●殺人鬼の作法 氷点下の精神で殺す。 どこで読んだか、何時に聞いたのか。覚えてはいないけれど納得したことを覚えている。納得してしまったことを覚えている。 人を殺すことに激情なんて存在しない。心を荒野に置き去り、気持ちを向こう側に打ち捨てた殺人行為。そこに何も介入せず、ただ純粋に殺人という形がそこにはあった。 炎天下の肉体で殺す。 どこで読んだか、何時に聞いたのか。覚えてはいないけれど共感したことを覚えている。共感してしまったことを覚えている。 人を殺すことに興奮なんかで収まらない。体は悦楽に火照り、その身を未だ現在に寄り添った殺人行為。そこに何も介入せず、ただ純粋に殺人という形がそこにはあった。 「だから思うわけだ。いや、思わないわけなのか」 「だから何も感じないのよ。いいえ、感じすぎていると言うべきかしら」 虫の五月蝿い真夏の深夜。見るならば悪夢でしか無いそこで、三人の男女が伺える。女が二人と、死人がひとり。 それは異様な死体であった。 両腕の皮膚は爛れ、抉れた肉が今も泡ボコを立てている。泡が弾ける度に肉の焦げた臭いが充満し、鼻について仕様がない。 両足の皮膚は砕け、ひび割れの奥から鮮血が流れている。触れる度に脆く砕け、ぼろぼろと剥がされてはこぼれ落ちていく。 ショック死。沸騰する両腕の痛みと、剥がれ落ちる両脚の痛みで死亡している。肉体が魂を殺すのではなく、精神が生命を破壊した死。 「何も感じずに殺すから私は殺人鬼」 「身を火照らせ殺すから私は殺人鬼」 二人の少女が笑う、二人の殺人鬼が笑う。 何も感じていなさそうに、火照る身にくねらせるように。 二人は手に手を取り合い、仲睦まじく惨劇の舞台を降りていく。泡立つ肉は空に溶け、砕けた皮は風に流れて見えなくなった。 ●預言者の技法。 「ちょっとやっかいな事になったわ」 いつもの本部、いつものブリーフィングルーム。そして、いつもの難事。 「フィクサードが現れたの。毎夜、人を襲っては殺している殺人鬼」 嫌な話だが、それ自体は珍しくもない、特にここ最近は。では何がやっかいだと言うのか。 「問題は、二人同時に現れたことなの。通常通りに戦えば勝てるであろう相手が、二人。つるんで行動しているみたい」 それに、と予知者の少女は続ける。 「ごめんなさい、いつも以上の人員を割けないの。同じ人数であたってもらうことになる」 自然、リベリスタ達に緊張が走った。普段彼らが戦う相手は、個々の性能として自分達を遙かに上回る。数の暴力としても押し寄せねば勝つことも叶わぬ相手ばかりだ。 それが、二人。 「勿論、纏めて戦って勝てる相手じゃない。上手く分断して各個撃破して」 ぎゅっと、兎のぬいぐるみを抱きしめる。 「とても危険な戦いになると思う。それでも後回しにするわけにはいかないの。お願い……」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:yakigote | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年08月22日(月)22:59 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●処刑人の方法 精神だけで無情を感じている。肉体だけで発情を感じている。ならば肉体は業火に焼かれているようで、ならば精神は凍土に葬られているようだった。どちらが異常かと言われればそれは人間らしい感情のない精神であって、どちらが異端であるかと問われればそれは人間らしい鼓動のない肉体であって。 夜。夜。しんしんと。遠く何処かで騒がしく、近くかしこで張り詰めた。そんな夜。 予言されたそこに辿りついたリベリスタ達は源 カイ(BNE000446)の鷹目もあり、早々にふたりの殺人鬼を見つけていた。直ぐに仕掛けることはしない。それを物陰から、気配を悟られぬ遠くから、暗闇の淵から、こっそりと伺っている。二人が離れる隙を伺っている。 「またしても少女の殺人鬼と相見える事になるとは。それも今度は二人同時で……これが運命の悪戯というヤツでしょうか?」 過去に数度、渡り合ってきた吐き気を催す少女達。理解不能の殺人鬼。その恐怖は身に染みている。 「仲良き事は睦まじき事ですが……こうもタチが悪いと人の絆も凶器に思えますわね」 手甲の具合を確かめながら、『高嶺の鋼鉄令嬢』大御堂 彩花(BNE000609)。恐ろしい人殺し。それでも尻込みなどしていられない。早々に方をつけてしまわなければ。この街には殺人鬼が多すぎる。 『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)は空腹を抱えている。何時かの悪罪に触れた悪影響。純粋狂気の生存欲。この強迫観念が錯覚だと分かっていても、脳の片隅で凝りになって離れない。 「……良いだろう。それを上回る狂気を、叩きつけよう」 骨の折れる話だと、『鉄血』ヴァルテッラ・ドニ・ヴォルテール(BNE001139)は感慨ついた。 「成程、両名が両名とも殺人に対する矜持有り、と言う訳だね」 殺人鬼。人でなし。ひとで鬼。まあ良い、道を誤った子供を躾けるも大人の役目であろう。 「殺人鬼相手に何故と無粋な事は聞かんさ」 灯を全て消して、『戦闘狂』宵咲 美散(BNE002324)がふたりを伺っている。悟られぬよう、気取られぬよう。敵に相応しければそれでいい。それ以上の価値も、そこに異常の意味も見出さない。殺したり、殺されたり、殺しあったり、それでいい。敵ならそういう仲でいい。なに、眠れぬ夜が楽しい夜になりそうだ。 『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)がその超人的直感を用いてふたりを探る。油断、離別、隙間、空白、惚け、無意識、眠気、疲労、絶頂感。どれも見逃さぬよう、注意深く、注意深く。殺人鬼。まるで違うように見える殺人鬼。同じそれをそれとして共感したか、はたまた互いを獲物と見ての執着か。 「判ってるのは、迷惑度も危険度も倍以上って事でしょうか」 手を繋いで殺人鬼。仲睦まじく殺人鬼。彼女らは仲良く仲良くそこに入っていく。そこ。コンビニエンスストア。コンビニ。深夜営業。 小腹でも空いたのだろうかと、彼等は気を引き締める。食事中。飲食中。それは攻撃を仕掛ける隙間となりうるかもしれないと。 しばらくして、彼女らは外へ出るため分厚い硝子の自動ドアをくぐる。繋いでいない右手に買い物袋。繋いでいない左手に買い物袋。そして絶えず繋がれていた両手が、絶えず絡まっていた両手が離れている。それは好機と見て取れたかもしれない。離れた手が各々に人の首を掴んでいなければ。 驚愕する。脅威する。殺人鬼。彼女らはまさしく殺人鬼。夜な夜な徘徊する理由は殺人であり、毎夜行脚する意味は殺人だ。人がいれば殺し、人がいれば殺すだろう。その為に、そのつもりで彼女らは夜を歩いているのだから。 左手に男の首。髪が頭皮が唇が眼球が歯が舌が肉が頭蓋が脳髄が泡を立てて蒸発していく。 右手に女の首。髪が頭皮が唇が眼球が歯が舌が肉が頭蓋が脳髄が音を立てて崩壊していく。 嗚呼、嗚呼。いまここで何人死んだのだろう。何人消えてなくなったのだろう。ああも溶けてなくなれば数を数えることもできはしない。 仲睦まじく殺人鬼。再び手を繋いで殺人鬼。仲良く仲良い彼女らを、これ以上見つめているわけにもいかなくなった。 ●通行者の兵法 自分の異常と平常を足りない欠片だと思考するならば、自分の平凡と異端を崩れた部品だと思想するならば、それはそれこそ運命的と言ってもいいのかもしれなかった。出会うべくして出会ったと言ってもいいのかもしれなかった。目と目が逢った瞬間からそれが自分のコピーだと悟り、目と目があった瞬間からそれが自分の鏡だと信じたのだから。 『紅眼ノ』水洛 映弥(BNE000087)が飛び出した。これ以上待てばこの夜だけで何人死ぬかわかったものではない。強制的に戦闘を開始する。強制的に殺人を開始される。 大剣を振り回し、ランクFへと猛撃を繰り出した。距離があったとはいえ、不意打ち。斬撃は快楽殺人者を容易く押し込み、後方へと吹き飛ばす。掌を地に滑らせ、身を引き止める少女。 同時、カイが強結界を構築。これ以上誰もこの場に近寄らせることをよしとしない。 合わせ、レイチェルとオーウェンが次弾強化の為に脳神経を改竄していく。書き換えていく。神経は組み替えられ、より円滑に血は流れ、精神を常人から超人のそれへと向上させていく。 そこで殺人鬼が動いた。 その場から動かされることのなかったレベルE。無情殺人者は素早く静かに両腕を広げると、剣を振り抜いた映弥へと無表情のまま抱きついた。温度上昇。固体は気体へ。常温は沸点へ。 「――――――――ッ!!!」 例えようのない絶叫が響き渡る。衣服が、肌が、全身が泡立ち弾けていく。極熱のダメージ。そして、吹き飛ばされたそこから走り戻ってきた快楽者が、負けじと彼に抱きついた。 最早声にならない。痛みはとうに脳を麻痺させ、痛みはとうに活動を放棄している。全身が沸騰しながらその表面は脆く崩れていく。ありえない矛盾の光景。二重の殺人。 「ふむ、おかしいな。死なない」 「ええ、おかしいわね。死なない」 倒れふした映弥。今も全身は泡立ち、硬化して崩れた皮膚の奥からは血が流れている。非常に危険な状態ではあるが、死亡はしていない。常人のそれと覚醒者ではわけが違う。重傷ではあるものの、死に至らなかったのはそこであろう。 「成程。我々は殺人鬼だ。ならば正義の味方が現れるも道理だな。来い、貴様ら全員パンプアップは終わったろう」 「いいわよ。殺しあいましょう。貴方たちも殺しあいに生まれる悦楽を知ればいいわ」 オーウェンの放つ気線がレベルEの周囲に展開される。脳向上により組み替えられた能力は少女を絡めとり麻痺と猛毒の罠に落ち沈めた。 続き、走りだしたカイがランクFに体当たりを強行する。多少に快楽殺人鬼を押しこむも、その代償は大きい。殺人鬼の矛先が彼に向いた。 少女が掌を開く。硬化の手。脆化の手。硝子を体現し、致死へと追いやる不吉。押し込まれた凶腕は、しかしその最中で押しとどめられる。隙間に彩花が割り込んだ。カイをかばうため、その身を殺人に晒す。押し付けられる手。殺人は防護を認めない。彩花の戦闘服は五指の形に容易く砕け、素肌にまで到達させる。 痛い。痛い。痛い。痛みが露呈する。皮膚は砕かれ、血が流れ、人工の筋繊維が剥がされ、金属質の骨格が露出する。痛い。痛い。痛い。顎が外れる程に口腔を開いても、裂けそうな程に舌を突き出しても、その痛みは少しも和らがない。 だらだらと血が流れていく。体温の低下。不安定で短い呼吸を無理矢理に正し、全身に夜気を沁み渡らせる。痛みを除け、精神を整えろ。まだ戦える。まだ倒れはしない。痛みは残る。それでも戦える。きっと戦える。拳を握り、次に構えた。赤いそれがだらだらと流れ続けている。 無情者に美散が鉄槌を打ち付けた。アッパースイングの要領で繰り出されたゴング。後退させられたレベルEへと、来栖 奏音(BNE002598)が高められた魔力弾を放つ。 「今です!」 レイチェルの高らかな攻撃宣言。構えられた弓。明らかな戦闘態度。顔を上げた殺人鬼は自然それへと目をやり、結果無情を燃す伏滅を浴びた。 煌々、高熱。被せられる閃光。目を眩ませた少女にヴァルテッラの死線が突き刺さる。戦闘開始から次手。ようやっと、引き剥がしはしたものの。しかし被害が大きいか。 ●保健係の骨法 手を繋いでいると安心する。 レベルEに向けて駆け出そうとする快楽者の行く手をカイが阻んだ。手にした得物は投げない。故意に誘い受け、一撃を狙う。そこへ、映弥にしたことと同じように彼女は彼を抱きしめた。皮膚が硬化する感触。動かすだけで砕けて出血する実感。それも容易に破片へと変えられ、肉に刺さる己の皮。 しかし、痛みを認めない。今現在を認めない。消耗した未来を糧に、回避でき得ぬこの距離で彼は彼女に発破を仕掛ける。 気功の爆裂。死炎は彼女を取り囲み、悪熱は彼女に弾け飛ぶ。痛みとも悦楽ともとれる悲鳴。裂けて散ったか、頬から首にかけての筋肉がざんばらに見えている。 「簡単に体は砕けても、心は砕かれない……砕かれてたまるか」 硝子の手。殺人鬼に許された防御無縁の痛撃。ならば防ぐことは無意味で、攻めることが有意であろう。カイとの間に再び身を呈した彩花へと。致死が迫る。それを彼女は守ろうとも避けようともせず、タイミングを合わせて蹴りを繰り出した。カウンター。相手の攻撃を自分のそれに上乗せする捨て身の瞬激。 「目には目を、出血には出血を。わたくしの血の対価は支払って頂きますわ!」 斬蹴は少女に相応しい柔肌を裂き、流血を伴わせる。左脇腹から、右の鎖骨へ。斜め上に蹴り上げられた痕が大傷となって残っている。 腹に鈍痛。硬化した皮が砕けて出血したか。痛みを無視する。元より覚悟のそれだ。無意識下でのダメージはどうしようもないが、意識上の痛覚は根性論でカットできる。 構える。次の手へ。次の闘争へ。熱処理のためにガントレットが蒸気を噴いた。 (「惨殺八つ裂き胴を両断目を潰し鼻を切り落とし爪を剥ぎ皮も剥ぎ喰殺喰殺喰殺喰殺喰殺喰殺喰殺喰殺喰殺喰殺喰殺ァツァァァ!」) 精神のリンク。空腹が増すのを受け入れながら、オーウェンが狂気を叩きつける。食べる。食べる。食べたい、食べたい。食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい。 しかし、膨張する殺気の群れに無情の殺人鬼は首をかしげた。 「何か言いたいことでもあるのかね。殺した後なら聴いてもいいが」 氷点下の精神。殺人への感情皆無。感想性の拒否。他人の思惑等もっての外と、レベルEは切り捨てる。精神の接続を却下する。思いは届かず、狂気は触れ得ず、一方通行の精神打撃は望まれぬために不発に終わった。 「氷点下の精神かね。若い内から達観していると後で苦労するよ?」 リーディング。心の隙間。開放されぬ鍵穴。音を立てず、息を漏らさず、覗き見る。ゆっくり、ゆっくり。理解しようとする。歩み寄る。覗いて、覗いて、隙間を目に焼き付けようとして、己の技を疑った。 失敗を疑念した。届かなかったのかと。彼女の部屋を見つけられなかったのかと。だがすぐに気づく。自分の失敗ではない。心が見えていないのではない。感じ取れないのだ。ざわめきはおろか、ささやきほども波立たぬ氷点下の精神。薄氷の底に沈んだ思考。無情に塗りつぶされた心象風景は、その先を汲み取ることができない。この奥を読み取ることができない。理解不能の殺人鬼。その意味を再び理解した時、気づけば沸点の掌は目前に逢った。 高熱がヴァルテッラの顔面を焼く。 攻める。攻める。攻める。攻める。防御など気にしない。自傷など気にしない。どうせ癒せぬ傷であれば、気にすることはない。攻めろ。攻めろ。攻めろ。攻めろ。美散は剛槌を振り回し、殺人鬼に迫る。 振り降ろした鉄塊。己から迸る雷気が地に触れて拡散していく。鎚にレベルEが触れた。表面が泡立ち、全体を熱気に埋める。持ち手の高熱に肌が焼ける音。気にするな。気にしまいて。構わず振り上げる。少女の髪がふわりと浮いた。外したか。関係ない。攻めろ。 牙を向いて攻め立てる。少女の顔は変わらない。始めに見つけた時からずっと無表情だ。そこに感情なんて見えない。きっとないのだろう。それでいい。どうせ理解なんてできはしない。戦いに余計な心根を挟む必要など無い。敵であるのだ殺しあえ。シンプルだ。それでいい。自分はきっと笑っている。それでいい。牙を剥いて笑っている。 横薙ぎに振り回した鉄槌が、少女の腹を捕えた。肋の折れる快音が金属越しに腕へと伝わる。壊した。壊した。闘争の本質。殴り合い。潰し合い。顔色を変えぬ少女に敬意を表す。言葉ではなく、戦闘という行為で持って。殺しあえ。殺しあえ。惨劇の過去も泥まみれの未来も打ち捨てろ。享楽の今に賽を振れ。笑っている。きっと笑っている。それでいい。楽しいのだからそれでいい。 「だーれだっ」 まるで恋人に甘えるかのような声。誰かはすぐに分かった。レイチェルの眼球が硬化してひび割れたから。 痛みを感じだして、意識が途切れる前に未来を消費する。運命貯蓄。特権時間。現在への反抗に眼球は元の瑞々しさを取り戻すも、出血は変わらない。目尻から血の涙が零れ続けるが、多少の痛みは我慢でやり過ごすことにした。 跳びすさり、視線をやれば追いついたカイと彩花が再びランクFと交戦を繰り返している。だが、ふたりとも消耗しているのが見て取れた。手に取るように分かる。時間が経ち過ぎたと唇を噛む。確かにダメージは与えている。出血、消耗、傷跡。しかしいまいち押し切れない。火力が足りないか。 焦るも、最適化された脳は戦闘を呼びかける。混乱して呆ける暇があれば一撃でも賄わねばならない。神気閃光。今日何度目かの煌々熱。呆けた隙をついて他の仲間が一斉に攻撃を仕掛けるだろう。攻撃を繰り返す。冷静に、沈着に。それでも戦闘の激化を脳裏に囲いながら。 沸騰能力。触れた表面を沸点まで移行させ、熱と蒸発を浴びせる殺人技。欲しいと思う。あれを欲しいと思う。その身にそれらを受けたとしても、それらをこの身に欲しいと思う。じっと、奏音は少女を見つめている。何度も何度も何度も何度も繰りだされる致死の腕。それを欲しいと思って、それを知りたいと思って。心に触れたその先にある無情。一瞬の空白。我に帰ったときには殺人鬼が目の前にいて。自分は彼女に身を晒していて。そうして両手を握られた。 泣き叫ぶ。泣き叫ぶ。助けて欲しいと叫ぶ。痛い。痛い。皮膚が泡立っている。爪が泡立っている。気泡がはじける度に激痛が脳を焼く。痛い。肉も機械も構わず泡立ち、異臭と共に弾けて膨らんでいる。痛い。痛みで何もわからなくなる。真っ白になる頭。振り払う。風に触れて痛みが色濃さを増す。構わず未来を垂らして今の自分を取り戻す。奮える。奮える。爪を確認するよかった綺麗なままだ少し伸びすぎだろうか皮膚を確認する嗚呼おかえり私の白い肌あらいやだ出来物があるどうしようか何を言ってるんだここは戦場で自分はあれが欲しくてだけど痛くて痛くて痛くて痛くて――――足を掴まれた。 皮膚が砕ける。砕けた隙間から血が流れ出る。砕けた皮膚は肉に突き刺さりまた血が流れる。流れた血が硬化してそれも砕ける。砕けた血が肉に刺さって痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。 脚の惨事に立っていられなくなり、その場でアスファルトに口付ける。脳髄に突き刺さる激痛は今度こそ奏音の意識を刈り取り、深い深い淵の底へと沈めていった。 ●殺人鬼の作法 愛している、たぶん。 「撤退! 撤退します!!」 奏音が倒れた瞬間、レイチェルが叫んだ。全員が消耗し、最早ふたりも倒れている。いましばしの戦闘続行も不可能ではないが、生命の安否を優先すべきだろう。木乃伊になる可能性は薄めねば。 カイと彩花が走り、気絶した二人を回収する。傷が酷い。急ぎ、アーク本部にて治療の必要があるだろう。だがその前に、この二人の凶器から逃げ果せたらの話だが。 美散の鉄槌がレベルEを吹き飛ばし、退路を作る。壁に背を打つ殺人鬼。彼女らもまた披露していた。走る。走る。走れ走れ走れ走れ。よもやこの場に置いて戦闘など片耳貸さず、生存と本能にだけ脊髄を傾けろ。 駆けて、駆けて、駆けて。走り続けた向こうに光が見えた。本部送迎車。アーク職員。事情を見た彼らは直ぐ様リベリスタ達を乗り込ませ、エンジンギアを噛ませて走る。 追ってくる気配はない。それ程には傷を負わせたか。生き残った安堵は興奮を沈ませ、再戦の念が静かに燃え上がる。拳を握り、しかし傷に痛みに顔をしかめた。 暑い夏。暑い夏。思い出したかのように、今更の蝉が五月蝿かった。 「逃げられちゃった」 「逃げられたな」 「どうする?」 「どうしたい?」 「そうね―――」 殺人鬼。ふたりでふたり、殺人鬼。両手を繋いで、指を絡ませて、まるで恋人みたいに。その狂気が仲睦まじい影絵に霞んで見えた。 了。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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