●独白 (――仕方なかったのだ、とは言い訳にしかなりはすまい) 彼は、何度となく繰り返した。 自分の歩んできた道。 取り返しの効かない道。 (ND後、彼は死んでいった仲間の分まで背負うと決めた。ただ一人、生き残ってしまった者の責任として) 彼は、自分が生きているのを申し訳なく思っている。 彼にとって、日々は責任を果たす為に消化されるものだ。 (仲間が俺を生き残らせたのは家族のため、特に生まれたばかりの娘のためだった) 伊吹を置いて、逝ってしまった仲間達に言えなかったことが一つある。 (だが皮肉なことに、家族の存在が俺には重荷だった) なんで、人並みの家庭が欲しいなどと思ったのだろう。 (リベリスタとして生きていくには過酷な時代だった。弱みを身近に置いては命がいくつあっても足りはしない) 家族を「弱み」と思うようではダメだ。 (だから、妻から別れ話をされた時すぐ了承した。それは家族の安全のためといいながら、自分が楽になりたいという気持ちもあったのを否定しない) これで、また独りだ。なんて身軽なんだ。それからの数年は気持ちも晴れやかだった。 (数年後、人伝に妻の病死を知る。別れる時、彼女は既に不治の病と知っていたそうだ。だが俺には最期まで何も告げてくれなかった) 家族じゃないか。家族じゃないか? あの時、もう家族じゃなくなっていたのか? (何故、というのは愚問だろう。彼女は俺の気持ちを全て見透かしていたのだろう……) 恐ろしい。あの日、神妙な顔をして、『妻の申し出を寛容に受け入れる夫』の振りをして、どこか喜んでいた俺は彼女にはどう見えていたのだろう。 (娘の籍は戻したが、今も疎遠なままだ。連絡はしているが、直接会いにも来ない父に娘は冷ややかだ) 娘の声は最近妻に似てきて、電話口でぎょっとするのだ。 (正直に言えば、娘に会うのが怖いのだ。これまでの生き方も信念も、すべて崩れ去ってしまいそうで……) 「避けろっ!」 「は?」 ポテ。 悩める実年、『無銘』熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)、頭の上に何かが降ってくるのを避けそこなった。 ● とある作戦に参加し、作戦終了。 休憩に立ち寄った廃屋。 ふと、エリューションの気配を感じ、回避を促したのだが――。 「――伊吹さんの頭に半透明な何かがくっついたと思ったら、伊吹さんごとなんか訳のわからないものになっちゃった。ええ、ああ、うん。観てた。じゃ、引き続き、別件依頼ということでよろしくね」 AFの向こうの『擬音電波ローデント』小館・シモン・四門(nBNE000248)は、凄まじい勢いでスナック菓子を噛み砕いている。極度のストレスにさらされたらしい。 「伊吹さんの頭の上に乗っかったのは、E・フォース。識別名『シカラレナイトシヌ』。ネーミング、俺じゃないから」 釘をさすことを忘れない。 「このE・フォースにはもともと決まったカタチはないみたい。とりついた相手の『罪悪感』を吸い上げ、実体化し、宿主から離れ、しばらくするところりと死ぬ。後に残るは『罪悪感』のカタチだけ」 「宿主の影響は?」 「寂しいという感情がなくなる。今後発生しなくなる。死んでしまうから」 四門は、似たような事例があった。資料のどっかに。と言う。 「まあ、伊吹さんにはその方が楽かもね。今後、何も悩まずリベリスタが続けられる」 でもさー。と、四門は付け加える。 「同じ事が俺に起こったら、それはいやだと思う。楽だと思うけどね、けどね?」 お願いね。これも何かの縁だから。と、四門はお願いポーズをした。 「『シカラレナイトシヌ』は、叱られている限り死なない。存分に叱ってあげると、死なずに消えていく。抜き取られた罪悪感は宿主に還る。ただし、単なる虐待と考えられる行動をとると死に近づく。というか、通常ならば宿主は分離されるはずなんだけど同化しちゃってんだよね。多分、緩慢な自殺的に伊吹さんにダメージ入る。というか、変化した恰好が願望駄々漏れ」 ブランブランと揺れる黒い皮製の巨大なサンドバック。 一歩間違えば、「私刑をされる被害者(ストレンジ・フルーツ)」 解釈的には、「吊られた男」の変形と言えなくもない。自己犠牲。献身。 「『いっそこのまま死んでしまいたい。娘には父は立派に世界を守るために戦って死にましたと伝えてくれ』 とか、かっこつけさせたりしないから」 さすがに、元引きこもりはネガティブ思考回路の解析に定評がある。 「今回は、E・フォース『シカラレナイトシヌ』を叱咤し、伊吹さんのストレスを何とかしてあげる仕事」 画面の向こうの四門は、赤いはんこを押された書類をぴらぴらしている。 「ずっと、カウンセリング推奨リストの上位に入ってんだよね。で、受けてないの。予約とってぶっちするを繰り返してるから、強制執行の手続きが進んでたとこ」 四門はにっこり笑う。 「ちょい荒療治だけど、この際『罪悪感』 の元について、色々見つめなおしてもらうのもいいんじゃないかな。バンド仲間とかもいることだし。こう、腹を割って」 慣用句的意味で。割るなよ。ほんとに割るなよ? |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:EASY | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年10月19日(日)22:20 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「なんでこんなになっちゃうかな。魅零にはわっかんない。というか、こわいよ」 サンドバッグに詰め詰めはやんやん。と、閉所恐怖症の『骸』黄桜 魅零(BNE003845)は部屋の隅っこでガクブルだ。 黒いサンドバッグが風もないのに揺れている。 E・フォース識別名・「シカラレナイトシヌ」変異体 個体名「ブキヨウナオトコデゴメンナサイ」 愛称「ブッキー」 過去の同種の例では、宿主とは別に顕在化したのだが、今回は宿主ごと変容してしまっている。 負担が未知数であることから、その場で対応という乱暴なことになっているのだ。 中には、『無銘』熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)が詰まっている。 「見た目と動きがエラいことになっとるけれど――」 『かたなしうさぎ』柊暮・日鍼(BNE004000)が、眉根を寄せる。 「一見状況はふざけてるけど――」 『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)は眉尻を下げる。 「伊吹さんの一生を左右しかねない問題だな」 「一大事やんね……」 二人とも、声のトーンが下がる。 「……あんまり偉そうな事言える立場じゃないんだけど……」 悠里に向けられる「いのちをだいじに!」 は、「慎重に行動しろ」ではなく、「石にかじりついてでも生き残れ」 という別の意味に変換される。 死にそうになった回数なんてもはや覚えていない。三途の川を見たのも一回や二回じゃない。 心配を掛けてる人の質と量的には、伊吹に説教なんて出来ない。 「だけど……」 しないでおくなんて出来るわけないじゃないか。幸せになって欲しいんだから。 「今のわいがあるんは伊吹君のおかげや。恩返しになるかはわからへんけれど、わいも一肌脱ぐよ!」 日鍼は、気合を入れた。 ● 一方。 伊吹は、酷く安らかな気分を味わっていた。 およそリベリスタとなってからほとんど初めての軽やかさだ。 後悔、未練、罪悪感――そんなものが自分の外側にある。 (まだ感じなくなっただけだが、望めば消えてなくなるだろう。死んでしまうのだ) シカラレナイトシヌと同化しているせいか、自然にわかり、福音のように思われた。 (迷いは消え、ただ目的のために進み続けることができる。それは俺の理想ではなかったか) 笑みが浮かぶ。苦笑でも自嘲でもない、純粋な笑顔だ。 (簡単な事だ。背を向けて歩き出せばいい) 「そうは問屋がおろしません」 肩を叩かれ、振り返ると悪魔みたいに真っ黒の羽根を持つ天使が立っていた。 「娘さんでなくてすいません。僕です」 伊吹が受け入れた、今はもういないリベリスタ・ヴィンセント。 「黙れ、お前は俺の想像が作り出した幻影に過ぎない」 そう言うと、ヴィンセントは『伊吹の記憶そのままに』少し寂しそうに笑う。 「でも、この姿にはきっと意味があると思うのです」 純粋すぎて、生き急いだ「世話の焼ける」 「息子のような」 存在。 なんで、お前じゃなくて、俺が生き残ってるんだ。 「まだ結論を出すには早いでしょう。彼らの言葉に耳を傾けてからでも遅くはありません」 「お前がそれを言うか」 ヴィンセントはまた曖昧に笑った。 笑って欲しいと、伊吹が望んだから。 ● 『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)は、大きく息をすって、深々と吐き出した。 「とりあえず、一発いっとくか?」 この一発が拳骨なのか銃弾なのかで、伊吹の命運が決まる。 「お前の心の音色が聞こえてこねえよ! もっとお前のロックをかき鳴らせよ! そんなぎっしぎっしじゃ伝わってこねえよ! もっと魂を振るわせろよ!」 地味にぎっしぎっしときしむだけの黒い皮袋に、『はみ出るぞ!』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)は熱くシャウトした。 ぎっしぎっし。 黒いサンドバッグはつれない。 「お前は、自分の生きてきた道が信じられないのかよ! 間違っているって言うのかよ! それが正しいと思ってしてきたことじゃないのかよ!」 自分の選んだことに覚悟をもって挑む男――竜一は、サンドバックを揺らす。 「そういうお前だから、奥さんも納得したんだろうが! そういうお前だから、奥さんはお前を愛していたんだろう! なぜ理解しようとしない! なぜ素直になれないんだ!」 恐ろしいまでに率直な恋人と、恐ろしいまでに自分に忠実な妹を持つと、人間こうなる。 「家族だったんだろう? お前がいくら否定しても、家族だったんだよ! 胸を張れよ!君のそういう生き方が、家族にとっては誇らしかったのかもしれないじゃないか!」 サンドバッグに縦回転が加わる。 否定フラグくさい。 フラグの気配にさとい竜一は、物分りが悪いオッサンの脳をシェイクする要領で、今度は縦に揺さぶり始めた。脳味噌かき混ぜてやる。 「だったら、誇らしい男でいろよ! 誇れる男になれよ!お前はいつだって、自分がやるべきことをやってきたじゃないか!なら、今お前がやるべきことを思い返せよ!」 「オレはお前さんのことを尊敬している。バンドのメンバーとしても、一人の大人としても」 竜一が明王のようならば、『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)は、菩薩のごとく。 「お前さんは落ち着きがあって、一歩引いた大人の視点っつーのかな。とかく暴走しがちなオレ達を、ごく自然にまとめてくれていた」 穏やかな笑顔が、それがその場しのぎではないことを信じさせてくれる。 「戦いでも、音楽でもそうだ。お前さんのベースの音は心地いい。決して主張しすぎることなく、けれど、しっかりと、音と音、声と声をつないでくれている」 フツは言葉を切った。サンドバッグがきりもみ運動を始めたからだ。 褒められ慣れていないおっさんが頭抱えて身悶える様子にさも似たり。 「……これじゃ叱咤してる感じじゃねえな。だが、わかるぜ。自分を責めてるときってのは、励ましの言葉が痛いんだ。褒められても、元気づけられても痛い。だから、閉じこもる――だが、それでも伝えさせてもらう」 自分のいい所から目を背け、卑下することもまた罪悪である。 フツは、伊吹の自嘲傾向を叱咤した。 「オレにとって、熾竜はそういう人なんだ」 自分の中の光から、目を背けるな。 「伊吹君はわいと一緒に居て癒されたって言うてくれたよね」 日鍼は、サンドバッグに話しかける。 「そん時めっちゃ嬉しかったのと同時に、思うとる事は口にせんと伝わらんのやなって感じたんよ」 以心伝心? 戦場のあれは極限状態の異能の産物だ。 「伊吹君はものを考える頭も、言葉を伝える口もまだ持っとる。あとは娘さんにええ所も悪い所も全部伝えるだけや」 日鍼は、叱咤しなくてはいけないと、何とか語尾を強めにする。 シカラレナイトシヌ。とは、なんと難儀な存在だろう。 「どんな思いで家族から離れたか、自分はどんなに情けないか、そしてどれだけ家族を愛してたかきっと知りたがっとるよ」 そもそも大人気ないではないか。 よくよく考えたら、20代の親が幼児をもてあましているのではない。 「娘さんが父親を拒絶する可能性ばかりやない。伊吹君の話を聞いた上で「これからどうするか」答えを出してくれる、そう信じたげようや。伊吹君が過去にした事は間違いやない。けど今、娘さんに何も言わんのは間違った事や」 伊吹はとっくに50代のおっさんどころか、孫がいてもおかしくないお年頃なのだ。 娘も、そろそろハイティーン。 「それにな伊吹君、縁を切った『だけ』で弱味でなくなると思うたら大間違いやで! 現に今まで伊吹君の心にずうっと燻っとったんやろ。悩んでたんやろ」 こんな状況を引き起こしうる存在が弱みでないわけがない。 正確にいうと、適切な関係を気づけていないことが弱みだ。人、これを本末転倒と言う。 「怖い怖い言うとっても何も始まらへん。いつもの顔で、堂々と前に進みや、熾竜伊吹!!」 一番当たりが柔らかいと思われていた日鍼にまで突っ込まれ、サンドバッグはまじでサンドバッグ状態だ。 「僕には何が正しかったのかなんてわからないけどさ。家族を弱みだと思ったのは、家族が大切だったからでしょ? どうでもいい存在なら、弱みになんてならないんだから、それは絶対に悪い事なんかじゃないよ」 悠里はの口調は柔らかい。 「その気持ちをわかってたから、きっと奥さんも……奥さんだって、伊吹さんを愛していたからそうしたんだと思う」 が、ぐっさり核心を抉りにかかる。 「後悔するな、なんて言わないよ。その時正しいと思ったことが間違ってたなんて珍しくもない」 人は、神ではないからそのときの最善を選ぶしかない。 「でもそれはもう過去なんだ。変えようがない事なんだよ。だから反省すべきことはして、前に進もう。きっと、奥さんもそう望んでる。家族が幸せになる未来を願っているから」 ● 「吊るされた男の寓意は、犠牲と試練、そして報われぬ愛ね……境遇という意味では、似ていたんだと思う」 『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)は、硝子の瞳をめぐらせる。 「ダメな父親加減では私もいい勝負だと思ってたけど、最初の立ち位置が違ったのね。あなたは、父親である以前からリベリスタだった」 だめな父親。一言一句とも間違っていない。 彩歌は、革醒前は四十代の男性だったのだから。革醒が性別と年齢に及んだ稀有なケースである。 「自分の事なんて忘れた方が、彼女達は幸せなのではないか。自分は彼女達がいるこの世界を守り続ける、それで――それでいいと自分を納得させるのは、逃避だと思った」 時々、生存報告みたいな手紙を出してはいたが、理由もわからず家出された妻子の心労や如何。 「ひたすら謝りました。まさか『性別と年齢代わってちょっと人間やめたくらいで勝手に失踪する理由にはなりませんよね』 とか精神的右ストレート食らうとか思ってなかった」 彩歌の――Dの妻子は、彼が考えるよりよっぽどタフだった。 「とりあえず許してもらった後死に掛けた時は、流石に謝るだけだと許してもらえなかったので、皆の前で謝罪という名の羞恥プレイを行うことになったのだ」 桃子さんの批評つき。そんな試練の元、関係修復に至った彩歌さんによる叱咤。 「どうだ、みっともないだろう。だから、まず申し訳ないと思っているなら、誠意を見せろ。リベリスタは『分かった上で自分のエゴを押し通す人種』だから、自分のダメさ加減を娘に理解させた上で信念を貫くんだ」 ● サンドバッグの中。 「あなたって、なんだかんだで人に助けられる星の下に生まれてますよね」 「好きで生まれた訳じゃない」 やだなぁ。と、とっくに死んでいる男が笑う。 「誰も、自分の思った通りに生まれてる人なんていませんよ」 「皆勝手な事ばかり言う。妻も、仲間も、俺の気持ちも知らないで。気遣われるのが、優しくされるのが辛いのだ。だから逃げたくなる」 そして、いつでも逃げていた。物理的に。観念的に。 「素直じゃないですね。本当は嬉しいくせに」 「嬉しい自分が嫌だ。赦されたい自分が嫌だ」 「感情を亡くした貴方を誰も望んでいませんよ」 「必要なら演じることぐらい造作もない。楽になって何が悪い?」 だって、このまま何もしないでしばらくいれば、ずっと胸に抱えてきた罪悪感ときれいさっぱりおさらばで切る。そして、この先何をしようと、罪の意識を抱くことはないのだ。 「娘さんの気持ちは?」 天使のようだった男は、にっこり笑った。 ● 「自分が足枷になる、っていうのは、怖い」 杏樹は、自分の気持ちを素直に伝えた。 最前線に立つリベリスタに育てられたからいえる言葉だ。 「奥さんが告げなかったのはきっと、お前が大事な人だから。聡い人だったなら、苦しめたくなかったんだと思う」 でも、それは大人だから出来ることだ。 「振り返るのが怖い? 崩れるのが怖い?」 前を往く広い背中を知っている。その背中が自分を守っていることも知っている。 伊吹の聡明だった妻はきっと娘にも伝えているだろう。お父さんは、戦っているのだと。 「だから、見ないふりをするのか。電話の向こうで、娘がどんな顔をしてるのかも知ろうとしないのか?」 杏樹は知っている。その背中が振り向かない間の心細さを。そのままいなくなってしまう恐ろしさを。 必死に戦っている人に「あなたは私をどう思っているの?」 なんて、「甘えたこと」が聞けやしない。 彼女の義父は、ちゃんと杏樹と向き合ってくれた。その愛を受け止め、杏樹は今たっている。 だが、伊吹の娘は、遠ざかっていく背中を引き止めることが出来なかった。 「怖がってないで! 早く! 娘さんと! 会ってきなさい!」 悠里が、一歩足をずらした。一歩の動きが戦闘状態の踏み込みになっている。 「辛い想いをしてるのは、娘さんだって一緒。ひょっとしたらそれ以上かも知れない。たった一人の家族なんだ。娘が冷たいって言うけど、娘さんだってお父さんが冷たいと思っているはずだ。怖いなんて当たり前だ。ずっと放っておいたんだから」 低く淡々という悠里に、人は嵐の前の静けさを見た。こういう人を怒らせてはいけない。 口ごもる伊吹に、追及の手は容赦ない。 サンドバッグの外から仲間が、内では『記憶のままに』、『伊吹の都合のいいように』 に、天使が伊吹を断罪する。 彼は裁かれたいのだから。 「さっきから自分の気持ちばかりですね。このわからずや。自己中。しんじゃえ。ばか」 ヴィンセントの言葉は、文字通りざっくり伊吹に突き刺さる。 「あなたの最高の失敗は、かっこつけて、茶化して、笑い話にしちゃったことですよ!」 『大嫌い』 ああ、泣き出しそうな声を思い出す。 何故あの時気づかなかったのか。 「子供が正当な理由で親に『大嫌い』って言った時は、ショック死して見せるのが親の礼儀ってもんでしょう!」 世界中のほかの誰かに聞かなくても、たった二人には致命傷になって欲しい弾丸。 それで撃たれたら、世界中の親はもんどりうって死んだ振りをしなくてはならないのだ。 「おまえに嫌われたら、生きていけない」 と告げなくてはならない。そこに、いくばくかの愛があるのなら。 「やるべきことはわかってるでしょう。でも、誰かに言って欲しかったのでしょう?」 背中を、押してほしい。そして、今度こそ。 「後悔のない選択を」 ● サンドバックが中から叩かれている。 形がゆがんでいる。 拳だ。指の跡が川に浮き上がって消える。 その次は靴の爪先の形にゆがんだ。 「――言いたいことは幾らでも聞いてやる。だから、逃げるんじゃねぇ!」 いつか、天にまします方に叩き込む為の予行練習。 杏樹から腰の座ったいいパンチが繰り出された。 「そこから出たら、娘さんに伝えようぜ。苦労しろよ、Seraph! 大人ぶってお高くとまってねえで、地に落ちてこいよ!」 僧侶、転任に輪廻を促し、素手で一発殴る。 「娘さんに! 幸せに! なってほしいんだったら!!」 これが、悠里の全力全開。 燃え盛る炎が全てを埋め尽くし、サンドバックの一点に叩き込まれる。 (伊吹さんのくすぶるハートに火をつける!!) これで燃え立たないのは、灰だけだ。 「……わいは1回しか伊吹君の顔を見た事あらへんけど、頼もしくて、安心できる顔なんよ。きっと娘さんにも、いつかそれが伝わるはずや」 日鍼は、堪忍なといいつつ、全力でサンドバックにタックルした。 「最後に言うとくわ、わいは家族ん事でうじうじ悩んどる伊吹君も大好きやよ!結婚しよ!!」 水を打ったような静寂。 その前に、結婚前提の交際を申し込むところから始めるべきではないだろうか。 竜一は、じっと見ていた。 そして、伊吹を連れ戻す為にもう一押しと見定めた。今こそボーカルの主人公力をぶつけるとき。 「この分からず屋ーーーーーー!」 満を持して、全力全開二割り増し。 漢の右ストレートを叩き込んだ。 ● 壮絶にぼこられ、薄れていく意識の中、天使の姿も遠くなる。 「人間がサンドバックになるなんて面白いことが偶然に起こるとでも思ってるんですか?」 この世の全ては必然である。 「あなたは、俺達から祟られたんですよ。女の子一人、現在進行形で不幸にしてるってね」 「たた――っ!?」 「別に信じなくても構いませんよ。なんせ、俺はあなたにとって都合のいい幻影に過ぎませんからね」 黒い羽根の青年は、『記憶どおりに』 無邪気に笑う。 「この祟りは、娘さんが幸せになるまで続きます」 視界を白い女の手がふさぐ。 見覚えのある、指輪の跡がある白い指……。 ● サンドバックから分離してボコの状態で救出された伊吹が『ヴィンセントが、妻が……』 などと呻いた為、お化け大嫌いの悠里の顔が真っ青になり、フツが念仏を上げ、杏樹が鎮魂ミサを上げ、今まで静かだった魅零が狭くて暗い! と叫び、心にちょっと傷を負った。 鬼籍に入った伊吹の関係者のE・フォース変容がフォーチュナたちから完全否定され、伊吹には航空券と休暇が言い渡された。 ● 三高平空港は、世界中あちこちに向けて、今日も飛行機雲が交差する。 「俺が出来る事はした。あとは、ぶっきー次第さ」 実は、空港よりも、モノレールの駅のホームからの方が空港全体がよく見えるのだ。 過干渉するのが仲間ってわけでもあるまい。 「……なんなら、BoZのライブに案内するのはどうだい」 「俺は信じるぜ、おれたちのベーシストをさ!」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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