●京都の和菓子の話、なぜか。 夏は褪せた。 陽が朱金の色に染まり、終日啼いていた蜩もいつのまにかいなくなった。 秋の訪れを実感する。 とはいっても、まだ汗ばむ日もあったり、葉叢の作る影に光りがしたたりおちていたり。 夏と秋のちょうど間のような、揺れ惑いの季節である。 まして京都のような盆地では、ほんの些細なきっかけで気候が一変する。 いかに自分の躰が脆弱で、心象が環境に振り回されるか、骨身にしみて実感する。 歳時記に天体の運動だけではなく、風物を盛り込んだ先人の知恵には驚かされる。 シャツに滲む汗を感じたある夕暮れ、仕込みを終えた菓子職人のYは、ふと思うところがあって、ブリキ缶片手に湧水地まで出かけた。 夏の水菓子を作るのには、水は命だ。地下に琵琶湖ほどもある湖を蔵していると言われている京都は、あちこちに水の湧き出る場所がある。 「おお……」 岩を割ってあふれ出てくる水脈、その光沢と質感をみて、Yは思わず嘆息を上げた。 夏の初め、梅雨が濾されて溢れた水……それが一年のうちもっともきれいで、もっとも味のよい水なのだが、月を照らしている泉は、それに勝るとも劣らない、抜きんでた水であった。 Yはそれを掬い上げる。指の間から滴りおちる感触が、彼に霊感を与える。 ――「あれ」が作れるかもしれない。 菓子職人Yのチャレンジ魂が燃えた。 ●アーク総本部・ブリーフィングルーム 「京都へ行ってほしいんです」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)の言葉に、リベリスタ達は身を引き締める。先日、キースの再来とともに、日本中に魔神が再臨したとの報があった。 すでに京都にも、一風変わっていながら油断の出来ない凶悪な魔神が登場している。 この上さらに、新たな魔神が来襲したのか。 それとも、どさくさまぎれに漁夫の利を狙うフィクサードが現れたのか。 「いえ、ちょっとしたE・エレメントです。革醒を果たした『夏』です。 夏も終わりですから」 京都琵琶湖疏水近辺に、夕方くらいに出没。水をきれいにする能力を持っているらしい。 「まあ人畜無害なんですけど、扱っているモノがモノですし、フェーズが進むと何が起こるかわかりませんから。かるーくお願いします」 そう言って和泉は、メモのようなものを取り出す。 「えーと、まず七ツ橋は定番ですね。チョコレート味、いちご味……。それから仏舎利餅、これがおいしいんですって。甘さも程よくって、すごく丁寧に作ってあって。あとそれからですね……」 けげんそうな顔のリベリスタに、和泉が笑う。 「夏も終わりじゃないですか。せっかくだから、京都の和菓子をお願いしようと思って。 ハードな戦いばかりじゃ、みんな疲れちゃいますからね。福利厚生みたいなのも楽しいけど、ちょっと甘いものがあると、うれしいですよね。気遣い大切ですよ。 通販もいいですけど、京都の人ってあれっていうし。やっぱり顔を見て買った方がいいと思うんです。あとは、みなさんのセンスにお任せします。 甘いもの、買ってきてくださいね!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:遠近法 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年10月01日(水)22:10 |
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■メイン参加者 4人■ | |||||
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● ――気配を感じて、少女は顔を上げた。 「こんにちは。自分が誰だかわかる?」 少女は頷く。自分が何者なのかも、目の前の四人が何者なのかも。 そして自分の行く末も。 自分が『夏』であることも、ここにいるだけで、生態系に干渉してしまうことも。 「君が何も悪い事してないのは分かってる。でも、このままだと……いずれ世界が危ないんだ」 『愛情のフェアリー・ローズ』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)の言葉に、変異体の『夏』は神妙な顔をする。 「……でも、その前に自分のした結果くらいは知りたいよね」 『夏』は首をかしげる。 「今年の水は、格別綺麗らしいですよ」 雪白 桐(BNE000185)と、すでに両手に荷物を満載させた『興味本位系アウトドア派フェリエ』リンディル・ルイネール(BNE004531)が『夏』ににっこり笑いかける。 「嬢ちゃんは話し合いでわかってくれそうだが、それだけでは味気ないな」『侠気の盾』祭 義弘(BNE000763)が白い歯を見せた。「思い出を作ってほしいと思うぞ」 きょとんとしている『夏』に、アンジェリカはかがみこんで、飛び切りの笑顔を作ってみせた。 「水菓子を食べ歩きに行くんだけど、一緒にどうかな? 消えるにしても、水菓子食べ歩きの後でも遅くないんじゃないかな。きっと使ってる水は、君のおいしくしてくれた水だから」 エリューションを破壊し、秩序を守るのがリベリスタの使命。 なれど。義弘の言をかりれば、それでは「味気ない」。 京都めぐりを一緒に楽しんで、せめて思い出を作ってほしい。それが共通した結論だった。 アンジェリカの言葉を、何度も『夏』は反芻する。 信じられない。彼女たちの申し出が。 信じられない。自分のしたことを、そんなふうに受け取ってくれる人がいるとは。 『夏』は、こくりと頷く。 決まり! と一同は笑う。「一緒に行こう『水夏(みずな)』ちゃん」 『夏』のエリューション・エレメントでは、あんまりにも言いにくい。アンジェリカが考えておいた名前がそれだった。 「まあ、ちょっとした小旅行といくか」義弘が笑う。面子をみて、なんだか俺は保護者みたいだな、と笑いながら。 和やかな談笑の輪にいて、桐は『夏』の出現理由を考えていた。 夏はさまざまなイベントのある季節。 夏祭り。花火大会。帰省。 あまり思い出したくないけど、アークにもイベントがあった。 桐は過去と思しき世界に飛び、リンディルも所属する『雪白華撃団・華組』の友と剣を振るった。 アンジェリカ、義弘ともに、強大な魔神と組み合い、戦果と傷を得た。 そうした中でも、楽しいイベントもあった。 終わった後の去りがたさ、寂寥感。 「時間は止まらず、季節はうつろい、美しい時は永遠に続かない」 多くの戦場を、リベリスタとしてかけてきた彼は、つかの間の平和の大切さを知っている。 「……そうした気持ちが、彼女を顕現させてしまったのですね」 (彼女が居続けると、次の『秋』さん『冬』さんが出にくくなってしまいますから) せめて自分たちと遊んで、心置きなくお別れしたい。 奇妙な道中だった。 狩るものと狩られるものの連帯。あたたかな交流。 「じゃ、まず定番の七ツ橋から!」アンジェリカが元気よく声をかける。「ボクは定番のチョコ味! これしかない!」 自分の趣味を前面に押し出す彼女。周りが笑う。水夏も顔をほころばせる。 「あ、もちろん七ツ橋も食べるんですけどね」リンディルが提案する。 どうしても彼女が行ってみたいところがあるらしい。 まあ、時間はまだまだある。 「ぶらり京都甘味処ツアーとしゃれ込むことにしようか」義弘の言に、異を唱える者はいない。 褪せた色の目立つ、ある夏の日。 峻烈な夏と、豪奢な秋とに囲まれた、インタールードのような季節。 4人のリベリスタプラス1は、古都東山の小路に消えていく。 ●某有名和菓子店 そして一同は、なぜか上京区の和菓子屋にいた。 ちょこん。 北に西陣織センター、南に晴明神社と一条戻橋、西に向かえば北野天満宮と、観光の拠点としても最良のポイントだ。 ええとでも、ごめん、ここ上京区なの! しかしまあ、皆さんにおいしいお菓子を紹介したいというリンディルさんの心意気を感じ、東山から出ることにした。 その気になれば自転車で爆走して10分で東山である。 「七ツ橋とかも好きですが、これがなんていうか『京都』っぽい感じがするんです!」ハイテンションのリンディル。「いやもう京都行くたびにコレ食べてますし!」 きらりと夕焼色に輝く求肥。 ユズ餅である(仮名)。 だいたい京都はなんでもうまい。 水がおいしいので、何をつくってもうまい。 駅そばからしておいしい。これは卑怯である。 というわけで京都には、古くから和菓子、上生菓子の伝統があった。 さかのぼれば平安にまで。歴史の教科書では『町衆』などという無味乾燥な記述しかない京の人々が、「和菓子」というフィルターを通してみると、俄かに精彩を帯びてくるのだ。 ユズ餅に使われている和三盆糖という砂糖は、超高級品である。糖度が強いし、コクもある。だが、ふつうのお菓子に使うことはできない。強すぎるのである。 この砂糖に柚子を合わせた、和菓子職人の工夫は驚くべきだろう。 そのくせ濃厚すぎることもなく、上品な味わいである。 『京都っぽい』と言うリンディルは、けだし慧眼というべきだろう。 豪奢さ、高級さ。そしてそれを押し隠す慎ましさ。すべて京都の美点。 ユズ餅はそれを体現している。 「どうぞ」店員さんが、そっとお茶を出す。これも本物の抹茶。 京都人は、プライドにかけてこういうところで手を抜かない。 アンジェリカは和菓子の色彩に目を奪われる。味もさることながら、色合いが落ち着いていて、美しい。目で見て、嗅いで、味わう。愛情あふれる菓子への接し方。『かしけん』の彼女ならでは、である。 義弘は一見無造作に、そのじつ繊細に気遣いをして菓子を口に運んでいく。魁夷な体格と、一歩も引かぬ重戦車のような戦いぶりから勘違いされがちだが、彼は世話好きで、繊細な男だ。 そもそも甘党の男が、繊細でないはずがあるものか。 「どう、おいしい? 水夏さん」リンディルの熱い講釈を聞きながら、桐は水夏を気遣う。思っても見なかった成り行きに、どぎまぎしていた様子の彼女だったが、リベリスタの気遣いと、美味しいお菓子に心がほぐれてきたようだ。 ユズ餅、そのほかのお菓子を堪能し、一同は東へ。食べ歩きである。 ●出町柳商店街 錦市場よりはちょっと地味だが、人情に溢れている出町柳商店街は、食べ歩きには絶好のロケーションだ。京都の名品を、手軽にいただける。 店先で切ってもらっフルーツを、ベンチで腰かけて5人は食する。 肉屋の揚げたてコロッケと、ところてんというよくわからない組み合わせ。 「どうぞ!」 ポットから抹茶を注ぐリンディル。 早朝から元気いっぱいに、西京区、宇治まで走破した彼女は、リプレイ外のものもちゃんと入手していた。 ほら、と一同に見せるのは、硝子の中に泳ぐ金魚。これで和菓子である。 「食べるのがもったいないぐらいですよね!」かわいいでしょ、と頬ずりしそうなリンディル。決して子供だましでない、色つやともに息吹さえ感じられそうなリアルさ、それでいて適度なデフォルメ加減。菓匠の執念とセンスが凝縮されている。 「涼しげでいい感じですよ」といって差し出したのは、淡い色合いの葛の菓子。菓匠会ではその名にちなんで「古池や 蛙飛び込む」の短冊が添えて出されるらしい。 あとからあとから出されるリンディルのチョイスした和菓子に、水夏もアンジェリカも言葉を失う。彼女の言葉にみなぎるのは、菓子への愛と、それを生み出す職人への崇敬だ。 「あとこれ、ぎりぎりセーフです」取り出すのは夏蜜柑を寒天で固めた和菓子。今年の異常気象にも負けず、職人の心意気で満足いくものが仕上げられた。 技術的にもきわめて高度。もともとは終戦後、甘い物のない京都の人々に少しでも甘みを味わってもらおうとして、研究に研究を重ねて作り出された。 甘味処の従業員として、義弘も職人の情熱には感心している。形は違えどこれも『侠気』。もともと禁中公家のため、茶道の付け合せのため作られた京の和菓子。 それを振る舞う店は一見敷居が高そうに見えるが、実は「偉い人だけではなく、みんなに和菓子を食べてもらいたい」という京都人の心情の表れなのだ。 出町柳でお目当てのチョコ七ツ橋をゲットしたアンジェリカは、それらの菓子に見入りながら、七ツ橋をはむはむと食べる。イタリア出身の彼女、『かしけん』でも和菓子の話題は尽きない。その傍らで、水夏が抹茶を啜って言った。 「桐のお兄ちゃんは、どこへ行ったんですか?」 出町柳から鴨川デルタに出て、百万遍を通る。『レブン書房』と書かれた看板を見ながら今出川通りを東へ。なにやらごそごそした袋を抱えた桐と合流し、リベリスタたちは晩夏の京都をゆく。葉陰が濃く、風も濃く香り始めた。 彼らの目指す和菓子屋が見えた。 ●架空です 簾の窓の下に、清流が流れる。 旧華族の家屋を作り変えて作ったと言われる和菓子屋の店内は広壮としている。 いわゆる『鰻の寝床』とは違う、落ち着く空間だ。丹念に清められた畳に、光沢を失わない柱。モダン、レトロ。 琵琶湖疏水の水道橋や、京都市立図書館の建築などに顕著な「京阪神モダニズム」。この店内は、その気配を強く感じさせる。 義弘には、鮮やかな山吹色のかき氷が置かれる。 夏季限定の「甘夏ミルク氷」。甘夏の実も盛られている。 顔をほころばせて、匙を口元に運ぶ義弘。それをじっと見守る水夏。 「ほっとけ。甘い物好きが似合わないのは、自分でも理解しているんだ」義弘のすねたような冗談に、一同が笑う。 どら焼きを『隙の多い和菓子』と評した作家がいた。 たしかに、包んでいるわけでもない、ただ乗せただけの『皮』。 バフバフ空気の穴が開いている。 庶民的でよいのだが、一流ともいえない。 しかし、その欠点が補えると、何が起こるのだろう? 薄手の生地に餅を流し込み、餡の小倉を調節する。 是非、温めて食べてほしい。 弱点を抑え、長所を伸ばした、究極のどら焼き。 『餅どら』ウマーイ! のである。 洋菓子のしっとり感も楽しめる。アンジェリカさんにおすすめ。 義弘はこれと、リキュールのゼリーを土産に決める。 「おいしいですか?」桐の一言一言に、無心でうなずく水夏。 楽しい時間も、もう少しで終わりだ。 ともすればしんみりしがちな場を、リンディルは京都話で引き立てる。朝の早い時間、嵯峨野でトロッコ列車にのった。まだ紅葉には早いが、色の濃い緑はやはり風情を感じさせる。観光シーズンは外れたが、外れたことを愉しめる蓄積がリンディルにはある。 「じゃあ、禁断のノニゼリーに挑戦しようかな」アンジェリカが神妙な顔をする。かしけんとしては研究の意味もあるし。 ことり、と置かれる黒色の物体。見た目は水羊羹と変わらない。 「ではひと口」ためらう水夏をのぞき、一同はノニゼリーを口に運ぶ。 座に沈黙が流れた。 もちろん、菓子職人の心構えを知る四人は、吐き出すような無粋なまねはしない。 しかし、沈黙が重い。 健康食品として抜群の『ノニ』が、いまいちポピュラーとなれないのは、その強烈な青臭さゆえだ。 たしかにまあ、これを食べるのならば、健康にしてもらわなきゃ割にあわない。 「えーとまあ、何ていうのかな、すごい味だね」イタリア出身にも関わらず、日本流の曖昧な言葉を駆使し、アンジェリカが感想を言う。 義弘ももくもくと口に運ぶ。もちろん侠気の男は、ノニゼリーくらいどうということはない。 この生臭さ、リキッドさこそが、ノニゼリーのノニゼリーたるゆえん。誰だ、しれっと横に食べかけを置いたのは。 「ほら、水夏ちゃんもチャレンジだよ」無理しなくていいけど。アンジェリカが水夏に言う。 水夏はじっとノニゼリーを見詰める。 僅かな沈黙。 そのまま一気にほおばる。 「水夏さん?!」リンディルが目を丸くする。 いきなりおもちゃのように立ち上がると、店内をウロウロし、水夏は桐の太ももにばたりと倒れた。 義弘は水夏の様子を確かめる。ちょっと味にびっくりしただけで、異常はない。 心配そうに見守る一同に、水夏はうわごとのように言う。 「みなさんと同じものが、食べたくて……」 びっくりした! 笑いを弾けさせる。 そして遂に、伝説の菓子が登場した。 水晶のように淡く濁った、水オンリーの菓子。水まんじゅう。 あまり京都でも見ることのできない、きわめてレアな、繊細極まる水菓子だ。 なぜか湧出した、純度・硬度ともに申し分ない水が、この菓子の登場を可能にした。 幽玄の美、枯山水。 ある人はそこに、あまたの哲学者を生んだ京都の美学の精髄を見た。 違い棚。丸窓。欄間の陰り。そこに孕まれた闇こそが、京都の美である。 まあ、隣のコーヒーショップより小さい銀閣寺は、ちょっとがっかりだけど。 閑話休題。 虚無、闇に京都人は無限を見出し、美の精髄を見出してきた。 水まんじゅうも、その「京都の美」の系譜にあるものだ。 一同からため息が漏れる。 見た目が『水母っぽい』と思ったアンジェリカが、水まんじゅうの食感を堪能する。洋菓子にはない、あえかな甘みが広がっていく。 「どんな味か想像もつかないな」と言っていた義弘も、手際よく黒蜜と黄粉をまぶしながら、口に運んでいく。 断面が光を受け、虹の色に輝く。 「水がきれいだったから、できが何時もよりも格段にいいらしいですよ」ショックから立ち直った水夏に、桐が笑いかける。「水夏さんのおかげですね」 しばしもくもくと、一同は水まんじゅうをほおばる。 応仁の乱の後、京都は荒れ果てた。 時のやんごとなき方は住まいを追われ、鄙びた家に逼塞していた。 それを聞き「我らの天子様に、せめて心のなぐさめを」と思い、和菓子職人が毎朝差し入れた菓子がある。 吉野葛を水で溶いて固めただけの、簡素なちまき。 京都で『水まんじゅう』をいただくのは、夢幻の美などという大仰なものではない。 人と人とのふれあい、他人に何かしたいという優しさ。 京都に『天使突抜』という異様な町名がある。 かの太閤が、権勢を誇るべく聚楽第を立てたとき、そこへ行く道が「天子さんのところを突きぬけていく」というのに、京都の人々は抵抗した。表立っての抵抗ではない。ただ、町名に、権力者への怒りと、愛する者への念を遺した。 聚楽第は跡形もないが、町名は残っている。 比叡の山並みの彼方に、夕日が落ちかかっていた。 甘味処から出た一同は、俯きがちだ。 そろそろ、別れの刻限が近づいている。 桐は、袋一杯の花火を差し出した。 「花火をしませんか?」 ●琵琶湖疏水 煙の匂いが、辺りに立ち籠める。 夏の終わりの線香花火は、ただよい始めた冷気とも相まって、ささやかだけど鮮烈で、ひどく心にしみる。 大花火大会のような、華やかさはないけれど。 パチパチ散る宵花火は、一同の顔を照らしだした。 ささやかな打ち上げ花火が夜空に尾を引いて、琵琶湖疏水の水面に光を映じた。 「……ああ、こんな依頼もありだな」輝く北極星を眺めて、義弘が呟く。 リンディルも嬉しそうに頷く。 アンジェリカもじっと火花に見入っている。 「お彼岸も過ぎましたが、お彼岸もまた感謝の気持ちを表すものですよね」桐がぽつりという。 水夏は、顔を上げる。 「今の私たちの前には、生んでくれた両親、その祖先たちがいて、その系譜が続いているわけです」 桐はしっかりと水夏を見る。慎重に選んだ言葉で、水夏に語りかける。 「夏さんとも、ここで終わるわけじゃなく、来年もまたあえます。だから……」 秋さんに場を、渡してもらえませんか? 最後の苦しい言葉を言わせる前に、水夏が頷いた。 「わかってたから。でも、皆さんが本当に良くしてくれて、それで……うれしくて」 彼女の頬を伝う涙は、きっと一番きれいな。 「お菓子がおいしかったのは、きっと君のお蔭」そう言うアンジェリカの瞳も濡れて。「君が消えても、今日一緒に過ごしたこと、忘れないよ」 ゆっくり光が渦を巻き、水夏の姿がフェードアウトしていく。 一同はそれを見送る。 ――エリューションが消滅したのち、再び現れるという話は聞いたことがない。 笑顔が光に包まれていく。 それでも京都は、送り火をして、祭りをたのしみ、先祖を敬ってきた。 そうした土地でなら、あるいは奇跡もあるだろう。 生きている生命、死んだ生命が再びめぐり合い、和やかに交歓できる、そんな奇跡が。 リンディル嬢なら、答えてくれるだろうか? 一際高い光柱が、水路を照らし出して、空へと跳ねた。 ●翌朝 ホテルからチェックアウトした一同は、ぐっと背伸びをした。 昨晩の出来事が夢のようだった。 お土産と、思い出を胸に、一同は三高平へもどる。 「まあ、これも一つの夏の思い出ってやつだろう」義弘が言う。夏の終わり、秋の足音を感じながら。 風がひときわ冷たく街路を吹き渡る。錦秋に彩られる、華やかな京都の秋はすぐそこだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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