● それらはアイデンティティをなくしていた。 もはや、自分が元はどんな生き物だったのか見当もつかぬ。 永らくこの次元の生き物の中にまぎれて生きてきたけれど、そろそろ限界だった。 ああ、すぐそこにある次元の扉が遠すぎる。 ● 「今年の暑さはちょっときつい」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)も暑いのか。と、当たり前のことを新鮮に感じる今日この頃。 地下はいいよね、涼しいし。空調効いてるし。 「すごく怪我夢踏むふした生き物のお手入れをして、D・ホールに突っ込む簡単なお仕事」 嘘だ。と、無言のプレッシャーを掛けるリベリスタ達。 「作業はそれだけ。ただし、取り扱いに非常に注意しなくちゃいけない」 イヴはモニターに地図を呼び出した。 のどかな庭園。 「ここに、のびている」 というか、広がっている。と、イヴ。 「大体、直径1メートルくらい。厚さは50センチくらい。重さ、20キロくらい。それが三匹でろ~んとのびている。毛があまりにもふもふというかモップというかロン毛というかドレッドというかとにかくフェルトじゅうたん化してて、そもそも何の動物に擬態をしてたんだかわからない」 じゅうたんとか言われても。 「永らく何らかの愛玩動物としてこの次元に土着してたらしい。ただ、ここ最近の暑さで擬態が限界に到達したみたい。というか、この外見でここ最近の夏を乗り切っていたことにびっくり」 無表情で、地球温暖化怖いと言うイヴ。本気で言っているらしい。 「なんと言うか、触感はもさもさ、もふもふ? 暑さで弱ってるから多分触っても反撃はされない」 いいですね。今まさにいい感じですね。 「毛が絡み合ってて、三匹なのは確かなんだけど、どこまで身で、どこまで毛かわからないんだよね。アザーバイドだし、擬態がとけて不定形って可能性もある。毛刈りすればいくらかましになって擬態してくれるだろうけど」 それはお気の毒。 「みんなで力加減を合わせてそっと解いて、毛を刈って。何かの拍子で身を切ったりすると大変」 どうなりますか。 「今までのおとなしさが嘘のように凶暴化する」 だめだろ、それ。 「がんばってどうにか運んで。健闘を祈る」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年09月11日(木)22:36 |
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■メイン参加者 4人■ | |||||
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● 「じゅうたんたん、かぁ……絨毯たん?」 『ニケー(勝利の翼齎す者)』内薙・智夫(BNE001581)から始める、いぇい、じゅうたんたんゲーム。どのくらいのナウなヤングがついてこれるか、それが心配。 「最近周りから娘に向き合えとかベリハなこと言われます」 虚空に向けて呟く、『無銘』熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)さん。 でもさ、娘さん、そろそろ、ミドルティーンからハイティーンになってるよね。 そろそろ会話を試み始めてもいいんじゃないかな。 (逃避って言わないで。立ち直ったらちゃんとするから) いつだよ。いつ立ち直るんだよ。時間は有限だぞ。 そんなことしてるうちに、娘の娘たるかわいい盛りは日一日と過ぎていくんだぞ。 「もふもふと聞いて癒しに飢えた中年参上」 娘に癒やされろ。いっそ、意を決して、バンドのチケットを贈るくらいの気概を見せろ! 「なでなでもふもふむにむにふにゃーん」 何故、この人は猫耳と猫ててをつけてこなかったんだろう。 というか、愛玩動物、猫なのか。 「理屈は無用。無用なのです」 『冬御前』千葉 冬(BNE005024)が、大事なことを二度言った。 「自燈明法燈明。目の前にあるものを見れば、何をすべきは自明の理。為すべきことを成したれば、天にも通ず」 豊満むちむち老成した黒髪美人にそういわれると思わずうなずきたくなるのが人の常だが、ちょっと待って欲しい。実は、それは時期尚早ではないだろうか。 彼女は「こまけえことはいいんだよ。やりたいと思ったことをやればオーライなのさ」 と言っただけなのではないだろうか。ジャマイカのビーチにいそうなレゲエのおっちゃんと変わらないのではないだろうか、イージーカムイージーゴー、万物は流転する。 そして、アルパカもアイスキャンディになるご時勢なのである。 シーヴ・ビルト(BNE004713)は麦藁帽子をかぶりなおすと、もふもふの手触りを確かめた。 複雑に絡み合っている毛はすっかりフェルト化している。 「もふもふさんだーっ! わーい、ふかふかで面白いのですっ」 ごろりん、ごろりん。 愛玩動物がぷきゅっと言ってないことを祈るしかない。 「えへへ、もふもふふかふかっ。きもちいいっ」 しばしの沈黙。おーい。シーヴさーん、聞こえてますか、シーヴさん。直接心に話しかけることは出来なくもないですが、拳に訴えるほうが早そうですよー。 「――はっ、寝ちゃうところだったっ! もふもふの罠怖いのです」 きゃーとか言ってお目目つぶってるが、寝てたよね。今さっき、明らかに瞬コログーっしてたよね。 そう。年相応なのは、智夫一人。ヤングな集まりと思いきや、後は四十路越えのミドルエイジからシルバーエイジ。 これも革醒者界隈ではよくあること。シーヴほど慣れたハイフュリエになると、その辺は軽く無視するようになる。 殺伐とした戦士の心を癒してくれるのは、いつでも罪なき愛玩動物。 「困っているもふもふがいれば放置できないのがリベリスタだ」 圧倒的に句読点が不足している伊吹は、指をワキワキ動かした。 もちろん、困っていないもふもふももふるのだが、困っているもふもふは、おぼれるものはわらをも掴む精紳及び助けてくれるならちょっとくらいもふってくれてもいいのよ的サービス精神で、よりもふもふさせてくれる可能性が高いのだ。 それに、ちょっとつけこんじゃういけないおじさんを悪い子だと叱ってくれもふもふ。 というわけで頑張ろう。 ちょっと、人数少ないけど。 ● 「まさしくじゅうたんだな。どうしてこんなになるまで放っておいたんだ」 答え・世界の危機目白押しだったから。 九百九十九を救うため一を捨てる、非情な崩界阻止特殊機関・アーク。 けっして、かわいい動物さんもーふもーふっ今助けてあげまちゅからねご近所の平和を守るヒーローな側面は本分ではないのだ。多分、きっと、絶対。 絵の具をパレットで混ぜてみた経験がある者はわかるだろうが、色が混ざりきると、大体それは陰鬱な灰色になるのだ。 そんな見るからに暑苦しい色合いの分厚いじゅうたん。 厚みが10センチくらいあるのだが、それでもじゅうたんといっていいんだろうか。 この中に、愛玩動物が三匹埋もれていると言うのだが、どこにいるのかぱっと見ではさっぱりわからない。 「寂しいとしんじゃう系なのか。これでは愛でれない。何とかしてやろう」 自分の欲望最優先。そう言う素直さ素敵だよ、伊吹さん。 「さ、汚れぬように持ち上げますよ――」 四人で四隅を持ち上げ、冬持込の施術台に置く。 「とうっ!」 すでに、もふもふじゅうたんの上で盛大に転げまわってご満悦のシーヴは、ご恩返しのために、愛玩動物の頭を探す。 「こんなに暑いんだもの、水分補給は必要ですよねぇ」 シーヴは、かわいいお口はどこですかー。と、そろそろ毛並みをなでる。 対角線の向こう側では、うつぶせになってじゅうたんに転がる(外見は青年+中身は実年)÷二=中年(自己申告) 「身の在処を確かめたのだ。思わず頬ずりしたのではないぞ――ふう」 そのため息は何だ。 しかし、幾らスリスリしようとも、どこに実があるんだかさっぱり分からない。 この広大なもふもふの中に埋もれてしまっているのだ、かわいそうに。 このままでは状況を打破できないのは火を見るより明らか。 しかし、ここにいるのは素人さんではない。 冬は、黒染めの小袖にしゅるしゅるとたすきを掛け、前掛け、手ぬぐいを下げた。 伊吹の手には、ペット用毛刈り鋏。 「毛並みの良くなる柘植櫛と豚毛のブラシもあるぞ」 「剃刀、バリカン、手拭い、シャンプーとリンス、ドライヤー、消毒薬、非常用発電機、燃料、小型冷凍庫、保冷箱に詰めた氷と保冷剤、水とスポーツドリンクを用意いたしました」 冬さん、一泊二日の旅行にトランクで来るタイプでしょ。 「それでは、目の粗い櫛でほぐしながら、本体さんを探すといたしましょう」 これだけ周到な触診で見つけられないと言うことは、中でムシムシになっているじゅうたんたんが危ない。室内熱中症! 「周りをざっくり刈ってから、身の近くは丁寧に」 伊吹の言葉に、冬が頷く。 「あっ、お花みたいに切り抜けたっ」 シーヴの手に、フェルトで出来たチューリップ。身は含まれてないぞ、安心しろ。 無言で注がれる、三対の視線。 「ふにゃ?」 要点を口にしない、そんな日本人の美徳。ただ、微笑むだけで要点は伝わる。そんな捻華微笑。 ただ、異次元人に通じるかは未知数。 「あうあう、目的忘れてないもん」 通じた。 「あついでござるYO」 じゅうたんに汗が滴る前に、脱走往古と智夫の逃走は失敗した。すでにその回数は生まれたから何枚パンを食べたか数えてるかの域に達したので誰も数えていない。そもそも一度たりとも成功してないし。 訓練されたリベリスタは、『脱走阻止』 を会得している。リベリスタなら簡単なお仕事です。 終盤手前で退場イベントが発生することが多い伊吹とて例外ではない。 暑いのに、余計な手間とらせんなと言う無言の責めが痛い。予備のたすきで腰縄だけなんて、今日の皆は優しいね人手がいるのね働かないといけないのね。 「拙者、うっかり暑さ対策を忘れてきちゃって……もう熱射病にかかりそうな気がするでござるYO-」 それは、生死を分けるうっかり。 「疲れたらちょっと休憩ー。みんなでアイス食べましょうっ」 先生、ここにシーヴさんという名の妖精さんがいます。 「疲れるまでがんばりましょーっ」 「拙者、もう疲れたでござるY――」 冬さんのブリザードグランマダムアイズ。効果:若輩者は黙る。 「気を取り直して、がんばりましょーっ、えいえいおーっ」 ちなみに、シーヴみたいなタイプがなかなか疲れないのは仕様である。結果、休憩時間は訪れない。 それは、白の女王の報酬。いつかもらえるおいしいアイスキャンディー。 「まあ、ガスマスク使う必要がないっていうだけで結構楽な気がしま――」 ぺとんとじゅうたんに頬を伏せる智夫。 「やわらかい。まるで心が洗われるかのような肌触りですYO」 至高の存在に触れたとき、人は心が洗われる。 己が魂の中に天使を見るとき、それは今。 「なんていうか、その。いつもいつも脱走ばっかりしてて申し訳ありませんYO」 智夫、平伏。 「いやその、拙者だって、別にいっつも逃げ出したいって思っているわけじゃないんだからねっ」 よし、じゃあ、今日は働くが良い。 みんなの心が一つになった。 ● 「どこだ、身。毛穴の奥まで覗けるよ」 五十代の人が覗く、いぇい、じゅうたんの深淵。うん、もう少しズームしすぎかもしんない。 「ここは身じゃないよね? 恐怖は感じてないよね? お返事ないね?」 二十代の人が、あなたの心に直接語りかけています。 「この辺り大丈夫ですか―? いたくないですかー? ふにゃ、この辺り?」 四十代の人が何か見つけたようです。 一刻も早く救い出して、水分補給させねば。 一堂、その近辺にきて細心の注意で刈り込んでいく。 「口元に飲み物を置き、ストローで少しずつ飲ませます」 冬の言葉に頷く一同。心は一つだ。 「ストローではなく、哺乳瓶を用意するべきだろうか。イングリッシュアンゴラは」 イングリッシュアンゴラと言ったら、うさぎである。 「さあ、どうでしょう……」 冬は、ねこねこにゃんにゃんだと思っている。さっきまで、にゃんにゃん言ってた。 「毛の長いモルモット――?」 智夫が小首を傾げた。空気は呼んでいない。 三すくみを尻目に、この世界の生き物、まだ良くわかんないという健やかな理由の元に、しヴ葉さくさくと鋏を入れ続けていく。 「あ、刈ったとこちょっとじゃりじゃり。はい、一匹救出ー」 そう、じゃりじゃり。ベリショ、というか、五厘刈り、というか、もふもふ要素ゼロ。 限りなく新生児テイストの刈り上げっぷりに、これ生き物的に何なのか、ちょっと見判別不能。 というか、そもそもアザーバイドですしおすし。 毛の質からは判別し難い。 見つめ合う七十代と五十代と二十代。 「なんてこった。スリスリは出来ても、もふもふできない」 「かわいくない訳じゃないけど、丸ムケすぎて、なんかもみくちゃにしちゃいけない気持つがふつふつと……」 「――」 コレジャナイ感にうなるしかない三人。 無邪気に微笑み、水を与えているシーヴ。 「シーヴ?」 「なんですか?」 「――もう少し余裕を持って、毛刈りしようか」 願わくば、もふもふ出来るよう。 「はぁい?」 小首を傾げながらのにっこり良いお返事。 自らもそんな仕草をする智夫と、そう言う仕草を連発した娘に辛酸をなめさせられた父である伊吹とと、そんな幼女時代を送った冬にはわかった。 『これっぽっちも、わかっちゃいねえ!』 三人は確信した。 きっと、シーヴは十円ハゲが出来ようと、虎刈りになろうと一切気にしないと! そもそも、それでいいのだ。 この世界に適応する為の擬態であり、すぐに送還するのだから。 (しかし、癒やされたいのだ、俺はっ!) 伊吹と冬の心は再び一つになった。 種類はこの際置いておく。 ただ、確実に心置きなく愛玩できる状態に! 目標にまい進する人間は美しい。 今までの難航が嘘のように、次々と残りの二匹が発見され、もふもふに十分な毛を残して救出されたのだ。 「かわいいけど、『何これ毛が長すぎて別の物体に見えちゃう!』 的な感じだったり――?」 モップとか。と、智夫は力なく笑った。 「なにを言うか。これがかわいいんじゃないか」 目の細かい櫛で毛並みを整える伊吹の目はサングラス越しにもぎらぎらしてて、怖い。 「怪我をさせてしまうことがなくてようございました」 消毒薬ももちろん持って来ている。 「この後、シャンプーしてリンス。ドライヤーで乾かした後は、こわばった体を揉みほぐします」 かみそりとバリカンで、最後の一匹をかわいらしくトリミング中の冬は、トリマーとして第三の人生を模索してもいいかも知れない。 相変わらず何の動物なのかは審議中だが、かわいければいいらしい。 「あの子と彼は元気だろうか。ごはんちゃんと食べてるかなあ」 伊吹は、遠いお空の向こうを見ている。なんか色々思うところがあるらしい。 つやつやぺかぺかになったもふもふ個体と、五厘刈りにされた個体がビフォーアフターな感じである。 「しばらく、このままでいさせてくれ……」 目をつぶって、堪能しているおっさん。 娘を抱きしめてやれよ。意外と喜ばれるから。多分、きっと。 「みんなでアイス食べましょうっ! ふにゃぁ、冷たさが体に染みるのですー」 シーヴは、ちゃんとアイスをくれた! 「あっ、もふもふさんも食べますかー? えへへ、お口はどこなのかなぁ? 一緒にひんやりするのですっ」 お尻かお顔かわからないよ。 「アレ、僕がいちゃいちゃする子がいない?」 三匹だからね、仕方ないね。 ● しかし、D・ホールに送り出さなくてはいけない時間が来るのだ。 「また涼しくなってから遊びに来ると良い」 伊吹はどこまでもお名残惜しい様子だ。 「今度はでろーんってならないよう、気をつけるでござるYO☆」 目の横ピース、キラッ☆ をしていいのは、かわいい女の子の心を持った者だけ。どれだけかわいかろうが野郎がやっても、ひたすらウザイのだ、智夫よ。 ブレイクゲートした名残をしんみりと見送る伊吹。 「みっしょんこんぷりーとっ、いぇーいっ」 ――を、シーヴのハイタッチが襲う。 「残ったふかふか毛で何か作れないかなぁ? もうすぐ寒くなっちゃうし、お布団とかっ」 振り向けば、灰色の大量のフェルト。 もふもふな置き土産。 アークの別動班が資料として持ち帰った量は、当初の予定とどのくらい差があったかは、報告書に記載されていない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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