●四周年 「記念パーティをやろうと思ってな」 『戦略司令室長』時村 沙織 (nBNE000500) の呼びかけは突然なようでいて、準備万端のものだったのかも知れない。何時もは気分で動く事も多い彼の『お遊び企画』ではあるが、凝り性の彼はイベント事に全力を傾ける事に定評もある。 「そうか、もう十月十八日か」 四年前の今日――この三高平市は本格的な歴史を歩み始めた。 プロト・アークと呼ばれたその前身組織はアークとして完成し、それから長い間、戦いを、思い出を、想いを紡いできたという訳だ。 「ま、しんみりする必要は無いが……振り返ってみるのも悪くはないだろ」 そう言った沙織は「カジュアルなパーティだよ。ささやかな」と付け足した。彼のいうささやかがどれ程あてになるかは分からなかったが、特別な日をラッピングしてもっと特別な日にしたがる辺りは彼らしいと言えば彼らしい。 「ま、例によって自由参加。気軽に顔出すだけでもいいから」 リベリスタの肩を軽くポン、と叩いた沙織はそうしてからしみじみと呟いた。 「……しかし、四年か」 確かに――思えば、遠くまで来たものだ。 三高平には、このアークには気付けば忘れ難い出来事達が積もっている。 特別な日の特別な夜に、振り返ってみるのも――面白いかも知れないだろう。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年11月06日(木)22:44 |
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●誕生日I 「一年はあっという間に感じてしまいますケド、四年はものすごーく長く感じたデスよ!」 成る程、光陰矢の如しとは言うが――シュエシアの言は確かな事実と言えるだろう。 たかが、四年。されど、四年。それだけの時間が流れれば、顔触れも人間関係も、事情も変わる。 「……うふふ、貴樹もお疲れさまデス! でも、ワタシも頑張りましたっ、なので――御褒美下さい♪」 「そう言えば、君ももう二十歳になったか」 じゃれついてくる歳若い少女――孫のような年頃のシュエシアに目を細める貴樹は深い感慨を込めて呟いた。 「そうさな、何か必要かも知れんな」 物事には何事も始まりがある。特に誕生日なる時間は一般に成熟した大人になる程、その価値を急速に減じるが、記念日というものはそれ自体が意味を持つ事はままあるだろう。 人のそれも然り、組織のそれも然り。 ならば、それは時村沙織の思い付きだったに違いないが…… 四年目を迎えた十月十八日が特別な意味を持ったのは必然だったと言えるのだろう。 「みんなビールいった? 未成年と肝臓ダメな人にはジュースいった? うるさ方には変な名前のアルコールいった? それじゃ偉い人(タっくん)が口開く前に始めちゃおうぜ! キャッシュからの――――パニッシュ☆」 自ら『乾杯の音頭に特化したリベリスタ』を自認する翔護が指を立て、腕を正面でクロスさせた独特のポーズから自身の決め台詞とも言うべき一声で会場の空気を盛り上げた。 アークという巨大組織は長いようで短い時間の先に多くの勝利と栄光を積み重ねた。『極東の空白地帯』という汚名を日本に被らせた脆弱なリベリスタ達は今や居ない。日本を軽侮のまなざしで見ていた海外の神秘勢力は今や判を押したように箱舟を軍神(マルス)か何かのように信望している。 それは、彼等が成し遂げた功績の大きさを物語るもので間違いないのだが―― 「そう言えば、四年も経ったのよね」 ――実際、現場のリベリスタからすれば、華麗にして絢爛なる戦跡も時間の一部に過ぎまい。 (あれから四年。成人して、お酒も呑めるようになって。大人っぽいドレスも着こなせるようになって……) 背中の開いたロングドレスを纏い、桃色の髪はアップにして纏めている。 天真爛漫な平素の雰囲気とは一線を画したウーニャのいでたちはすっかり淑女のそれだった。沙織が「カジュアルだけど」と逃げ道を残した記念のパーティに敢えてフォーマルな装いで現れた彼女は可愛らしいより美しい。 (そして傍らには、四年前も偶然隣り合わせた『彼女』がいる……それはある意味、私の知るどんな神秘よりも奇跡かもしれない) 右手のカクテル・グラスで唇を湿らせたウーニャが時間を過ごす相手は天乃である。 珍しいと言えば珍しくも思える取り合わせだが、奇妙な縁はこの時も巡っている。 (四年前、もこうして、隣に彼女がいた、っけ。 これも、一つの運命、なのかもしれない。 寄り添うのが義兄でもなく、親友でもなく、彼らより死に近いはずの、私……というのは。運命の皮肉、と言うべきか。 ……それでも、今日は感謝しよう) 黒いチャイナドレスを纏う天乃は自身でも自覚する通り『無理、無茶、無謀』を煮詰めたようなタイプなのだが。この記念の日を大切な友人と過ごす事が出来たのは彼女にとっても幸運である。 「で、最近どうよ。こんな夜なら、恋の話もいいんじゃない?」 「……聞いた事、後悔……するよ?」 からかうような調子のウーニャに小首を傾げた天乃は何時も通りの無表情だ。 「新田に振られた」と端的に述べた彼女の言にウーニャは「お、おう」と僅かに微妙な反応を返した。当人は平気の平左だが、確かに素面で真っ直ぐに言われれば言い澱む状況も確かである。 「でも、後悔なんてしないわよ。むしろ聞いてよかった。 よし、今夜は呑もう! 一晩中でも付き合うわ」 時村沙織の提案で始まったアーク四周年記念パーティはゆっくりとした時間を場内に提供していた。然して大掛かりな話ではないが、必要には十分。 「失礼致しまし……万華の姫様でしたか。申し訳ありませんでした」 「あ、お手伝いありがとう……」 「いえいえ、何か飲まれますか? 姫様はお酒には早いお歳ですけども」 「……リンゴジュース下さい。あと、恥ずかしい……」 年下の少女(イヴ)に軽く冗句めいた気遣い、あしらいの上手い義衛郎や、 「何かアレンジして頼める?」 「任せておいて。ノンアルコールでも美味しく出来るからね」 「……お酒が専門なんじゃない?」 「いいのいいの、楽しくてやってるんだから。 ……っと、義衛郎さんも何か呑む? シャンパンあるよ」 「俺は手伝いだからなぁ」 「室長は気にしないと思うよ」 「それもそうか」 昼間は会場への酒類の搬送、夜の会場ではカフスボタンのシャツに黒のベスト、スマートなバーテンダーに扮した快、 「ドリンクとか運べばいいの? わ、わたしこんなのしてないから無理じゃない? プルプルする! プルプル!!! え、や、だめ、今話しかけないで……! ドジはしたくないの!」 「カレー如何ですかー、カレー。あ、美味しい」 給仕に四苦八苦するメイド服を着た壱也、今日も今日とて相棒のカレーは手放せない……手伝う気のあるか良く分からない小梢、 「故郷のクレモナのお菓子なんだよ」 「お、美味そうじゃん」 「ほう、どれどれ」 「蜂蜜、卵白、ナッツに少々の砂糖で作ったトッローネってヌガーと、モスタルダっていうフルーツのシロップ漬け。甘いだけじゃないから、男の人にもいいかもね。さあ、食べてみてよ!」 「おい、これ美味いぞ」 「……ほう、興味はあるな」 沙織、智親、そして伸暁等も呼び寄せたアンジェリカ。 リベリスタ達の手伝いの存在も含め、会場では幾つもの見た顔がグループを作って歓談に花を咲かせている。 「いいひと、いないかなぁ……」 思わず呟き、深く嘆息した壱也の視線の先にはカップルが居る。 「それにしても四年かあ。必死に今まで走り続けてきたとも言えるけど……」 振り返れば色々な事があったものだ、と竜一は思った。 アークでも一、二を争う程に多くの任務に出た彼の場合は殊更に濃密な時間だった事は間違いない。それは最初は居場所を作る為の戦いで、今も目指す『勝ちを狙える選手たれ』という理想の為の戦いだったのだが。 「付き合ってもう三年か、結構時間が経つな」 「……何だか、そう言われると照れるね!」 中でも一番大きな出来事が何だったかと問われればそれは戦いに終わらないだろう。 何にせよ、竜一にとって一番大事で――一番大きい存在は今も傍らに居るユーヌ・プロメースに違い無かろう。 「ふむ、しかし竜一はいいセンスだ」 フリルの多いフォーマルなドレスの裾を指先で摘んだユーヌの仕草に竜一は笑う。 「ああ、そういえば竜一。私はお前の居場所になれているんだろうかな?」 「もちろん、俺の居場所はユーヌたんのところだよむぎゅむぎゅすりすりちゅるちゅるぺろぺろふが!」 「……折角のドレスがしわくちゃにされてしまいそうだな?」 ちゅ、と軽く頬に口付ける今夜のユーヌは満更でも無さそうだ。 「……楽しんでいらっしゃいますか?」 「あぁ、アンタか。良い飯もありつけるってだけで俺には十分かな」 少しだけおずおずとリリが声を掛けたのは劫だった。 素っ気無く孤独癖のある劫はパーティの歓談には余り関わる事は無くのんびりと自分の時間を過ごしている所だった。だが、彼は何事も無ければそれが気楽だというだけの話で決して誰かと関わりたくないという程でも無い。 「いえ、その、それなら良いのですが、はい。でも、ええと……」 本音を引き出す綿毛が降った日に「大好き」と口にした事。 落ち込んで酔った時、部屋まで運んで介抱して貰った事…… 「……その」 明らかに色々と纏まっていないリリの様子から劫は察するだけを察していた。リリは二十二だが、特別な生い立ちから少し幼く見える。不器用な仕草と態度を少しずつ解せる程度には劫の方が上手であると言える。 「どうでも良いけど、アンタは何か食べないのか? 美味いぜ、これ」 「……最初、偽装結婚式の依頼でご一緒した時はまさか、こんな方だとは思いませんでした」 新鮮で面白くて、相手をもっと見て、知りたいと思う。 それは身を切るような『あの方』への感情とはまた違うものではあったのだが―― 「……いい意味で、ですよ?」 「どうかな」と嘯いた劫は照れ隠しにからあげをもぐつくリリにポーカーフェイスを保っている。 「こんばんはアトキンス卿。オルクス・パラストの『絶対執事』。貴方に一つお尋ねしたい」 パーティの時間に静かに佇むセバスチャンにイスカリオテが声を掛けた。 「私で答えられる範囲であらば」 「貴方だから答えられる話なのです」 そう応じたイスカリオテの問いは「何故貴方は未だにこの街にいるのですか?」というものだった。主流七派の内二つが欠け、歪夜の使徒も五つもが地に堕ちた。アークは既にシトリィンが憂いたそれとは別なのに――と。 欧州の足元、シトリィンの身を逆に心配してみせたイスカリオテにセバスチャンは答えた。 「強いて言うならば、この街や貴方達が好きだからでしょうか。 私は、我が主君の命を文字通り命をかけて救って下さった貴方達に感謝を禁じ得ません。 それこそ、この身を賭してもお返し仕切れないと感じている程に。それは主も同じでしょう」 「……ジュースで良かったか?」 「あ、ありがとうございます!」 百パーセントのジュースを片手に現れた影継にエウリスは嬉しそうな顔をした。 「……他のも良いんだけど、私には果物があっているみたい」 「だと思った」 フュリエの習性を考えれば想像はつく所だ、と影継。 珍しい取り合わせだが、二人は何となく会場で出会い、会話を弾ませていた。 「俺達とフュリエが出会ったのも……思えば色々あった末の話だったな」 「はい」 ラ・ル・カーナ異変。世界樹の暴走、バイデンの滅亡…… 何を選び取れば良かったのか、未だに完全な正解は知れないが多くの運命が動いたのは確かだった。 「正直、俺は驚いたぜ。『楽団』相手に苦戦している時に、まさかお前達が来てくれるとは思わなかった」 「私達は、変われたのかな」 「保証しよう」 影継は冗句めかせて「ミステランの戦闘性能を見れば良く分かる」と付け足した。 「確かに。正式にアークが立ち上がった時、いつかは私も此処で戦うことになる。 そう思っていましたが、まさかアザーバイドであるフュリエと友好関係を築き共に戦えるようになるとは思いもしませんでした。それはとても――予想外で、ええ。嬉しい予想外だったのですが。 ともあれ、お久し振りです。エウリスさん」 「よう、元気にしてるか。そういや、向こう(ラ・ル・カーナ)の様子はどうだ?」 「あ、修一さんと修二さん」 エウリスが視線を向けた先には修二と修一、山田中の兄弟が居る。一卵性の双子である二人は外見から区別をつけるのが結構難しい存在だが、口を開けば案外タイプは違ったりするので分かりやすい。 「俺もたまに橋頭堡の跡地あたりには行ってるんだが、流石に森までは行きにくくてな。 エリューションとかで困ってたら協力するから言ってくれよ。 こっちに来てくれてる皆(フュリエ)にはずいぶん助けられてるからな」 修二がエウリスを気にかけてそう言ったのには『閉じない穴』が不安定化している昨今の情勢が関わっている。エウリスからすれば故郷へ繋がる道でもあるあの穴の動静は決して他人事にはならないからだ。 「……そう言えばシェルン様は状況を把握してるのかな」 「閉じない穴の件なら、恐らく室長たちから連絡は行っていると思いますよ。 それに神秘に関わった年月はバロックナイツにも引けを取らないでしょうから ラ・ル・カーナに影響が出ていれば、あの方自身が先に気が付く気もしますしね。 ……とはいえ、末っ子のエウリスさんが伝えに行けば喜ぶと思いますけれど」 「……ありがとう。でも何か嬉しいけど、恥ずかしいね」 頻りに自分を気遣ってくれる異郷の仲間にエウリスは少しはにかんだ表情を見せた。雌雄の別の無かった上に、世界における雄個体がバイデン(アレ)だったフュリエは元々ボトム・チャンネル的な恋愛の意識は無かったようだが、こちらに交わって時間も経てばそういう情緒の発達をした者も居るようだ。そういう意味ではエウリスも男性的魅力とは果たして何ぞやという部分は多少理解したのかも知れない。これも変化であろう。 「当時は一匹狼気取って、その実、友達に飢えてたたなぁ…… ゲー研に入ったのも、人との繋がりを求めてだった気がする。思えば、あのメンツとは随分と遊んだもんだ!」 変化と言えば、楠神風斗がここまで屈託無くそれを言えるようになったのも大きな変化だったと言えるだろう。 高校生の少年は四年の月日で二十歳を迎えた。未だに青く、暑苦しく、目の前に非道の悪が居れば熱い正義の心を燃やせる――直情径行なる熱血漢である事には変わらないのだが、周囲へのスタンスは随分変わった。 「獣塚では、うさぎに出会ったのが俺にとって人生の大きな転換点だったかもなあ」 「へぇ、そうですかい」 【思い出】で歓談を咲かせるグループの中心で頻りに頷く風斗に当のうさぎは実に素っ気無い返答をする。 「いや、だって、ねえ? 思い出つっても……仕事の話はどうも重い。 で、仕事以外だと……ははは、概ねこの白黒とツルんでばっかなんですよ、私。 や、どれもこれも皆、夢みたいに幸せな思い出ですともよ。でも、つーかだからこそ……ねえ?」 「うぐ」と言い澱む風斗にうさぎは澄ました顔をした。 うさぎの『恨み節のようなもの』はちょっとした意趣返しであり、冗談のようなものだ。だが、うさぎだか狸だか分からない鵺の親友のそういう所を風斗は決して看破出来ない。それは四年経っても変化しなかった場所なのだろう。 「最初は、深刻じゃないとこで一寸手伝いできればいい、ぐらいに考えてたんだけどね。 散々人の常識侵食してくれちゃって……腹が立つったらありゃしない。神秘の馬鹿野郎、だ」 頭痛を堪えるような調子で深みに嵌ってしまった自分に溜息を吐く。 アンナもまたこの四年で成長した。世の中には割り切らなければならない事もある。例えば、結末がどうにも自分にとっては許せない形を描いたラ・ル・カーナ異変一つをとってもであった。 「まあ、でも。面倒見なきゃいけない人間も出来たし」 アンナはちらりと風斗を見て言った。 「兎に角! 多くの友達と、仲間と……好きな人と……大切なものが、たくさん手に入った四年だった……!」 咳払いをした当の風斗は気付いていない。 (……うん、良い人なのね。それに……多分、相性も良いみたい。 きっと、兄さんが見てない所をあの人が見て、その逆も……時々位はありそう。 支え合う木。比翼の鳥。……一番長く続く関係ね。 悔しくないと言えば嘘になるけど、正直ちょっぴり残念だけど…… ……幸せの塔は、私のだけが高いんじゃ駄目。姉さんも兄さんも皆も……皆、皆、高く、丈夫で、健やかに……でなきゃ……) 「……対処すべき問題もあるわけで」 アンナは風斗から少し距離を取って寂しげに笑う美伊奈の存在に気付いていた。当の風斗は勿論全く気付いていない。 美伊奈の場合、どうこうしたいと思っている訳ではない。他の誰に悪い感情がある訳ではない。 故に風斗については己が未熟さを理解するべきであるという事だ。基督教においては無知は罪なりとされるが、こういう体質の男児の場合も似たようなものでいいだろう。いいよな。いい、よし、決定。 「おら、飲め、デコ」 ポイと胃薬を投げつけてくるうさぎにアンナは苦笑した。 確かに苦労が多そうな人生だ。尤も、文句を言いながらも人は生きていかなければならないのも確かだ。 「……死なない程度に頑張ろう。うん」 「皆で一緒に思い出話……うん、楽しいなあ! こういう話を一緒に出来る相手がいる。それ自体が凄く嬉しい。嬉しいな! それに、僕らもそうだけど、ほら見てよ! 周りも皆……友達とか恋人とか、詳しい関係は分からないけどさ! あの日、初めてアークに来た日。仲の良さそうな人もいるにはいたけど……やっぱり此処までじゃなかったよね。 積み重ねて来た月日は個人個人の成長だけじゃなくてさ、こう言う『繋がり』にもなってってるんだ! 僕らは『独り』じゃなくて、それぞれにそれぞれの『皆』がいて……そう考えるともう何も怖くない! どんな困難にだって負けないって、そう思うよ!」 「おいやめろ」 納得しかかったアンナは思わず言った。瞳をキラキラ輝かせる美月の台詞に言わずにはいられなかった。 『フラグ立てんなバカ、止めろ』 キース・ソロモン、グレゴリー・ラスプーチン、ウィルモフ・ペリーシュ、そして迷惑なあのアシュレイ…… 「え、えええ!?」 式神のみにと共に口を揃えた彼女は困惑する美月に頭痛が一層酷くなったのを感じていた。 ●誕生日II 騒がしいのも好きだが、時には静けさを好む時もある。 男とは我侭なもので、それを楽しむのも大人というものである。 「……早いもんだ」 三高平公園の一番高い木に登った鷲祐は滅多に吸わない煙草から紫煙を燻らせて呟いた。 全てを捨てる意味を知り、てを抱える重さを知る。欲張りだからこそ、誰の手も借りない。 だから、せめて足並みを揃えるために、只管に速くあるのだ。 ルイス・キャロルの一節のように―― 「……これからも、速いぞ」 三高平市でもリベリスタ達はめいめいの四周年を迎えていた。 改めてパーティに顔を出すような事をしなくとも、彼等にとっても記念日は記念日だからだ。 「アークが稼働して四年。そんなにもなるか」 「もう四年ですね。……まだ四年しか経っていない、とも言えますけど。何れにせよ時間が経つのは早いものです」 縁側で呟いた拓真に目を閉じた悠月は穏やかに頷いた。 空に浮かぶ月は冴え冴えと眼窩の世界を照らしている。少し肌寒い季節には彼女の淹れたお茶が似合う。自分が何かを言う前に差し出された盆に拓真は阿吽の呼吸と満足感を感じている。 「祖父の背を追い求めて、戦い、悩み、或いは立ち止まった事もあったか。しかし、今は」 「転機は、何処にあるかわからないものですね」 若造は若造だった。模倣は革新足り得ない。弦真の剣と拓真の剣は別物だ。 目を瞑り、穏やかな笑みを浮かべた拓真に悠月は唯静かに寄り添った。 「そういえば、今日はパーティだったか……」 「確かセンタービルで室長が……」 「行くのは、辞めておこうか」 拓真の言葉はこれもまた阿吽の呼吸だった。 自身の肩を抱き寄せた彼の腕に悠月は抵抗しない。 そっと頤を持ち上げる指も、仄かな熱量も。月の女を極僅かに焦がしている。 「今日はずっと君と一緒に居たい」 「妙に落ち着くな、そうか……フェザーの匂いがするからか」 少し奮発したケーキを携えて、お姫様の待つ家へ。 初めて踏み込んだその場所は彼女の雰囲気と匂いを喜平に強く意識させる。 プレインフェザーの私室は、さりげに彼女を思わせる品々に満ちていた。 「一応片付けはしたけど……散らかってるのは気にしないよーに」 唇を少し尖らせたプレインフェザーは少し拗ねたようにそう言った。 コーヒーを淹れながら時折喜平の様子を伺う彼女は全くどうして乙女そのものであった。 「長いな、アークも。俺達の戦いも」 「そうだな。……あたしは三年位だけど」 重要な戦いのハイライトには常に二人の姿があった。 互いに支え合った戦場は一つや二つではなく、乗り越えた絶望もまた然りである。 「喜平と生きる未来を守りたいから、こうして戦って来れたんだ。 喜平が傍でちゃんと見ててくれるから、ヤバイ時はちゃんと引き止めてくれるから…… あたしは安心して自分の道を進む事ができる」 コーヒーを淹れるプレインフェザーの表情は後ろ向きで分からない。 しかし、喜平はそんな彼女を背後から抱きすくめて言った。 「ありがとう。これからも宜しくね」 「……だいすき」 僅か四文字に全ての答えが詰まっている。 思いもよらない客は時に突然訪れる。 「こんばんは。パーティー抜け出してきちゃった」 舌を出してそう言ったシュスタイナは今夜の聖にとってそんな悪戯な存在だった。 (……は? なんでシュスカさんが……いや、それよりも煙草!) 慌てて吸っていた煙草を揉み消した聖は混乱の中で辛うじて普段の自分を作り直す。 「……あれ、焦ってる?」 「あぁ、大丈夫ですよ。歓迎します」 笑顔で少女を歓待した聖だったが、煙草の臭いを気にしているのか仕草は少しだけ及び腰である。 「夜遅くにごめんなさい。会場で姿が見えなかったから、お顔見たくなって。これ、差し入れ」 「わざわざどうも」 「大丈夫。ハロウィン当日は、今日の逆って事で私がお菓子を貰いに行くわ」 小首を傾げたシュスタイナは聡明な少女である。 相手のちょっとした表情や仕草から――『それ』を感じ取れる程度には。 「言っておくけれど『それ』気にしないでいいのよ」 煙草を嗜む男だという事は前から気付いていた。髪や服に幽かに香る煙草の匂いで。 ちっとも不快ではない彼の匂いで――分かっていたのだ。 「恥ずかしいところをお見せしてすみません。止めた方が良いとは思うんですけどね……」 「ううん、身体には宜しくないけど、無理に止める事もないし、恥ずかしい事でもないわ」 シュスタイナは敢えて彼に近付いて、形の良い小鼻を悪戯気に動かして言った。 「だって……その臭い、嫌いじゃないから」 「乾杯!」 景気の良い木蓮の声に「うむ」と景気の悪い龍治の声が応えた。 自宅にてのささやかなパーティは二人きりの時間である。 絢爛豪華な会場に赴くのとは又別の――何処より落ち着ける空間がそこにはあった。 (パーティには興味が無いが、木蓮がやりたがる分にはな) 相も変わらず可愛らしい年下の彼女に甘いハードボイルドは華やぐ彼女に目を細めている。 可能な限りの準備にはりきる彼女に付き合うのは決して嫌な事では無かった。 「変われば変わるものだ」 「ん? 何がだ?」 「……何でもない」 紛争地帯に身を投げていた頃は、心の奥底で、この命が尽きようと構わない、と思っていたのに。 「四周年、か……随分と長居しているな、この土地に。 居心地の良さに居着いてしまったというのもあるが、ここまで生き延びてきてしまった、というのが大きいか」 「死なないでくれよ? 俺様未亡人なんて嫌だぜ」 「みぼう……」 一瞬絶句する龍治(マダオ)に真摯に木蓮は言う。 「色んな事があって、色んな奴と戦ったけれど…… 二人でここまで無事にこれてよかったぜ……ずっとこのまま、これからもそうであってほしい。 でも色んな経験をしたからこそ、今後どうなるかわからない事を知ってるんだ」 龍治は木蓮に何と言葉をかけようか悩んだ。 次の瞬間――彼女は彼を床の上に押し倒していた。 上から落ちる銀色の糸が龍治の頬をくすぐる。濡れた翡翠の目が彼の顔をだけを映している。 「なあ龍治……キスしていいか?」 「……」 下から少女の顔を見上げた寡黙な傭兵は自分がどれだけ彼女を愛しているかを思い知る。 「未来への不安も恐れも、今は――呑み込んでしまえ」 失いたくない。失いたくは無いのだ。現在(いま)も未来(さき)も――でも、龍治受けだよね。←台無し 「うわ、めっちゃ綺麗! そのドレス似合うね。となりを歩けるのは光栄のいたり!」 気取った道化は一礼をして恭しく姫の手を取った。 「カジュアルなパーティという事でしたから飾り過ぎた気がしないでもないですけど」 少しの照れを見せながらも、案外満更でもなさそうな紫月は夏栖斗のエスコートに素直にその身を任せていた。 「アークも四周年ですか……私は途中参加ですが」 「あっと言う間の四年だったな。アークに来たの中学生のガキの頃だったんだぜ。 死にかけたりなんだり、大事なものを失ったり、でもいいこともそれなりにあって……」 四周年の記念のパーティに夏栖斗が顔を見せるのは当然だ。四年間、青春の真っ盛りを過ごしたアークに対して彼が思う所は決して小さくは無いのだから。 「例えば紫月と仲良くできてることとかね! ……ってわざとらしい?」 「いいえ」と笑った紫月に夏栖斗は「美人さんからそう言ってもらえると嬉しいね」と応じた。 「一番驚いたのは姉さんの事でしょうか、お幸せそうなので言うことはありませんが」 言う事は無いが、言いたい事はありそうな紫月は基本的に拓真には辛辣である。尤も彼が殻を破ったのは彼女も知っているし、評価している点でもあるのだが…… 「紫月はお嫁さんとか憧れる?」 「そうですね」 彼女は頷いた。 「少し、羨ましいかも知れませんね。支え合える人が居るのは素敵だと思います。 お嫁さん、というのは今一実感がないですが――」 行く気が無かったカップルも居れば、行く途中のカップルも居る。 行く気自体は十分だったが、よんどころない事情で苦戦しているカップルも居た。 「悪い悪い。目覚ましをかけ忘れてるとは」 「……まあ、仕方ないです」 「リセリアが起こしてくれなかったら不味かったぜ!」 ある意味で老成夫婦のように此方も息がピッタリなのは猛とリセリアの組み合わせだ。 リセリア曰くの所によれば「寝坊や遅刻も日常の一つ」。成る程、出来た嫁は先回りも素早かった。 「時間的には……十分間に合うか」 失点を取り戻そうと必死に時計を見る猛にリセリアは小さく微笑んだ。 こんな所も彼の可愛い気である。無軌道で無鉄砲でとんでもない事を言い出す彼だが―― 人間は己に無い部分を求め合うとも言う通り、予想外な彼の動きは彼女にとっても楽しみの一つである。 「四年か。ダチも出来たし、恋人も出来た。普通の奴に比べれば多少波乱万丈じゃあったが…… 悪くない時間だったよな。ま、これからもやる事は沢山残ってるみたいだが」 「まあ……色々ありましたね。本当に。きっと、この先どんなに時間が経っても…… 生きている限り、色褪せないくらいの色濃い思い出。良い事も悪い事も、その全てが――」 リセリアは自身の手を握った猛の手を極自然に取り返した。 「まだこれからも……きっとある。 ――ふふ、ちょっと慣れました。……私も、大好きですよ。猛さん」 ●誕生日III 「四年、かァ。たかが四年、されど四年。故郷を飛び出し幾星霜、ってね 知り合いがまー、居ないって訳でもねぇし依頼で顔を見た奴等も居るが、そういう奴等は他に繋がりもあらァね」 ウィリアムは会場からくすねた蒸留酒を片手にポンポンと煙草の灰を落としていた。 「世界は繋がっている、なら俺も同じさね」 十一月の肌寒い風に吹かれれば、パーティで火照った肌も落ち着きを取り戻す。 暗い夜の闇に浮かび上がる光芒――三高平の夜景を眺めるなら、センタービルの屋上に勝る場所は無い。 屋上の一角、給水塔の上には夜景と『他人のいい雰囲気』を楽しむあばたの姿もあるのだがそれは余談。 「虎鐵、四年前の今日、ボクたちはこの街にきた。 ここにきて、友達ができた、大切な仲間ができた。ボクはこの三高平が好きだ。君はどうだ? 虎鐵」 「ああ……懐かしいな…… お前がいきなりアークに行くと言った時は驚きさえしたが……色々あったのは事実だな。そして色々と変わった」 思い出話に興じる虎鐵と雷音の父娘は二人きりの時間を過ごしていた。 「そうだな、雷音。俺にとっても大切な街だ」 雷音はまるで虎鐵の言葉に安堵したかのような嘆息をした。 その少し奇妙な反応に父はすぐ気が付いた。娘の様子のおかしさを見逃すような男では無い。 「……どうした? 雷音」 「ずっと言いたかったことがあったのだ。 ボクたちがアークに所属をすることで、ボクたちは『リベリスタ』という冠を背負うことになった。その所為で……『親分』と敵対させる事を強いてしまったボクを君は恨んでいるか?」 目を丸くした虎鐵は「馬鹿な事を」と少女の不安を一蹴した。 「俺達は『剣林』だ。雷音、たとえお前が居なくとも俺は遅かれ早かれ百虎には挑んでただろう。それが剣林のあるべき姿だ。リベリスタになって確かに変わった。だが根底は変わらねぇよ」 「無理をしないで欲しい」と指切りをせがむ娘に虎鐵は敢えて最後の言葉を伝えなかった。 ――俺は世界で一番雷音が大切だからな。 「四年も経てば見慣れもするよなぁ」 フツは見晴らしの良いその景色に一番最初の頃、いたく感動した事を覚えていた。 「ううん、違うよ」 しかしあひるは彼の言葉に首を振る。 「見慣れた景色だけど……改めて来ると、いつもと違って見えてくるよね」 「ラブパワーかな?」と笑った彼女に彼も又、同じ表情を作っている。 「あひるはさ、四年前と今と変わったなって思う所ってあるかい?」 フツはあひるを振り返り、不意に尋ねた。 それは問いかけであり、自身の言の呼び水だった。 「オレはあるよ。戦い方や命についての考え方……色々あるが、一番は、あひるのことがもっと好きになった」 「あひるも、この四年で沢山変わったんだよ! フツが引っ張ってくれて、見たことのない景色を見せてくれて…… 一人じゃ怖くて踏み出せなくても、フツと二人ならどこへでも行ける! フツを好きになって、自分に素直になったのも初めて。フツと出会ってから、あひるの全てが変わったみたい!」 みにくいあひるのこが白鳥になったのだとしたらば、それは全て。 (……あなたの、おかげ) 心底より湧き上がる愛しさと、少しの切なさにあひるの瞳は僅かに潤んだ。きっと恐らくは――全て分かっているのだろう。肌寒さごと自分の肩を抱くフツの体温にあひるは何度も小さく頷いた。 「あたしがここに来てからもう四年もたったですか。 最初のパーティで運命的な出会いをしたんでしたっけ…… はじめは一人で不安でしたけれど親友もできて一緒にすごせる仲間もできて! なによりも運命の人との出会いがあってそれからもう四年だしあたしもえっと……」 何時になく口数の多いそあらの言葉を沙織は黙って聞いていた。 不器用で、上手く伝える術が無くとも。改めて言われないでも彼はその全てを理解している。 だから、そあらがどれ程に上手くやれなくても、沙織は言った。 「そのドレス、凄く似合ってるな」 一言で足りる殺し文句は彼らしいと言えば彼らしい。 「寒いんだろ」 からかうように笑った沙織はスーツの上着をそあらの肩にかけてやる。 自身はそうでもないのか夜景を眺める沙織は寒そうな素振りは見せていない。 三高平の夜に紫煙を燻らせる彼は感傷的な時間を過ごしていた。 (……色々あったよ) 誰かを死なせた事もある。 背負わなければならない失敗もあっただろう。 舵取りは誰かがしなければならないが、成功が無い仕事だという事は分かっている。だが、それでもだ。 「室長のお蔭です」 「……何が?」 振り返らず、背中からかけられた恵梨香の声に沙織は応えた。 「家族をフィクサードによって奪われ、生きる希望も無くしたアタシに戦う事で生きるという目標をくれたのは貴方でした」 「そうか」 恵梨香は感情の表現が不器用で、何時でも一歩以上引いている。 だが、この時は屋上の手摺に寄りかかるようにした沙織の横に並びかけた。 (自分の心の中にあるものが、依存や刷り込みなのかは分からない。 ハッキリさせる事で、全てが壊れてしまう事もあるかも知れない。でも……) 同じ時間を過ごしたいと思う気持ちは恐らく本物なのだろうと思っている。 触れ難い距離を持つ僅か数センチが、大した距離ではない事を知っていた。 だから、恵梨香は思うのだ。 「このまま、時間が止まればいいのに」 ファウストが何故メフィストフェレスにそれを願ったのかを聞いてみたい。 この世界の何処かにはそういう連中も居るのかも知れないから。 「そうだな。今が続けば――きっといいんだろうな」 沙織は煙を吐き出して目を細めた。 それが叶わない事を皆に等しく知りながら。 ――Happy Birthday―― 十月の夜に小さく呟いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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