● 真実の正義や善などが、実際に存在するのであろうか。 いや、そんなものは、実在しないであろう。 何故なら。 もしもそんなものがあるのだとすれば、きっと哲学者が既に見つけていたに違いないのだから。 ●邂逅。 <力が欲しいか。 欲しいなら、くれてやる> 「……あ」 真っ赤に染まる視界の中、声がした。 気がつけば、目の前に佳麗な刀身があった。 全てを変える力が欲しかった。 全てを消し飛ばしてしまう程の力が欲しかった。 それだけの力でなければ、何も救えない。 眼前で要救助者が喰われていく様を見せつけられ、彼は、そのことを痛感していたから。 彼は迷わず、その剣を握った。 ● さあ、今日は誰を助けようか―――。 そう考えて男は顔を上げる。線が細く中性的。整った顔立ち。所謂、美男子。 だがその容姿とは不釣合いに、目は飢えていた。視線は求めていた。 そうしないと、俺は生きていけない。俺は、この世界に存在する事を許されない。 最初は、罪滅ぼしの心算だった。 中学生の時である。 最愛の家族を喪った。旧知の友を喪った。この界隈では、よくある話だ。 悲しかった、哀しかった、かなしかった。 だから罪滅ぼしの筈だった。復讐の筈だった。それで良かった。 家族も友も失ったけれど、今度は仲間が出来た。リベリスタという肩書は、自分は此処に居ても良いんだ、と肯定してくれた。―――何時の間にか、笑えるようになっていた。 勲章が、功績が増えるたびに、心が歪んでいった。 この背中に死体が積み重なるにつれて、俺はその重みを何時しか忘れていた。 勲章は敵を倒す俺を肯定する代わりに何も出来ない僕を糾弾した。 ―――ああ、今日も何処かで『事件』が起きている。 起きている。起きているに違いない。起きている――筈なんだ。 起きていてくれないと―――、『困るんだ』。 男はゆらりと立ち上がった。 背中には美しい深紅の大剣。 闇夜に煌めく鮮血の朱色。 ありがとう、の言葉が、彼を変容させた。 「俺は英雄。唯一の存在。悪を斬り、悪を滅ぼし、人々を導く英雄。 英雄は敗北しない。 英雄は留まらない。 英雄は―――ない。 さあ、今日は誰を助けようか……」 (貴方は私達の『英雄』だから、) 誰かがそう囁いた。何処かで囁いた。甘い言葉に疑いもせず、男は頷いた。 俺は間違っていない。そんなことは断じてない。事件は俺が解決する。全て俺が解決する。邪魔はさせない。この世界に英雄は二人要らない。 「そう、俺は英雄。全てを救う者……」 男の――白羽隼人の――吐息に呼応する様に。 街の何処かで――、悲鳴が響いた。 ● 『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)は、闘争こそが全てと囁くだろう。 『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)は、純粋に正義を貫くだろう。 『不滅の剣』楠神 風斗(BNE001434)は、挫けた者の心が、護る事の意味が理解できるだろう。 『Brave Hero』祭雅・疾風(BNE001656)は、英雄の本質を知るだろう。 『どっさいさん』翔 小雷(BNE004728)は、血の高潔さと卑劣さ、その赫さを噛み締めるだろう。 『Matka Boska』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)は、祈りの果てに『解答』を導き出すであろう。 己が正義が、無形の正義が、不定の正義が『其処』にあるというのなら、証明してみせよ。 譲れぬものがあるなら、求めるものがあるなら、救えぬものがあるなら、救えるものがあるなら、 拭えぬものがあるなら、贖罪できぬものがあるなら、そこに自己を投影するのなら、証明してみせよ。 慟哭する精神は捻じれ、曲り、産声を上げた。 示して見せよ。 白羽隼人は、貴方達を待っている―――。 ●ブリーフィング資料。 『アーク』はリベリスタ『白羽隼人』の所持する剣型破界器、コード『≪英雄症候群≫(メサイア・コンプレックス)』が崩界因子であることを確認。 当該破界器の所持者である白羽がその異能の行使により多くの神秘事件を『引き起こしていた』ことが判明。 白羽と接触し、当該破界器の引き渡しを要求するが、白羽はそれを拒否。後に、逃走。 多数の人的被害も考慮しうる事から、当該時点を以て、白羽隼人を『断定的に』フィクサードと認定。 生死は不問。白羽の『凶行』を止めるべく、リベリスタ派遣が決定された。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:いかるが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年09月23日(火)22:16 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 風斗が声を掛ける間も無かった。 もう幾分の歳月を住人無しで過ごしてきたであろう、埃っぽく、けれど何処か真新しいままのリビング。『剣』の柄に手を掛けるや否や、白羽はリベリスタ達の胸元へと一足で斬り込んだ。 その動作は極めて軽やかで暴力的。振り下されたその剣筋を、疾風の両刃刀が正面から受け止める。余りに破壊的な威力に、疾風は顔を顰めた。 「―――≪英雄症候群≫(メサイア・コンプレックス)か……!」 疾風が間近で見るその姿は、報告通りの深紅の剣。極めて異様なその存在――疾風が弾き返すよりも早く、白羽の方から剣を引いた。 視界は良くない。空間的余剰も多くは無い。暗さについては多数が対策を取っているが、危険極まりない至近距離の乱戦は避けられない――、細工人形を思わせる天乃の瞳は、見定める様に白羽を覗いた。 (英雄、か……皮肉なもの、だね) 英雄が英雄である為には、救われるべき悲劇が必要であり、 ―――裏を返すと、其の様な悲劇さえ無ければ、抑々、英雄など必要が無 い。 初手から風斗が説得に取り掛かろうとしていたのは、夏栖斗と同様の心情故だった。 救えたものも、救え切れぬものも在った。抱えるモノは膨大で、しかし、その手は余りに小さすぎた。握りしめた拳からは数えきれない程に大切だった何かが零れ落ちて―――嗚呼、何度カミサマを恨んだのか、もう覚えてすらいない。 「全て、思い込みだ。白羽さん、あんたがどうやって其れを入手したのか、委細は知らないが、 其処に『英雄』なんていやしない。悲劇は起きるべくして起きた。 ―――あんたの深層心理に対して従順に」 其れが悲劇の剣だと云うのなら、風斗の其れは不滅の剣である。互いに輝き合う切先が宙で交錯しながら――本来そうしたくはなかったが――、風斗の言に、白羽は視線を尖らせた。 「その類の言葉は聞き飽きた。そしてそれ故に犠牲が出た!」 白羽が奥歯を噛む。強く握りしめた深紅の剣は、胎動するかのように色彩を歪ませ、そして、次の瞬間には、白羽を囲むように、サクリファイスが出現していた。 数は複数。五体か。頭部の無い、真っ白なマネキン。 ――それが救いの形、ですか。 リリはその在り方を唯一つに規定しない。だが、何時か『其処』に至る為に。 咄嗟にリリが両手に銃を構えた。白羽が、問答無用に斬り込んできていた。 「己を見失った貴様に悪と呼ばれる筋合いはない」 小雷が正面から受けて立つ。その白羽の『貌』を見て、小雷は切る様に言い放つ。 「自分に誇りを持てずして何がヒーローだ。 その勲章が、背負っている使命が重すぎると云うのなら、俺達が捨ててやる」 世の中が善悪で単純に二分割出来ない事は小雷にも分かる。 ……ああ、だから目の前の≪この男≫(白羽)は、その面影が何処か……、 「邪魔を――するなぁ!」 風切音が破壊的に鳴り響く。痛烈――小雷が正面から受けた。そのまま、次の斬り込みの体勢に入る白羽の、その傍から純白のサクリファイスが滑らかに生生しく動きだす。『宿主』を庇う事を優先するその『心象』は、この状況でむしろ動き出すことが白羽を安全圏へ運び出すと判断した。 説得は……難しいのか。 夏栖斗が似た様に美しく紅色のトンファーを構える。表情は硬い。何時だって状況は儘ならない。 「……僕だってな!」 悪意に塗れ、散っていった命を、知っている。 そうさ。知っている。 人が人である以上、救えるものには限りがあって、此の掌から零れ落ちて行った限りなく尊く、綺麗で、果敢無いその雫を、知っている。 何時までだって覚えている。忘れてなんか――やらない。 「女の子三人救えなかったことに、 どんなけ悔しい思いしてるかわかってんのかよ……っ!」 そうして目の前の三人を救えなかった事を、忘れない。 ――白羽の視線と、夏栖斗の視線が交錯し、白い肢体が引き寄せられるように夏栖斗へと向かう。 だけど、その力に振り回されて『英雄』の本文を見失ってしまったら、それは唯の『暴力』だ。 その暴力を捨て置く法を、リベリスタは持たない。ならば、此処からは大なり小なり互いの血を流さずして、事案を収束させる術を、誰も持たない。 「救いたいという気持ちは時として傲慢で残酷。そう言われた事が、私にはあります」 閃光と銃声。肌寒い空気が震えて、熱い怒声がリリ達を襲う。 (――それでも、御厨様や楠神さんの背中を見て、思うのです) その気持ちは尊く、眩しいものだと。だから、白羽の想いも同様に――守りたい。 神をも殺す≪魔弾≫(いのり)で、 「さあ、『お祈り』を始めましょう」 哀しい歪みを砕け。 ● 正義も行き過ぎれば妄執に囚われ悪と大差が無い。 故に、真実の正義も悪も無いのかもしれない。 だから、私は正義そのものではなく、正義の味方と成ろう。 閃光と共に轟音が響いた。リリの構えた哀願の二丁拳銃から無数の弾幕が放たれ、天乃が合わせてサクリファイスへと躍り出る瞬間を好機と見て、風斗、そして疾風が白羽へと対峙した。 風斗は、しかし、サクリファイスの一体に迎え撃たれる。そうして生じた間隙を、疾風が潜り抜けた。 「それが理想の英雄の姿なのか」 見ていられない。其処に居るのは唯、剣を振るいたいだけのフィクサードと変わらない男だ。 「助けを求める声があれば駆けつけよう。 必要とされなければ、ただ消えよう。貴方に、その覚悟があるのか?」 「声はある。何時だってある。英雄は『常に』求められるさ!」 疾風は、白羽の剣戟を紙一重で遣り過ごした。 「『その声』は破界器が生み出した幻想だ。救うべき破界器が事件を起こすのならば、本末転倒。そして、その事件が起きないと困る、と思うならば尚更だ。 英雄に囚われた貴方は、英雄にはなれない。だから、貴方を止める――変身!」 具現した理想を身に纏う疾風を見て、白羽は自嘲する様に口を歪めた。 「英雄気取りはどっちだ――」 疾風が繰り出す宿命の一撃を白羽が剣の腹で受ける。絶望的な殲滅力のみならず、堅牢性も十分――だが、その不意の『熱』が白羽の意識を削いだ。 合わせるように疾風が一歩下がる。瞬刻、その場を小雷の血濡れの拳から舞い上がる業火が流れ行く。 「その剣が無ければ、戦うことが出来ないのか? 『人を救う』というお前の覚悟はその程度のものなのか?」 破砕音が残響する。小雷の意志に反応するかのように辺りを熱風が過ぎて行った。 「俺を詰る心算か?」 遣り過ごした白羽は凛然となお立っている。禍々しい切先を小雷へと突きつけた。 「俺は誰よりも、そう……貴様らよりも『覚悟』している」 「だったら、そんなお前なら、『紛い物』に頼る必要なんてない筈だ」 「――これは『紛い物』なんかじゃない。俺に救う力と、英雄である『資格』を与えてくれる『本物』だ!」 怒鳴るようにして言った白羽が、小雷を指していた剣の切先を垂直に天井へ向け立てた。 「行くぜ――!」 「……気をつけて下さい!」 その白羽の構えにリリが叫んだ。彼女はその≪英雄症候群≫を不完全ながら『視て』いたから、其れが今までと違うものだと直感が告げた。 白羽が腰を落とし、踏み込んだ。サクリファイスのブロック、そして白羽自身のブロックに回っていた疾風、小雷、風斗、天乃が丁度其処に立っている部分目掛けて――、一薙ぎ。 ―――夏栖斗とリリは、白い体躯越しに吹き荒ぶ鮮血を見た。 その射程に居た四名のリベリスタは斬られた。違え様も無く斬られた。 リビングを穢したのは、その四名の血と、そして、刀身から溢れかえり吹き出した血液だった。 何が――起こったのか。 考えるよりも先に体が動いた。リリの眼前には――白羽が迫っていた。 「―――」 凄絶な斬撃――『英雄血界』の直撃を受けた前衛陣が動作を喪った。致命傷では無い。つまり、それは『英雄血界』に付随する影響なのだろう。そしてリリの攻撃も、間に合わない。 夏栖斗が宙を舞った。飛翔する武技、長距離射程という『出鱈目』な闘撃が白羽を襲った。 その夏栖斗の攻撃を受けるために間を空けられた形になる白羽は、足を止める。 ……白羽との交渉が上手くいかないのは、彼が≪英雄症候群≫の凶悪性を自覚できていない点にある、ということが、疾風や小雷と彼との問答から理解できた。 白羽は自分が≪英雄症候群≫を使役することで事件が起きている、と思っていないのだろう。 強力な剣を手に入れ、強くなった。そして、その剣を奪うために難癖をつけてきたのが『アーク』。そういった認識なのであろう。 夏栖斗が内心溜め息を吐くのと同時に、隣に立つリリが、白羽へと語りかける。 最終的に乱暴な結末しか待っていなかったとしても、彼には伝えなければならないことが、あると思うから。 「『以前の私』は、神様の武器である事が存在意義の総てで、そうでなければ赦されないと思っていました。 ……貴方と近いでしょうか」 純真無垢で可憐そうなリリの外見からは想像もつかない、そんな過去を、彼女は有している。 「時間稼ぎの心算か? だが無駄だ。力量差は明確。俺にこの剣が与えてくれた力だ」 白羽が嗤った。醜い微笑みだ。それに彼自身は気づいて居るのだろうか。だが、リリは顔色を変えもしない。 「『それは違う』と。『神の使徒ではない私』と共に居て下さっているのが、此処に居る仲間達で」 膝を付いていた風斗達が立ち上がる。白羽はちらとその斜め後方へと視線を遣った。 「戯言を。誰かに認められなければ一人で立っていられないのなら、それは『弱さ』だ。 俺にそんなものは必要ない。俺は独りで立っていられる。だからこそたった一人の英雄と成れる」 リリは静かに首を振った。 「貴方は『認めて欲しかった』から英雄に成ろうとしたのではありませんか? でも―――貴方の大切な方が共に居たかったのは、『英雄』である貴方でしたか?」 一瞬、白羽が言葉に詰まった。そして、その瞬間を天乃が駆けた。 「別に、貴方を否定はしない、よ。積み上げた実績、それを成した力と意思……英雄、と言うに相応しいもの。 ―――少なくとも、私、よりは余程相応しい」 「ならば、何故俺の邪魔をする?」 「私は、英雄になれない。だから、私は英雄の前、に立ち塞がる一人の修羅。 ただ、貴方と戦いに、来た」 『色々』と考えなければいけないのは難儀だ。自分には闘争しかない。英雄とは程遠い。その分、余計な事を考えなくていい。目の前に破壊すべきものがあるのなら――破壊すればいい。 白羽を庇うように動いたサクリファイスを、天乃はその手技で切り刻む。 「――もしも」 射線が空いた。他のサクリファイスに囲まれる前に、天乃は思い出したかのように問う。 自分は正義とかそんなものとは縁がないけれど――何時だってそのことで悩んでいる仲間たちの顔は、それほど嫌いじゃない。 「『それ』を手放すことで、もしも救える命がある、なら……手放せる?」 白羽の瞳が揺れた。天乃には彼の動揺が――見て取れた。 「俺は……『ifの話』は好きじゃない」 だから――その返答は、むしろ、天乃には意外なものだった。そして……、風斗には、我慢ならなかった。 「―――巫山戯るな」 誰かを救いたいという思いの根源は、悪しきものでは無い。 「『何』から目を逸らしている? 本当にその『剣』が『無害』だと思っているのか? あんた――気づいてるんじゃないのか?」 英雄症候群、メサイアコンプレックス。 「なに――を」 それは神秘の類でも何でもなく、紛れもない一つの『疾患』なのだ。 その瞬間、疾風は気が付いた。白羽が返答を躊躇ったのが根拠だった。 この男は、知らないのではなく、知らないと『思い込もうと』しているのではないか? 疾風は風斗を見た。風斗がそれに思い至ったのかどうかは分からないが、彼の言葉は止まらなかった。 「その剣が事件を起こさなければ、そもそも被害者が危険に晒されることは無かった。 事件を解決したとしても、被害者の傷は零じゃないんだ。大なり小なり傷を負う可能性がある。事件に巻き込まれれば、心に傷を負うし、それは後の人生に大きな影を落とす。 ――あんた、それ全部面倒見てるのか?」 白羽の頬を汗が伝った。迷子になった言葉は、彼の弱々しい口から真面に出てこなかった。 「命を助けて、はい解決、だとでも思ってるのか? ……そんなわけないだろうが。 あんたは何故『英雄』になりたいと思った。 あんたが最初に力を欲したのは何故だ。 『誰かに傷ついて欲しくないから』じゃなかったのかっ!」 それは同時に、風斗自身を苛む言葉でもある。 白羽を糾弾すればするほど、己に返ってくる。 それでも――犠牲を当然と思うようにだけは、なっちゃいけないんだ。 自身に心地よい夢の形、都合の良い世界解釈、あんたは殺さない、だがその≪英雄症候群≫は必ず破壊する――! 「く……っ!」 圧倒的威力の斬撃が白羽を襲った。庇いに入ったサクリファイスの一体を吹き飛ばした挙句、そのまま弾けて後方へと飛んだのは、白羽だった。 頭が混乱する。思考が上手く纏まらない。白羽が一瞬後れを取った。白羽の中で何かがズレた。空廻った歯車が全てのズレへと伝播していく。 「――五月蠅い」 気持ち悪い。凄く気持ち悪い。俺は間違っていないのに、俺は何故か答えられない。 「五月蠅い五月蠅い!」 まるで子供の様に叫ぶ。嫌な事は全て、耳を塞げばいいのに、と白羽は苦痛に顔を歪める。 (……この男を見て、良く分かった) 小雷の直感は間違っていなかった。白羽は、何処か自分に似ていた。 リベリスタとしての在り方を模索している、今の自分に。 時分は誰かを救うことに拘り、己を見失っていた。目の前の彼の様に。 「俺はお前を救済したい」 ならば俺自身がしたい事を貫けばいい筈だ。小雷は明瞭に宣言した。 「……五月蠅い」 ――だけど、瞳はただ『助けて』と言っていた。今の小雷にはそれが分かった。 白羽は剣を構える。彼には退くことは出来ない。既に『発症』してしまっているから。 「英雄が必要とされる世界は不幸だ。必要とされない世界になれば良い、と自分は願う」 それは、君は英雄じゃなくていい、という抱擁の言葉。 叫びながら斬りつける白羽の攻撃を全力の防御で受ける。狙いは、破界器。 疾風がその剣を狙って両刃刀を振るう。刃と刃が交わる音は、余りにも物悲しかった。 「ねえ、白羽、君の『仲間』は何処にいったの?」 孤独を強がった君のも居た筈の仲間は、何故居なくなったのか? 目を開けろ。夏栖斗の声が白羽の胸を叩いた。 天乃の一撃に残り二体のサクリファイスの一方が倒れる。リリが研ぎ澄ました弾丸で、≪英雄症候群≫を狙い穿つ。まだ破壊できない。 「あ……あああ……っ!」 風斗の胸が斬られる。鮮血。 この疾患は、そうやって血を吸いながらやがて宿主を呪い殺す。醜悪な相思相愛の形、結びつけば、もう切除不可能。病巣は――彼の精神だから。 <解き放て> と声が聞こえた。全員に聞こえた。 白羽は其れに従った。疾患を解放する最後の一撃は、リリを見咎めた。 「やめろ!」 小雷が叫んだ。その一撃は『タダ』では済まない。予感だが、確信だった。 リリ自身の回避は間に合わない。 剣の破壊が達成できていない以上、その攻撃を止めるには、 ――その病巣を取り除くしか無い。 風斗が走るが、確実に間に合わない。疾風の前には最後のサクリファイスが、残っていた。 「皆様が好きだったのは、特別でも何でもない、それでも世界に一人だけの、『白羽隼人』様だった筈。 一番救いを必要としていたのは、他の誰でも無く、貴方自身でした。 私は、私の為に。――『以前の私』に似た貴方を」 救いたい。 剣筋が、瞼を閉じたリリの右頬を掠めた。 偶然では無かった。奇跡でも無かった。 崩れ落ちたのは、白羽の身体。 貫いていたのは天乃の腕。 彼を止めるには、そうするしかなかった。 ● わざわざ、とどめを刺すまでは、しないけど、ね。 崩れ落ちた白羽は無論、死んでは居なかった。 『アーク』からはすぐに救護班が出動し、白羽は『治療』のため運ばれていく。≪英雄症候群≫が破壊されても、彼の治癒には――時間がかかるだろう。 「例え一度落ちぶれたところでなんだ、失敗なんて誰にだってあるだろう。 ……生きている限り、何度でもやり直せるのだから」 運ばれていく白羽の顔は、汚い。涙と血と。だが小雷の言葉に口の端を上げた。 「『アーク』は何時でも人材不足だからさ」 付け加えるように夏栖斗が言う。 「もし今回の事気に病むんなら、また僕らに力貸してよ……って、勿論、もう戦いたくないなら無理は言わないけど。 でも、君の事、必要としてるってことは、知っておいて欲しいかな」 「……ありがとう」 最後に白羽は礼を言った。それでいいのだろう、と疾風と風斗は思う。 「……あれ」 白羽が運ばれていった方向を眺めるその横顔に、夏栖斗が声を掛ける。 「リリ、なんか変わったね」 そうでしょうか、とリリは曖昧に振り返った。 「皆様、帰りましょうか」 「うん」 ちょっと疲れた様に、でも、笑いながら。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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