●野獣貴族 「ああ――いい感じだぜ」 日本の政治の中枢――誰もが見覚えのある国会議事堂の特徴的な屋根に足をぶらんとさせたまま座っている。旬にはまだ早い青っぽい林檎を豪快に齧った彼は、一年振りに訪れた日本という国の空気に切れ長の瞳を細めていた。 世界最強と畏れられたバロックナイツ切っての武闘派として鳴らす彼は、その実フィクサードとしては酷く稀有な人間であった。 彼にとって総ゆる主義主張は大した意味を持たない。 彼にとって総ゆる政治は何の意味も持たない。 気分が向けば人助けをする事もあれば、その逆もある。趣味じゃないから悪逆非道と呼ばれるような行為を働いた回数は少ないが、必要に応じてやる事もある。 眠いから眠る。食べたいから食べる。 幸か不幸か彼には、自由を謳歌するだけの力があった。 例えば裏野部一二三の語らせるならば、彼は『ひとというなのけもの』であった。 高度に発達した知性を持つ人間の持ち得ぬ――原初の欲求より、然程も変わらない本能を抱えて。眉目秀麗なる金髪の貴公子はその外見を裏切りながら生きている。 「王様は東京タワー…… ビフロンスの野郎はテレビ局、アスタロトは……神戸か。成る程、ありゃいい街だ。 ……さぁて、準備は大概整った、かな」 シャク、シャクと軽妙な音が陽だまりに滲む。 彼の言う準備は全く暢気な彼の調子を裏切る――実に剣呑なものである。 日本の大都市圏を主に狙い撃ちにした彼の『デモンストレーション』は、あの愛すべきアークに衝撃を与える事だろう。彼等は万華鏡の性能に自信があるかも知れないが、事前に防げるのは唐突でない事件だけである。キースの『ゲーティア』と魔神の異能は行動に周到な準備を要する類のものではないのだから、これは確実なサプライズになるだろう。晴れ渡る青空の下に佇むキース・ソロモンという男は遅れて来た台風のようなものだ。 「アイツ等、強くなってるといいよなぁ」 柄にも無い『修行』の日々を思い出してキース。 クスクスと思い出し笑いを浮かべ、一人ごちるその言葉を聞いたなら――夢見る乙女は貴公子に恋をしてしまうかも知れない。そんな柔らかい調子である。 だが、誰も疑う余地は無くキース・ソロモンはキース・ソロモンなのである。 彼は、愛しいアークと派手な喧嘩をする為だけに都市に魔神をばら撒いたのだ。彼が『敗北』と称する引き分けの第二ラウンドを始める為に。一応、魔神達には余計な事をさせないという制約を架してはいるが、それは純粋な戦いに恨み言だの憎悪だのを持ち込みたくないという彼一流の流儀の為せる業だ。ついでに言うならば、日本やアークはむしろ好きだし、自分がどれ位きちんと魔神を支配出来ているかという興味本位の為でもある。 丁度一年の時間を置いたのは、ちょっと洒落てみた気持ちもある。 「時間か」 キースが見下ろす眼窩の風景には招かれざる客が居ない。 空間を弄繰り回しての舞台に侵入出来るのは彼が見据えた――待ち人達だけである。 「よう、久し振りだな。会いたかったぜ!」 芯だけになった林檎を放り投げたキースは、彼を見上げたアークのリベリスタ達に笑いかけていた。まるで十年来の友人に出会ったかのように―― ――だけど、嗚呼。目が、赤いんだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:YAMIDEITEI | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年09月28日(日)23:25 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●空中庭園の死闘I リベリスタ達は走っていた。 本来ならば有り得ない、まるで人の気配のしない国会議事堂の廊下を。 赤い絨毯の上を短いリズムの連続で踏みしめて、猛烈な勢いで階段を昇る。 十人のリベリスタ達は走っていた。 律儀で――何処までも傍迷惑な台風のような男の挑戦を受ける、その為に。 特殊な結界を用いた『魔神王』キース・ソロモンとその配下――魔神達が、突然の宣戦布告でリベリスタ達を呼びつけたのはこの程の事である。バロックナイツの一席にありながら、基本的に邪悪な企みからは縁遠く、恐らくは然したる悪意をも持ち合わせていないキースだが、だからといってその存在がアークにとって有難いものになったかどうかと言えば別である。 キースの趣味は戦う事。言ってしまえばそれは彼のライフ・ワークのようなものだが、過ぎたる力の持ち主に気に入られた対象は、惨憺たる未来を味わうのが常であっただろう。少なくともこれまでは。 九月十日は『魔神王』のしつらえた己の為の舞台であった。 去年も、今年も――そして、或いは来年も。 「来いよキース! それともまだ待つのがお好みか!」 ――確かに待つのは趣味じゃねぇなあ。 噛み付くような調子で言った『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)に応え、若い男の声が響いた。ここには居ない男である。有り得ざる国会議事堂の屋根の上で――リベリスタ達を出迎えたキース・ソロモンの声である。 駆けながら目配せをした影継に残る九人のリベリスタ達は頷いた。 『外』で自分達を見下ろしたキースは六十五メートルという高層に位置する議事堂の屋根の上に居た。飛行能力を得る事が出来るリベリスタ達はこれに直線での移動で応える事も可能だったが、まずはそれを避けていた。 ――地に足つけなさい、キース・ソロモン。 私はあなたの首を取りに来ました。互いの首を賭けて、勝負いたしましょう。 『御峯山』国包 畝傍(BNE004948)の発したその言葉はリベリスタ達にとって不慣れな空中戦を避ける為の誘いであった。キースがそれを意図しているかどうかは定かではなかったが、状況柄『人間離れした異能を平然と操る』キースは、リベリスタ達よりもこれに優れているという判断があった為である。 必然的に不利を強いられる可能性の高い戦闘環境と、敵前を突っ切る形で『舞台』に昇る事へのリスクを考えたパーティは、畝傍の言の通り地上での戦いを提案したのだが…… 「やだよ、じゃないですよ。やだよ、じゃ……まったく、あの人は」 無表情の上に乗せた三白眼はそのままに、呆れとも感心ともそれ以外とも言えない感情を綯い交ぜにして口元をピクピクと動かした『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)が実に複雑な嘆息をした。 パーティの要求に応えた先程のキースの主張はこうだった。 ――やだよ。下に降りたら何の為にここにしたか分からねぇだろ。 珍しい屋根だなって思って、折角気に入ってたのに、よ! (理由が景色とか!) ……想定の通りと言えば想定の通りだが、キースにとっての『理由』等そんなものであろう。有利や不利を考えるより先に、見晴らしの良い高い所から眼窩を眺めたい程度の理屈しかない。 噛み合わないやり取りをそれ以上続けるのも馬鹿馬鹿しく、リベリスタ達は議事堂の中へと飛び込んだ。可能性が低い事は分かっていたが、のこのこと浮いていくよりは内部より上を目指そうという寸法だ。 「ソロモン君。降りてきてはくれないか?」 ――つーかよー、お前等だってよ、飛ぶ位は出来るんだろーがよ! 結界の中だからか、リベリスタ達の動向は屋根のキースにも見えているらしい。 『閃刃斬魔』蜂須賀 朔(BNE004313)に応える彼の語調はやや不満そうである。 真っ直ぐ飛んでくれば早いだろ、と言わんばかりなのは――敵としての自覚が欠け過ぎる位に欠けている。 「アレルヤ! 九月十日がこんなに素敵な日なのは神様のお導きかしら? だとしたら、とってもくそったれだわ。キース君が紳士ならレディの誘いを無碍にはしないでしょう? キース君が来ればいいじゃないの!」 「赤絨毯の敷かれたホールの準備も万端で…… 美しいがおっかないご婦人方の誘いを断る無粋を働くとは思わないがね、ソロモン王!」 『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)と、それに続いた『足らずの』晦 烏(BNE002858)の呼びかけ、 「どうせならこっちで遊ばないか。それとも、本気を出させない派か?」 そして何より『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)の言葉に、キースは「ああ……成る程ね!」と合点した。 階段を駆け上がるリベリスタ達が己の体に奇妙な浮遊感を覚えたのは次の瞬間の出来事だ。 ぐんにゃりと空間が歪んだような気がして、世界が滲んだ絵の具のように溶けて行く。一瞬の眩暈が元に戻ったその時には――十人のパーティは議事堂の中央尖塔の上に居た。 息を呑んだのは誰だったか。 「強くてカッコいい雄が居ると聞いて! って言うか、居た!」 ……少なくとも平然と前方を指差した『謳紡ぎのムルゲン』水守 せおり(BNE004984)では無いか。 「よう」 腰掛けたまま顔を向け、片手を上げたのは言うまでも無くキース・ソロモンその人である。 真紅の瞳に限りない闘争心を燻らせ、爆発しそうな自身を強靭な精神力の鎖で繋ぎ止めている獣であった。 「俺様の今日の舞台はこの場所だ」 貴族特有の傲慢さでか言い切った彼は、屋内というリベリスタ側が想定した戦い易い環境に付き合う様子は無いようだった。リベリスタ達が何らかの空間歪曲によってここまで運ばれたのは、キース本人の能力なのか、それとも彼等を飲み込む結界の存在故なのかは定かでは無かったが。 「だが、水臭ぇな、お前等も。こっちはよ、ちっとも考えて無かったぜ」 何とも罰が悪そうな顔をして頭をボリボリと掻いたキースの言葉にリベリスタは首を傾げた。 「言っている意味が分からないが?」 「……いや、な。お前等、ひょっとして空中戦が嫌いなんじゃねぇかと思ってよ」 「まぁ、得意かどうかと言えば君程得意では無いだろうな」 そうと言われるならば今更腹芸も不要であろうと朔が首肯した。キースの一挙手一投足さえも見逃すまいと切れ長の金の瞳がその像を映している。 「ま、勘違いしないで欲しいのは――だ。 俺様はテメェに有利な舞台を欲しがってる訳じゃねぇってコト――」 キースがパチンと指を鳴らすと彼を中心に振動が大気を揺らした。 まるでフロア・タイルのように広がった光の床は議事堂を中心に百メートル以上にも及んでいる。 「つまらん小細工はしねぇ、信じておけよ。俺様はお前等が大好きなんだ」 「見縊るな、私は待っていたんだ。君以上に――この時を!」 正直を言えば、言葉を交わす時間さえ惜しかった。 降りてくるでもエスコートされるでも、朔にとっては同じ事。 昂ぶるだけ昂ぶった男女の間柄に、結論以外のどんな過程が必要だと言うのだろうか? 「漸く君と戦える」 ――朔の向ける純粋な好意(さつい)は、キースにとっての心地良い風。 肩を竦めたキースは、ゆっくりと立ち上がり、屋根から飛び降りて宙に『乗る』。 光のタイルは軋む様子さえ見せずに彼の素晴らしい長身を空の上に置いていた。 「おお、これは空のダンス・ホールって訳だね! 舞踏会にうってつけ。ここで歌舞音曲の宴もいいんじゃない!?」 「めかし込むのは女の礼儀、磨き上げるのは男の甲斐性、って言ってたね。 今回、はどう磨いてくれるのか……楽しみにしてる、よ。たっぷり、踊って……くれる?」 思わず快哉を上げたのはせおり。誰よりも先にキースに続いたのは、或る意味での『同類』として恐らくこの場の誰より彼を信頼している『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)であった。 「足に泊まるなよ、お嬢ちゃん達!」 「……正直ね、ちびっとの余力も戦闘以外に割くのが勿体無かったって言うか。 ヤだったんですね、ええ。折角の、一年振りの再会な訳ですし。 隅から隅まで術や刃に乗せて貴方にぶつけたい。そんなオトメゴコロ。どうか分かって下さいな」 苦笑したうさぎがキースに倣ってピョンと空間に飛び降りた。 うさぎも又、天乃と同じように空の上に立っている。 「フッ……修行といい、また分かり易い。だが、嫌いじゃあないな」 「そう言えばそういうタイプだったっけ、な」 うさぎに続いたのは鷲祐であり、「成る程」と頷いた烏であった。 「……まぁ、構いませんが」 キースのやりようは総ゆる手を講じて勝ちを狙う事を戦いの信条とする畝傍の理解の外であった。 結果的に紆余曲折はあったが――リベリスタの懸念は予想外の形で解決したらしい。 穿ってみればこれさえも罠であると考える事も出来るかも知れないが、どの道この場所は敵の結界の中なのだ。キースの出来る芸当を考えてみれば、その心算ならば早晩別の危険が訪れていると考えた方が的確か。 「ねえ、キース君。貴方は異世界への穴を塞ぐ方法なんて知っているかしら?」 「は?」 海依音のやぶからぼうの言葉にキースは首を傾げる。 「貴方がご存知でなくても貴方の本の悪魔たちがご存知ではなくて? ワタシ達が勝ったらご褒美が欲しいの。うふふ、ワタシは勝利だけでは満足できないほどに貪欲なんです」 「さあな。俺様が満足だったら出来る事ならしてやってもいいけどよ?」 「……お前、本当にフィクサードか……?」 何とも複雑極まりない表情で思わず問うた『不滅の剣』楠神 風斗(BNE001434)は言ってから自らの頭をぶんぶんと振った。アークと戦いたい等という理由で日本中に魔神なる存在を放った革醒者がフィクサードでない訳が無い。断じて無い。それは分かり切った事実であるのだが…… (こちらに喧嘩を売るために、わざわざ破壊活動するんじゃないっての。 それでも、必要以上に犠牲者が出ないようにしてるから複雑な気持ちになる……) キースのらしくなさは、何とも風斗にはやり難さになっている。 「ええと、兎に角だ! アークのデュランダル、楠神風斗。お前を切り伏せに来た!」 笑うキースは首をゴキゴキとやって準備体操をしながら「楽しみにしてるぜ」とこれに応じる。 しかし、何とも極端なまでに和やかなその空気が仮初のものである事を過去にキースに相対したリベリスタ達は知っていた。目が青いならばいざ知らず、とっくに彼の目は赤いのだ。 今の彼が『青い時のような』平静さを保っているのは、或る意味修行の成果とも言えるのかも知れない。 「先に言っとくぜ、キース・ソロモン」 影継は屈伸を始めたキースに言葉を投げる。 「一年経っても、望む力には届かない 『たかが歴史』にすら抗えない程に俺達は弱い。 だがな、力が足らずとも抗った過去の『意思』を見た今、無様を晒す訳にはいかないさ――」 影継の全身からはキースのそれにも似た意志の力と呼ぶべき獰猛さが噴き出していた。 「――味あわせてやるぜ、お前に。斜堂流の本当の恐ろしさをな!」 ●空中庭園の死闘II 最高の闘争を望むキースは幾ばくかの時を待つ。 僅かな猶予は戦士達が己の準備を整える間に過ぎ去った。 始まった舞踏の時間に先鞭をつけるのは、言うまでもなく鷲祐の時間だった。その全身に雷光を迸らせ、青い髪を逆立てた彼は「フッ」と薄く笑み――己の為だけに用意された加速領域に自身の全てを委ねていく。 「例え魔神とて――この俺は阻ませんッ!」 気合の一声と共に沈めた全身をバネにした鷲祐は目を見開き、肉薄したキースに極限の集中から繰り出した千の斬劇を浴びせかけた。自身の機先さえ制する圧倒的な鷲祐のスピードにキースは少なからず驚いた顔をする。速さに比すれば精密性を欠く鷲祐の切っ先は赤い瞳を見開いたキースのその身のこなしを完全に捉えるには到らないが、後退のステップを踏んだキースがややバランスを崩したのは確かであった。 「いちいち、驚かせてくれるぜ!」 「フッ、それはこっちの台詞だ。お前は今、『視て』避けたな?」 丁々発止としたやり取りに喜色が滲む。無数の残像を間合いにばらまいた鷲祐の動きは人間の眼力が通常見切るには難しい領域に達していた筈だ。だが、無数のフェイントにも澱まぬキースの動きは必要最小限。なればこそ、常人ならざる鷲祐もまた即座に敵の力を見極める。初手合わせとしては十分過ぎよう。 「そうこなくてはな――」 強い事等百も承知。だが、聞くと見るでは話は別だ。 男の評価等、寝てみなくては……とは言わず、やってみなくては分かるまい。 笑みをその美貌に張り付けて唇を赤い舌で舐めた朔が床を蹴る。 「『閃刃斬魔』、推して参る」 鷲祐への対応で半拍反応が遅れたキースの懐に飛び込んだ朔は、側面より瀑布のような刃の嵐を展開する。 「チッ――」 短い舌打ちを追いかけた彼女はあくまで執拗であった。 「やはり、待っていたよ、この時を!」 更に鋭く踏み込んで短く跳ぶ。側面より背面を奪いにかかった彼女にキースの態勢が僅かに乱れる。 猛撃で彼を追いかけた葬刀魔喰が身のこなしで切っ先を避ける彼の表情に獰猛な色を点した。 彼を本気にさせるのは彼女にとってはこれ以上無い望外だった。 「さあ――俺様が命じるぜ!」 実に早いタイミングで彼にお決まりのそのフレーズを口にさせたのは、鷲祐と朔の織り成したスピードの賜物だ。 実力、気力共に充実させたアークのリベリスタ達は、成る程――彼が望んだ最高の対戦相手の一つである。 ゲーティアを開いたキースが宙空から掴み取った禍々しい装いの魔剣はそれそのものが魔神の一。自身の肉体や精神に魔神の一部を顕現する事で異能と奇跡を行使するのは魔神王の十八番だ。 甲高い音を立てて朔の妖刀が魔剣と噛み合う。 「気は張っとけよ、あっさり死ぬぜ!」 「それは魔神カイムといった所か。忠告をどうも――」 剛剣と腕力に押された朔が柳のようにその威圧を受け流す。 振り抜かれた魔剣は敵の悉くを捻じ伏せ、破滅させる王の剣風を奏でリベリスタ達に襲い掛かった。 キースからすればそれは小手調べ程度に過ぎまいが、一戦級の戦士からしてもそれはそこに留まらない。 小さくない打撃を受けたパーティは状況を正確に察知していた。 「個人的に言うなら――キースが幾ら強くなっても、歓迎、だけど……」 吹き荒れる剣風を天乃の放った多重の気糸が貫いた。 変則的に曲がる軌道を描いたそれは、キースの自由を脅かす天乃の好意(さつい)の証明だ。 一年の時間はリベリスタをより強靭にしたが、それは敵も同じ事。だが、キースがリベリスタの十倍の速度で強くなっていない以上は、チームで事に当たる彼等との差は確実に縮んでいるとも考えられる。 多対一とは言えど、この世界にキースとやり合える戦士等そう多くは無い。 例えば、天乃との連携で反転の攻勢に出る畝傍は。 「行きますよ」 端的な言葉と共にキースに仕掛ける畝傍はかつてのアークには存在し得なかった力そのものである。 アークリベリオンという技術体系は、幾重の積み重ねの先に生み出された――奇跡の一つ。 キースは未知の技にいちいち怯んでくれるような律儀な相手ではなかろうが、逆を言えば魔神を従え、その叡智を得た彼をしても知らぬその技は隠し球と言うに相応しかろう。 「首を取ると、宣言しました。 ならば、命がけでね。言い逃れようのない敗北を、刻み込んでみせます――」 「――囀りやがって!」 ダメージを押し切るように剣風を切り裂き、敢然と自身に向かう畝傍にキースは狂喜する。 彼の手にしたSilver phantasmの白銀の煌きが、Titaniaの純白が運命への干渉力を帯びていた。 極めて高い精度を帯びる畝傍の痛打がキースの腕を掠め、彼の表情を僅かに変えた。 「面白い芸を持ってやがる……!」 「芸で済ませる心算はありませんよ。言うまでも無く」 「そいつは、歓迎だ」 過去の戦いで魔神降しに限度がある事は知れている。 修行を経た彼が何処まで限界値を上げたかは定かではないが、少なくとも己に魔神を降ろすというプロセスを不可避に持つキースの場合、強いて言うならば立ち上がりの遅さは弱点の一つであろう。それさえ、いちいち準備を待つ鷲祐曰くの「過度のサービス精神」が無いならば、消え失せる程度のものには違いないが…… 「大サービスですから、ね!」 神を呪う女が神に祈る。 畝傍が仕掛けたその隙を縫い、海依音の放ったデウス・エクス・マキナが危険な戦場を救済した。 今日ばかりは出し惜しみ無しの海依音が、敵の性質を物語っている事は言うまでも無い。 流れるような連携を見せたリベリスタ達の動きは、無論それまでに留まらない。 その身を蝕む剣風の戒めが海依音によって消え去れば、連なる猛攻はいよいよその冴えを増すばかり。 「雨垂れ石をも穿つってな。生憎とおじさんはこの砲を雨垂れと思う程、謙虚じゃないがね――」 ゼロレベルアクションを超えた最高究極の高速準備の技術は、烏の持ち合わせる異能である。本来ならば一撃必殺を旨とする『親衛隊』の狙撃技術を瞬時に発動する連射技術へと組み替えた彼は、Schach und mattをそれ以上の存在へと昇華させていた。 驚異的な命中力と貫通力を併せ持つ鋭利なる一弾は敵を撃つ最適解となりて、キースの上半身を仰け反らせた。 「……っ……!?」 少なくともこの一瞬、魔神王の予期すら外した一撃(クリティカル)は更なる攻撃の呼び水となる。 「今様の『Song of Songs』を奏でようよ!」 洒落た言葉と共に空中庭園に優美なステップを踏んだのはせおり。 若干のダメージに幾ばくかの隙を見せたキースを相手にここぞとばかりに攻めかかる。 「乙女心は十字砲火――デビュタント間もない私はお姉様のナイト役なんだけど!」 先の剣風が要である海依音を脅かさなかったのはせおりの存在による所が大きい。 格別の頑強さを持つ彼女は、中衛より飛び込んでの一撃でその存在感を新たにした。 「エジプトのお姫様みたいなメインヒロインでなくても、シバの女王のようなゲストヒロインになるから! あと五日で十七歳だしデートしてっ! 着物でおめかしするからさ!」 「てっめえ、いい性格してやがる……!」 瀬織津姫の打ち込みを辛くも弾いたキースが犬歯を剥き出した。 冗句めいたせおりの言葉は何処まで本気か知れない。だが、少なくともその攻撃性は確かなものだ。 「ま、ずるいとか言い始めれば大勢でかかってる時点で今更です。 言わないでしょうし、此方としては出来る手は全て使うしかないと――はい。 ですから、申し訳ありませんけど、畳み掛けさせて貰いますよ」 せおりの小さな体を辛うじて弾き飛ばしたキースが間近で響いた声に視線を向けた。 「言ったでしょう? 私の全部、貴方に叩き込んだけます。後先なんざ知らねぇですね!」 至近距離で叫んだうさぎの全身が光を放つ。五重の残像さえ質量を持ち、身を翻すキースにその身の持てる技量の全てを叩き込んだ。 「折角だ、付き合いますよキースさん」 一人目のうさぎの11人の鬼を咆哮したキースの魔剣が弾き飛ばす。 だが、それは残像。 「それがこの場に立った自分達の仕事ですから」 二人目のうさぎの凶刃を勘だけでキースは避けた。 「精々――全力で楽しみましょう!」 だが、三人目のうさぎの一撃を彼はさばく術を持たなかった。 パタパタと床に散る血はあくまで赤い。皮肉にも彼も人間であると証明するかのように。 「さあ、勝負と行こうぜ――!」 「お前を倒すぞ、キースッ!」 目を爛々と輝かせた影継と気を吐いた風斗――二人の破壊的ダメージディーラーが満を持して仕掛けた。 バロックナイツを人間の規格で語るのは馬鹿馬鹿しいが、もしパーティに勝機があるとするならば、爆発的なモメンタムを以って戦闘を制圧する以外の術が無いのは明白だ。 「おおおおおおおおおお――ッ!」 空中戦の為ではなく、この戦いの為に得た翼を背に跳躍した影継が戦車砲から120%の威力を人型のキースへと叩き込む。防御の姿勢でこれを凌いだ彼の豪奢な衣装が傷んでいる。 「効くぜ、シャドウカゲツグ!」 「そいつは――どうも!」 まだまだ、とばかりにその武威を交わすキースと影継は多くを語らずともこの場の意味を知っていた。 少なからず互いに好感を得ている事実は否めない。 リベリスタとフィクサード等、基本は相容れる筈も無い存在だが――それでもだ。 「さあ、もっと盛り上がろうじゃないか。キースの旦那よ!」 一方でデュランダルを振りかざした風斗は声も枯れよとばかりに、キースに吠えた。 「キース、世間を巻き込まずともアークは全力をぶつける! だからもう、こんな茶番は起こすな!」 赤いラインが宙空に正義の刃の軌跡を描く。 禍々しい魔力の噴出を増したキースの魔剣が鋭く剣戟を喚かせた。 「人間は怒りを以って、より強くなる事もある。こりゃ、俺様の保険に過ぎねえよ」 風斗の膨張した筋肉に血管が浮いていた。常人ならば粉砕以外の結末を得ない、そんな暴虐の破壊力を受け止めるキースの顔は顔を紅潮させる風斗に比して涼しいままだ。 「コレが嫌ならもっと示せよ。俺様に保険は不要だって分からせろ。 その剣と力を以って――『魔神王』に誓って見せな!」 「戦闘狂め……!」 歯軋りする風斗の力がその意志に応じて強くなった。 自身の言を証明するかのような状況にキースは哄笑する。 「ほら、な。お前達は強くなる。今よりもっと強くなる。 趣味じゃねぇから――してねぇけど、よ。俺が憎まれればもっと強くなるってなら、それは一つのやり方だぜ?」 笑うキースは諳んじる。 「オスカー・ワイルドは言った。『戦争が邪悪だと認められている限り、戦争は常にその魅力を持つだろう。これが卑俗なものだと考えられる時は、戦争は一時的なものに終わるであろう』」 「詭弁を――言うなッ!」 感情を爆発させた風斗の威力が遂に拮抗を打ち破った。 「貴様の最大の弱点は、そのサービス精神だ。 わざわざ自分で舞台を整え、魔神共に制限をかける過剰なまでのフェアプレイ。全てお前の身銭から出ている」 呼吸を整える鷲祐はニヒルに笑った。 「代価は、高くつくぞ?」 満足気なキースは後ろに跳んで、鷲祐をはじめパーティ一人一人の顔を眺め回した。 「お前達にはその価値位はあるだろうよ。俺様が期待を預けるに十分だ」 ●空中庭園の死闘III 目で、視線や筋肉の動き、を。 耳で、風の音、武器の立てる音、筋肉の軋みに至る全ての音、を。 鼻で、僅かな毒や血の香り、を。 肌で、風の動きを、触れてくる手や武器の痛みを。 舌、で味、を。 懐かしく、心待ちにしていたキースの存在、を全五感を持って、感じていた。 「……見えた……!」 魔神の放った悪魔の炎が空中舞台を黒く舐める。 そこに天乃のシルエットはもうそこにはない。 逆光を背に宙を舞い、あろう事かこのキースに決死の近接戦を仕掛けてみせる。 「さあ、俺様が命じるぜ――!」 影継の読んだ通り、それはキースの詠唱だ。 『ゲーティア』を開き、輝かせる決め台詞はキースをキースたらしめる所以。 実に野心的で意欲的な彼は、いっそこれを奪って使えたなら……とまで考えたのだが。 「……流石に、隙が無いな! お次は何だ……?」 次々と展開される魔神と魔神王の力は時に全てを飲み込む暴威となり、時に堅守の城の如くとなった。 リベリスタが心配した――魔神の直接召喚こそ無かったものの…… 圧倒的と称して尚、生温い敵に相対するリベリスタ達は己の持てる全てをこの戦場に捧げ続けていた。 「最後のひとりになっても、例え杖が折れても戦うことをやめない。 だって貴方は魔『神』王でしょ? 神に抗うのがワタシのアイデンティティですもの……!」 海依音はあくまでこの場を退かなかった。 「負ければ何の意味もない。本性をむき出しにしてもらいましょう。その上で、勝利をこの手に。 少なくとも今は、寝ている場合では無いのですよ……!」 運命を青く燃やし、抗う――畝傍の両目は真っ直ぐに敵と、その先の未来を見据えていた。 追い込まれる程、たくましく研ぎ澄まされる彼の勝利の祝福(ジーク・ブレス)が仲間を強烈に激励した。 「花盛りの赤い薔薇もいいけど、目の前の青い蕾とも踊らない? 素敵な赤い眼、血のようで、血の香りがしてとても美味しそうなの!」 海依音を守るように――どれだけ叩きのめされても折れないせおりは嘯いた。 「あぁ、楽しい。楽しいが同時に――酷く口惜しいぞ、ソロモン君!」 血と傷と痛みに塗れながら笑う朔は、何処までも燃え上がり、何処までも乾いていた。 (彼は本来の力を発揮してはいない。一騎打ちで戦ってもソロモン君と勝負になる力が欲しい……!) 彼に彼一流の流儀を捨てさせるだけの力が欲しい。 力があれば、本当の意味での死闘が格別最上の意味を持つのは間違いが無いのに。 「だが――奇跡に勝たせて貰う、など冗談ではない!」 故に朔は我が身のみを武器に、届かない敵へ肉薄する。 「お前を止める。倒して欲しいなら――倒してやる!」 風斗は、力の限りにこの大敵に立ち向かう。 「泰山の霤は石を穿ち、単極の航は幹を断つ」 魔神ザガンの顕現したキースの胴部を幾度目か烏の放った狙撃が叩いた。 「どうだね、ソロモン王!」 「上等だぜ」 戦いの中で彼が見出した可能性は、重大な意味を持っていた。キースに顕現した魔神の部位はダメージによって破壊する事が出来るのだ。キースに顕現した魔神は核というべきパーツを秘めていた。持ち前の直観でそれを見抜いた烏はその超絶の技量を以って、これを引き剥がす術を得た。顕現した魔神が破壊された所でキースは新たに別のものを召喚する事は出来る。だが、少なくともその場においての二度目は無い。 「……魔神の召喚は、お前の身銭から出ている……」 膝を突いた鷲祐がヨロリと立ち上がった。 「つまり、方々で戦う……俺達の仲間が、魔神を倒したなら……お前の余力は削れる筈だ」 迸るような意志の力が一語一語に漲っている。 「もしそれならば俺は、敢えて言おう。『俺達は負けない』とな! ――魔神王! そのチカラごと、我が神速で斬断するッ!!!」 「そーですよ。途中退場何て白ける事出来ません。折角白黒タラシとも轡並べてんですし」 「誰がだッ!」 うさぎが飄々と言えば、風斗は抗議めいた。 「仲がいいなあ、お前達」 柔らかく笑うその表情は、殺し合いの現場には似合わない。 猛烈極まる戦いは長いようで短いものだった。短い割には長いものになった。 攻防の末に、万全に立っていたのはキース一人。 リベリスタ達は何れも疲労し、傷付き、或る者は意識を失い……そこにあった。 「今回は、俺様の勝ちか」 「誰が」とリベリスタの唇が動く。 しかし、キースは意に介さない。 滅多に受けない手傷を数多く負った彼は清々しい程に満ち足りていた。戦いは十分に楽しめた。そしてこの場ならぬ各地でのアークの応えも、呼び出した魔神達を通じて彼自身にも伝わっていた。 「上等な時間だったぜ。今回を俺様の勝ちにしても、一勝一敗か。こりゃあまだまだ楽しめる」 独りごちたキースは、海依音に視線を向ける。 「殺すなよ。何とかちゃんと治しとけ」 「……キース君に言われないでも」 「特に、ソイツとかソイツとかな。全く物騒な姉ちゃん達だぜ」 天乃といい、朔といい。キースに言わせれば実に実に厄介で愛しい『いい女』だ。 自分の事を棚上げにした彼の目は気付けば見事なサファイヤに変わっている。 「キース君」 「……あん?」 「満足しましたよね?」 「だって、目が青いし」と言われれば反論の余地も無い。 頭を掻いたキースはやれやれと肩を竦めて、頭を掻く。 やりたい放題やった彼はさしずめ『賢者モード』。気だるいが、迷惑をかけた程度の自覚はある。 「……仕方ねぇな。それで、お前等……何の話がしたかったんだっけ?」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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