● パパ。愛しているからって、あたしを束縛しないで。 夏休み。田舎のばあちゃんちに遊びに来ていた。 森の奥に、つたの絡まる洋館。 分厚いレースのカーテンの向こう。 その子は必死にこちらに手を振っていた。 「いつも窓越しでごめんなさい、カーテンを開けたらパパが気づいてしまうから」 バルコニーの隅に隠れるようにして、彼女と少しだけ話をするのが日課になった。 彼女は明るく朗らかで、もうずいぶん部屋から出ていないと言った。 「部屋から出るとあたしが危ないからって。パパは心配性なのよ。あたしはどこもわるくないわ。とっても元気なのよ」 彼女はレースのカーテンの向こうで、しょぼんとした声を出す。 「ううん。パパはきっとどこかおかしいんだわ。娘をずっと閉じ込めておくなんて。あたし、こわいの」 分厚いレース越し。ガラスにぴったりつけられた小さなてのひら。長い髪、ワンピース。 輪郭だけの彼女。 「ねえ。だから、あたしをここから連れ出して」 シタイコトガ、タクサンアルノ。 タトエバ、アナタトオトモダチニナッタリダトカ。 ● 「いやらしいのは、嘘は言ってないところ」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、モニターに件の洋館と地図を出す。 「E・アンデッド。アーティファクト『生涯墓守』の強烈な結界の中に閉じ込められている。今回、システムに感知されたのはその結界が緩んだから」 一人の男の白黒写真が映し出される。 「この男、戦後すぐに所在不明になったリベリスタ」 男には、病身の娘がいた。 娘の病を癒せる奇跡を起こせるアーティファクトを求めて、さまよった。 その甲斐なく娘は死に、運命の皮肉でよみがえる。 使用人をくびり殺す、生き死人と化した娘と相対した父親の手には、娘の病を癒す過程で手に入れた本当なら使い道のないアーティファクトがあった。 「彼はアーティファクトに人生を捧げて、このアンデッドを封印し続けた。自分の手で生き返ってきた娘を再び死なせることができなかった、世界に対するせめてもの償い」 もう一枚、男とその娘が睦まじく並んで写っている。 長い髪。あどけない、どこか線の細い顔立ち。 自分と同じ閉鎖空間にアンデッドを封印し続けるアーティファクト。 時が過ぎるほどに力を増そうとする娘の力を削ぎ続け、館から一歩も出さず。 でも、娘は殺せない。 愛したままの姿で、愛したままの仕草で。娘はずっと十五のままで。 「この館は彼女を閉じ込める永遠の牢獄。墓守が死ぬそのときまで」 イヴは、言葉を切る。 「死期を悟った男は、娘を死なせる決意を固めた。誤算は、娘の方も父親を殺して自由になる決意を固めていたこと。父親は返り討ちにあった。アーティファクトは父親の死と共に砕けて散った。もはや結界も風前の灯。外部から意図的な手助けさえあれば、完全に効力を失う」 モニターに新たな写真。中学生の証明写真。 「この少年、娘と仲良くなった。ごく普通の少年。もちろん彼女が死んでいるなんて思いもしない。娘の言葉に乗せられて、このままでは娘を外へ出してしまう。娘が危ない。世界にとって。さしあたり、少年を殺して、アンデッドにしようとしている」 それを娘が『お友達になる』と表現していることを、少年は知らない。 「更にこの少年。アンデッドになると、非常に強力な個体になる。なんとしても彼は死なせないで。死なせた場合は、即時撤退。改めて討伐チームを組む。今からいくと、ちょうど彼が館の門についたところで捕まえられる」 イヴは、ふうとため息をつく。 「この娘、人に取り入るのがとてもうまい。始終自分を殺さなければと思っている父親をごまかし続けてたんだから、わからなくはないけれど。少年はすっかり娘の味方。かばおうとしたりするだろうし、娘にとっては一石二鳥。わざわざ手を汚す必要がなくなる」 イヴは、それでも。と、言葉を継ぐ。 「娘に片をつけて。生涯かけた男の努力を無にしないように。先がある少年の命を無駄に散らさないように」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:田奈アガサ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 2人 |
■シナリオ終了日時 2011年08月16日(火)23:35 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
■サポート参加者 2人■ | |||||
|
|
● 彼女のために来たスタッフだと、彼らは言った。 「君は彼女の友達か?なら、彼女のためにもう君達は会ってはならない」 夏の太陽が照りつける。 じりじりと短い影が地面に焼き付けられる中、少年は顔に苦渋を浮かべていた。 「あんたたちが言いたいことはわかったよ。あいつがすごく重い病気で、今は元気でも、なんかの拍子で急に悪くなる。で、その原因に俺も入ってるって事だよな」 あたりに少年の声が響く。 腹の底から絞り出すような声。 リベリスタ達は、祈るような気持ちで水谷少年を説得していた。 「そういうことだ」 (かの男の心情は、理解できる。俺とて、我が子と同じ姿なら躊躇するだろう。だが彼はけじめをつけようとした。その決意、継いでみせよう) 『ソウルブレイカー』竜一・四門・ベルナルディ(BNE000786)を医者に扮して、少年に丁寧に説明していた。 「彼女がわがまま言って困らせちゃったみたいね」 『ナーサリィ・テイル』斬風 糾華(BNE000390)、『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)は、この館に住む『患者』の遊び相手として。 『大食淑女』ニニギア・ドオレ(BNE001291)は、柔らかな空気をマイナスイオンで練出しつつ、穏やかな表情で少年の目を見ながら相槌を打つ。 いつもの無表情では不審だろうと、うさぎも普通の子供のような表情を意識的に表すようにしている。 蘭堂・かるた(BNE001675) にいたっては、土下座も辞さない考えだ。 門扉の前。 館の二階奥。庭に面したバルコニーに少年は目をやった。 分厚いレースのカーテン。中の様子をうかがい知ることはできない。 「なあ、聞いてもいいかな。そんな大事なことをさ、通りすがりの俺には守秘義務とか曲げても言うのに、どうしてあいつ本人に言ってやってねえの? 俺、今日あいつをちょっとだけ表に出すつもりだったんだぜ?」 ほら。と、ファスナーを広げ、バッグの中を見せる。 少年のスポーツバッグには縄梯子に滑車、ロープやおんぶするための紐が入っている。 「そしたら、すごくやばいんだろ、あんたたちの話からいくと」 せみの声が響く。 言葉を継ぐことが難しい。 これは、少年を戦場から遠ざけるための優しい嘘だから。 重ねれば重ねるほど、ほころびが大きくなる。 「わがままなんて言わないでやってくれよ。あいつだって、わかってればしちゃいけないことだってわかるだろ。自分の体のことなのに、何で今まで隠してたんだろ。今日来たばっかりのお医者さんに言ったってしょうがないことだけどさ」 少年は、カタカタと震えだした。 「……俺さ、もう少しであいつを死なせる目に合わせるところだったってことだろ?」 重い病気のことを本人に隠すこともあるというのは、ドラマなどを見たことがある。 医者にそういうことを頼むのは……。 「俺は、あいつの親父、やっぱおかしいと思う」 不意に、がしゃんと門扉をけり開ける。 「大丈夫。俺、あいつに会ったりしない。館の外に連れ出したりもしない。だけどもさ……」 少年は走り出す。 「あいつの親父に一言言わせてもらったっていいだろ!」 少年は、走り出す。 玄関に向かって。 「あいつの親父」に文句を言いに。 少年は知らない。 その相手はすでに死んでいるということを。 殺したのは、彼言うところの『あいつ』だということを。 リベリスタ達は迅速だった。 こうなることはわかっていたような気がした。 うさぎは地面を蹴った。 『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)が後に続く。 「ロープ、準備してきてるっすよ」 「心底やりたくありませんが」 少年の意識を飛ばし、その隙にロープで縛り上げる。 「レヴィナスさんにお願いします」 うさぎから少年の身柄を預かると、ラキ・レヴィナス(BNE000216)は頷いて守る役目を担った。 ● ここからが本番だ。 (親の心子知らず。父親が愛していたのは知っていた。でも、父の強い想いと願いや水谷くんの優しさも届く事はない。姫に偽りはなく純粋故の残酷さ。二人の想いを胸に篭めて悲劇の連鎖を止める。それに全力を尽くそう) 『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)がベランダにロープを結びつけ、それを頼りに終、うさぎ、 『存在しない月』ウーニャ・タランテラ(BNE000010) があがってくる。 ベランダの壁に身を潜め、中の様子を伺う。 恐ろしいほど静かだ。 分厚いレースのカーテンの向こう。 件のアンデッド、死蝋姫がどこにいるのかも定かではない。 この窓を割れば、半世紀以上の長き封印されていたアンデッドが自由を獲得するのだ。 「ウーニャよ。突入する」 (……運命って皮肉よね。彼女が普通の少女なら素敵な出会いだったかもしれないのに) エリューション事件に関わって何年も苦しんでる一般人を以前見たから、ウーニャとしては水谷少年をほっておけない (今ならまだ引き返せるはず) そのためには、彼が気がつく前に決着をつけておく必要があった。 AFで階下の玄関前につめる仲間に連絡を送り、目をかわし、ハンドサインで意思を確かめ合う。 ガチャンと窓を叩き割り、中に飛び込んだ。 「いきなりの訪問失礼、蝋のお姫様。さぁ、貴方がいるべき場所へエスコートさせてもらうよ」 亘の声に、ドアに寄りかかるようにして立っていた少女が顔を上げた。 ごく普通のワンピースを着た、黒い髪、穏やかな表情。 ぱちくりと瞬きをする様子は、生きているとしか思えない。 「窓から来た皆さんは、だぁれ?」 「ちわっす! 出張正義の味方でっす! 不眠に悩めるお姫様に快眠をお約束でっす☆」 まあ。と、死蝋姫は小さな声を出す。 享年十五歳。子供ではない。 「誰でもかまわないわ。わたしにお外の空気を吸わせてくれてありがとう。たくさん御礼をしなくては」 生気にあふれた少女の顔が、ふとした瞬間に蝋人形のそれに変わる。 いや、それが普段彼女自身が忘れている本来の姿。 仮面を意味する心を偽る能力が、『彼女はもう死んでいる化け物だ』という事実を忘れさせている。 彼女は、ただ表に出たいと思っているだけなのだ。少女らしい好奇心から。 しかし、今は。 生者の仮面など必要ない。 ずっと攻撃するための準備していたのであろう、精密に練り上げられた魔力の気配。 いくつも現れる魔法陣。そのうちの一つが、鈍い赤から白い光になってはじけ飛んだ。 あふれる魔炎が部屋を焼き尽くす。 誰もが、窓を突き破ったら死蝋姫は怯える小動物のように即座に逃げるだろうと思っていた。 だが、死蝋姫は逃げる前に一矢報いなければならなかった。 彼女の「友達」のために。 「遠慮しないで受け取ってね。友喜君にまで手を上げるなんて。なんてひどい人たちなのかしら。みんな見ていたわ。そこの窓から」 少年の説得に時間をとられすぎた。 もしくは、死蝋姫に準備の時間を与えすぎた。 大声で反論する少年の声をさえぎるものはなく、死蝋姫は自分の身を脅かすものたちの到来を悟ったのだ。 「友喜君、大好き。きっとあたしに何かが起ころうとしているのを知らせるために、あんなに大きな声で暴れて見せてくれたんだわ。とっても、とっても優しい人」 ダカラ、ズットソバニイテホシイノ。 少年との間に確かに絆は結ばれていた。とてもゆがんだ形で。 術のかかりを確認する時間も惜しいと、死蝋姫は、ドアを開け、大急ぎで閉める。 「あなたたちなんか大嫌い。あたし、パパの言うとおりになんかならないんだから」 離れていく。 逆にパパを自分の言うとおりに動く死体にするために。 ● ぼうん! 爆炎が、二階の窓から吹き上がり、窓ガラスを内側から吹き飛ばす。 突入した者の中に、魔道を使いこなす者はいない。 玄関前で待機していた待ち伏せ班は、玄関から突入を図る。 玄関の扉の向こうに気配。 それぞれが攻撃の準備をする。 玄関を開けた存在に踊りかかる。 老人。 うつろな眼窩。 ざっくりと断ち割られた痛々しい傷。 娘との死闘がしのばれる。 残った最後の命の残滓さえ、娘の魔力の鎌に根こそぎ吸い取られたのだ。 そして今。 魂の失せた亡骸は、娘の盾として使われている。 糾華の施した不可視の爆弾が、父親の腕を吹き飛ばした。 「ありがと、パパ。きっと玄関で怖い人たちが待っていると思ったの。この人たちともう一度死ぬまで遊んでいてね」 父親の脇をすり抜けるように死蝋姫が姿を現す。 「はじめまして。ごきげんよう、さようなら」 複数の魔方陣を周囲にはべらせ、笑みを浮かべる死蝋姫の手の中で、連なる雷の呪文が完成する。「みんな焦げちゃえばいいんだわ」 炎に巻かれ大なり小なり傷を負った突入班の目の前で、幾筋かの攻撃をくらいながらも白く輝く雷光に飲まれる仲間を見て微笑む死蝋姫の横顔があった。 ● 死蝋姫の攻撃は苛烈を極めた。 複数の魔法陣で強化された魔法は、リベリスタたちに少なからぬ傷と不調を強いた。 館のドアの前。 真夏の光を背にして、ニニギアは仲間の傷を癒し、時には不調を自らが放つ光で蹴散らせた。 恐れを打ち砕き、戦う仲間を押し出す優しい手だった。 糾華は、しびれる指を強く握り締めて、感覚を取り戻すよすがにする。 「はじめまして、死蝋姫。腐った臭いが玄関先まで漂っていたわよ? 腐れた心の臭い」 (自分の魅力を理解している女の子って厄介なの。気の引き方もビジュアルの使い方も弁えている。 小賢しいわねオンナノコ) 肌の露出を抑えたひらひらとした服。 お人形さんのようにかわいらしいという点では、糾華と死蝋姫は特徴が一致していた。 「ずっとこんな所に居て飽きちゃったよね。連れてってあげるよ、パパさんの所に」 自らの影を寄り添わせた『みす・いーたー』心刃 シキ(BNE001730)は、死蝋姫にそういうと、自分の目の前に立ちふさがるインヤンマスターを見て淡い笑みを浮かべた。 (迷って、迷って、迷い続けて。結局は、最後に取り溢しちゃったけど。ずっと自分の心と向き合い続ける、そんなパパさんの生涯も悪くなかったよね。でも、ひとりぼっちは寂しいから。忘れたもの、届けてあげなきゃ) 忘れ物。彼の死にそびれた娘。 娘をかばい、時には癒す献身的な父親の隙をついて、死蝋姫の頭部を貫く黒い光。 パラリと、硬質の、かつて皮膚だった蝋が死蝋姫の額から崩れて落ちた。 「パパさん、パパさん。お姫様は責任もって倒すっすから安心して眠ってくださいな☆」 更なる加速を体に命じ、戦場に踊りこんできた終のおどけた様子は、死とダンスを踊る道化のようだ。 ここにいたかと思えばもうそこにはいず、死角から来る出される細い剣が死せる父親を貫く。 「館の中にお戻りなさい!」 かるたの蛮刀が死蝋姫を玄関ホールの中ほどまで吹き飛ばした。 (奇跡を願い、娘の病に立ち向かった父親、ですか。どんな親でもやはり同じですよね……死の床より目覚めた時を思い出します。喜んでくれる顔が嬉しくて、同じくらい申し訳なくて。だからこそ、今日もこの力で、少しでも世界にお返しを) かるたと死蝋姫に起こった死の床からの帰還は、現象としてはとても似ているが、神秘の作用が雲泥の差だった。 かるたは世界に愛されたが、死蝋姫は世界から疎まれ、今まさに消されようとしている。 「パパ。あの人がわたしに魔法を撃とうとしているの」 竜一の呪文を代わりに父親が浴びる。 毒に侵食され、変色する皮膚。 痛んだ皮膚から、腐敗した血が床に落ちる。 (パパさんは、最後までリベリスタだったと思います……悩みますよそれは。それでも、やるべき事を最期まで遣り切ったんだ。立派ですよ) うさぎが父親に近づく。 手には不可視の爆弾。 「ええ、彼は遣り切ったんです。私達に引き継ぐ事で」 炸裂するそれが、今度こそ父親を構成するすべての要素を破壊しつくし、彼に永遠の安寧を約束した。 「パパ」 死蝋姫は小さくつぶやいた。 「ひどいわ、パパ。結局わたしがここから出て行こうとするのを死んでも邪魔するのね」 頭上に浮かぶ漆黒の大鎌。 「お外に出たいわ。ちょっとでいいの。ほんとうよ。友喜君に会いたいの。会ったらもうお部屋から出たりしないから」 ねだる声が耳に残って離れない。 こんな状況でなければ、何でも叶えてあげたくなるような声。 だが、それはそもそも聞けないお願いだった。 万華鏡を見たイヴが言っていた。 死蝋姫は水谷少年をアンデッドにしたいのだと。 確かに館からはもう出てこないかもしれない。 しかし、そのときはきっと水谷少年と共に館にこもるつもりでいるのだ。 「私ね、貴女みたいなタイプは大っ嫌いなの」 自分めがけて振り下ろされた鎌に、命と力を吸い取られるのを体感しながら、糾華は言い切った。 (鏡を見ているみたいで厭になる) 糾華はほんの少し眉根を寄せて、体から練り上げた気糸を蜘蛛のごとく張り巡らせる。 「お願い!」 ウーニャの指から放たれた道化のカードが、死蝋姫の体を取り巻いていた魔法陣をことごとく打ち砕く。 道化がカードから飛び出したように、終の剣が死蝋姫を砕く。 竜一の四色の魔力波が、今度こそ死蝋姫の腹をえぐった。 「はは、さぁ、一緒に踊ろうよお姫様」 亘のナイフが、死蝋姫の額から上を打ち砕いた。 幾重にも爆弾が重なり、ぼろぼろと死蝋姫の体が崩れていく。 肉ではないから、血も出ない。その代わりに、ぽろぽろと蝋が剥落していくのだ。 すでに頭部は半ば吹き飛び、両手もひじから先はなく、かろうじて立っている状態だった。 後一撃。 当たり損ないでも、もう死蝋姫は現世にとどまることはできないだろう。 「ねえ、降参。その代わり、最後のお願いしてもいい? どちらかというと、嘘がへたくそなあなた達を助けてあげる。わたしはとても嘘が上手なの。聞くだけ聞いて、あなた達がよければ友喜君に伝えて?」 二度目の死を前に、すでに館から出るのを諦めたのか、最後の力を振り絞り、リベリスタさえも騙しうる幻視の力を使って、生き生きとした五体満足な少女の姿をとった死蝋姫は、自ら「最高の夏の別れ』をリベリスタ達に伝えた。 「じゃあ、殺して。痛くしないでね。それと、また友貴君にひどいことしたら、化けて出てやるんだから」 次の瞬間、もう耐えられないというように、ぼろぼろとその五体は瓦解した。 「父親の愛と願い。水谷君の優しさ。君を幸せにしたいと願った人達の想い。それを抱いておやすみなさい、蝋人形のお姫様」 亘は、小さな蝋の山にそうつぶやいた。 ● 遠くで誰かがしゃべっている声がする。 「個人的に極力嘘は吐きたくなく、しかして神秘秘匿の原則も破るわけにも……まあ、嘘はついてないということで今回限りは……」 「自己愛に傾きすぎよ。だから元人間のエリューションって嫌なの」 「うん。少年の一夏の不思議体験はここで終わり。明日から日常に戻るって大切な役目頑張らなきゃだよ。戻れないお姫様の分も」 「そうね、貴方は何も見なかった。このままおうちに帰るのよ」 それは泡沫の夢のようで、少年の記憶には残らなかった。 水谷少年が目を覚ましたのは、車の中だった。 熱中症で倒れたんだよ。と、先ほどの医者とは違う、医療スタッフだという男に告げられた。 確かに体がひどくだるい。 渡されたスポーツ飲料が体の隅々にまで染みとおる。 もう、あの館は見えない。 彼女は専門の医療機関に移動している。と、男は言った。 医者達はそちらに付き添っていったと男は言う。 そもそも、今日は、その予定だったのだと。 彼女は自分の体のことを知っていたのだと。 君にさよならを言いだせなくて、嘘をついてごめんねと言っていた。 元気になったら会いに行くからと、彼女が言っていたと、男は少年に告げた。 彼女のために来たスタッフだと、彼らは言っていた。 「君は彼女の友達か? なら、彼女のためにもう君達は会ってはならない」 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|