● 朝一番、スマホの画面に見たことの無いウィンドウが開いていた。 「アップデートです。これを追加することにより、あなたの環境はより画期的になります。インストールしますか? (推奨)」 大きく表示される。アップデートのアイコン。 なんだかよくわからないけれど、アップデートというからには、元から入っているアプリなのだろう。 だから、押してみる。 それは、スケジューラーの付属アプリっぽかった。 スケジュールを消化するたびに、一言結果を入力すると、よかった探ししてくれるのだ。そして、次の行動に提案をしてくれる。 『会議でもめた』 『問題点が明確になってよかったね! 次の打ち合わせにはそこをけずるといいよ!』 あるいは。 『いつものジュース買えなかったから、別なの買った』 『他のを試すチャンスを生かせてよかったね! この次は、右から三番目を買ってみよう!』 ちょっとおまじないテイストもあって、はまる人は、はまるようになった。 じきに依存する者が現れる。 だって、言うとおりにすると、幸せになれるのだ。 だから。 『彼に会えなくなった』 『他のを試すチャンスを生かせてよかったね! 今日は、右から三番目を買ってみよう!』 あるいは。 『会議でまたもめた』 『問題の奴が明確になってよかったね! 次の打ち合わせにはそいつをけずるといいよ!』 環境は画期的に。 極小の世界は、確実に変わった。 ● 「という訳でね。そのアプリがパレアナっていうの。表沙汰にはなってないけどね。結構な刃傷沙汰の元になってんだよね」 『擬音電波ローデント』小館・シモン・四門(nBNE000248)は、エリューション・フォースと断定しました。と言いつつ、資料を配る。 「三尋木が一時的な協力体制を申し入れてきた」 何の脈絡もなく、四門は言い出した。 リベリスタの困惑を他所に、べっきらぼっきらとスナック菓子を噛み砕いている。 「もちろん、ハイソウデスカーというほど我々もウブではありませんので、裏を取りました」 誰が。それは、名も無いリベリスタが。 「この体制に反発する組織の切り捨てや吸収を自力で進めているので一応信用できる。すでに、すげえさわやかに終わってる事件がたくさん。詳しくは資料室へ」 AFに転送されてきたリストをみると、かなりの案件がこなされているらしい。 「向こうさんの得意技は、うちとは別の意味での情報収集力。リアルスパイやらリアルハッカーやらが山のようにいて、探索系E能力もエキスパートレベルで駆使しているのでそれはもう高い精度で相手の情報が分かります」 神秘によらない万華鏡状態。うわぁ、敵に回したくねぇ。というか、向こうのお株をうちが奪った恰好になるのだろう。わざとじゃないが。 「今回のパレアナの件でも、犯人探しにそれはもう協力的でした。コネと金と勘でどうにかなるんだね。フォーチュナじゃなくても」 四門からうつろな笑いが漏れる。しっかり。お前は精神崩壊も起こさず、そこそこもってる方だ。 でもさー。と、四門は、チョコがかかっているスナック菓子を振り振りしてみせる。 「同じペッキでも場所によって味が変わるわけじゃない?」 いきなりトーンが変わる。なんかのスイッチが入ったらしい。憑依とかはやめて欲しい。 たしかに、上層部の意向が完全に浸透しているかどうかは別の問題だ。 「ですんで、協同作戦の際、相手にどういう態度で臨むかは皆に一任します。友好的にするもよし、あえて敵対的にするもよし。あ、ただし、作戦はちゃんと遂行してね」 更に言えば。と、付け加えつつ、フォーチュナは菓子を噛み砕く。 「敵対した場合、事件解決後に片つけてもいい。障害になるようだったら、作戦中でも可」 た~だ~し~。と、フォーチュナは手についたチョコをなめるのも忘れない。 「相手も、心がある生き物だから、やられたことは覚えてるよね。仲間意識はもちろん、組織の面子って大事だし。そこらへん、見極め大事。血で血を洗うことになると面倒だ」 それにしても。と、フォーチュナは手元の資料をしげしげと見る。 「ねずみは船が沈没しそうになると逃げ出すっていうけど、どう思う?」 ● ここにあるサーバーに『パレアナ』 という名のE・フォースがいると言う。 正確に言うと、パレアナに侵食されたサーバーが本体だ。E・ゴーレムと位置づけられた。 以上に気づいてサーバーを破壊しようとして返り討ちにあった開発者は死体になって、天井からぶら下がっている。 中に入って、物理的に消滅させるのが一番だという。 万一、コピーして逃げようとした場合は、三尋木の電脳部隊が処理することになっている。 で、物理的処理班としてやってきたのは、この女だ。 「こんにちは!」 こざっぱりとしたショートヘア。快活な口調。息子の嫁にしたいランキングで上位に入りそうな女。 「おひさしぶりです」 とある事件で、アークに捕縛され、その後の教育で、『キーフレイル』木崎真紀子は、更生したはずではなかったか。 「三尋木所属ですけど、してますよ? 勤め先がそうですし、交友関係もそうですし、更生したので友達付き合いもやめますなんて通る世界じゃないですし。色々人生にはしがらみってありますよね。どんなところにいても、心の持ち様だと思うんですけど、どう思います?」 笑っている。 「ですので、私、今回の件はとても歓迎です。皆さんの努力が三尋木を動かしたんです。これで幸せになる人が増えますね。素晴らしいことですっ!」 絶対多数の幸福を追求する穏健派。 幸せになる人間の多い方に加担し、それ以外は切り捨てる。 みんな破滅する相討ちな正義より、誰かは生き残って幸せを享受する方がいいでしょう? そのとき選ばれるのは、世の中の役に立つとか、三尋木的コネとかそんな感じなだけデスヨ。 と、真顔で言うフィクサード。 リベリスタ達は、ここに至る前のブリーフィングで、フォーチュナが言っていたことを反芻していた。 「敵対した場合、事件解決後に片つけてもいい。障害になるようだったら、作戦中でも可」 「今回はよろしくお願いしますね!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年10月24日(金)22:27 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 「急には崩界してほしくないですよ? だって、夜中に急に甘いもの食べたくなったとき、コンビニないと困るじゃないですかっ。でも、あなたがそれをすると、崩界が1000年先から999年先になるってていわれても、へーそーなんだーって感じだと思いません?」 ――三尋木エージェント・『キーフレイル』木崎真紀子 ● 「スマホアプリかぁ……。色々できて便利だから、頼りたくなるのは分かるの。けれど依存になっちゃうと、怖いなぁ」 撮った写真にかわいらしい効果をつけられるアプリなんかは、『尽きせぬ祈り』アリステア・ショーゼット(BNE000313)は、小さく唸る。 「面白いアプリだな。ジョークツールとしては中々だ」 『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)は、資料として配布された使用に目を通して言う。 「選択することはストレスを生じるらしいが。ふむ、全てプログラム任せならそれはそれで楽らしいな――案山子と大差なくなるが」 「端末回線に発生するエリューションはエゲつないな……いや。どのような場合においても大凡問題だ」 『生還者』酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)、しかめつらしく咳払いをする。 がぁるずとぉくに口を挟んでしまったことに今気がついたのだ。 「開発者に問いただす事もできないけど、底意地の悪いアプリだな」 『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)は、かなり積極的に真紀子に話しかけていた。 「このアプリ、誰が何のために作ったんだと思う?」 真紀子は、首をかしげた。 「どんな人でしょうねっ。私はプロファイリングは専門じゃないんですけどっ、特に目的はないように感じますよっ!」 真紀子はにっこり笑った。 「例えば、三尋木には損得勘定があります。その目的の為になるたけ波風が立たない方法を選択し、正義の味方さん達が介入してくる余地がないよう穏便に事を済ませます」 たっぷり抱えた非戦スキルはそのためにある。 「ですが、世の中には目的がない人達もいるんです。何の得もないのに、そうしないではいられない。そういうのを、邪っていうんですよ」 「他者に被害出しつつ自己満足を引き出すだけとか、功利主義者の視点だとどうなのかな」 『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)は、真紀子の傾向を把握しようとする。 「私個人としては、嫌いです。幸せになる人が少ないじゃないですか。今日のお仕事は、楽しく出来そうで嬉しいです」 ● 件のアプリの本体は、オフィス街にあった。 ITベンチャーと言えば聞こえはいいだろう。 有象無象から残れるのはほんの一握りだ。 「フリーの作家から買い上げたということになってますが……」 三尋木のフィクサード――本人はエージェントと名乗ったが――三尋木ルートの情報を読み上げる。 アークのフォーチュナからの情報と照合しても問題なかった。 偽情報に警戒していたリベリスタ達のチェック項目が一つ埋まるが、まだ油断は出来ない。 「一緒に頑張ろうね」 真紀子に緊張しつつもフレンドリーに挨拶をするアリステアも、用心を怠らない一人だ。 (…この人自体がすでにパレアナに感化されてたりはしないよね? 不惑鉄心があろうと、自分から迎合するなら可能性はゼロじゃないかなって。この人に不能系スキルをばら撒かれたんじゃ面倒だから……) 幸福追求という真紀子の言動とパレアナと呼ばれるアプリケーションの奇妙な符号は、リベリスタ達の警戒を煽った。 三尋木の自作自演さえ想定される。 「今回はよろしくお願いします」 『ニケー(勝利の翼齎す者)』内薙・智夫(BNE001581)は、真紀子に挨拶をした。 「その節はお世話になりました」 かつて、智夫が参加した作戦で真紀子はアークに捕縛されたのだ。 だが、保護すべき対象は真紀子に殺害され、彼女は目的を達成したのだ。 「一応、聞いておくけど、『アプリ』の製作にお前達は関わってるのか? 電脳部隊とやらは、こちらも専門そうだな」 杏樹の美点は、率直なところだ。 (正直、真紀子については胡散臭い。個人というより、群れに近そうだ) キーフレイルの二つ名は、彼女のキーホルダーについている鍵の多さを揶揄している。 グループ名と考えるのが妥当だろう。 一つのわっかにジャラジャラの大量の鍵をぶら下げている。 少なくとも、フレイルのように振り回された鍵で殴られたら痛いだろう。 三尋木には、そんな鍵束を所有している女性フィクサードが複数いるらしい。 フォーチュナは警告した。 『彼女は、常に仲間に見守られている』 その気配を探り出すことはしないが、いきなり介入されても困る。 「あははっ。占いで暴発的犯罪起こされても、三尋木のクライアントは嬉しくないですよ。エリューション関係で波風立たないように抑えるのが業務です」 穏健派です! と、胸を張る真紀子になんともいえない顔をするのが智夫だ。 クライアントが嬉しいように、革醒者の力を使うのがナイトメアダウン以降の三尋木だ。 (以前の仕事で会ってて、お互いの能力はある程度バレてる事が裏切りの抑止に繋がるといいなぁ……) こちらの隙にするっと入って、大打撃を与えるのだ。 そして、自分の目的さえ果たしてしまえば、後は自分の身上さえもどうでもいいらしい。 実際、アークに拘束されていた時期も、気味悪いくらい快活に過ごしていたそうだ。 (個人的に一番敵に回したくないけど、一応疑うのも仕事の内なのよね) 智夫のいつも以上に気弱な笑いに、『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)も内心ため息をつく。 三尋木の電脳軍団への対抗手段として、彩歌にかかる期待は大きい。 「――オリジナル、出来る限りはLANケーブルとかに近づいたりしないでいてくれるとどちらにとっても助かる」 声にならない彩歌の言葉を、かそけき音に耳を澄ませるユーヌが拾う。 誰がとは言わない。パレアナ・オリジナルでも、真紀子でも、外部との接触は遮断したいのだ。 「で、牽制はいれて、電子の妖精も使って電子的接触が無いか警戒だけはしておく」 了承を意味するように、伏し目がちの瞼が一度ぱちりと瞬いた。 「今回は一つ、よろしくどうぞ」 義衛郎派、中身がほとんどないビジネス用語でこの場を切り抜ける。 (協調する事と信用する事は、イコールじゃないんでね) 何かやらかそうとしたら、即攻撃。 「私、アークさんのちゃんと警戒する真面目なとこ、嫌いじゃないですよっ!」 ● それにしても。と、何度目かのため息。 「三尋木と共闘か」 杏樹としては、応でもなく、否でもなく。 「日本は確かに平和に近づくかもしれないが……。言うて根本的な解決には一切なってない気がするよな」 『パニッシュメント』神城・涼(BNE001343)が苦笑いする。 実際、海外から救いの手を求められているアークが今後三尋木と一戦交えるという可能性も無きにしも非ず。 「――…まァ、そこに突っ込むのは野暮か」 「沈む船から逃げ出す為だろうが、日本からフィクサード組織が減るのは良いことだよ」 『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)がいう。 納得の結論。 そう。 モチベーションを維持する為に、よかった探しというのは、非常に有効なのである。 「とりあえず、パレアナはぶっ壊さなきゃいかんしな。さて、ちょっとやってみるかね……?」 軽口を叩く涼に、アリステアは微笑んだ。 「一緒の場所で戦えるのって頼もしいというか……安心する。後ろから頑張るね」 いつもは指輪をなでるんだけど……と呟く少女は、恋を知って少しだけ大人になった。 心が通じ合ったもの同士の信頼。 二人の間に割り込みがたい空気が流れる。 「ほほえましいですねー」 真紀子はニコニコしている。 「いいですね。プラトニックですよね。青少年の健全な育成」 これからエリューションを処理しに行くのに、真紀子の口から出てきた青臭い単語。 「法律には触れませんけど、条例に触れる場合があります。地方公共団体にご確認ください」 はぁと。 弁護士さんは、何が。とは言わなかった。 これは、リア充爆発しろの変形だろうか。それとも祝ってやるのひねくれた表現だろうか。 少なくとも、アラサーからの爆弾には間違いなかった。 ● ビルは半ば閉鎖されていて、もう一般人はいない。 これも三尋木の手配によるものだ。 だから、この場で動くものは全て敵性エリューションということになる。 それが、あどけない女の子の姿をしていても。 割れた蛍光灯が放電して、耳障りな音を立てる闇の中、リベリスタ達は進む。 「ヨカッタヨカッタヨカッタね! イママデナカヨクデキナカッタオトモダチトナカヨクナレルカモ!」 スピーカーから流れてくる合成音声。 とっくに電源が抜けているだろうディスプレイ上で、デフォルメされた少女が踊る。 「オリジナル破壊最優先。支援行動に入ります」 守備範囲が広い智夫は、目的と行動を先に言うようにしている。 今回は、癒し手のアリステアがいるので回復薬としてあくまで補助だ。 アリステアのそばには杏樹が入り、チームの生命線を確保する。 「私はどうしましょう? チームの総意に従いますが?」 作戦執行の主導権はあくまでアークに。 智夫はすばやく仲間たちの顔に目を走らせる。 「中衛から氷雨でアプリ・パレアナの数を減らしてください」 中衛からなら、視線の通らない後衛に被害が及ぶことはない。 「氷雨――ですか」 真紀子の目が、ほぼ同じ背丈の智夫の暗視ゴーグルに隠された目をのぞきこんだ。 真紀子は、かつての事件で智夫たちが守ろうとしていた鼻持ちならない女子高生に、氷雨で止めをさした。 「はい」 智夫の表情は、変わらない。真白イヴのごとく。それが効果的なら、それを使うのだ。 「承りましたっ」 真紀子は、ファストフード店のチーフみたいな快活さで答えた。 「よろしくお願いします! 皆さん、今だけ前に出ないで下さいね!」 電脳の産物に神秘の閃光弾。 データに負荷がかかった防御プログラムにノイズが走る。 「クリティカルも狙いに行く自分とは相性が微妙に悪い気がするが……言ってても仕方がないな」 涼の軽口は、比較的悲観的だ。 事前に、不利な手札を認識し、許容し、咀嚼してこそのギャンブラー。 それでも、ロイヤルストレートフラッシュを出すのが本物だ。 「致命の威力は狙えないかもしれないが……、連撃とダブルアクションの手数で押していければ良いんだが」 役の大きさが狙えなければ、手数の多さで勝負。 五人の涼が、サーバーの上に座っている少女に迫る。 ふっと、同じ顔をした少女が涼の前に立ちふさがって、無残にひしゃげていく。 ひしゃげた体の隙間から流れ出るアルファベットに数学記号。 E・フォース。ヒトではない。暴走したプログラムだ。 「最近のこういった媒体は 自衛もこなすんだな」 雷慈慟が前に進み出る。 「前に出るが、フラッシュバンなども効果的であれば迷うべきではない。やってくれ!」 「了解です」 「互助の精神素晴らしいですねっ」 真紀子の手から符が放たれ、サーバーの上に冷たい雨が降り注ぐ。 「私にも、仲間がいるのでよくわかりますっ」 (その仲間がどこに潜んでいるのか知りたいんだがな) ユーヌは耳を済ませるが、それらしい音はしない。あるいは、聞こえているが認識できないだけかもしれない。 「さて遊ぼうか? 子供騙しで御為ごかしの玩具共」 プログラムに感情があるのなら、パルスも真っ赤になるほど。 ユーヌは、狙った相手を怒らせるのがうまい。 「よかったな。これで分身の本体への忠誠度がわかるぞ」 ● 「直してあげるよ。ヨカッタヨカッタヨカッタね!」 パレアナ・オリジナルが発光すると、暴走しかけたアプリが修復されて強化されるのだ。 「一発だけだと思わないで下さい!」 怒りが失せれば、神威の光が人あらざるものを貫く。 それでもリベリスタの攻勢は止まらない。 アプリを無力化することに中衛・後衛が集中した分、前衛に余裕が出来る。 義衛郎の幻影がアプリを串刺しにしていくたび、パレアナ本体に向かってリベリスタの包囲網が狭まっていく。 無造作に床を張ったコードを伝って、一条の雷がのた打ち回り、リベリスタを襲う。 目の前が真っ白にスパークする中、アリステアの唇は聖句を唱えることをやめない。 頭の芯がぐらぐらする。 『こんな戦い無駄だって事に気がつけてよかったね! こいつらがいなくなったらずるして帰っちゃって大丈夫!』 頭の中にポップアップする『いい考え』 を振り払う。 そんな訳ない。 (今日は、気合が入ってるの。一緒に帰るんだから) ああ、神の愛は、遍く降り注ぎたもう。 そぎ落とされるように、アプリは滅される。 「――見せ場はもらってくぜ」 涼の手が動く。 刃は見えない。 「悪い奴には見えないんだよ」 正義は、どこにだってあるけれど、いつだって見えないものなのだ。 手ごたえは思いのほか硬かった。 火花を散らす金属の箱が断末魔の悲鳴を上げる。 「やけに強固で楽しいな? 変わらずそのまま我が儘に自己進化する快楽でも覚えたか?」 繰り出す必要ななくなったカラスの群れの符をもてあそびながら、ユーヌはさようならを言う。 「だが残念、ここで終わりだ。残るものは何も無し」 後に残るのは、棺のような金属の箱。 ● 彩歌による電脳掃討戦が始まる。 電子の海への逃走を許さない。 プログラム事態がどこかにコピーされれば、またどこかで芽吹かないとも限らない。 また、その手助けも許さない。被告・キーフレイルの魔女裁判は続いている。 「まあ不幸な人より幸福な人が多い方が、そりゃあ良いだろうけどね」 義衛郎が言う。抑止と監視も兼ねて。 「けど誰も彼も不幸になろうと、正しさを追い求めないといけないときもあると思うよ、オレは」 真紀子は首をかしげる。 「それは同意しかねますね。正義ってそんなに大事なものですか? ああ、アレですね。正義の執行者だけは達成感が味わえて幸せになれますね」 彩歌は頷いた。 三尋木の電脳部隊の存在は感じられたが、彼女は彩歌の処理に協力をしこそすれ、妨害することはなかった。 「終わったわ。もう、パレアナはいない。どこにも」 「後は、端末に水でもかければ良いのではないか。蛇口くらいあるだろう。浴びせておこう」 電力は当に供給されていなかった箱が、完全に沈黙した。 「キーフレイルや三尋木が以前のような事を繰り返すなら、私は何度でも止めに行くから」 杏樹の美点は、率直なところだ。 「その鍵の数だけ、キーフレイルを更生させればいいんだろう?」 さらりと言った杏樹に、真紀子は目を丸くし、声を上げて笑い出した。 「そ、それは、なかなか壮大なプロジェクトですねっ――ちょっと待って下さい。お、おなか痛い……」 嘲笑ではなく、本当に笑いのツボにヒットしたらしい。 「いや、今日はいい日でした。アークを敵に回すもんじゃないというのがとってもよくわかりましたから」 降参としゃがみこんだ真紀子のそばに、雷慈慟が膝をついた。 「どうだろう、真紀子御婦人」 奴の口をふさげ。と、誰かが言ったような気がした。 「宜しければ、自分の子を宿してはいただけないだろうか」 お互いの友好の架け橋になれると想定も出来るのだが。と、つけくわえられた唐突なそれは、雷慈慟特有の女性への賛辞なのだが。 「それは、結婚前提のお話ですか」 「いや」 「入籍、認知」 「いや」 真紀子は、えへんと咳払いをした。 「――セクシャル・ハラスメント、場合によっては、パワー・ハラスメント込みで訴える用意があります」 それとこれは話は別らしい。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|