● 夜半。電灯を消した室内は、ぼんやりとした薄暗さを私達に与え続けている。 幾許ほど、こうしていただろうか。 闇に慣れた視界には、眠る彼の顔。 無為に其れを眺め続けた時間は、けれど私にとっては掛け替えのないものだった。 ……ごめんね、等と言い訳をして。 気付かれぬよう外へ出る。冷え始めた夜風は少しずつ体温を削いでいき、目的地に着くまでには凍えてしまっているだろうと、他人事のように考えた。 「――――――」 着の身着のまま、持つ物は何もなく、身勝手な恋の終わりを迎える。 異世界に堕ちて幾星霜、右も左も解らなかったこの身に手を差し伸べてくれた彼に、何も返せぬ侭帰ってしまう自分が、唯、悲しい。 (――それでも、ね) それでも、世界は守るからと。 誰とも無い言い訳を胸に残して、私は幽鬼のように、人気のない夜の街を歩いていった。 ● 「セプテンバー・バレンタイン……と言うには、些か事情が違いますかね」 苦笑と共に津雲・日明(BNE000261)が言って、その場にいるリベリスタ達に説明を行う。 連日の緊急事態に於ける召集で幾らか疲弊していた彼等にしても、さりとてこうした依頼を見逃す事も出来ないのが辛いところだ。言外に彼等を慮る日明に対して、リベリスタは気にする風も無く質問を始める。 「内容は?」 「とあるアザーバイドの送還、ですね」 息を吐いた彼は、そう言って力なく笑う。 「対象はおよそ数ヶ月前、此の世界に落とされてきました。 その後フェイトを有し、此の世界への迎合の意志も見せていた彼女ですが――一つだけ、問題が起きまして」 「具体的には?」 「『彼女』が元来有する能力、です」 溜息一つ、次いだ少年は手元の資料に書かれた内容を淡々と読んでいく。 「生命の収奪と付与。それがフェイトの枷を外した、彼女本来の能力です。 最も、色々と制限や代償も在るらしいので、彼女はそれを使う気など毛頭無いらしいのですが……」 何時の世も、生きることに貪欲な者はいる、と言うことだろう。 曖昧に言葉を濁す日明からそれを察するリベリスタは、苦い顔で首を振った。 「彼女自身、自分が狙われる分には兎も角、周囲にまで被害が及ぶ可能性を鑑みて、此の世界からの撤退を決めたようです。 折良く、元の世界にも繋がるゲートが開こうとしている現在、皆さんは、道中の彼女の護衛をお願いします」 ディメンション・ホールが開く場所は、彼女が住む街の郊外、路地の一つであるという。 今現在、徒歩で其方へ向かう彼女の前には、この機を逃すまいとフィクサードによる襲撃が予想される。それらから彼女を守ることが、此度のリベリスタの任務というわけだ。 「……三高平へ来ることも勧めたんですがね」 説明の終わりに、訥、と日明が呟いた。 「笑いながら、言われました。『アイツは、この街を離れたがらないだろうから』と」 ――それが何者を指すのか、リベリスタ達にも、日明にも解らなかったけれど。 その言葉に隠された想いを押し殺して、それでも消えていく彼女の決意が、唯、痛々しかった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田辺正彦 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年10月01日(水)22:16 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 醒めることを惜しむほど、楽しい夢でもなかったのだろう。 ● 「――と」 深夜。独り道を歩く女性の手を、誰かが引いた。 驚愕はその顔になかった、元より『そういう事態』を想定していた身だ。 溜息と共に手を振るう。ぱん、と乾いた音が響けば、手を掴む相手は困った顔で相手を見返す。 「……えーと。聞いてみるけど、どっち?」 「貴方をサポートする方、です」 「……だよねえ」 手を引かれるまで自身が居た場所――明らかな害意を以て足下を剣で払った男を目前に、女性は苦笑を顕わにする。 「助かったわ。返せるものが無くて申し訳ないけど」 「お気になさらず。ひとまず此方に」 手を引いた金髪碧眼の少年……離宮院 三郎太(BNE003381)が、女性の身体を後方に軽く押せば、其れを守るように幾人かの人影が現れる。 おおう、と驚きを声に表す女性へと、しかし臆することなく仲間を呼んだフィクサードが一斉に襲いかかる。が。 「まずは自己紹介から、私達は貴女の撤退を手伝いに来ました」 ゆるり、と。 夜道を散歩するかのような軽やかさで、『グラファイトの黒』 山田・珍粘(BNE002078)が、笑んだ。 その矮躯の向こう側で、彼女の背部より突き出た漆黒が襲い来る敵全てを貫いている等と、思いも寄らぬほどに。 「短い付き合いになりますけど。宜しくお願いしますね。……取り合えず、お互いの名前から交換しましょうか?」 「……頼りになるナイトさん達ね」 交戦を開始して一分と経たぬ内に、女性は瞠目を超えて呆れた笑みを浮かべている。 「名前、ねえ。――――――、よ。其方は?」 「那由他・エカテリーナと……」 「僕は、設楽悠里」 初めまして、と人懐こい微笑を浮かべた『ガントレット』 設楽 悠里(BNE001610)が、珍粘の攻撃より立ち上がる敵を纏めて打ち放つ。 拉ぐ身体。刹那、遅れて攻撃を受けた何人かがその身を凍らせたと同時、 「邪魔するヤツは殺す。一番のクソはどいつか知らんが――区別なく、殺す」 『赤き雷光』 カルラ・シュトロゼック(BNE003655)の意志が、拳が、爆ぜた。 虚空を薙いだ、だけに見えた拳撃が、唯それだけの動作で氷結したフィクサード達を葬る。 胸骨をへし折り、口腔より血を滴らせた敵に目もくれず、拳を握り直したカルラの前には――既に、次の敵が。 「雑魚が……!」 或いは予想していた通り、個体毎のスペックが低い分、数が――加えて、増援が為される間隔の短さが――リベリスタ達にとっての脅威で在ることは、最早疑いようもなかった。 敵の一手を悠里が避けた。二手を三郎太が受け切った。三手目を……アザーバイドの女性の側に立つ珍粘が、すんでの所で庇った。 だが、狙われた捕縛の四手目が―― 「ああ、それキャンセルで」 『クオンタムデーモン』 鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)のトラップネストにより、身体の自由ごと技を封じられた。 「時にご婦人、脚力に自信はおありですか?」 「んー、可もなく不可もなく、だけど……」 問うたあばたに笑顔を見せて、女性は周囲を軽く見る。 状態異常の類はナターリャ・ヴェジェルニコフ(BNE003972)による聖神の息吹で癒されたが、それでも些少の傷を受けたリベリスタらを見て、女性はきっぱりと言った。 「こんだけしてもらって、出来ないなんて言えないわよ。多少キツくても死ぬ気で走るから安心して」 「お気遣い、有難う御座います」 視線を敵から離さぬまま、丁重な言葉で意を告げるあばたは、次いで二丁の銃を無表情で構え直し、 「それと――人死にが苦手なら、目を閉じていた方が良いですよ」 辛うじで動いていたフィクサードの一人の脳天を、綺麗に撃ち抜いた。 ● 事前情報で与えられていたとおり、女性とリベリスタがD・ホールに至るまでの距離は1キロほどだ。 要するにその程度の距離が、フィクサード側がリベリスタ達へ回復の隙を与えず、間断なく襲撃を行える軍勢を投入できるラインだと言うことになる。 リベリスタとて万能ではなく、動ける距離には限界がある以上、戦闘を行いながら強引に進めば隙を生む事態に成りかねず、かと言って足を止めて敵戦力を殲滅することを選べば、其処までの継線能力が必須となってくる。 どちらを選ぶか。彼等の選択は、前者だった。 「一つだけ、聞きたいことがあるんです」 襲撃は続く。 ナターリャの翼の加護を得て、中空を舞うリベリスタと女性を、敵方も同様の手段で止める最中、多くの敵を気糸で貫く三郎太が、ぽつりと呟いた。 「貴方は、僕たちの問いに対して、恋人さんが離れたがらない『だろう』って、言ったんですよね」 「んー……うん」 「……良いんですか?」 本当の気持ちを、確かめなくて。 言葉にしなくとも、その意図は容易く伝わる。 伝わるからこそ――女性は、少しだけ悲しそうに、けれど優しく、笑っていた。 「聞いたら、決心が鈍るんだ」 「……」 「一緒にいたいよ。離れたくないよ。けれど、私が此処にいれば、アイツへの危険が増す」 「それは――」 「其れを、アンタ達が守ってくれるなら……其れが役目でも、当然のことでも、アンタ達の危険が増す」 「……っ」 刹那。 言葉を失った三郎太は、だから、彼女を止めることは出来ないと、理解した。 自己犠牲と自己満足。献身と慈愛。清濁を併せ持ったその想いは、複雑であるからこそ読み取れない。其れは、当の彼女自身にも。 理解できない想いを、理解するだけの猶予があって、その上で選択するなどできはしない。 そのような時間は、最早フィクサード達が奪っていってしまったのだ。 それでも、何かを口にしようとする三郎太を――次いだ敵の猛攻が、また、奪っていく。 「……愛する人との別れるなんて、悲しいですね」 「そうかな。……そうかもね」 思わせぶりな女性の言葉に、珍粘は緩やかな笑みだけで応えた。 重剣が限界以上の圧で降りかかる。受けるより咄嗟にいなす珍粘の片腕が、けれど不自然に曲がり、それを即座にナターリャが修復する。 「少なくとも私は、貴方の選択は間違っていないと思いますわよ」 絶え間なくサポートを飛ばす銀髪の少女は、小さく「うち(アーク)の中にもきな臭い方がいますし」と小さく付け加えて、歎息を吐いた。 治癒のみ成らず、移動手段も整える彼女には心休まるときが微塵もない。 現時点でも今後のペース配分をひっきりなしに計算しつつ回復を飛ばす状態が続いている最中、気を紛らわせる為の言葉が、しかし自身の更に後ろに立つ女性を少しばかり安堵させたことなど、気付くよしも無かった。 「決断の方向性自体は、同じ事情を体感できない以上共感は不可能だと思う」 ――同様に。 繰り出される銃弾を、剣閃を、受けるか、流すかしたカルラも、独白のように言葉を零す。 「ただ……そもそも寄って来るゲス共がいなけりゃって考えちまうと……」 一頻りの攻手に対処し、反撃にかかったカルラの言葉が、途絶える。 背後の女性とて、苦しみ、悩み抜いた末の決断だ。邪魔はできない。それでも―― 「……未来の話は、良いよね」 唐突に、守られていた女性は、微か、沈んだ声でそう呟く。 守られるばかりで、傷つく護衛のリベリスタを見ていることしかできない自分に、落胆した心で。 「決意が高まる。自分を見直せる。だから、心が豊かになる。 けど、けどね。仮定の話は……その逆にしか、ならないよ」 「……そうかも、知れないですね」 明確な答えを避け、曖昧な肯定を返すカルラが、そうして敵の囲いの一点を貫いた。 動き回る中空の人影の最中、夜闇がぽっかりと穴を開けた空間。其処を埋めようと、更なる敵が殺到するが。 「――本当は」 業炎が迸った。 爆音が轟いた。 閃光が瞬いた。 それを――自らが敷いた境界線の向こうに追いやって、悠里は独白のように、思いを告げる。 「君を守りたい。君を狙う者を全員退けて、この世界で生きるようにしてあげたい」 「………………」 「でも、今の僕にはそんな力はない」 言い終える刹那、敵の魔弾が悠里を掠めた。 血の黒鎖に縛られる事を避け、しかし幾許の負傷を許した青年は、その痛みを痛痒にも捉えず、唯女性に語りかけている。 その姿に、だから、彼女も。 「そうだね。なら――良いかな」 「え?」 「だって、『今は』って、言ったじゃん?」 目を丸くする彼に、女性は笑いかけた。 「私は、決めたから。決められたから、それで良いよ。 だから、その願いは、何時かを夢見るその思いは、私のように決められない、可哀想な子のために取っておいて」 「……」 「私を救ってくれるなら、其れこそが、確かな救いになるから」 「……それだけじゃ、なくて」 残る敵は如何ばかりか。 構いはしないと、悠里が屈託の無い笑みを浮かべて、穴を埋め立てた急造の敵の群れを、その空間ごと凍らせる。 「いつか、きっとこの世界で君がまた安心して暮らせるようにする」 再び、夜闇が口を開ける。 「そうしたらまた来てくれるかな?」 「……乙女の期待、裏切らないでよね」 笑う彼女の身体を、珍粘がそうと抱えた。 残る距離は100メートルを切った。ならば、後は容易い。 疾駆する身を、当然の如く敵が止めようとする。 「どうせ逃げ帰ったところで、碌でもない尻拭いさせられるんでしょう君ら?」 ――それが無駄だと知っていても。 「でもわたしたちは失敗したって誇りが傷つくだけでアークに制裁されたりはしない! なんて素敵な正義の味方稼業! 心に余裕があるエリューション!なんと素晴らしい!」 大層満足そうな無表情で、婉曲的に「羨みながら死ね」と言いつつ、あばたが残った敵をB-SSで掃討した。 包囲が敗れ、残るはゲートを破壊するための予備要員が二名のみ。ならば。 「……潰せるもんなら、潰してみろ」 カルラが、珍粘達より先んじる。 動こうとしたフィクサードへ豪打を叩き込み、残る一人に殺気を飛ばす。 「……テメェらの縁者調べだして、一人ずつ狩りつくしてやる」 何に代えても、と言う意気を消すこともなく、カルラが告げれば――後は、結果等決まっていた。 ● ほんの少しだけ、時間があった。 時間にして二、三十秒。ゲートへの到着を許したフィクサード達が、それを止めんと接近するまでの時間だ。 リベリスタ達が、その時間を稼ぐべく足止めに徹しているが、それが長くないことなど容易に見て取れる。 別れ際。空を眺めていた彼女に、珍粘はささやかに問うた。 「なんだか慌しい別れになりましたけど。また、この世界に来ても良いんですよ?」 「……そだねえ」 忘とした声音で、女性は言葉を返す。 「もう別れるわけだし、アイツには会えないけど……アンタ達に、お礼を言いに来るのは、アリかな」 「……ええ。楽しみにしてます」 快活に笑う女性と、それにふと笑みを返した珍粘。 そうして、彼女がゲートを通る刹那、珍粘の幻想纒いから、誰かの声が聞こえた。 『ねえ――貴方、何か伝言は?』 「……」 皆に背を向けた女性の足が、止まる。 それも、一瞬のことだったけれど。 「……幸せになって、って。それだけ」 気軽に、独り言のような想いを残して。 今度こそ、彼女は此の世界から姿を消した。 「ボク達は……あの人の力に、なれたんでしょうか」 作戦の失敗を知り、逃走していくフィクサードを尻目に、三郎太が呟きを零した。 眼前には、仲間達の手により破壊されようとしている次元の穴。 今はもう居ない彼女の――少なくとも、三郎太が望んでいた――最良の結末を見出せなかった事実が、その心に暗い陰を落としては居たけれど。 「あの方が望んだ結末にたどり着かせた以上、そうだと言えるのでしょう」 誰とも無い言葉に、けれど返答したのはナターリャだった。 手には幻想纒い。別れの間際、与えられた『伝言』を心の中で反芻しつつ、少女は薄く微笑みを浮かべた。 「けれどね、私――愛する者は種族の壁をも越える事ができたんだと、そう思いますのよ」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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