●再びなるか九月十日 一年前の事だ。 九月十日。約束された日。バロックナイツが一人、キース・ソロモンとアークの戦いがあったのは。かの戦いは引き分け――か、キースの認識においてはキース側の敗北という形で幕を降ろしている。 されど幕は再び上がる。幕が閉じたまま終わるなど許さんよ。誰も彼もキースも。そして、 「余も――な。ああ、待ち侘びたぞアークの者らよ」 魔神バアルもまた同様に、だ。 一年だ。一年待った。先日暇潰しにとロシアに降り立った事もあったが、あれは力がほとんど封じられていた状態での闘争だった。悪くない経験と得た“モノ”はあったが、全力の闘争を望むのならば事足りぬ。 「ククッ、キースめ昂っているな。“ここ”からでも分かりおるわ。気奴の気迫は、な」 キースがいるのは国会議事堂だ。国政の中心。そこに、キースがいる。 一方でバアルはそこが“見えていた”。比喩表現ではない。実際に議事堂が見えているのだ。 なぜならばバアルがいるのは――日本電波塔。つまり、東京タワーなのだから。 それにしてもキースは随分とアークを気に入ったらしい。此度の戦いでは召喚した全魔神に対し“一般人の殺傷を全面的に禁じた”。本来闘えればそれで良いキースの性格からすれば破格だ。襲われているアークからすれば、それでもたまったものではないだろうが…… 「アンドラス辺りは今頃憤慨していそうだな。まぁ余としては問題ないが……さて」 それではここに来る英雄諸君を待ち構えよう。 来るは己が配下、蠅騎士団だ。バアルへの忠義で構成されたアザーバイドの集団。バアルの呼び掛けに応じ、上位に続く穴から現れる。その数は八……いやまだまだ現れ、 ようとしたその時。 『ハハハッ――! 何気取ってんだよテメェは!』 続く蠅騎士を押し退けて、何かが現れた。召喚の穴が砕けんとする。 同時。臭いがする。“死”の臭いだ。 それは蠅ではない。蠅程度ではこれ程濃厚な“死”は身に纏えない。これは、いや、まさかこいつは―― 「……卿、なぜここにいる? モート。呼んだ覚えはないぞ」 『つれないねぇ。俺はテメェの力になってやろうとおもって来たのによ』 「ぬかせ。どうせ卿は横から魂喰いするのが目的であろうに」 バアルの目の前にいるのはバアルと対の神格とされる――死の神、モートだ。配下を呼ぶ小さな穴から強引に這いずり出てきたか。浅ましい死神めが。まぁ流石に強引な出現で、本来の神格としての力など無いだろうが……そもそも何故モートが出て来れたのだ? バアルを含め全ての魔神はキースの技量によって力が決まる。以前のキースでは呼ぼうと思っても蠅騎士団より強いモートの召喚は不可能だったのだが……いや、まさか。 これが、修行の結果かキース。 一年を経て。卿は今どれだけ成長しているというのだ? 「ク、ククッ――」 思わず口の端が綻ぶ。ああこれならば、これならば…… 「まぁ良いだろう。余に対抗しないのならば自由にするがいい。目零そうではないか」 『……んん? ずいぶんと機嫌がいいじゃあねぇか。俺が来たってのによ』 どうでもよい。それよりも余は今、キースが更なる高みへ至った事に胸を打たれている。よもやこれ程の成長余地を残していたとは。いや、あるいはまだ底が見えぬかもしれぬ。ああ、やはり人類は素晴らしい! これならば、これならばいずれ人類は――余の“望み”を叶えてくれるだろうッ! 「クククククッハハハハハハッ! さぁ早く来いアークよ! 余は今……非常に機嫌が良いッ!」 見据える目は遥か遠くを。窓の外は雨が激しく、 空を覆う黒き雲が、雷をも降らせていた。 ●ブリーフィング 「……キース・ソロモンがやってきました。既に配下の魔神が日本各地に展開されています」 九月十日は悪夢の日なのだろうか。『月見草』望月・S・グラスクラフト (nBNE000254)の告げた内容に、リベリスタ達は頭を抱えざるを得なかった。キース・ソロモン。バロックナイツの中でも生粋の武闘派。彼が一年の時を経てまたアークにやってくるとは。 いや、経緯を考えれば避けられぬ事態であるのは分かる。その日が来た、と言うだけの話なのだ。 「皆さんに担当していただくのは――魔神バアル。 現在は東京タワーの特別展望台に陣取っています。撃退してください」 「成程バアルか。……厳しいな」 魔神バアル。序列一位の魔神であり、屈指の実力を持つ存在だ。 幾らかスキルの内容が判明しているとはいえ、厳しい相手なのに変わりはない。しかも今回は、 「バアルの兄弟とされるモートの召喚も確認されています。……この兄弟って伝承だと非常に相性良くないんですけどね。でもこちらも油断ならない存在なのはたしかです。注意してください」 死を司る、炎と死と乾季の神。成程。嵐を操り、恵みを施すバアルとは相性が悪そうだ。とは言えリベリスタと言う敵を前にして露骨に同士討ちするような愚は犯さないだろうが…… 実に。実に厳しい戦況だ。だが最悪、命を賭ければなんとか―― 「駄目です。生還してください」 見透かした様に望月が口を挟んだ。 「たしかに。命を賭せばなんとかなるかもしれません。少なくとも光明はあるでしょう。でも――」 堪えた口元。命を賭ける事を馬鹿にしている訳では無い、が。 「魔神は命を落としません。それに相討って、どうなりますか? 彼らはまた、出てくるんですよ?」 魔神は倒してもまた復活する。この世界に来ているのは所詮、陽炎の様な一端に過ぎず。 彼らの本体に傷を与えれど――致命傷となる事が無いのだから。 全て無駄とは言わないが。極論、命を賭してもまた出てくるのだ。キースがいる限り。彼の意思によって。 「ですから皆さん、どうかお願いです。生きて帰ってきてください。 バアルは……善性の存在ではありません。魔神に呑まれないでください。己を見失わないでください。 死ぬまで付き合う必要なんて、無いんですから」 ●魔神の信 『あん? ああ、あれがテメェとその縛り主が気に入ってるって連中かよ。――よし殺してくるか』 「待たんか卿。自由は許したが、参戦まで許した覚えはないぞ?」 バアルは言う。隙あらば彼らの命を奪い取ろうとするモートの存在は、正直煩わしい。参戦するなら口は出す。バアルは彼らとの闘争を望んでいる故に。それこそ出来るのならば、どちらかの命が尽きるまで。どちらかが敗北するまで。 輝きし、英雄らとの闘争を。 『ハンッ? つってもよ、今ここに来ている連中が必ずしも強いとは限らないだろ? だから俺がまずは試してくるんだよ。つえーなら普通に越えていくだろうしそもそも……』 一息。 『そもそも俺を“殺し切れない”連中がテメェに勝てるかよ』 「ふむ……まぁ、道理だな」 モートが出張ったとして、彼を退ける事が出来ぬのならばバアルの元へ辿り着けても仕方がない。時間が掛かってもまた同じ事だ。興が醒めるし、バアルとて初期万全以上の優位を与えるつもりは無い。 「良かろう。どの道ここから動くつもりは無い。余の目に映らぬ限りは好きにするがいい」 『これまたあっさり退きやがったな。テメェ、連中が俺を本当に超えれるとでも? 死の神を?』 「無論だ。彼らの輝きを、死の神如きが汚せるなどと自惚れるなよ」 即答した。ああそれはまごうことなきバアルの真意。 彼らがモートに敗北するなど一切思っていない。 そう。バアルは信じている。アークを。リベリスタ達を。だから、 「余は待っている。ただ、それだけだ」 天にて座し、待っている。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:茶零四 | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年09月28日(日)23:22 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●天へ エレベーターが動く。 上へ上へ。ひたすら上へ。魔が待つ階へ。闘う為に。 速度はゆるりと。しかし歩よりは早く。辿り着く先は――大展望台。 今、扉が開いて。 蠅の剣閃がエレベーター内に叩き込まれた。 「やはりそう来るか――想定していたよ。それぐらいな」 高速の刃。その刀身に横から拳を繰り出し逸らすは『どっさいさん』翔 小雷(BNE004728)だ。震える刀身横目に流し見、そのまま騎士の懐へ。物理の壁を突き破る技術がカウンター気味に叩き込まれる。 初手、奇襲に似た一撃を凌げたのは彼の警戒と獣騎の能力によって、だ。そこから更にカウンターを叩き込めるかどうかまで――は効果の範囲外だったが。どうやら上手く行ったようだ。 進む。エレベーターの入り口付近で壁を作られる訳にも、 「時間を掛ける訳にもいかねぇんだよ、消えろッ!」 「包囲されてるなら、穴を作らないと、ね?」 いかぬなら『赤き雷光』カルラ・シュトロゼック(BNE003655)と『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)が前に出る。 戦いは始まったが、言うなればここは“本番”ではないのだ。真実、闘わねばならぬ場所はまだ上で。振り抜く拳と綺沙羅のキーボードの角が蠅騎士に直撃。押し退け、鎧を通して響く音を皮切りに。リベリスタ達が瞬時に陣を組む。 対するは精強なる魔王の僕。初撃躱されど意思は変わらぬ。 王の下へ往くならば力を見せよ。 魅せねば死ね。 砕けて滅んで散って行け! 「カッカッカッ! こりゃあ初っ端から歯応えがありそうよなぁ!」 「風雲バアル城、と言った所か。中々楽しめそうではないか」 膨らむ殺意に怖気もせぬ『悪漢無頼』城山 銀次(BNE004850)に 『谷間が本体』シルフィア・イアリティッケ・カレード(BNE001082)が順次攻撃に移る。 物理耐性など知らぬとばかりに己が拳を。物理耐性があるのならば神秘による攻撃をと。 押し潰す。階層を限らぬ全体“数”ならば五分だが、階層毎に見るのならばリベリスタ有利だ。十の戦力で五と闘えばよほど戦力に差が無い限り勝つ事は出来る。無論、この階層で勝った程度で終わりではないが、それでも。 必ず越えねばならぬ階層だ。 故にああ――邪魔をするなよ蠅共が。 互いの闘気が高まり、ぶつかり。奔流の如く鬩ぎ合う。さすれば、 「蠅騎士団もはじめましてひさしぶりー王様元気? 仲良くしてる? ごーまいうぇい?」 『存在する不存在』疊 帶齒屆(BNE004886)が陽炎の如く。陽気な声と共に手を伸ばす。 なんだこいつは――何者だ。 まるで旧友に話しかけるかの様な帶齒屆に、騎士は思うが口には出さぬ。なにせ“彼女”と会うのは初めて……の筈だ。似たような“誰か”ではない。いや、そもそも“誰か”であったとしても親交は無いが。 故。振るう剣に迷いは無く。繰り出す刺突が帶齒屆を捉えて、 「うわーいーたーいー」 気の抜ける様な声だ。痛みを訴えながら、しかして表情に動きは無い。痛覚を無視している訳でも、我慢している訳でもなさそうだが―― と、その時。微かに、彼女の手が騎士の腕に触れた。鎧越し。軽く叩いたような音を響かせれば、 鎧が爆砕した。 『――!?』 防御を無視する魂殺し。肉体を、そして精神を殺す。その一撃によって出来た傷口を、 「見逃さねぇよ! い、く、ぜェ――ッ!」 『桐鳳凰』ツァイン・ウォーレス(BNE001520)が畳み掛ける。 弱った個体を集中して狙う。とにもかくにも数を減らす。その為に声を出し、狙いを定めて穿つ。見逃さないし、見逃せないのだ。なぜならば――“雨”がある。 慈愛の雨が騎士らの傷を癒すのだ。ここは室内。別に雨に濡れている訳では無いが、要は王の庇護下にあるかないかが重要だ。騎士らは無論王の下におり、その耐久性能に加えて回復能力を持っている。己も皆にラグナロクを付与したが、敵にも似たような効果があると考えれば、 放っておけばまたいずれ闘う力を取り戻すだろう。そんな面倒な事になる前に潰す。個体に集中して、一刻も早く。 『シィッ!』 そんな流れを察したか。騎士らもまた、攻勢に出る。 勝てねども。ならばせめて傷を。リベリスタ達に傷を残す。王へ。王へ。王の為に。 幾重の刺突が咲き乱れる。王より承った剣技を用いて。リベリスタ達に、傷を―― 「わりーけどさ。譲れねーんだわ、この勝負」 手拍子一つ。同時、澄み渡る癒しの力。 『真夜中の太陽』霧島 俊介(BNE000082)によるデウス・エクス・マキナだ。その効果は“雨”の回復を遥かに上回り、リベリスタ達の傷を癒していく。元より継続回復能力と瞬間回復能力との比較で劣る理由が無い。騎士らの攻勢。流れを止めんとばかりに、 「王様、待ってろよ。今行くから。その高みへ。今行くよ。届いてみせるから」 皆の力で打ち砕く。負けられない。負けられない理由があるのだ。 だから、往く。一階の騎士を確実に殲滅すれば。上を見据え、踏み込んで―― いた。 『おうよく来たな人間。早速だが――死ね』 死の神が、いた。 ●ここは冥界なり 冥府主モート。 その体そのものが冥界であるとされる存在。故か、彼の防御能力は人の域に非ず。物神双方に対する無効能力は、穴はあれど弱点ではない。そもそも両方効くのが普通なのだから。 「はじめまして、ね。死とその概念。お会いできて実に不光栄の至りだわ」 『舞蝶』斬風 糾華(BNE000390)が、窓際に鎮座するモートへと己が“蝶”を飛ばす。 いや、正確に言えば騎士の方がメインか。あくまでもモートは狙うことが出来たから狙ったに過ぎない。空を裂き、飛ぶ蝶複数モートと騎士へ。直撃し―― 『ハァッハッハ――!! いいねぇ開口一番殺しに掛かるたぁそういう姿勢は好みだぜ人間!』 「……そ。でもこっちは貴方に興味も用事もないの」 ――た、が。モートは身じろぎもしていない。刃は冥界たる体に飲み込まれ無傷だ。今は、物理耐性か。 「ふ、む。ならば“こちら”の攻撃は通じそうだな」 言うなり。糾華の背後から飛んだのは、符だ。占いの符。 占うは対象の“不運”であり、結果を具現として相手に叩きつける神秘の技。陰陽・星儀。『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)が放った符である。こちらも狙うはモートではなく騎士。結果を正確に導き出せば、 「潰れろ」 瞬時、影が襲った。現実に威力を持つその影は、余さず敵を包み込み不運を形として成す。 「物理が聞かぬならば、致し方ないな。貴様に用はないのだが」 続く形で床を蹴る小雷。またも追撃する形で雷撃纏いて駆け抜ける。 左足を軸に。体を半回転させて騎士の顔面に回し蹴りを。勢いを失わない内に近くに居たもう一体も狙って。左手の甲で脇腹を弾く様に。衝撃を伝えて攻撃と成す。舞うように。舞うように。 本来なら物理が無効でなければモートを狙ったが、“そう”であったのだから仕方ない。モートの様子には警戒しつつ騎士を狙って。死への臭いは鉄心で抑えて。 『俺を無視して雑魚に行くなよ。妬けるじゃねぇか』 瞬間、モートが動いた。炎だ。モートの身から炎が蠢き出てきており――弾ける様に周囲に広がった。 それはモート自身を除き、リベリスタと騎士を巻き込んで尚に広がる。仲間たる、騎士への被害など彼は頓着していない。 いやそもそも仲間とすら認識していないか。密閉空間で、10m範囲全て巻き込む能力しかないという死ぬほどクソ迷惑なモートだ。もしバアルと同階層にいた場合同士討ちが酷い事になっていただろう。リベリスタ達の被害も甚大になりそうで、有利とも不利ともなんとも言えないが。 ともあれ、雨すら乾かさんとする勢いが部屋に広がった。死が臭う。炎から死が臭って来る。踏み入れば逃さんとする冥府の一端が、そこにはあった。 されど。 銀次だ。カカッ、という短い笑い声と共に彼は炎を超えて、 「なぁ、死なねェんだろ? 奇遇だがよぉ、俺もしぶとさってやつには自信があってなァ」 前に立つ。死の神の、前に立ち。 「ちぃっと見せてくれよ。テメェのしぶとさってやつをな」 『おいおい“生きている”奴が“死んでいる”奴にしぶとさで競るつもりかよ』 「おおよ――眼中にもねぇぜ?」 引かず逃げず視線も逸らさず相対す。 死の神だろうが知った事か。強者に挑むなど初めてでもあるまいに。臆す理由などどこにもない。 「わふー。我が嫁モート。王様に会いに来たぞ」 そして帶齒屆もまた臆さずモートへと接近する。真正面からではない。どちらかと言うと後方からだ。 彼女は陣形の事はあまり考えていない。故、揺り動き、モートへと近寄り、触る。 騎士の鎧を破砕した技だ。神秘によるソレはモートの防御を突破し、ダメージを与えて。 『アアッ? しっかし、さっきから……んだテメエら。命が世界に守られてんのか? おぞましい連中だなぁ死んだら死ねよ。生物の基本だぜ?』 「死っななーいし☆ ていうかもう死んでるぞー? そーんな事もわかんないのかー?」 双方煽る煽る煽り合戦だ。怒らせる必要など互いに無い筈なのだが、なぜか煽る。何故だ。素か。なら仕方ない。 まぁ互いの性格はともあれ反撃とばかりにモートが死の属性を撒き散らした。不吉を誘う闇。こちらもモートを中心として、破裂するように広がれば――わー。と、言葉と共に帶齒屆が転げている。これまた表情は動いていない為どこまで本気で痛がっているのかよく分からない。実に彼女らしいとも言えるが。 「モート――冥界の王、か。相手にとって不足は無い。私の力をぶつけるにも、な」 声はシルフィアだ。“準備”は整った。動く時だ。 十秒を掛けて重ねた詠唱。紡ぐ魔法陣。およそ彼女の持つ最高威力が顕現する。 極大至天。 ――マレウス・ステルラ。 天地の道理を捻じ曲げて、大展望台二階に鉄槌の星が降り注いだ。 「やっ――」 たか。 思わず口にしかけたその言葉。だが。星降り注ぎし、その先から。 『おお結構今のは良い感じだったと思うぜ? ――だが殺すには足りねぇよ』 「……流石。硬いか」 モート健在。死の神倒れず。 蠅騎士はリベリスタの攻勢とモートのクソの所為で一階よりも早めにその体力を打ち減らしているようだ。倒れてこそいないが、傷が深くなり始めている。 ただしそれはお互いに、だ。原因は大体モートのクソ野郎の所為である。 奴の冥府の主としての力。回復スキルの威力軽減。 それにより、回復役たる俊介の力が大きく殺がれている。あくまで効果は半減であり、全てが無意味になっている訳では無いが……それでも消費する魔力は一定のままなのだ。デウス・エクス・マキナを連発するならば、急速に余剰魔力が減っていくもやむなし。ツァインがいざとなれば前衛としての抑え役から回復役へと回る事も思考しているが、さてどうなる事か。 どうあれ彼は見据え始める。特別展望台へと繋がる道。 エレベーターを。 「そろそろそっちから突入する事も考えねーといけないかもな。 ……その場合は、“任せろ”よ?」 床を蹴る。壁を蹴る。天上を蹴る。 どこであろうと己が地として部屋の隅々を踏破するカルラ。狙う騎士はやはり弱った個体で、拳を飛ばす。射線封じなどさせるものか。縦横無尽に駆け巡る。 しかし流石に射線の確保はともかく庇いあいまでどうにか出来ている訳では無い。が、今宵の敵は複数階に分散している。いつぞやの庇い合う形をとっても押して往けるだけなのだからそこまで怖くは無いものだ。 倒す。倒す。倒していく。一体ずつ確実に。そして、 「届いたぞ――モート」 ユーヌの符が、ついにモートを狙い定めた。 騎士を襲った様に。モートすらも不運の影に包み込めば、 影の中で何か、ガラスが割れる様な音がした。 恐らくは無効能力が一時的に解除されたのだろう。陰陽・星儀にはブレイクの力がある。その上でユーヌの正確な狙いがあれば、解除可能性は十分あるのだ。100%毎回出来る訳では無いだろうが―― 「分かった? そう簡単に甘い汁は吸えないから……ね?」 出来る、という手段があるだけでもモートとの戦いでは大きな意味を持つ。故に、物理無効だろうが神秘無効だろうが関係なくなったこの状況で、綺沙羅は全力の一撃を叩き込む。 魔の雨――陰陽・氷雨。室内に発生させたその雨は縦にではなく横に降って、 “窓”を割った。 『――』 モートがあからさまに不機嫌な顔を見せる。 “渇き”の属性を持つモートに雨は合わないのだ。氷雨も少しばかり苦手意識があるのか、回避の色を強くみせる。 されど逃さない。十秒を跨げばまた復活する不死性を、今度は糾華が狙わんとすれば、 それより一手早く。モートが撒き散らす不運の死が糾華を含め前衛を襲う。攻撃の失敗そのものを誘うつもりか。俊介の回復が飛べば不運を打ち消すが、それでも尚にモートはしぶとい。 物神が切り替わる。不死性は時として拳を、あるいは符を無効化。そうして撒かれる炎と死。回復が万全の状態で行き届いていればまだ幾らか余裕をもってリベリスタ達も戦えたのだろうが、モートがいる以上仕方ない事だ。 押してはいる。もはやモートにもさほどの余裕はあるまい。だが、とにもかくにも時間が無いのだ。カウントしている数名。皆分かっている。無情に過ぎる時は、戻ってこない。故に、 「時間だ。行くぞ――特別展望台へッ!」 戦力を二手に分けて、上を目指す。 極論すればモートは別に倒さなくても良いのだ。されど放ってはおけぬ判断故、こちらに四人置いて他を上層に突入させる。残るメンバーはユーヌ、綺沙羅、カルラ、帶齒屆の四人。 「ちゃんと倒して上がってきてくれよ? 任せたぜ!!」 「任されたよ。うん、行ってきて」 ツァインの声とラグナロクの効果が飛ぶ。モートに攻撃していた手を止め、エレベーターへと向かうのだ。 残る綺沙羅が声を返して。雨氷をモートへもう一度と炸裂させる。で、あれば。 『アァ!? 今良いとこだろうが! 俺が殺してやるんだから泣いて喜べやオラァッ!』 疲弊具合で圧倒的に上回っている癖に戦意失わぬモートが、上層へ往こうとする者らを狙い定める。 どこに行く死から逃げれるとでも思っているのか滅びろ滅びろ砕けろ砕けろ。 呪いの如き殺意がリベリスタ達を捉える――が、 「喚くなよ“前座”。ただ阿呆の様に死なぬから仕方なく相手をしてやっているだけだ」 「つまりだな――お呼びじゃないんだよお前は!」 ユーヌの符がモートに直撃。間髪入れずにカルラの拳もモートの胸にぶち込めば、 衝撃波がその身を奥へ叩き飛ばす。 近寄らせてなるものか。何の為に残るというのか。 「おこなの? おこなの? 死んでるのにおこなの? 神の癖におこなのー?」 更に帶齒屆が追撃。魂砕く一撃をモートのその身へ直に。さすれば吹き飛ぶ――モートの霊魂。 今ので一度倒せたのだろうか。それとも二度目か? 死を纏うモートの死は、見えにくい。 しかしいずれにせよ完全に倒しきるのは遠くなさそうだ。 だから、ああ。 頼んだぞ皆。 “上”はきっと――もっと厳しい“奴”がいる。 ●特別展望台 「ああ――」 ここまで来た。とうとう来た。逃れられぬ戦いが、やってきた。 上がってくる。上がってくる。上がっていく。上がっていく。 そして。 扉が開く。ゆっくりと。 そして。 「よくぞ来た英雄諸君」 振り向く影が、語り掛け。 いた。 「さぁ闘おう」 そこにいた。 魔神バアルが――そこにいた。 ●魔王バアルゼブブ エレベーターの道中、モートの効果から逃れたリベリスタ達は態勢を整えた。 付与を再度。俊介の力で体力を出来る限り回復させ、バアルの下へと辿り着いた。 人数では万全と言えぬが、それ以外。出来る限りの事は行ってここまで来た。だから、 「王よ、お待たせした。さぁ闘おう。さぁ始めよう!」 後は死力を尽くすのみ、だ。一斉に特別展望台へ雪崩れ込むリベリスタ達―― を。 「ヤグルシ」 王の一声同時。雷が襲い掛かった。 タワーの周辺に落ちていた雷の一つが急速方向転換。特別展望台の窓を突き破る。 自然現象からすると在り得ぬ軌道だ。が、神秘の世界の出来事に驚いている暇はない。 「――カッ、カッカッカッ! おうおうそうだよなぁこれだよなぁ! 圧倒的強者てのはよぉ……これだから――」 エレベーターより走り出た銀次が肌で感じている。強者。圧倒的強者の気配を。モートは死の臭いこそ強かったが、これは比較にならぬ。密度が違うのだ。強さが違うのだ。悪魔には詳しくない彼だが、それでも分かる。この敵は、 「挑み甲斐があるってもんだよなぁ――ッ!」 纏う気は神代の怪物、八岐の如し。名もなき刀と共に滑り込む王の眼前。 振り抜いた。剣撃八。下層では味方も多く巻き込みかねない故に使い辛かったが、今は違う。常人には認識し難き速度の、八岐の首と同じ数の剣撃。風切音すら後に聞こえて、 「バアル。俺には、貴様をロシアで逃がした責がある」 同時。銀次とは別の方向から小雷が往く。 脳裏に浮かぶはバアルが以前現れたロシアの事件だ。あそこで討ち取れていれば、今ここにいるバアルの力を幾らか殺げていただろうか。無論。もし、の話をしても仕方ない事は分かっている。 「故にッ! ここでこそ決着をつけさせてもらうぞ!」 握る拳はかつてない程に力を込めて。狙うは翼――蜘蛛の足、だろうか。そこを狙う。 空戦能力を潰す為に。銀次とのタイミングはほぼ同時。 「うむ」 瞬間。バアルが、剣を、構えて。 「良い。やはり卿ら、至高である」 八岐と“打ち合った”。 弾いて無効化しているのではない。防御の一つだ。銀次の苛烈なる攻めを避けるより、打ち合う事をバアルは選んだのだ。部位狙いとなった小雷の一撃は身を捻り。寸での所で当たらぬように立ち振る舞う。 凌いでいる。二人からの攻撃をバアルは凌いでいる。ならば、 「お久しぶりね、魔神バアル。覚えているかしら?」 糾華が往く。こちらもまたマイムール対策に軸をずらしていれば。 再び見える機会が訪れるとは思わなかったこの邂逅。かつて対峙した時と変わらぬ王の振る舞い。 やはり今も、変わっていないのならば。 「全力で当たって砕かせてもらうわ。魔神の王よ」 振るわれた黄金剣。当たる当たらぬの事象を塗り潰した権能で満たされた一撃だ。 そうでなくとも高速。あるいは神速と言える斬撃――を、糾華は“躱した”。 ある筈の手応えがない事。すぐさま王は事態を察知するが、反応はさせぬ。糾華は斬撃の下を擦り抜けて懐に潜り込めば、 放つ五重残影。全てを瞬時に叩き込むのだ。 「むッ――、余の権能を躱すとは」 「言ったでしょう? 全力で当たって、砕くと。嘘を言ったつもりは無いわよ?」 彼女は、いや、この戦場において彼女だけがマイムールを五分に近い確率で躱せる実力をもっている。それは純粋なる回避とは少し違うが、その域にまで至ればもはや脅威の一言で。 「私にとってはロシア以来だな。王よ」 そしてシルフィアが、エレベーター内で整えていた詠唱を、 「今回はあの時と違う。もっと純粋に闘えている……実に、喜ばしい事だ」 終わらせる。モートの初撃に放った技と同じ――隕石だ。 炸裂する二度目。単体に使う技としては消費の激しい技だが、余裕のあることは言っていられない。 何せ相手は―― 「――ヤグルシ」 “王”なのだから。 再び声が聞こえたと同時、バアルの近接周囲が薙ぎ払われる。自身に接近した三名を纏めて薙ぐつもりか。更に続けて後衛に対して遠距離のヤグルシを放てば、特別展望台はもはや雷撃だらけだ。 故、小雷が直死嗅ぎの効果でヤグルシの狙いを察知しようと思ったが――駄目だった。直死嗅ぎはあくまで己の事しか分からない。その上、真実“死の一撃”が迫った時に反応する能力だ。戦闘に活用は残念ながら出来ない。 しかし恐ろしい。ロシアにて、切り札の様に放ったヤグルシを――ただの通常技として放ってくる。 これが本来の実力。これが真実のバアルゼブブ。 気は抜けぬ。抜けば死ぬ。間違いない。王は本気だ。 「――バアル! 頼みがある!」 と、その時だ。 後方。癒しの力を行き渡らせている俊介が声を飛ばした。バアルに、どうしても頼みがあったから。それは、 「もし俺らが勝ったら……キーラの魂を返してくれるとか、駄目か?」 キーラとは。少し前、バアルがロシアに現れた事件で犠牲になった少女の事だ。 詳細は割愛するが、死したキーラの魂はバアルが回収している。それを返してはくれないかと俊介は言っているのだ。 駄目だと言われるだろうか。王は、笑うだろうか。それでも、彼は、 「この世界の人の魂は、この世界のものだと思うんだ」 そう思うから、どうか返してはくれないだろうか。 キーラに伝えたいのだ。死なないといけない。死ななければならなかった運命の者など、 「この世界に一人だっていやしないんだ」 だから、どうか王よ―― 彼女の魂を、解放してくれ。 「フ、ハハ。そうか。そこまでこだわるか……ふむ。そうだな……」 数瞬。戦闘中であるがゆえに僅かにだけ思考する王は判断を即座に。応えを出す。 「良いぞ。では“卿ら”が余の“望み”を叶えたその時、魂を解放すると誓おうではないか」 「……望み? 望みって、なんだ?」 単純な事だ、とバアルは言う。 構える黄金剣。それと共に、王は口を開く。 己の、望みは―― 「“余を打倒しろ”。それだけだ。それだけでいい」 余を打ち倒せ。 言うなり意味を理解するより早く剣を振るった。狙うは回復手たる俊介で、 放たれたのはマイムールの力。糾華でもなければそうそう躱す事は叶わない。故に、 「霧島ァ、下がれ――ッ!!」 ツァインが往く。俊介の前へ。盾となる為に。 剣撃の衝撃波を真正面から受け止める。 「お、おお、おおおおおッ――!」 バアルの一撃。避ける程の力は彼に無い。 しかし直撃を逸らせる程には鈍くないと自負している。ただ只管に。只管に。 残りの力、全て耐久に回した。意思を固めた盾を崩せるなど―― 「思い上がるなよ……王様……!!」 凌ぐ。凌ぐ。凌ぎ切った。 重い一撃だ。ああキツイ一撃だ。受け止める事を前提にすると非常に負担がかかるものだ。それでも、 「ッ……! おいおい、頼むぜ王様……次があるかわからねぇんだ……!」 全部で頼むよ。こっちも全部出そうとしているんだ。 人を舐めるなよ――魔王。 「――ク、ククククク。なんという戦意だ。なんと可愛らしいのだ卿らは。ああ実に愛おしい。 だが……良いのか? このままでは卿ら……」 負けるぞ? という言葉は飲み込んだ。確定した様な物言いは侮辱に等しいと感じたか。 されどリベリスタが不利なのは確かだった。致命的なのが人数だ。下に残った人数は四人。例えるならば、既に半数近くが戦闘不能になった状態でバアルと戦闘している――という状況に等しいのだ。合流できれば改善は出来るだろう。 問題はそれが“いつ”になるか、という訳である。 大展望台から特別展望台までおよそ四十から五十秒。たしかにその程度かかる。その推測は間違っていなかった。 しかし逆に言ってしまうと、それを二度利用した場合エレベーターが特別展望台から降りてくるまでに四ターン。もう一度上に行くまでに四ターン。最速でも合計八ターン近く四人いないのが確定だ。それならば非常階段を走り抜けた方が早かったかもしれない。 誰かが見た。エレベーターの現在階層を。糾華が特別展望台まで着いた時、下へのボタンを押している。ならば少なくとも大展望台にエレベーターはある筈だ。後はそれが上がってきて―― いた。 上がってきている。エレベーターが、特別展望台へと。誰かが、乗っている。 「ククッ、さて来るのは誰であろうな」 「……どういう意味だ」 「知れた事よ。下の階でモートが勝っていれば……そこから来るのはモートだ」 敵か、味方か。エレベーターに意思は無い。誰であろうと乗せてくる。 モートか。それともリベリスタか。着くまで分かりもせぬならば。 「余としてはモートが来ても困るが。まぁ、そういう可能性もあると言う訳だ。 卿らの命運はどちらに傾く事か実に楽し――」 「来るさ」 小雷が断言した。来る、と。どちらが? 言うまでもない。 ツァインが言ったのだ。任せたと。あちらは応えたのだ。任されたと。 「だから」 ああだから。誰も疑ってなどいないのだよ。 エレベーターの扉が開いて、 「来たぜ――約束通りな」 出てくる影は四つの人影。 モートに非ず。神に非ず。天に到達するは人の意思。今ぞ皆が揃いけり。 いざや挑まん。真なる全力――天の魔王へッ! ●■■■■■■■■■ モートは倒した。ユーヌの星儀が不死性を突破し、他のメンバーで一気呵成に攻め上げたのだ。体力を一度は0にまで出来ていたのだから、後は完全に倒せるまでどれだけ被害を少なくし、速攻で倒せるかが肝になっていた。 気付いた時にはエレベーターが戻ってきていた。即座に乗り込む。モートの致命攻撃の影響が残って無い者から順に大傷痍による回復を行えば、ある程度マシな状況を迎えた。 「はろー我が嫁バアル。元気してた?」 「……むっ? 卿は、いつぞやの……いや違うな。別人か」 そうしてまず往くは、帶齒屆。 バアルに対しても変わらずに彼女は彼女のままである。まるで旧知の間柄の様に語り掛ける様子は、バアルに以前会った誰かと錯覚させたが――すぐさま違う事を看破される。 接近。からのソウルクラッシュ。防御を無視する一撃を同様に、触れようとしながら。 「みーてみてまねまね」 ヤグルシを、マイムールを。見て、真似できぬか。眼に焼き付けんとする。 依然として表情動かぬその様からは察しにくいが、彼女は本気かつ真面目だ。真面目に模倣出来ぬかと試みて。 その横から、綺沙羅も往く。近接範囲に潜り込みながらの、エネミースキャンだ。 解明するべくは最後の能力。貴重な一手ではあるが、知る事も重要だ故に、 覗く。 ――■■■■■■■■■―― 見えない。見えない。見えない。 深い。深い所にある。魔王の奥底に。雨のベールが包み込む、深奥にある。 されどあと少し。軋むほどに凝らす目が、 ――■雄■バ■■■■■―― その、一端をついに捉えて。 「覗くか。卿」 刹那、王が狙いを察知した。 視線が合う。と、同時。雷撃が帶齒屆と綺沙羅に襲い掛かれば体が痺れて、寸前で投げたペイントボールだけが王の体を濡らす。 透明化対策だ。あるのは分かっている故に。とは言えロシアでも表現したがそれは“非戦”の域。戦闘の始まりし今となっては戦闘に活用出来る事は無いだろう。超直観を回避行動に直接役立たせることは出来ないのと同様に。それらは、あくまで非戦なのだから。 「よぉ王様。勝たせてもらうぜ、今度こそな」 カルラだ。王との関わりは一年前からである。 恨みや怒りの類は存在しない。殺したい訳でも倒したい訳でもなく――勝ちたいのだ。ただ純粋に。 往く。ここでも壁を、天上を自在に己の足場として。回り込むはバアルの死角。 人型であるならばバアルにも死角は存在しよう。針の穴通すが如き拳が、遠距離から放たれた。 「ククッ。良いぞ、卿のその闘気。以前よりも更に上がっている。いいぞ、良いぞ人類!」 「やれ、随分と楽しそうだな王。上から見下し、まるで娯楽と玩具を欲しがる子供だ」 人数が増え、手数が増えれば己が不利になるというのに――バアルは笑っている。 そんな様。眺めるユーヌが呆れたように、 「ああ……いや間違っていないか。子供は王様とも言うしな」 言の葉を紡ぐ。 子供の有り様は王の如し。アレが欲しいこれが欲しいと駄々を捏ねるまるでその様だ、と。まぁ子供は精神的に未熟であるからしてまだ可愛げがあるが、 「もっともお前は……どちらかと言うと“裸の王”、だがな」 敵を縛りし符。練り上げながら、打ち出した。バアルの体に巻き付き、束縛せんとして。 弾かれた。WP。二度行う魔王の力が、BSの持続を許さない。 再び戦場を雷撃が染め上げる。 穴が無い。バアルはとにかく穴が無い。遠近物神対応可能かつ、強力な再生能力たる王による慈愛の雨がバアルのダメージを洗い流す。長期戦が可能なこの能力によって――タワーを駆け上がってきたリベリスタ達と段々差が出始める。 俊介が絶えず癒しの力を放っているが、やがて限度はこよう。戦いが長引けば長引くほどに、いずれは隙が発生する。EPの限界点、並びに付与の再展開だ。 ツァインのラグナロクによってかなり楽にはなっているのだが、消耗の激しい技を選択すれば話は別。付与に関しても、事前の付与は認めたが戦闘中に再度行うその一手。攻撃の止まるその一手を――バアルは見逃さない。マナトレーディングでも同様に。 押される。 「ぬ――ォオ!」 されど負ける訳に行かぬと、銀次が奮い立つ。一度倒されても尚に立つ力のある彼は、 「死ぬ気はねェさ。だがよ、お生憎様命削る戦い方しか――俺ァ知らんのよ!」 異常なレベルでバアルに食い下がっていた。同様に、食い下がる方向性違えど糾華も同じだ。 こちらもまた、マイムールを、ヤグルシを。限度ギリギリまで躱し続ける。半々確率。それでも完璧に躱せればダメージは無く。 「貴方の好む魂の輝き。それを与えることは出来ないけれど」 躱し損ねた左腕が潰された。遥かなる激痛。奥の歯で噛み殺して、 踏み込む。両者ともに恐れず――王の懐へ。 「卿らッ――!」 万物逃さぬ権能。偽り無き全霊なる刺突。蠅騎士のソレとは比べ物にならぬただ一つなる――至高。 ソレ、すら。 捉えたのは、彼女の影のみで。 「その悲願は叶えましょう。これが私の――真骨頂よ」 見えた“蝶”。羽ばたく様を、止めれはせぬ。 「もういっちょだ……もういっちょう……! まだやれるぜ……!」 ツァインだ。既に彼の身も限度に近い。死力を尽くしてマイムールを、そしてヤグルシを逸らし続けるが――“受け止め続ける”故にこそ、彼の身は最も削れ果てていた。それでも己の生き様を諦めはせぬ。彼のおかげで癒し手が癒し手足り得ているならば。不満など一切ない。 「お……のれッ! バアル……!!」 されどその時――後衛の一人たるシルフィアを庇っていた小雷に、限界が訪れた。 以前見たヤグルシ。その経験を活かせれば……そう考えはいたが。 縛り主たるキースの実力が上がっている為だろう。ヤグルシの威力も必然的に上がっている。別物とまでは言えないが、そこまで経験を活かすことは出来なかった。もっともそれはバアルも同様。一年前。そしてロシアで見たリベリスタ達の行動を経験として活かすことは出来ていない。彼らもまた同様に――成長しているのだから。 「くっ……回復がおいつかんな……!」 シルフィアも攻撃より先に天使の歌を使い始めるが、それが残念ながら悪手となってしまった。劣勢下、守りに入った場合継戦に余裕のあるバアルに押し潰されてしまう。ヤグルシの麻痺が付与されれば尚に。 まぁ、それでも癒しの力が無ければ厳しいのも現状だ。故、ユーヌは二回行動の余裕が出来た際に放つは癒しの力。大傷痍。固定回復ではあるが、決して低い威力ではない。 だが。 その能力を見た、バアルが。 「モートも相手にした上で、よくやったよ卿らはな」 「チッ――狙ってくるか!」 俊介よりも先に、まずはフリーの癒し手を潰しにかかった。 マイムールで逃さず狙う。二連続行動をユーヌ一人に叩き込むのだ。逃さぬ逃さぬ必なる一撃。 肉を抉った。ユーヌはテクニック特化であるが故に耐久が低い。絶対当たる前提のマイムールと相性が悪い一人だ。 一人。一人と狙っていく。下層で行ったリベリスタの戦術を今度は王が。 ついに銀次も倒せ伏す。次いで帶齒屆が。 前衛を担っていた者達が、倒れて往く。運命を燃やして尚に立ち上がるがそれにも限度がある。バアルの体力の底が見えていればまだ逆転の目もあったが、事ここにまで至るともはや厳しい所ではない。 「まだだぜ……ああまだだよなぁおい! こちとらなぁ――自分の生まれた世界で、足掻いてんだよ!!」 生き足掻いているのだとカルラが叫び、 「余所から滲み出て来たカミサマの一部くらい、踏み越えられねぇでどうする!」 振るう拳でバアルを一閃。どこぞのなんぞの神様“程度”。勝たねばならぬと心に誓い、 おのれ負けてたまるか。このままであれるものか。俊介は狂おしい程に残存魔力を振り絞り、 キーラを。キーラの魂を。 輪廻があるかは知らないがあるのならば――戻してやりたい。 もう一度彼女に人生を。意味を。確かな意味を。 「バアル! 人間は弱い。弱いんだ!」 でも。 「何かを果たすために。成し遂げる為に――幾らでも人は、俺たちは強くなれる!」 だから。 「負けられないんだ俺たちはッ!」 振り絞る。歪曲を願う程に。狂おしく願う程に。 しかし無情なるかな。捻じ曲げるには至らなかった。 運命は、微笑まない。 「命を賭けなきゃいけない場面じゃない……うん、分かっているよ」 理解している。頭では。されどそれはそれとして――退けぬ。 あの日、言ったのだ。獅子を噛み殺す蟻の事を。 例え小さかろうが。例えば大きかろうが関係ない。蟻には蟻の矜持があるのだから、 「言葉を嘘にしないために、命がけで噛みついたって……いいよね?」 「いいぞ、ああならば命を賭けてみろ。余はその魂――称賛しようッ!!」 しかし、 「今は、諦めておけ」 こちらもまた、運命を捻じ曲げることは出来なかった。残量が多い故に、確率に負けるのだ。 マイムールの剣撃が薙ぎ払っていく。 全身を血に染めるツァインを。そして――癒し手として継戦に努めていた俊介に、バアルの手が届いた。 まもなく戦闘不能者が半数を超えてしまう。撤退の意思を、誰かが決めた。 これ以上は。無用な犠牲を出してしまうだけだと。 「退くか。良い。それで良い。退く勇気を知る者は――いずれ余を打倒できる」 期待している。期待しているのだよ人類。ああ卿らは強い。 「余如き魔王に負けてくれるな人類よ。強き人類。 “卿らは強いのだ”。“余を打ち倒せる”。“必ず余を超えるのだから!”」 バアルは期待している。キースに。リベリスタに。人類に。 信じている。人類が己如きに負ける筈は無いと。そして“負ける”側が手を抜くなどあってはならぬから。 「余もいずれ――卿らを全力で滅ぼそう!!」 笑う。笑う。笑い続ける。 それは狂気に等しき人へのシンライ。信じている。信じている。シンジテイル。 今。誰も見た事の無かった。 バアルの異常性の一端が見えた気が――した。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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