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<アーク傭兵隊>全葬事件

●■■■■

 ――――其は世界を冒す祝福と言う名の呪い。

●『ヴァチカン』と言う世界
 『ヴァチカン』
 世界最大最悪のリベリスタ組織。それを有する宗教国家を指す。
 ある者は言う。ヴァチカンとは世界の名だ、と。
 西欧と言う大地に根付いた宗教と言う名の概念世界。
 彼らは同じ概念を有する者にしか伝わらない言語で語り合い、
 そして“それ”を有さない存在を徹底的に、執拗に、潔癖なまでに排斥する。
 そこに妥協の慈悲も、話し合いの隙も、情状酌量の余地すらも有りはしない。
 『ヴァチカン』と言う世界にとって不都合な存在は無かった事にされる。
 それこそが彼らの世界にとっての秩序であり、疑うべからざる正義だからだ。
 
 例えばそう。一人の少女が祖国を救う為に立ち上がったとして。
 例えばそう。他の何者にも出来なかったろう偉業を成し遂げたとして。
 例えばそう。彼女がそれを神の意思であると語ったとして。
 それが『ヴァチカン』と言う世界にとっての異物であったならば。
 当然の様に、これは排斥されてしかるべきだ。それが秩序であり正義である。
 少女の願いも、祈りも、敬虔さも、そんな物は一切関係無く。
 世界に逆らった者に救済等無い。在ってはならない。許されない。
 件の少女は必然的に、世界の法則を乱したと言う罪で火にくべられる。

 何も疑問に想う所は無い。正義は執行され来るべき平穏が訪れる。
 それが、『ヴァチカン』と言う世界の答えである。

●主流派『キプロスの狗』
 聖堂騎士団(テンプルナイツ)の筆頭に挙げられる彼らを、
 敬意と恐怖を込めて人はこう呼んだ。最も敬虔なるヴァチカンの剣。
 或いは――最も忠実なる教会の狗。
 何時しか2つの異名は混ざり合い、彼らをこう称させるに至る。
 『キプロスの狗』。キプロス騎士団とは、即ちそういう組織である。
 神意の執行を疾く速く確実に達成する、十字軍を除いた場合のヴァチカンの最大戦力。
 億を超える信徒の中で選りすぐった、“超一流の狂信者”達の集団。
 その実力は一騎当千を地で行き尚余りある。
 僅か10人で10万の異教徒を喰い尽くす神罰執行のエキスパートである。
 さて、しかしキプロス騎士団のメンバーが矢面に立つ事は滅多に有りはしない。
 さにあらん。世界最大は伊達ではない。彼らが剣を執らずとも秩序は自然と保たれる。
 そういうシステムであり、そういう巨大な生命体の様な何か。
 『ヴァチカン』とは元よりそういう物だからだ。故に、逆説こうも言える。

「それでは行って参ります、朗報をお待ち下さい――枢機卿」
 彼らが動く時。それは『ヴァチカン』と言う世界にとって、
 本当の意味で危険分子と言える存在を探知した時だけである、と。
 
●反主流派『アルゴーの船』
 ギリシャ、と言う文化圏は古来より『ヴァチカン』と縁深い。
 古くはその土地がローマと呼ばれた頃からの繋がりである以上、
 その深淵には歴史以上の色濃い闇と、煮詰めたタールのような澱みが含まれる。
 それを証明するかの様に、この地に築かれた聖堂騎士団は彼の『狗』の対極に位置する。
 『アルゴーの船』。屈強な騎士達を神話の英雄に例えそう称したのは、
 『ヴァチカン』と言う世界に於いて真なる正義を問い続け、主流派閥に牙を剥き、
 けれど政争に敗れ、今も敗れ続けている者達の悪足掻きとも言えたろうか。
 彼らは強く、ただ強かに、何所までも強く有る事を求められた。
 教会の狗の抑止力として弱さを持ち続ける事は許されなかった。
 本来であればいつ解体されてもおかしくはない。それを認めぬ為には力が必要だった。
 かくて政治的バランスと需要供給の天秤の釣り合わせの結果として、
 アルゴー船の搭乗者達は、必然的に反主流派の筆頭戦力として名を連ねる事になる。
 アルゴス騎士団。彼らは『ヴァチカン』と言う世界に於ける反作用である。
 『キプロスの狗』が動いたのであれば、彼らもまた動かざるを得ない。

「さて、“東方の勇者殿”がどちらに着くのか見物ではある」
 本流とは、傍流が在ってはじめて本流足り得る様に。
 世界が動く時、彼らは否応無しに剣を執る。それはまるで運命の様に。

●宴の誘い
「『バティスタの聖歌隊』から感謝状と招待状」
 集められたリベリスタ達に第一声、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)がそう告げる。
 ヴァチカンに属するリベリスタ組織『バティスタの聖歌隊』より依頼を受け、
 傭兵として派遣されたアークが彼らを襲う“動く死者の群”を退治したのが初春の事。
 宗教世界にはお役所主義が根付いているとは言え、余りにも遅い礼状の到着である。
「要望の有った追加調査、受けてくれるって」
 続く言葉に、書類らしき物を捲っていたイヴがそのコピーをテーブルに載せる。
 記されている地名は、イタリア、トスカーナ州。シエーナ県モンテプルチャーノ。
 特産品であるワインで知られる程度の地方都市、とでも言うべき小さな街だが、
 この街の地下にはエルトリア先史時代――
 即ち“神の子生誕”より5世紀以上も前に創られた地下墓所(カタコンベ)が残っている。
 そして古代エルトリア人とは神秘的にも起源不明な"謎の民"である。
 ある時突然歴史上に姿を現し、高度な建築技術と文化水準で地球上を席捲した。
 彼らは特定の国家を持たず海を渡る海洋民族で有ったにも関わらず、
 神の子とは異なる何かを奉じ、異なる大地でも民族としての調和を保っていたと言う。
 その起源は庸として知れず文化的背景も定かではない。
 それは“神秘史に於いても同様の事が言える”訳なのだが――
「……何かが隠されている可能性は、高い」

 古代を超えた神代とも言うべき歴史上の神秘的空白地帯。
 その遺跡と言って差し支えない物が存在する街がピンポイントで狙われた。
 そこに“何か”の気配を感じ取った『現の月』 風宮 悠月(BNE001450)の指摘を受け、
 アークはこの地下墓所の調査希望を申請していた。とは言え、場所はイタリア。
 まさか『ヴァチカン』のお膝元を勝手に探る訳にもいかず、待つ事半年。
 どんな心境の変化が有ったのか、漸く到った結論が『許可』で有る事に怪訝を禁じ得ない。
「うん。多分――アークの“戦果”を受けて恩を売りに来た」
 政治的取引のみでなく、個人レベルでの懐柔まで取り混ぜて来た。
 これは詰まる所、幾度も歪夜の使徒を退けて来た“東方の勇者”の名声が、
 『ヴァチカン』内部の勢力争いでも無視出来ないレベルに達しつつある、と言う事を指す。
「だから、とても面倒なおまけ付き」
 続いて並べられた資料2つ。そこに記されている名前にいよいよ方々から呻き声が上がる。
「……一応、気をつけて。アークは、中立」
 権力闘争の伏魔殿に絡めとられる何てぞっとしない、と。
 イヴが無表情で呟く傍らテーブルの資料と添えられた許可証は、
 任務に赴くリベリスタ達が望む望まぬに関わらず、否が応にも一つの選択を突きつける。

 “但し、調査の際は下記二名の同行を必須とする”
 『キプロス騎士団』第三騎士隊隊長――『聖鉄』アルフォンソ・ボージア
 『アルゴス騎士団』副団長――『赤獅子』テオドール・スマラグディス

●フィクサード組織『救世劇団』
 そうして『ヴァチカン』と『アーク』二つの組織が動き出した頃、
 その原因たる“東方の英雄”達の戦果を利用し続けていた者達は既に仕込みを終えていた。
 組織が解体されても痕跡は残る。正道に在る者が如何にそれを突き崩そうと、蛇の道は蛇。
 如何に有能なリベリスタ達が全力で浄化を行っても、全ての穢れを祓う事は不可能だ。
 蜘蛛の巣の糸の中でも最も深い位置に存在した幾つかは、既に繋ぎ直され時を待っている。
 死者の楽団の遺した恐怖と言う名の傷痕は、消し去れる様な類の物ではない。
 猟犬の亡霊が抑え込んでいた誇りを奪われた人々の無念は、悲劇的戯曲をこそ求めている。
 世界は生まれ変わらなければならない。救世の声は遠く近く方々へと響き続ける。
 そして、その主導者である少女は朽ちた聖堂の下。
 いつもと変わらず目覚め、いつも変わらず祈りを捧げ、
 いつもと変わらず子供らに教えを説き、そしていつも変わらぬ調子で続けた。
「聖櫃の皆様と理解し合える機会は、今を置いて他に無いと想うのです」

 常に彼女の傍に控えている老僧が気難しげに顎を撫で、
 その対岸で、顔の半分をピエロの仮面で覆った長身の男が破顔した。
「流石ハ我らガ女神。常人にハ想像すラ出来なイ提案だ。良いネ、ソれジャあソウしヨウ」
 愉快気に。まるでピクニックに行く様な気楽さで。
 世界の崩壊因子はただ淡々と動き出す。
「道化よ、分かっておろうな。悪夢の崩落は過ぎ去った」
「勿論サ老子。それトモ支配人と呼ブべきカナ?」
 老僧と視線を合わせる事無く、けれど楽しそうに、愉しそうに、ピエロは詠い上げる。
「終点は近イ」
「故に塔の魔女は去る」
「はい、選択の時は迫っています」
 古い羊皮紙に記された聖句を読み上げ、少女が光の無い瞳を上げる。

「―――ならば神の眼すら欺きましょう。全ては、人類救済の為に」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:弓月 蒼  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年10月24日(金)22:32
 106度目まして、シリアス&ダーク系STを目指してます弓月 蒼です。
 それでは幕引きを、始めましょう。以下詳細。

●注意事項
 <アーク傭兵隊>系列のシナリオでは『万華鏡』が使用不可となっており、
 その影響で詳細情報に不確定且つ不鮮明な物が多数含まれております。
 隠蔽情報は難易度相当となっておりますが予め御了承下さい。

●作戦成功条件
 調査の是非を問わず、アークから死者を1名以上出さない。

●バティスタの聖歌隊
 初出:『<アーク傭兵隊>屍音事件』
 イタリアはフィレンツェに本部を置く聖堂騎士団の支援組織の1つ。
 騎士団ほどの錬度は無く、何より近接戦闘能力に決定的に欠けている。
 ヴァチカン系のリベリスタ組織の典型として聖務遂行の為に手段は選ばない。
 現在はモンテプルチャーノに派遣されており、現構成員は35名。
 内訳はホーリーメイガス3:マグメイガス1:スターサジタリー1の割合。
 主流派所属だが、戦力としてはまるで頼りにはならない。

●態度指定
 現場では調査と警戒へ人員の分配が必要。
 この際、各同行者に対する態度を『友好的』『敵対的』『中立』
 のいずれかから選び、プレイング冒頭に記載下さい。
 態度のバランスによってヴァチカン内各勢力の今後の応対が変化。
 記載が無い場合ヴァチカンの応対が一律で悪化する。

●同行者
『聖鉄』アルフォンソ・ボージア
 主流派所属。聖堂騎士団筆頭『キプロス騎士団』のNo4。
 チェネザリ・ボージア枢機卿の遠戚に当たる世界トップクラスのクロスイージス。
 破界器『ウリエルの聖盾』を所有する。
 速い、硬い、タフと言う防戦に特化した性質の持ち主。

『赤獅子』テオドール・スマラグディス
 初出:『<アーク傭兵隊>隠神事件』
 反主流派所属。聖堂騎士団『アルゴス騎士団』のNo2。
 反主流派でも単純火力ならば1、2を争う世界トップクラスのダークナイト。
 破界器『断雷のヘパイトス』を所有する。
 基礎攻撃力でデュランダルと打ち合える短期決戦特化型。

●作戦予定地点
 イタリア、トスカーナ州。シエーナ県モンテプルチャーノ。
 マドンナ・デッラ・サンビアジョ教会、及び地下墓所。
 教会は相応の広さがあり、部屋数も多い為10名程度の受け入れは十分可能。
 生活必需品等は揃っている。障害物多数。
 地下墓所は詳細不明ながら、暗所、光源有り、足場悪し。光源はランプ。
 西洋風の平たい墓石が並んでおり、総じてとても古い物。

●スケジュール
 初日は歓迎会。後3日間を調査当て、5日目には撤収と言う強行軍。
 調査は当てる人員、時間が多く、調査に適したスキルが多彩であり、
 調査対象が的確で有れば有るほど有益な結果が取得出来る。持ち帰れるかは別の話。

●救世劇団
 初出シナリオ:<裏野部>Bad End Dream E Side
 普通の人々を等しく追い詰める事で世界を革醒者の管理から救済する。
 と言う理想を掲げている、西欧に本拠を置くフィクサード組織。
 “女神”と呼ばれる女性を中心に世界各地で暗躍している。

●Danger!
 このシナリオはフェイト残量によらない死亡判定の可能性があります。
 また、何らかの背景事情により運命が不安定化しています。
 『運命的孤立』とも言うべき本舞台では歪曲運命黙示録の発動は期待出来ないでしょう。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
アークエンジェインヤンマスター
朱鷺島・雷音(BNE000003)
ジーニアスナイトクリーク
星川・天乃(BNE000016)
ノワールオルールスターサジタリー
不動峰 杏樹(BNE000062)
サイバーアダムクロスイージス
新田・快(BNE000439)
ハイジーニアスデュランダル
新城・拓真(BNE000644)
ハイジーニアススターサジタリー
リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)
ハイジーニアスマグメイガス
風宮 悠月(BNE001450)
ギガントフレームクロスイージス
ツァイン・ウォーレス(BNE001520)
ジーニアススターサジタリー
靖邦・Z・翔護(BNE003820)
ナイトバロンナイトクリーク
ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)

●3日目-女神と呼ばれる少女-
 “それ”が一歩、進み出た。
 事前に得た情報と、少女自身の言。
 その双方に偽りが無ければ彼女はフォーチュナの筈である。
 『塔の魔女』アシュレイの様な例外はあれど、原則その戦闘能力は限り無く0に等しい筈だ。
 事実、相対してみても殺気は愚か敵意すら感じられない。
 その間にまた一歩、とこ、と言わんばかりに進み出る。
(――……っ、ふざけろよっ)
 弱い。
 その歩みはあまりにも弱い。
 まるで歯が立たないレベルで実力が掛け離れているのでいない限り、
 相手の挙動を見ればどの程度戦えるかの察しは付く。
 事実、少女の背後に控える2人。道化の仮面の男と老僧は、どちらも相当に“強い”。
 特に老人の方が並大抵ではない。ただ在るだけで場を覆う様な存在感。
 思わず其方に気を取られそうになる意識を強引に少女に向け直す。
 そう――それらと比較して。
 少女は弱い。明らかに。確かに、多少訓練した一般人程度は動けるのだろう。
 フォーチュナにしては、と言う前置きは付くが。恐らく、真白イヴよりは多少戦える。
 と、してもその程度だ。
 その程度に過ぎない。
 或いは。
(隠し玉……か?)
 話に聞く『救世劇団』がその通りの組織であるならば、
 何か破界器でも隠し持っているのか。考えて、視線が少女の腰へ帯びている剣へ向く。
 まさか何も。何も無い等と言う事は無いだろう。有れば、それは愚者の所業だ。
 また一歩距離が近付く。彼我の距離は凡そ20m。
 その中間地点を越えたら。越えてしまったら。
 少女の背に控える両者は庇う事すら出来ない。
 『桐鳳凰』ツァイン・ウォーレス(BNE001520) 
 そして、『ピジョンブラッド』ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)
 “それ”と相対してしまった2人は身動ぎすらせず己が獲物に手を掛ける。

「まさか、無防備に近付けば油断する。何て考えている訳じゃないよね」
 思わず、と言った様に声を上げたロアンに、少女が視線を向ける。
 そこには何も映っていない。向いた方角も若干ズレている。
 それが演技では有り得ないだろう事を見て取り、ロアンが奥歯を噛む。
 盲目。眼前の娘は目が見えない。それが、どうしたと言うのか。
 目に見えて弱者だから。分かり易過ぎる程に、弱いから。
 そんな理由で手を緩めてしまえる、そんな甘さではリベリスタは勤まらない。
「何故でしょうか?」
 怪訝そうに返る声。一切の疑い無く。まるで本気で戸惑う様に。
 これが演技なら心底大した物だと思いながら、ツァインが問いに問いを返す。
「何故って、何がだよ」
「何故、私が貴方方を油断させなければならないんですか?」
 この張り詰めた様な空気が読めていないのか。
 滔々と告げる少女の疑問は自然な様で余りにも不自然だった。
 世に聞くフィクサード組織の中でも出色の悪辣さを誇る『救世劇団』。
 そのトップと目される人間が“アークのリベリスタ”に投げる様な疑問では、ない。
「何それ。2人位なら1人でも十分ってこと。舐められた物だね」
 警戒の色は崩さぬままに、ロアンが露悪的に挑発を織り交ぜ睨み付ける。
 正直に言えば――――そうでもしなければ、敵意を保てなかった。
 少女は無防備だった。帯剣していると言う事実を忘れそうになる位に。
 徹底して“圧倒的弱者である自分”を晒していた。
 それはどちらかと言えば善人気質の多い、アークにとっては最悪の武器だ。
 首を刎ねる事など容易いと思えば思うほどに、手を出す事に戸惑いを憶える。
 本当に、“これ”が人の心を揺さぶり、操り、虐げ、狂わせ、破綻させて来た。
 悪名高きフィクサード組織の首領なのか、と。
「……、なるほど、こいつは参った」
 剣呑な視線は揺らがないままに、けれど先ずツァインが両手を挙げる。
 ここで眼前の少女を殺すのは容易い。少なくとも、感覚としてはそう確信している。
 けれどそれが本当に正しい事なのかが判断出来ない。

 もし、万が一。道化の男が女神と呼ぶこの少女が、
 実は全く事情も知らない『救世劇団』等とは無関係の一般人だったとしたら。
 “何者かが、その口を借りているだけ”だったとしたら。
 本来なら考え過ぎなその妄想が、真実味を帯びるのがこの組織だと嫌が応にも分かる。
 その首を刎ねた自分を。何の決意も覚悟も無く誤解と怠慢で殺したと言う事実を。
 ツァインはきっと許せない。自責に苛まれる事は目に見えている。
 その上で、何度剣が振るえる。1度か、2度か。3度繰り返せば――きっと保たない。
「言っておくけど、僕は殺せるよ。
 今更一人二人無実の人間の血で手を汚した所で、別に何も――」
「やめとけロアン。無駄だよ。俺にも何と無くこいつらのやり口が分かって来た」
 要するに、堂々巡りなのだ。
 ここで例えばロアンがその少女を。或いは無実かもしれない少女を殺めたとする。
 では、次はどうだ。次の次はどうだ。次の次の次はどうだろう。
 それが我々のトップだ。実はこっちの少女だった。
 その集団の中に彼らの首領が居る。その街の中に。その国の中に。
 誰もそれが彼らの狩るべき相手であると証明出来ない。“神の眼が届かない”とはそう言う事だ。
 ならばロアンは一国郎党皆殺しにするのか。疑わしきを罰すると言う名目で。
 “それが我々のトップだ”等と言っているのはそもそもフィクサードだと言うのに。
 出来る訳が無い。それは彼が劇団の走狗となる事と何も変わらない。
 手を血で汚すに足る理由が有る。無実の人間を殺める覚悟も有る。フィクサードを憎んでもいる。
 けれどだからこそ“ロアンは今この場では動く訳にはいかない”
「――ッ、最悪だ……!」
 吐き捨てる。まさか背を向けるなど出来る訳が無く、仲間と連絡を取る事も困難だ。
 そんな隙を、少女はともかく。残りの2人が見逃すとは到底思えない。
 博打を打つにしても目が悪過ぎる。時間を稼いでいる間に、誰かが気付く事を期待する他無い。
「……それでは、お話を始めても宜しいでしょうか」
 困った様に微笑みながら、けれど何所か嬉色を滲ませ少女が語る。
 その様に、まるで似ていない筈なのに、彼女はそんな風に笑顔を浮かべたりはしないのに何故か。
 2人は彼らを送り出した万華鏡の姫を想起する。
 運命を支配すると、神の頂きへ手を伸ばそうとした少女の姿が重なって見える。

「――――皆さんは、どうすれば世界は救われると思いますか」

●1日目-宴の夜-
「それでは、アークの皆さんとの再会を祝して――」
「「「「「「乾杯!!!!!!」」」」」」

 歓迎会は恙無く幕を開けた。教会の食堂。
 滅多なことでは並ぶ事が無いだろう仔牛のグリルや手打ちパスタを筆頭として、
 トリュフ、ボルチーニ、ワイン、チーズと言った郷土の特産品をふんだんに用いた
 トスカーナ料理の数々が大テーブルに所狭しと並べられている。
 荒々しくカットされた豚のサラミは日本ではまず御目にかかれないだろう。
「や、やってみるのだ……」
 これはかぶりついて食べる物だと説明され思わず瞳を瞬かせたのは、
 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)ばかりではない。
「……何と言うか、生臭もここに極まれりと言う感じだな」
 ヴァチカンと言うと何かと清貧というイメージが有ったからか。
 『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)が呆れた様に苦く笑う。
 実際問題肉関連が駄目と言う宗教は以外な程多いが、彼らに関して言えばそうでも無い。
 勿論飽食、美食、暴食の類は好まれないが、適度な範囲であれば割と何でも種別問わず食べる。
 この辺り世界最大は伊達ではない。清も濁も併せ呑まねば人は付いてこないのである。
「この度はこんなに立派な歓迎会を開いて頂きありがとうございます」
 とはいえ、教会と言う物はどこも大抵然程裕福ではない。
 この規模の歓迎会をするのにどれ程の負担が掛かったか考えると思わず頭を垂れずにいられない。
 教会育ちの『Matka Boska』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)なら尚更である。
「良くぞいらっしゃいました。東方の勇者の皆様。是非楽しんでいって下さい」
 好青年然としたふわふわの金髪の青年が声を上げ、杯を傾ける仕草も堂に入った物。
 身を鎧に包んでいなければ良家の子息と言っても疑いは抱かなかったろうその姿に、
 妹の姿を捜していたロアンの目線が止まり、細まる。
 『聖鉄』アルフォンソ・ボージア。アークとは曰く因縁有る枢機卿。
 チェザネリ・ボージアの親族であると聞いてはいるが、その立ち居振る舞いには卒が無い。
 良く笑い、おどけた様に肩を竦める仕草にも違和感が無い。
 パーティ慣れしている。いや……社交慣れしている、と言うべきか。
 卒が無さ過ぎて不気味な程だ。第一印象は――良く訓練された番犬。と言う感じか。

「うっひゃー、こりゃすげえ!……って、ちょ、おま何して」
 骨ごと切り取られたTボーンステーキに齧りつき宴を満喫するツァインの傍ら、
 如何にも神聖っぽいテーブルの上に登ろうとしてストップを掛けられる
 我らが『SHOGO』こと靖邦・Z・翔護(BNE003820)。
 曰く“SHOGOからみんなにー、キャッシュからのパニッシュ☆”がしたかった。との事。
 それで何故高い所に昇りたがったのは謎ながら、
 聖歌隊所属のシスターさんに“めっ”とされるのは彼的に本望なのかどうなのか。
「あ、いいなあれ」
 思わず本音が洩れた『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)に、
 これだから男は……と言わんばかりの雷音の冷たい半目が注がれた事は言うまでも無い。
「…………話が、したい」
 そんな最中、歓談する聖歌隊の面々とは外れ壁際に佇んでいた大柄な赤髪の男。
 『赤獅子』テオドール・スマラグディスにアプローチを掛けたのはまず、
 『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ)』 星川・天乃(BNE000016)が最初だった。
 良くも悪くも空気を読まない所が幸いしてというべきか。
 挨拶回りをするリリ、ロアンペアも、聖歌隊の観察に余念が無い快も、
 それぞれに先じてやる事が有った為にそれは必然であるとも言えた。
「此方はお前達には何一つ用が無い。よって話すべき事も無い。分かりますかな『東方 の 勇者 殿』」
 けれど、テオドールの側は辛辣である。慇懃無礼も極まった様に敢えて区切って言葉を返されれば、
 元々コミュニケーション能力には欠け気味の天乃が相手するには少々荷が重いか。
 漂う寄るな触れるなオーラが会話と言う会話を拒絶する。と言うのも、余りにも場が悪い。
 少なくとも、『ヴァチカン』からの使者と言う形を維持しなければならない歓迎会の場だ。
 突っ込んだ話をするのにこれ程向かないシチュエーションも無い。
 テオドールからすれば、もう少し機会に気を回せ、と言った所だろう。
 何せ周囲は主流派所属の聖歌隊に教会の狗とまで称される騎士団の要人まで控えている。
 壁に耳有り所ではないのだ。政争の本場『ヴァチカン』は決して甘く無い。
 どんな些細な失言で有ろうと揚げ足を取られれば転ぶは必定。口が堅くなるに決まっている。

(……これは、厳しいな)
 その様を横目で流し見ながら快と雷音が目配せし合い、ロアンが僅か瞳を細める。
 如何にも先入観だ。アークでは各自ヴァチカンに対するスタンスを決めておけと言われていた。
 その上で歓迎会ともなれば交流するには格好のチャンスである。
 となれば、兼ねて抱いていた疑問を投げたくなるのは人情と言う物。
 だが、逆だ。対象が『主流派』であるならともかく。
 アークに対し表立ってそれを示す訳には行かない『反主流派』と交流を求めるのであれば、
 “初日にだけはそう言う話をすべきではない”
 組織の要人の片割れともなれば賓客の歓迎会から席を外す訳にもいかないのだから。
「会の準備で疲れている所すまないが、良ければ教会を案内してくれないか」
 その点、『誠の双剣』新城・拓真(BNE000644)は当人の意識はともかく上手くやっていた。
 以前“動く屍”の事件の際連絡して来た何所か疲れた感じの司祭を捕まえると、
 長旅の疲れを理由にするりと歓迎会の輪を掠め出る。
 恩義も有ってか司祭は快く教会の案内を請け負うと、宴も酣の食堂を供を1人連れ後にする。
「初めまして、アークの朱鷺島雷音だ。ヴァチカンとの共同作戦は今後もあるだろう。宜しくなのだ」
 一方、『聖鉄』アルフォンソに親しげに話し掛けた雷音もまた、
 こちらはこちらで自覚しないまま危ない橋を渡っていた。
「これはこれは、この様に美しい黒髪の姫君が東方の勇者として名を連ねているとは。
 不肖このアルフォンソ存じておりませんでした。華の一輪も差し上げられない無礼をお許し下さい」
 流暢な日本語を繰りながら手を取り膝を折って一礼する様は騎士の名に恥じぬそれ。
 けれど、それは同時に相手があくまで騎士を演じ続けている事も意味している。
 というのも主な原因は比率として、反主流派寄りの人間がアークの面子に偏っていた為だ。
 こうなると少数派は少数派で勘繰られるのは止むを得ない。
 表情にこそ出さない物の、アルフォンソの態度は“賓客に対するそれ”から動かない。
「や、えっと……あ、ありがとうなのだ」
 そして、雷音にしても余り腹芸に向いた人材とは言い難かった。
 神秘に対する造詣こそ深くとも、嘘偽りを武器にする社交の場に対し彼女は真っ直ぐ過ぎる。

「そうだ、『救世劇団』と言う名前に聞き覚えは無いか」
 突然の暴投も、相手に構えられている状況ではあっさりと処理されてしまう物だ。
 公の場で、中立の相手から情報を引き出すのであれば先ず自分が味方だと明確にするか、
 そうでないならば余程突飛な手管を以って相手を崩す必要がある。
「いえ、聞き覚えが有りませんが……その劇団が何か。
 ああ、そうですね。歌劇は確かにこの辺りが本場。今度良ければ馴染みの劇場を紹介致しましょう」
 好青年然として微笑む金髪の青年はあくまで平然と少女の問いを受け止める。
 超人的な観察眼も、流石にこの応対に動揺の気配を汲みとれはしないか。
 それどころか済し崩し的にデートの約束を取り付けられそうになっていると気付くや、
 雷音の方がそれを断るのに四苦八苦する有り様である。
「まあ、そんな事は良いからカードゲームしようぜ!」
 ここで、SHOGOが割って入らなかったら果たしてどうなっていた事か。
「あれ、“センドーシャ”聞いたことない?
 仕方ないなあ。それじゃあ早速買ってすぐ遊べるトライアルデッキの説明から始めよう」
「おや、カードですか。面白そうですね」
 そんな提案に至極あっさりと乗って来たアルフォンソに、
 翔護が“かかった”と言わんばかりの改心の笑みを浮かべる。異国の地で布教のチャンスだ。
「そうこなくっちゃ。さあ、2人でセンドろうぜ!」
 一体何が始まったのかと聖歌隊の面々が2人を中心に集まり始める中、
 それを興味無さそうに眺めていた『赤獅子』にワイングラスを携えロアンが距離を詰める。
「お久しぶりだね、『赤獅子』殿。お互い息災な様で何より」
「ああ……そちらも相変わらず我らが大いなる父を全力で冒涜している様だな」
 皮肉気な言葉に反し、その声には然程棘が無い。
 元より、先じての“神隠し事件”からも『ヴァチカン』に対するロアンの不信感は明らかだ。
 けれどそれ事態は“反主流派”である所のテオドールにとってさして問題にはならない。
 受け取ったワインを躊躇無く飲み干すと、声を落とし眼光鋭く続ける。
「余計な世話だとは思うがな。ボージア一族には気をつけておけ。
 あれはヴァチカンの暗部を表と裏から支配する正真正銘の猟犬共だ。喰い殺される前に、帰れ」
 自分も“主流派”は好かないと言葉にしようとしたロアンに被せて告げられたせめてもの忠告。
 それを“言語化”する事のリスク強く言い含めながら、『赤獅子』は黙し目を瞑る。

「セットアップ、ドロー、即センドーシャ! 『夜道の送り狼』をリミットブレイク!」
「伏せカードオープン。『私設自警団』効果発動。リミットブレイクしたカードを山札に戻して下さい」
「ちょ、ボーちゃん順応早くね!?」
 宴の夜は静かに暮れて行く。互いの胸の内に暗澹とした予感を潜ませながら。

●救世の詩-偽りの魔女-
 一人の少女が居た。
 その少女は神の嘆きを聞いた。
 それさえ無ければ、彼女はどこまでもただの敬虔な娘でいられた筈だ。
 けれど、そうでは無かった。そうでは無くなってしまった。
 地の底より静かに響く悲嘆の声に耳を傾けた瞬間、あるべき日常は終わりを告げる。
 そして同時に理解した。このままでは少女の愛する世界は掻き消えてしまう事に。
 直感ではなく、予感でもなく、現実の延長線上に在る事実として。
 分かってしまった。それを何とか出来る人間が自分以外居ない事に。
 だから、彼女は動くしかなかった。
 それ以外の選択肢は存在すら許されなかった。
 けれどそれでも、彼女は幸福だった。世界が神様に愛されている事が分かったから。
 祝福を燃やし、命を燃やし、人並みの人生を投げ打って。
 少女は己が隣人を助け、御旗を掲げ、祖国を救い――――そして。
 あるべき必然として。行き過ぎた偶像は異なる価値観によって淘汰される。
 同じ神を崇める同胞は彼女を悪魔の遣いであると断定し、
 国と言う境界線を引き直す為の生贄として火にくべられるのを黙して見送った。
 少女の名はジャンヌ・ラ・ピュセル。
 かつて魔性を詩われし聖少女。世界の為に剣を執った神の娘。

 そして『ヴァチカン』と言う世界が唯一度だけ。
 その摂理を曲げ『聖女』である事を認めざるを得なかった――最初で最後の『偽りの魔女』 

●2日目-忍び寄る悪意-
「なるほど、これは確かに……」
 この場所に何が埋まっていてもおかしく無い。
 それが日本の墓地に慣れた『現の月』風宮 悠月(BNE001450)の正直な感想だった。
 エルトリア先史時代の地下墓所(カタコンベ)。
 話には聞いていた物の、聞くと見るとでこれ程異なる物だとは思っていなかった。
 目に付くのは島国感覚では明らかに異常と言う他無い死角の多さだ。
 地下を支える柱、アップダウン、そして灯りの強弱で彩られる陰影の波。
 地元民はワインセラー等に使っていると事前に知識として仕入れてはいたが、
 むしろ地元民以外がこんな場所に彷徨いこんだら事故が絶えないだろうと推測出来る。
 これを逐一調べるとなれば気が遠くなる程の時間が必要になるのは、既に想像に難くない。
(……いえ、元々決め打ちしかない事は想定内に筈)
 時間は限られている。恐らくこの再調査は“イレギュラー”なのだろう事を、
 仲間達の中で当の悠月が恐らく一番深く実感していた。
 今まで先手を取られ続けた『救世劇団』に、アークは今初めて先行している。
 この期に及んで……何の成果も上げられなかった、では済まされない。
「世界と神様の為、共に歩みましょう」
「栄光は父と子と聖霊に。始めのように今もいつもの世々に。Amen」
 ロアンの提案により、調査の最初と最後に主への祈りを捧げる聖歌隊の面々。
 その先頭でリリが声を上げながら両手を組み合わせ眼を閉じている様が見える。
 それだけを見れば、敬虔な信徒達が古き亡骸を慰撫する為に祈っている様にも思えたろう。
 けれど、そんな悠長な旅ではない。この調査は、時間との勝負だ。
「教会を一巡した感じ、何かが仕込まれている感じはしなかった」
「聖歌隊のメンバーも変わってないな。以前のメンバーがそのまま残っている感じだ」
 前日、教会を見回っていた拓真と、聖歌隊を監視していた杏樹。
 2人からの意見に天乃が不完全燃焼気味に黙り込む。
 戦いに来た以上、出来れば騎士のどちらかと。或いはどちらもと手合わせしたかった。
 けれど歓迎会はまるでそんな雰囲気ではなく、
 調査が始まってしまった以上そちらを疎かにする訳にもいかない。
 欲求と現実の板挟みは彼女の性質上仕方無い事だが、何より本当の目的に繋がる糸が見つからない。
 その事に、焦れる。出来れば、きちんとした形で相対したいのに。
「いずれにせよ、先ずは歩いてみない事には始まりませんね」
 悠月の言に、天乃、雷音、拓真、そして祈りを終えたリリが頷きを返し――
「さあボーちゃん、センドーシャしようぜ!」
「翔護、貴方は調査しなくて良いんですか……?」
 只管アルフォンソに絡むSHOGOもまた、調査班として地下へと残る。

 一方で地上と地下。
 双方を警戒しなくてはならない警戒班に到ってはその動きたるやより煩雑である。
「なあ、そもそも俺達は一体何に備えなくちゃならないんだ?」
 ツァインの問い掛けに、死の香りを探るロアンが首を傾げる。
「さてね。万華鏡が届かない以上あらゆる不測の事態に、って事になるんだろうけれど」
 今の所、何の兆候も見られない。
 何か仕掛けられているのではないか、と見込んだ教会も聖歌隊もハズレと見るべきだろう。
 となると、殆ど内側が読めない2人の騎士のいずれかか。或いは……
「この間の事件の時、戦いの後黒い粉……砂鉄の様な物が残されていたんですが」
 ツァインが地下墓所を出ると、教会に駐在する聖歌隊に問いを投げる快が目に入る。
 個人行動を極力控える様に、と言う方針徹底の為警戒班はペア行動が基本となる。
 これにアルフォンソに貼り付く翔護と、テオドールに貼り付くロアン。
 そして単独行動を回避する方向で動く快と言う個人方針が絡む為、
 そのスケジュールは実に複雑怪奇な代物と化している。
 現状もその不可思議なロジックが生み出した偶然ではあるが、
 両騎士が地下調査に同行している為、地上警戒を行っているのは快とツァインとなっている。
「廃鉱、ですか。少し車を走らせれば行けなくも無いですが……」
 そうなると、半日仕事になってしまう。聖歌隊の言に、流石にそれは不味いと頭を振る2人。
 見上げれば空には燦々と陽が登っており、事件の兆候などまるで見受けられない。
「これは単なる直感なんだけどさ」
 そうしてすれ違う聖歌隊の面々に挨拶しながらツァインの漏らした声に、
 視線を周囲に巡らせていた快が振り返る。
「何か気になる事でも?」
「いや……なんかこう、もし襲撃が有るにしても、今までの襲撃と違う気がすんだよなぁ……」
 強いて言うなら、“悪意”の様な物が感じられない。
 ツァインの言に、快が考え込む。
 彼の感覚から言えば、『救世劇団』と言うだけで十二分。いや、十五分に警戒しても足りない。
 劇団は周到だ。事が起きた頃には手遅れになっているケースも少なく無い。
 かつて、それで多くの一般人を見殺しにする羽目になった快からすればその実感は一入である。
「……今までと、違う、か……」
 けれど。
 けれどもしも。本当に、“今までと違う”のだとしたら。
 万華鏡が警戒を促した――誰かを喪う可能性とは、一体何所から生まれる物だろうか。

「現在の『ヴァチカン』をどう思われますか」
 そんな言葉を投げたのは調査が始まって半日が経過した頃。
 翔護が張り付いているお陰か、『聖鉄』の視界から『赤獅子』が外れた隙をついてリリが仕掛ける。
 幸い、ロアンが周辺を警戒している為その問は“主流派”に届いてはいない。
 それを解してかテオドールも視線を外したままながら、敢えて制止を口にはしない。 
「どうとはまた漠然とした問だな。この世界が伏魔殿である事などお前達でも分からない訳はあるまい」
 ヴァチカンの内側には魔が巣食っている。それは比喩ではない。
 上層部には世紀を跨いで政争を繰り返している老人達がごろごろしている。
 其処に込められた妄執、怨念、神秘の密度たるや測るだけ馬鹿馬鹿しいレベルだ。
「チェネザリ機関……それにアゴスティーノ派。私達が知る物はそんな程度です」
 それに対し、リリは自分が知る限りの“勢力図”を告げる。
 ボージアとベルトリーニ。アークと何かと関連のある2人の枢機卿が、
 ヴァチカンに於ける主流派と反主流派の“広告塔”に相当する事は然程考えるに難しくない。
 だが、彼の組織はそれで語るには余りにも入り組み過ぎている。強いて言うならば――
「何故、我々は内部に武力を抱える必要が有るのだと思う?」
 その質問に、リリが瞬き首を傾げる。聖堂騎士団は教会の剣。
 それは西欧に生まれたのなら常識と言える知識だ。だが、それを更に押して考える。
 何故、教会の武力とは別の。まるで抑止力とでも言う様な武力が必要なのか。
 例えば『異端審問機関』の様な。
「……身内同士ですら、誰が敵で誰が味方か分かってないからだろ」
 会話に耳を傾けていたロアンが助け舟を投げる。つまりは、そう言う事だ。
 大まかに、『主流派』と『反主流派』と言う括りが有る。
 その目に見える象徴として、『キプロスの狗』と『アルゴーの船』は対立している。
 けれどそれ以外の上層部は、その大半がどちらかに擦り寄りつつも『中立』なのだ。
 そして片側が弱り、糾弾されるのを虎視眈々と見守っている。
 故に、ヴァチカン内部の人間ですら、現在の勢力図がどう変遷しているか分からない。
 ただ少なくとも1つだけ間違い無い事は――
「要するにお前達次第、と、言った所だ」
 面白くも無さそうに溢す『赤獅子』に、兄妹が揃って顔を見合わせる。

 そうして、日が落ちた頃。先ずそれに気付いたのは雷音だった。
「……これは、何なのだ」
 それは絵だった。墓地の周囲に描かれた、古く、掠れて見難くなっている何かの壁画。
 神秘的な物ではない。歴史的価値は有る物なのだろうが、そういう問題では無い。
 むしろ気になったのは、そこに“描かれているもの”の方だ。
「穴、ですね。深い、深い縦穴。それと……」
 足を止めた悠月の目には、その穴の周囲に描かれている物が『悪魔』に見える。
 けれど、それはおかしい。エルトリア先史時代は神の子生誕以前の筈だ。
 そして昨今の神秘史に色濃く刻まれる悪魔を象徴化したのは『ヴァチカン』の筈なのだ。
 逆算してこの時代に、現代に於いて悪魔だとされるモチーフは存在しない。
(……ヴァチカンが、模倣した?)
 そう考えるのが自然だ。エルトリア時代の壁画からインスピレーションを受けて。
 後世に象徴化された。いや、そこまで考えれば悠月でなくても違和感に気付く。
 “あの”『ヴァチカン』が?
 異教を崇めていたとされる民族の偶像を、選りによって模倣する事など有り得るだろうか。
 そしてもう一つ。鮮烈なまでの閃きが頭を掠める。
 一般には考察の余地すら無い仮説だ。誰もそんな荒唐無稽を現実的には考えない。
 けれど革醒者ならばもう一つの可能性が有る。
 そう、あるいは――
(あるいは――――――古代エルトナム人が、未来を読んで描いた?)
 少なくとも。悪魔が象徴化されるまで、エルトナム先史時代から5世紀以上跨いでいる。
 そんな未来を読む事など、万華鏡でも出来はしないだろう。
 けれど。
 けれど、もしも。
 奇しくも、地上の快と同じ様な思考の陥穽に陥りながら悠月は必死に頭を巡らせる。
 想像を、想定を、そして『救世劇団』の手札を暴き見んと言わんばかりに。
 だから。
 それに気付くのがほんの少し、遅れてしまった。
「壁画か……何か手掛かりでも得られるかな」
「――――っ!? まつのっ」

 何気なく壁画に手を触れようとした拓真に、
 その恐ろしさを痛い位良く知る雷音が制止の声を上げる暇も有ればこそ。
 身動きを止めた拓真が、そのままがくんと――崩折れる。
 
●救世の詩-未来黙示録-
 世界は終わる。それは誰にも止め得ぬ決定された結末である。
 かつてそれを見た者は、来世の幸福を願い世界に孔を開けた。
 けれど、夢に夢を託す事から恐怖を拭い去る事は出来なかったのだろう。
 遥かな未来に絶望した古代の人々はその不安を、悪魔として描き出した。
 そうしてこの世界を捨てていった人々が居た。
 彼らは現在世界の底に取り残された人々よりもずっと色濃い神秘を以って、
 蜘蛛の糸の様な可能性を伝い上位の世界への脱出をこころみた。
 例えば、始原の時代に翼を持つ人が居た。彼らは大空を我が者として世界に君臨した。
 けれどある時彼らは知ってしまった。遠い未来、世界は終わる事を。
 その終わりは彼らの神秘を以ってしても何をどうしようが避け得ない事を。
 そして彼らは世界を捨てた。捨てる世界に、大地に、自らが居た痕跡を大きな鳥の絵と残して。

 世界の果てを見通す力。歴史の節目を知覚する異能。
 それをある者は黙示録と記し。
 それをある者は導きの歌と称し。
 そして、それをある者は――――神託と、呼んだ。

●3日目-世界を救う方法-
 遠く近く劈く様にざわめき震える、ただただ哀しい悲鳴が聞こえた。

「……ここ、は……」
 拓真が目を醒ますと、確か聖歌隊の隊員だったろうか。
 小柄な女が濡れたタオルを持ってきた所だった。
 昨日から現在この瞬間までの記憶が切れている事を自覚する。どうも意識を失っていたらしい。
「今、どの位だ?」
 日本語で問いかけるも、言葉の垣根は思ったよりも深い。
 聖歌隊の女性隊員は困った顔と身振り手振りで、お昼を過ぎた頃らしい事を告げる。
「そんなに眠ってたのか……!」
 ショックを受けて身を起こそうとするもまるで精神力を根こそぎ奪われた様な倦怠感が、
 全身に等しく圧し掛かる。酷い二日酔いの様に平衡感覚が上手く保てない。
「あ、起きたんだ。相変わらず無茶するなあ」
 其処にやって来た快が慌てて拓真を支えると、どこかほっとした様に聖歌隊の女性が
 身振り手振りで安静にする様に、とジェスチャーを送る。
 流石に自分の現状を鑑みれば、いきなり動ける状態でないと把握したか。
 拓真が嘆息するのに併せ、快がここはこっちで見ておくから大丈夫。と拙い英語で説明する。
「新田さん、英語喋れたんですか……」
「まあ、大学まで行けば多少はね」
 剣の道に只管傾倒していた弊害か……と眉に皺を寄せる拓真に、
 けれど本題はそこではない。背の扉が閉じたのを確認し、快が声を潜めて問いかける。
「――――それで、何を見た?」
 それは、目で見える様な物ではなかった。
 それは、耳で聞こえる様な物でもなかった。
 それは、鼻で嗅げる様な物ですらなかった。
 ただ、全身が痺れる様な痛みと共に哀しみが胸を満たした。
 嘆きの声だ。
 そうして何が脳裏を過ぎったのか、チャンネルを持たない拓真には分からなかった。
 視えなかった。いや、それが例え誰であっても同じだったろう。
 “未来が視える”チャンネルを持たない限り、意味が無い。
 それはそういう類の神秘だった。だが逆に、“未来が視える”のであれば。
「あれは、誰かが所有したりしては駄目な物……だと、思う」
 それは古来より、未来を見通す力を持つと言われて来た神秘。
 オルレアンの乙女が携えていたとされ、それ故に彼女は魔女と断じられた。
 裁かれし死者を養分に生まれるが故にまたの名を絞首台の小人。
 その声は常人を発狂させ、煎じた薬は強烈無比の幻覚剤として作用する。

 アルラウネ――その“運命干渉器”は、北欧の古き女神を語源とする。

「要するに、探るべきは“穴”って事か」
 墓地内にはよくよく注意すれば不自然に開いた穴が複数存在した。
 いちいち1つずつ掘っていたら間違いなくタイムアップが先に来る。
 だが、ここに来て杏樹が使い魔(ファミリア)にした鼠を最大限活用し地下墓所を捜索する。
 人海戦術がとても有効とは思えない以上、この行動は調査の時間短縮に劇的に作用した。
 内、3つから放った鼠が帰って来ない。念の為感覚を切っておいて正解である。
 とは言え蛇穴である可能性も勿論有る。その場合も当然鼠は帰らない。
「とは言え、3分の1まで絞れましたね」
 時間的にはまだこの日一杯余裕が有る。日が翳ろいつつ有ると言っても穴を3つ探る位は余裕だ。
 リリがほっと安堵の息を吐いたその直後、たん、と足音。
 怪訝の色を浮かべた天乃が天井より背の側に降り立つ。誰か分かっていても心臓に良く無い。
「……おかしい」
 吃驚して振り返ったリリを余所に、杏樹に向かって天乃が頭を振る。
 見回せば、周囲に何時でも数人は侍っていた聖歌隊の姿が見えない。
 いや、そればかりかアルフォンソと翔護、テオドールとロアンも居ない。
 目的がはっきりして気が急いていたとは言え、幾ら何でも異常事態だ。
 気付かない筈がない――普通であれば。
「待って下さい、何か聞こえませんか」
 ぱらぱらと、頑丈極まる造りの地下墓所の天井から砂が落ちる。
 地面が震えている。地震か。いや――違う。すん、と中空を嗅いだ天乃が2度瞬く。
「…………――――来た」
 それが発端。そして、それが長きに渡る前奏の終わり。
 制止する暇も有ればこそ、天乃が身を翻す。彼女の視界にはもう誰も映っていない。
「え、来たって、誰が」
「多分、来たのだ『救世劇団』が」
 駆け出した天乃を追い掛けようとしたリリに、壁画を調べていた悠月と雷音が合流する。
「向かっては駄目です。陽動の可能性は決して低くありません」
 調査班の役割はあくまで“地下墓所に隠された某かを見つけ出す事”だ。
 悠月の言に、杏樹が奥歯を噛む。
 戦闘の準備はして来たと言うのに、神様はいつだって理不尽だ。
 彼女が携える銃弾を放つ機会を奪ったかと思えば、平穏な時間だけはきっちり奪っていく。
 好戦的な心算は無くとも、銃撃手としての矜持位は持ち合わせている。
 仲間が戦っているだろう時に、身動きが取れない歯痒さ。
 これで万が一ハズレを引いたら、悔いても悔い切れない。
 
「っと……地震、か?」
 その頃、翔護とアルフォンソは偶々食堂の前に居た。
 テオドールが野暮用とやらで席を外したタイミングを見計らい、
 動いたアルフォンソを今日も今日とで張り付き続けた翔護が捕捉した形である。
“ボーちゃん、今日は昨日みたいにはいかないぜ!”
 と、声を掛けたは良い物の、アルフォンソも聖歌隊に教会内の警邏を手伝って欲しい。
 なる頼み事をされたらしく仕方なくそれに付き合っていたのだ。
「……いえ、地震ではないみたいですよ」
 穏やかに視える風貌に鋭さの残滓を纏わせながら、その視線は大聖堂へ向く。
 そうして突然駆け出したアルフォンソに、面食らいながらも追う翔護。
「あっれ、何か、心当たりでも有ったりする!?」
「いえ、全く。ただ概ね、異教徒は先ず聖域を侵しに来る物ですから」
「何の根拠もねーっ!?」
 あくまで道化た声を上げながらも、けれど翔護は直感する。
 彼は何かを隠しており、そしてこの地震とそれが起きるタイミング。
 いずれも想定内だっただろう事を。そうでなければ余りに出来過ぎだ。
 まさか“アルフォンソとテオドールがどちらも地下墓所に居ないタイミング”に、
 “何物かの襲撃が行われる”何てとんでもサプライズは。
(……やっべ、何か踏んだかこれ)
 そして、嫌という程思い知る。フラグと言う奴は良い物ばかりとは限らない。
 これは、本当に、つまり――必死とは、必ず死ぬ、と書くのだと。
「……動いたか」

 他方、教会外。モンテプルチャーノを見下ろせる街でも程高い石壁の上。
 漸くロアンを撒いたテオドールが眼下を眺め、静かに息を吐く。
 “主流派”と“反主流派”なぜそんな物が生まれてしまったのか。
 大きな組織には対立勢力が必要だ、自浄作用が、必要だ。
 けれど、彼らは同じ概念を共有する同一教の信徒なのだ。
 本来であれば、一線は守るべきだったろう。少なくとも互いに武力を掲げ合い、
 内部で殺し合いに発展する様な憎しみが生まれる土壌は無かったに違いない。
 しかしそうではなかった。『ヴァチカン』と言う世界はそれほど清浄ではなく。
 そして何より、神はそこまで優しくなど無かった。
 かつてオルレアンの乙女を聖女であると主張した派閥。
 そして、かつてそれを魔女であると断罪した派閥。2つの勢力の確執は深く。余りに深く。
 決して消せない傷跡として、両者の教義を根底から覆した。
 前者は敗北し、故に人々の権利と神の前に於ける平等を説き。
 後者は勝利し、故に神に殉ずる者の正義と、それを妨げる者の悪を教え導いた。
 『赤獅子』は敗北者の末裔として――世界に“平等を強いようとする”彼らを妨げる事ができない。
 それは、ヴァチカンの暗部。その最も深い場所に刻まれた一つの誓約だ。
 “聖女が世界と対する時。今度こそ、我々は彼女を殺さない”
(一体何時まで、こんなカビの生えた呪いに縛られれば良い)
 自嘲気味に呟く『赤獅子』の視界の中。教会の周辺が不自然に揺れる。
 世界が塗り潰されて行く。その空間の中では、例え名高い箱舟で有ろうとまず勝ち目は無い。
 いや、勝ち負けすら意味を無くしてしまう。『神託の女神』とは、そういう物なのだから。
「……貴女は、一体何時までこんな事を続ける心算だ」
 男は身動ぎ一つする事無く、事の顛末をただ見届ける。
 指が白く染まるほど拳を握り締めながら、奮う事無き力を持て余しながら。
 たった一人の観客として、歌劇の始まりを眺め続ける。

 そうして。
「どうだ、見つかったか」
 それらと最も近くに居た2人。
「駄目だね。見つからない。あんな成りして大した身軽さだ。獅子かと思えば猫の類だったとはね」
 悔しげに声を落とすロアンと、視線を巡らせるツァイン。
 ただの巡り会わせとして、2人は。
「何だ、地震?」
 揺れる世界。急激に失われて行く現実感。
「……いや、待て。誰か来る」
 隠れもせず、潜みもせず、ただ普通の人々の様に、坂道を歩いて上がって来た。
「はじめまして、『聖櫃』の皆様」
 決して目立たぬ、栗色の髪をした娘。その瞳には光が無く――
「私『救世劇団』脚本家――フォーチュナのオリヴィアと申します。」
 2人は、“それ”と出逢ってしまった。

●救世の詩-神託の聖女、無名の少女-
 一人の少女が居た。
 その少女は神の嘆きを聞いた。
 それさえ無ければ、彼女はどこまでもただの敬虔な娘でいられた筈だ。
 けれど、そうでは無かった。そうでは無くなってしまった。
 地の底より静かに響く悲嘆の声に耳を傾けた瞬間、あるべき日常は終わりを告げる。
 そして同時に理解した。このままでは少女の愛する世界は掻き消えてしまう事に。
 直感ではなく、予感でもなく、現実の延長線上に在る事実として。
 分かってしまった。それを何とか出来る人間が自分以外居ない事に。
 だから、彼女は動くしかなかった。
 その1世紀と少し前。同じ理由で命を散らした少女が居た事を。
 その少女の命を散らせた国で生まれた彼女が、知る由も無かった。

 盲目の娘。未来の声を聞く神託の聖女。
 彼女の記録は異常な程少なく、その生誕から生歴までが闇に包まれている。
 現在彼女が存在していた痕跡は彼女の愛した男性の華々しい戦歴と、
 その凄惨極まる絶望的な結末の中にしか残されていない。
 世界は彼女を認めなかった。
 世界は二度目の過ちを認める訳にはいかなかった。
 世界は神の声を聞ける女の存在を許容しなかった。
 世界は、それ故に当然の結末として。
 聖女を魔女と貶める事無く。魔女を聖女と回帰させる事無く。
 聖女でも魔女でも無い物として、ただの女として葬り去った
 それは魔女にすらなれなかった、一人の少女のありふれた悲劇。

 ――――全てはそれで終わる、筈だった。

●救世幻奏-胡蝶の夢-
「無理だ」
 ロアンが頭を振る。
「世界を一人の人間が救うだなんて傲慢も大概にしときなよ。
 そんな事は誰にも出来ない。神様は残酷で、神秘は理不尽で、人間は醜い。それだけだ」
 そう返すロアンに、オリヴィアと名乗った娘は微笑み、頷く。
「神様って奴が本当に居るなら、全人類救済だって出来るんじゃねえか。
 あんま熱心じゃねぇけど、不思議と居ないと思った事はないな。なんでだろ……」
 考える事は余り得てじゃないとばかりに、首を傾げながら答えるツァイン。
 そちらにもやはり、少女は少しズレた場所を見つめ、頷き返す。
「で、アンタは何がしたいんだ?」
 続く単刀直入な問い。それに応じる形で少女は空を指差す。
 夕暮れ、異国の地でも空の様相は然程変わらない。ただ、少し島国のそれより広くは有るか。
「例えば、この世界が神様の見ている夢だとしたら」
 告げられたのは突然の。脈絡も無ければ説明も無い夢物語。
「貴方達も、私達も。同じ夢を見ているのだとしたら。どうすれば世界は救われると思いますか」
 確かに中国にそんな話が有ったろうか。蝶が見る夢、夢を見る己。
 では己が蝶の夢を見ているのか。それとも、己は蝶が見る夢なのか。
「なにそれ諧謔の心算? 笑えないね」
 即応じるロアンに、控えた道化が薄く嗤う。
「……だったら、神様をもっと楽しませてやれば夢も楽しくなるんじゃないか?」
 考えてながらゆっくりと告げるツァインに、老僧がやはりにやりと口を歪める。
「ええ。私がしたい事はつまり、そう言う事です」
 そして、少女が締め括る。そう言う事、と言われても2人には良く分からない。
 けれど確か、悠月が入国前にそんな様な話をしていた。そう――
「祝福が無くてもヒーローになれる」
 道化が詠い。
「世界に拒まれても壊れず居られる」
 老僧が続ける。
「誰もが自分なりに満足して逝ける――そんな世界を実現するには“全てを騙す”他有りません」

 声は小さく、決して威圧的でも無ければ挑戦的でも無い。
 けれど、聞いているだけでその根底に流れる情念。その圧力に本能が退く。
 まるで夢物語を本気で、一分の疑い無く淡々と語るオリヴィア。
 その言葉の真実味にツァインが、ロアンが、思いがけず気圧される。
「すべてを、だます、って……意味が、分からない」
「人の命は短く、儚い。にも関わらず現実は余りに不条理で、理不尽で、残酷で、無理解です。
 生まれる前から取捨選択され、選べる道は無限であろうと現実的選択肢は酷く有限です。
 誰もが聖人では居られない様に、誰もが正義の味方ではいられない様に」
 当たり前の事。それが、この世界の真実だ。
 均一的平等ではない。平等に不平等。運分天分が厳然と存在するのがこの世界だ。
 何せ――“祝福と言う物は得たい者が得られる物ではない”のだから。
「けれど、それなら人の人生が倍有れば如何ですか?5倍有れば。10倍有れば。
 いいえ、それだけでは有りません。全ての人が、神秘と対し、神秘と戦い、
 そして神秘に打ち勝った経験を十分に積む事が出来れば。リベリスタ、フィクサード。
 そんな垣根すら不必要な物になる。天下万民は適度な絶望と痛みを知り、優しくなれる」
 熱の篭もった言葉に、けれど2人に浮かぶ困惑の色。
 そんな事が出来ればそれは凄い。が、無理だ。神器級の破界器ですらそこまで出鱈目じゃない。
 人の領域を越えている。世界そのものである神(ミラーミス)でも届くかどうか。
「……アンタは、自分が神様にでもなれる心算なのか」
「いいえ」
 華やかに微笑むその仕草は余りに邪気が無さ過ぎて。ぞっと、漸く背筋を何かが這い上がる。
 これは、違う。何かが、普通と大きくズレている。いや――『逸脱』している。
「夢を見せるのです。全ての人の脳の中に“終わらない夢”と言う“世界”を築く。
 終わらない夢で、人々は幸福を掴み、挫折し、痛みを憶え、神秘を解し、そして」
 そして、人類は救済される。
 何の努力もせず、現実的には眠っているだけの時間で、全人類の体感時間は十倍にも百倍にも。
 それこそ千倍にも引き伸ばされる。夢の中での失敗。挫折。絶望。其処からの奮起。再生。希望。
 最終的に救済される事が決まっているなら、それはその人間の在り方を幾らも引き上げるだろう。
 人生に満足を求める必要すら無くなる。眠っているだけで全てが完結する。
 所詮は夢。偽り。嘘だ。けれど人の世界が“主観で成り立つ”以上、
 自覚する事が出来なければそれは紛れも無い“現実での経験”に他ならない。

「そんなの……洗脳じゃないか」
 ロアンが漏らした声には、けれど、何所か自信が無い。
 ここで、先の問いが毒の様に響いて来る。彼とて、この世界。この現実だけが絶対に正しい。
 そんな嘘は言えないのだ。夢でも何でも、袋小路から救済されたい人間はきっと、
 “そうでない”人間より間違い無く多い。それは、否定し切れない事実だ。
 そして少数を見捨て大多数を救うのがリベリスタである以上――“救済”はその正義に則っている。
「ええ、洗脳かもしれません。救いの押し付けかもしれません。
 ですが、全人類は間違いなく救われます。実利を見ればそれが全てです。
 それとも、聖櫃の皆様?」
 そう。そしてそこが、最大の問題だ。数字は余り得意ではないツァインでも分かる。
 言葉通りであるならば、このオリヴィアと言う少女は怪物の類だ。 
 本気で世界を救いたいと願い、本気で全人類を救えると思っている。
 そしてそれを阻もうとすれば、同じ問いを投げられるに決まっている。
「皆様は――これ以外の手段で60億人を救済出来るのですか」
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 ―――――――――――
 ―――――
 答えられない。
 2人は呑まれていた。少女の姿をした幻想の獣に。
 故に、それに気付くのが大きく遅れた。
「答える必要など有りませんよ、東方の勇者殿。所詮罪人の戯言だ」
 大聖堂から屋根伝いに駆け抜け飛び降りた金髪の青年。
 その手にした白銀の剣が大上段から振り下ろされる。完全な不意討ち。完璧な奇襲。
 で、有ったにも関わらず、その剣が目に見えぬ何かに打ち払われる。
 視線を向ければ老僧の姿が無い。いや、青年――アルフォンソの眼前に立っている。
「初めまして、『救世劇団』――古き傷の継承者達」
 突然始まった戦いに、けれどツァインにせよ、ロアンにせよ、半端な修羅場は潜っていない。
 すぐさま武器を構えるや反撃に備えて大きく退く。
「……あア、老子。以前見た事が有ル。彼、『キプロスの狗』だヨ」
「なるほど。若い見た目の割りに怖気が走る太刀筋だの。じゃが道化、もう一人来る様じゃぞ」
 老僧の声が響く暇が有ればこそ。
 壁を駆けて真っ直ぐに道化の仮面の男へと迫る小柄な影一つ。
 先の『聖鉄』程人間を辞めた速度ではない物の、
 全てを“足場”とするその機動は別の意味で常人から完全に掛け離れている。
「見つけた……やっと、見つけ……た――!」
「ァー……選り二選っテ君カ、『戦鬼』ノお嬢さン」
 右手、左手、双手にナイフ。それに対する天乃の姿が五重にブレる。その内四つまでは残像だ。
「さあ……さあ、踊ろう。今日……こそ、逃がさ、ない……!」
「ハ、ハ、ハ、熱烈な歓迎道化冥利二尽きルネ。仕方無イ、少しダケ御相手シヨうカ」

 五連打の内3つを見切り、仮面の点灯が一つ切り替わる。
 更に1つの残像を片のナイフで切り払い、けれど最後の拳が突き刺さる。
 災厄の道化――『バッドダンサー』の体躯が撓む。直撃、当たりも完璧だ。
 こふ、と仮面の向こうで血が吹き出す。だが天乃は知っている。それで終わる道化師ではない。
 直ぐに一歩引く。次の瞬間中空から降ってくるナイフ。空には赤い赤い月と七本の短剣。
 自らの長身を衝立代わりに、死角から放った“不吉の七(アンラック7)”
 その、常人であれば身が竦む光景にまるで恋する乙女の様に、喜色を滲ませ天乃が血飛沫と舞う。
「この時を、待ってた。続けよう……死が、2人を、別つまで」

●戦舞-戦狂と道化-
「やあ、皆のSHOGOが助けに来たぜ!で、何が、一体どうなってんの?」
 翔護が漸くアルフォンソに追い付いた時、場は既に混沌の様相を示していた。
 老僧に奮われる白銀の刃は間一髪、或いは紙一重。超人的な身のこなしで避けられており、
 一方で顔の半分を道化の仮面で覆った青年と天乃との戦いは一進一退の体を示している。
 他方ロアンとツァインはと言えば、一体何所から湧き出したのやら。多数の屍に周囲を囲まれている。
「丁度良かった! 翔護、鏡! 鏡割れ! その辺に転がってる!」
 慌てた様にツァインが上げる声に、路上に転がっていた鏡から手がにょっきり伸びている。
 率直に言ってギャグか一発芸にしか思えないそれは、恐らく使い捨ての破界器なのだろう。
 見た感じ即席携帯冷蔵庫と言った所か。
 鏡から這い出した肌の色が死んでる屍と、愛銃パニッツュを構えたままの翔護の目が合った。
「あ、ども」
 勿論、死者が小粋に返事等返してくれる訳も無く。そのまま乱戦に巻き込まれる。
「これは、一体……」
 日が暮れているとは言え、街中に動く屍を放つとか何考えてるんだと言わんばかりに、
 快と拓真が現場に辿り着いた頃には次から次へとキリ無く湧き出す屍達と、
 聖歌隊が必死の攻防を繰り広げていた。
 最初から交戦していたツァインとロアンは呑み込まれる寸前で群から這い出し、
 翔護が割った鏡の数は実に5枚を数えている。つまり、元はこの5倍の速度で屍が沸いていたと言う事か。
「駄目だ、数が多過ぎる……!」
 全員が揃って全力戦闘を行えばどうにか掃討出来ただろう程度の大量物量。
 『救世劇団』が関わっている以上有る程度想定出来ていた事態ではある物の、
 5人で突破するのは到底不可能である。状況の悪化を見て取り、快はすぐ様一方向へ舵を切る。
「撤退だ。ここで屍相手にこちらが消耗しても、『劇団』が喜ぶだけでしかない」
 日が昇れば屍達は灰になる事が分かっている。街が壊滅する様な事にはまずならない。
 強いて言えば聖歌隊が被るダメージは計り知れないが、
 如何せん。ここで彼らが戦った所で劇的に戦況が改善する訳ではない。

「そうだ、ボーちゃんどこよ」
 今気付いた様に翔護が問うも、最初から居た2人すらが頭を振る。
 屍の生垣に阻まれ姿は見えない物の、剣戟の音が止まない事からまだ生きては居るのだろう。
“――皆、こっちはとりあえず問題の物を回収出来たのだ。そっちは?”
 状況は変遷する。幻想纏いから洩れる雷音の定時連絡。
 それは、彼らの調査が完了した事を意味する。ギリギリだ、時間的にも、状況的にも。
 もしも彼らが中途半端に戦う心算で居たならば、屍の群に呑み込まれ乱戦を余儀なくされたろう。
 けれど、彼らは幸い“教会側”の立っている。建物を抜けて街を駆け下りれば脱出は決して難くない。
「屍塗れで最悪だよ。予定通り撤退する。街の外で合流――」
「…… 天乃は?」
 ロアンが応答していたその最中、ふと。快から毀れた問。
 誰も彼もが自分事で手一杯で、だから一瞬意識から外れていた。
 視線を向ければ、聖歌隊は屍を喰い止めるだけで精一杯だ。
 その中に突っ込んでいく等、自殺行為以外の何物でも無い。
“……えっ、天乃も、そっちと一緒じゃないのか?”
 ぴたりと声が止まった雷音の代わりに、杏樹が怪訝そうな声を上げる。
 けれど、誰も答えられない。誰も、状況を説明出来ない。
「いや悪い、余り時間が無い。これから合流する」
 それだけ声にして、雷音が制止の声を上げる前に快が強引に連絡を切る。
 それは必要な決断。それは、必要なリスク。最悪のケースを、誰もが覚悟していた筈だ。
「良いのか、それで」
 拓真が、思わず漏らした言葉に。返答は無い。
「本当に、良いのか」
 繰言になる。けれど言わずにいられない。
 過去、幾度も後悔してきた拓真だからこそ。視線揺るがず問い掛ける。
 けれどこれが”チームでの仕事”である以上。他に答えなど、ある訳も無く。
「……行こう。間に合わなくなる」
 ただ踵を返し、駆け抜ける。彼らは彼らの役割を果たす為に。
 大多数の為、最小数を切り捨てる。
 幾ら手を伸ばしても、零れ落ちて行く物は、あるのだと。そんな欺瞞で自分を騙しながら。
 今はただ、彼らは彼らの――目的を果たす為に。

(……帰れそうも、無い……かな)
 周囲は屍の群、時折放たれる清浄の光も2人にまでは届かない。
 両者互いに満身創痍。そう言って良いだろう。
 道化の仮面は光を失い、片手を血で染めている。宙を舞っていた短剣はその全てが地に落ちている。
 けれど、天乃もまた。その体躯は返り血と自ら溢した鮮血で染まっていない場所を探す方が難しい。
「諦めガ速いネ『戦姫』」
 そんな時でも飄々とした声音が変わらない辺り本物だと僅か関心しながら、
 天乃はふと聞きたかった事を問いかける。
「……鎖の、お姫様は?」
「元気だヨ。今ハ、こノ世界二は居なイけどネ」
 出来れば、引き摺り出したかった。E・フォース“縛鎖姫”の存在は今後を考えた時大きな障害だ。
 なるほど、確かにフェイトが無い事に依るエリューション化の進行はボトムチャンネルであればこそ。
 上位世界に居ればその影響は限り無く薄まる事だろう。
 けれどそれは、本来エリューションが持ち得ない“成長する時間”を有していると言う事。
 想像するだに、厄介以外の何物でも無い。
「……そう。口が、軽いね。流石……道化師」
「ハ、ハ、ハ、ソレが身上ダからネ」
 互いに、動かせるのは片手のみ。ナイフと、拳。獲物を握り合う。
「……我闘う、故に我は在り……私は、今……生きてる」
 戦いこそが人生。ただそれだけを目的として。ただそれだけを、望みとして。
 それ以外の幸福を切り捨てて来た事に後悔など、無いけれど。
「本当、厄介ナ性分だネ。君のソレは」
 一体どれだけ追い続け、どれだけ研ぎ澄まし、どれだけ全てを注ぎ、ここまで来たろう。
 災厄と呼ばれた道化師。その頂きがやっと見えた。両者の差はもう後、ほんの少し。
「お互い……様」
「……違イ無い」

 交差する2つの影。そして、前奏曲は静かに終りを迎える。

●聖歌絶唱-全葬事件-
「殺してはいませんよ。そんな事をすれば、貴方方は私達を理解してはくれないでしょう」
 トスカーナから日本へ渡る手段など、決して多くは無い。
 とは言え、空港で待っていたその“凶悪なフィクサードの首領”の筈の少女は、
 まるでミイラの様に包帯で包まれ意識の戻らない天乃を手土産の様にアークの面々に差し出した。
「それは、神の眼を持つ貴方方には無用の長物。
 けれど貴方方の健闘を讃えて、今は皆様にお預けしておこうと思います」
 護衛すら付けず、空港のロビーに座る“オリヴィア”は、まるで唯の娘の様に難しげにそう告げる。
「勿論、いずれは返して頂きに参りますけれど。
 少なくとも、『ヴァチカン』に回収されるよりマシと、
 シャッフルさんの熱い推選もあって概ね満場一致で決まりまして」
 この場で、彼女を討伐してしまった方が良いのではないか。
 ふとそんな想像が誰の脳裏にも浮かばなかったと言えば嘘になる。
 けれど、状況が。瀕死の仲間を抱えてそれをすると言う決断を彼らに許さなかった。
 体の良い人質だ。だが、それで安堵した者が大半を占めたのも、また事実。
「……『私は』人の心を玩具にする劇団が『憎い』です」
 一歩進み出て、リリが告げる。
「けれど今この時、この瞬間だけは、感謝したいと思っています」
 何所か悔しげに、視線を落として続ける一皮向けた“神の娘”に、
 オリヴィアは嬉しげに見える位置で十字を切る。
「全ては、父なる主と聖霊の導きのままに。
 世界は絶望を知り先へ進む。それには、貴方達が鍵です。聖櫃の皆様」
 くるりと背を向ける。少女が纏った白いワンピースがふわりと揺れる。
「私達は今、世界の半分を掌握している。後半分。
 皆様が私達の邪魔をしないで下されば、私達も皆様を哀しませないで済む」
 けれど、続く言葉を聞けば答えを出すのは然程難しく無い。
「皆様があの島国をどうしても護りたいと仰るなら、それでも良いのです。
 でもそういう問題ではないのでしょうね。貴方方は、何所までも私達の敵」
 そう、口にしながらも。『逸脱』した少女は、色無い瞳で笑みを浮かべる。
「――貴方達に世界の半分を差し上げます。
 私達に従っては貰えませんか。と、確か彼の島国では、そう言うのでしたか」
 救世の女神の冗談の様な問いに。けれど、答えられたのは唯一人。
「貴女は何故、そうまで世界を救いたいのですか」
 ここに至るまでの道程の大半を“予測”していた真性の魔術師。風宮の銀輪の問い掛けに。
 今度こそ呆気なく。まるで当然の様に。夢見る娘はかくの如く答える。

“愛した人の最期を、決して無駄にしない為に”
「オリヴィア・エリザベス・クロムウェルは。必ず世界を救わなければいけないんです」
 
 ――――しかして全ての幕は落ち、そして全ての幕は上がる。
 銀の剣が閃くと、鮮血が舞い散った。
「……何故……何故、なのですか……」
 『聖歌隊』は突如街中に現れた大量の生ける屍の群により多大な被害を被った。
 けれどそれは多大な被害ではあれ、壊滅的とは言い難い。
 その程度の余力を残す様にして、『救世劇団』はモンテプルチャーノの街を立ち去った。
 恐らく住民は当分眠れぬ夜を過ごすだろうが、けれどあくまでそれまでだ。
 ただ現実として――書類上、『聖歌隊』はその夜“全滅している”
「何故……何故だ、何故我々が死ななければならないっ!!!」
 聖堂に、生存者が全て集められた時点でおかしいとは思っていた。
 それでも従ったのは、彼らの命令系統上逆らい得る相手では無かったからだ。
「そうですね、本当なら自然に全滅していれば手間も省けたのですが」
 聖堂には封がされている。破界器『ウリエルの聖盾』。
 その効果は移動の禁止。大天使の威光の前には逃げる事は愚か、近付く事すら許されない。
 青年は手慰みに悠々と闊歩しながら斬っては離れ、離れては斬り。
 まるで作業の様に同胞の命を摘み取って行く。
「『東方の勇者』の声望は高まり過ぎました。そろそろ転落して頂かないと此方にも不都合です。
 ええ、これが敬虔な信徒の集まりであればまた違った対応も出来たのですが」
 “反主流派”に擦り寄る様な“勇者”は不必要だ。
 少なくとも、『ヴァチカン』と言う世界の正義はそう告げている。
 そして世界の絶対少数を切り捨て多数を救うのがリベリスタである以上、
 “多数の正義”の為に――切り捨てられる対象に立ち場の違いなどある訳も無い。
「大丈夫。主は見守っておいでです。貴方方の献身をさぞお喜び下さる事でしょう。
 聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな。それでは、今生最期の祈りを捧げましょう」
「――――ッ!! アルフォンソ・ボージアッ!!!」
 掴みかかろうと手を伸ばした司祭の両腕が一息で斬り飛ばされ、次の瞬間首が落ちる。
「東方の勇者は『ヴァチカン』の同胞を見捨て敵前逃亡。
 熟練の騎士の奮戦も虚しく『聖歌隊』は全滅の憂き目に合う。
 辛うじて生き延びた騎士の証言によりこの事実が発覚――まあ、筋書きはこんな所ですか」
 政治的バランスの問題から、『救世劇団』の存在を表に出したくない“反主流派”は、
 この流れを黙認する事だろう。望む、望まざるとに関わらず。
 『ヴァチカン』に痛い腹を探られて無事な者などいないのだから。

「――――次は戦場で遊べると良いですね、翔護」
 血塗れの戦旗が聖堂に棚引く。全ては闇に葬られ“最悪のリベリスタ”が動き出す。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
参加者の皆様、お待たせ致しました。
ハードEXシナリオ『<アーク傭兵隊>全葬事件』をお届け致します。
この様な結末に到りましたが、如何でしたでしょうか。

調査は無事完了。ここまでやって頂ければ文句など有る筈もございません。
撤退へのシフトは非常に妥当でした。勿論その分風評被害も出ておりますが。
今回取得した「アルラウネ」に関しましてはまた後程説明させて頂きます。
何はともあれ砂上の楼閣を攻略しろと言う様な難度の高い依頼お疲れ様でした。
考察等も想像以上に深い所に突っ込んで居られる方がちらほら。
聖女のミスリードを読み切った辺りなど本当にお見事でした。

なお、以前の展開より随分間が空いてしまった文状況を組み立て直す為、
地の文に説明が多く含まれております。予め御了承ください。
それでは、この度は御参加ありがとうございました。
今回の流れを受けて『ヴァチカン』の対応が変化する事になります。
またの機会にお逢い致しましょう。