●First 怨嗟。悲嘆。絶望。無念。 最初は小さかったがひとたび形を得ればあとは簡単だ。 それは周囲を巻き込み、渦巻き、わだかまり、命ある全てを呪わんが如き音を漏らした。 そう、音だ。幾重にも重なりさざめく声は既に意味をなす『言語』ではない。 ただひたすらに、枯れる事無き感情をぶつけるための――生者を呪う歌だった。 ●Be the Answer 「手短に、簡潔にすませましょう。エリューション・フォース一体の撃破をお願いいたします」 集った者たちが席につき終わるのを待たずに説明は始まった。 端末のキーボードを鳴らす『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)の顔には疲労がありありと見て取れる。 だが体の心配をされる暇すら惜しいのか、口を開きかけたリベリスタを手で軽く制してから礼を一つ、和泉はまとめた連絡事項を読み上げ始めた。 「このエリューション、一言で言うなら『相当強い』です。力押しだけの作戦は推奨できかねます」 片手でメモを持ったまま、もう片方の手で何かしらの操作を済ませると、モニターには今回の討伐対象であろうものの姿が映しだされる。 う、と誰かが思わず呻く。 無理もない。暗がりに浮かび上がったそれはあまりに異質である。 『無数の人間が、一度バラバラに刻まれた後一つの体に戻ろうとした結果できた巨大な肉人形』と表現するのが一番近いだろうか。 常人ならば正視に堪えないその『何か』は、しかしリベリスタ達にとっては現実の一部だ。 和泉も何かを抑えるように数回息をつき、また端末に向かい直る。 「皆さんに向かってもらうことになる場所は、その地元では少々有名な場所です。……そうですね、『魔の交差点』という言葉を聞いたことはありますか?そのイメージの通りだと思ってください」 魔の交差点。 立地や設計、交通量にその種類等様々な要因で交通事故が多発する場所の事をよくそうした言葉で表すことがある。 巷で出回る怪談話では、そんな場所にはきまって幽霊が出現し、事故に誘う役目を担うものだが――力持つこの『現実』はそんな周りくどい真似はしないだろう。 「実際この交差点は昔から死亡事故が多かったようですから、エリューションの元となりうる強い思念は存分にあったのでしょうね」 カタ、とキーボードの音と共に画面が別の絵に切り替わる。 「その出自に関係してか、『彼ら』は武器として道路標識を使います。しかし、ただ殴るだけではありません。その標識の内容を現実にしたりするんです」 例えば『落石のおそれあり』なら実際に落石を生み出して落とし、『自動車専用』なら無人の車が突っ込んでくるといった具合だ。 「道路標識ってかなり種類ありますよね?全て使ってくるんですか?」 「ええ、どうもそのようですが……でも大丈夫、対処法がないわけではないですよ」 リベリスタ勢の中から上がった質問に、僅かながらではあるが、初めて和泉の顔が負の感情以外を表現する。 「何度も見ていて、気づいたのですけれど――『彼ら』の攻撃、見た目こそ多彩ですが、その結果はパターン化しているんです。案外衝撃波に幻影のような物をかぶせているだけにすぎないのかもしれません」 きっと目の前のリベリスタ達ならば、彼女が解析した情報を元に鮮やかな作戦を立ててくれるのだろうという、信頼の色。 「行動パターンは全部で4つ。『己の回復』、『近寄るものを見境なく吹き飛ばす攻撃』、『攻撃力の高い複数攻撃』、『動きを制限する遠距離攻撃』です。そして明らかに執着しているのが『生命』。元気そうな人から削ろうとしてくるんですね」 つまりそれらを念頭に置けば、ある程度の対策は練れるということだろう。 小さな音をたててモニターの画像が消失、和泉が資料の束を手に腰をあげる。 「このエリューションにとっては命あるもの全てが敵。危険度は極めて高いです。これ以上の力を付ける前に……どうか確実に倒してきてください」 そして資料を自らの手で配布した後、彼女は、今度は深く一礼をした。 「それではお気をつけていってらっしゃいませ。皆さんのチームワークならばきっと、勝利を得ることができるはずだと信じています」 「――『彼ら』の叫びに、どうか応えを」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:忠臣 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年08月24日(水)23:46 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●Ring-a-Ring 八月中旬、夏も本番となれば夜間の空気も湿気と熱気をはらんだまま。 日の開ける前、闇色が一番濃くなる頃――そのまとわりつくような空気を複数の懐中電灯の光が切り裂いた。 「うわー……グロい。対峙すると、やっぱり格別だねぇ」 「……分かっては、いたけど……やっぱり、凄いね……」 光線が集う先を、『神斬りゼノサイド』神楽坂・斬乃(BNE000072)と『スターチスの鉤爪』蘭・羽音(BNE001477)が口付近を覆いながら見やって言う。 件の交差点の中央、既に気配を察してか出現しているエリューション・フォース。 ブリーフィングルームにて事前に見たものと同一とはいえ、実際に目にすればさらに異質な印象を与える『もの』がそこにいた。 それは趣味の悪い人間型のオブジェのよう。 数多の首、顔、皮、本来頭に付いているはずの部品がランダムに寄り集まった頭がおおよそ人間からかけ離れた動きでぶるぶると首を振り、その下ではそれぞれ該当する部位が集められてできた四肢がトルソーが連なってできた『体』に接続されている。 あまりに不恰好な自らの体を支えることができないのか四つん這いの姿勢になったそれが身を震わせれば、どこかで湿った音が響き、閉じ込め切れなかった血肉を零した。 肌色と、赤と、若干の黄色。斑に彩られ、該当と懐中電灯の光をぬらぬらと反射する姿は、奇怪にして醜悪。 漂う臭いも鉄錆と腐臭のそれ、軽くえずくのは生理的な反応の範囲内。 『頭』に当たる部分のあちらこちらについた口が、リベリスタたちを視認してかおお、と鳴いた。 十字路中央から動くことさえないものの、明らかに向けられている敵意、怨嗟、嫉む泣き声―― 「それが歌のつもりなのかね」 夜を震わす啼泣を耳にし、『「Sir」の称号を持つ美声紳士』セッツァー・D・ハリーハウゼン(BNE002276)が、潜めた眉と声音に僅かな不快感を交える。 「人を呪い、貶め、絶望をもたらす歌など……」 「ダメ、だよね」 マントを羽織り、普段よりも目立たぬよう気をつけつつ『いつも元気な』ウェスティア・ウォルカニス(BNE000360)が頷く。 「歌は歌う人の気持ちを乗せて、聴く人の心に届けるもの」 「そして無限の力を生み出していくのだ」 マグメイガス二人が二人、示し合わせたかのように紡ぎ、歌い上げ始めるのは魔力を活性化させる魔法の言葉。 その歌を背負いながら、『ディレイポイズン』倶利伽羅 おろち(BNE000382)と『鉄腕メイド』三島・五月(BNE002662)はが早々に得物を携え走りだす。 彼らが打ち立てた作戦のためには、『それ』を一歩たりとも進ませてはならないのだ。 相手に何も思わないわけではない。 このエリューションの大元とも言えるかもしれない数多くの死に関して、その対象に責任があるかと言われればきっと、ない方が多いはずだ。 生きていたかったろう、無念だろう、 「『でももう知ったことではありません』」 「ま、そういうことなのよ」 拳を護る手甲を朱々と燃やし、抉るように放たれた五月の拳がエリューションの肉を焼き、血を蒸発させ、痛みでのけぞれば頭上に跳躍したおろちが爆弾を植えつけ炸裂させる。 双方、鳴る音は悲鳴と合わされば鼓膜をつんざくようで、 「さぁ、お祓いの時間です」 けれど彼らの表情は変わらない。 最早相手は条理に反した存在であり、 「こんなところに……ずっといてもらっちゃ、困るの……」 「死人はあるべき場所に還してやらないとね……っ!」 強化を終えた斬乃と羽音の大ぶりの刃が交錯する。 流れるような攻撃の合間をぬい、飛来するのは『Trompe-l'œil』歪 ぐるぐ(BNE000001)の矢。 「グロテスクも対応ぐるぐさん!」 指先でくるくると相手を蝕む特殊な鏃を回し、つがえて狙い撃つ。 「あっくりょーたいさん!」 そして彼女の声と矢に、同じように強化をすませた『鋼鉄の砦』ゲルト・フォン・ハルトマン(BNE001883)の哮りが続く。 「さぁ、かかってこい! 俺は壮健だぞ!」 猛攻に反応しまさに臨戦態勢に入っていた肉塊は――僅かに間を挟みながらも、彼の声に反応して標識を突き立てた。 ――『一方通行』。 目に見えない、『圧』がゲルトを潰そうとする。 だが既に身を固め、衝撃に備えていた彼に与えられる損害は余り多くはない。 いけるかもしれない、と確信めいた感覚が廻る。 「ハイハーイ、こっちは通行止めでーっす」 「進ませないから……ね」 得物を突き立てながら、前衛達がエリューションをぐるりと取り囲む。 その一手は最も破壊力があるとされる攻撃を抑え、相手の行動範囲を制限する為のものだ。 『彼ら』が生命を狙うというのなら、その上で一人が囮になれば行動は更に限定的になるという、考察。 「仲間の盾になることが俺の本懐だ。簡単に折れると思うな!」 『その彼を本当の意味で護るために』――自らその役をかって出、その役目をこなそうと声を張り上げ続けるゲルトに、攻撃が集中するのを誰もが祈った。 ●Now We Dance ――『通行止め』。見えない空気の塊が打ちのめし、 ――『落石のおそれあり』。頭上から大きな石がいくつも落下、 ――『最大速度0』。下から突き上げるような衝撃が襲い、転がす。 無から表れる標識が地に打ち立てられる度、誰かの痛みが咲いて、溢れる。 『事実』。 リベリスタ達が実行した作戦自体は実に効果的だったのだろう。 歌を奏で続ける二人の回復は強力だ。ゲルトが傷を負う度に、高低混じり合う音色がそれを癒した。 『けれど』。 本当にゲルトに攻撃を集中させるのであれば、彼一人を回復し続けるだけで良かったのかもしれない。 それに耐えうるだけの防御力と体力と可能性を、彼は備えていた。 「……ッ!」 「重い……」 それでも看板で薙ぎ払われ、『囲んでいるが故に』避けきれなかったものが皆赤をちらして吹き飛ばされるのを見た歌い手達は、二重奏の効果を広げる。 ある程度のリスクの回避と引き換えにするように、それは肉塊のターゲット選択をぶれさせ、結果場に少なからず混乱が生じさせる事となった。 怒りを誘う作戦も労力と結果が思うように吊り合うことは無く――一進一退の攻防戦が続く。 停滞を招いたのはそれだけではなかった。 削れど削れど終わりが見えぬ相手に漸く明らかな苦痛が混じり始めたころ、 「攻撃!? いや……」 四つん這いの異形が更に低く身を落とし、それに合わせるように空気が振動した。 地面から風が起こるという自然では本来ありえない現象は、通りすぎ、『彼ら』の元へ集う何かの物理的干渉。 「回復か……!」 リベリスタ達の目の前、『それ』が蠢く。 口々が呻き、血が、肉が、骨が、内側からふくれあがって体の欠けた部分を埋めていく。 『それ』として完成した時と違い、ただの補充でしかないその部分には秩序はない。 ぼこぼこと不恰好に、より一層醜穢に、人体の欠片がはまり込むのみである。 とはいえ、アウトプットがどう目に映ろうと回復は回復。見た目とは裏腹になんの問題もなく元の動きを取り戻すその様は事態の長期化を予想させた。 だがリベリスタたちにはそれに対する対抗策は、ない。 「せめて攻撃対象がわかれば……」 射撃の手を一旦休めてぐるぐは精神を集中させた。 先程からの相手の反応を見る限り然程知性は感じられないが、それでも―― (ん?) ふと、確かにそこに渦巻くものを感じてぐるぐは目を凝らす。 幸か、不幸か。 そうして『覗いて――ああああなんでどうして助けてああ私がアイツが死ねばよかったのにあい痛いああああ痛い痛いママイタイ痛いどうして逃げるの血がどうしてよそ見をしい痛いお父さ痛たのまだ俺はやるこ悔しい悲しとがあるんい苦しいあああ痛い痛い痛いイタイ痛い死にたくない生きたい生きたい生きていたかったなんでああ生きている死ね殺す潰す砕く割る割く斬る抉る壊す叩く破るるるるるるる――みた』ぐるぐの意識内に一瞬で叩き込まれたのは『彼ら』を繋ぎ止める感情の濁流。 そこに『死ね』以外の明確な共通意思はなかった。 ひゅ、と喉を鳴らすは反射か恐怖か、瞬時に接続を切るも、探りを入れられた事に気づいて『彼ら』の『腰』が浮く。 その瞬間に、己への敵対行動をしていなかった対象を探す、目、目、目。 それぞれ不規律に高速な動きを繰り返していた無数の瞳が、一斉にぐるぐの上で止まった。 不幸、だったろうか。 『後衛から攻撃を加えるのみだったぐるぐの体力は、微塵も減らずに残っていた』。 無数の口が、ぞろりと開く。 「お」 「ま」 「え」 それぞれがばらばらなノイズを発しているのに、三文字だけが『合唱』となって表れ、そして。 「!」 ――『二輪自動車通行止め』。 頭上に召喚されたオートバイの幻影がぐるぐの小柄な身に直撃以上の直撃をした。 たとえそのオートバイ自体が現実ではなかろうと一撃は一撃、受けた小さな体が地面に叩きつけられ、鈍く嫌な音が鳴り響き、鮮血―― 「ぐるぐ!」 上がる叫び声は誰のものか、果たして彼女に届いたのか。 (回復が切れれば私達も無事ではすみませんね) それを確認する事はせず、できず、背を向けたままに五月は宙に身を投げる。 (なんとかして押し切らなければ) 高速で身を捻って空気の刃をまとった足先をふるい、それがトルソー数個を一度にぶつ切りにし血を噴かすのをかわりに見た。 ●Answer お互いが一定の回復技を持ち、行動制限を持ち、破壊力を持ち、決定打にはとどかず。 既に戦いは消耗戦になっていた。 それでも、リベリスタ達の頭に撤退の可能性はない。 何小節目になるのだかもう誰も判らない歌が二重に満ちる。 どちらの声も、時折途切れながらも枯れることはない。 「……そんなんじゃ、死なないよ」 標識で吹き飛ばされた羽音が、最早どちらのものかもはっきりしない血を刃から払い飛ばして薄く笑む隣、 「あんたたちには眠りを与えてやるっ」 チェーンソーを掲げ指す斬乃。 『彼ら』が望み、求めてやまず、取り返せない『生命』が、そこにあった。 「その歌には――」 そしていつのまにか死角に入り込んだおろちが携えるのは、彼女が放ちうる爆弾の最後の一つ。 回復の合間にウェスティアが回した毒撃と、セッツァーが魔力の弾で穿った傷が重なる一点にその手を突っ込み、 「――『今は応えられないわね』」 そしてそれこそが、彼らの『応え』。 自らが行った爆撃の余波を受け血を新たに滴らせながらも、しっかりとした足取りで、おろちが肉塊に向き直る。 それと同時、彼女が広げた傷付近から、まるでひびが広がる時のように人体の破片がばらりとおちた。 否――まるで、ではなかった。 最初の数個から間をおいて、今や『身体』の至る所から、繋ぎ止める事ができなくなったパーツが落下していく。 崩壊を、起こしていた。 己の敗北を悟ってか、『それ』はいよいよ狂気じみた慟哭をあげて蠢き、悶え、身を捩って前に進もうとする。 その先には決定打を打ち立てた、おろちがいる。 せめて彼女はとでも思ったのだろうか、今一度腕はふるわれる。 しかし、 「そのうち地獄の底で、一緒にウタイマショ?」 うらめしやーってね。 囁いておろちが目を細めるとほぼ同時、その鼻先で、伸ばされた腕の集合体がひたりと止まる。 あと少し、指を伸ばせば届く距離で、しかしそれ以上伸ばせない。 異形の塊は、後方、足に当たる部分から、まるで風に砂が煽られるように分解され消えていっていた。 元であった思念に戻るのだ。 そして、思念は、もう何も産むことはない。 最後に、伸ばされたままの腕の一つが暫し宙に浮いたまま残るも――それもまた何にも触れず、届かず、握り返されることもなく、さらりと、風に撫でられて消える。 おやすみ、と呟く声がした。 ●――And an End 全てが終わり、負傷者の対応を終え、場には静かな思いが満ちる。 (どうか安らかに……) ここで生命を落とした数多の為に、リベリスタたちは祈った。 胸元で手を結び、あるいは目を閉じて、歌を通じて。 道路脇に添えられた花束も、一つではない。 その中で一人、五月は交差点の状況を確認する。 ここで死亡事故が多発しているなら、それなりの理由があるはずだ。彼なりに理由を考察し、アークに報告してみるつもりだった。 実際に対応が成されるかどうかは判らないが、何をしないままに轍を踏む事もない。 ――踏むことがないようにと、五月は願って背を向ける。 そうして彼の後に続き一人また一人と暗闇に紛れ現場を後にすれば、 「貴方達が父なる主の下に導かれる事を祈る」 祈りの時を結ぶ一言を残して最後のリベリスタが踵を返した。 彼の視線の先、凹凸の激しい空との境界線に、光。 夜が明ける。 少なくともこの世界では、死の前には全てが平等だ。 命を持った以上誰しもいつかはどこかで追いつかれるもの。 この勝利は一時のものだったかもしれない。 それでも今、ここでは、生者が勝ったのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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