。それは、一つ一つの個体の意思を重視しない彼女の特徴的な価値観が言わせた台詞であろう。だが、一面ではそれ以上の真理を突いていた。 人々は思いを繋いでいく。友に、愛する人に、次の代に。それは、ナイトメア・ダウンのみならず、多くの仲間を失ってきたリベリスタに共有の思いだったから。 「自分自身である事は、そんなに大事な事かしら」 蔦の翼より生み出された魔力の渦が、隕石の雨に打たれた魔法生物を喰らう。そうして出来た空間に殺到してくる新たなる敵を、進み出た少年を中心に降り注ぐ火炎弾が叩きのめす。 「もー、なんでこんないっぺんに攻めてくるんだよー! 色んなことが重なってもうわけわかんないよ……」 やけに老成した児童の多い三高平には珍しい、年相応の困惑を漏らすナユタ。赤茶と青の瞳が、困ったように顰められて。 「細かいことはもういいや、倒してから考えるもん!」 だがそれは、子供らしい思い切りに取って代わられる。兄よりも少しだけ直情な純粋さ。彼の手にした重火器が、また炎の弾を吐き出すべく彼のオーダーを待っていた。 「その迷いは当然のことです。僕にも多くは判らない。ですが唯一つ言えることがあります 少年に付き添うように進み出た敏伍が、あらかじめ生み出していた影人を周囲に配しながらも、懐から札を取り出し印を組む。複雑な手順を踏んで続くその儀式は、四聖が一、炎纏う霊鳥を喚ぶ禁呪。 「だから申し上げたではありませんか、そもそもアシュレイ・ヘーゼル・ブラックモアを拘束することなんてお約束できないと」 見かけは老人じみた男がきっと睨むのは、エイミル・マクレガーが居るであろう方向。 「明日にも裏切られるかもしれぬと知っていながら、我々は対応できなかった。単にその力が無かったからです。そして、あなた方もそれは同じです」 それは、或いは繰言かも知れぬ。少なからずアシュレイを『信じた』者もいたのも事実だ。だが、敏伍にこうも言わせしめたのは、アークが『巻き込まれた』ことに対する憤りであろう。 「交渉が失敗したから実力行使はある意味順当だね。――これが誰の筋書きかは判らないけど」 一方、理央のように事態を冷静に見守る者も居た。後方に待機して式を生み出し続ける彼女は、纏まった数を前線へ送り出し、防衛ラインに穴が開くのを防ぐことに専念している。 「おかげで助かったよ。何せ敵さんは強くてね」 まあ、私が弱いだけなんだが、と頭を掻いた豊洋は、山羊人間の集中攻撃を受けたところを彼女の影人に助けられ、手当てを受けるために後方へ下がっていた。 「さて、まだ祝杯には早そうだ。行ってくるかね」 「ボクの影人もそろそろ限界かな。お気をつけて」 煙草の吸殻を投げ捨て、理央に手を挙げて礼を送る豊洋。再びほつれそうになっていた前線へと勢いをつけて突進し、渾身の力でゴーレムへと斧頭を振り下ろした。 「敵の動きが緩慢になってきたな。まだ数は多いようだが……」 リベリスタにはお馴染み、三高平で最も徳の高い男ことフツは、敵軍に生まれた違和感を敏感に感じ取っていた。先ほどと比べても、山羊人間が追加投入されるのが遅くなってきている。 フィクサードも多くは健在なようだが、さては指揮系統が乱れたか、と結論付ける。頑強な反撃をしていたセレスティアの陣を急襲したエイミルが、結果として一撃離脱に失敗し前線で足止めされていることも影響しているだろう。 「なら、もうちょっと頑張ってみるか。複数の足止めは得意なんだ――もっとも、こいつはちょいと痛いぜ!」 緋色の槍をアスファルトに突き立て、数珠をじゃらりと鳴らしてみせる。ただ一言で発動する術式は、起源を太古に遡る大呪術。頭上に現われた呪の渦より四方に飛んだ念が、仇為す者どもを縛り上げる。 「さあ、ここが正念場だ。私も支援を頑張らせてもらおうかな」 どこか中性的な雰囲気を湛えたシンシアが、フィアキィ達を宙に回せる。薄紫や青といったカラーだったそれらは、今は淡い緑色の光を発していた。そしてこの場では、もう一人のフュリエもまた、ラ・ル・カーナより共に降り立った妖精に緑のオーロラを生み出させていた。 「数で攻められたら流石に困っちゃうけど、なんとか耐えられてるよね」 安堵した表情のルナ。彼女達がもたらす癒しは、傷だけではなく戦う為の気力をも補う。大魔術を高速詠唱でつるべ撃ちにする術士達にとって、それは命綱にも等しかった。 「貴方達の事は私には分からない。でもね、此処は私の大切な場所だから――」 ――だから、此処から出て行って! それもまた、フュリエが覚えた怒りの感情。かつての彼女らに比べれば不完全で、だからこそ意地を張るルナの姿は活力に満ちていた。 (さんざんにやられたことは、忘れてない) 支援を受け派手に大魔法を連打するリベリスタ達の裏で、涼子は細く細く殺気を研いでいた。全てに無頓着といった顔をしていれば、一応のプライドは保たれよう。でも、それは許されない。彼女の内にある激情が、それを許さない。 (やつらの泣きっ面でも見れなきゃ、おさまらない) 味方すら囮に使い、先へ、先へ。狙うは考える頭のあるフィクサード、それも柔らかい術士だ。潜んで、潜んで、潜んで――。 轟。 黒いオーラが幾つもの渦となり、幾人かのフィクサードを薙ぎ倒した。自らをも傷つけるその様は、まさに神代の怪物を思わせる。 (あとは、やれるところまでやるだけだ) 運がよければ、それなりに立っていられるだろうさ――涼子を取り囲んだ新手を前に、彼女は表情も変えず得物を構えた。 「あのぉ、私初陣なんですけど……なんでこんな凄い戦場に……?」 「いいから働け、姉さん」 ひたすらに帰りたがる澪を叱咤する臣。朔を加えた蜂須賀の一党は、一直線に敵軍へと切り込んでいた。狙うはもちろん、エイミル・マクレガー唯一人。 「い、いきます!」 触れなば斬らんの雰囲気が漂う蜂須賀の一族にあって、澪は例外的に荒事には向いていない。強力なラ・ル・カーナの力を得たとて、それを使いこなす胆力は備わってはいないのだ。 けれど。 「私だって、蜂須賀のリベリスタなんですからぁ!」 手にした魔道書より迸るマナ。火炎の球を象った魔力弾は、彼女らの道を遮るゴーレムを劫火の中に溶かしていく。 「良くやった」 朔の声に砕けそうになる腰を何とか堪え、駆け抜けた二人の後を追う澪。視界には、大剣をゆっくりと構えるエイミルの姿が映っていた。 「『剛刃断魔』、参る――チェストォォォオ!」 先攻したのは臣。才無き故にただ一つの剣技を磨いた少年は、超重の太刀を小柄な身体に見合わぬ膂力で振り下ろす。 「は、若い者は活きがいいのぅ!」 だが、必殺の一撃、全力を超えた力での斬撃はエイミルの剛剣にがしりと受け止められる。驚愕。得物ごと叩き切るつもりで振り下ろしたものを――。 「――期待通りだ」 だが、騎士の余裕に冷や水を浴びせる声。朔。いままさに刀を鞘走らせる剣士が、臣と組み合ったエイミルを狙う。 「『閃刃斬魔』、推して参る。歓迎しようではないか、私なりのやり方でな」 キン、と鯉口を切る音。 次の瞬間、無数の剣閃がエイミルを襲った。居合術の剣速、ソードミラージュの加速。その両者を踏み台にして、朔の刃が迫り――。 「ふん、いい腕じゃ。やるのぅ、ちいと軽くはあるがの」 エイミルの肩、アーマーの隙間から赤い飛沫が噴出した。それはこの戦いで彼女が負った手傷としては最大のもの。しかし、エイミル様、と間に割り込んだ部下たちに阻まれ、朔達は一時距離を取る。 「とりあえず、こんな茶番は終わらせてしまおうや」 次いで、新たな小隊が突入を図る。先陣を切った音羽が放つ稲妻は、無数に枝分かれして敵陣を穿つ。そのままフィクサードへと組み付く同僚に追随した万葉は、いっそ酷薄な目でエイミルの部下達を見据えたかと思うと、全身から気糸を放ち向かわせた。 特筆すべきは、決して護りには向いていないと思われる二人がそのままフィクサード達の行く手を遮り、盾になって道を作ったことであろう。常ならば無謀の謗りを免れぬその戦術。だが、後方に控えた小夜の力が、それを強引に成立させていた。 「癒します。それは、星空の鉄槌(マレウス・ステルラ)よりもきっと強いから」 惜しみなく引き出される高位存在の力が、必死に耐える二人を支えている。それでも次々と注がれる攻撃。このままでは小夜の準備が出来るまでに持たない、とも思われたが。 「あたいの回復量なんてたかがしれていますけど、こんな風に小回りが利きますから」 アゼルを中心に吹く涼やかな風が、壁として耐え抜く二人に新たな支えを与えるのだ。そして、彼らの尽力により開いた道を雪白の切り札が駆け抜ける。 「前回の交渉で貴方への興味は失せました。殲滅させて頂きますね」 桐の手には、平べったい巨大な剣。それは、共に幾つもの戦場を駆け抜けた戦友と全く同じものではない。だが、新たなる工夫を取り入れて新造された大剣は、威力と取り回しやすさを両立させる工夫がされていた。 「交渉の素人が何をしに出てきたのです? こちらには社長や交渉術の達人、外交官じみた人だって居るというのに、あれを見ては呆れるしかない」 万葉が次いで辛辣な言葉を放つ。それに背中を押されるように、桐は全身の筋肉を引きちぎらんばかりの勢いで、エイミルへと得物を叩き付けた。 「生きて返したりしませんよ?」 「そんな事を態々言い立てに来たのかの、汝らは」 鎧が大きく凹むほどの打撃。剣というよりむしろ棍棒の一撃を受け、流石のエイミルも呻くような声を漏らす。たらり、と唇から流れる血。 だが、女騎士はその程度では止まらない。剛刃クレイモアが眩く輝いたかと思うと、ぶん、と突風が桐を包む。次の瞬間、十字の斬撃が彼を襲った。 「汝らは魔女が裏切るという未来を過小評価した。ただそれだけのことじゃろう。もっとも、その社長やら外交官があの気紛れなキース・ソロモンを口説いていたというなら大したものじゃがの」 痛烈に切って捨て、彼女は止めとばかりに得物を大上段に振りかぶる。だが、その剣は振り下ろされることは無かった。 「――お前は、俺に『気付かざるを得ない』」 咄嗟に振り向いて、鋭く剣を振り抜いた。硬いものに阻まれる感触。小さな盾が、彼女の殺意を受け止めていた。 鷲祐。神速を名乗る男。完全な死角より超スピードで接近した彼は、自分に剣が向けられることを知っていた。 だからいいんだ、獣ってのは。本能型の相手ならば必ず反応すると読みきった彼は、その速度を殺すことなく攻め手を重ねる。 「そんな時代錯誤の鎧なんか脱ぎ捨て……いや、脱がせてやるさ」 まったくどうしようもない戯言を吐きながら、彼は取り回しのいい短剣を高速で振るった。先の朔とは得物が違えど、同じように空間を埋め尽くすが如く――。 「そして、今日こそスリーサイズを教えてもらおうか」 「儂を口説きたいならもう少しいい男を連れてくることじゃな」 次々と生まれる傷。鷲祐ほどの使い手でさえ急所への攻撃は成功していないが、流石のエイミルも全てを避けることなど出来はしないのだ。 「エイミル様、ただいまお治しいたします」 後方に控えていたフィクサードの一人が杖を掲げる。おそらくは治癒術士か、未だ前衛の得物が届かない場所で、彼は自らの傷も省みず、エイミルを癒す詠唱を完成させようとしていた。 「悪いけどね、そうはいかないよ」 しかし、飛来した銃弾が、詠唱の完成を待つことなく彼の頭に突き刺さり、爆ぜる。その容赦の無い一撃は、まさに狙撃手――木蓮のありよう故か。 「アークの存続がかかっている。でもそれ以上に、もう誰も悲しませたくないんだ」 かつての愛銃を更に改造したそれは、更なる力を求め木蓮が自ら手がけたもの。この相棒とシルバーリングの甘い感触があるならば、彼女はもはや迷わない。 「ここでお前を討つ!」 その気合と共に、またスコープの中でエイミルの姿を探す。そこにはエイミルを囲んでの乱闘。いや、乱闘の中心にエイミルが乗り込んでいるのだ。そして、その中に新たなチームが加わろうとしている。 ――数多の地より集いし剣よ 束ねて掲げ誓うは一つ 我らこの地の守護者なり―― 宣誓。神聖なる誓句。それを声を揃えて唱えた彼らは、エイミルへと鋭い剣を向けるのだ。 「初めて唱えたが、これはいいな。一層気合が入るってもんだ」 義弘が、昂った感情を隠そうともせずに先頭に立って走る。フィクサードの後衛より何事か攻撃が飛んでいたが、もはや気にすることはない。強引にでも急いで叩く、それがパーティ四人の方針であり、『侠気の盾』たる義弘の心意気だった。 「ただ奴の眼前へ、突き進め!」 エイミルの護衛達から放たれた魔力の矢。彼はそれを全て矢面に立って受け止める。盾としての彼の意地を存分に見せつけ、そして割って入った配下の騎士へと鉄槌の一撃を決め、義弘は行け、と叫んだ。 「あんたらが主君を守りたいように、自分も皆さんを守りたいんですよ」 七海の矢がその道行きの露払いとなり、行く手を遮る有象無象を射抜いていく。擦り切れよ翼の革紐、轟けよ弦の雷鳴。 前髪に隠れた瞳は、彼方までを見通す猛禽の如く。共に誓言を唱えた仲間の為、必ず道を切り開いてみせる。 貫け、ことごとくを。ことごとくを。 「邪魔はさせない。さあ、来いや」 「戯言を!」 エイミルの配下、『我らの友』占星団のフィクサードどもがいきり立つ。苛烈なる反撃は、七海達の開けた穴に殺到しようとするリベリスタ達を落としていった。つるべ撃ちに放たれる隕石落としにより数を減じていたとて、彼らの実力は高い。 その一団の中で、同じく星界の力を借りるべく高速詠唱を紡いでいた術士の一人が、声も無く崩れ落ちた。 「魔女に絡め取られてるのに関しては、お互い様だったワケだな。とはいえ、負けてやる義理なんてねぇが……」 個人的には手を組みたかったが、とも思う影継だが、今となっては後の祭り。ならば、やることは決まっている。 「こんな戦い、誰が得をするってんだ……つくづく残念だぜ」 ターゲットはゴーレムでも騎士達でも、極論をすればエイミルですらない、と影継は見抜いていた。 敵陣が厚みをもって動きフィクサード達が出入りを繰り返している以上、ゴーレムを叩くことだけに熱中しても意味はない。倒すべきは、制圧力と回復力を備えた術士たちだ。涼子の特攻でエイミルへの支援が遅れた事は、その証左だろう。 厚い壁に護られた彼ら術士は、蜂須賀の一党や桐、あるいは義弘達の突入で乱戦に飲み込まれている。仕留めていくには、この機をおいて他に無い。 ――見せてやるぜ、斜堂流の本当の恐ろしさをな。 心中一人ごち、長大なる戦車砲を『振りかぶる』。ぶちぶちと筋肉がちぎれる音がクリアに響いた。その砲弾で敵を屠ってきた重火器をまるで鈍器のごとく扱って、影継は力を搾り出し叩きつける。単純な殴打。 だが強大な膂力が加われば、それは必殺の一撃と化す。崩れ落ちる敵には目もくれず、行け、と影継は叫んだ。柄でもないと唇を歪めたが、任せろという声が心地よかった。 (皆力付けてんな……もうちょっとした騎士団って言えるんじゃねーの?) 連携。打倒。その心地よさに高揚を隠せないツァインが、仲間達の開いた道を辿ってエイミルへと迫る。 「おうスコッツ、あの酒は飲んだか? 結構上物だったんだぜ」 「あの時の坊主か。旨い酒じゃったわ、知らぬ銘だったがの」 全身に傷を負い、なおも諧謔は忘れない。憎しみがあるわけではなかった。アイツと俺達が選んだ道がぶつかった、だから戦う――ただそれだけだ。 「思ったより早くこうなっちまったが、まぁ一丁……おっ始めますかッ!」 その言葉に応えるかのように、女騎士の大剣が唸りを上げて迫る。尋常ではない腕前と知ってはいたが、その恐ろしさを理解できたのは実際に対峙したこの時だろう。スローモーションで迫る刃が、命を刈る為に彼へと振って来る。 だが。 「こっちも大剣相手には慣れてるんだ、お互いお国柄でね!」 敢えて距離を詰め、懐に潜り込む。大剣を盾で受け止め――その衝撃にもっていかれそうになる身体と意識を必死で繋ぎとめる。此処で崩れたら負けだ。ツァインの本能が、そう喧しくアラートを鳴らす。 剣の裏刃で挟む。両手剣の重量を、エイミルの腕力さえ利用して受け流し、その勢いを乗せた剣で押し切る。Wrap shot Cross、彼が極めしもう一つの変形型。 そして。 「ふん――見事じゃ」 エイミルの左腕が跳ね飛ばされ、宙を舞っていた。 ●商業地区/2 避難所の入口付近に築かれたのは、机やロッカーを積み上げたバリケード。能力者にとっては気休め程度しかないそれは、しかし一般人を安心させるという意味では効果があった。 (かつての同僚と、こんな所で再会するなんてね……) 強襲をかけてきたフィクサードを見やり、知った顔がいないことに僅かな安堵を覚えるエレオノーラ。あの組織に居た頃は味方などという感情は無かったが、知り合いと戦うというのはそれはそれで寝覚めが悪い。 「赤い御旗が恋しいのか、ただの金目当てかは興味がないけれど。あたしの住処の平和を乱すのは感心しないわね?」 見かけよりも遥かに歳経た『彼』は、灰のナイフを手に駆けた。光を拒絶し、闇にも溶けぬ薄暮の色がフィクサード達の間を踊り――更に加速。幻影すら生まぬ圧倒的なスピードを載せ、エレオノーラは彼らを斬り刻む。 「貴方達には、ここで死ぬか、祖国で死ぬかの違いしかないのね」 「そんな感傷なんて知らないわ、護ってみせましょうこの街を!」 行き場のない亡霊のようなものよ、と呟いたエレオノーラに、亡霊じみたローブ姿の女が言葉を継いだ。骨の翼に目深なフード、だが見かけとは随分違うテンションの高さ。思わず振り向く僚友たちには目もくれず、彼女は骨ばった手で弓を引いた。 「遠い街まではるばるご苦労様。さあ1人残らず骨にしてあげる! 骨禍珂珂禍!」 骨を打ち鳴らすように笑い、魔力の矢を解き放った。一本の矢が二となり四となり八となり、空間を埋め尽くすほどの矢襖となって降り注ぐ。 「避難民誘導完了。思いっきりやってやれ」 市民に付き添っていた疾風が役目を果たし舞い戻る。本拠地防衛戦という大事件において、やるべき事は余りにも多い。一仕事終えて休息を取るという贅沢は許されていなかった。 「三高平で好きに暴れられると思うなよ! 変身ッ!」 ラスプーチンとの関係がどうであれ、いずれ魔女はトラップを仕掛けていただろう。彼女が三高平に居た日々を思うとき、それを結果論の一言で片付けるには彼はまだ純粋に過ぎた。 だが、人々を護る、というその一転を思うとき、やる事は一つだ。迷っている暇など無い。双刃の剣は光を帯びて一本の輝剣となり、振るえば無数の弾丸となって敵するものの意思を挫くのだ。 「おいこら、あたしの店の周りで暴れんじゃねえこら」 鳥の脚に二本のナイフを挟み、比翼子は縦横無尽に駆け巡る。だが言っている事は完全に私怨であった。 「いい年こいた爺さん婆さんが若いころごっこするぐらい、見て見ぬふりしてやらねーでもないけどな。店の周りで騒がれると客が来ねぇんだよ!」 勿論、戦争があろうがなかろうが閑古鳥商店に客は来ないので同じことである。が、彼女にとっては大問題なので鬱憤晴らしは必要であった。 「たわし買えたわし!」 未だ戦意を失わないフィクサードに飛び掛り、素早い動きで翻弄する比翼子。そこへ突貫した壱也が、可憐なる見た目に似合わぬ長大な剣を力任せに振り下ろした。肩を断つほどの凄まじい威力は、ただの一撃でその敵を骸へと変えた。 「ラスプーチンだかなんだかしらないけど、そんなすごいのが来てくれるようなところでもないんだけどね」 アークの誇る腐敗の王、男性の敵たる壱也は凜として得物を敵へと突きつける。アシュレイとの友誼を思えば複雑な心境ではあったが、それは後のことだと割り切ってもいた。 「手厚く歓迎させてもらうよ、全力で!」 「俺はお巡りさんなんでね……これ以上この街で好きにはさせねえよ」 路地に身を隠そうとするフィクサードへと、遥平のリボルバーが銀の弾丸を放つ。咄嗟の射撃でも両手でしっかりと銃を握っていたのは、ただ魔銃の制約というだけでなく、刑事としての訓練で叩き込まれた故か。同時に周囲のリベリスタからも攻撃が飛び、逃がすことなくきっちりと仕留める。 「流石だなァ、刑事さんよ」 「俺でも一般人への偽装くらいは考える。お前もそうだろう?」 違いない、とばかりにくつくつと笑うのは、太刀を引っさげた極道者。この銀次とうらぶれているとはいえ刑事である遥平が仲良く肩を並べるなど普段は考えられないが、リベリスタとしてならば話は別である。 「なぜこんなビルから出てきたのかは判らんがね。こんなところに敵の首魁が居るわけもないだろうし」 「ここで親玉を仕留めるのが最上だが、そう上手くはいくめェよ。駅の方みてェに正面切ってやってくるってんなら話は別だがな」 肩を竦める彼は、それにしてもアシュレイはやってくれたなァ、と零すのだ。全ての裏は知らねども、あの魔女が一枚噛んでいる事は疑う余地が無い。 「元より信頼できる相手じゃあなかったが、な」 「俺はアシュレイのことは何も知らないが……三高平を狙うなら話は別だ」 そう切って捨てれば、話は至極単純になる。小雷の思いはたった一つ、『俺達の帰る場所を護る』ということ。この街と、人々との双方を。 (――今度こそ、護る) バンテージを巻いた両の拳を打ち合わせる。フィクサードとは何度か戦った。一般人も救出した。だが、敵の親玉を仕留めなければ、護ったことにはならない。 捜索を続けていた彼らだったが、この広い街で何の手がかりもなく一人を探すのは不可能に近かった。過ぎていく時間。だが、やがて無線機が、一つの情報を彼らの下へと届ける。それは、倦んだ空気を張り詰めさせる鍵。 「どうやら敵のリーダーが発見されたようだ。セルゲイ氏というらしい」 中性的な声がそう告げた。バトルスーツに身を包んでいれば少年とも見紛うスレンダーな身体つきの幸蓮。凜とした表情が悔しげなのは、自分たちで発見できなかったからだろうか。 「私達も向かおう。セルゲイ氏とやら、一筋縄ではいくまい」 そう言って走り出す司令塔に追随し、三人の男達が後を追う。急がなければならなかった。チームとしての攻撃力もさることながら、分析に特化した幸蓮の能力は、KGB元長官代行という諜報と謀略の達人との戦いにおいてきっと役立つだろうから。 「魔女よ。この程度の呪い、箱舟には効くものか……!」 「ぞろぞろと雁首揃えて面倒なことだな。不作法に奪い取るのが露助の性か?」 セルゲイと名乗った首魁は、当然ながら単独行動しているわけではなかった。彼が攻撃されたと見るや否や、あちこちから集結してくるKGBエージェント達。ここに、商業地区唯一の大規模戦闘が始まろうとしていた。 「神秘教材としては、ゲリラ戦も中々面白いが……やはり最後はこうなるか」 呪符が巻き起こす黒きオーラの渦。その中心でユーヌは一人ごちる。もとより、敵の主力を叩き潰す戦力ではない。リベリスタにとっては遭遇戦なのだ。故に、周囲のリベリスタが駆けつけるまで戦線を維持する必要があった。 「ちょろちょろ動き回られても面倒だ。ネズミ取りに引っかかったみたいだな?」 四方に伸びたオーラが捕縛の縄となり、フィクサード達の動きを止める。彼女に続けと大技を繰り出すリベリスタ達。だが、フィクサード達は長を護るべく、リベリスタの優位を許さず熾烈な攻撃をかける。 撤退。その言葉が彼らの脳裏によぎった、その時。 「ふっふっふ、害獣参上にゃー。崇めよ讃えよー!」 比較的大人数の部隊が、KGBの背後を取って現われる。先頭を切って乱戦に飛び込んだのはおなじみピンクの害獣・ウーニャ。ラ・ル・カーナより持ち帰った枝のワンドを掲げれば、戦場にやわらかな風が吹き、膝を突くリベリスタ達の傷を癒す。 「変装なんて19世紀的なトリックじゃない。大胆なおじ様は好きよ」 そう戯言を吐くウーニャの前を、サイドカーを備えた大型バイクが駆け抜ける。敵中突破。そんな危険なギャンブルを仕掛けるのが、乗り手たる甚内という男であった。 「沢山弱った女子を救いたーい! そんな甚内ちゃんも参上でっす」 いつも通りのちゃらんぽらんな台詞を吐きながら、倒れ伏したリベリスタをひっかけて走り抜ける。無論、彼がどれほどまでに危険な賭けへと挑んだのかを判らない者はこの場にいない。一歩間違えれば集中攻撃を受けるのは間違いないのだから。 「大事を取って現場から下がりますよー! 女の子掻っ攫うわけじゃないですよー!」 「言っていろ、阿呆」 普段は寡黙を通す結唯が、珍しくいらえを返した。だが、視線は敵を見据えたまま。背の高い彼女が手を真っ直ぐに伸ばす様は、どこか絵画じみて美しく。 指先に仕込んだ銃が、無数の弾を放ち敵を穿つ。その雨霰の中投げ込まれた球体が、突如轟音を立てて炸裂した。巻き込まれた周囲のフィクサードが、不可視の衝撃波に捉えられ吹き飛ぶ。 (アシュレイ様はラスプーチン様を倒して欲しかったのでしょうか? ご相談してもらったら、まお達も何かできたのに……) 気糸での封殺然り、徹底して妨害に特化した能力を持つまおが狙ったのは、セルゲイの周りに展開した護衛を排除すること。果たしてその目論見は図に当たっていた。 「お邪魔してお邪魔して、さらにお邪魔するのがまおのお仕事です」 衝撃波を掻き消したか、セルゲイ自身には埃一つ付いていなかったのだ。――護衛達の半数以上が吹き飛ばされていたというのに。そこまでを読みきったまおの巧手である。 「やれやれ、いきなり殴り込んでくるとは行儀の悪い」 シィンの色濃い左眼が輝いた。ラ・ル・カーナには存在しなかった魔術体系が、今彼女に新たなる力を与えている。マヤ神話における一つ脚の神。人を創り、また劫火の中に滅ぼしたフーラカンの伝承を下地とした、『失われた』古代呪文。 「自分の世界を侵すなら敵ですし、容赦など一片もしませんよ」 炎に包まれたフィクサードが、創世神話の幻覚でも見たか、狂ったように周囲をナイフで滅多切りにする。シィンの普段よりも張り詰めた、容赦の無い振る舞いが、今日この日の戦いが以下にアークにとって重いものかを端的に示していた。 「グーテンターク、ヘア・グレチャニノフ!」 開いた道を見逃すアークのリベリスタではなく、間を置かずしてセルゲイへの攻撃が始まった。先鞭をつけたのは、敢えてドイツ語で挨拶をしてみせたターシャの蛇の瞳だ。 ――よくもボクらの街を荒らしてくれたな。命までは取らないから出て行きたまえ。 冷徹なる殺意の視線。流石にそれで動じるようなセルゲイではないが、とはいえ蛇の瞳より発せられし魔力が全く通じないわけではない。 「いきなりワラワラと押し寄せてきやがって、何のつもりだ!」 弟と同じような純朴な思いを口にして、モヨタが踊り込む。耳のアンテナは怒りをそのままに明々と発光し、その剣は無限機関より供給されし熱で赤々と燃えていた。 「力の限り! いくぜ機煌剣!」 斬、と振り下ろす。バックステップで避けるセルゲイ。だがモヨタの剣は彼の動きよりも僅かに早く、肩から腕にかけて傷が走る。痛みに耐えながらも態勢を立て直すKGBの長は、だが次の瞬間、まるで思考をジャミングされたかのような強烈なノイズに曝された。 (あの馬鹿、突然出て行ったときはどうしたかと思ったけど……まだ後先を考えて行動できるみたいで安心したわ) おかげで、と続けるのは止めて、彩歌は眼前の戦いに精神を集中させる。唸りを上げる論理演算機甲。光ファイバーのシナプスが過負荷に震える。それだけの相手だった。それだけの負荷をかけて、ようやくイーブンの土俵。 (そうね、選択に対しては責任を持たないといけない) ――魔女だけではなく、アークもまた。だが、そんな彼女の思考は少女の高い声に遮られる。 「例えKGBだろうと、三高平で好き勝手はさせないよ!」 動きが鈍ったかに見えたセルゲイへと一直線に迫るアンジェリカ。振りかぶった大鎌、地獄の女王の彫刻は、既にてらりと血で濡れていた。 「同時攻撃は捌けないよね?」 眩い光。幾重にも現われた残像が『質量をもって』大鎌で斬りつけ、抗う事は許さじとばかりに幾つもの傷を負わせる。 「この街はボク達の街なんだ。絶対誰も殺させない!」 けれど。 「流石に、こうも激しく攻め立てられては、私も身動きが取れません」 苦笑交じりのセルゲイが、いつの間にか手にしていたナイフで大鎌の一閃、アンジェリカが止めを刺すべく繰り出した『実体の一撃』を止めていた。そして、長柄を手首だけでいなし、得物をぐ、と突き入れる。咄嗟に距離を取るアンジェリカ。だが、突如柄から飛び出した刃が、彼女の腹を貫いていた。 「……スペツナズ……ナイフ……?」 どう、と倒れる彼女に構わず、セルゲイはぱん、と手を打った。注目を惹いたことを確認して満足げに頷き、彼は柄だけになったナイフを捨てて両手を広げる。 「どうやら、エイミル卿は重傷を負い、撤退に入った模様です。土御門君は頑張っているようですが……この情報が届けば、意地は張らないでしょうね。彼も密偵の一人はもぐりこませているでしょうし」 だからどうした、と斬りかかる二人のリベリスタ。しかし、彼らの剣はセルゲイには届かない。彼がぱん、とまた手を打った瞬間、二人の目が胡乱になり、そして突然同士討ちを始めたからだ。お互いが初手で必殺の技を繰り出す、それは命を奪うための戦い。 「私達の『仕事』は八十パーセントというところでしょうか。もう少し粘りたいところではありますが――やむを得ませんね。帰り支度を始めるとしましょう」 彼が使ったであろう面妖な能力に目を剥く暇も無く、配下のフィクサード達が一斉に攻勢へと転じた。リベリスタ達を押し包むように、刃と魔術が群を成して襲い掛かる。 熾烈なる混戦が始まった。 ●市役所前交差点/2 「細けぇ事はこっちでします。貴方は好きな様にブン回してなさいまし」 遮二無二剣を振るい突き進む相方を、けれどうさぎはその一片たりとも静止することなく肯定した。どのみち、この男に器用な真似は出来まい。ならば、自分が合わせて動く方が妥当というものだろう。そう、『理性』は理屈を付けてくれる。 (『巣をつつかれた獣』程、怖いものは無いそうですよ?) ちら、と視線を送れば、後のことを考えてはいないのではと思うほどに猛る風斗。出し惜しむことなく全身をばねの様にしならせ、赤く輝く白銀の剣を叩きつけるように振るう。その様は、まさしく獣のようで。 「ここは俺の故郷。俺の遊び場。俺の憩いの場。俺の思い出が詰まった場所……俺の戻るべき日常そのものだ」 押し殺した声は逆に深い怒りを感じさせる。お前こそが『敵』だ、と彼が纏う殺意が叫んでいる。ああ、彼はまさしく身を一振りの剣と化していた。 「そこに土足で踏み入られてな……俺はめちゃくちゃ腹立ててんだよっ!」 ざん、と骨を断つ音をたて、彼の剣が敵を斬る。と、次の瞬間、回り込んだうさぎが仕込んだオーラの爆弾が、目立たぬ小さな爆発を起こした。ぐらり、と倒れ伏す黒衣衆。それを見届けることなく、二人はまた別の敵に当たっていく。 (覚悟はしていたでしょうが……だからこそ、後悔して貰いませんとね) うさぎですら空恐ろしく感じるほどの、風斗の戦いぶり。この戦場には、不思議とそんな猛者達、怒りを覚える者達が集まっていた。 「今回ばかりは味方を気遣っう余裕はねえ。いいか、俺に寄るんじゃねえぜ」 赤いプロテクターがまだらに塗られているのは返り血故か。鬼神と化したランディが、鎖で繋がれた二本の斧を振り回す。近づけば巻き込んでも知らねぇ、と言い切る警告に真実味を与える、今の彼ならやりかねないという恐ろしさ。 「俺は門番よ。ここを通っていい奴は、死んだ奴だけだ。……俺がそう決めた」 唸りを上げて宙を薙ぐ戦斧。いや、斧だけでなく、それに引き起こされた風までもが、人を引き裂くほどの力を秘めていた。 「所詮俺も連中と変わんねぇがな。好きにしてるだけだ」 「ならば君はそこで戦い続けろ。自分はそれをフォローする」 一方、雷慈慟は集まったリベリスタ達に次々と指示を出す。黒衣衆の錬度が信じられないほどに高いということは、最初の一当たりで察していた。 「逃がさぬよう、抜けられぬよう、だ。上空からも自分の使い魔が視ている。逃しはしない」 梟を放ち上空から俯瞰する。未だ、敵の動きに不審な点はない。ならば。 「倒れるな。最後まで立っていれば勝ちなのだ」 「ええ、十分に理解していますよ」 そう応えた諭は、影人を幾体も作り出していた。さほど高級な術が使えるわけではないのだが、手数が増えるという事は集団戦では圧倒的に有利。 「それにしても、有象無象がわらわらと。纏めて焼き尽くして差し上げましょう」 影人には砲撃を続けさせながら、諭は印を結び符を燃やす。それは、破壊と再生を司るという炎の神鳥、その力を引き出すための陰陽の秘術。 「葬儀は何がお好みですか? ……ああ、無理に答えなくても結構です」 炎獄もかくやと思われる劫火を翼と成し、四神が一・朱雀が敵を焼き尽くす。火葬一択、骨も残さず消えなさい――諭の呟いた台詞は、何の誇張も無く事実であった。 (――不可解だな) 黒銀の片手剣を手に黒衣衆と渡り合う惟。彼女にしてみれば、全てのピースがかみ合っていない印象を受けていた。 これだけの準備をおそらくは短期間で成し遂げたこと。にも拘らず、バロックナイツとの決戦にタイミングを合わせず、単独で攻め入って自軍への被害を拡大していること。 (いや、時期を選べない状況に陥っている、ということか) そして、もう一つの疑問。土御門・ソウシというジョーカーの存在。彼の思惑も、未だ霧の向こうに隠されている。 (以前なら真の主の為だと理解も出来たが――奴にとっての勝利条件とは何だ?) 同じ疑問を持っているのがリリである。彼女が土御門・ソウシという男に感じる恐怖は、おそらくは『何を考えているか判らない』ことに起因していよう。合致するようで足りないパズルのピース。そして此処には夢見る紅涙、万華鏡、真白親子に時村室長、多くの鍵が揃っている。 重要なものは多く、またラスプーチンに心からに従っているようにも思えず――。 「土御門、貴方の狙いは――」 問おうとして止めた。彼女自身はまだその答えを持たない。ならば、あの人を食った男は、きっと真実を吐露することなどないだろう。 「――Amen」 迷いを振り切って引鉄に指をかける。解き放たれるは弾幕(いのり)の聖域。この街と箱舟と、護りたいもの全てを包む優しい祈り。 だから、私は。 「もうファッションヤクザの人は帰ってくれないかな、今日忙しいんだから」 そう深く沈みこむリリをよそに、SHOGOは毒づいてみせる。だがチャラ男はチャラ男なりにアークとこの街とを深く案じているのだ。でなければ、命をかけてこの場に出てくる理由はないのだから。 「いいよもう。本部には重要なモノが多過ぎるけど、敵を全殺しにすれば問題ないよね?」 応えたロアンも相当なものである。こちらはフィクサード相手では常にこんな調子ではあるのだが――。 「それじゃあ、悪運勝負といこうか。勝つのは僕らだけど」 「ま、この靖邦・Z・翔護三十歳、きっちり援護しちゃうよ。さあご一緒に――キャッシュからの、パニッシュ!」 つるべ撃ちに放たれる銃弾の中、ロアンは走る。誤射など考えもしない程度には、翔護(チームメイト)を信頼していた。期待通りの援護の中、彼は獲物へと近づき、そして。 「あの殺人鬼の技さ。君達はこの場でミンチだよ」 不良神父に無慈悲なる鋼糸。もはや惨劇しか連想できない組み合わせは、次々とフィクサードを切り刻んでいく。殺しを重ねてきた者達が、死の恐怖に身体をこわばらせた。 「何百年も生きてて、まだ死ぬのが怖い?」 未だ幼い少女である綺沙羅には、その理由が判らない。けれどそれが酷く醜悪に思えて、だから彼女は小さく首を振る。 「滑稽だね――裏切りの魔女に頼ってたキサ達も大概だけど」 キーボードのタイプ音は陰陽の発声代わり。リズミカルに叩くキー音が綺沙羅の呪力を増幅し、戦場に冷たい雨を降らせた。ぽつり。ぽつり。そして、いつしか雨は氷へと変わり、黒衣衆の足を止めていた。 「アークが滅んだら困る。智親には、まだ何も教えて貰ってないんだから」 開発者志望らしい台詞。綺沙羅にとっては、アークは研究の場であるらしい。 戦って、戦って、戦って。 既にリベリスタ達の耳には、他の二軍の動向が入ってきていた。エイミルが深手を負い撤退したこと。それを聞いたセルゲイも退却したが、むしろ予定通りといった風情であったこと。 ならば、なぜ黒衣衆だけが執拗に攻撃を加えてくるのだろう。もちろん、アークの援軍は今この瞬間も市役所方面に向かっている。このまま膠着すれば、いずれ一網打尽にされる事は疑い無いのに。 「あらやだ、黒い服だけでなくもっとお洒落すればいいのに」 「そいつはどうも。こちとら貧乏暇無しでね」 いかつい身体つきにピンクのツンツンヘアー、そして仕草はくねくねと。ついでに機械化した喉は女性の声でも何でもござれ。そんな、やたらと目を惹くジャンが無視できなかったのか、ソウシは嫌そうに軽口を返す。 「でもソウシちゃんは、そのサングラス、よく似合ってるわよ」 言うが早いが、直剣を突き入れる。気力を帯びた一閃は、だがソウシの髪一枚で躱されていた。 「目的は紅涙か?」 その隙を狙った悠里が一息に距離を詰め、凍気を拳に纏わせて渾身の突きを抉り込む。流石にこちらは避けることが出来ず、ソウシの腹へと突き刺さった。 心は読めないと判っていた。ならは拳で聞くしかない、というのはマッチョイズムに過ぎるだろうが――。 「判ってるなら聞くなよ、今回はこっちも真面目でね」 そう答えたソウシにも違和感が募るのだ。悠里に飄々として抜け目がない、そんな印象を強く与える男。後宮派、あるいは倫敦の蜘蛛の巣。ラスプーチンに従い、組織を転々としていたのは何のためなのか。 「面倒だな。こっちを頼む!」 「させるかよ!」 ソウシの声に何人かの黒衣衆が集まってくる。対して終結を防ぐべく動き出したのは。守り刀を手に戦う快。 「再結集防止だ。散開した敵を、合流する前に補足する!」 彼の予想の通り、一人の黒衣衆が快を行かせまいと阻んでいた。無論その男は、防御力に特化した『盾役』だ。決して快を倒すための配役ではない。ならば――。 「こいつらは俺達が防ぐ。ソウシは任せた!」 ナイフを媒体として強い光が煌いたかと思うと、水風船のように爆ぜ、フィクサードへと十字の光雨を降らした。それは力強き祈り。正義の名の下に宣戦し、自らのみを狙わせる秘術。 「任せておけよ。色々腑に落ちない点はあるが、ンな事で迷ってる時間もねェ」 護り手は此処にも一人。美しき白銀の篭手を手に、いまや少年から青年へと育った猛が迫る敵を睨みつける。けれど、待っているのは派手な喧嘩であることは、今も昔も変わりないらしい。 「どうせほっといたら被害が出るンだろ? だったら俺のやる事は一つだな」 厳寒の闘気を纏い、割って入ろうとするフィクサードを殴り飛ばす。それは以前の覇界闘士の技とは違う、触れたもの全てを氷の檻へと幽閉する奥義。周囲の黒衣を排除しソウシと戦う環境を作る、そのためには最適なる選択と言えよう。 「どうした、もっともっと殴り合おうじゃねえか……!」 「こちらも始めましょうか。幾度となく三高平へ踏み込んだ事……後悔させて差し上げます」 神木の枝より作られし神弓。あえて紫月は、その弦を引くのではなく、『弾いた』。びぃぃぃぃん、びぃぃぃぃん、と弦が鳴る。びぃぃぃぃん、と何度目かの振動。そして。 「まずは、目の前の事に対処致しませんとね」 神弓の声に惹かれてか、突如として魔力の渦が立ち上がる。天まで昇らんと勢いを増すそれは、やがて頭上で四方に散り――業炎を纏いし火球となって、フィクサードの頭上に降り注いだ。 {それにしても全く、元々抜け目の無い相手だとは判っていましたが」 厄介な代物を残していったものですね、魔女は、と。紫月はそう恨み言を言ってみたくもなるのだ。 (不滅の精神、でしたか。あの方が仰っていた、夢見る紅涙を必要とする理由) 肉体の不死不老を実現しても、精神が時の流れに耐えられない。それは、ファウナにはひどく納得のいく理由であった。彼女らフュリエは概して『長命』な種族であったが、今にして思えば、その『完全』さに倦んでいたのではなかったか。 (アシュレイ様のとても危うい感じも、ラスプーチンという方の性急も) 全てはそこに辿り着くのだとしたら。ああ、それは余りにも、余りにも哀れなことだろう。求めて得られぬままならなさ。結局彼女は、それを難しい問題という便利なタームで切り離す。 溜め息ひとつ。いずれにしても、とファウナは杖を振り上げた。変わっていく自分達の行く先を知るために。今は、退いてはならない時だから。 「だから今は。支えましょう、皆様を――!」 それは全てを、疲労に囚われた気力すらも癒すというミステランの秘術。出し惜しみのない速攻を旨とした彼女らにとって、それは砂漠の一滴よりも貴重な福音であった。 「貴様とアークは幾度と無く刃を交えて来たな、そろそろ観念したらどうだ。土御門」 「生憎そうもいかない事情があってね。そっちこそ退いてくれりゃ助かるんだが」 かなりの部分が本気で占められているそれらの提案は、お互い受け入れるには程遠いものだった。だから、刃を交わすより他に無く、拓真は悠然と双剣を構えてみせる。 「少々付き合って貰おうか。何、気を抜けば痛い程度だ」 二振りの剣。それは拓真と共に戦場を駆け抜けてきた相棒。ソウシもまた、この双剣と相対したのは記憶に新しい。だが、その『重さ』は明らかに以前とは違っていた。 単に拓真が限界を超えた膂力を搾り出して打ち据えてきたからではない。そう、これは――。 「祖父の薫陶により成長した我が剣、今こそ見せよう」 「パワーアップフラグとかどこのゲームだよ、お前!」 拓真だけではない。アークのリベリスタ達は、剣を交える度に強くなる。そう、底知れないほどに――。 「……それが、時間を止めた奴には無い、あんたらリベリスタの真価なのかもな」 ソウシの呟いたその声は、誰にも届かない。そして、彼自身も感傷に浸る暇は無かった。蹴り一つくれて拓真を突き放したのもつかの間、一瞬の隙を突いてリセリアが飛び込んできたからだ。 (土御門・ソウシ。連れている黒衣衆も相当の手練れ揃いですね) その戦い方は千差万別、とりたてて特徴はなかったが、これだけの水準をこれだけの数揃えているということが脅威なのだ。ラスプーチン配下であれば、ロシア軍だのKGBだのが関係しているのかもしれないが、少なくとも彼らにその臭いはない。 「貴方がラスプーチンの奥の手なら、今此処で潰して終わりにしてみせる!」 蒼銀の剣が光と化した。目を奪うほどの華麗なる剣舞。曲刀で受けようとして果たせず、自慢の黒衣に傷が走っていく、 「それとも、そう甘くも無いですか?」 それは二重の意味の問い。ここで倒すという挑発の裏には、エイミルを囮にして、最強のソウシ隊を突入させる――半年前の焼き直しできないかという指摘がある。 「――」 軽口で返してくるかと思われたソウシ。だが、一瞬彼は黙り込んだ。そして無言のままに、彼は周囲を圧するほどの思考の奔流を解き放ち、明瞭なる思考を否定する。 「あの魔女の呪いはとんでもなく厄介だわ。土御門君、貴方もそうやって、魔女の思う通りに動かされているのかもしれないわね」 「そうかもしれねぇな」 海依音は、自分を縛る呪いは魔女のそれと同じ程度には厄介だと知っていた。だから彼女は強引に天の扉を押し破り、癒しの力を引きずり出してぶちまける。癒さないとも有料とも言わなかった。 「でもな、俺達にも事情ってものがあるんだよ、これが」 「それは残念だわ。でもワタシは痛いのは嫌だから、代わりに設楽君と滅びるまで遣り合っててね」 無駄話を装って繰り出される剥きだしの刃。つついて出てくるのは、真実の鍵か、それても猛毒の蛇か。だが、更に言葉を続けようとした海依音を遮るように、天より来る鉄槌が次々と爆ぜ、アスファルトにクレーターを穿っていく。 「貴方、日本人ですか?」 その破壊を齎した悠月が、唐突に問うた。ソウシがラスプーチンに従う理由が見えない。そもそも忠誠を誓っているようにも見えない。日本人、という尋ね方が妥当かは、今の彼女には何とも言い難いところではあったが――。 正直に答えずとも良いですけど、と続けた悠月に、アークの女帝の異名は伊達じゃないな、と苦笑いのソウシ。 「隕石降らして答えずとも良いじゃないだろうよ……例えば其処のお嬢さんが日本人というなら、俺も日本人さ。一応な」 剣で指したのは、純白の翼を広げる雷音。その意を汲んでか否か――悠月は更に『問い』を重ねた。 『もしや機を伺ってらっしゃる?』 『――さあね。けどな、KGBの耳は尋常じゃなくいいんだぜ』 露骨な比喩に、息を呑む悠月。咄嗟にテレパスに切り替えた自身の判断に安堵する。一方、ソウシの意識には新たな『声』が呼びかけを始めていた。 『君はアークの本拠で本当に勝てるとは思っていないはずだ。少なくとも紅涙の奪取は無理だろう。なのに、なぜ其処まで必死になる?』 雷音は続ける。ラスプーチンとは別に、君にはアークを攻める理由がある。蝙蝠たる君の黒幕は誰だ、と。 『もしや、ヴァチカン、か? 話すなら命は助けるよう便宜は計らうが』 『――俺は俺さ。他の何者でもねぇよ』 意識を重ね合わせての会話。だがその間にも戦いは続いていた。リベリスタと黒衣衆とが互いに傷ついていく。そして、時間もまた無情に過ぎていくのだ。 「ソウシ! あの騎士サマもKGBもとっくにケツまくって逃げてるぜ。おしゃべりもいいが、そろそろどうするか決めろ!」 「ちっ……、絶好のチャンスだってのによ……!」 ぎり、と歯軋りの音。心底悔しげに顔を歪めたソウシに、劫が焦れたように迫る。 「長々と戦うのは好きじゃない。さっさと終わらせよう、時間は有限で止まってはくれないんだからな」 ああ、それは最大の皮肉。劫はそこまでを意図していなかったが、突破せんとしてついに突破しきれず、アークの援軍が来れば敗走と玉砕の二択を選ばざるを得ないソウシには痛烈に響いた。 「何が理由でお前らはラスプーチンの下に居るのか、答えろなんて言う気はない。俺達はこの街を護る。日常を壊すお前らを倒してな」 構えたのは切っ先の無い両手剣。その姿がぶれたかと思うと、残像をいくつも残しながら敵将に斬り込んでいく――。 「永遠が無いのなら刹那を刻め。日常よ止まれ、俺は誰よりも君を愛している!」 「『午前二時の黒兎(ナイトメア・イン・ザ・ナイト)』を舐めるなよ――!」 ●三高平郊外/EX 「……本当は『夢見る紅涙』を持ち帰りたかっただろうがな。セルゲイがちゃんと仕事をしていれば、大将は『最低限の目的』を達しているはずだ」 黒衣衆の撤収は整然としていた。即死した奴は別として、気を失っただけの連中も回収できたはずだ。彼らは仲間を見殺しにはしない。 「さて、どうするかね、ホント」 彼の紅い瞳に映るのは、言葉通りの迷いか、それとも――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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